銀子ちゃんを可愛い可愛い×5するだけの話(+短編集) 作:銀推し
私は今、不思議な夢の中に囚われている。
まず最初に18歳の八一が現れて、その次に16歳の八一が現れて……そして。
「……あのー」
と、背後からそう声が掛けられる。
それは──あぁ、やっぱり。それは予想していた通りの声だ。
その声は八一の声。だけどそれは……私にとってはもう聞き馴染みのある声じゃない。
だってその声は……その少し高い音域の声は、八一が声変わりをする前の声で。
「……八一」
そうして振り返った私の目の映った姿、そこに居たのは勿論八一だ。
その背丈は今よりも大分低め、もう尋ねなくても分かる、これは小学6年生11歳の八一だろう。
けど……これ、この八一って……。
「……あの、あなたは銀子ちゃんの……お姉さん、ですか?」
そして続けざまにそんな質問をしてきた。
さすがに先程会った16歳の八一とは違って、11歳の八一は自分の知っている9歳の空銀子と16歳の空銀子を見間違えたりはしないようだ。
だからこそこの私を空銀子とは認識出来ず、空銀子の姉かなにかだと考えたらしい。
……けれど、ううん、私にとって今はそんな事どうでもよくって……。
「──小6の八一、ちっちゃい……」
「え?」
その子を見た時、私の第一印象は「ちっちゃい」だった。
だって、だってこの八一ってば、小6の八一ってば私よりも身長が低いんだもん。
目線を斜め下に向けて八一と目が合う、そんな事私の人生において初めての経験だ。
え、ていうか……ね?
ちょっと、ちょっと待って?
これ、この、このちっちゃい八一ってさ……小6の八一って、なんか、なんか……っ!
「か、か、かっ……!」
「……か?」
か、かっ……可愛いんですけど!?
あれ? あれれ!? 小6の頃の八一ってこんなに可愛い男の子だったっけ!?
もっとなんか、こう、小憎たらしいというか、生意気そうな感じの子供だったような気がしたんだけど、私の記憶違い!?
……あぁ、でも、記憶違いなんかじゃない。これはどこからどう見ても私の記憶通りの八一だ。
だとすると私の見方が変わったのだろう。当時はこっちが年下だったから、年下目線で見て生意気な感じに見えていたんだけど、高校生になった今ではそんな所も可愛く見えてくるっていうか……!
「……ねぇ八一。私の事、分かる?」
「えっと、だから、銀子ちゃんのお姉さん、なのかな~、って……」
「うん。じゃ、おねえちゃんって呼んでみて」
「え?」
「いいから。ほら」
私は有無を言わさぬ勢いで急かす。
すると小6の八一は私を見上げながら戸惑い気味にその口を開いて。
「お、おねえちゃん……?」
「……あ」
──ゾクゾクっとした。
ヤバい。これは危険だ。これ以上進むと私の中にある変な扉が開いてしまう。
ここで引き返すべきだ、これ以上進んではいけない……と、そう分かっているんだけど……それでも私の本能が止まってくれなくて。
「……よいしょ」
本能に追い立てられるがまま、私は小学6年11歳の八一を抱きしめる。ぎゅ。
「えっ、あ、あの……!」
すると慌てた声を出す八一。
わぁ、八一ったら恥ずかしがってる。私に抱き締められたら照れちゃって……かわいい。
「ね、もう一回呼んでみて」
「え、えっと……おねえちゃん?」
「もう一回」
「……おねえちゃん」
「今度は銀子おねえちゃんって呼んでみて?」
「ぎ、銀子おねえちゃん……?」
「……あ」
──あ、あわわわわっ!
こ、これは……これはヤバい……っ! 銀子お姉ちゃんは、銀子お姉ちゃんは……!
私は……そう、私は姉だ。出会った頃から私が姉で八一が弟、それが私達の関係の一つ。
ただ、そうは言っても実際には私よりも八一の方が年上となる。だから八一が私の弟なのだと言っても、それはあくまで立場上というか、将棋の師弟関係における形式上の話であって。
けれどこの八一は違う。この八一は正真正銘私よりも年下、小学6年生11歳の八一で。
そんな八一から、本当に弟みたいな八一から『銀子お姉ちゃん』と呼ばれる破壊力ときたら……!
けれど……ダメ! 駄目よ銀子っ!
待って空銀子。落ち着いて。あなたはこれ以上この先に進んでは駄目。
いい? 銀子、あなたの恋人は誰? あなたの恋人は18歳の八一でしょう?
ねぇ知ってる? こういう小さな男の子が好きな女性をショタコンって言うのよ?
銀子、あなたはショタコンじゃないでしょう? あなたは桂香さんとは違うでしょう?
……とそんな感じで、私が内なる空銀子と真剣に話し合いをしている間に。
「……あ、居ない……」
先の二人と同じくまたしても煙のように、11歳の八一は忽然と消え去っていた。
……あぁ、残念。せめてもうちょっとだけ、もっとずっと一緒に居たかったんだけど……。
「……けど、そうなるとこの次は……」
18歳、16歳ときて、11歳の八一が現れたとなると、お次はいよいよ……6歳の八一か。
私が4歳の頃、師匠の家の二階の部屋で出会ったあの……あの男の子が来るのか。
「……ふぅ」
私は一度大きく呼吸をして気を落ち着ける。
さぁ八一、何処からでも掛かってきなさい。……って、なんで私は身構えているんだろ。
「……あの」
──来た。
やっぱり背後からだ。今、私のすぐ後ろには6歳の八一が立っているんだ。
その声はともすれば女の子のようにも聞こえる。まさしく6歳の声だ。
──いい? 銀子、もうさっきみたいに取り乱したりしては駄目だからね。
それが何歳の八一であろうと、あなたが知っているはずの九頭竜八一に違いは無いんだから。
……よしっ!
と覚悟を決めて勢いよく振り返った私の瞳に飛び込んできた男の子は──
「か、可愛いっ!!」
「ふぇ?」
え、うそ! うそうそやだやだなにこれ!? これが、これが6歳の頃の八一なの!?
えまってまってだめだめ可愛すぎるっ! この子ちょっと可愛すぎるんですけど!?
だって超ちっちゃいし、おめめとかくりくりしてるし、あぁもうなにこれ八一のくせに、八一のくせになんでこんなに可愛いの!?
「や、や、やややや……!」
「……あの、おねいさん、だれ?」
どうやら6歳の八一は私の事が誰なのか分からないらしい。けどそんな事どうでもいい。
私、今すぐこの子をぎゅーってしたい。ぎゅーって抱きしめてぎゅーってしたいよぉ!
「はぅ……やいちぃ……」
「うわ、ぁ、あの……」
抱きしめてぎゅーってしたい。
なんて思った時には、なんかもう抱きしめてぎゅーってしちゃってた。身体が勝手に動いてた。
でも待って! 大丈夫だから! 絶対にここまでだから! お願いだから私を信じてっ!
絶対に手は出さないから!! 桂香さんじゃあるまいし絶対に手なんか出さないからっ!!
「やいちぃ……やいちぃ……」
「わ、あ、あの、あの、おねえさん……?」
でも頬ずりはしちゃう。すりすり、すりすり。
あぁ八一のほっぺたが柔らかいよぉ。もうなんで八一のくせにこんなぷにぷにしてるの?
「よしよし、かわいいね、かわいいね」
「あ、ぅ……」
頭をなでなでしてあげる、すると八一は恥ずかしそうに俯いちゃう。
えまってまってどうしよう。この八一はちょっと可愛すぎて駄目だと思う。
ていうかこれってどうするの? どうすればいいんだろ、どうすればいいのかな?
だって私ね? わたし……この子をこのままおうちに持って帰りたい!
おうちに持って帰って私が育てたいよぉ……!
「……ううん、きめた。もってかえる」
「え?」
そうね、そうしましょう。
この子はわたしが責任をもってそだてます。
わたしももうプロ棋士になったんだから、弟子の一人ぐらいとったっていいよね。
「ね。そうだよね。八一もヒゲ師匠に弟子入りするより、私に弟子入りしたいよね?」
「え、ええと……」
ほら、八一もそうしたいって言ってる。
わーいわーい。うれしいな。わたしにも弟子ができるんだ。それがやいちだなんて最高だよね。
さてと、それじゃあこの子をどうやっておうちにもってかえろうかな。
あそうだ、ポケットに入るかな。いれてみましょうね。よいしょ、よいしょっと──
「────はっ!?」
ハッと、目が覚めた。
「……あれ、ここは……」
すぐさま肌に感じたのは冬の寒さ。そして視界に映るのはベランダの光景。
そこは私がつい先程まで居た場所、4人の八一と出会う以前に私が居た場所だ。
そしてふとリビングの方を見てみれば、そこには3人の空銀子達の姿があって。
……あぁ、これは。
どうやら私は戻ってきたらしい。私と同じ空銀子が三人も居るこの不思議な夢の中に。
夢から覚めても夢の中に戻るだなんて、もう何がなんだか分からないわね。
……とそんな事を思うと同時に、私は心の中で深く安堵していた。
──それにしても、なんて恐ろしい夢……!
年齢違いの八一が4人。ただそれだけなのに、ただそれだけであれ程までに破壊力があるとは。
最後の方では私もすっかりおかしな事になっていたような気がする。6歳の八一のあまりの可愛さに頭をやられて、知能指数が限界まで底に落ちていたような気がする。
あれは駄目だ。あんなにみっともない自分の姿は二度と思い返したくない。……にしても6歳の八一は……あれは本当に恐ろしい子だった……。
「……銀子ちゃん?」
とその時、足元から声を聞こえた。
するとそこには相変わらず、ずっと土下座の体勢をキープしていたらしい八一の姿があって。
「あ……」
そんな八一の姿を見た瞬間、胸の辺りがズキンと強く痛んだ。
途端に罪悪感が湧き上がってきた。これ以上見ていられなくて、私は視線を逸らしながら言う。
「八一。もう土下座はいいから、起きて」
「え……いいの? でも俺──」
「いいから。もういいから。お願い」
私が縋るような声色でそう言うと、八一が躊躇いがちにその身体を起こす。
うん、これでいいよね。
これ以上八一が謝る必要なんて無い。この冬の寒空の下で土下座をする必要なんて無い。
だって……だって、八一は良くやっている。
うん、そうだよね。良くやっているよね。八一はすごく頑張っていると思うの。
だって私が先程の夢を見ていた時間、それはほんの10分とかそれぐらいなものだろう。
それなのに。たかだか10分程度の八一達との触れ合いで、私はあんなにもトチ狂ってしまった。我を忘れて醜態を晒してしまった。
その事を思えば……八一はもう一週間以上も空銀子達に囲まれて生活をしている。
それなのに普通にしている、トチ狂わないでいられる八一はすごく頑張っていると思うの。
そう、八一は頑張っているんだ。それでなくとも今はあの問題だってあるのに、きっと八一は私が思う以上に頑張って頑張って今の生活を送っているんだと思うの。そうでしょ?
「……八一。今回の件は不問にする」
だからそう告げた。今回の浮気は許す事にした。
「……本当に?」
「うん、許してあげる」
「……けど、俺……JC銀子ちゃんにキスしちゃったんだよ?」
「いいの。いいのよ八一。もういいから」
そう。もういいの。八一はなにも悪くないよ。
だって私も幼い八一に頬ずりしたり、ポケットに入れて持って帰ろうとしたりしちゃったから。
……なんて事は口が裂けても言えないけど、それでも罪深さではおあいこなはずだ。
少なくとも私にはもう八一を糾弾する資格なんて無い。もう何も言う気にならない。というか気まずくて今は顔を合わせられる気がしない。
「ずっと土下座をしていて寒かったでしょ? もうリビングに戻っていいわよ」
「……うん、分かった」
そう言って八一は引き戸を開けて。
リビングに足を踏み入れる直前「あれ?」と呟いて私の方へと振り返る。
「銀子ちゃんは戻らないの?」
「……そうね。私は……」
私はまだ、リビングには戻らない。
熱くなった顔を冷ましたいから……ではなく、私にはまだここでやる事があるから。
八一の事は許した。それは良い。
けれどそもそもこの一件、今回の八一の浮気は八一だけの責任で起きた出来事では無い。
だとしたらやっぱり……私はあっちとも話しておく必要があるだろう。
という事で。
「……それで、話ってなに?」
八一が立ち去った直後、私はJC銀子をこのベランダに呼び出した。