銀子ちゃんを可愛い可愛い×5するだけの話(+短編集)   作:銀推し

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29. JKと不思議な夢の話

 

 

 

 

 将棋会館近くにあるワンルームマンション。

 その801号室。今は誰も居ないリビングの真ん中に私は一人で立っている。

 

「……あ、れ?」

 

 ……わたし、どうしてここに?

 だって、今の今までベランダに居て、それで……八一から謝罪を受けていたはず……だよね? 

 

 それなのにふと気が付くと、いつの間にかこのリビングへと移動している。

 そして土下座していた八一の姿も忽然と消えているし、私以外の三人の銀子達の姿も見えない。

 

「……な、なにこれ、どういう事?」

 

 なにかがおかしい。とても理解不能なおかしな事が起きている。

 まるで世界が切り替わったかのような、あるいは一時の記憶が欠け落ちたかのような。

 もしくは幻を見ているのか、それとも白昼夢か。なんにせよもう訳が分からない、私の現実はどうなってしまったのだろうか。

 

 ……って、現実?

 

「……あぁ、それとも、これってもしかして……」

 

 私は今、見慣れたこの部屋のリビングに居て、ここに居るはずの三人の銀子達は居ない。

 考えてみるとこれって……あのおかしな夢から目覚めて現実の世界に戻った、って事なのかな?

 

 そうだ、そう考えれば辻褄が合う。

 空銀子が4人もいる夢。そんなあり得ない夢から遂に私が目覚めたという事なのでは──

 

 

「銀子ちゃん」

「え?」

 

 とその時、背後から私の名を呼ぶ声が。

 その声、その呼び方は私にとって馴染みのよくあるあいつの声で。

 

「……八一」

 

 そこに居たのは見慣れた姿、九頭竜八一。

 さっきまでベランダの床で土下座をしていたはずの八一が普通に立っていた。

 

「これって……」

「どしたの銀子ちゃん、そんな呆けた顔して」

「っ、呆けた顔なんてしてないわよ。それより……ねぇ八一、他の銀子達は?」

 

 確認の為に私がそんな質問をしてみると、

 

「他の銀子? え、なにそれどういう事?」

 

 八一はきょとんとした顔で答える。

 その表情はとぼけているような感じには見えないし……うん、これはやっぱり……。

 

「……ねぇ八一。あんた浮気はしてないわよね?」

「う、浮気!? し、してないよそんなの! いきなり何を言うんですか!」

「……そうよね。浮気なんかしてないわよね」

 

 そしてこの通り、八一は浮気もしてないと言う。

 

「…………ほんとに?」

「本当だってばっ!」

 

 慌てふためく八一をよそに、状況を理解した私は「……はぁ」と大きく息を吐き出す。

 

 ……あぁ、やっぱりそういう事だ。私は遂にあの夢から目覚めたんだ。

 ここは元の世界。私が4人も居るはずのない、現実の世界に戻ってきたという事なんだろう。

 けど、なんだか随分と唐突な終わり方だ。まぁ夢から覚める時なんてのは往々にして唐突なのかもしれないけど、こうなるとなんか──

 

「……ちょっと、名残惜しい……かな」

「え?」

「ううん、なんでもない」

 

 過去の自分に会えなくなって悲しい……とまでは言わないけれど。

 それでも結構な時間一緒に生活していた訳だし、お別れの挨拶が出来なかったのは……少し、ちょっとだけ心残りかもしれない。

 

 ……と、この時の私はまだ呑気にもそんな事を考えていたんだけど。

 

 

「──え!?」

 

 私がふと瞬きをしたその瞬間だった。

 その一瞬の間に、目の前に居たはずの八一の姿は煙のように消え去ってしまった。

 

「は? え、なにこれ、八一!?」

 

 え、なにこれなにこれ!? 一体私の目の前でなにが起こってるの!?

 だって八一が現れたと思ったら突然に消えちゃったんだけど!? なんなの、あいつプロ棋士を辞めてマジシャンにでも転職したの!?

 

 それともこれって……。

 これって、やっぱりまだ私は──

 

 

「姉弟子」

「え」

 

 すると再び背後から私の名を呼ぶ声が聞こえた。

 その声は聞き覚えがあるんだけど、その呼び方にはちょっとだけ引っ掛かりがあって……。

 

「……や、八一……よね?」

「はい。八一ですけど」

 

 振り向いた私の目に映った人物、そこに居たのは誰あろう九頭竜八一だ。

 つい先程突然に現れて突然に姿を消したばかりの八一がまた突然に現れた……と言いたい所だけど、生憎と私の目は誤魔化せない。

 

 この八一は先程の八一とは……ていうか、私が知っている九頭竜八一とは少し異なる。

 よく見れば背丈もちょっと低いし、顔付きもちょっと幼いし……となるとこれはもしや……。

 

「……ねぇ八一。あんた今何歳?」

「え? いきなりなんですかその質問は」

「いいから答えなさい」

「……16ですけど」

 

 ……なるほど、そういう事ね。

 分かった。今ハッキリと分かった。えぇ、理解しましたとも。

 どうやら私はまだ現実に戻れてはいない、相変わらず夢の中にいるようだ。状況を再認識した私はもう一度大きく嘆息する。

 

 だってこの通り、16歳の八一が目の前に居る。そんな事は夢じゃなきゃあり得ないしね。

 でもどうして16歳の八一がここに……って、まさかこれは意趣返しのようなものなのかな?

 さっきまで私が4人居た訳だしと、ならばお次は八一が4人になるという事か。さすがは夢の中、もはやなんでもアリなのか。

 

「……ふーん、そう。あんたは16歳なのね」

「はい。てかそんなの知ってますよね?」

「そうね、知ってる。ちょっと気になっただけ」

 

 にしても16歳なんだ。なんか不思議。

 あの夢では高校生の下は中学生だった訳だし、八一の方も中学生なのかなと思ったんだけど。

 

 ……って、あぁそっか、分かった。これはきっとJC銀子の年齢と対応させているんだ。

 JC銀子は中学3年の14歳、だからこの八一はその2歳上の16歳の姿でここに居るんだろう。

 

 ……ん? 16歳?

 

「……ねぇ、16歳の八一」

「なんですか?」

「だったらあんたは……あんたはこの私を見て何か思う事はないの?」

 

 この八一の年齢が16歳なら、同じく16歳であるこの私には見覚えがないはずなんだけど。

 

「思う事? ……ってあれ?」

 

 すると八一もそのおかしさに気付いたのだろう。私の顔をまじまじと見つめてくる。

 

「あれ、姉弟子……なんか、なんか今日はいつもと違いませんか?」

「違うってなにが? 何処が違うと思うの?」

「いや、あの、なにがっていうか……いやけど、俺の気のせいか……?」

 

 自分が知っている空銀子、中学3年14歳の空銀子とは微妙に異なる私の容姿。

 その違いに確信が持てないのか、八一は眉を難しそうに顰めながら言った。

 

「……あ、もしかして化粧でもしたんですか?」

 

 ……こいつ、自分が知る14歳の空銀子と16歳になったこの私との違いを化粧で済ませる気か。

 これでハッキリしたわね。八一の目玉はただの飾りだ。多分ビー玉とかで出来ているのだろう。

 

「ほんとにあんたは一度頓死した方がいいわね」

「えっ」

「けどそっか。考えてみたら八一なんて所詮はそんなもんよね。だから私も散々苦労した訳だし」

 

 九頭竜八一。それは将棋の才能だけはあるもののしかしバカで鈍感な男の名前。

 それは16歳だろうが18歳だろうが変わらない。子供の頃から八一とはそういう男なのだ。

 

 ……にしても、16歳の頃の八一、か。こうして見るとなんか懐かしいな。

 今と比べて幼いのは勿論だけど、全体的な佇まいというか、雰囲気が少し固いような気がする。

 八一って昔っからこうだったっけ? それともこの時期だけ? あ、それとも逆に今の八一の雰囲気が柔らかくなったって事なのかな……。

 

 ……とそんな事を考えながら、自然と私は八一の顔に手を伸ばす。

 

「ちょ、ちょっとなんすか」

 

 すると指先が頬に触れた途端、八一は私を避けるように一歩後ろに下がった。

 

「……なによ」

「いや、なにって言うか……姉弟子こそ急にどうしたんですか」

 

 見るからに戸惑いの表情になる八一。そしてその姉弟子という呼び方。更には敬語。

 幼い頃から一緒に居た相手に対して随分と他人行儀な態度だけど、これがこの八一にとっての普通。この一歩線を引いたような接し方こそ、16歳の八一にとっての空銀子との距離感なのだろう。

 この疎遠さに関して、私も当時は寂しく思ったりムカついたりする事もあったんだけど……。

 

 ……けれど、だ。

 私はもうあの当時とは違う。私はもう八一の気持ちを、八一の心を知っちゃっている訳で。

 

「……ふーん?」

 

 と呟きながら私は一歩近付いて、下から覗き込むように顔をぐっと近付ける。

 

「な、ちょ、なんすかいきなり!」

 

 すると八一はまた一歩下がる……が、逃さぬとばかりに私も更に距離を詰めて壁際まで迫る。

 

「別に? あんたこそなに慌ててんの?」

「いや、俺は慌ててなんか……」

「だったら気にする事なんてないでしょ? 私達は姉弟なんだし」

「きょ、姉弟っつったって……」

 

 私に詰め寄られた八一は顎を仰け反らせる。その視線も左右に落ち着き無く揺れている。

 なによこのバカ八一、余程この私に近付かれたくないのか……なんて事を考えるはずもなく。

 だってこの反応って私を避けてるって事じゃなくて、要は……照れ隠し? みたいなものでしょ?

 

「ねぇ八一、そういう事よね?」

「何がですか?」

「だから、こうして……」

「ちょ、姉弟子、なにを……!」

 

 私は両手を伸ばして、慌てふためく八一の両頬を左右からそっと抑え込む。

 そうすると手のひらから感じる熱は……うん、あたたかい。八一の顔の表面温度が上昇しているのがありありと分かる。

 

 ……あ、これちょっと面白いかも。

 16歳の八一は私の事が大好き。そうと知っているこっちは幾らでも強気に出られる。

 例えば……ほら。今度は八一の腰の後ろに両手を回してみたりして……。

 

「……ちょ、あ、あねで──」

 

 この通り……抱き締めちゃったりして?

 当時は拒絶されるのが怖くて出来なかったスキンシップだって、今なら簡単に出来ちゃうのだ。

 

「……あ、あの、あの、あの……!」

 

 驚愕と羞恥と緊張のせいか、声までガチガチに固まる八一。

 うん、とても新鮮な反応だ。わたしの知る18歳の八一ならこうはならない。あいつはもう私との触れ合いには慣れちゃってるからね。

 まぁそれは慣れる程に私達の距離が近付いたって事だし、別に悪い事とは言わないけれど。とにかくこうして私との触れ合いに慣れていない16歳の八一って……なんか、ちょっとかわいいかも。

 

「……あの、一体、どうしたんですか? 今日の姉弟子は明らかに変ですよ」

「そう?」

「そうですよ。だって、普段はこんな……抱きついてきたりなんてしないじゃないですか」

「……ふむ」

 

 明らかに困惑している八一を見ていると、私の胸中にはむくむくと悪戯心が湧いてくる。

 そこで少し見上げるような形で、八一の目をじっと見つめながら、 

 

「……私に抱きつかれるの……きらい?」

 

 そんな意地悪な質問をしてみれば、八一は「え゛!?」と露骨な程に動揺してくれる。

 

「……いや、そりゃ、べつにそんな、きらいって事は、ない、ですけど……」

「そっか。じゃあさ……」

 

 そして、再度意地悪な質問。

 

「私に抱きつかれるの……すき?」

「そ、れは……」

 

 口籠る八一の顔は明らかに赤くなっていて。

 喉がごくりと鳴ったのが分かる。心音が激しくなっているのが伝わってくる。

 

 あれ、これって……落とせるのでは?

 もしかして16歳の頃の八一って、私が積極的になれば簡単に落とせるような相手だったのでは?

 

 ……って、まぁそれもそうか。

 私達は元から両思いだった訳だし、それも当然だよね……なんて事を考えた瞬間だった。

 

 

「──あれ?」

 

 ふっと体中から伝わる感触が無くなって、

 

「……あ、消えちゃった……」

 

 またしても煙のように、16歳の八一は忽然と消え去ってしまった。

 あぁ、惜しかった。あと少しで八一を落とせた、投了させられたと思うんだけど……。

 

「……でも、となるとこの次は……」

 

 さすがにそろそろ展開が読めてきた私は瞬時に思考を巡らせる。

 最初に私がよく知る18歳の八一が現れた。そして次に16歳の八一が現れた。

 となれば次の八一は恐らくJS銀子に対応する年齢なはずだから……。

 

「小学6年生11歳の八一って事ね。……でも」

 

 そんな事を考える一方、私はふと思った。

 もし仮に今……16歳の八一からキスを求められていたら、私は……どうしていただろうか。

 

 それは、それはちょっと……分からない。今の私にはどちらとも断言する事が出来ない。

 けどそれがあの夢の中での八一の置かれた立場なのだとすると、やっぱりあれは──

 

「……あのー」

 

 とその時、またしても背後から声が聞こえた。

 

「っ、」

 

 その声を聞いた途端、私の心拍が一瞬ドクンと跳ねるように上がった。

 思えばこの時から兆候はあったんだけど……この時の私はまだ油断していた。

 

 この数分後に自分がどうなるかも知らずに……何も考えずに背後を振り返ってしまった。

 

 

 

 

 

 

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