銀子ちゃんを可愛い可愛い×5するだけの話(+短編集) 作:銀推し
「……八一、キスして?」
……とか、聞こえた。
その言葉の後、数瞬の空白が生まれて。
「え」
「え」
そして私と八一の呟きがハモった。
あれ?
わたしは今、何を言って──
「…………え、キ、キっ、て……」
「……う、え?」
「……あ、う、あ、え、でも、あね、あねでし、で、それ、一体、どういう……っ!」
真っ赤な顔で、口をパクパクとさせて。
言葉に詰まりながら、八一はこれ以上無いというぐらいに驚愕の表情になっている。
「……うん?」
一方で私は未だにぽかんとしている。
は? ていうかなんなの八一のその顔は?
ていうか、え? キスって? キスってなに? キスして? ってなぁに?
キスして? って、なんだろ? きす、して、……って……なに? ……な、なにぃ!?
え!? ウソウソなんでなんで!?
なんで!? なんでそんな事言っちゃたの!?
なんでここでそんな「八一、キスして?」なんて言っちゃったのわたしは!?
だってそんなの、そんなの駄目じゃんっ!
そんなの絶対一番言っちゃ駄目なやつじゃん!
それ言ったら、それ言っちゃったらもう私の気持ちがバレバレになっちゃうじゃんっ!!
「あ……あね、でし……」
「っっ!」
「今、いま……キスして、って……おれに……」
「ち、ちが、今のは、今のはぁ……!!」
耳を疑うような言葉を再確認する八一と、あまりの失言に動転して半泣きになる私。
さっきの言葉はバッチリ聞かれてしまっている。言い間違いでは済ませられそうにない。
あぁもうなんで!? なんでわたしは八一に対して「キスして?」なんて言っちゃうの!?
そんなド直球な言葉、言えるもんならとっくに言ってるわよっ! それが言えないからこそのキス待ち戦法じゃない!!
大体私と八一は付き合ってもいないのに、それなのに突然「キスして?」なんて言ったら、なんかもう私頭おかしい女みたいじゃない!!
ていうかちょっとぉ! JK銀子ぉっ!!
これあんたのせいでしょ!? あんたが私を唆したんでしょう!?
だったらあんたが責任取りなさいよぉ!!
『………………』
しかし隣りにいるJK銀子は無反応。
まるで回線が切れているみたいに、JKは微笑んだままの格好で微動だにしない。
分かった……今分かったっ!!
こいつは私の守護霊なんかじゃない! こいつはただの悪霊だっ!!
「……姉弟子、おれは……」
「あ、う、や、いち……」
八一の表情が。八一の……目が。
私を真っ直ぐ見つめてくるその瞳が、何を言おうとしているのか……わ、分からない。
うぅ、八一の考えが読めないよぉ。
ど、どど、どうしよう、どうしよう……!
もし、もしここで八一から、姉弟子とキスするなんて無理ですって断られたら……。
……そしたら、わたし、もう、立ち直れない。
そのままの足でビーチに向かって、海に身を投げて熱帯魚の餌になっちゃうと思う。
「おれ、は……」
「や、……やいち」
……やだ。八一の答えを聞くのが怖い。
いっそここから走って逃げる? ううんそれじゃただ問題を先送りにするだけだ。
だったらもう八一を殺して私も死ぬ!? それしか手は残されていないの!?
どうする……どうすればいい!?
私はまるで対局の最終盤に匹敵する程の極限の集中力を発揮して──
「しょ、勝利のおまじないっ!!!」
瞬時に閃き、そう叫んだ。
「え、しょ、勝利のおまじない!?」
「そう!! これは勝利のおまじないなの!!」
これはキスじゃなくて、勝利のおまじないだ。……と、そういう話にする事にした。
決して他意など無い、ただのおまじないだという事にすればセーフだ。……セーフでしょ?
「え、て、おまじないって、キスがですか!? そんなおまじない聞いた事ないですけど──」
「は、ハワイに伝わる言い伝えなのっ! カメハメハ大王がそう言ってたのよ!!」
「カメハメハ大王がそう言ってたんすか!?」
「そ、そうよ! 観光案内に書いてあったの! カメハメハ大王は恋人のキスがあったおかげで、そのおまじないのおかげでハワイ全土を実効支配する事が出来たんだって!」
「そ、そうなんすか……凄いっすね、さすがはカメハメハ大王……」
知らないけど。
ハワイに伝わるおまじないなんて、そんなの見た事も聞いた事も無いけど。
随分と無茶苦茶な事を言っちゃったけど……なんとか誤魔化せた……かな?
「そっか。おまじない……か」
そう言って頷く八一。
うん、大丈夫そう。どうやらカメハメハ大王に責任を被せた事で八一は納得してくれたようだ。
「……ごめん。本当はこんな事、こういう時に言うのは駄目なのに……」
「あ、いやっ、別に、それは気にしてないからいいんですけど……」
私の謝罪に八一は軽く首を振る。
……けど、そう言う八一自身がそれを意識している事はさっきから伝わってきていた。
今は竜王戦第一局の途中、封じ手をして一日目と二日目の合間。
そういう時に勝利とかどうとか、対局に関わる事は心を乱す要素になるから言うべきでは無い。
それは棋士にとって暗黙の了解のようなもので、勿論私だってちゃんと分かってはいたんだけど……ごめんね八一。今の私にはそういう事に気を回していられるだけの余裕が無かったの。
「……でも、いいんですか……ね? その、おまじないって……」
「……なに? 駄目なの?」
「いやっ、駄目っていうかその、むしろ俺よりも姉弟子の方がいいのかな、って……」
「……っ」
──ここだっ!
ここは攻めあるのみ! 攻めるのよJC!!
……と、私の脳内でJKの声が……否、悪霊の声が聞こえて。
その声に押されたわけじゃないけど……私はなけなしの勇気を振り絞って勝負手を放った。
「……いい、けど?」
「ッ……!!」
私の答えを聞いて、八一がごくんと喉を鳴らしたのが分かった。
「……ぅ」
……あぁ、もう、だめ。
もう八一の顔をまともに見られない。
だって、だってもう恥ずかしすぎる。自分からキスの許可をあげちゃうだなんて。
あぁ、顔が熱い、頭の中が熱いよぉ。きっともう顔中真っ赤になっちゃってると思う。
……でも、私だって、なにも勝機も無しに勝負手を放ったわけじゃない。
さっき頭の中に届いた悪霊の声。その声のおかげで私はあの夢の記憶をまた思い出した。
あの夢は……あくまでただの夢だったのか。
それとも……一種の予知夢のようなものなのか。
それは分からないけど……でも。
あの夢の中で、18歳の八一は言ってくれた。
私の事が、好きだって。そう言ってくれたから。
その言葉を……あの夢を、私は信じたい。
「あ、姉弟子……」
そして、八一の瞳が……私を見つめるその瞳が、どんどんと熱を帯びていく。
「……い、いいん……ですか?」
もしかしたら、私と同じくらいに八一の方もすでに余裕が無いのかもしれない。
そう思ってしまう程、八一は真剣な顔付きで真っ直ぐに私だけを見ていて。
「……うん。いいけど」
「まっ、マジですか? だって、キスですよ?」
「……でも、おまじない、だから」
「おまじないなら……オッケーですか?」
「……うん、おまじない、だもん」
「……ほんとに、いいの?」
……何度も確認するなっ! このバカっ!!
あまりの気恥ずかしさに耐えきれず、私は目を半眼にして八一を睨む。
「……いいって言ってんのが聞こえないの?」
「う……いや、でも……」
「それとも……おまじない……いらない?」
私がそう言うと、八一が「ッ……!」と息を詰まらせた。
少々拗ねるような言い方になってしまった、その言葉が決定打となったのか。
「……いります」
言った。
八一が、そう言った。
「……姉弟子のおまじない、欲しいです」
「う……」
ほ、欲しい、って、言った……!
八一が、私のおまじない、を……! 私、の、き、き、き、きす、を……!
「いいんですよね? おまじないなら……」
「……うん。おまじないなら……いいけど」
「……じゃあ」
八一が、一歩前に足を踏み出す。
そして……あっ、八一の手が、私の肩を支えるように優しく掴んで──
「……姉弟子」
は、はわわわ……っ!
ち、近い、八一の顔が近いよぉ……! 喋るだけで息がかかっちゃいそう……!
「……おまじない、しますよ?」
「うん……」
そしてもう片方の手が、私の顎を持ち上げて。
目と……目が、合う。
「きれいだ……」
「ばか……」
八一の顔が、近付いて。
それで……って、あ……──
──触れていたのは、何秒くらいだっただろう。
とにかく、その感触は。
熱くて。……とっても熱い感触を残して。
そして……触れ合っていた箇所が離れた。
「……これで、いいんですよね?」
「……うん」
……しちゃった。
……やいちと、おまじない、しちゃった。
すごく、すごくドキドキしてる。
鼓動が激しすぎて心臓が壊れちゃいそう。
ついに、八一としちゃった。
私の唇が、八一の唇と触れ合った。
……キスを、しちゃった。
「……やいち」
「……なに?」
「……いまの、ファーストキスだから」
「っ!」
私の初めてのキス。初めて八一としたキス。
なんか夢の中でしちゃったような気もするけど……あれはあくまで夢だからノーカンだ。
「私の初めてを使っておまじないをしてあげたんだから……これで負けたら承知しないからね」
「……うん。分かってる」
「……明日、頑張りなさいよ」
「……うん」
明日の戦いの事を思い出したのか、赤く染まっていた八一の顔が真剣なものに変わる。
「分かってる。……明日は絶対に勝つから」
「……ん」
よ、良かった……。これで無事どうにか話を丸く収められそうだ。
今この場において一番優先するべき事、それは言うまでもなく八一の明日の対局だ。
さっきのキスは一応勝利のおまじないという体裁なのに、それに動揺しちゃって八一の将棋に悪影響でも出ちゃったら目も当てられないからね。
でもこの様子なら大丈夫だろう。このおまじないをプラスの方向に生かしてくれるはずだ。
「……じゃ、そろそろ寝た方がいいわ。もう12時を過ぎちゃってるし」
「ですね。……あ、けど姉弟子、その前に……」
「なに?」
そこで八一はビシッと姿勢を正して。
「……ひとつ、姉弟子に言いたい事があります」
……言いたい事?
「でも、今は言いません。今はまだ……こんな状況じゃこれを言うべきじゃないと思うから」
こんな状況、って……。
「本当は今すぐにでも言いたいけど……この竜王戦が終わったら、その時に改めて言います」
「っ…………」
八一が私に言いたい事。今は言えない事。
それがどんな話なのか……私にはなんとなく想像が付いてしまった。
だってそれは……私だって、似たような想いをずっと抱いていたから。
「……なにそれ。そんなに大事な話なの?」
「はい。すごく大事な話です。さっきのおまじないをしたら無性に言いたくなりました」
「……ふーん」
「でも、今は言えません。どっちの答えを貰っても明日の対局にもの凄く影響が出ちゃうような気がするし、だからこそ今これを言うのはちょっとズルいような気もしちゃって……」
どっちの答えというのはつまり、その話が私に二択を突き付けるものだという事。
そしてズルいというのは、明日の対局への影響を私が心配しちゃうから。そのせいで二択を本心から選択出来なくなるかも、という意味だろう。
ここまでヒントがあれば、その手を読むのは棋士じゃなくてもそう難しい話じゃない。
「だから……もう少しだけ、待っていて下さい」
「……竜王戦が終わるまで待てばいいの?」
「はい。そうしてくれると助かります」
「……うん、分かった」
……正直、今すぐにでも聞きたいけど。
でも、待てと言われたら待つ。こんな状況でその言葉を急かす程に私も鬼ではない。
それに聞いた限りだと、突然おまじないとか言い出した私にも原因がありそうだし……ね。
「じゃあ……そろそろ部屋に戻りますね」
「うん」
「……おやすみなさい、姉弟子」
「……うん。おやすみ、八一」
そして、ゆっくりと一歩下がって。
名残り惜しそうにしながら……八一は立ち去っていった。
「…………はふぅ」
そして残されたのは私一人。
八一の姿が見えなくなった瞬間に緊張の糸が切れたのか、口から情けない声が漏れた。
「……し、しちゃった」
まだ、唇が熱い。
「……や、や、やいちと、やいちと、きす、きす、きすしちゃった……!」
ドキドキが、止まらない……っ!
「そ、それに、八一が言いたそうにしていた言葉って、あれって、あれって……!!」
あれはっ、こ、こ、告白っ、なのでは!?
違うかな!? ううんあってるよね!? あの感じはぜったい告白してくる感じだよね!?
「あわわ……! どうしよ、どうしよ……っ!」
わ、わわわ! わたし、わたしっ!
こ、告白されちゃうっ!!? 遂に、遂にやいちから告白されちゃうよぉ……!!
……などと、そんな感じで。
部屋にも入らず、廊下の真ん中で私がおろおろあたふた取り乱していると。
「……ん?」
その時、もくもくもく~、と。
まるで煙が立ち上がるような感じで。
「あ、JK……」
私のすぐ隣、私にだけ見える感じで再びJK銀子が現れて。
『……ふふっ』
そして、JKは私に向かって軽やかにウインクをしてみせた。
『……ね? 言った通りでしょ?』
うわっ! ドヤ顔ウザい!
もうJKは出てこなくていいから自分の世界に帰りなさいよね! 悪霊退散っ!!
……ちなみに、その後。
私と八一がキスをしちゃったその翌日。
昨日の封じ手が解かれて、竜王戦第一局二日目の対局が始まったんだけど……。
その結果は……八一の勝ち。
なんとあいつ、初戦で名人に勝っちゃった。
中継で見ていたけど、対局中の八一の様子は一日目とは丸っきり違っていた。
なんかこう……鬼気迫るものがあるっていうか、この対局はなんとしても絶対に勝つッ!! っていう意志がその姿勢から如実に伝わってきていた。
これがハワイに伝わるおまじないの効果なのか。
それはカメハメハ大王に聞かないと分からないけど……でもなんか、これって……。
なんかよく分かんないけど……歴史の流れが大きく変わってしまったような、そんな気が──
……するような、しないような。
いずれにせよ私は知らない。私はなにも知らないからなにも関係ない。
文句ならあの女に言って。
あの時、呪いの言葉で私を唆してくれた悪霊、JK銀子に言って欲しい。
あいつが全ての諸悪の根源だから。
……ただ、まぁ……その。
……ちょっとだけ、感謝はしてるけど。