銀子ちゃんを可愛い可愛い×5するだけの話(+短編集) 作:銀推し
「……参りました」
そう言ってぺこりと頭を下げる八一くん。
「……勝ったの?」
その膝の上、銀子ちゃんは対局の終了した将棋盤をじーっと見つめます。
けれどもその盤面にあるのは4歳の銀子ちゃんからしたら高度かつ難解な詰みで、本当に勝てたのかがいまいちよく分かりません。
「勝ったわよ。ほら、ここをこうして、それで角を上げて、で金を下がらせて、それで……ほら、こうすればこれ以上打つ手がないでしょ?」
「……ほんとだ、詰んでる」
JKの自分が説明してくれて、ようやく銀子ちゃんはそれを理解しました。
八一くんの王は確かに詰んでいます。という事はこの対局は銀子ちゃんの勝利です。
「じぇーけー、やいちに勝ったんだ……すごい」
「まぁね。八一なんて所詮はこんなもんよ」
幼女の自分からの称賛を受けても、JKの銀子ちゃんは然程喜びません。
むしろ対局相手のあまりに無様な姿が気になったのか、咎めるような視線を向けます。
「あんたね、いくらなんでも動揺し過ぎ。プロになってから公式戦の経験が増えた一方で、昔よりも盤外戦術に弱くなってんじゃない?」
「……かもしれないっすね。でもさぁ、銀子ちゃんを使った盤外戦術なんて反則だよ……」
ぐぅの音も出ない八一くん。
この対局では良い所がまるでありませんでした。二人の銀子ちゃん、幼女と高校生の手のひらで見事に踊らされたような気分です。
「とにかく。注文通り八一の事はぼこぼこにしてあげたわ。これでちょっとはスッキリした?」
「うん。まんぞく」
「そう、それは良かった」
銀子ちゃんは小さなおててでビシッとサムズアップ。JKの銀子ちゃんもそれに応えます。
「やいちも、まいった?」
「……うん。参った、参ったよ。本当に御見逸れしました、銀子ちゃん」
「次にまたわたしをナメたらぶちころすから」
「わ、分かりました……」
別に俺は銀子ちゃんの事をナメてなんかいないんだけどなぁ。
と八一くんは思いましたが、ここは兎にも角にも言い訳せずに頷いておきます。
「……ふふっ、よろしい」
こうして銀子ちゃんの機嫌は元通り。その顔には微かな笑みすら浮かんでいます。
さっきまで自分はどうして不機嫌だったのか、昨日の自分はどうして泣いていたのか、もはやそれすらも思い出せません。
「でも幼女。あんたもこれで分かったでしょ? 今の自分とここに居る八一との実力差が」
「……むぅ」
思い出しました。昨日、八一くんは自分との対局で手抜きをしていた事が発覚したのです。
それで本気で指せと命じた所、銀子ちゃんは八一くんに平手でぼこぼこにされたのです。
「今のあんたじゃ八一と平手でやったら勝負にすらならないわ。次からは平手は諦めてちゃんと駒落ちで戦いなさいよ」
「……駒落ち?」
「そう、駒落ち」
「……やだ」
銀子ちゃんはぷいっとそっぽを向きます。
「こら、やだじゃないでしょ」
「やだもん」
「あのねぇ。相手はプロなんだし、駒落ちで戦う事は別に恥ずかしい事なんかじゃ──」
「それでもやだ」
JKの自分からどう言われても、銀子ちゃんはそこだけは譲りません。
むしろJKの方が間違っていると言いたげに、銀子ちゃんは強い眼差しで睨み返します。
「じぇーけー」
「な、なに?」
「じぇーけーはやいちと駒落ちで指せるの? わたしはそんなの絶対にやだ」
「む……」
幼女に反論されたJKの銀子ちゃんは、ちらっと八一くんの顔を一瞥して。
「………………」
「……銀子ちゃん?」
「……同歩。確かに……それは無理かもね」
これは幼女の言っている事の方が正しい。JKの銀子ちゃんはそう思いました。
何故なら自分と八一くんは対等の相手、対等の存在なのです。たとえ成長していようと、どれだけ実力差があろうともそれは変わりません。
これはもう理屈では無いのです。幼女であってもそれが空銀子である限り、九頭竜八一との駒落ち対局など受け入れる事は出来ないのです。
「八一。幼女との駒落ち戦は無理だから諦めて平手でやりなさい。ただし昨日の対局みたいにわざと負けるのも無し」
「え、けどそれじゃあ昨日と同じで、また幼女銀子ちゃんが泣いちゃうんじゃ……」
「かもね。だからそれも込みで頑張りなさい」
「えぇー……」
「情けない声出さない。幼女の世話をするってのはそういう事なのよ。……多分」
幼女の世話をするという事。それは決して幼女に好かれるばかりではありません。
昨日のように時に泣かれ、時に嫌われる事も覚悟して幼女と向き合わなければならないのです。
……と、子育て経験などまるでないJKの銀子ちゃんがそう語ります。
「ところで」
とその時、銀子ちゃんが口を開きます。
「ん?」
「なにかな、幼女銀子ちゃん」
「ふたりは付き合ってるんでしょ?」
「え!?」
その「え!?」という声はハモっていました。
突然その話題来る!? と八一くんとJKの銀子ちゃんは共に困惑を隠せません。
しかし幼女が振る話題が突然なのはよくある事なのです。二人の仲睦まじい姿を見ていたら、銀子ちゃんは唐突にそれが気になったのです。
「ラブラブなんでしょ? まえにそういってた」
「あ、あぁ、確かにそう言ったね。けど……」
「ていうかあんた、幼女のくせに付き合うとかラブラブとかの意味分かってんの?」
「わかる。ナメんなし」
お付き合いをする。それは銀子ちゃんのぱぱとままみたいな関係になるという事です。
ラブラブもおおよそそれと同じ意味です。銀子ちゃんは賢い子なのでそれぐらい分かります。
そして賢い銀子ちゃんは考えます。
どうやら自分は将来八一くんとぱぱとままみたいな関係になるらしいのです。
……ぶっちゃけとても信じられません。率直に言って「えー」って感じの気分です。
「どっちからこくったの?」
「こ、告った?」
「ん。どっちからなの?」
どっち? と小首を傾げる銀子ちゃん。
その視線の先、八一くんとJKの銀子ちゃんは複雑な表情で顔を見合わせます。
「なんかこれ……前にも同じような事を聞かれた覚えがあるような……」
「……奇遇ね。私もそんな覚えがあるわ」
八一くんはJSの銀子ちゃんと、JKの銀子ちゃんはJCの銀子ちゃんと似たような話をしました。
何故銀子ちゃんという生き物はこれ程までに自分達の恋愛事情に興味津々なのでしょうか。八一くんとJKの銀子ちゃんにはよく分かりません。
「で、どっちなの?」
「それは……俺からです」
「やっぱり」
「や、やっぱり?」
「うん。やっぱり」
告白したのは八一くんの方から。銀子ちゃんはそりゃそうだろうなと思っていました。
その理由は簡単、自分が八一くんに告白する事なんて想像出来なかったからです。
「で、それをじぇーけーは受けいれたんだ」
「受け入れたって言うか、私は……」
「受けいれたんでしょ?」
「……まぁ、そうね」
実際は受け入れるまでもなくOKに決まっていたのですが、そうと説明するのもなんか恥ずかしいのでJKの銀子ちゃんは頷いておきます。
「……なるほどね」
銀子ちゃんにとって八一くんとは弟弟子です。格下です、下っぱです、家来です。
けれどもそんな八一くんから告白されて、成長した自分はそれを受け入れたそうなのです。
「……えー」
やっぱり気分は、えー、って感じです。銀子ちゃんは思わず声に出してしまいました。
何故なら銀子ちゃんにとって、八一くんというのはあまり優良物件ではありません。
一言で言うなら『将棋が弱くてバカな男の子』です。成長したら将棋が弱い部分は改善されるみたいですが、残念ながらバカな部分は治っていないように見受けられます。
八一くんよりもマシな男の子など、もっとイイ男の子などそこらに居るのではないでしょうか。銀子ちゃんにはそう思えてなりません。
それなのに成長した自分が八一くんを選んだのだとすると……これはきっと……あれです。
「ねぇ、じぇーけー」
「なに?」
「てごろな男でだきょうしたの?」
「なっ!?」
なんて事を言うのかこの幼女は! とJKの銀子ちゃんはびっくり仰天です。
けれどもその隣、八一くんにとってはもう驚く所では済みませんでした。
「な、ななな……銀子ちゃん、そうなの!? 俺って妥協の上の選択だったの!?」
「ち、違うわよっ! そんな訳ないでしょう!?」
「でも、わたしがやいちをえらぶ理由なんてそれくらいしか考えられない」
「……そ、そんな……!」
あまりのショックに八一くんは顔面蒼白です。
自分にとっては数年……いや十数年越しの恋を叶えた結果なのに、それも銀子ちゃんにとっては妥協の産物でしかなかったのでしょうか。
だとしたらあまりにも切ない話、昨日に続いてまた泣いてしまいそうです。
「……銀子ちゃん、俺……」
「って、泣きそうになってんじゃないわよ! 違うって言ってんでしょ!?」
「ううん。だきょうなはず」
「やっぱり……!」
「だから違うって……あぁもう!」
そしてそれはJKの銀子ちゃんにとっても看過できない話です。自分が長年抱き続けてきた恋心が妥協の産物などと言われてはたまりません。
なのでJKの銀子ちゃんは声を大にして言いました。そりゃもう大きな声で言いました。
「私は八一の事が好きなの! ずっとずっと大好きだったの! だから告白された時は信じられないくらい嬉しかったの! それが妥協の選択なはずがないでしょう!?」
「ぎ、銀子ちゃん……!」
「大体そこの幼女! 妥協とか適当な事言ってるけどね、あんただってあと10年、いやあと5年もしたら八一の事しか考えられなくなるんだからね!」
「え、うそ……!」
「本当よ! これは全ての空銀子が同じように罹る病気なの! あんたもいずれそうなるんだから覚悟しておきなさい!」
威勢よく自らの恋心をぶち撒けたJKの銀子ちゃんは「ぜー、はー……!」と息を荒げます。
この通り、銀子ちゃんのお口は勢いが付いたらもう閉じられません。勢いのままに色々言ってしまったような気がしますがもはや後の祭りです。
見ればすぐ隣では、八一くんがキラキラした目でこちらを見ているではありませんか。
「銀子ちゃん……そんなにも俺の事を……!」
「え、あ、いや、うぅ……い、今のは──」
今のは勢いで口走っちゃっただけだからっ! と言おうかとも思ったのですが。
「……そうよ!? 何か文句でもあんの!?」
真っ赤な顔で逆ギレ気味に答えるJK銀子ちゃん。
それでもやっぱり認める事にしました。だってそれは他ならない本音だからです。
それにもう十分恥ずかしい思いをしているので、ここまで来たなら何を言っても同じです。
「……まさか、文句なんてあるはずない。それよりも……凄く嬉しい」
「……あっそ」
「うん。銀子ちゃん……」
そして感激した様子の八一くんはJKの銀子ちゃんに近付いていきます。
「え? あ、八一?」
「俺も好きだ。大好きだよ、銀子ちゃん」
「ちょ、ちょっと、こんなとこで──!」
慌てふためくJKの銀子ちゃんを無視して、八一くんはその身体をぎゅっと抱きしめます。
他の事なんて気になりません。八一くんはもうこの子の事が、こんなにも自分を想ってくれる恋人の事が愛おしくてたまりませんでした。
「八一、幼女が、幼女が見てるから……!」
「大丈夫だって」
「な、何が大丈夫なのよ、もう……」
文句を言いつつも、JKの銀子ちゃんはその腕の中で大人しくしています。
子供に見せるものじゃないとは思うのですが、この心地よさから逃れる事が出来ないのです。
「………………」
そしてそんな二人を前にして、銀子ちゃんは魂の抜けた顔で呆然としていました。
成長した自分と八一くんのハグが衝撃的だったから……ではありません。それよりもなによりも先程の話が衝撃的だったからです。
「わ、わたしは……やいちを……!」
自分は将来、八一くんの事しか考えられない病気に罹ってしまうそうです。
それはなんという……なんという恐ろしい病なのでしょうか。自分がそんな怖い病気に罹ってしまうなんてとても信じたくありません……が、成長した自分が言う事だけに無視する事も出来ません。
「あわわわ……!」
八一くんの事しか考えられない病気。
そんな病気に罹ってしまったら、この先どうやって生きていけばいいのでしょうか。
ちゃんと頭を使って将棋を指せるのでしょうか、銀子ちゃんはなんだか怖くなってきました。
「……うぅ、やいち」
そして恐怖のあまり、勝手に身体が動きました。
「……あ」
「どうしたの?」
「いや、幼女銀子ちゃんが……」
八一くんがふと足元を見れば、自分の太ももに銀子ちゃんがぎゅっとしがみついています。
「どうしたの? 幼女銀子ちゃん」
「……わたしも抱きつく」
銀子ちゃんはJKの自分に混じって八一くんに抱き付く事にしました。
こうするとなんだかホッとするのです。不思議と気持ちが落ち着くのです。
それがどうしてなのか。その気持ちは幼い銀子ちゃんにはよく分かりません。
「……やいち」
八一くんの事しか考えられない病。それは俗に言う恋の病というものです。
どうやら自分は5年後、そんな病気に罹ってしまうらしいので──
──これからはもう少し、もう少しだけやいちに優しくしておこう。
銀子ちゃんはそんな事を考えたみたいです。
「やいち。わたしに抱きつかれるの、すき?」
「うん、好きだよ」
「そっか。ならもっとしてあげる」
銀子ちゃんは更にぎゅーっと抱きしめます。
「ぎゅー」
「あぁ、幼女銀子ちゃん……かわいい」
「……ロリコン」
「い、いやいや。これはロリコンとかそういうのじゃないでしょ」
「……ろりこん?」
ロリコンとは何だろう? ……と、そんな事を考えながら。
銀子ちゃんはJKの自分と一緒に、しばらくの間八一くんにぴたりとくっ付いていましたとさ。