銀子ちゃんを可愛い可愛い×5するだけの話(+短編集)   作:銀推し

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これは短編になります。
原作13巻以降の話になります。






短編 棋士・九頭竜八一の有意義な研究

 

 

 

 

 

 棋士にとっての研究とは。

 

 それは将棋を勉強する事だ。と、そう答える棋士はいるだろう。

 それは最も大事な事だ。と、そう答える棋士だっているかもしれない。

 

 とにかく棋士にとっての研究とは。

 それは将棋を勉強してより強くなる事で、棋士にとっては何よりも大事な事の一つだろう。

 

 そんな研究について。一口に研究と言ってもそのやり方は様々だ。

 現物の将棋盤、あるいはタブレット端末とにらめっこしながら一人で黙々と研究を行う場合だってあるし、誰かとの一対一の対局を繰り返すVS形式や、複数人で集まって対局や検討を行う研究会という形もある。

 どの形式の研究を好むかは棋士によってそれぞれだろう。例えば俺の場合で言うなら……その時々によってまちまちだね。少し前までは個人研究が多かったけど、最近はまたVSの機会が増えてきたかもしれない。要はケース・バイ・ケースという事だ。

 

 そして研究の中身、つまり研究テーマに関して。

 これもまぁ言っちゃうとケース・バイ・ケースという話になりそうなんだけど──

 

 ──しかし、だ。

 一部の棋士先生達の中には、生涯を懸けた研究テーマというものを持つ人が存在している。

 

 例えば生石先生。これはあえて言う必要も無いだろうが、ズバリ振り飛車だ。

 振り飛車党の総裁であるあの人にとって、振り飛車とそれから派生する戦法が生涯を懸けての研究テーマである事は間違いないだろう。

 他にも釈迦堂先生なんかも長年懸けて研究しているテーマがあるとか聞いた事がある。ある程度年配の棋士先生達ほど、そういった思い入れの強い研究テーマを持つ傾向にあるのかもしれない。

 

 さて、そんな話を踏まえて。

 若輩ながらも棋士の一人であるこの俺、九頭竜八一の研究テーマといえば。

 

 これは生憎だけど……生涯を懸けて、と言える程の研究テーマは今の所見つかっていない。

 勿論研究はちゃんとしているよ? それは棋士として当たり前に行っているけど、その研究テーマはやはりケース・バイ・ケースといった感じだ。

 以前は一手損角換わりが俺の中でアツかった時期もあるし、生石先生のような捌きの感覚を少しでも身に付けたくて振り飛車研究に傾注していた時期だってある。

 

 その時々によって研究テーマが変わってくる、それが今の俺。

 ただまぁ多分だけど、多くの棋士達にとって研究というのはそういうものだと思うけどね。

 やはり戦法にも流行り廃りがある以上、その時々で最先端というものは変わってくる。となれば研究の方もその時々で変わってくるのがセオリーというものだろう。

 

 と、ここまでの話を踏まえて──今。

 今現在、九頭竜八一の中で一番アツく来ている研究テーマと言えば何か。

 

 それは……。

 

 

「………………」

 

 それがこれ。

 5筋の七に置かれた歩兵。

 そしてその一段上。5筋の六に置かれた銀将が燦々と光を放つ──

 

「……ふむ」

 

 それがこの戦法……『腰掛け銀』だ。

 そう、腰掛け銀。腰掛け銀こそが今九頭竜八一の中で一番アツく来ている戦法なのだ。

 

 腰掛け銀とは『歩越し銀』という形の一種だ。

 歩の上に銀を移動させる事を歩越し銀といい、特に5筋に置く歩越し銀の事を腰掛け銀と言う。

 先手なら5七に置かれた歩の真上、5六まで銀を上げてくる。まるで銀が歩の上に腰掛けているように見える事から腰掛け銀と呼ばれる。

 序盤で双方の角を交換する角換わり戦法においての角換わり腰掛け銀や、相掛かり戦法での相掛かり腰掛け銀などの戦法で見られる、プロ棋士の対局の中でも採用される事の多い戦法だ。

 

 将棋の歴史を語る上でも外せないぐらいにメジャーな戦法、腰掛け銀。

 そんな腰掛け銀戦法について、俺は今一番アツく研究しているという訳だ。

 という事で……棋士・九頭竜八一による腰掛け銀研究の成果をここで少し披露したいと思う。

 

 

 さーてさて、それじゃあ何から語ろうかな。

 そうだな……まずはね、この『腰掛け銀』っていうワードのセンスが良いよね。

 まずはここに注目したい。この腰掛け銀というワードは本当に素晴らしい名前だと思うんだ。

 

 だってこれが歩越し銀のままだったり、あるいは5筋銀とかいう名前が付いていたとしたら。

 それだったらこれ程に心揺さぶられはしないというか、これ程までにエモさを感じる事は無かった。

 歩の上に銀が腰掛けるから腰掛け銀。この名前を名付けた人はマジで凄まじいネーミングセンスをしていると思う。俺としてはもう万雷の拍手を贈って讃えたい気分だ。

 

 だってさぁ、ほら……。

 こうして腰掛け銀の形を取ると、そこには……。

 

 

「………………」

 

 ほらぁ……うなじが見えるでしょ?

 あぁ、うなじ……目の前にうなじがあるよ……。

 

「………………」

 

 うなじ。うなじ。

 真っ白なお肌の綺麗なうなじ。シミ一つない本当に綺麗なうなじ。

 よーく見ると微かに産毛が生えているうなじ。俺はふーっと息を吹きかけてみる。

 

「……んっ」

 

 おぉ、産毛が揺れている。

 色素が薄いせいか透明な産毛。キラキラと光りながら揺れる産毛。綺麗なうなじ。

 この素晴らしいうなじこそ、腰掛け銀戦法における第一の長所である事は言うまでもない。

 

 

 ──え? 

 今聞こえた「……んっ」ていう女の子の声は一体誰の声だ、って?

 

 

 ……そ、それは。

 ……それはね……あれだよ、あれ。今の声は……そうっ! 今のは将棋の妖精さんの声だ。

 

 ほら、ヒ○ルの碁みたいな感じでさ。棋士の脳内には将棋の妖精さんが住み着いているんだ。

 それでこうして研究している時なんかはね、時折妖精さんが俺にだけ聞こえる声で語り掛けてくれたりアドバイスしてくれたりするんだよ。

 

 ……え? そんな見え見えの嘘を吐くなって?

 いやいや本当だって。これはマジの話なんだ。

 これは本当のホントに将棋の妖精さんだから。一目見れば誰だって信じると思うよ?

 

 

 ……っと、話を戻そうか。

 とにかくこの美しいうなじを間近で見られるのが腰掛け銀における長所の一つで。

 そしてその次、腰掛け銀戦法における第二の長所と言えば……それはやはりこの感触だろう。

 

「……ぁ」

 

 俺は両手を前に回す。

 盤上にある銀を優しく抱えるように、そのお腹の下辺りに手を下ろした。

 

「ん、ちょっと……」

 

 反射的に身体を揺すった妖精さん。

 その声を無視して俺は銀を抱き寄せる。両腕に力を込めてぎゅっと抱きしめる。

 

「……やわらかい」

「……あっそ」

 

 あー……これだよこれこれ、この感触ね。

 この肉付きの薄いほっそりとした感触。これを味わってこその腰掛け銀戦法だ。

 ただ抱きしめるだけじゃない。こうして腰掛けられる事によって感じる銀自体の重み、銀という存在の全てを余すところなく味わう事が出来る、それが堪らないんだよね。

 

 こうしてその細さと軽さを実感しているとさぁ。

 つくづく銀って本当に華奢だなぁって、か弱い存在だなぁって思えてきて……。

 これは絶対に俺が守ってあげなきゃ! って気分になる。俺の中の庇護欲が爆発しちゃう。

 

 こんなにも細くて軽い銀だけど……ただね、この細さにはマイナス面もあるんだ。

 専門家の中にはこの細さこそが欠点なのではと、そのすらっとし過ぎている薄さこそが銀の短所なのではと指摘する者も存在している。

 

 しかしね、俺も専門家の一人としてここは声を大にして言いたい。その考えは大きな間違いだ。

 だって銀とはこういうものだ。これこそが銀のあるがままの姿なのだから、そこにケチを付けるよりもその細さを存分に愛でるべきだろう。

 そもそもの話、これ程に銀が細くて軽いからこそ腰掛け銀戦法だって成立するんだ。つまりこれは銀の強みを生かした形であり、これで肉付きが良ければなんて思うのは本末転倒ではないか。

 

 けれど……まぁ、ね。

 かくいう俺自身もまだまだ未熟者だからさ、時折そういう妄想はしちゃうんだよ。

 もし銀の胸部に豊満なものがあったら、それはもうパーフェクトな存在だったのになぁって、そんな事を考えちゃったりもするけどさ。

 

 でもね、それでもやっぱり思うんだ。

 それは銀じゃない。肉付きの良いグラマラスな銀なんて銀じゃないよ。

 そういう局面はもっと別の駒に任せればいい。例えば桂馬とか、香車とかさ。

 

 

 ……と、また話が逸れてしまった。

 とにかくこの軽さ、この細さ、この銀でしか味わえない感触こそが第二の長所で。

 そして……こうしてピタリと密着すれば、腰掛け銀戦法における第三の長所が浮かび上がる。

 

 それは何かって? 

 それは勿論……この香りだ。

 

「あぁ、いい匂い……」

「ん、なにを……」

 

 銀駒から香る甘い匂い。芳醇なフェロモン。

 腰掛け銀戦法を採用する以上、これを堪能しない手は無いだろう。

 てな訳で俺は鼻先をぴたりと綺麗なうなじにくっ付けて……くんくん、くんかくんか。

 

「ちょ、こら……!」

 

 恥ずかしくなったらしい妖精さんが慌てた声を出すけど、これは無視。

 だって今日の対局は俺の勝ちだったからね。約束通り今日の主導権は俺のもの。なので心ゆくまで銀の香りを堪能しちゃうのだ。くんくん。

 

「くんくん、すーはー、すーはー」

「八一、あんたねぇ……」

 

 あー……マジ、銀……いい匂いがする……。

 俺もうこの香りが世界で一番好きだ。こんな事言うとキモがられるから口には出せないけど。

 

 なんかね、こう……懐かしくなるんだよね。

 子供の頃、同じ毛布に包まって一緒にお昼寝していた時の事を思い出すような。

 今でもその頃と変わらない匂い。暖かくて、俺を幸せな気分にさせてくれる銀の香り。

 

 ……あ、いや、あれだよ? 

 これは単なるたとえって言うか……つまりね、将棋の駒の香りがするって事だからね?

 棋士として、俺が使用している銀駒は最高級の物だからさ、最高級の木材である黄楊のいい香りがするんだよね。うん、ソユコトソユコト……。

 

 

 ……さて。

 以上三点、ここまで腰掛け銀戦法における長所をザッと紹介してみた。

 

 勿論これ以外にだって長所は沢山あるよ?

 例えば銀の背後を取る事で、こちらの行動や狙いが銀に勘付かれないようになる所とか。

 こうして抱えている事で、銀の全てをコントロールしているかのような優越感に浸れる所とか。

 このままちょっと本気を出せば、すぐに銀を投了させられる体勢まで持っていけちゃう所とか。

 

「……あのさ」

「なに?」

「もう投了の流れまで持ってっていい?」

「えっ」

「いい?」

「……だめ」

 

 ちぇっ、駄目だって。

 妖精さんからNGが出たので、今日はもう少し研究に没頭する事にしよう。

 

 

 まぁ、とにかく、だ。

 とにかく腰掛け銀には数多くの長所がある。それは分かってくれたと思う。

 その魅力を挙げたら枚挙に暇がない。多くの棋士達に支持されるのも納得の戦法だと言えよう。

 

 しかし……そうは言っても腰掛け銀とは。数多ある将棋の戦法の中の一つでしかない。

 そして必勝の戦法なんて存在しない以上、腰掛け銀にだって短所はある。であるならば、腰掛け銀の研究をする者としてそちらとも向き合わない訳にはいかないだろう。

 なのでここからは腰掛け銀の弱点……というか、その崩し方についても考えてみる。

 

 ……ただ、まぁ、なんと言うか。

 崩し方とはいってもね、この腰掛け銀の場合はそう難しい話でもないんだけど、さ。

 

 

 さてさて、腰掛け銀の弱点……を語る前に。

 まずは腰掛け銀戦法の中核となる駒、銀将そのものについての弱点にも触れておきたい。

 

 例えば。将棋の格言の一つに『攻めは銀、受けは金』というものがある。

 機動力に勝る銀将を攻めで使用して、守備力に勝る金将を守りで使えという意味合いの格言だ。

 しかしこれはどうだろう。裏を返せば、銀は守備力に難があって攻められるのに弱い、という見方も出来るのではないか。

 

 とかく銀というのは攻撃的な性格をしている。

 その攻めの迫力は凄まじく、キレた時なんかはもう手が付けられない……が。

 しかしその反面受けに回ると脆い。こちらから攻めれば強気な仮面の裏にある素顔を、弱くて儚い部分を見せてくれるって訳だ。

 

「ね、そうだよね」

「なにが?」

「だから……攻められるのに弱いって話」

「……なにそれ。私が?」

「うん」

「……別に、そんなことないっ」

 

 つーん、とそっぽを向いちゃう妖精さん。

 すると妖精さんの銀髪がサラサラと揺れて、ふわっと甘い香りが漂ってきた。

 ……ぐぬぬぅ、投了まで持っていきたい……!

 

「さっきの対局は途中で攻めが途切れちゃっただけだもん。私は別に受け将棋だって──」

「あ、違う違う、これ将棋の話じゃないよ?」

「え? じゃあなんの話なの?」

「いやだからさ、こうやって俺に攻められる事に弱いよねっていう……」

「っ! べ、別に、……そんなこと、ない……」

 

 言葉の意味の違いを知って、妖精さんの声がごにょごにょと小さくなっていく。

 

「私は……そんな、弱いわけじゃ……」

「でもさぁ、どっちかって言えばやっぱり攻められる方が好きだよね?」

「……うるさいっ、……ばか……」

 

 何を想像したのか、顔からうなじまで真っ赤にしちゃう妖精さん。

 あー可愛い可愛い投了させたい投了させたい! マジで投了させてやりたいぃぃ……!

 

 

 ……じゃないや。冷静になるんだ俺。

 ……ええっと、なんだっけ。あそうだ、銀将自体の弱点の話をしていたんだったね、うん。

 

 ま、とにかく銀は攻められるのに弱いって事。さっき妖精さんは違うと否定していたけど、まぁ妖精さんの立場ではそう言うしかないだろう。

 ただそれでも経験則としてね、銀が攻められるのに弱いってのは紛れもない事実だからね。そう、事実ではあるんだけど……しかし、ここで一つ大事なポイントがある。

 

 妖精さんが否定した事も含めてだけど、銀将にもプライドってもんがあるんだ。

 だからただ闇雲に攻めようとしても、それでは無理筋に終わってしまう事が多い。

 銀はとてもプライドが高くて、更に言えばとっても恥ずかしがり屋さんな駒だからね。攻められて弱い部分を晒すのを嫌がっちゃうんだよ。

 

 だから銀を攻める上で大事なのは、しっかりとした攻めの展開を構築する事。

 それに加えて、こちらが行う攻めの展開を正当化出来る理由。それがあれば尚良しだ。

 こっちの攻めを認めさせる理由、言い換えれば銀に受ける事を納得させられるだけの理由。それを用意しておくのが銀対策としてはベストだろう。

 

 例えば今日のように対局で勝ってみたりとかね。

 今こうしている姿が一番分かりやすいと思う。腰掛け銀然り、それを受け入れざるを得ない理由一つ用意すれば、銀はこちらの思うがままに動いてくれて、可愛い姿を沢山見せてくれるって訳だ。

 

「そう。本当に思うがまま、だよね」

「……何が?」

「何がって……それ言ってもいいの?」

「っ、……なんか、今日の八一は……いじわる」

「そうかな?」

 

 意地悪って、そりゃあ……こんなにも可愛い反応をされたらそりゃあねぇ。

 妖精さんのそんな可愛らしい反応こそが、俺を意地悪にさせている最大の要因であるとこの子は気付いているのだろうか。

 

 この反応でなんとなく分かると思うけど、銀自体も本当は攻められるのが好きなんだよ。

 但し照れ屋な銀は自分が攻められるのが好きだという事を受け入れたがらない。だから受け入れるだけの理由をこちらで用意してあげる。今日は将棋で負けたから腰掛け銀しちゃうのも仕方ないよね、とかさ。

 これは銀を愛でる上での礼儀というか、マナーのようなものだ。そこまで計算して展開を組み立ててこそのプロ棋士だと言えよう。

 

 ……けれど、けれどね、あんまりこういう事を言ったりするとさぁ……。

 これもまた批判の声が挙がったりするんだ。有識者会議とかで「なんかそれって面倒くさくない?」みたいな意見が挙がったりするんだよ。

 ここは俺も有識者の一人として断言するけど、その意見は大きな間違いだからね。本当に。

 

 いいかい? 銀ってのはね、こういう面倒くさい所が可愛いんだよ。

 素直でいい子ちゃんで手間の掛からない銀なんてそれもう銀じゃないから。いやマジで。

 そういう局面はもっと別の駒に任せればいい。例えば銀よりも若いJSとかさ。

 

 銀っていうのはとっても意地っ張りで、普段からつんつんしていて、無愛想で。

 そりゃあ素直じゃないけど……でも、それでも大きな想いを寄せてくれていて。

 こっちが愛情を向ければ、照れながらも愛情を返してくれる所とか、そういういじらしい姿が銀の最エモポイントなんだよ、うんうん。

 

 それにね。確かに銀を愛でようとする際には一手間二手間掛かる事も多いけどさ。

 そうやって手間を掛ければ掛けた分、ちゃんとリターンは約束されているからね。

 今回だってそうだ。今回はしっかり銀を攻めるだけの理由を用意したから、銀は文句も言わずに俺の腰掛け銀研究に付き合ってくれている訳で。

 

「……ね」

「……なに?」

「なんかさ、可愛いなぁって」

「…………なにが」

「可愛い」

「………………」

「かわいいなぁ」

「………………」

 

 あ、妖精さんが沈黙しちゃった。

 妖精さんは可愛いという言葉に弱い。こういう所とかマジで可愛いと思う。

 こうやって言葉で攻めるのも有効かもしれないね。とにかくきちんと下拵えさえすれば、攻撃的な性格の銀だってこの通り大人しくなるって事だ。

 そして一度大人しくしてしまえば……そこからはもう銀なんて崩し放題だ。

 

 

「……(そーっと)」

「……っ!」

 

 俺は左右からそーっと手を伸ばす。

 ここからは本格的な銀の攻略法。まずは左右から攻めるのが定跡だろう。

 

「ちょっと、八一……」

 

 将棋用語に『銀ばさみ』という言葉がある。

 銀の左右を歩などで挟んで動けないようにする、銀に対する有効な手筋の一つだ。 

 銀将は左右には手が出せないからね。隙の多い両側から攻めるのが効果的って訳だ。

 

「……(ふにふに)」

「ぁ、ん……こら……」

 

 銀の両脇の下から手を回して、銀の柔らかい部分をほぐしに掛かる。

 ……いや、柔らかい部分、あるから。華奢な銀にだって柔らかい部分はちゃんとあるから。

 というか意外な程にある、あったからね。この発見は革命的であると同時に、未だ銀の研究が完全には進んでいない事の証左であろう。

 

「……(もみもみ)」

「ふぁ……もう、駄目だって……」

「……(ぐりぐり)」

「……んぁ、や、いちぃ……」

 

 ちょうど手のひらに収まるぐらいのサイズ、銀の柔らかくて儚い部分。

 か弱い銀を傷付けないよう優しく丁寧に、それでも念入りにじっくりと。

 手のひらに伝わる甘美な感触を楽しんでいると……次第に妖精さんが甘い声を出し始める。

 

「あ、ぅん……、は、んぅ……」

 

 ……エロい。妖精さん、素直にエロいっす。

 その艶めかしい嬌声を聞いていると、こうしてその身体を好きに触っていると……ヤバい。

 こちらのボルテージだって否が応でも増してくるというもの。もう展開なんか一切合切無視してこのままガバって襲い掛かりたくなる。

 

 けれど……くっ、駄目だ……! 

 ここは攻め手を急いでは駄目だぞ……! 

 俺の方が年上なんだから。ここで我を忘れてがっつくような格好悪い姿は見せたくない。

 

 ここは慌てず騒がず、冷静に次の一手を指す。

 次の一手は、じゃあ……この、耳とか。 

 

「ひゃっ……!」

 

 口元を寄せて、銀の耳たぶを軽く甘噛み。

 すると妖精さんが甲高い声を上げた。……あぁ可愛い、もっとその声が聞きたい。

 

「うぅん……、ふ、んぁ……」

 

 舌を伸ばして、耳の筋を這うようにしてねっとりと舐め回す。

 この通り、銀は耳を攻められるのにも弱い。というかぶっちゃけ大体のところが弱い。攻められるのに弱い銀は身体中弱点だらけなのだ。

 

 例えば……首筋とか。

 

「ひゃ、ぅん、くすぐったい……」

 

 他にも……背中とか。

 

「あっ、やん、やいちぃ……」

 

 そして……内ももとか。

 

「あっ、ん、そこ、だめ……!」

 

 俺の手が触れる都度、確かな快楽に押されて妖精さんが切ない呻きを漏らす。

 立て続けとなる攻めを受けて、銀の身体がどんどん熱を帯びていく。

 

 あぁヤバい銀可愛い。銀のエロさがヤバい。

 もう駄目だ。もう限界だ。もう投了させたい。今すぐソッコーで投了に持ち込みたい。

 

 

 ……が、まだ大事な話をしていなかった。

 さっき言おうとして後回しにした事、腰掛け銀戦法における弱点。これだけは話しておこう。

 

 ただまぁ弱点とは言ってもね。腰掛け銀は今でも研究盛んな戦法だしね。

 多くの棋士が実際の対局で採用する戦法である以上、目立った弱点がある訳じゃないんだけど。

 

 でも、あくまで一例を挙げるなら……そうだな。角換わり戦法においての話をしようか。

 角換わり戦法には大きく分けると三つの戦型分類が存在し、角換わり腰掛け銀の他にも角換わり早繰り銀、そして角換わり棒銀という戦法がある。

 そしてこの三つの戦法はそれぞれ三竦みの関係というか、相性があると言われていたりする。

 

 つまり棒銀は早繰り銀に弱く。

 早繰り銀は腰掛け銀に弱く。

 

 そして、腰掛け銀は棒銀に弱い。

 ……と、古くから言われていたりする。

 

 ……そう。つまり棒に弱いのだ。腰掛け銀は。

 なんかもうね、あえて例える必要も無いくらいにド直球なワードである。これを下ネタにしたくなっちゃう月夜見坂先生の気持ちも分かる。

 とはいえまぁ、角換わり戦法における三竦みの関係については昔の話で、研究の進んだ今では異なる意見もあったりするんだけど……。

 

 しかし、それはあくまで角換わり戦法における腰掛け銀についての話であって。

 今、俺が熱心に研究しているこの腰掛け銀について言うなら、棒に弱いのは紛れもない事実だ。

 

 という事で。

 

 

「……ふぅ、もう限界」

「あ、ちょっと……!」

 

 俺は銀の腰に手を回すと、少し体勢を変えてお姫様だっこの形にする。

 というのもね、この腰掛け銀は攻めるのには有効だけど投了させるのは難しいんだ。いや別に俺は構わないんだけど、銀が嫌がる。銀は背後からじゃなくてちゃんとお互いの顔が見られる体勢が好きなんだって。

 

「……っと、これでよし」

「む……」

 

 なので銀を持ち上げたまま少し移動して、背中が痛くならないお布団の上に下ろしてあげる。

 そして、そのまま銀の上に覆い被さった。

 

「……ねぇ」

「なに?」

 

 すると、銀はじとっとした目を向けてきた。

 そんな非難がましい目付きすらも可愛い。今はもうこの子の全てが愛おしく見える。

 

「これ、腰掛け銀じゃないけど」

「え、ここまで来てそこにこだわるの?」

「こだわるっていうか……そもそも今回は研究をさせて、っていう約束だったわよね? 私、ここまでするとは言ってないんだけど」

 

 えー、そりゃまぁ、名目上はそうだけどさ。

 でも普通に考えたらこれも込みだよねぇ? 二人きりの研究で何もしない訳がないよねぇ?

 

「これも研究だって。腰掛け銀研究改め……そうだな、寝かせ銀、いや、押し倒し銀、って事で」

「そんな戦法無いわよっ!」

「じゃあ新手研究って事にしよう。それなら問題ないよね」

「無い訳ない……ん、あっ、ちょっとぉ……!」

 

 新手研究。未知の戦法を発見したら俺の名前が付くかもしれない、ロマン溢れる研究だね。

 ……とそんな事を考えながら、俺は銀の服の中にするりと手を滑らせていく。

 

 

 ……あ、そういえば。

 この話の冒頭で、俺にはまだ生涯を懸けての研究テーマが無いって言ったけど、あれは嘘だ。

 

 この『銀』の可愛さを追求する事。

 それこそが生涯を懸けての研究テーマなのだと、今の俺は胸を張ってそう言える。

 

 しかし『銀』とは。

 いつ何度見ても。触れても。かくも可愛さの尽きない存在であるからして……。

 

 俺としてはもう、日々研究あるのみである。

 

 

 

 

 


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