銀子ちゃんを可愛い可愛い×5するだけの話(+短編集) 作:銀推し
──しん、と静まり返った空気。
集中した棋士達が作り出す対局の場の空気、その静けさを引き裂くように。
「……う゛ぅう~!!」
と、可愛らしい唸り声が聞こえて。
「ふぇぇ! うぃいい゛~!」
すぐに甲高い幼女の泣き声に切り替わる。
こうして聞くとあれだね、可愛らしい幼女というのはその泣き声ですらも可愛いね。
あぁ、将棋を指しながら耳にする幼女の泣き声というのも中々乙なものだなぁ……。
「ふぎゅぅ~、びぃぃぃい~~!」
……なんて、現実逃避気味に浸ってる場合じゃないだろ俺のバカっ!
あああああっ! た、大変だっ! 幼女銀子ちゃんが、幼女銀子ちゃんが泣いちゃったっ!
「う゛えぇ、びゃぁぁあ~……!」
その可愛らしいお顔をくしゃっと歪めて、おめめから大粒の涙を流す幼女。
なんてこった、またこの子が泣き出したら止まらないぎゃん泣きモードになってしまった。
以前に一度ぎゃん泣きして以降、ここ最近はこうして泣く機会も無かったというのに……。
「……ふぇぇ、ゔぃぇぇん……」
そして幼女銀子ちゃんは大泣きしながら対局の席を立ち上がって。
そしてよちよちと近付いてくる。
幼女銀子ちゃんがよちよちと……俺の下に。
「……やいち゛ぃ~……!」
「幼女銀子ちゃん……よしよし、いい子だね」
「うぇぇ、ひっく……」
俺の胸元でえんえんと啜り泣く幼女銀子ちゃん。
あぁなんて切ない姿、なんて可哀想な幼女。堪らず俺はその身体をぎゅっと抱きしめちゃう。
こうして俺に泣きつく姿が示す通り、今回この可愛い幼女を泣かせちゃったのは俺ではない。
今回の犯人は俺じゃなくて、先程幼女銀子ちゃんが座っていた席の対面に座る人物──
「………………」
ちょっとバツが悪そうな顔で沈黙する高校生、JK銀子ちゃんによる犯行だ。
「あーあー、泣ーかせたー」
「うるさい小学生」
「あーあー、幼女かわいそー」
「うるさい中学生。あんた達は自分の対局に集中しなさいよね」
「ていわれてもね。そんな泣き声を響かせられたら集中力だって切れちゃうわよ」
「そうそう。周りの迷惑も考えてよね」
幼女を泣かせた犯人に対し、JSとJCの銀子ちゃん達から非難の声が飛ぶ。
……が、JK銀子ちゃんは取り合わない。歯牙にも掛けぬとばかりにつーんと素知らぬ顔だ。
今回の幼女銀子ちゃんぎゃん泣き事件。
その切っ掛けはとても些細な事……というか、まぁ言っちゃうと将棋である。
今日は休日という事もあって午前中からみんなで将棋を指していた。そうして対局ローテーションが幼女対JKの組み合わせになって……事件はその対局、というか指導対局の時に起こった。
元々空銀子の指導対局というのは少し厳しめ……というか、ぶっちゃけかなり厳しめだ。
その厳しさこそが『浪速の白雪姫』による指導対局の特徴で、厳しさの中にもほんの僅かな厳しさが見え隠れする、そんな激辛さ加減に虜となる者が後を絶たない。
指導調教とも呼ばれるそれは世の将棋ファン達には大人気を博しているんだけど……どうやらその厳しさは幼女にはあまり適さなかったようだ。
JK銀子ちゃんってば、序盤から幼女の悪手を問答無用でビシバシ咎めていくんだもんなぁ。あれは泣くよ、小学生ぐらいなら余裕で泣くと思う。
とはいえ幼女銀子ちゃんは今日までに何度もJK銀子ちゃんと対局している。だからその厳しさは身を以て知っているはずなんだけど……今日に限って泣いちゃったのはどうしてか、今日は特別に厳しかったりしたのだろうか。
あるいはそれとも……これまで負け続きの鬱憤が溜まりに溜まって、という事かもしれない。
元々この中で一番年下の幼女銀子ちゃんは基本的に誰と対局しても負ける。相手が実力上位なのだから仕方無いと受け入れつつも、それでもやっぱり溜まっていく感情はあるはずで。
それがついに今日弾けてしまったのか、とにかくこうして幼女銀子ちゃんはぎゃん泣きモードになってしまったという訳だ。
「……ふぇ、ふぇっく、えっぐ……」
「よしよし、よしよし……」
「びぃぃ、やいちぃ……」
「よーしよし、いい子だからね……」
あぁ駄目だ、泣いている幼女銀子ちゃんを見ると俺もツラい。メンタルがガンガン削られる。
空銀子の顔に涙なんて似合わないのだ。よーしよし、いい子だから泣き止もうねー。
「……ていうかJK銀子ちゃん、相手は幼女なんだからもっと優しくしてあげなきゃ……」
泣きじゃくる幼女の頭を撫でながら、俺は犯人の事をやんわりと嗜めてみる。
「……うるさい」
しかし犯人も……というかJK銀子ちゃんも負けじとこちらを睨み返してくる。
「なに? 私が悪いとでも言いたいの?」
「悪いとまでは言わないけどさぁ、もうちょっと手心を加えてあげても──」
「言っとくけど私はいつも通りに指しただけよ。負けた悔しさで泣くのは勝手だけどね、それを勝った方のせいにするのはお門違いじゃない?」
「それは……」
それは……確かにその通りかもしれない。
JK銀子ちゃんが何か酷い事をしたというならともかく、これはただ単に将棋を指しただけ。
それがちょっと厳しめだとしても、単に将棋を指して実力通りに勝っただけならば、確かにJK銀子ちゃんを責めるのは間違いだろう。
だって将棋に負けるのは弱いから。だったらこれは幼女銀子ちゃん自身の責任だ。自らその涙を拭って、負けた悔しさを受け止めて成長するしかない。
……と、いうのが正論ではあるんだけど。
しかし正論が人を納得させるとは限らない。特にその相手が幼女であっては尚更。
「……ぅ、ぐすっ……」
やがてぎゃん泣きモードが終了して、ぐずぐずと鼻を啜りだした頃。
「……むむぅ~……!」
幼女は涙の代わりに怨嗟の呻きを漏らし始める。
その感情は恨みと──そして怒り。
「……ぐににぃ~……!」
「……なに?」
ギリッと鋭い目付きを向ける幼女、対してクールな目付きを返す高校生。
二人の視線の中間でバチバチと火花が散る、そんな光景が俺の目には確かに見えた。
俺が知る限り、空銀子という生き物は泣かされた恨みを決して忘れることはない。
負けた悔しさと泣かされた事への恨みは別、やられたらやり返さなければならない。
そしてその恨みの対象に関しては、どうやら成長した自分自身であってもお構い無しなようで。
「……むぅ」
その後、幼女銀子ちゃんは自分の対局もそっちのけでJK銀子ちゃんの事を睨み続けてきた。
そんな様子はその後お昼まで続いて。
「……むむぅぅ~……」
「……JK、睨まれてるけど……いいの?」
「いいのよ。別に気にならないから」
ぶすーっとした顔で憎き高校生を睨む幼女。
だがそんな視線などまるで意に介さず、JK銀子ちゃんはぱくぱくとお昼ごはんを食ベ続ける。
「……むむむぅぅ~……」
そして幼女の恨みはお腹が満腹になっても一向に晴れる事は無く。
それは昼寝の時間でさえも。
「……むにゃむにゃ、……じぇーけー、ぜったいゆるすまじ…………むにゃむにゃ」
この通り、おねむ中の寝言ですらJK銀子ちゃんへの恨み節を吐き出す始末。
この尋常ならざる執念深さ、それこそが空銀子という棋士の棋力を鍛え上げてきた根幹。
幼女の頃から、いいや生まれた頃から備わっている銀子ちゃんのメンタリティなのである。
そしてお昼寝が終わって、午後の将棋の時間。
「むぅ~……」
案の定というべきか、おねむから目覚めてもその恨みが晴れる事はなかったらしい。
幼女の目付きはお昼寝前と変わらず鋭いまま、相変わらず高校生の自分へと刺さっていて。
「むむぅ~……」
「なぁに? そんなの悔しいならもう一局やる? 私なら幾らでも付き合ってあげるわよ」
その眼光を平然とした顔で受け止めながら、JK銀子ちゃんがそう口にする。
将棋の悔しさは将棋で晴らすしかない。それを深く理解しているからこその「幾らでも付き合ってあげる」という言葉。その言葉はきっとひたすらに厳しい銀子ちゃんなりの優しさなのだろう。
「……やる」
その優しさに気付いたのかどうか、とにかく幼女銀子ちゃんがこくりと頷く。
そして対局の席に座って、再び幼女対JKの対局が始まった。
「……むむむ」
とはいえそれは年齢差にして約12歳。干支が一回りする程の戦力差がある訳で。
特にその相手が成長した自分自身とあっては、年若い方が勝つ可能性は限りなく低いだろう。
そして二人の対局は実力差通りに進んで……数十分後に決着が付いた。
「……む、むぅ~……」
「……幼女。この局面はもう詰んでるって、あんたならそれぐらい分かるでしょ?」
「……うぅ」
がっくりと俯いて呻く幼女。その小さくなっちゃった姿が勝敗を如実に表している。
まぁそりゃそうなるよね。なんせJK銀子ちゃんってばマジで手加減無しだから……。
「……まけた」
「どうする? もう一局やる?」
相変わらずの厳しさで幼女をあっさりと負かしたJK銀子ちゃんは、これまた相変わらずの平然とした顔でリベンジするか? と問い掛ける。
「………………」
けれど幼女銀子ちゃんは答える事が出来ない。
恐らくどれだけ戦ってもこれは勝てる相手じゃないと分かっている。高校生の自分との実力差を正しく理解しているんだろう。
それはもう仕方のない事と言える。なんせこの子はまだ4歳の幼女なのだから。
「やるの? やらないの?」
「………………」
自分には勝てる相手じゃない。
それは分かっているんだけど……それでもどうにかして鬱憤だけは晴らしたい。
いつかの時と同じように、どうやら幼女銀子ちゃんはそんな事を考えたらしく。
「……よし」
そして対局席からすくっと立ち上がる。
それはいつかの時と同じ手法……代理対局。
「……じぇーえす」
「な、なに?」
「じぇーけーにふくしゅうして」
「え、私が!?」
驚きに眼を見張るJS銀子ちゃん。
今回幼女が白羽の矢を立てたのは小学生の自分、幼女から5年程成長した9歳の銀子ちゃんだ。
「じぇーえすだって、これまでじぇーけーには負けっぱなしでしょ?」
「そ、それはそうだけど……」
「くやしくないの? ふくしゅうしないの?」
「うっ、それ、は……」
その言葉にJS銀子ちゃんは表情を曇らせる。
確かにJS銀子ちゃんだって立場的には幼女銀子ちゃんとそう変わらない。これまでJK銀子ちゃんとの対局では散々に負かされている。
JS銀子ちゃんは幼女よりも年齢が上な分精神的に成長しているので、高校生の自分に負けたからって泣いたりはしないんだろうけど……。
「じぇーえす、このままでいいの?」
「……そう、ね。このままで良いはずが無いわね」
とはいえそこは空銀子。幼女であっても小学生であってもその精神性は変わらない。
その根っこには超負けず嫌いな一面がある。それが銀子ちゃんという生き物だ。
「……分かったわ。幼女、私が戦ってあげる」
そう言ってJS銀子ちゃんは頷き、幼女の代わりに対局席に座った。
「勝負よJK!」
「へぇ、幼女の次は小学生ってわけ? ま、私は誰が相手でも構わないけど」
JK銀子ちゃんは不敵な笑みで頷き、そして小学生対高校生の対局が始まった。
序盤の進みを見る限り……うん、やっぱり幼女銀子ちゃんよりは形になっているな。
「負けないっ……!」
「ふふっ、まぁ幼女よりは歯応えがありそうね」
真剣な表情で盤を睨む小学生、一方余裕綽々の態度を崩さない高校生。
JS銀子ちゃんは小学4年の9歳。この歳ならすでに奨励会に入会していた頃なはずだ。
となればその棋力は一廉のもの。決して軽視出来るものではない……はずなんだけど。
しかし対局相手のJK銀子ちゃんは16歳四段。押しも押されもせぬ本物のプロ棋士。
そんな相手に勝とうというならば……それはやはり奇跡でも起こらない限り難しいだろう。
……が、それでもまだ分からないっ!
将棋というのは必ずしも実力上位の者が勝つ訳じゃない。むしろ実力下位の者であっても3局あれば1局ぐらいは勝てちゃったりもする、それが将棋というゲームの奥深さなんだ。
ならJS銀子ちゃんがJK銀子ちゃんに勝利する可能性だってある、決してゼロではないはずだ。
──だから頑張れJS銀子ちゃん、頑張れっ!
幼女の思いを背負って戦うんだ! 君が高校生の銀子ちゃんを倒すんだ!
……と、心の中でそんな応援をしていた俺の期待も虚しく。
「……きゅう」
と鳴くJS銀子ちゃん。奇跡……起こらずっ!
対局は実力通りに進んで、なんの波乱もなくJK銀子ちゃんが勝利した。
「まだまだ読みが浅いわね。もっと局面局面で真剣に考える癖を付けなさい」
「うぅ……JK、やっぱり強い……」
「むむぅ、じぇーけーめぇ……!」
JSと幼女が悔しげな視線で見つめる相手。
それは最強の女王、空銀子。長らく女流棋界の頂点に君臨し続けているラスボスの如き存在。
あらゆる挑戦者をなぎ倒していく、それはまさに今の女流棋界と同じ構造で。
そんなラスボスに勝てる可能性があるとしたら、それは多分──
「……よし」
幼女銀子ちゃんはまた立ち上がって。
てくてくと向かった先。それはこの対局を遠目から観戦していたあの子の下。
そう、女流棋界のラスボス相手に勝てる可能性があるとしたら。
それはきっと、同じく女流棋界のラスボスであるあの子ただ一人だけだろう。
「……じぇーしー」
「………………」
「じぇーしー、おねがい、かたきを討って」