銀子ちゃんを可愛い可愛い×5するだけの話(+短編集)   作:銀推し

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おまけの話 JS銀子のその後⑦

 

 

 

 

「……駄目じゃないですか? それは」

 

 駄目。そう言ってきた八一の顔は。

 私がお付き合いするしないで揺さぶられた八一の顔には、その眉間には皺が寄っていた。

 

「駄目?」

「えぇ。相手が誰だかは知らないけど、付き合うなんて駄目だと思いますけどね、俺は」

「駄目って、なんでよ」

「なんでって……」

 

 私が尋ねると、八一はこちらを小馬鹿にするかのように軽く首を振って。

 

「そもそもね、俺達は奨励会員でしょう」

「む」

「奨励会員って事は修行中の身でしょう? 姉弟子は将棋の修行をしている最中ですよね?」

「それは……」

「だったら修行中の身で恋愛なんかにうつつを抜かしている暇なんて無いっつーか、そんな事をしていちゃあ駄目だと思いますけどね」

「……むぅ」

 

 それは……そうかもしれない。八一の意見には確かに一理ある。

 基本的に奨励会員に恋愛事はご法度だ。勿論そうじゃない人だって居る、奨励会員であっても恋人を作ったり恋愛をしたりしている人だって中には居るだろうけど、それでもあまり推奨されるような事ではない。

 八一の言う通り、私達はまだ修行中の身だ。将棋の道を志して師匠に弟子入りした……という訳では無かったけど、とにかく奨励会員であるならプロになるまでは恋愛なんて二の次にして将棋に打ち込むべし、との意見には大いに頷ける。

 

「……けれど」

「ん?」

 

 けれど……なんか、なんか。

 なんか、難癖というか、いちゃもんの付け方にムカついてしまうのは私だけだろうか。

 そりゃ正しいんだろうけど。正しいんだろうけどさぁ。正しいからこそ……なんかムカつく。

 こう言えば私が折れざるを得ないだろうという八一なりの打算が見える。そこがムカつく。

 

 だってさぁ、『駄目』ってなに? なんなの?

 駄目、じゃなくてほんとは『嫌』なんでしょ? 嫌だからそういう事を言うんでしょ?

 だったら「姉弟子が誰かと付き合うなんて嫌です」ってちゃんと言ってくれればいいのに。

 そうは言わないところがムカつく。正論を建前にして本音を隠すところがムカつく。

 

 大体ね。「奨励会員に恋愛はご法度でしょう」なんて言っちゃダメだから。

 そんなセリフをJC銀子の前で言おうものなら絶対ぶん殴られるからね? 分かってんの?

 あのJCはまだ奨励会員だってのに八一と何度もキスをしちゃってた。あんな姿を見せられた後に奨励会員に恋愛はご法度なんて言えたものか。

 

「……別に、そんな事ない」

「いやいや、あるでしょ」

「奨励会員でも恋人が居る人だって居るはずよ。それでプロになった人だってきっと居る。その人の事も間違ってるって言いたいわけ?」

「そういうつもりじゃないですけど……」

 

 ですけど、なんだ。文句があるならハッキリと言いなさいよね、バカ八一。

 ……って、私の頭の中でJC銀子が怖い顔をして怒っている。そんなイメージが見える。

 一方でその隣に居るJK銀子はしれっとした顔をしているのが気になる。この様子だと案外JK銀子は奨励会員の間は恋愛を我慢したのかも……詳しくは聞いてないから分からないけど。

 

「……でも」

「でも、なによ」

「でも、姉弟子はまだ小学生じゃないですか」

「だから?」

「さすがに早すぎますって。小学生の頃から恋愛にうつつを抜かして将棋を疎かにするなんて、そんなの絶対駄目だと思いますけどね」

「……っ!」

 

 ……こ、こいつ……!

 駄目だ。今の言葉にはムカついてしまった、カチンと来てしまった。

 なんなの? それって私への当て擦りなの? そうとしか聞こえないんだけど?

 小学生の頃からどっかのバカに恋をしているこの私が大バカだって言いたいわけ?

 

「……将棋を疎かにはしてない」

「なりますって、絶対。恋愛なんかに意識を削がれていたら自ずとそうなっちゃいますよ」

 

 ……悪かったわね。小学生の時から思いっきり恋愛に意識を削がれちゃってて。

 ほんとに……ほんとにこいつは私の地雷を踏み抜くのが得意なようだ。マジでムカつく。

 私の頭の中に居るJK銀子達もキレそうな顔になってる。そんなイメージが見えてしまう。

 

「きっと師匠だって反対すると思いますよ。クラスの男子によそ見している暇なんてあるのかって、姉弟子の将棋への気持ちはそんなものなのかって言われると思いますけどね」

「~~っっ!」

 

 ……む、む、ムカつくぅ~~!

 師匠だとか将棋への気持ちだとか、なんでこいつはそういう事しか言えないわけ!?

 自分が嫌だから止めて欲しいって、そう言えばいいのに!!

 

 あぁムカつく。果てしなくムカつく。

 私の頭の中に居るJK達もムカついたのか、隣に居た18歳の八一をタコ殴りにしている。

 そんなシーンが頭に浮かんだ。それぐらい今の私はムカついてる。

 

「……決めた」

「え?」

 

 あまりにムカついたから、私は決めた。

 

「もう決めた。付き合う」

「なっ!?」

 

 もう決めた! こんなバカは放っといて付き合ってやる! 

 相手が誰かは知らないけど、空想上のクラスメイトの男子と付き合ってやるんだからっ!

 

「ちょっと姉弟子!! そんなっ、急にどうしたんですか!?」

「うるさい。もう決めたから」

「な、なんで……てかなにをそんなムキになってるんですか!?」

「ムキになんてなってないっ!」

 

 そうだ、決してムキになってるわけじゃない。

 私は至って冷静だ。だってこんなムカつくニブちんのどバカ、こっちから願い下げだっ!

 私の頭の中に居る銀子達が「ヤケになるんじゃないの!」と叫んでいるけど……知らないっ!

 

「あんたのおかげで決心が付いた。あんがと」

「っ、姉弟子、考え直して下さいって!」

「やだ。もう決めた」

「姉弟子!!」

「私が誰と付き合おうが私の勝手でしょ? あんたには関係無い」

「そ、れは……!」

 

 言われて、八一の表情が悔しげに歪む。

 

「そうでしょ? あんたは弟弟子なんだから」

「……っ」

 

 そうだ。こいつはただの弟弟子、こいつにとっての私はただの姉弟子だ。

 私達の関係なんて所詮はそれだけなんだ。だからこいつは私の事を姉弟子と呼んでいるんだ。

 

「……けどっ! 大体さっきも言ってたけどよく知らない相手なんだよね!? そんなヤツと付き合うなんて絶対に間違ってるって!」

「それでもいい。一応はクラスメイトだし、何事も経験だって言うし、付き合ってみないと分からない事だってあるかもだし」

「なっ……! そ、そんなんでいいの!?」

「いいのよそんなんで」

 

 そうだ。もうどうだっていい。どうせ作り話、そんな相手なんてどこにも実在してないし。

 それより今日はもう八一の顔を見たくない。ムカついちゃってまともに話せる気がしないから。

 

「疲れたから休む。対局はあんたの勝ちでいいわ」

 

 言いながら私は席を立つ。

 この対局は──この勝負は私の負けだ。

 用意していたとっておきの劇薬は毒性が強すぎて私の方が飲まれてしまった。

 

 あぁ……もう一度あの夢が見たいな。このまま眠ったらまたあの夢が見られないかな。

 もう一度あの八一に、18歳の八一に会いたい。それで抱きしめて欲しい。頭を撫でて欲しい。

 ここに居る超分からず屋で意地悪なバカ八一じゃなくて、あの優しく成長した八一に──

 

 とか思ってたら左手をバシッと掴まれて、

 

「──だっ」

 

 うん?

 

「だ、だったら俺でもいいじゃんっ!」

「──え?」

 

 ……あれ? 

 なんか、聞こえたぞ?

 

「……え。なにが?」

「…………え? あ、いや、俺、あの……」

 

 八一の表情が、引き攣ったままの顔で固まってる。

 立ち去ろうとする私の手を慌てて掴み取って、脊髄反射の如く口走ってしまったような。

 それで自分が言った発言に自分自身でビックリしている。今の八一は表情をしていて。

 

「……いや、あの」

「なに」

「だから……ね?」

「うん」

「……その、ほら、よく知らない相手でいいなら、それってもう誰でもOKって事ですよね?」

「まぁ、そうかもだけど」

「だったら……ね? それなら例えば、俺とかでもいいのでは……と、思ったり?」

「……ふぇ?」

 

 誰でもOKなら? 八一でもいい?

 いやそりゃいいけど。別に構わないけど。

 ていうかそれがいいっていうかそれこそが最高なんだけど…………ふぇ?

 

 ……ふ、ふえええええ!?

 な、ななななにそれ!? なんか、なんか急に八一がデレ始めたんですけど!?

 なんなの!? なんの奇跡なのこれは!?

 

「……え。付き合うって話だよね?」

「……まぁ」

「……え、え、や……やいち、と?」

「……ま、ほら、一例、として? みたいな?」

 

 答える八一は見るからにテンパった表情をしている。ついでに言うと顔全体が赤い。

 自分でも何を言っているのか、なぜそんな事を口走っているのか理解していないような顔。

 ……案外、劇薬はこいつにもちゃんと効いていたのか。

 

「な、なにそれ。あんた……わ、わたしと、わたちと……」

「いやあのっ、なんか姉弟子の言い分を聞いているとですね! なんか相手は誰でもよくて、単にお付き合いを経験してみたいって言っているようにも聞こえましてですね!?」

「それ、は……そう、かも?」

 

 私、そんな事言ったっけ? 

 ……言ったかな、言ったのかも。正直途中から勢いで喋っていたのであんまり覚えてない。

 そもそもそんな相手は居ないし、そんなつもりだって無いし。これは単なる作り話、口から出まかせだったんだけど……まさかそれが功を奏したのか。

 

「で、でしょ!? でもそういうのは良くないっていうか、ほら、そんな軽い気持ちでお付き合いを受ける相手の男の子だって可哀想でしょ!?」

「それは、まぁ……」

「だったらそこはほら、後々面倒な事にならない為にも、事情を理解している俺とかで手を打っておくのも……一案ではないかと思いまして……」

「……ふむ」

 

 ええと……私が誰でも良さそうに見えたから?

 だったら自分でもいいんじゃない? その方が他人に迷惑が掛からないから? 的な?

 

 ……まぁ、理屈は分かる……ような?

 いやでもこれって、すっごく面倒くさい感じに言ってるけど要はこれって──

 

「……ねぇ。それって告白?」

「いやあの告白っていうか……そういう選択肢もあるかなーって思っただけで……」

「………………」

 

 ……なぜそこで言葉を濁す。ばか八一め。

 あともう一歩なのに。今のセリフを告白だって認めればそれで終わる話なのに。

 私のトキメキを返して欲しい。あぁ、私の頭の中の銀子達もガッカリしちゃってる。

 

 ……が、しかしだ。

 とはいえ、これは……。

 

「だってほら、姉弟子。よく知らない相手と付き合うって不安な事もあると思うんですよ」

「……まぁ、そうかもね」

「でしょ? だったら……ねぇ? それならよく知っている相手の方が……良いですよね?」

「……でも、私をよく知ってるそいつは……時折私の事をめちゃくちゃ苛つかせてくるんだけど」

「そ、れは……」

 

 一瞬、八一は言い淀んだ様子を見せて、

 

「……い、いやでも、でもほら、それもさっき言ってたみたいにさ、付き合ってみないと分からない事だってあるかもしれないですし?」

「ま、まぁ……」

「だったらねぇ!? それを知ってみるのだって一つの選択肢と言えなくもないですし!?」

 

 な、なんかスゴいぐいぐいと来る。ここに来て八一の押しがスゴい。

 でも、そのくせ告白とは認めようとしない。八一は自分の気持ちを明かそうとはしない。

 なんだろう。もしかしてこいつの中には私を好きだと言えないルールでもあるのだろうか。

 

「ど、どうです?」

「どうって……な、なにが」

「だから……誰かとお付き合いする前に、身近な相手で試してみるってのは」

「……え、えっと」

 

 ど、どど、どうしよう。

 正直なんでこんな展開になっているのか、話の流れがもうよく分かんないんだけど。

 

 でも、これは願ってもない話だ。

 ここで頷くだけで私の本願が叶う……って、そう思っちゃってるのは確かなんだけど。

 

 でも一方で、ここまで来たなら八一からちゃんと告白されたい、という思いもある。

 こんな回りクドい言い方じゃなくて、ビシッと直球でカッコよく来て欲しい。

 それこそあの18歳の八一みたいに……と、そう思ってしまうのもまた事実で。

 

「どうします? 俺は……あの、別に、ぶっちゃけどっちでもいいっすけど」

「……む」

 

 ──俺はぁ、正直興味無いけどぉ。でも姉弟子がどうしてもって言うならぁ、まぁ?

 みたいな顔をする八一。あくまで自分には気のないフリをしている。この期に及んでも。

 

「……む、む、む……」

 

 どうする。ここで意地を張らずに私が折れるか。

 それとも意地っ張りな八一が折れるまで粘るか。

 最後の一手は……私の選択に委ねられた。

 

「むむ、むむむぅ……!」

「…………っ」

 

 目の前にいる八一と。

 私の頭の中に居るJK銀子達と、そして18歳の八一が固唾を飲んで見守る中。

 

 ここで私が出した答えは──

 

 

「……分かった」

「あ……」

「じゃあ、八一でいい」

 

 私は……折れる事にした。

 勝ちは拾った。けれども私の攻め手で八一を詰ませる事は出来なかった。

 試合には勝って勝負には負けたような形だけど、でも……うん、これでいいの。

 

「え、あ……良いんです……か?」

「……うん。いいけど」

「……マジで?」

「……まじで」

 

 そう、マジだ。だって私は姉弟子だから。

 こいつはこういうヤツなんだ。八一がバカで頑固で意地っ張りなのは最初から分かっていた。

 だから……だから、ここは姉弟子の私が仕方なく折れてあげるのだ、仕方なく。

 

 っていうかね、なんか分かっちゃった。多分だけどこれはまだ無理なんだね。

 こいつが自分の気持ちを自覚するには、それでビシッとカッコよく告白してくれるには、まだまだ成長が足りないって事なんだろう。

 13歳のダメダメ八一が優しい八一になるまでにはそれなりの年月が必要なんだね、きっと。

 

「あんたの言う通り、よく知らないクラスメイトより身近なバカの方が扱い安いのは確かだし。この際そっちでも構わないっていうか」

「だから……つ、付き合う?」

「……まぁ、ものの試しに?」

 

 あぅ、うぅ……だめだ。恥ずかしくて八一の目を見られない。

 視線を真横に向けながら私が答えると、八一がごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。

 

 こうして私は八一と付き合う事になった。

 なんでこんな流れになったのか、さっぱり分からないけどいつの間にかそんな事になってた。

 私の頭の中に居るJKとJC銀子が「まさか小学生の内に付き合うなんて……」「これって最速記録じゃない?」とか呟いてる。

 私としてもこの結果には正直びっくりなんだけど……ま、決して悪くはないから良しとする。

 

「じゃあ八一、そういう事だから」

「そ、そういう事って?」

「だから……そういう関係になったんでしょ?」

「あ……はい」

 

 まぁ、相変わらず八一はこんな調子だし?

 私達が付き合うっていっても、あんまりそれっぽい関係にはならないかもだけど。

 もしかしたら子供のお遊びの延長線上なのかもしれないけど……でもほら、それでも既成事実は大事だからね。電光石火、先手必勝、早い者勝ち、勝てば官軍だ。

 

「……つ、つまり」

「ん?」

「こっ、恋人って……こと、ですよね?」

「……ん」

 

 高く上擦った声。それに頷きを返して、見つめ合う八一と私。

 八一の顔は赤い。そして私も顔がとってもあつい。きっと似たような顔になってる。

 なんか……なんか、とっても恥ずかしい。

 

 考えてみると……私も八一に「好き」とは言ってない。ちゃんと告白はしていないわけで。

 これは八一の事をどうこう言える立場では無いのでは……と思いはすれど、でもいいのだ。

 だって私は姉弟子だから。告白するのは弟弟子の役目なのである。そうでしょ?

 

 だからいつか、いつの日か八一にちゃんと告白して貰おう。

 あの八一みたいに、優しくカッコよく成長した時に改めてその言葉を聞きたいな。

 少なくともプロ棋士になるまではお預けになると思う。私達はまだ修行中の身なのだから。

 

「八一」

「なに?」

「浮気したらぶちころすから」

「はっ、はい!」

「あそうだ、それも直してよね。その敬語と、姉弟子っていう呼び方」

 

 女王のタイトル獲得後、突然八一が他人行儀な態度を取るようになった事。

 元はと言えばこれが原因だった。私はこれを止めて欲しくて、色々と試行錯誤した結果、どうしてか八一と付き合う事になった訳だけど……それでも本題を忘れてはいけない。

 

「もうそういう関係になったんだから、敬語を使ったり姉弟子って呼ぶ必要は無いでしょ?」

「それは……そうですけど。でも、これは……」

「……分かってる」

「え?」

「分かってるから。あんたの言いたい事は……」

 

 タイトルを取って以降、ここ一ヶ月の間で私は将棋関係のお仕事を沢山経験した。

 公の場に出る機会が増えた事で、八一の言いたい事も理解出来るようになった。そろそろ棋士としてある程度分別を持たなければならない、と八一はそう言いたいのだろう。

 同門の先輩とは目上の相手だ。目上の相手であれば敬語を使う。そういったルールは守らなければ棋界の品格が落ちてしまう。

 だから八一は私を「姉弟子」と呼ぶ。いつまでも「銀子ちゃん」と呼ぶ訳にはいかないのだ。

 

「でも……だったらせめて二人きりの時は元通りにして。それなら良いでしょ?」

「二人っきりの時か……うん、それなら」

「よし。約束だからね」

 

 人前では敬語を使うけど二人の時は普通に話す。妥協案としてはこれがベストだろう。

 大体ね、18歳の八一は私の事を「JS銀子ちゃん」って思いっきり呼んでたからね。あれだって本当なら「JS姉弟子」とかって呼ばなければいけないはずで。

 成長した八一が私の事を銀子ちゃんって呼んでいる以上、棋界の品格どうこうはプライベートな時まで杓子定規に考える必要は無いはずだ。

 

「じゃあ八一、前みたいに呼んでみて」

「……うん。その……銀子ちゃん」

 

 ……その言葉を耳にした瞬間、ふっと身体が軽くなったような気がした。

 あぁ、やっとだ。やっと八一から元の呼び名で、「銀子ちゃん」って呼んで貰えた。

 

「……八一。一発叩いていい?」

「えっ」

「それぐらいの権利はあると思うんだけど」

「……え、ええっと……」

「……ふん、まぁいいわ。せっかくの付き合いたてだし今日はサービスしてあげる」

 

 たったこれだけの事なのに。これだけの事なのに一ヶ月以上も費やしてしまった。

 ほんとおバカな八一に散々に振り回された一ヶ月間だった。あー疲れた。

 

「……あ、そうだ」

 

 とそこで唐突に八一が顔を上げて。

 すぐに立ち上がると自分の机の引き出しの中から何かを取り出した。

 

「あの……これ」

「これは?」

 

 差し出されたのは……ポケットに入るぐらいの小さな紙袋。

 

「これ、銀子ちゃんにプレゼント」

「プレゼント?」

「うん。本当は女王のタイトルを獲得した記念に渡そうと思ってたんだけど……ほら、その、タイミングを逃しちゃって、それで……」

「そうなんだ……開けていい?」

「うん」

 

 八一が頷くのを見て、私はその紙袋を開く。

 

「……あ。これ……」

 

 その中にあったのは……銀色に光る雪の結晶の形のブローチ。

 JC銀子の頭にも、JK銀子の頭にもあったもの。私の頭にはまだ無かったもの。

 

「その、大したものじゃないんだけどさ、でも銀子ちゃんに似合うかなって思って、それで……」

「……うん」

 

 そっか。JCとJKが揃って身に付けていたこれは……私が女王を獲得したご褒美だったんだね。

 ……嬉しい。八一が選んでくれたブローチ。他のどんなプレゼントよりも嬉しい。

 

「八一。これ、私に付けて」

「えっ、俺が?」

「うん。八一に付けて欲しい」

「……分かった。どこに付ければいい?」

「カチューシャの上に付けて。髪飾りみたいになるように」

 

 JK達お手本通りの位置にお願いすると、八一の手が私の頭に伸びてくる。

 壊れ物に触れるかのような優しい手付きで、カチューシャの上に雪の結晶が重なった。

 

「はい、出来たよ」

「ん」

 

 こうして小さな銀の華が私の頭にも咲いた。

 これでJK達とお揃いだ。ようやくあいつらに一歩近付いたような気がする。

 

 振り返ってみると、今回の一件はJK銀子達の協力無しでは解決出来なかった。

 ちょっとムカつく所は多々あるものの、さすがは成長した私だけあってJK達は頼りになる。

 私も早く高校生になって、八一相手にあれぐらいビシバシと言えるようになりたいものだ。

 

「ねぇ八一、どう? 似合ってる?」

「うん。似合ってるよ」

「………………」

「あれ? 銀子ちゃん?」

「……それだけ?」

「えっ、と……あの、うん、似合ってる、よ?」

「……むぅ」

 

 ……そして、こいつも。

 この八一はまだダメダメ八一だからね。一刻も早く成長してくれる事を願うばかりだ。

 具体的に言うとここで「可愛いよ」って言ってくれるぐらいには成長して欲しい。それぐらいは要求したってバチは当たらないはずだ。

 

「ま、安心しなさい。この私がちゃんと教育してあげるから」

「え、教育ってなんの話?」

「あんたが真人間になる為に必要な事よ。じゃないとあんたは一人で勝手に訳分かんない方向に進み始めちゃうからね。突然に私を姉弟子って呼び始めたみたいに」

「うぅ……ご、ごめんね?」

 

 そう、私は姉弟子。

 おバカな弟弟子を決して見放さず、根気よく手を焼いてあげるのも姉弟子の役目なのである。

 

 その時ふと……私の頭の中にいるあいつらが。

 仲直りした私達を見て、JK達と18歳の八一が目を細めた。そんなシーンが頭に浮かんだ。

 

 

 





※今回の話にはアンケートがあります。
 特に原作14巻を読んだ人に聞きたいのですが、読みたいと思うのは、

(たとえちょっと暗めな話になったとしても)14巻の内容を踏まえた上での話が読みたい。
(14巻の内容からは目を逸したとしても)明るい楽しい感じの話が読みたい。

 この二つの内であればどちらの話が読みたいか。
 只今絶賛悩み中の作者を助ける意味合いも込めて、宜しければ解答してみて下さい。

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