銀子ちゃんを可愛い可愛い×5するだけの話(+短編集)   作:銀推し

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43. これからの話

 

 

 ──ちゅんちゅん、ちゅんちゅん。

 

「……ん」

 

 遠くから聞こえるスズメの鳴き声。

 その軽やかな響きに意識を揺さぶられて俺は目を覚ました。

 

「……あ、れ?」

 

 目に入ったのは見慣れた天井。

 そして馴染んだ布団と毛布の感触。

 

 朝。俺はいつものように目を覚まして。

 ふと隣を見てみれば、そこには勿論──

 

「JK銀子、ちゃん……」

 

 麗しきご尊顔で眠る我が姉弟子……というか、俺の恋人であるJK銀子ちゃんがいた。

 布団は横に二枚並べているのに、銀子ちゃんは完全に俺の布団の中へと入り込んできている。

 そして自分の毛布があるにもかかわらず半分以上俺の毛布を奪い取っている。こういうお茶目な所がこの子は可愛いのである。

 

 ……けれど。

 さっきまで、俺は──

 だとすると、これは……まさか。

 

 隣で眠るJKを起こさないようゆっくりと身体を起こして、周囲に目を向けてみる。

 視界に映る景色はつい先程までと変わらない、関西将棋会館近くにあるワンルームマンション、将棋の研究を行う場所として銀子ちゃんが購入した801号室のリビングの景色だ。

 

「……あ」

 

 けれど今、この部屋にある布団は二枚だけ。

 ここにあるはずの残り三枚の布団は何処にも敷かれていない。

 そして当然ながら……この部屋で眠っているはずのあの子達の姿も無くて。

 

 幼女銀子ちゃんも。

 JS銀子ちゃんも。

 JC銀子ちゃんも。

 

 何処にも居なかった。

 

「……これは」

 

 ──どっちが夢だ? 

 なんて、そんな馬鹿げた事を考えそうになって。

 

「……はは。どっちがなんて、そんなの」

 

 すぐに俺は自嘲気味に首を振った。

 そんなの考えるまでもない。疑う余地も無くあっちが夢に決まっている。

 

 

 つまり……こっちが現実で。

 どうやら俺は、ようやく夢から覚めたみたいだ。

 

 

「……あぁ、そうだよな。あれは夢だもんな」

 

 そう、あれは夢だ。

 この部屋に銀子ちゃんが4人も居る。そんな事は現実なら絶対に起こり得ない。

 だからあれは夢だ。それは誰よりも一番にこの俺が断言した事だったじゃないか。

 

 そして今、俺は長い長い夢から目覚めて現実の世界に戻ってきた。

 これはそういう事だろう。だから……。

 

 だからもう、4歳の幼女の銀子ちゃんに会う事は出来ない。

 奇跡のように可愛いあの子を抱っこしてあげることはもう出来ない。

 

 だからもう、9歳の小学生の銀子ちゃんに会う事は出来ない。

 ロリロリで可愛いあの子の長い銀髪を梳いてあげることはもう出来ない。

 

 だからもう、14歳の中学生の銀子ちゃんにに会う事は出来ない。

 意地っ張りで可愛いあの子を抱きしめてあげることはもう出来ない。

 

 夢はいつか必ず覚める。

 そんなの最初から分かっていた事だ。別に忘れていたってわけじゃない。

 だからこそこうして夢から覚めた今、俺としては「あぁ、ようやく終わったのか」と、そんな達観したような心境でいる。

 

 ……ごめん嘘。ちょっと強がってみた。

 本当は結構辛い。……ていうか、結構どころか滅茶苦茶ツラい。

 なんか胸の中心がごっそりと抉られたような感じがする。全身を襲う喪失感がもの凄い。

 

 えぇー、だって、だってさぁ……。

 だってそんな、こんなのいくらなんでもいきなり過ぎるって……。

 そりゃあ夢から覚める時なんてのは、こんな感じで突然なのかもしれないけどさぁ。

 でも、だって、俺があの子達とどれだけの時間を一緒に居たと思ってんだよ……。

 目が覚めるにしたって、せめてお別れの言葉くらい言わせてくれたっていいじゃん……。

 

「……あ、ヤバい」

 

 目の周りがじわっときた。

 なんか俺もう泣くかもしれない。ダメだ、ちょっと辛すぎるよ。

 ああ、銀子ちゃん達に会いたい。もう一度だけでいいから会いたい。……会いたい。

 

 

「……ん、やいち?」

 

 とその時、すぐ隣から声が聞こえた。

 どうやら眠っていたJK……じゃないな、銀子ちゃんが目を覚ましたようだ。

 

「ふぁ……」

 

 布団の中から身体を起こして、口元を手で隠しながら小さな欠伸。

 そうだ、俺にはまだこの子が居たじゃないか。誰よりも大切な、誰よりも愛しい恋人が。

 

「……銀子ちゃん、おはよう」

「…………おはよ」

 

 寝起き故の低テンション、ぼんやりとした表情で挨拶を返してくる銀子ちゃん。

 

 ……てか、そういえばこの状況って。

 こうやってこの子と一緒にこの部屋で目覚めるって事は、昨日の俺達はここで何を……。

 

 ……あーだめだ、なんか全然思い出せない。

 あまりに長い夢を見すぎたせいか、現実の記憶が頭の片隅に追いやられてしまったようだ。

 けれどもまぁ想像は付く。おそらく俺達にとってはよくある流れ、昨日はここで研究会をしてそのままこの部屋に泊まったって事だろう。

 

 とにかくこれは僥倖だ。銀子ちゃんがそばにいてくれて本当によかった。

 よし。なら目覚めて早々だけど慰めて貰おう。膝まくらをして頭をよしよしと撫でて貰おう。

 今日は一日中銀子ちゃんにくっついて甘えさせて貰おう。もうそう決めた。じゃないと俺の胸に開いた大穴は、このツラすぎる気持ちは到底拭える気がしないから。

 

 とそんな事を考えながら、俺は銀子ちゃんに手を伸ばそうとしたんだけど。

 

「……あ」

 

 そこには雪原のように白く輝く、そして雪原よりも艶めかしい魅惑的な景色があって。

 その美しさに惹かれた俺の目は自然とそちらへ向いてしまう。

 

「っ、……ばか」

 

 すると銀子ちゃんは照れた様子で、そそくさと自分の身体を毛布で隠した。

 

「朝から何考えてんのよ。バカやいち」

「い、いやいや、何も考えてないって。ただそっちに目がいくのは自然な事っていうかね?」

「はいはい」

 

 毎度の言い訳に食傷気味だったのか、銀子ちゃんはどうでもよさそうに答える。

 そして「ん~……」と両腕を前に伸ばした後、小首を傾げながら俺の事を見た。

 

「それで?」

「え?」

「こうして一晩経った訳だけど……なにか思い付いた事はあった?」

 

 ……ん? 思い付いた事?

 

「先に言っておくけどね、昨日あんたが言ってたような事は全部まとめてボツだから。もっとまともなものにしなさいよね」

 

 ……んん? 昨日俺が言ってた事? 

 

 ……あれ、銀子ちゃんは一体なんの話をしているんだろうか。

 俺は昨日の記憶を思い返してみる……が、やっぱり駄目だ。思い出せない。

 あの夢を見ていた影響だろう、俺の頭の中で昨日の記憶が迷子になってしまっている。

 

「……あのさ」

「なに?」

「ごめん。それ、なんの話だっけ?」

 

 俺は正直にそう尋ねてみた。

 すると銀子ちゃんはバカを見るような目をしながら「……は?」と呟いて。

 

「八一、あんたまさかド忘れしたの?」

「うん。まるっきり全然思い出せない」

「……あっそ。なら忘れたままでいなさい。別に私にとってはなにも不都合はないから」

 

 そしてつんとそっぽを向いちゃう。相変わらずクールで姉弟子らしい物言いだ。

 けれどそれじゃ俺としては不都合がある。何の話かは分からないけど、忘れたままでいるのは脳みその奥がムズムズしてしまう。

 

「銀子ちゃん。意地悪しないで教えてよ」

「意地悪なんてしてない。つい昨日の事なのにド忘れするあんたが悪い」

 

 そ、それは仰る通りで……。

 

「それはごめんって。だけど本当に本当に思い出せないんだ。だからお願い、銀子ちゃん」

「……はぁ」

 

 すると銀子ちゃんは呆れたように嘆息して。

 困っているような悩んでいるような、なんとも複雑そうな表情をしながら、言った。

 

「……ご褒美の事よ」

「……ご、ご褒美……ですか?」

 

 ご褒美って……え、なんのご褒美だ? 

 まさかとは思うが夜のご褒美の話なのか? ならば是非とも中学生の頃の制服で──

 

「タイトル」

「え?」

「竜王のタイトル。三期防衛をしたご褒美が欲しいってあんたの方から言ってきたんじゃないの」

「……あー」

 

 ……あー。

 あぁそうだ、思い出した思い出した。

 

 竜王のタイトル。

 その言葉を聞いた瞬間、頭の中がぶわっと一気にクリアになった。

 

 

 あれは……今からだと2ヶ月程前になるのか。

 10月頃から竜王戦が、俺にとって3期目の戴冠が懸かった竜王戦が始まった。

 そしてつい先日、12月の上旬に竜王戦第6局目が行われて、接戦の末に俺が勝利を挙げた。

 それで計4勝目。挑戦者を退けた俺が竜王のタイトルを三度この手に掴んだ。

 

 そして。俺の竜王位防衛のお祝いとして、地元に帰ってきてすぐ清滝一門のみんなで簡単な祝勝会を開く事になったんだけど……その時どうしても都合が合わず、銀子ちゃんだけは参加する事が出来なかった。

 だからその後日。俺と銀子ちゃんはお互い予定の合う日を調整して、みんなに内緒で二人だけでの祝勝会を行う事にした。それが昨日の事だ。

 

 そして色々とイチャつく中で俺は「タイトル防衛のご褒美ちょーだい?」とおねだりしてみた。

 銀子ちゃんは「しょうがないわねぇ」と頷いて「じゃあ何が欲しいの?」と尋ねてきた。

 

 そこで俺は色々と提案してみたんだけど……あんまりピンと来るものがなかった。

 ご褒美ちょーだい? とは言ってみたものの、正直言って銀子ちゃんがOKしてくれるとは思ってなかったので、肝心の中身を考えていなかった。

 そして結局俺は「一晩じっくり考えてみる」と、そう言って昨日は眠りに就いたのだった。

 

 

「思い出した?」

「うん、思い出した。全部完璧に思い出しました。そういやぁそんな事言ってたね、昨日の俺」

 

 そうだそうだ、そうだった。あの夢を見る直前、つまり現実の昨日はそんな感じの流れだった。

 率直に言って昨日の俺は浮かれていた。それはもう浮かれきった浮かれポンチになっていた。

 だって銀子ちゃんと二人だけでの祝勝会なんて、そんなの絶対テンション上がるじゃん? それにタイトルも防衛したんだし、ちょっとぐらい羽目を外しちゃってもいいじゃんいいじゃん?

 ……とそんな考えの下に浮かれた結果、年下の恋人に対しておねだりしちゃったという訳だ。

 

「……でも銀子ちゃんさぁ、ご褒美なんてよくOKしてくれる気になったね」

「……それ、あんたが言うの?」

「え、どういう事?」

「どうもこうも……」

 

 銀子ちゃんは白けた目をこちらに向けて。

 

「『あーご褒美欲しいな欲しいなー銀子ちゃんお願いお願いー』……って、何度も何度もしつっこくせっついて来たのはどこの誰だと思ってんのよ」

「……え、ええっとぉ……誰ですかね? そんな物欲しがりなタイトルホルダーいるのかな?」

 

 大いにとぼけてみせる俺。

 すると呆れた顔をしていた銀子ちゃんも、やがて「……はぁ」と嘆息して。

 

「……でもまぁ、めでたい事なのは確かだし? それに……私はあんたの彼女な訳だし?」

 

 一転してちょっと拗ねたような表情で、ちょっと赤くなった顔で言う。

 

「頑張ったご褒美に、一つぐらいはお願いを聞いてあげる」

 

 ご褒美っ! お願いっ! 

 これは問答無用でテンションが高まる言葉だ。

 それにしてもよくぞ銀子ちゃんからその言葉を引き出した。昨日の俺、マジでグッジョブ。

 

「……ま、そういうわけだから……とにかくとっととお願いを一つ決めなさいよね」

「そこなんだよなぁ……昨日も色々考えてはみたんだけど、いざご褒美ってなると中々これだ! ってものが思い付かなくて……」

「さっきも言ったけどね、昨日あんたが欲しがったようなご褒美は全部ボツよ。二人で世界一周旅行がしたいー、とか、誰も居ない無人島に二人きりで住みたいー、とかは絶対にノーだから」

 

 ……昨日の俺、そんなもんをお願いしたのか。

 確かにそりゃあボツだ。大体無人島なんかに住んでなにをするってんだ?

 

「けど無人島はともかく、二人で世界一周旅行ってのはわりかしアリだと思うんだけど」

「イヤよ。世界一周なんて興味ないし、なにより私そんなに暇じゃないもの」

「そ、そっすか……」

 

 面と向かってこうまでハッキリと拒否されるとちょっと悲しい。

 世界一周旅行、銀子ちゃんと二人で世界各地を旅行するのって結構楽しそうなんだけどなぁ。

 

「……でも確かにそうだね。スケジュールの都合上難しいってのはあるか」

「そういう事。ご褒美とはいっても実現困難なものは当然NGよ。他にも宇宙旅行がしたいだとか、月に行きたいだとか、挙句の果てには……」

 

 するとまた銀子ちゃんは呆れた表情になって。

 大層呆れ返った表情で、言った。

 

 

「銀子ちゃんがいっぱい欲しい、とか」

「……え?」

 

 

 銀子ちゃんが……いっぱい?

 あれれ? そのキーワードは、なんか……聞き覚えがあるような気がするぞ?

 

「俺……そんなこと言ったっけ?」

「うん、思いっきり言ってたけど」

「……そっか」

 

 銀子ちゃんが、いっぱい。

 どうやら昨日の俺は……そんな事を銀子ちゃんにお願いしてみたらしい。

 

「……ちなみにそれ聞いた時どう思った?」

「こいつ酔っ払ってんのか? って思った」

「な、なるほど……」

 

 別に酔ってたわけじゃないんだけど。そもそもお酒が飲める年齢じゃないし。

 けれど……うん、そうだ。思えば確かに俺は昨日銀子ちゃんにそんな事を言っていた。

 ご褒美に何が欲しいの? と聞かれて、冗談のつもりで「銀子ちゃんがいっぱい欲しいですっ!」って答えたんだ。

 

「……そっか、そういう事か」

「なにが?」

「何がっていうか……うん、なんだか色々と腑に落ちたよ」

 

 つい先程まで俺が見ていた夢。

 4人の銀子ちゃん達とこの部屋で仲良く楽しく過ごしていたあの夢。

 

 あれは俺がそう願ったから。

 俺自身がそれを欲しがったからだったんだ。

 きっと竜王のタイトルを防衛したご褒美として、将棋の神様がプレゼントしてくれたんだろう。

 

「……銀子ちゃん、俺知らなかったよ。名人って随分と気前が良い人だったんだね」

「は? 名人?」

「ううん、なんでもない」

 

 でもそっか。そういう事なら納得だ。

 随分と俺にとって都合の良い夢だったけど、当の俺自身が願ったんだからそりゃそうもなる。

 

 ……有難うございます、名人。

 本当に幸せな心地になれた最高の夢でした。今度菓子折りでも持って改めて挨拶しに行きます。

 ……と、心中で将棋の神様に謝意を述べる一方、俺はある事を心に固く誓った。

 

 よし決めたぞ。だったら次からは毎回このお願いをしようじゃないか。

 次にまたタイトルが取れたらその度に必ず「もっかい銀子ちゃんがいっぱい欲しいですっ!」と将棋の神様におねだりする事にしよう。

 

 その次もその次も。タイトルが取れたら必ずこのお願いでいく事にしよう。

 何度でも何度でも。この手でタイトルを勝ち取ってもう一度あの子達に会いに行こう。

 絶対にそうしよう。なんかかつて無い程にタイトル獲得のモチベが高まってきたぜぇ……!!

 

「……あ、そうだ」

 

 そしてそれと同時に、頭の中にとてもナイスなアイディアがすとんと下りてきた。

 

 竜王位防衛のご褒美。将棋の神様じゃない、銀子ちゃんへのおねだりの内容。

 実現可能なものと言うならあれが欲しい。俺にとってあれ以上のご褒美は無いだろう。

 

「銀子ちゃん」

「なに?」

 

 その名前を呼んで、俺と目が合う。

 

 ここに居るのは空銀子ちゃん。俺の恋人。

 俺の人生はこの子と共にあった。だから俺はこの子の事なら全てを知っている。

 

 そんな中で見た、あの不思議な夢。

 あの夢は空銀子という女の子の魅力を改めて振り返る良い機会だったと今では思う。

 

 幼女の頃から可愛くて。

 小学生の頃も可愛くて。

 中学生の頃も可愛くて。

 高校生の今も可愛くて。

 

 そして……その先だってもちろん可愛い。

 俺はその事をあの夢の中で……最後に出会えたあの子に教えてもらった。

 

 だからもう一度会いたい。

 数年成長した姿のあの子に。

 殆ど話す事の出来なかった、5人目のあの子に。

 

 九頭竜銀子ちゃんに会いたいな。

 ……と、俺はそんなお願いをしてみる事にした。

 

 

 

 

 




 
これにて本編としては完結になります。
ここまでお読みになっていただき有難うございました。

ここから先、おまけの話を投稿するのでそちらもお読みいただければ幸いです。
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