銀子ちゃんを可愛い可愛い×5するだけの話(+短編集) 作:銀推し
「……ふむふむ」
座布団の上に寝そべる女の子。
その子の手元にはいつものとおり、幼女が読むには似つかわしくない厚さの本があります。
この子の名前は空銀子ちゃん。四歳の幼女、将棋が大好きなとてもかわいい幼女です。
その日。いつものように銀子ちゃんが将棋の本を読んでいると……。
「……む」
「……銀子ちゃん、対局しない?」
そう言ってきたのは八一くん。銀子ちゃんの弟弟子である九頭竜八一くんでした。
そう、こいつは弟弟子なのです。つまり格下なのです。下っぱなのです。家来なのです。
それなのにどうでしょう、この八一くんは随分と大きくなっています。自分と同じくらいの背丈だった八一くんがどうしてこんなに大きくなっているのか、銀子ちゃんにはよく分かりません。
そんな八一くんはこの通り、今日も今日とて銀子ちゃんに対局をせがんてきたのですが……。
どうやらこの大きい八一くんは銀子ちゃんの事が大好きなようで、この部屋で出会ったその日からしきりに構って構ってと近付いてきます。
銀子ちゃんは正直鬱陶しいなぁと思う時もあるのですが……それでもこれは弟弟子です。姉弟子である自分が面倒見てあげなければなりません。
なので銀子ちゃんは昨日まで、ちゃんと八一くんに構ってあげていました。
将棋をしたいと言うなら将棋をしてあげます。
お昼寝の時にはそばに居たいらしいのでそばに居させてあげています。
眠っている時にほっぺたをぷにぷにするのだって許してあげています。
抱っこするのだって、高い高いするのだって許してあげました。
それなのに。それなのに昨日、衝撃的な事実が判明してしまいます。
なんと八一くんは大きくなって、銀子ちゃんよりも将棋の腕が遥かに上がっていたのです。
昨日までの対局は手加減されていたのです。とても生意気です。絶対に許せません。
「……や」
だから銀子ちゃんはその申し出を拒否しました。
「……ぐぅ、やっぱ駄目か……」
がっくりと肩を落とす八一くん。ですが八一くんの方も諦める訳にはいきません。
八一くんにとって銀子ちゃんとはそれ程に大切な存在なのです。銀子ちゃんに避けられる度にHPがガンガン減ってしまうので、このままだとまた昨日のように死にかけてしまうでしょう。
「……銀子ちゃん。昨日はごめんね」
「………………」
「君にはもっとちゃんと今の俺の事を話しておくべきだったね。俺は九頭竜八一なんだけど、君が知っている九頭竜八一そのものじゃなくて……成長って分かるかな? 大きくなるって意味なんだけど」
「……わかる」
成長とは大きくなる事。銀子ちゃんはそれぐらい分かります。ナメんなと言いたいです。
「銀子ちゃん。今君の目の前に居るこの俺はね、君が知っている6歳の九頭竜八一よりも12年程成長して大きくなった九頭竜八一なんだ」
「……12年」
「そう、12年。12年掛けて成長した分将棋の腕も上がっていて、だから……平手では何百回対局しても今の銀子ちゃんじゃ俺には勝てない。それぐらい成長しちゃったんだ」
「……う」
小さく呻き、しゅんと俯いてしまう銀子ちゃん。
……けど、けどそれぐらいは分かっています。これまたナメんなと言いたいです。
昨日、銀子ちゃんは成長した八一くんと何度も対局したのですが……結果は惨敗でした。
どの手が悪手だったのかとか、どの攻めが悪かったのか分からない位の圧倒的な負けです。自分との実力差さえもよく分からない、とにかく途轍もない差がある事だけが分かりました。
八一くんは銀子ちゃんよりも弱かったはずなのに……いつの間にかこんな事になっています。
それが成長したからなんだ、と言われても銀子ちゃんには到底納得出来ません。
だってこれはズルい、八一くんだけズルいではありませんか。言うならこれは……あれです。
「……チート」
「ち、チート!? いやチートって訳じゃ……てか銀子ちゃん、そんな言葉よく知ってるね?」
「しってる。ナメんなし」
「そ、そっか。けどチートかぁ……俺がズルした訳じゃないんだけど、でも確かに銀子ちゃんの立場からするとそうなっちゃうよなぁ……」
うーん、と難しい顔で腕を組む八一くん。
自分が将棋で強くなれたのは他ならないこの子がいたからこそ。この世界で八一くんが一番対局してきたのは銀子ちゃんで、銀子ちゃんと共に切磋琢磨してきたから今の自分が居るのです。
そんな銀子ちゃんに自分の実力をズルと言われてしまうのはツラいものがあるのですが……けれども今のこの子からしたらそうなってしまうのも致し方ありません。
「……けどね。成長して大きくなるのは決して俺だけじゃないんだ。銀子ちゃん、君だって本当は俺と同じように成長しているんだよ?」
「……わたしも?」
「うん。ほら、昨日お昼寝の時に抱きついていたJK銀子ちゃんがいるでしょ? あの子が君にとっての12年後の姿、俺と一緒に成長してきた銀子ちゃんなんだ」
「……じぇーけー」
ぽつりと呟く銀子ちゃん。
JKの事は勿論知っています。というかこの部屋には自分の他にJKとJCとJSと、都合4人分の銀子ちゃんと呼ばれる人が居ます。
みんなよく似ていて紛らわしいです。この辺の理由も銀子ちゃんにはよく分かりません。
ともあれそんな銀子ちゃん達の内、JKの銀子ちゃんが自分の12年後の姿だそうです。
八一くんの言い分が本当かどうかはよく分かりませんが、言われてみればそんな気もしてきます。
何故ならJKの銀子ちゃんは将棋が強いのです。銀子ちゃんが勝てないJSの銀子ちゃん、JSの銀子ちゃんが勝てないJCの銀子ちゃん、そのどれもに楽勝で勝つのがJKの銀子ちゃんなのです。
「わたしが……わたしがいずれじぇーけーみたいになるの?」
「そうだよ。君も成長したらああなるんだ」
「じぇーけーはどれぐらい将棋がつよいの?」
「そりゃあもの凄く強いよ。この世界で一番、将棋が強い女の子に間違いないだろうね」
「八一よりつよい?」
「どうかな……俺とあの子はまだ公式戦で戦った事が無いからなんとも言えないけど……可能性はあると思うよ。なんせあの子は俺にも出来なかった三段リーグ一期抜けを成し遂げたんだから」
「ふーん……」
なにやらよく分かりませんが、とにかくJKの銀子ちゃんは将棋がとても強いそうです。
「……そっか。わかった」
すると銀子ちゃんはこくりと頷いて。
「じゃあじぇーけーにふくしゅうして貰う」
「え?」
そして。
「……で、私に対局しろと?」
11時半頃、本日も午前授業で早く帰宅したJKの銀子ちゃん。
目の前に居る幼女に向かってそう尋ねると、銀子ちゃんは「ん」と頷き返します。
「じぇーけー、わたしの代わりにやいちをぼこぼこにして」
「……だって。八一、あんた随分と幼女の私に嫌われたわね」
「き、嫌われてないっすよ! ……嫌われて……ないもん……ないもん……!」
昨日癒えたばかりの胸の傷が痛みだしたのか、八一くんは心臓の辺りをぎゅっと押さえます。
一応言っておくと、銀子ちゃんは決して八一くんの事を嫌いになった訳ではありません。
昨日は嫌いになりましたが、それでも一晩経って考えを改めました。自分は姉弟子で八一くんは弟弟子、だったら少し位のおいたは許してあげないと。それが姉弟子の懐の深さというものです。
そう、自分は姉弟子。慕ってくる弟弟子の事を嫌ったりしたら可哀想だというものでしょう。
ただなんかムカつくのでぼこぼこにしたいだけなのです。
「やいちはわたしをナメてる。ムカつく」
「なるほど、その気持ちは分かる気がするわね」
「ちょっと、銀子ちゃん!?」
「でもわたしじゃ勝てないの。だからじぇーけー、わたしのかわりに戦って」
銀子ちゃんはJKの自分を見つめて言います。
お互いに灰色の大きな瞳が交わって……そしてJKの銀子ちゃんがやれやれと頷きました。
「……分かったわ。平手で指せって言った私にもちょっとぐらいは責任があるしね。なら八一、とりあえず一局指すわよ、持ち時間10分」
こうしてJKの銀子ちゃんと八一くんの対局が始まりました。
将棋盤を挟んで二人、JKの銀子ちゃんと八一くんの間には緊迫した空気が流れます。
「……ふむ」
序盤の手がお互いさくさくと進んでいく中、ふと八一くんは考えます。
この対局は話の流れ的に言うなら、自分が負けるべき場面でしょう。
自分がJKの銀子ちゃんとの対局に敗れる事で「ほら、言った通りJK銀子ちゃんは強いだろう? 君もこんなに強くなれるんだよ」みたいな感じで話を纏めます。
そうすれば自分をぼこぼこに出来た幼女銀子ちゃんの鬱憤も晴れて、機嫌もすっかり元通り。
将棋も出来るしだっこもさせてくれるし一緒にお昼寝だってさせてくれる、昨日までの仲良しこよしな関係に戻れる事でしょう。
けれど。だからと言って八一くんはここで手を抜く訳にはいきません。
幼女ならともかく、プロになった銀子ちゃんとの対局でわざと負けるなど決して許されません。そんな事をしたらJK銀子ちゃんにも嫌われてしまうでしょう。それは八一くんが最も恐れる事です。
だから八一くんもこの対局は真剣に戦います。
たとえこの対局で自分が勝利して、幼女銀子ちゃんが更に怒ってしまうのも覚悟の上です。
「……ふぅ」
対局はちょうと中盤に差し掛かった頃。
ここが勝負の分け目と判断した八一くんは精神を集中させます。
そして誰にも追いつけない、誰も届かない領域まで、一気に思考を加速させる──ッ!
「えい」
ペチン☆
「ゑ?」
突然頬を張られた衝撃に驚き、思わず八一くんは思考を中断してしまいます。
「えいえい」
「え、ちょ、よ、幼女銀子ちゃん?」
えいえいと、銀子ちゃんは八一くんの頭をぽかすかと叩きます。
「え、えぇ? あ、これ妨害ありなの!?」
「とーぜん」
当たり前です。一体八一くんは何を勘違いしているのでしょうか。
だってこれは銀子ちゃんと八一くんの戦いなのです。あくまで戦っているのはこの自分、JKの自分には対局の席を譲ったに過ぎません。
このムカつく弟弟子の事を自分の手でぼこぼこにしてこそ意味があるのです。
「……どうしよう、JK銀子ちゃん……」
「あんたが撒いた種でしょ、私に振るな。……盤外戦術とでも思って我慢したら?」
「……それもそうだね」
自分はプロ。それもタイトルホルダーたる者、幼女の妨害程度で気を乱してはなりません。
八一くんはまた精神を集中させ、思考を高速回転させていく……のですが。
「……んしょっと」
「ちょ、ちょっと! 銀子ちゃん!?」
銀子ちゃんは八一くんの正面に回ると、その膝の上にすとんと腰を下ろします。
こうすると二人の顔が急接近です。銀子ちゃんは首を伸ばして更にお顔を近付けます。
「……やいち」
「ちょっと、銀子ちゃん、顔が近いから……」
「……(じ~)」
「ぎ、銀子ちゃん……」
銀子ちゃんはじーっと、ただ至近距離から見つめているだけです。
それなのにどうでしょう、八一くんが見るからにキョドっているではありませんか。
成長した八一くんは自分が近付くとこのように挙動不審になる事が多々あります。6歳の八一くんはこうはならないのにどうしてなのでしょうか、銀子ちゃんには謎です。
「く、くぅ……俺はプロ、俺はプロ棋士……盤外戦術に心を乱される訳には……!」
先程から思考をぐちゃぐちゃに揺さぶられ、見れば盤面は自陣の劣勢となっています。
けれどもまだ負けた訳ではありません。どうにかこの窮地を打開しようと、反撃の為の一手を打つべく駒台にある桂馬に手を伸ばした……までは良かったものの。
「……なんだ。そんな膝の上に座ったりして、もうとっくに仲直り出来ているじゃないの」
「これ、仲直り出来てますかね? 幼女銀子ちゃんは俺の妨害がしたいだけじゃないかな?」
「だとしても私は嫌いな男の膝の上なんて絶対に乗らないわよ。それに……」
八一くんが盤面に桂馬を打ち付ける直前。
ここぞとばかりに高校生の銀子ちゃんも盤外戦術を……もとい、ノロケを繰り出します。
「それに、こうしていると、なんか……」
「なんか?」
「なんか、私達の将来の姿、みたいだな~って♡」
「っ!?」
その言葉に八一くんはハッとします。言われてみればその通りだと思いました。
自分とJK銀子ちゃんの将来の姿。それは……お互いが共にある人生以外にないでしょう。
つまり結婚です。愛しい銀子ちゃんと結婚したとして、するとどうでしょう。今膝の上に居る幼女銀子ちゃんが我が子のように見えてくるではありませんか。
ある日、自分と妻が将棋を指しています。
しかし我が子はまだ両親の職業や将棋の事を理解しておらず「ねぇねぇ、ぱぱー、遊んでよー」と対局中にも拘らずかまってかまってしてきます。そして自分は「コラコラ、後で遊んであげるから」なんて言って、その姿を見た妻がふふっと微笑む。
そんな些細な幸せのシーン、今の自分達の姿はまさにそんなシーンではないでしょうか。
あぁ、これが幸せなのか……と、八一くんがそんな事をついつい考えてしまったが最後。
「……って、あれ?」
ふと気付いた時には自分の指先が摘んでいたはずの桂馬の駒がありません。
どうやら知らない間に指からぽろっと零れていたらしく、盤上のおかしな位置に桂馬がいます。
「いただき」
こうして全く無駄な一手となってしまった桂馬はJKの銀子ちゃんにすぐ取られてしまいました。
「あ、ちょっと待──」
「ま?」
「……ま、じゃ、ないです、ね。はい……」
待った、と口走りそうになってしまい、八一くんは悔しそうに唇を噛みます。
そして、それから数分後。
「……参りました」
ぺこりと頭を下げる八一くん。
二人の銀子ちゃんの盤外戦術に翻弄された結果、ものの見事にボロクソに負けてしまいました。