銀子ちゃんを可愛い可愛い×5するだけの話(+短編集) 作:銀推し
深刻な顔をしたJK銀子が、言う。
「ここからが……本当の地獄なのよ」
その声色は本当に重々しくて。
まるで聞く者全てを震撼させるような底知れない圧を放っていて。
「じ……地獄?」
「えぇ、地獄。あれはまさしく地獄と呼ぶに相応しいものだったわ。……ねぇJC?」
「……そうね」
そして、そんなJKと同じ地獄を見てきたらしい中学生、JC銀子も同じように呟く。
「空銀子は小6の時に女王のタイトルを獲得する。それはまぁ喜ばしい事なんだけど、でも……それが切っ掛けになってここから地獄のような日々が始まってしまうのよ」
「な……」
じ、地獄って……っ!
JKとJCから突き付けられた言葉、聞き流す事は出来ないその言葉に私は身震いする。
JK銀子とJC銀子。この二人は私よりも成長している未来の私だ。
そんな二人が身を以て経験したのであろう、地獄とまで呼ぶ程の日々とは一体。
女王のタイトルを獲得したこの先、私の人生に何が待ち受けているって言うの!?
「地獄って……それってあの、タイトルホルダーの責務とかプレッシャーとか、そういう話?」
「いいえ違うわ。そんなのはどうでもいいの」
「どうでもよくはないんじゃ……」
「どうでもいいのよ。確かにプレッシャーとかはあるけど、そういうのを過度に重く感じるのは最初の頃だけで次第に慣れてくるから。だからそんなのはどうでもよくって……」
女王の冠を獲得した事で私が背負う使命、責任、義務、プレッシャー。
棋士ならば大事にしなければならないであろうそれらをどうでもいいとまで言い切って。
「そんなのよりもっと大事なものを……あんたはこの先、一番大事なものを失ってしまうのよ」
「一番大事なものを……失う?」
「そう」
もっと大事なものを、一番大事なものを知っているJK銀子は実に真剣な表情で。
未だ地獄の過酷さを知らない私に対して……空銀子が歩む未来を告げた。
「あんたはここから先……約5年近くもの間、八一と疎遠になってしまうのよ」
「え……」
その言葉は最初、私の頭の中にすんなりとは入ってこなかった。
え? 5年近くもの間、八一と疎遠になる?
…………なんで?
「ねぇJK。どうして私と八一が疎遠になるの?」
「どうしてって言われると……ねぇ?」
「……そうね。どうしてかって言うとそれはちょっと答え辛いんだけど……」
一体なぜ私と八一が疎遠になるのか。
当然のような質問を返すと、JKとJCは難しい表情になって目を合わせ合う。
「なにそれ。なんで答え辛いの?」
「それは……多分だけどね、この問題はどちらかというと八一の方に要因があると思うのよ。だからどうしてなのかって肝心なところは八一に聞くべきだと思うんだけど……でも、そうなっちゃうのは事実だから」
「八一の方って……私がタイトルを獲った事が関係してるの? 私が女王になった事が……」
「どうかしらね。それも関係あると言えばあるかもしれないけど……」
疎遠になった理由に関して、JK銀子もハッキリとした事は言えないのか。
多少言葉を濁していた様子だったが、それでも私を見る目は真っ直ぐで。
「とにかくね。とにかく……女王を獲った次の日から、八一が素っ気無い感じになるの」
「そ、素っ気無い?」
「そう、素っ気無い。八一が素っ気無くなって……それがこの先ずっと5年近くも続くってわけ」
「……はぁ」
八一が、素っ気なくなる。
それが5年近くも続く。だから疎遠になる。
……まぁ、一応話は分かったけど……でも。
「……それって、そんなに地獄なの?」
「はぁ!? 地獄に決まってるじゃない!!」
「JS!! あんたねぇ、ちょっと危機意識が足りなすぎるわよ!!」
なんかもの凄い剣幕で怒られた。
私はまだ危機意識が足りないのか。そう言われるとどうなのかな……うーん。
「でもねぇ……素っ気無くなるって言っても、別に今だって似たようなものだと思うんだけど」
「違うから。全然違うから」
「JS、あんたにとっては今までずっと当たり前だったから分からないのよ。でもね、ちょっとの変化で全然違うものになっちゃうんだってすぐに分かるはずだから」
「……ふーん。素っ気無い八一ねぇ……」
今とは違う八一。素っ気無い八一。果たしてそれはどんな八一なのか。
私と八一は姉弟みたいな関係だけど、とはいえ特別に仲が良いっていう訳ではない。よくケンカだってするし、仲直りするまでにはそれこそ素っ気無い感じになる事だって日常茶飯事だ。
だからこそ、それが地獄だと言われてもいまいちピンと来ないんだけど……ただ、このJKとJCの真剣さ加減を見てしまうと、多少は意識した方がいいかもしれないという気分にはなってくる。
「素っ気無い八一っていうより、よそよそしい八一って言った方が正しいかもね」
「よそよそしい八一って……なんか尚更そんなのが地獄だとは感じないんだけど……でもまぁ話は分かった。とにかく八一が今と違う感じになって、それが長らく続くと」
「そういう事。その過酷さは今のあんたには分からないでしょうけど……想像を絶するものよ」
「……そう、なんだ」
「そうよ。まぁでも安心しなさい、そうならない為にこうして集まってあげたんだから」
「あぁ、そういう事……」
そっか。ここにJK達が居る理由が、私がこの夢を見ている理由がようやく分かった。
この先5年近くもの間八一と疎遠になる日々。その地獄の過酷さ知るJKとJC銀子が、いまいち危機感の足りないこの私に警告とアドバイスをしに来てくれたって事なんだろう。
「JS、あんただって八一と疎遠になるなんてイヤでしょ?」
「う、うん。そりゃまぁ……でもJK、じゃあ私はどうすればいいの?」
ここから先、地獄に堕ちない方法とは。
私がそれを尋ねると、一転してJK銀子は眉毛を八の字に曲げた悩みの表情になった。
「そこなのよねぇ……そこがなによりも難しいところって言うか……ねぇJC?」
「そうねぇ……ここが分岐点だって事は分かるんだけど、問題はじゃあどうすれば良かったのか、って事なのよねぇ……」
そしてJC銀子も。私が将棋盤の前で長考している時のような表情になって首を傾げる。
どうやら二人共に問題は理解しているものの、その解決策を知っている訳ではないらしい。話に付いてこれず今はあくびをしちゃってる幼女銀子も含めて、なんだか微妙に役立たない面々だ。
「とにかく。さっきも言ったけど女王を獲った次の日から、つまり明日から八一が素っ気無い感じに、よそよそしい感じに変わるわけ」
「うん。それは分かったけど」
「で、これは私の読みだけど……そこで肝心なのは八一じゃなくてJS、あんたの対応の方なの」
私の対応?
「素っ気無い八一の態度に合わせて、あんたの方も八一に冷たくしたりはしない事。それやるとマジであいつとの関係性が拗れてそのまま5年コースになっちゃうから。ほんとに」
「そうね。JS、とにかくあんたは素直になる事が大事だと思う。素っ気無い八一の態度がムカつくからって、そこであんたが心にも無い事を八一に言ったりしたら致命傷になりかねないわよ」
「……むぅ」
聞こえてきた言葉はどうにも納得のいかない話ばかりだ。思わず私は不満げに唸る。
八一が素っ気無くなる。けれどもそれに合わせて私が冷たくしたりするのは駄目。
八一の態度にムカついたからって、そこで私が心にもない事を言っては駄目。
随分と禁止事項が多い上、原因は八一にあるのに私の方が我慢してばっかりではないか。
「それとね、明日からあいつがあんたの事を『姉弟子』って呼んでくるようになるんだけど、あれも止めさせた方がいいわね」
「ふーん……他には?」
「他には……っていうか、正直一番手っ取り早いのはもう好きだって伝えちゃう事なんだけど」
「なっ!」
す、好きぃ!? なにを、なんで!?
そ、そそそんなの言えるわけないし? ぜんぜんなにも手っ取り早くなんてないし!?
「い、いきなり何を言うの!! そんなの、そんなの言うわけないでしょ!! ていうか私はそもそも八一のことが好きなわけじゃ……!」
「JS、そういうのいいから。そういうの本当に要らないから、それも今すぐ止めた方がいいわよ」
「いっそきすしてみたら?」
「き、キスなんてしないっ!」
き、きききキスって! キスってっ!
この幼女は突然なんてことを言い出すんだっ!
「三人共、そういうのはやめて。そういうのはしないから」
「そう。なら別に強制はしないけど……でも、分かっていた事だけど……なんか小学生の頃の私って面倒くさい性格してるわよね」
「そうね。……ただ言っとくけどJC、私から見ればあんたも大差無いわよ」
「はぁ!? ここで私に振る!?」
「だって実際そうだし。この前まではあんたの問題に色々手を焼かされたわけだし」
「手を焼いてなんて頼んでないし! それに小学生の頃も中学生の頃も面倒くさいならそれはもう空銀子の性分よ! 高校生のJKだって同じよ!」
「私は違うわよ。あんた達と一緒にしないで」
「一緒よ!」
「ちょっと二人共、ケンカしないでよ……」
JCもJKも、恥ずかしいから止めて欲しい。
自らの面倒くささで自分同士が言い争う光景などとても見ていたくはない。
「大体あんた達は……って、あ……」
とそこでJKがハッとしたように顔を上げて、直後私の方を見た。
「どうやらもう時間みたいね」
「時間?」
「JS、現実のあんたが目覚める時間よ」
「えっ、そうなの?」
どうしてそれがJK銀子に分かるのか。
という疑問は置いておくとして、眠っている現実の私が目覚める時間になったらしい。
それが意味する事は一つ。この不思議な夢は終わりの時間を迎えたという事だ。
「でも……なんだか今回の夢は前回に比べて随分と短くない?」
「そうね。前回の夢は女王じゃなくて竜王のタイトルだったから、将棋界最高峰のタイトルだけあってその分長かったんでしょうね」
「はぁ……」
どうやら前回の夢は竜王のタイトルだったからその分長くて、今回の夢は女王のタイトルだから相応に短くなったらしい。なんのこっちゃ。
「とにかくっ! いいわねJS! 私達がさっき教えた事を絶対に忘れるんじゃないわよ!」
「う、うん……分かったって……」
真剣な顔で訴えてくるJK銀子の忠告に頷いたのと同時に。
視界一杯が白い光に包まれて、そして──
「……ん」
──そして、私は目を覚ました。
女王戦第三局目が行われたホテルの客室、一番高級な部屋らしい私の部屋のベッドの上。
「……まただ。またあの変な夢……」
起きて早々、ぽつりと呟く。
年齢違いの私が出てくる不思議な夢。時折見るあの夢を今日も見る事になった。
なんか今回の夢はあんまり楽しくなかった。
八一には会えなかったし、JK達からあれこれとやかく言われるだけの内容だった。
「って、あ、そうだ……」
あれこれとやかく、じゃない。
私が地獄を見ないようにと、JK銀子達から忠告を受けていたんだった。危ない危ない。
「……けど、あれって本当なのかな」
とはいえ、私が見たのは所詮は夢でしかない。
夢の中で言われた事をそのまま素直に信じるなんてナンセンスだとは思うけど……。
「……でも、まぁ……一応……ね」
ほら、予知夢っていう言葉もある事だしね?
念には念を入れてというか……八一と5年近くも疎遠になるのは、ちょっと、イヤだし。
「えっと、かみ、紙……」
私はすぐにベッドから出て、化粧台の引き出しからメモ用紙とペンを取り出して。
夢の内容を覚えている内に重要そうな事を書き残しておく事にした。
かきかきっと……よし、これで大丈夫だよね。
そしてその後、朝の身支度を済ませて時刻は朝食の時間。
ホテルの朝食会場に行くと、八一が隅っこの方の席に一人で座ってご飯を食べていた。
「あっ……」
「ん」
おはようの挨拶をするよりも早く、私は当然のように八一の前の席に腰を下ろす。
てかこいつ、なんで先に食べ始めちゃうの?
普通私が来るのを待ってから一緒に「いただきます」をするのがルールってもんじゃないの?
家では毎朝そうしてるってのに。抜け駆けされたみたいでなんかムカつく。
……とか思っていたら。
八一は周囲を見渡すと、背筋を伸ばして真面目な表情になって、言った。
「おはようございます。姉弟子」
「……っ」
その言葉を聞いた瞬間、全身がゾクっとした。
──姉弟子。
……本当に、そう呼ばれた。あの夢の中でJK達から言われていた通りだ。
八一は私を「銀子ちゃん」とは呼ばずに「姉弟子」と呼んできた。
姉弟子なんて、これまで八一からそんな呼び方で呼ばれた事は一度だって無いのに。
昨日までは銀子ちゃんって呼んでいたのに……今日になって突然そう呼ばれた。
「……なに、その呼び方」
「なにって……姉弟子はもう女王ですから。弁えた方が良いと思いまして」
「……ふぅん」
弁える。タイトルを獲得した私に対して、奨励会員という立場の八一は弁えて敬語を使う。
同じ一門の中での弟弟子という立場を弁えて、姉弟子である私の事を姉弟子と呼ぶ。
それは確かに立場を弁えている、確かに正しい事なんだろう……けど、その正しさを理由にして距離を取られている、私にはそんな気がした。
「……敬語、使うんだ」
「はい」
「……ふーん」
……なるほど。JKとJCが『違う』と言っていた意味が分かった。
ちょっと呼び方と口調を変えただけ。それだけの変化なんだけど……でも、違う。
肌に触れる空気が、距離感が違う。昨日までと違って……八一が遠くにいるような気がする。
「……これが、5年近く?」
「え?」
八一とのこんな距離感が、これからあと5年近くも続くって言うの?
それは確かに……JK達の言う通り、地獄……。
……とまで言うのは大げさだと思うけど、確かにちょっと辛い事かもしれない。
だったら……うん、手を打つべきだ。
幸い私は今朝見たあの夢の中で、JK銀子達からこうなった時の対処法を授けられている。
まずはこの『姉弟子』という呼び方だ。これは止めさせた方がいいって言ってたよね。
「八一」
「なんですか?」
「その敬語、気持ち悪いから止めて。あとさっきの姉弟子っていう呼び方も止めて」
だから私は忠告通り、八一にそう言った。
「え……い、いや、それは……」
けれども八一は。
周囲を気にするように、きょろきょろと落ち着きなく視線を左右に揺らして。
「……いや、駄目ですよ」
「は? なんでよ」
「だって姉弟子は姉弟子なんだから……そこはやっぱりちゃんとしないと」
「なにそれ。今までちゃんとなんてしてこなかったじゃないの」
「だからこそ、ですよ。だからこそこれからはちゃんと立場を弁えて、礼儀正しくしないと」
八一は頷かない。
私のお願いに「分かったよ、銀子ちゃん」とは言ってくれなくて。
……なんなの、こいつ。
率直に言ってムカつく。だって意味が分かんないんだもん。
なんでこんな事に意固地になるの? そんなに私に対して敬意を払いたいっての?
………そんなに、私と、距離を取りたいの?
「今まで通りで良いって、この私がそう言ってんのよ。あんたは姉弟子の命令に逆らう気?」
「いや、それは……」
「分かったらとっとと口調を元に戻せ。ほら」
「だから駄目ですって。周囲の目もあるし……」
周囲の目? なにそれ?
なんで八一は私よりも周囲の目を優先するの? 私の気持ちはどうでもいいっての?
「八一。いい加減にしないと怒るわよ」
「……姉弟子、そんなわがまま言わないで……」
「ッ……!」
わがまま!? わがままってなに!?
なんでそんなふうに言うの!? 私は、私はただ八一と一緒に──!
そこでふと、あの夢の中でJK銀子達から聞いた忠告が頭を掠めた。
八一から素っ気無くされても、それに合わせて私の方も冷たくしては駄目だと。
八一の事がムカつくからって、それで私が心にも無い事を言っては駄目なのだと。
…………無理っ!!
だってっ、だってムカつくもんっ!!
「もういいっ!!」
「あっ……!」
私は勢いよく席から立った。
もう朝ごはんなんてどうでもいい! こんな所になんて一秒たりとも居たくない!
もう知らないっ! こんなやつ!
八一なんて……もう好きじゃないっ!!
■
「もういいっ!!」
「あっ……!」
勢いよく席を立ち上がって、消えていく銀子の後ろ姿を見つめながら。
「…………銀子、ちゃん」
席に残された八一は、椅子の横に隠していた紙袋に手を伸ばす。
お祝いとしてあの子に渡そうと思っていたプレゼントの包みを……ぎゅっと握りしめた。