銀子ちゃんを可愛い可愛い×5するだけの話(+短編集)   作:銀推し

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 ※これは本編とは関係の無い短編ネタとなります。
 りゅうおうのおしごと!18巻発売記念短編です。17巻以降の時間軸の話になりますが、普通に銀子がいて普通に八一と会話してたりします。そうなるまでに色々あったんだろうと各自脳内で補完しながらお読み下さい。



短編 可愛い頃の空銀子

 

 

 

 

「ねぇねぇ銀子ちゃん見て見てこれ! ほらこれ、俺達の昔のアルバムだよ!」

 

 とか、八一が言ってきたのが先程の事で。

 

「いやー、この前ちょっとした用事で師匠の家にお邪魔してさー。この家にも久しぶりに来たなー懐かしいなーとか思っていたら偶々これが目に入っちゃって、そしたらなんだか無性に過去を懐かしみたくなっちゃったもんで借りてきたんだよね」

 

 とか言いながら、師匠の家から借りてきたらしい分厚いアルバムを開いたのがついさっきの事。

 

「おぉ、綺麗に整理されているね……こういうとこマメだなぁ。てかこの頃の師匠と桂香さん、若いなー。これって何年前ぐらいの写真だろ」

 

 とか言いながら、最初の方のページをパラパラとめくり進めて。

 そして、真ん中辺りのページに差し掛かった頃。

 

「か……カワイイッ!!」

 

 そこにいた銀髪幼女を目にして、悶絶し始めたのが今しがたの事である。

 

 

 

 

 アルバム。アルバムとは、写真などを整理して保存する為の冊子。

 そこに収められているのは過去に撮られた写真、九頭竜八一と空銀子の過去の姿。

 

「かわいい! かわいい!!」

「………………」

 

 それは真剣な顔で将棋を指している最中の姿だったり、ぐっすりお昼寝中な姿だったり。

 そういった日常の光景を切り取ったものから、入学や卒業など節目を切り取った記念写真まで、そこには沢山の写真が収められている。

 

「ねぇ見てよこれ! かわいい!! ここに超可愛い子がいるんだけど!!」

「……そうね」

 

 で、その中に写る一人の幼女を指差しながら可愛い可愛いとはしゃぐ八一。

 

「可愛い可愛い!! かーわーいーいー!!」

 

 ……可愛い可愛いと大はしゃぎな八一。

 その顔を見れば明らかだけど、専らその視線は幼い頃の自分自身などではなくその隣に写る銀髪幼女だけに向いていて。

 要するにこいつの目的とは。過去を振り返って懐かしむ事なんかではなくて、幼い頃の空銀子(この私であり八一の恋人)の姿を見て悦に浸りたいというしょうもないものだ。

 

「可愛いなー! 可愛いなー!」

 

 ま、こいつはロリコンだからね。この病気だけは完治しないのでどうしようもない。

 むしろその欲望の矛先を空銀子の子供の頃に向けたのはまだ僥倖だったと言える。これが他所様の子供達なんかに向いていたら大変というかもうそれ事件だからね、八一の裏にあって隠し切れない暗黒面を受け止めてあげるのも恋人である私の役目なのだ。

 

「ねぇ見て見て! この銀色の髪の子マジで超かわいいんだけど!」

「そうね」

「ちっちゃい! 銀子ちゃんちっちゃいよ! かわいいね!」

「そうねぇ」

 

 可愛い、とな。そう何度も何度も褒められたとて、子供の頃の話じゃあねぇ。

 所詮過去は過去、今を生きるこの私にとっては大して響くものが無い言葉だ。

 

「ほっぺたが! もっちもちしてるよ!! かわいいね!!」

「……そうね」

「かわいい! 銀子ちゃんかわいい!!」

「……んー」

 

 ……まー、なんだろ。

 その、あくまで子供の頃の話で。

 

「かわいいかわいい! 銀子ちゃん超可愛い!!」

「……んぅ」

 

 ……うー、どうせ子供の頃の話だから。

 今現在の私にはあんまり関係無い話なんだけど……なんか、身体がむずむずする。

 

「……ん、んぅ」

「銀子ちゃん? どうしたの?」

「……うるさい、ばか」

「え、俺何も言ってないけど」

 

 ほんとばか。何も言ってないのなら私がむずむずするはずが無いのに。

 八一はロリコンなのにバカだから始末に負えない。欠点は一つに絞って欲しいわね。

 

「あーかわいいなー、この頃の銀子ちゃんってほんとに可愛いよなー」

「………………」 

 

 で、そんなバカ八一が可愛い可愛いと連呼する銀髪幼女、写真に写る幼き頃の私なんだけど。

 そりゃあこの私空銀子様の幼き頃の姿なんだから、そんなの可愛いに決まっているでしょ。

 ……とは思わない。私はそこまで自分を過大評価してないというか、可愛いとは思っていない。

 

 むしろこう思ってしまう。

 果たしてこの幼女、八一が言う程に……可愛いのかな、と。

 

「可愛いなー!」

 

 というのも……写真に写るこの幼女、なんか……むすっとしているのだ。

 顔がね、むすっとしてるの。全然笑ってないのよ、この幼女。

 

「見てよこの写真! 大きなおめめがくりくりだよ! 可愛いねー!」

 

 確かに大きなおめめはくりくりだが、しかしその顔はむすっとしている。

 

「あ、お昼寝中の写真だ! 小っちゃく丸まっちゃって……かわいいなー!!」

 

 小さく丸まってお昼寝している時も、その顔はなんだかむすっとしている。

 

「いやーかわいい! どの銀子ちゃんもほんっとーに可愛いなぁー!」

 

 どの写真に写る銀子も、どれもこれもその顔はむすーっとしている。

 なんとまぁこの幼女、カメラに向かってピースをしている時でさえその顔はむすーっとしているのだからもう手の施しようがない。

 きっとこの幼女が生きる世界には何一つとして面白いものが存在しないのだろう。とそう思ってしまう程に愛嬌の無い顔ばかりを写真に残している、そんな幼女が幼き頃の私だったりする。

 

 だからこそ、成長した今の私はこう思ってしまうのだ。

 果たしてこの幼女、そんなに可愛いのかな? と。

 

「あぁかわええ……ちっちゃい銀子ちゃんかわええよぉ……」

「……ねぇ八一。これ、そんなに可愛い?」

「可愛い!!」

 

 即答で答える八一。

 あ、ちなみに言っておくけど今の私だったらこんな愛嬌の無い写真まみれにはならないからね。

 成長した私はとっくに営業スマイルってもんを習得している。ファンとの撮影イベントとかで撮られた写真など、ネットで検索すれば笑顔の私が写る写真などすぐに見つかるはずだ。

 

「でもこの幼女、どの写真を見てもむすーっとした顔ばっかりじゃない」

「そこがいいんじゃん!!」

 

 声を大にして力説する八一。

 そこがいいのか? そうなの? 正直言って私にはよく分からない感覚の話だ。

 私の感覚で言うならこんなむすーっとしたつまらなそうな顔ではなくて、パッと花咲くような笑顔の方が何倍も可愛いと思うんだけど。

 

「そんなに可愛いかしら……」

「可愛いってば。てかどうして銀子ちゃんがそこに疑問を持つのさ、幼い頃の自分だよ?」

「それはそうなんだけど、あんたがあまりに言うから……」

 

 私と八一で見えているものが違い過ぎる、いっそ違うものを見ている気分だ。

 私にはどう見ても不愛想な幼女にしか見えないんだけど、私の感覚がおかしいのだろうか。

 

「ほらこの顔とか、もう見るからにむすっとしてるじゃない」

「いやいや、このむにーんとしたお顔が最高でしょ。ほっぺたむにむにしたくなる」

「けどねぇ、もっと可愛い表情なんていくらでもあるじゃない。それなのにこの幼女ったらむすっとした顔ばかりで……笑顔の写真なんて一枚も無いし……」

「いいんだよそんなの無くったって。幼女の頃の銀子ちゃんはこれでいいの」

「子供は愛嬌があった方が可愛いじゃないの。それなのにこの幼女ったらもう愛嬌ゼロで──」

「ちょっと、さすがの銀子ちゃんでもそれ以上悪く言うのは許さないよ」

 

 そんなに? そんなに怒ること? ってぐらいに鋭い目付きで私を睨む八一。

 対局以外でこいつがこんな険しい表情を私に向けるのは本当に久しぶりなんだけど、それが幼女に関係することってのはどうなのか。しかもこの幼女は私だってのに。

 

「可愛いじゃん、可愛いでしょ。幼女の銀子ちゃんは最高に可愛いんだよ」

「………………」

「最高に可愛い幼女には愛嬌なんか無くてもいいの。そんなの無くったって最高に可愛いんだから」

「……まぁ、あんたがそう言うなら別にそれでいいんだけど」

 

 このアルバムを見たがったのは八一だ。私は幼い頃の自分の姿なんて今更どうでもいい。

 それならこの幼女が八一にとって可愛い存在なのだとしたらまぁ良いのだろう。少なくとも可愛く思えないよりは良い。というか、もし八一がなんら興味を示さなかったとしたらそれはそれで寂しいし……。

 とか思っていたら、そんな気持ちは同様だったのか、私の肯定を得た八一はにこりと笑って。

 

「その通り! これはこの幼女と一緒に育ってきた俺だからこそ言える事なんだよね。このむすーっとした顔こそが一番いいよねって思うんだ、だってこれは銀子ちゃんの素の顔なんだから」

「それはまぁ、そうだけど」

「でしょ?」

 

 どの写真を見てもむすーっとした顔ばかりしている幼女だが、私だってなにも年がら年中不機嫌だった訳ではないし、あえて不機嫌な時を狙って撮った写真という訳でもない。

 八一の言う通りこれは私の素の顔、素の姿を撮った写真。要するに空銀子というのは普通にしている顔がつまらなそうな顔に見える生き物なのだ。

 

「会ったばかりの頃は銀子ちゃんって本当に笑わない子、喜ばない子だなぁとか思ってたよ。俺なんかは喜怒哀楽が顔に出やすい方だったから特にさ」

「そうね、あんたは昔から分かりやすい奴だったわね」

「でも次第に分かったんだ。銀子ちゃんにだって嬉しい事は当然あるし喜んでいない訳じゃない、ただそれが顔に出にくいだけなんだって」

「……まぁね」

 

 顔に出にくいというか、もっと単純に表情の変化に乏しい子供だったと思う。

 というか、正直言うとそれは今もだ。三つ子の魂なんとやらで表情の変化に乏しいのは今でも同じ。ポーカーフェイスと呼べば聞こえは良いが、現実は営業スマイル以外でろくに笑わない不愛想な女、それが私。

 まぁ別にいいんだけどね。今更性根は変えられないし、私に笑顔が似合わないのも分かっているし。

 

「だからこそ! 幼女の銀子ちゃんはこのお顔が至高なんだよ!」

「……そっか」

「そうさ! なんせ俺はこのお顔をずーっと見てきて、この女の子を好きになったんだから」

「……うん」

 

 ……それに、八一はこう言ってくれるし。

 こんな私を好きになってくれた、八一が、いる。その事実が何よりも私を幸せにしてくれる。

 

「……八一」

 

 ちょっとだけ身体を隣に傾ける。髪と髪が触れ合う感触がくすぐったい。

 八一が、いる。隣にいる。私を好きだと言ってくれている。幸せ。

 

「……八一♡」

 

 そう、いるの、隣に、八一が♡ これね、彼氏♡ 私には彼氏がいるの♡ えへへ♡ 

 いいでしょ♡ こんな不愛想な私だけどね、それでも頼れる優しい彼くんがいるの♡♡

 

「ほんっとーに可愛いよなぁ、このむすーっとしたお顔の幼女銀子ちゃんを目一杯愛でたいよね。目一杯愛でて喜ばせて、むすっとしたお顔に生じる微妙な変化をじっくり観察したいよね」

 

 まぁちょっとロリコンだけど。私の頼れる彼くんはかなりロリコン入ってるけど。

 

「はぁぁ~、幼女銀子ちゃんかわええ……結婚したい……」

 

 うーわ、こいつヤバ。前言撤回しようかしら。

 

「ねぇ、せめてもう少しロリコン抑えてくれない? キモイから。死ぬから」

「ちょ、ちょっと待って、ロリコンって言うけどこれ幼い頃の銀子ちゃんだよ? 他の誰かならともかく銀子ちゃんなんだからセーフでしょ」

「セーフなわけない。本当にあんたってどうしてこうもキモく育っちゃったのかしらね、それこそ子供の頃はまだ可愛かったってのに」

 

 言いながら視線をアルバムに落とすと、そこには幼い頃の八一がいる。

 今よりもまだ輪郭に丸みを残すあどけない表情の少年。……うん、可愛い、確かに可愛い。

 今では全く可愛げのない八一でも子供の頃はそれなりに可愛い。この頃はロリコンじゃなかったのにねーとか思うと一層可愛く見えてきちゃう。

 

「……確かにね。今では一ミクロンたりとも可愛くない八一でさえ幼い頃はこれなんだもの、そりゃまぁ私だって可愛いんでしょうね」

「な、なんかトゲのある言い方だけど……でもそう、そうなんだよ。幼い頃は可愛い、これはもう絶対の真理だと思うんだよね」

「真理ねぇ……」

 

 幼い子供、子犬、子猫、などなど。小さな生き物はそれだけで一定の可愛さがある。

 だったら空銀子も然り。そう思って見てみると……うん、まぁ可愛いのかもしれない。むすーっとしてるけど。不愛想だけど。

 

「あぁ~、可愛いなぁ……幼女の銀子ちゃん……」

「………………」

 

 だから八一のこんな反応も仕方ないのかも。

 特にこの幼女、空銀子の事が好きなロリコンからしたらもう格好の獲物と言う他無いし。

 ていうか空銀子の事が好きなロリコンとか、なんか自分で言ってて怖くなっちゃったんだけど。そんな邪悪な生物この世には存在しないって思いたいけど、とても困った事にすぐ隣にいる。

 

「かわいい……幼女の頃の銀子ちゃん……かわいい……カワイイ……」

「………………」

 

 こいつは自身が完全アウトな存在で、私の温情でギリ許されている事を理解しているのだろうか。

 きっと理解してはいないわね。理解していたら私のすぐ隣でこんな表情はしまい、幼女の写真に夢中で顔が緩みきっている。キモい。

 

「かわいい……この頃の銀子ちゃんってほんとかわいい……」

「………………」

 

 それにしても……なんか。

 こいつのこういう反応を見ていると……なんか……なんか。

 

「ほんまに……この頃の銀子ちゃんはほんまちっちゃな天使やで……」

「………………」

 

 ……『この頃』? ……この頃。じゃあ、今は?

 さっきからこの頃この頃って言うけど、肝心の今はどうなのよ? と思わずにはいられない。

 

 ……が。

 

「………………」

 

 しかし、だ。それを声には出さない。ここでそのような事を八一に問い質したりはしない。

 ここで私が「あんたさっきからこの頃の銀子ちゃんは可愛い~とか言ってるけど、今はどうなの?」とか聞こうものなら、八一は「今だって勿論可愛いよ!」って返してくるに決まっているからね。

 さすがにそれぐらいは読める。簡単に読める手をそのまま打ってしまっては、まるで私が八一に可愛いと言われたがっているみたいじゃないの。ねぇ?

 そんな見え透いた手は打ちたくないし、返答が分かっている誉め言葉なんて嬉しくないから。

 

「かわいい……幼女銀子ちゃんきゃわわ……」

「………………」

 

 にしてもすぐ隣にいる恋人を放置しといて大層ご満悦ですね? とは思うけど。

 ていうかね、今に限らず八一ってなんか私を雑に扱うくせがある。幼い頃から一緒に育ってきた弊害なのか、空銀子ならこれぐらいの扱いでいいよね、みたいな思考がこいつの無意識下に存在している。

 良く言えば心安い間柄、悪く言えば配慮が無い。さすがに恋人になってからはそういう雑な扱いを受ける機会は減ったものの、恋人である事を忘れている時などにはその悪癖が再発する。例えば幼女の写真に夢中な今のように。

 

「幼女銀子ちゃん……きゃわたん……」

「………………」

 

 あーほんと幼い私って可愛いわねぇこれならいっそ幼い姿のまま成長しなければ良かったわねぇ。

 などと当て擦りのようなセリフを吐いたところで今の八一に効きはすまい。それにばつの悪さを感じられるぐらいに敏感であれば、隣にいる恋人の機嫌が悪化している事などすぐに気付けるはずだ。

 

「幼女銀子ちゃん……世界一可愛いようじょ……」

「………………」

 

 ううん、もしかしたらこいつの思考では「幼い頃の銀子ちゃんを可愛いって褒めるのは間接的に今の銀子ちゃんを褒めているのと同じだよね」みたいに思っているのかも。

 だとしたらそれは大きな間違いだ。少なくとも私は過去の自分を賞賛されても嬉しくはない。過去は過去で今ではないのだから、過去の写真ではなくちゃんと今の私を見て『可愛い』と言って欲しい。

 

「………………」

 

 そう、可愛いと言って欲しい。

 要するに、言って欲しいんだけど。

 

「幼女銀子ちゃん、すき……」

「……ねぇ」

「うん?」

「……今は? さっきから幼女の頃ばっか褒めてるけど、今の私って可愛くないわけ?」

「えぇ? まっさかぁ、そんなの可愛いに決まってるじゃんか」

 

 言いながら八一が右手を伸ばして私の頭を優しく撫で始める。

 まるで幼女をあやすかのような手付きだけど……う、ううむ、まぁ悪くはないわね。

 

「別にお世辞はいらないわよ」

「お世辞なんかじゃないって。今の銀子ちゃんが一番可愛いよ」

「……本当にそう思ってる?」

「思ってる。今の銀子ちゃんが一番可愛い、俺は本当にそう思ってるよ」

「……そ」

 

 八一の右手が、私の頭を、撫でる。撫でる、撫で続ける。んぅ、きもちいい。

 可愛い、だって。一番可愛いんだ。そっか、あっさり白状したわね。ふふん、ちょろい男め。

 

「そりゃあ幼女の頃はめちゃ可愛いけどさ、今の銀子ちゃんの方が更に可愛いんだよ」

「それ、ここまでのあんたの言動を見てると本心だなんて到底思えないんだけど」

「いやいや本心だって、ほんとに」

「でもあのむすーっとした顔が好きなんでしょ? 今の私はあんな仏頂顔しないけど」

「え、そうかな? わりとそういう顔してるような……痛てて」

 

 八一の尻を抓ってやった。全く、そこは否定するところじゃないから。

 

「小さい方が可愛いんでしょ? さっきそう言ってたじゃないの」

「そりゃ可愛いけどね。だけど幼い頃の銀子ちゃんだったらこんなふうに焼きもち焼いたりしないし」

「……別に焼きもち焼いてないけど」

「それにー、さっきみたく俺に可愛いって言われたがったりはしないしー」

「……別に言われたがってないけど」

「こーんなふうに丸分かりな嘘を吐いたりもしないしねー」

 

 なんだとぉ? こやつ、随分と勝手な事を言ってくれるではないか。

 

「……生意気」

「事実を言ったまでですけどね」

「うわ生意気。あんたはとっても生意気になったわね、幼い頃はもっと素直だったのに」

「素直な打ち方だけじゃ将棋は強くなれないからね。棋士として成長したって事だよね」

「どーだか」

 

 自らの生意気さ加減を棋士としての成長に置き換えてはいけない。その言い分だとプロの棋士は皆が生意気だという事になってしまうけど、私は違うからそれは正しくない。

 こういう減らず口も八一が生意気になった証ね。幼い頃はもっと素直で良い子、絶対的上位者たる姉弟子の言葉に逆らったりなんかしなかったのに。

 

「ていうか、あんたがさっき挙げてた理由って今の私の方が可愛い理由にはならなくない?」

「え、どうして?」

「どうしてって……言葉の通りだけど。さっき言ってた可愛い理由って──」

 

 はてなと首を傾げる八一だが、どうしてとはこちらが聞きたい。

 だって焼きもちを焼いたりとか、可愛いと言われたがったりとか、丸分かりな嘘を吐いたりとか。

 それって可愛い理由なの? って思う。自分で言うのもなんだけどむしろ足を引っ張る要素だと思う。それらが追加されたのが今の私なのだとしたら、幼い頃の自分に可愛さで勝るはずがないじゃないの。

 

「いやいやそれは違うって銀子ちゃん。ちゃんと可愛い理由になってるでしょ」

「なってない。だって丸分かりな嘘を吐くやつのどこが可愛いのよ」

「丸わかりだから可愛いじゃん。どう見てもバレバレなのにバレバレな嘘を吐いてまで誤魔化しちゃうところとか可愛いでしょ。いいんだよー銀子ちゃん、俺に可愛いって言われたいのならいつでも言ってあげるからね、素直におねだりすればいいんだよー」

「なめとるのか貴様」

「ほら! こういうとことか可愛いよね! すぐムキになっちゃう銀子ちゃんかわいいー」

 

 こ、こいつ……! なんて生意気な事を言ってくれるぶちころすぞわれほんまに。

 と、ムキになったらそれ即ち可愛い扱いになっちゃうのならそれは八一の思う壺、だからって言い返さなければそれを認めるのと同じ、こうなっては打つ手が無い。

 完全に嵌められた。なんて狡猾な手口だ。これが九頭竜八一という男の本性である。

 

「とまぁ冗談は置いといて」

「冗談なのね」

「いや可愛い理由は冗談なんかじゃないよ? 今の銀子ちゃんのそういうとこが本当に可愛いなぁって思うんだ。幼い頃の銀子ちゃんは、こう……堂々としてるっていうか、ブレないっていうか、その……なんて言えばいいんだろ」

「生意気?」

「じゃなくて! ほら、銀子ちゃんって子供の頃から師匠とか他の大人相手でも物怖じしない子だったからさ。一応は年上だった俺相手でも勿論そんな感じで……いつでも泰然としてるっていうか、肝っ玉が据わってるっていうか」

 

 肝っ玉て。それが幼女に使う言葉なのかと問いたいけど、八一が言わんとしている事は分かる。

 幼い頃の私は確かにそういう子供だった。私に言わせれば自らを振り返っても生意気としか表現出来ないような幼子だったんだけど、いつも隣にいた八一には違ったように見えていたのかもしれない。

 

「俺が思うに、あのむすーっとした可愛い顔は肝が据わっていて動じない精神の現れなんだよね」

「……それは分かったけど、で?」

「で、そんな幼女の頃と比べると、今の銀子ちゃんは表情の変化も感情の起伏も大きくなってる訳で」

「……それってつまり、今の私は肝が小さくて精神的に動じるような人間になったってこと?」

「いや、あのー……まぁ、そう言うとそうなっちゃうんだけどー……」

 

 八一は困ったように一度視線を逸らして。

 

「でもほら、それってつまりは俺に対する照れとかそういうのじゃん? 恥ずかしさとか、そういうので銀子ちゃんが今みたいになったんだったら……ねぇ? それって可愛いじゃん?」

「………………」

「か、可愛い、じゃん?」

「……自信無さそうに言わないで欲しいんだけど」

「かわいい、可愛いじゃん!」

 

 ハッキリと言い切った八一。

 

「…………むぅ」

 

 ……なんだか、ちょっと許容し難い事を言われたけど……でも、まぁ、一理はある、かな?

 昔の私の事を考えると、あの頃は八一を単なる弟弟子としか見ていなかった。だから八一相手に動揺させられる事なんて無かったし、それが理由なのか四六時中むすっとしていた。

 けれどもいつしか八一の事を好きになって、その結果私は単なる姉弟子ではいられなくなった。幼さ故の動じない精神と引き換えに恋を手にしたのだ。

 

「……あんたの言いたい事は分かったけど、それが可愛い理由ってのがどうにも……」

「可愛いと思うんだけどなぁ、それこそ愛嬌っていうか」

「愛嬌……」

 

 そうして恋をしてしまった結果、私は今みたいな空銀子になった訳で。

 その恋心を誤魔化そうとしたり、自分の気持ちを偽る事だって何度もあった。バカで鈍感な八一にムカついてムキになる事だって……ううん、これは子供の頃からそうだったかもしれないけど。

 とにかくそんな感じになった訳で、それって愛嬌なの? と疑問に思ってしまう。まぁ当の八一がこう言ってるんだし、八一から見れば私の欠点も愛嬌に見えるのかもしれないけど。

 

「それが愛嬌に見えるって言うなら、あんたも結構変なやつっていうか──って、あぁ、なるほど」

 

 脳内に降ってきた閃きに顔を上げて、すぐ隣にいる八一を一瞥する。

 

「なに?」

 

 相変わらずとぼけた顔をしている。

 集中していない時とか、八一の気の抜けた時の顔には幼い頃の面影が若干残っている。

 真剣な時のキリっと引き締まった顔も好きなんだけど、子供の頃最初に私が好きになったのは……って、そんなのどうでもいいんだけど。

 

「私の事ばっか言ってるけど、考えてみればあんただってロクなもんじゃないわよねと思って」

「えっ」

「あんたの基準がおかしくなってるってことよ。最初からそっちを疑うべきだったわ」

 

 ようやく分かった。八一って女の趣味がちょっと変わってるんだね。

 だから私のちょっとアレな部分が愛嬌に見えるし、むすっと仏頂面の幼女が可愛く見えるのだろう。

 九頭竜八一、こいつを一般男性代表みたいに思ってはいけない。そもそもロリコンな時点で女の趣味がおかしいに決まってるんだから。

 

「──つまり、八一の感性が異常で、私の感性が平常なの」

「……ほー、なるほどなるほど。そう言われると否定は出来ないかもですねぇ」

 

 すると八一は。私の言葉に然程も動じず大袈裟な仕草でうんうんと頷いて。

 

「でもさ、だとしたらそれってやっぱり銀子ちゃんのせいでしょ」

「は? どうして私のせいになるのよ、あんたの女の好みの問題で私には何も関係ないじゃないの」

「いやいやめちゃくちゃ関係あるでしょ! だって銀子ちゃんがこうだから俺の女性のタイプがそうなったんじゃん!」

「……え?」

 

 私がこうだから、八一の女性のタイプがそうなった?

 

「……そう、なの?」

「そりゃそうでしょ! むしろそれ以外にどんな理由があるっていうのさ、銀子ちゃんに関係無いどころか原因そのものでしょうよ」

 

 ……そう言われてみると。

 先程指摘した通り八一の女の趣味がちょっと変わっているとして、それが今の私にピッタリ当てはまるってのは偶然にしては出来過ぎている。

 それよりはむしろ私に合わせて八一の感性が変化していって、結果こうなったって考える方が確かに筋は通るのかもしれない。 

 

「そう……かも」

「そうだって。ほらこの写真を見てよ。俺達はこーんなに小さい頃から一緒にいるんだよ?」

 

 八一がアルバムに収められている写真を指差す。そこには小さい八一と小さい私がいた。

 小さい八一は六歳頃で小さい私は四歳頃だろうか。その頃から二人一緒にいる。

 

「俺の人生の中で銀子ちゃんと一緒にいた時間が一番長いんだ。師匠よりも、桂香さんよりも、それこそ俺の実の両親よりも。ってなったらそりゃそんな相手から影響を受けるのは当たり前だと思わない?」

「……そう、だね」

 

 考えてみると不思議な話だ。私と八一は本来なら赤の他人のはずなのに、八一の言う通り実の家族よりも長い時間を一緒にしている。

 八一には実の兄弟だっているのに、それよりも制度上の姉と一緒にいた時間の方が長い。それぐらい一緒にいる相手であれば何かしらの影響を受けたとしても不思議はない。確かに八一に言う通りだ。

 

「だからさ、俺が焼きもち焼きな女の子を好きになったのは……」

「私の……せい?」

「そういうこと。すぐムキになっちゃう女の子を好きになったのも、小さい女の子を好きになったのも銀子ちゃんのせいなんだ」

「私が……」

 

 私が、こうだから。

 一緒にいた八一が、こうなってしまったのは私のせいなのか。

 

「だからさ……責任を取って欲しいな」

「せ、責任?」

「そう、責任」

 

 頷きながら八一が私の肩にそっと手を掛けて、そのままゆっくり体を後ろに倒した。

 私の上に八一が覆い被さる体勢、こうして下から八一の顔を見るのも何度目だろう。

 

「てかあんた今ロリコンだって認めた──」

「銀子ちゃん、いいかい? 全部君のせいなんだよ。あんなに可愛い幼女と同じ部屋で一緒に暮らしていたら好きになっちゃうに決まってるじゃんか。だから俺は悪くない。悪いのは君なんだ」

「それは……うん、ごめんね、八一」

「謝らなくていいから、それよりも責任を取ってよ」

 

 八一の手が私の頬を撫でた。この手の感触は小さな頃からずっと知っている。

 昔はお互いの手同士を重ねていたけれど、大きくなったその手は私を求めることが増えた。この手はもう私と手を繋ぐだけじゃ満足出来ないらしくて。

 それほど欲張りになっちゃったのも、私のせいなのだとしたら。

 

「……銀子ちゃん」

「八一……」

 

 私は、責任……取らないと──

 

 

「ってバカおっしゃい」

「あっ、えぇ!?」

 

 私は不埒な思考に染まろうとする八一を押しのけて身体を起こした。よっこいしょっと。

 

「えぇー、ちょっとぉ銀子ちゃん、こういうのはムードってもんがさぁ」

「うるさい。あんなふざけたトークにムードなんてないから。つーかあんたのロリコンの罪を私に押し付けないでよね」

 

 ロリコンとは何か。ロリコンとは異常である。

 仮に六歳の男の子が当時四歳の女の子を好きになったとして、そのまま二人が成長していけば好意を抱いた相手の年齢も当然上がっていく、そうなればその時々の相手を好きになるはずだ。

 それが健常な人間の正しい感覚であって、なにも子供のままの姿をずっと好きでいるわけじゃない。もしそんなやつがいたとしたらそいつだけが異常なロリコンなのである。

 

「うぅむ……完璧な流れだと思ったのに何が駄目だったんだ……?」

「ばか。ほんとばか。一回死んだ方がいいんじゃないの?」

 

 あれで完璧とは笑わせる、訳分からない冤罪を被せてきただけじゃないの。

 私はそんな流れと勢いだけでコロッといっちゃうような女じゃないから。なにかとバカでチョロい八一と違って私は身持ちが固い女なんだからね。

 

 ……ま、強いて言うなら、すぐそこにあってチラッと目に入っちゃったこれが、どうにも。

 師匠の家から借りてきたこのアルバム、汚したり傷付けたりしちゃったら嫌だし、ね。

 

「なら銀子ちゃん、後で、後でもう一回チャンスが欲しいです」

「はぁ? チャンスとか意味分からないんだけど変な事言わないでくれない?」

「だってチャンスが、そんな、せっかく今日は銀子ちゃんと一緒なのにっ」

「しつこい。ほんとあんたって根本的にデリカシーってもんが欠けてるわよねーあーやだやだ。八一っていつからこんなのになっちゃったのかしら」

「銀子ちゃーん!」

 

 往生際の悪い男をあしらいつつ、ふとアルバムに視線を落としてみると。

 そこには光沢フィルムに反射して、今の空銀子の顔が映っていた。

 その顔はアルバムの中に沢山あるのと同じ、よーく見慣れた表情で。

 

 ……もしかして、幼い頃から私が四六時中むすっとした顔をしていたのは。

 隣にいたこいつに原因の大半があるのでは。と思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

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