銀子ちゃんを可愛い可愛い×5するだけの話(+短編集)   作:銀推し

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おまけの話 幼女銀子のその後

 

 

 

「……むにゃ」

 

 と、可愛い寝ぼけ声。

 

「……んにゅ?」

 

 ゆっくりとまぶたを開いて、小さなおててでおめめをこしこし。

 どうやら目を覚ましたようですね。その子はむくりと身体を起こします。

 

「……ふあぁ」

 

 小さなお口を大きく開いてあくびをしたこの子の名前は空銀子ちゃん。

 4歳の幼女、将棋が大好きなとてもかわいい幼女です。

 

「ん……」

 

 さっきまですやすやと眠っていた銀子ちゃんの頭の中に残る光景、それは。

 お昼寝から目覚めて早々ぽつりと一言呟きます。

 

「……むぅ。またあのゆめか」

 

 あの夢。それはとても不思議な夢。他の夢とは一味も二味も違うおかしな夢。

 銀子ちゃんはここ最近、そんな不思議な夢を見る事が多々あります。

 

 そこには成長した自分自身である『じぇーえす』がいます。こいつは小学生です。

 そしてじぇーえすよりも成長した『じぇーしー』もいます。こいつは中学生です。

 更にはじぇーしーよりも成長した『じぇーけー』だっていたりします。こいつは高校生です。

 

 そこにはどうしてか銀子ちゃんが沢山いて……そして更にもう一人。

 それは今も。銀子ちゃんの隣で仲良く一緒にお昼寝をしていた男の子。

 

「ん……あ、銀子ちゃん、おはよ」

「やいち」

 

 この子の名前は九頭竜八一くん。

 銀子ちゃんと同じように将棋が大好きな6歳の少年です。

 ついでに言うと銀子ちゃんの弟弟子です。つまりは格下です。下っぱです。家来なのです。

 

 そして先程の不思議な夢の中には、今よりも大きく成長した八一くんもいたりします。

 自分を含む四人の銀子ちゃん達と八一くんが出てくる夢。妙に現実感のある不思議な夢です。

 

 ちょっと手狭なワンルームマンションの一部屋でみんなと一緒に生活をして。

 将棋を指したり、将棋を指したり、他にも将棋を指したりと色々な事をして。

 

 そして次に見た夢の中では、じぇーしーと17歳の八一くんのイチャつきを見せられたりして。

 そしてつい先日は、じぇーえすと12歳の八一くんの仲違いを解決したりもしました。

 

「まったく、あいつらはほんとに手間がかかる」

「銀子ちゃん、あいつらってだれのこと?」

「じぇーしーとじぇーえす。あいつらはわたしがついていないとダメダメでこまる」

 

 年上の銀子達はどうにもダメダメなようです。銀子ちゃんはやれやれと首を振ります。

 一方で事情を知らない八一くんは「だれそれ?」と首を傾げます。

 

 ともあれ。銀子ちゃんは最近そんな夢を見るようになりました。

 勿論それは夢です。現実にじぇーけーやじぇーしー達がいるわけではありません。

 そんな事は銀子ちゃんだって分かっています。あれはただの夢でしかありません……が。

 

「……ううむ」

「どうしたの、銀子ちゃん?」

「……じぃ」

「ぎ、銀子ちゃん?」

「じぃ~~……」

 

 じぃーっと見つめる銀子ちゃん。

 その瞳の先にいるのは……まだまだ幼い顔付きをしている六歳の八一くん。

 

 あれはただの夢でしかありません。ですがあの夢を見た事による影響は別です。

 特に4歳の銀子ちゃんにとって、体感で一ヶ月以上にも及んだ夢の日々は濃密なものでした。

 そのせいあってかあの夢を見て以降、銀子ちゃんにはちょっとした変化がありました。

 

 

「………………」

「……あの」

 

 その一つがこれです。

 

「………………」

「……ねぇ」

「………………」

「ねぇねぇ、銀子ちゃん」

 

 困惑顔な八一くん。身動きが取れずに窮屈そうにしています。

 

「なに?」

「ちょっとさ……近くない?」

 

 近くない? と尋ねる八一くんのすぐ隣には銀子ちゃんが居ます。

 いいえ、これはもはやすぐ隣なんていうレベルの距離ではありません。

 言わば息の掛かるような距離です。互いに接触面積だらけです。空間的隔たりはほぼゼロです。

 

「銀子ちゃん」

「ん?」

「どうしたの? 寒いの?」

「ううん。そんなことないけど」

 

 銀子ちゃんは八一くんにくっついていました。

 両手を腰に回してピタリと密着していました。ぎゅーっと抱きついていました。

 

「これ、ちょっと動きにくいんだけど」

「そう」

「うん」

「………………」

「…………え?」

「ん?」

「いや、ん? じゃなくて……ほら、これ動きにくいからさ……」

 

「離れないの?」と言外に尋ねる八一くん。

 銀子ちゃんは「離れないけど。文句あんのか?」とアイコンタクトで返事をします。

 

「いや、あの、ほら、ちょっと近いし……」

 

 そのアイコンタクトの距離がまた近過ぎて、恥ずかしくなった八一くんは顔を背けます。

 

「そう」

 

 それでも銀子ちゃんは知ったこっちゃないとばかりに密着するのを止めません。

 

「やいち。たいきょくする」

「えっ、対局って、このまま?」

「うん」

 

 こくりと頷く銀子ちゃん。

 これが変化の一つ。ここ最近の銀子ちゃんは八一くんにべったりなのです。

 将棋の時も。ごはんの時も。なにをする時もずっと、八一くんにくっついたままなのです。

 

「おぉ八一。いつの間にやら随分と銀子に懐かれたみたいやなぁ」

「う、うん……なんかよく分からないんだけど銀子ちゃんがさ……」

「なんや銀子、八一の事が気に入ったんか」

「べつに」

 

 自分達に対しては野良猫のように懐かない銀子ちゃんが八一くん相手にはべったり。

 その姿に二人の師匠である清滝鋼介も目を丸くしますが、銀子ちゃんは一向に素知らぬ顔です。

 

 これはあの不思議な夢を見て、その中で大きくなった八一くんと出会った事による影響です。

 成長した18歳の八一くんは一番小さい銀子ちゃんの事が大好きなようで、あの夢の中で暇さえあればスキンシップを図ってきました。

 何度もぎゅーってされたり、高い高いされたり、一緒にお昼寝をしたりと沢山触れ合いました。

 そうしたスキンシップを銀子ちゃんも最初こそは面倒くさそうにしていたのですが……しかし。

 

「……いい」

「いい? なにが?」

「これ」

「これ?」

 

 しかし。次第に銀子ちゃんの方もハマってしまいました。

 夢の中で八一くんの温もりを知って以降、どうやら病みつきになってしまったようです。

 

「……銀子ちゃん。ちょっと立ちたいんだけど」

「ん」

 

 八一くんが立ち上がろうとすれば、密着している銀子ちゃんも一緒に立ち上がります。

 

「……銀子ちゃん。これ歩きにくくない?」

「べつに」

「そ、そっか……」

「しかしなぁ銀子、さすがに外では普通に歩いた方が……転んでも知らんぞ?」

「だいじょうぶ。手を繋ぐよりもあんぜんだし」

「そ、そうか……」

 

 何処に行くにも当然くっついたままです。

 八一くんに何を言われても、師匠に何を言われてもそのスタンスを変える気はありません。

 

「……銀子ちゃん、ちょっとトイレ……」

「ん」

「いやあのね、『ん』じゃなくてさ……」

 

 何処に行くにも当然一緒です……が。

 しかしトイレにまで付いてこられるとさすがの八一くんも困ってしまいます。

 

「ねぇ銀子ちゃん」

「ん?」

「これ、まだ続けるの?」

 

 八一くんが尋ねると、相変わらずの超至近距離で銀子ちゃんは「うん」と頷きます。

 

「でもさ、さすがに──」

「だいじょうぶ」

「え?」

「飽きたらやめるから」

「……そっか。それなら、まぁ……いっか」

 

 飽きたら止めるとの事だし、それならもう少しだけ付き合ってあげようか。

 気まぐれな銀子ちゃんの事だ、どうせすぐに飽きるだろうし……と考えた八一くんはそれ以上何かを言うのを止めました……が。

 

 しかして飽きる日など訪れるのでしょうか。

 あの夢の中にいた銀子ちゃんズを見る限り、少なくとも銀子ちゃんがじぇーけーと呼ばれる年齢になるまでは、八一くんの温もりに飽きる日などは訪れないでしょう。

 となると八一くんはとても早まった選択してしまったかもしれませんが……それはまた別の話。

 

 

 とこのように、銀子ちゃんが八一くんの温もりにドハマりしたのはあの夢の影響です。

 その結果、四六時中くっついてくる抱き付きたがりな銀子ちゃんが出来上がりました。

 4歳の時点でこれでは将来どうなってしまうでしょうか。将来の八一くんの気苦労が偲ばれます。

 

 

 

 そしてまたある日の事。

 銀子ちゃんは突然こんな事を言ってきました。

 

「やいち」

「なに?」

「きすする?」

「ぶっ!」

 

 思わず八一くんは吹き出してしまいました。

 それぐらい聞こえてきた言葉が衝撃的でした。ビックリ仰天でした。

 

「き、き、ききっ、きしゅ!?」

「うん。きす」

「き、きすって、そんな、そんなそんなそんな、そんな……!」

 

 銀子ちゃんと──きす。

 そんな事を考えて一瞬で顔が真っ赤になった八一くんの一方、

 

「する?」

 

 銀子ちゃんはこてりと首を傾げます。

 

 これもあの夢を見た影響です。きっかけになったのはじぇーしーの夢。

 じぇーしーが17歳の八一くんとキスをするかしないかで悩む姿を見て以降、銀子ちゃんもキスというものに興味が湧いてきたようです。

 銀子ちゃんはキスが気になるお年頃なのです。とってもおませさんなのです。

 

「え、でも、き、き、きすって、でもぼく、ぼくまだそんな、あの……」

「しないの?」

「え、ええ、えぇぇえ……!」

 

 しないの? と尋ねる銀子ちゃんの瞳はまさに無垢そのもの。一切の穢れがありません。

 この銀子ちゃんはまだ自らの気持ちというものを自覚していません。キスの意味も、そもそも誰かを好きになるという事すらよく分かっていません。

 だからこんな事も言えてしまいます。そういう意味では無敵の銀子ちゃんなのです。

 

「でっ、でも、ぼくたちまだ子供だし、キスなんてしちゃいけない年齢だし……!」

「そうなの?」

「えっ、あ、いやでも、でもべつにそんな事はないのかな!? うん、そんな事はないかも!」

「そうなの?」

「う、うん! だからあの、あの、つまり銀子ちゃんがしたいっていうなら、その──!」

 

 ──し、しようか!?

 と、八一くんが答えるよりも一瞬早く、

 

「やっぱいいや」

 

 銀子ちゃんはスッとそっぽを向きました。

 

「えぇっ!?」

「ん?」

「……い、いいの?」

「うん。いい、やめた」

「あ…………そう……」

 

 あっさり興味を失った銀子ちゃんをよそに、八一くんは呆然とした表情で呟きます。

 

「……銀子ちゃん、ほんとにいいの?」

「うん」

「……ほんとにほんと?」

「うん。いい」

 

 銀子ちゃんの気持ちとしては「ちょっと気になるからしてみようかな」程度のものです。

 けれども八一くんがあんまり乗り気じゃないみたいなので止めたようです。銀子ちゃんは相手の気持ちを理解出来るお利口さんなのです。

 

「………………」

「やいち。たいきょくする」

「……あ、うん……」

 

 一方で……キスを逃した八一くんは。

 攻めると見せかけて引く。銀子ちゃんの無垢が故の天然小悪魔ムーブに翻弄された八一くんの表情には生気がありません。その頭の中では様々な感情がぐるぐると渦巻いています。

 

 先程「きすする?」と尋ねられた時、あれは千載一遇かつ絶好のチャンスだったのでは?

 あの時即座に「する!」と答えていれば銀子ちゃんとキスする事が出来たのでは? 

 そうしたら今頃自分は銀子ちゃんとのファーストキスを体験出来ていたのでは?

 

 そう思ってももはや後の祭りです。

 バカ! バカバカ! あぁもうなんですぐにキスするって答えなかったんだぼくのバカぁ!!

 ……と自らの判断の遅さを海よりも深く後悔をした挙げ句、八一くんはこの一件を長らく引きずる事になりますが……それもまた別の話。

 

 

 とにかくこのように、あの不思議な夢を見た事で銀子ちゃんには様々な変化がありました。

 抱き付くのが好きになったり。キスに興味を持ってみたり。まだ幼い銀子ちゃんはその分色々と影響を受けやすいようです。

 

 そして……そんな日々が続いた結果。

 

「……ねぇ、ねぇ、銀子ちゃん」

「なに?」

「ぼく、分かっちゃったよ」

「?」

 

 ある日、遂に八一くんは気付いてしまいました。

 だってだって、ここ最近の銀子ちゃんの様子はあまりにも露骨でした。

 自分のところにべったりとくっついてきたり、突然「キスする?」とか尋ねてきたり。

 

「これは……そういう事だよね」

「そういうことって?」

「……へへっ」

 

 八一くんの口元にはにんまりとした笑みが浮かんでいます。

 これ程あからさまな態度を続けられたらさすがの八一くんだって気付くのです。

 今もくっついてくる銀子ちゃん。その気持ちは、これはつまり……つまり。

 

 ──銀子ちゃんは、ぼくの事が好きなんだ!

 18歳の自分に先行する事12年、6歳の八一くんは早々その答えに辿り着きました。

 

 

 

 


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