銀子ちゃんを可愛い可愛い×5するだけの話(+短編集)   作:銀推し

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27. 浮気の話

 

 

 ──し、しちゃった……!

 

 茫然自失となっている八一に背を向け、私は脱兎の勢いでその場から逃げ出す。

 だめ。もうむり。これ以上は八一の顔を見ていられる気がしない。

 

「……はっ、はぁ……!」

 

 即座に801号室の玄関ドアを開いて、そのまま一直線で洗面所まで駆け込んだ。

 今は誰とも顔を合わせたくない。だって一向に胸のドキドキが収まってくれないし……それに、それにっ、くち、くちびるが……!

 

「……あ、あつい」

 

 あぁ、あつい。唇が、唇が熱いよぉ……!

 わわ、わたし、わたしってば、ついに八一と、八一と……キス、しちゃったんだ……!

 ふわわわ、ど、どうしよどうしよ! と、とんでもないことをしちゃったよぉ!

 

「……う、うぅぅう~……!」

 

 ……ほんとうに、ほんとうにしちゃった。

 あつかった。やわらかかった。心臓がバクバク鳴っておかしくなりそうだった。

 レモンの香りとかはよく分かんなかったけど、とにかくすごかった。死んじゃうかと思った。

 

 それに八一の顔がとっても近かった。キスするとあんなに近付いちゃうんだ……。

 あぁもうだめ。今日はもうドキドキが止まってくれる気がしない。洗面台の鏡に映っている私の顔は見事に真っ赤になっちゃってる。

 こんな顔、八一に見られちゃったのかな。……見られちゃったんだろうな。

 

「……やいち」

 

 ……私と、中学生の私とキスをしちゃった事……八一はどう思ったかな。

 こんな不意打ちみたいな形でしちゃった事については、思う所が無い訳じゃないけど……。

 

 けれど、後悔はない。

 だって、キスしたかったんだもん。

 

 それはもう結構前から。八一が私の事を好きなんだって知ってからずっと。

 私は八一とキスをしたかった。もっともっと八一の心に触れてみたかったんだもん。

 

 ただこれまではそんな事を考えた時、そこで私の自制心というものが待ったを掛けていた。

 けれどもう割り切った。これは所詮夢だからと割り切っちゃう事にして、今回勝負を掛けてみた。

 

 あらかじめこの洗面所に高校生の私の制服の替えを用意しておいて。

 リビングに居る銀子達に気付かれないよう、こっそりと着替えて。

 そうして八一の目が、中学生の私と高校生の私を見分けるかに賭けてみたんだけど……。

 

「……にしてもあのバカ、まるで躊躇う気配がなかったわね……」

 

 結果はこの通り、八一は何ら迷う事なく中学生の私にキスをしてきた。

 中学生と高校生を見分ける事も出来ないとは。きっと八一の目玉は飾りか何かなのだろう。

 

「……やいち。今、どんな事を思ってるかな」

 

 まだ茫然自失のままだろうか。それとも今頃大慌てになっている最中だろうか。

 最初に私がキスを求めた時、八一は高校生の私に遠慮してキスをしようとしなかった。

 だから誤って私にキスしてしまった今の八一は、きっと心中穏やかじゃないだろうけど……。

 

「……ふん、いい気味よ」

 

 生憎と私はそんな事知ったこっちゃない。

 だってこれはあいつに対する仕返しなんだから。

 お風呂の一件で私一人をのけ者にした、さみしい想いをさせた報いを与えただけなのだから。

 

 ……ただ、まぁ、その。

 あとでJK銀子には怒られちゃうかもしれない……けど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──し、しちゃった……!

 

 口元を片手で覆いながら、俺はその場に呆然と立ち尽くす。

 

 や……ヤバい。唇が、熱い。

 もう慣れた感触のはずなのに、その事を意識した途端火が付いたかのように熱くなった。

 だって今俺がキスをしたあの子は、俺の恋人である高校生の銀子ちゃんじゃなくて……。

 

「……中学生の、銀子ちゃん、だよな……」

 

 そう、あれはJC銀子ちゃんだ。今の会話から察するにそうだとしか思えない。

 高校の制服である白のセーラー服こそ着ていたものの、その中身はなんとJCだったのだ。

 ただ服装が違うだけ。俺はその違いを見抜く事が出来ず、すんなりと口付けをしてしまった。

 

「これって、うわ、うわ、うわ…………き?」

 

 うわ、うわ、うわわわわ……!

 お、俺はなんていう事をっ! 恋人がいるのに恋人以外の人とキスしちゃったなんて!

 なぜ中学生と高校生の違いが分からないんだ! 俺の目玉は飾りか何かなのか!?

 

「どどど、どうしよ、これ……!」

 

 俺にはJK銀子ちゃんという恋人がいる。その上でJC銀子ちゃんとキスをしちゃった。

 まず考えるべき問題として……果たしてこれは浮気に入るのだろうか?

 

 ……入るよなぁ、絶対に。

 同じ銀子ちゃんだからセーフ! ……なんて言い訳は通用しないよなぁ、あの子には。

 

 実はこれに似た経験は前にもある。約三ヶ月ぐらい前に天衣とキスしちゃった一件だ。

 けれどあの時はまだ言い訳の余地があった。あの時は封じ手こそしていたものの、まだ銀子ちゃんと正式にお付き合いする前の出来事だし、何より不意打ちであって俺自身の意思では無かった。

 しかし今回はどうだ。今はもうJK銀子ちゃんと正式にお付き合いしている。そして見間違えたとはいえ俺自身の意思で口付けをしてしまった。

 

 ……うん、アウトですね。

 

「……マジどうしよ。JK銀子ちゃんに内緒にしておく……訳にもいかないよなぁ……」

 

 正直言って……とても気が重い。ぶっちゃけ打ち明けたくない、ずっと内緒にしておきたい。

 ……けど、これを黙っていたらそれこそ銀子ちゃんへの裏切りだろう。あの子に愛想を尽かされる事だけは避けなければならない。だったらやっぱり言うしかない。

 

 ……いやでもしかし、浮気をしたなんて言ったらどの道愛想を尽かされてしまうのでは、

 だとしたら内緒にしておくのも一案かもしれないねいやでもやっぱりそれは駄目だろよく考えろよいやでも知らない方が幸せという事もあるようなけど銀子ちゃんが銀子ちゃんが銀子ちゃんが──

 

「……嗚呼、銀子ちゃんが、銀子ちゃんに、銀子ちゃんだから……」

 

 ぶつぶつと訳の分からぬ事を呟きながら、茫然自失状態の俺はふらふらと廊下を歩いて。

 力の入らない手で我が家のドアを開けると──

 

「あ、かえってきた」

 

 おや、幼女銀子ちゃんがてくてくとこちらに近付いてくるではないか。

 そして「ん」と呟いて右手をパッと突き出した。一体なんのポーズだろう、かわいいね。

 

「やいち。ぷりん」

「……プリン?」

「ん。ぷりん」

 

 なんだプリンって。

 もしかしてプリン食べたいのかな。なら買ってきてあげ……って、あっ!

 

「……そうだ。おやつを買ってきてあげるって言ってたね」

 

 そう言えば俺、コンビニへ買い物に行くっていう名目で外に出たんだった。

 JC銀子ちゃんにあれこれ翻弄されている内にすっかり忘れてしまっていた。

 

「ぷりん、かってきてないの?」

「……うん、ごめん。忘れちゃった」

「……きさま」

 

 怖い。幼女の目付きがめっちゃ怖いです。

 プリン一つ買い忘れただけで天使のような幼女がどす黒いオーラを放つようになるとは。

 

「も、もう一度行ってくるよ。すぐに買ってくるからちょっとだけ待ってて、ね?」

 

 そう言って俺は脱ぎかけていた靴を履き直す。

 

「ん、いそいで」

「うん、分かった」

 

 そして幼女銀子ちゃんの言葉に頷いた直後、

 

「…………はぁ」

 

 先程の諸々を思い出して、つい口から大きな溜息を吐いてしまった。

 そんな様子を見て気になったのか、幼女がこてりと首を傾げる。

 

「……やいち。そんなに行きたくないの?」

「あ、ううん、そういう事じゃなくて……そうだ、幼女銀子ちゃんも一緒に行こうか」

「え?」

 

 この重い気分のまま一人でいるのはツラい。

 今の俺には幼女の癒やしが必要だ。幼女の穢れなき純心な光で俺の心を浄化して欲しい。

 

「このままじゃ寒いからね、暖かくしようね。はい、ぐるぐるぐるー」

「わっ、わぁ」

 

 服を取りに行くのが面倒くさかったのでマフラーで代用。厚地のマフラーで幼女銀子ちゃんの身体をぐるぐる巻きにする。ぐるぐるぐるー。

 

「ぐるぐるぐるーっと……はい出来上がり。うん、蓑虫みたいで可愛いよ」

「みのむし? それ、ほめてるの?」

「褒めてる褒めてる」

 

 そうして出来上がった蓑虫銀子ちゃんを抱っこして玄関から外に出た。

 

「どうかな、寒くない?」

「うん。……けどわたし、ついてくなんて一言もいってないんだけど」

「そこを何とか頼むよ。一人じゃ心細いんだ」

「……しょうがない。とくべつだからね」

 

 特別に付いてきてくれるようだ。良かった。

 なんのかんの言って銀子ちゃんは優しい。こうして抱っこもさせてくれるし。

 ……けどなぁ。そんな優しい銀子ちゃんの事を裏切っちゃったんだよなぁ、俺ってヤツは……。

 

「…………はぁ~~」

「またためいき。さっきからどうしたの?」

 

 相変わらず暗い顔をしてる俺を見て、幼女銀子ちゃんがそう尋ねる。

 こんな話、こんな小さい子に話しても仕方無い事だよなぁ……とは思いつつも。

 

「……うん、実は……」

 

 俺の胸中には収まりきらない事なのか、自然と口から言葉が漏れ出してしまう。

 

「幼女銀子ちゃんさぁ、浮気って分かる?」

「うん。わかる」

「そっか。でね、前にも話したけどさ、君は大きくなったら俺と付き合う事になるんだよ」

「うん。しってる」

 

 コクリと頷く幼女。賢いこの子は浮気の意味とか付き合う事の意味を知っているようだ。

 だったら想像出来るかなぁと、俺は懺悔する気分で己が罪状を打ち明けてみる。

 

「それでね、俺達が付き合いだしたとしてさ」

「うん」

「それで、その時に俺が浮気をしたとしたら……君はどうする?」

「やつざきにする」

 

 や、八つ裂きっすか……! 

 なんともエグい回答だけど、でもなんか正鵠を射ているというか、それはJK銀子ちゃんのアンサーそのままな気がする。さすがは同一人物だ。

  

「やいち、うわきしたの?」

「んー……例えばだけどさ、今俺は幼女銀子ちゃんの事を抱っこしてるじゃんか」

「うん。してる」

「これって浮気になったりするかな?」

「……? なんで? なんでわたしを抱っこするのがうわきになるの?」

 

 顔にはてなマークを浮かべる幼女銀子ちゃん。かわいい。

 どうやら今の言い方では重要な点が伝わらなかったようだ。肝心なのは浮気相手が銀子ちゃんなんだけど、けれども銀子ちゃんではないという点で……言葉にするとややこしいな、これ。

 

「じゃあさ、例えば……俺と幼女銀子ちゃんが付き合っているとしてさ」

「うん」

「そこで俺がJS銀子ちゃんの事を抱っこしたら、それは浮気だと感じるんじゃないかな?」

「じぇーえすのことを?」

「うん」

 

 俺が頷くと、幼女銀子ちゃん「……うーん」と三秒程考えて。

 

「……別に、うわきじゃないんじゃない?」

「そ、そうかな? でも幼女銀子ちゃんじゃない子を抱っこしてるんだよ?」

「別にきにしない。そんなことで怒るほどわたしはきょーりょーじゃない」

 

 きょ、狭量って、この4歳児は本当に難しい言葉を知ってるな。

 

「……でもそっか。ならJK銀子ちゃんもそう思ってくれたら良いんだけど……っていうのはちょっと都合良すぎるかな……はぁ……」

「やいち、じぇーけーのこと怒らせたの?」

「……うん。多分」

「そうなんだ。……うわきしたから?」

「……うん」

「わたしを抱っこして?」

「……まぁ、似たような事をしちゃって」

「ふーん……じぇーけーはきょーりょーなの?」

「ど、どうかな……」

 

 銀子ちゃんが狭量かって言われると……うん、コメントし辛いですね、それは。

 それに許されたらOKって話でもないよなぁ。たとえ許してくれた所で俺がやらかした事実は消えない訳で、それであの子が心を痛めるかと思うと……あぁ、ほんとに胸を抉られる思いだ。

 

 ……そして、それだけじゃない。

 俺の胸に刺さってるのはJK銀子ちゃんの事だけじゃなく、JC銀子ちゃんの事もあって。

 

 あの時、中学生の銀子ちゃんに対して俺がキスは出来ないと言って謝った時。

 その時に一瞬だけ……あの子はとてもさみしそうな顔をした。それが見えちゃったんだ。

 

 だから結果としてJC銀子ちゃんとキスしちゃったんだと知った時。

 JK銀子ちゃんに対して悪く思う一方、JC銀子ちゃんを悲しませずに済んで良かったと、そんな事を思ってしまった自分も居て。

 その事が更にJK銀子ちゃんに対する罪悪感となっている。今の俺の心境はそんな感じだ。

 

「……はぁ、シンドい」

「やいち。悪いことをしちゃったのならちゃんとあやまらなくちゃダメ」

「……うん。そうだね」

 

 そんな俺の気持ちを察してくれたのかは分からないけど。

 幼女銀子ちゃんが至近距離から俺の目をじっと見つめて言った。

 

「それでじぇーけーがきょーりょーだったら、その時はちゃんとやつざきにされてきなさい」

「……そ、そうっすね……」

「うん。そしたらわたしが骨は拾ってあげるから」

 

 そして、俺の頭をよしよしと撫でてくれた。

 

 

 

 そしてその後。付近のコンビニまで行って沢山のおやつを買い込んで。

 そうして部屋に戻ってきて早々、おやつ休憩をしている彼女に声を掛けた。

 

「……JK銀子ちゃん、ちょっと、いいかな?」

「なに?」

「その、ここじゃなんだから……外で」

 

 俺がそう言うと、銀子ちゃんは「……外で?」と嫌そうな目付きを向けてきた。

 けれど俺の様子から只事では無い事を察したのだろう、銀子ちゃんは煩わしそうに立ち上がって俺の後を付いてくる。

 

「……で? なんの話?」

 

 そうしてベランダに出て早々、つっけんどんな感じの声で言われる。

 恐らく外が寒いからだろう、JK銀子ちゃんはすでにちょっと機嫌が悪めだ。

 

「……えっとですね、大事な話がありまして……」

「大事な話?」

「はい。そのですね、実は……」

 

 ……っ、言わなくちゃ。

 幼女が骨を拾ってくれるんだ。だからここはちゃんと八つ裂きにされないと。

 

「──ごめんなさいっ!」

 

 真っ向から言い放ちながら、俺はベランダの冷たい床に膝と手のひらと額をくっつける。

 その体勢は五体投地、つまり土下座。心からの謝罪にはこの体勢しかない。

 

「銀子ちゃん、俺は、俺は……! 俺は浮気をしてしまいましたっ!!」

 

 そして、己が罪を白状した。

 そのまま顔も上げられず、怖くて両目をぎゅっと瞑ったまま。

 

「………………」

 

 少しの沈黙の後、俺の耳に届いた恋人の声。

 

「……ほう?」

 

 それはゾクッとするような声だった。

 

 

 

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