銀子ちゃんを可愛い可愛い×5するだけの話(+短編集) 作:銀推し
「……んっ」
遠くにあった意識が覚醒していく。
そして──私は目を覚ます。
「…………んー」
身体を起こして、目をこしこしと擦って。
目覚めたばかりの私の頭の中、ぼんやりとした記憶の中に残っている映像。
それは……久々に見たあの三人の顔。
「……また、あの夢……」
──そう。また、だ。
また、あの夢を。私は久々にあの夢を見た。
それはとっても不思議な夢。
私と、幼女の私と、中学生の私と、高校生の私が居て。そして18歳の八一も居て。
皆で一緒に狭いワンルームの一部屋で生活する、夢とは思えないような不思議な夢。
今回見た夢は以前見たのとは違って、JC銀子が中心になっている形の夢だった。
場所もあのワンルームの部屋じゃなくて、私の実家のすぐそばにある路地が舞台だった。
そこでJC銀子と八一が会話をしていて、それを背後から眺めているような形式の夢だった。
二人の話の内容は所々意味がよく分からない部分もあったけど、大まかに言えばJCは八一とキスをするかしないかで悩んでいて、私と幼女とJKがその相談に乗ってあげる……みたいな感じの夢だった。
……で、最終的にJC銀子はキスしてた。
JK銀子からの忠告も無視して、普通に八一とキスしちゃってた。なんだあいつ。
あのシーンを見ていた時のJK銀子の「やれやれ……」といった感じの表情が忘れられない。若かりし頃の己に呆れるJKを見て、それより若い私もなんとも言えない気分になってしまった。
「……ふぁ」
っと、あくびが出ちゃった。
起きたばっかの身体は気だるい。私は両手を上に上げてうーん、と伸びをする。
にしても久々に見たなぁ、あの夢。
今回の夢も以前の夢と同じように、またすぐに忘れちゃうのかな。
と、そんな事を考えながらはしごを伝って二段ベッドの上段から下りる。
「……それにしても、JC銀子って……」
今だから言うけど、ハッキリ言ってあの夢で見たJC銀子はかなりヒドかった。
もうね、丸分かりだったから。八一とキスがしたいって、そう顔に書いてあったもん。JC銀子はかなり早めの段階でそういう顔になってたから。
私の読み通りならJCがあーだこーだと悩んでたのはあくまで見せかけだけで、心の内では最初から選択肢なんて無かったと思う。
「あれが中学生の私かぁ……」
朝っぱらから切ない気分になる夢を見た。なんか溜め息を吐きたい気分だ。
まぁね? 言ってもあれは所詮夢だしね? 夢の内容に一々文句を付けたってしょうがないってのは分かってるけどさぁ。
にしてもあれは……あれはヒドい。私はあれが中学生の自分だなんて絶対に認めないから。
「大体中学生になってまでキスとかどうとか、そんな子供みたいな事を──」
とその時。
部屋のドアがガチャッと開いて。
「あ、銀子ちゃん、おはよ」
「あっ……」
部屋に入ってきたのは八一だ。八一が居た。
勿論18歳のとかじゃなくて、私がよく知っている小学6年生11歳の八一が。
どうやら私よりも先に起きていて、今はお手洗いから戻ってきたようだ。
「……む」
八一が、居る。
私の目の前に。
「……むむ」
……あ、マズい。
なんか、八一の顔を見てると。
なんかっ、さっき見せつけられたあの光景を思い出しちゃうっていうか……っ!
「む、むむ、む……!」
「ん? どしたの?」
「むぅぅ~……!」
やいちと。
わたしが、キスを。
キスを、きす、を、をををを……!
「……っ、八一のバカっ!」
「えぇ!? いきなりなんで!?」
「うるさいバカっ! 八一のすけべっ!」
「だからなんで!?」
■
私の名前は空銀子。小学4年生の9歳。
当然だけどJS銀子なんて名前じゃないから。まぁそんなの言うまでもない事だけど。
さて。そんな私が今日見た夢。JC銀子が八一とキスをするとかしないとか、どうとか。
そんなの私にとっては関係ない話だ。どうだっていいような話だ。きっとまたすぐに忘れちゃうんだろうけど、別に惜しいとも思わない。
振り返れば以前の夢からしてそうだった。もう殆ど内容なんて覚えていないけど、覚えていないって事はきっとそういう事だ。私にとってはどうでもいい夢だって事なんだろう。
まぁ、夢なんてのはそんなものよね。
どんな内容でも記憶には残らないし、それが私の現実に影響を与える事なんて無い。
夢はあくまで夢。空想や妄想と変わらないものなんだって、この時の私はそう思っていた。
……けれど。それは違った。
やっぱりあれは本当に不思議な夢だった。他とは違う特別な夢なんだって思い知らされた。
というのも……それから先の話になるんだけど、私はまたあの不思議な夢を見た。
そしてその夢が、ただの夢でしかないものが結果的に私の現実に大きな影響を与えた。
もう一度、あの部屋を訪れる機会が。
もう一度あの面々と再会をする、そんな現実が私を待ち受けていた。
それは──約2年後の事。
そう。2年後だ。
なんとここで2年も時間が飛ぶ。
2年経って、私が小学6年生になって、始業式から2ヶ月近くが経過した頃の事──
「負けました」
そう言って、私の対面に座る女性が──
美しい着物を着て上座に座る女王《荊姫》が、花立薊女流二冠が深く頭を下げた。
……ううん、違う。
もう花立さんは女王じゃないし、女流二冠でもなくなった。
彼女が所持していた女王のタイトルは、たった今私が奪い取ったから。
第7期・マイナビ女子オープン女王戦。
約1年前になる小学5年生の夏頃、私は初めてこの女流棋戦に出場した。
チャレンジマッチを通過して本戦も突破して、今年の4月から遂に番勝負が始まった。
そして第三局目。天満橋にある超高級ホテルの一室で行われた対局で私が勝利した。
この時点で花立さんの失冠が決定。三勝目を挙げた私が女王のタイトルを奪取する事となった。
私は、女流のタイトルホルダーになった。
花立さんが投了した直後、部屋の中に報道や将棋関係者の人達が雪崩込むように入ってきた。
……すごい。
その光景に私は思わず息を呑む。
無数のシャッター音が聞こえる。
無数のフラッシュが私だけを照らす。
新たな女王となった私を。最年少で女流のタイトルを勝ち取った私を称えるかのように。
「こっちに視線ください!」
「今のお気持ちは!?」
「ストレートで奪取できると思っていましたか!?」
記者達の質問攻めに答えながら、女王になったばかりの私はその光景の虜となっていた。
──すごい! これが、タイトルホルダーだけが見られる景色なんだ……!
眩いフラッシュに照らされて世界が輝いている。そんな眩しい世界の中心にこの私が居る。
単独記者会見の会場に移動するよう言われた私が席を立ち上がると、床に座っていた将棋関係者の全員が私に向かって頭を下げる。
そしてそんな部屋の隅っこには、同じように頭を下げている八一の姿もあって。
その姿が、その光景が……今の私にはなんだか無性に心地良く感じた。
──どう? 八一、私だってすごいでしょ? 見直した?
そんなセリフを言ってやりたかった。きっと悔しがるだろう八一の顔を見てみたかった。
この時の私の頭の中はそんな感じだった。
女王のタイトルを獲得して。小学生にして女流棋界の頂点に立って。
タイトルホルダーだけが見られる景色に、その熱に当てられて……ようするに浮かれていた。
そしてその後、記者会見を終えて。
私は浮かれ気分のまま、ホテルの部屋に戻って。
対局の疲れがあったんだろう、その日はすぐにベッドに入って眠りに落ちて。
そして──
「……あれ?」
ふと、気付く。
いつの間にか、見知らぬ部屋の見知らぬ玄関口の前に私は立っていた。
「……ううん、違う。ここは……!」
この玄関には、見覚えがある。
この廊下には……見覚えがあるっ!
私にとってここは見知らぬ場所なはずなのに、それでも記憶に残っている。
ここはとあるワンルームマンションの一室。五人で生活するには狭すぎる801号室。
「ってことは……これってまた……夢、だよね?」
……だよね? ……うん、そのはずだ。
だって、女王戦を終えてホテルに戻って眠ったはずの私がこんな所に移動してるわけがない。そんなのドッキリにしても壮大過ぎる。
となればこれは現実じゃなくて、疲れ果てて眠った私が見ている夢という事なのだろう。それ以外にこの状況を説明する方法は無いはずだ。
「てことは、まさか……」
これがあの夢と同じだったら。
再び、この部屋に招かれたというのなら。
玄関を上がって、恐る恐るといった感じで廊下のドアを開けると、そこには──
「……来たわね」
「っ、……JK銀子……」
……居た。やっぱり居た。
懐かしさを覚えるリビングの中には、高校1年生になったらしい私の姿が。
「久し振りね、JS」
「じぇーえす、ひさしぶり」
「JCと幼女も……うん、久し振り」
そして、中学3年生の私と4歳の私も居た。
以前この部屋で一緒に生活した彼女達が、年齢違いの三人の私達がまた勢揃いしていた。
「……って、あれ? 八一は?」
「八一は居ないわよ。今回はあいつ抜き」
「あ、そうなんだ……」
……なんだ。八一は居ないんだ。つまんないの。
せっかくの夢なんだし、私としては銀子達よりも18歳の八一に会いたかったんだけど。
「……JS、そんなあからさまにガッカリするんじゃないの」
「べ、別にガッカリなんてしてないっ!」
慌てて言い返す。どうやら気持ちが表情に出ちゃってたらしい。反省。
私はコホンと咳払いをしてから、率直に気になった質問をJK銀子に投げ掛ける。
「ねぇ、ところで今回は一体なんの為にこうして集まったの? まさかまたここで共同生活をするって事なの? それも八一抜きで」
「ううん、今回はそういう事じゃないわ。今回はあんたに大事な話があるのよ」
「はなし? 話ってなに? ていうかあれから2年経ったのにどうして三人は成長してないの? 私は小6になったのに三人はあの時のままじゃない、なんで?」
「そんな細かい事は気にしなくていいの。大体私達まで成長しちゃったらJC銀子が私と同じJK銀子になっちゃうでしょ? そんなのややこしくてしょうがないじゃないの」
「そ、そんな理由で?」
「そうよ。てかそういう細かい事は気にすんなって言ってんでしょ。……それよりも」
そこでJK銀子は一度言葉を区切ると、
「……JS、ううん、空銀子」
「な……なに?」
改まって私の名前を呼ぶ。
その声色はとても澄んでいて、思わず私は自然と姿勢を正す。
するとJKは……高校生の私は、柔らかい笑みを浮かべながら、言った。
「……ま、とりあえずは女王のタイトル獲得おめでとう。と言っておくわ」
「あ……うん」
言われたのは称賛の言葉。
突然のおめでとうに私が面食らっていると、すぐにJCと幼女からも同じ言葉が掛けられる。
「そうね。それは一応めでたい事だからね。おめでとう、JS」
「じぇーえす、おめでと」
「……うん、ありがと」
三人からのおめでとうに、ちょっぴり恥ずかしくなった私は小声になる。
な、なんだろう。これ。まさか今回は私の女王戴冠のお祝いの為に集まったって事なの?
「今回はJSがタイトルを獲ったからね、そのおかげでこの部屋を使用する許可が出たのよ。そういう意味でも良くやってくれたわね、やっぱここの方が落ち着くし」
「そ、そうなんだ……」
どうやら私が女王のタイトルを獲ったからこの部屋に来られたらしい。もう意味が分からない。
「ね。お祝いならけーきたべたい」
「あ、いいね幼女。私も食べたい。ねぇJC、お祝いのケーキとか用意してないの?」
「無いわよそんなもの。ていうかこれは別にあんたのお祝いの為に集まったわけじゃないから」
「えっ、そうなの?」
「なぁんだ、けーきないんだ」
これは女王戴冠のお祝いではない。JCの言葉にきょとんとなる私。
そしてお祝いのケーキが無いと知って不満そうな顔になった幼女をよそに。
「そう、これはお祝いなんかじゃなくて……まぁ、私が小6で女王のタイトルを獲るってのは最初から分かってた事だけど、結果的には良いタイミングだったって事かしら。ねぇJK」
「……そうね」
私達よりも年上の二人、JC銀子とJK銀子は。
私と幼女とは違ってここから先の未来を知っている二人は……共に深刻な表情を浮かべていて。
「……はぁ。女王戴冠……か。なんか色々と思い出しちゃうわね、JC」
「……うん、思い出す。思い出したくもない事を沢山思い出しちゃうよね、JK……」
二人は暗い顔を見合わせると「「……はぁ」」と重苦しい溜め息を重ねて吐き出す。
……な、なんか、なんか。
なんかJKとJCは……まるで底なしの闇を覗いたかのような表情をしている。怖い。
「……なに? せっかく女王のタイトルを獲得したってのに……二人は嫌な思い出でもあるの?」
「……嫌な思い出とか、そんなヌルい話じゃないのよ、これは。……ねぇJK?」
「……そうね。ここからが……」
そしてJK銀子は……言った。
私に待ち受ける未来を。
空銀子の運命を。
「ここからが……本当の地獄なのよ」