銀子ちゃんを可愛い可愛い×5するだけの話(+短編集)   作:銀推し

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※これは本編とは関係の無い短編ネタとなります。
クリスマス記念短編。ですが内容はクリスマスとは一切関係ありません。
原作19巻以降の話となります。
一つ前に書いた短編『空銀子あれこれ考える。』(https://syosetu.org/novel/222130/71.html)に関連するような、しないような話。銀子があれこれ考えるなら八一もあれこれ考えるよね、という話です。



短編 九頭竜八一色々と考える。

 

 近頃、よく考えることがある。

 

「うーん……」

 

 それは例えば何気ない時、いつものように自宅でゆったり寛いでいる時なんかに、ふと。

 特に今日みたいに予定がなくて、かつ平日は内弟子のあいが小学校に行っているので暇な時間が多い。そんな時はこうしてタブレット端末片手に将棋アプリに没頭したりして。

 

「……ふぅ」

 

 小一時間後、モニタ越しに行われた白熱した対局も終了して。

 そうしてタブレットから顔を上げて、深く一息吐いた時なんかに……ふと。

 

「……姉弟子と結婚したい」

 

 ぽつりと口から漏れた。

 おぉこりゃイカンイカンと立ち上がって、凝り固まっていた身体をほぐすように一旦伸びをして。

 あそうだ何か飲むかさっきまで集中していて喉乾いたしな、とキッチンに向かって冷蔵庫の中から麦茶のボトルを取り出して、氷を入れたグラスに注いで一口、ごくり。

 うん美味しい。冷えた麦茶はいいね、気分爽快リフレッシュするなぁとか思いながら、ふと。

 

「……銀子ちゃんと結婚したいな」

 

 今日の晩飯はからあげが食いたいな、みたいな軽さのノリで自然と呟いていた。

 

 ……ってな感じで。

 最近の俺はよく考える。実によく考える。

 つい先程のように、将棋に集中出来ていた時間以外は何をしていてもずっと。

 頭の中に自然と浮かんでくる一つの思い──『空銀子と結婚したい』。

 

 いやいやそんなまさか、あの姉弟子と結婚したいだなんて、そんなビックリ仰天な話があるか?

 とても尋常とは思えない、ちょっと前の俺自身に聞かせたら頭を打ったか正気を疑われそうな発言だ。つーか今現在の俺自身が自問自答しても……うん、まぁ驚きはあるよなってのが正直なところで。

 そんな奇怪な話をどうして、どうして最近の俺はそんな事を考えるようになったのか。

 

 その理由は至極簡単。と言うのも……最近、俺……姉弟子とお付き合いを始めたんだよね。

 帝位戦が終了してさ、姉弟子の三段リーグ戦も終了してさ、そのまま例の封じ手を開いて。

 俺の告白に銀子ちゃんも同じ想いで返してくれて、俺達はめでたく付き合う事になった。

 

 ……で。俺、思ったんだよね。

 このまま銀子ちゃんと結婚したくね? と。

 

 ……いやだって、したいじゃん。

 銀子ちゃん可愛いんだもん。こんなんずっと一緒にいたいなって思うやろ普通。

 

「……結婚、けっこん」

 

 結婚とは。夫婦になることである。

 多分法律的に言ったらもっと細かなあれこれがあるんだろうけど、それはこの際置いておいて。

 

「結婚とは……一組の夫婦になること、配偶者になること」

 

 空銀子ちゃんと、そういった間柄になりたいよねー……って。

 俺はそう望んでいる。強く望んでいるのだ。

 

「……うーん、さすがに早いか? ちょっと勝負を急ぎ過ぎている感も否めないが……」

 

 俺は今年で十八歳。銀子ちゃんは十六歳。

 民法改正によって女性の結婚可能年齢も男性と同じ十八歳まで引き上げられた為、現状俺達は結婚可能年齢に達しておらず最低でも後二年は待たなければいけない。畜生め。

 まぁとにかく、そういった意味でも時期尚早な訳だが……俺と銀子ちゃんが付き合い始めたのは先週の話で。まだ付き合って一週間も経たない内から結婚を考えている事になる、そういう意味でも早い。

 

「いやけどなぁ、何事も早きに越したことはないって言うし、別に間違っちゃいないよな」

 

 巧遅は拙速に如かず。時間を掛けて考えるよりも迅速に物事を進める方が正解となる場合もある。

 きっと結婚だってそうだ。だっていずれ結婚するんだったら早めにしちゃった方がお得じゃん。ねぇ?

 

「そうそう、いずれはするんだから」

 

 うんうんと一人頷く俺。

 俺と銀子ちゃんはいずれ結婚する。するのだ。するのである。

 だったら今すぐにでも、いやまぁ制度上どうやっても二年後しか無理なんだけどそれでも気持ち的にはっつーかね?

 二年後に結婚をする約束をする。つまり『婚約』をしたっていいじゃないか、それなら今すぐにでも可能だ。

 

「そうだそうだ、それがいい」

 

 麦茶の入ったグラスを持ちながら部屋に戻って、先程まで座っていたクッションに再度腰を下ろす。

 そうして考えるのは将棋のこと──ではなくて、無論ながら結婚のことだ。一度思考がそちらに傾いてしまうと軌道修正するのはもうムリだ。

 だって結婚、婚約。銀子ちゃんと。──したい、したいんだよ。

 

「したいよなぁ……」

 

 こうして結婚のことばかり考えている、見事に恋愛脳に染まってしまった俺なのだが、とはいえ元々結婚欲みたいなものがあったわけではない。

 というかこれまで彼女の一人もいなかった俺にとって結婚などは先の先の話でしかなく、具体的にイメージした事なんて一度も無かったと言っていい。

 故にこれが俺にとって明確な人生設計かと問われると返答に困る部分だけど……でも子供は、子供は欲しい。けどそっちはそっちですぐにどうこうって訳にもいかないしなぁ。

 

「特に銀子ちゃんが四段に昇格した以上は……」

 

 今後はプロ棋士として、外せない仕事や順位戦など様々なスケジュールの問題が浮上する。

 そして最終的には休場することになる。となればいくら子供が授かりものと言えども産休に入るタイミングなど事前の計画と調整は必要になってくるだろう。

 

「……うーん、産休、産休かぁ……」

 

 ちょっと気になったので……産休、期間、平均──と入力してスマホでポチポチと検索。

 なになに、一般的な会社等で取得出来る産前産後休業制度は産前六週間から産後八週間か……でも身体が弱い銀子ちゃんは一般人より長めに見積もっておいた方がいいよな。産前産後にそれぞれ一ヶ月多く休みを取るとしたら……約五か月ぐらいは産休で休む事になるのか……五か月、五か月かぁ……うーむ、ううーむ……。

 

「……もし銀子ちゃんが順位戦とか休みたくないから子供産みたくない、って言ったらどうしよ……」

 

 正直言って俺は子供が欲しい。が、順位戦抜けたくないって気持ちは分かる……すげー分かる……。

 つーかそんなん当然だからな。誰しもが休みたくて休むようなもんじゃない。もしそうなったとして俺は当然のように出場している裏で銀子ちゃんにだけ休場を強制する事になると思うと……うぅ、さすがに心苦しい……。

 育児は俺が育休を取って手伝うことも出来るけど出産だけはどうにもならんし……でも銀子ちゃんも俺と同じプロ棋士で……でも子供……俺と銀子ちゃんの……こども……。

 

「──やめやめ! ここの研究はやめよう、この局面は難解過ぎて踏み込むのはまだ早い!」

 

 さすがに時期尚早過ぎる話だ。つーかこういうのは銀子ちゃんともよく話し合って決めるべき事だよね。

 そもそも銀子ちゃん当人が子供を望むかもしれないんだから、どちらにせよ勝手な決め付けは良くない。俺一人で答えを出せるようなものじゃないのでこの局面の研究は一旦中止とする。

 

「その前にしなくちゃいけない事が沢山あるもんな。差し当たっては……結婚、そう結婚だ」

 

 さっき子供は欲しいといったけれども、その一方でぶっちゃけ他はどうでもよくて結婚さえ叶えば、という気持ちも強くある。

 というか今現在はそっちの気持ちの方が圧倒的に強い。結婚すれば、銀子ちゃんとずっと一緒にいられるのなら、俺はそれだけで十分幸せになれるから。

 

「……はぁ、しっかしなぁ……」

 

 言いながらごろんと床に横になる。

 すると指先が勝手にスマホを操作してアルバムフォルダを開き始めるではないか。

 

「銀子ちゃーん……」

 

 まさかこんなにも……こんなにも、銀子ちゃんと結婚したい気持ちになるとは。

 我が事ながらビックリだ。そりゃ好きだけど……いやまぁ好きだからこうなったのか。

 お付き合いを始めて以後銀子ちゃんのことばっかり考えているし……更に言えばその前から、あの封じ手をした時からずっと、俺の中での空銀子という存在がまるで別物になったかのようで。

 

「はー……かわええ」

 

 スマホのアルバムフォルダに収めた秘蔵の姉弟子コレクション。

 最近は暇さえあればこれを眺めている。対局中の写真やプライベートの写真、どの写真にもそれぞれ良さがあってどの写真の銀子ちゃんも……可愛い。めちゃ可愛い、可愛過ぎるのである。

 

「この前もすげー可愛かったもんな……パジャマ姿の銀子ちゃんとか久しぶりに見たし……さすがに病室だし入院中だしで遠慮したけどやっぱり写真撮らせて貰えば良かったかな……」

 

 銀子ちゃんが、空銀子が、可愛い。最近は特に強くそう感じるようになった。

 それまでは……いやそれまでも可愛かったはずなんだけども。そりゃここ最近で銀子ちゃんの容姿が急激に変化したってわけじゃないんだから。

 どっちかと言うと変わったのは俺の脳みそというか、視覚というか思考というか、全部というか……。

 

「ほんと変われば変わるもんだよな……こんな風に四六時中銀子ちゃんの事を考えたりとか」

 

 これが例えば街角で偶然出会った美女に一目惚れして、とかならまだ分かる。その時受けた強烈な印象が頭に残ったまま離れずにずっと囚われちゃう……みたいな感じで。

 しかし相手は銀子ちゃん、俺の姉弟子である空銀子だ。もう十年以上も前からずっと一緒に育ってきた相手で、世界で一番馴染み深いはずの女の子。その外見も成長による変化まで含めて熟知しているはずで、今更強烈な印象を受けるはずの無い相手。

 それなのにこうも影響されて、こうも俺の精神状態に変化を齎すとは……これはもう空銀子恐るべしと言う他無い。

 

「……あの銀子ちゃんをなぁ」

 

 このような思考になる前、以前までの俺にとって空銀子というのはどういう存在だったか。

 それは姉弟子だ。同門の上位者であり恐怖の存在だった。だって姉弟子ってばすぐ怒るし、マジでほんとに怒りっぽくて乱暴だし、暴れたら手が付けられないし、けど放っておくわけにもいかないし。

 特に朝は機嫌が悪いし、昼も夜も機嫌悪くてじゃあ一体いつなら機嫌が良いんだよって感じだし。ついでに言えば料理の腕は壊滅的だし、女の子っぽい趣味とか特技も持ち合わせはいないし、外見は……外見は完璧と言わざるを得ないぐらい可愛いけど、でもほらおっぱい無いし……。

 

「うーん、こう聞くと全然可愛くないし好きになる要素なんて無さそうなんだけど」

 

 今しがた挙げた要素は何一つ間違ってはいない。それは弟弟子として断言する。

 

「でも実際好きだったからなぁ。……つまり、そうじゃないってことなんだろうな」

 

 がしかしそれ以外の一面があるのもまた事実で。

 それは例えば、あの厳しさの裏側にある優しさとか。バカなことを何度もやらかした弟弟子を見放さないでいてくれる寛容さとか。

 それに姉弟子は他人に厳しいだけじゃなく自分にも厳しい人だ。その生真面目さも俺は好きだし、頑固なところとか健気なところとか、どう判断するかは人それぞれだろうが俺にとって姉弟子の精神性はどの部分も非常に好ましく思える。要するに好き。

 あとめちゃくちゃ初心なとことか、一見ガードが固そうに見えて意外と押しに弱いところとか、基本的に褒められるのに弱いところとか、そんじょそこらの可愛いって言葉の比じゃないぐらいに可愛すぎるところとか、それでいて凛々しさも兼ね備えているところとか、最近は可愛いに加えてハッと息を吞むぐらいに綺麗だなって思う事が増えてきたところとか……。

 

「こうして挙げるとキリがない。つまり銀子ちゃんが魅力的な女の子だってことは今更言うまでもない話なんだよな。となると以前までの俺は……前者ばかり見ていたのか」

 

 姉弟子の欠点ばかりを注視して。

 その対面にある美点に目が向いていなかった──か。

 

「……いいや。それも違う」

 

 恐らくこれは……うぅむ、俺は溜息と共にゆっくりと頭を振った。

 ここ最近、こういった対空銀子研究を脳内で繰り返す内に見えてきたものがある。俺は今こんなにも銀子ちゃんが好きなのに、その事に気付くのがどうしてあんなにも遅れたのか。

 先程指摘したように彼女の欠点ばかりを見て美点を見ていなかったから、というのはもうすでに過去の研究、過去の通説になっていて。

 

「銀子ちゃんの良い所なんて以前からちゃんと知ってたもんな。だからこれは……」

 

 最新の研究による説はこうだ。

 その原因は……まぁ、言っちゃえば俺の思い込み、つーか……。

 要するにこれは……なんつーか、ほら、あれだ。酸っぱいブドウ理論っつーか。

 

「……はぁ、かなりカッコ悪い話だけど」 

 

 俺は子供の頃から銀子ちゃんと一緒にいた。彼女にとって最も身近な存在であり、客観的に見れば俺に最大のチャンスがあるのは疑いようのない事実。言わば俺という狐が最初にブドウの木を見つけたわけだ。

 しかし……そのブドウの木の実を手に入れる事は出来ない、と俺自身は認識していた。それは銀子ちゃんが女王を初戴冠した時の出来事が影響していたり、ひいてはそれ以前から……日々を一緒に過ごす中でなんとなくこう……銀子ちゃんは、ちょっと遠い存在というか、俺なんかが手を伸ばして届く存在じゃないように感じてたっつーか。

 端的に言っちゃうと銀子ちゃんって……可愛かったから。子供の頃からめちゃくちゃ可愛かったから。妖精か天使かと見紛うような子だったから。将棋しか能が無い俺が、ただ同門だから一緒にいられるだけの俺なんかにチャンスがあるような子じゃないって、自然と俺はそのように認識していたんだ。

 

 最初にブドウの木を発見して、一番チャンスがあるのにもかかわらずそいつには手に入らない。

 人はそういう状況に置かれた時、その価値を下げる事でブドウの実を諦めるしかない自分自身を正当化する事がある。それが酸っぱいブドウ理論だ。

 本当は望んでいるのに偽って、諦めるしかない自分を正当化する為に。べつにー銀子ちゃんなんてー俺は興味ないしー、だってー、どうせ銀子ちゃんなんて可愛いけど怒りっぽいしー、乱暴だしー、おっぱい無いしさー……ってな感じで。

 

「……うん、これはかなり正解に近い説だと思う。……自覚すると悲しい話だけど」

 

 ブドウの実が美味しそうであればある程、どうせ酸っぱいはずだからと思いたくなる。俺みたいに将棋しか能が無くて、女性にモテた経験など無い人間はそうやって弱い自分の心を守るのだ。

 ……がしかし事実は小説よりも奇なり。なんとそのブドウの実は風に揺られて俺の手の中にすとんと落ちてきたってんだからもう訳分からん。どうなってんねんイソップ童話よ。

 

「しかしまぁこう考えると、今の俺の脳みそが銀子ちゃんに囚われるのも納得っつーか」

 

 実際はずっと好きだった。ずっと欲しかったんだ。

 酸っぱいブドウのように思い込んで、ずっとそう思い込んでいたから現実と混濁してしまって。

 その結果手に入れたブドウの実は……酸っぱいと思い込んでいたそれはもう信じられないぐらいに甘美な果実で……その振れ幅が大きかった分、俺の脳はバグってしまったのだろう。

 

「そうだ。そういうことだ。だから結婚したいってことなんだよね!」

 

 ここで話は冒頭に戻るという訳だ。

 結婚。そうだ結婚だ。だって結婚したいじゃんか。

 

「大好きな子と恋人になったんだ。ならそのまま結婚したいよねって考えるの、普通だよね?」

 

 うん、これは別に普通の思考なはずだ。てかまぁ別に異常だろうが構わないんだけど。

 結局のところ俺はめっちゃ銀子ちゃんが好きなので結婚したい。もう色々ステップとかすっ飛ばして早くゴールインしたいんだよ。

 

「ゴールインまでのステップ、か。……ステップ、段階……これが曲者なんだよなぁ」

 

 またちょっと気になったので……恋人、結婚、平均期間──と入力してスマホでポチポチと検索。

 なになに……恋人が結婚するまでの交際期間の平均は……さ、三年から四年、だとぉ!?

 

「三年なんて長すぎるっ! そんなに待てるはずがないだろっ!!」

 

 今すぐにでも籍を入れたい気分だっつーのにどうやって三年も待てというのか。

 やはり待ては駄目だな。将棋指しにとって待ったはどこまでいっても相反する概念なのだ。

 

「けど……さっき検索したのはあくまで一般論だ。俺と銀子ちゃんに当て嵌めるのは相応しくないよね」

 

 うんうんそうだよそうだよな、と誰に同意を求めるでもなく一人頷く俺。

 いやでも実際そうじゃん? 俺と銀子ちゃんは一週間前に付き合い始めて現在は交際期間を謳歌中なわけだけど、この交際期間というものが結婚の前段階である場合、俺と銀子ちゃんに限って言うなら別に必要無いのではないか、という説をここに打ち立てたい。

 この説の根拠となるのはただ一つの事実。なんせ俺と銀子ちゃんはもう長い付き合いなのだから。

 

「そう! そこなんだよ! 俺と銀子ちゃんの付き合いの長さを舐めて貰っちゃあ困るぜ!」

 

 幼い頃から親しかった関係、いわゆる『幼馴染』なんてもんは軽く超越しているからね。幼い頃からずっと同じ部屋でずっと一緒に育った関係だ。これ以上に深い関係ってのはそう無いと思う。マジで。

 するとどうなるか。例えば好きな相手とお付き合いを始めたとして、一緒にいる時間が増えたことで相手の知らなかった一面や嫌な一面が見えてきて、その結果元々あった好意が冷めちゃう……なんてことは俺と銀子ちゃんの間に限っては起こり得ない。

 性格から長所短所など全て、俺と銀子ちゃんはお互いのことを知り尽くしている関係だからね。いい意味でも悪い意味でも、この先お互いに対する認識に大きな変化が生じるとは考え辛いわけで。 

 だったらもう結婚したっていいじゃん。交際期間という準備段階に三年四年も掛けなくったってさ、相手の事を知り尽くしているんだからそのまま結婚したって何も問題ないでしょ! ……って考えるのは当然と言えよう。

 

「……いや、待てよ」

 

 とここで──待ったが掛かる。

 前に前にと進み続ける思考を一旦止めて、それまでの手順を振り返る。

 

「本当か? それは違うんじゃないか?」

 

 あまり都合良く物事を考え過ぎるのは危険だ。その先に待つのは頓死。

 俺は棋士なのだから、自分にとって都合の悪い局面にも思考を向けなければならない。

 

「ここで焦るのは良くないぞ。冷静に……冷静になるんだ、九頭竜八一」

 

 身体を起こして胡坐を組んで、さながら対局中に次の手を読むべく思考に没頭するかのように。

 そうして冷静に考えてみると……うーん……やっぱそうだよな……ごめん、さっきの無し。

 相手の事を知り尽くしているってのは……うん、これはちょっと間違いだ。

 

「そうだよな。こういう時こそ自己分析はちゃんとしないと」

 

 分析と研究は粒さに行い、間違いを見つけたらそれを認めて正す必要がある。

 そうした判断の下に立つと……『相手の事を知り尽くしている』ってのには『※そうだったら良かったんだけど』って注意書きを付けなければならない。

 いやなんつーかさ、そのはずだろうと思っていたんだんだけど……実際はどうだったかってなったら全然そうじゃなかったよねっていうか。

 

「これはつい最近の実体験だからな……さすがに認めざるを得ない」

 

 そう、実体験だ。俺はこの事について深く……それはもう深く思い知ったのだ。

 なんか……俺って、銀子ちゃんのこと、全然理解出来てなくね? と。

 

「……幼い頃からあんだけ一緒にいて何を言っとんじゃって話だけど……うぅむ……」

 

 我ながら情けない話なんだけど、俺は銀子ちゃんの事を──実の姉弟みたいな環境で育った相手の事を、なんか全然まるっきり理解していなかった。

 つっても勿論分かっていた事もある。そりゃ沢山あるんだけど、それは例えば銀子ちゃんがどういう事をされたら怒るとか、怒ったらどうなるか、どう仲直りすればいいか、とか不思議と頭に浮かぶのは怒らせた時のことばっかりで。

 特に銀子ちゃんは昔からあんまり笑わない子で。笑った顔よりも怒った顔や泣いた顔の方が見た回数が多いんじゃないかって思うぐらいで。だからこそ時折見せる笑顔に俺はクラっと来ちゃうんだけどまぁそれは良くて。

 けれども本当は優しい子で、優しいならそんなに怒る事なんか無いはずで。でもよく怒って、全然笑ってくれなくて、それなのに一緒にいたいと思わせるなんとも不思議な子で。 

 

 とにかく……『難解』。銀子ちゃんはとても難解な子なんだよ、っていう事は理解していた。

 つまり『俺って銀子ちゃんのこと理解出来てないよね』って事は理解していたんだよ、みたいな。

 ううむ、これが無知の知というやつか。いや違うか。とにかく知らんという事は知っていたけど、それって結局なんも役に立たないよねーみたいなー。

 

「実際俺の経験や理解なんてなーんも役に立たなかったもんなぁ。告白する瞬間だって心臓バクバクで死ぬかと思ったし」

 

 未だ脳裏に残る星空の景色とその時に交わした封じ手の事を思い出す。

 告白という一大イベントであっても、相手の事を理解していたらあんなに緊張したりはしないだろう。緊張というのはその成否が読めないから、相手の返答がどちらか分からないからドキドキするわけで。

 さながら対局で接戦の最中に勝負手を放つ時の緊張と同種のものであって……勝負手という事はつまりその時点ではまだ詰めてはいないという事で、それはつまり詰みを読み切る力が無いという事で、それはつまり理解力の無さからくるものであって……。

 

 まぁ要するに……何が言いたいのかと言うとだ。

 その……銀子ちゃんってさぁ……俺の事が、好きだった……みたいなんだよね。これが。

 でその事をね、俺はまるで理解していなかったわけさ。欠片も察知出来ていなかったわけ。あの子がずっと俺に向けていたはずの好意を、そんなものは皆無だろうとすら思っていて。

 それどころか一時期は嫌われているとすら思っていたから……さすがにふざけんなと。あれだけずっと一緒にいて、それでいいのか九頭竜八一よ。一体お前はなんだんだ、って言いたくなったよね、我が事ながらわりとマジで。

 それでいてさっき説明したように相手を酸っぱいブドウだと思い込む事で、チャンスを得られない自分を正当化してたってんだから、もう……もうなんつーか救いようがない。

 

「……でも、だってさぁ、大嫌いとか言われてたし……それなのに『この子って俺のこと好きかも!?』って思うのは自意識過剰じゃん……」

 

 銀子ちゃんは銀子ちゃんで大好きな相手にも『大嫌い』とか言っちゃうような子だから。そういう難解な所が俺の理解力の無さに拍車を掛けていたのだ、という言い訳をここにさせて頂く。

 とはいえ俺が銀子ちゃんの事を全然理解出来ていなかったのは紛れも無い事実で。恋人になった以上、今後はあの子の全てを理解出来るよう俺も精進するつもりだ。……が、ひとまず現状はてんで理解出来ていないものとしてこの研究を進めるべきだろう。

 

「……ほんとなぁ、銀子ちゃんって……俺のどこが好きになったんだろ……」

 

 封じ手成立時から気になってはいるんだけども考える度思考が空回りする。マジで女性にモテた経験が無いから皆目見当が付かないんだよなぁ。……顔? 顔か?

 でも顔が好きだったらその顔にパンチしたりはしないと思うんだよなぁ。前に銀子ちゃんは俺の右手が好きだってカミングアウトしてたけど、まさかそれだけで決めたってことは無いだろうし……。

 ……いや意外とあったりするのか? 右手が好き過ぎてそれだけで他の全てに勝る、とか? あり得ないと言いたいが銀子ちゃんだしなぁ。ソースが好き過ぎて何にでも掛けて食べるような子だし案外あり得るのかも……でもそれだとあの子にとって俺の価値は右手しかないってことに……ぬぬ、さすがにそれを認めるのは……。

 

「と、とにかくっ! 銀子ちゃんは難解で読めない! 大事なのはそこだ!」

 

 考えても答えは出そうにない。俺にはあの子のことがまるで読めない。

 好きだったという事実も、その理由も含めて諸々。俺の読みが通用するのなんて将棋盤の上での出来事に限るという事なのだろう。

 

「読みに頼れないってのはとても難しい状況だ。いっそ恐ろしい状況と言ってもいい」

 

 相手のことが読めない。となるとその気持ちの変化も読めない。

 どうして好きになったのかも分からないのならどうして嫌いになるかも分からない。分からないって事はつまり対策が取れないという事で。

 次会った時に銀子ちゃんから「なんか八一のこと嫌いになったから別れて」などと言われた場合、返す一手が何も無いという事だ。

 

「そこで利くのが結婚! この一手ね!」

 

 これだ! とばかりに俺はパンと膝を叩いた。

 相手の指す手が読めない、それならば次の一手で決着まで持ち込んでしまえばいいのだ。

 そうすればもう俺の勝ちだもんね。銀子ちゃんがとても難解な子で読めない相手である以上、さっさと結婚しちゃうのが一番確実で一番安全、これ以上ない対処法だと言える。

 

「やっぱ型から入るのは大事なんだよな。以前にもそんな話を聞いた気がするし」

 

 気持ちや心というのは不確かで不安定なもの、言わば溶かした状態のチョコレートみたいなもので、しっかりとした型に入れて初めて意味を持つのだ……的な事を誰かが言っていた覚えがある。

 これは実に的を射た発言だと思う。俺と銀子ちゃんの関係はまだまだ不安定、つーか恋人なんて言っちゃえばなんの保証もない不確かな関係だからね。しっかりと型に入れて固めなければならないのだ。

 

「形式的に、ってやつだよね。それだけ叶えば現状の俺的には十分なわけで」

 

 結婚っていうと華やかな結婚式をイメージしがちだけど、形式的な結婚としては役所に婚姻届を提出するという手続き一つだけで成立すると聞く。

 実にお手軽で簡単だ。たったこれ一つの手続きだけで一番肝心な形式を整えられるってんだからこりゃもうしない理由がないだろう。

 

「となると残りの問題は……どうやって銀子ちゃんを丸め込む、もとい説得するかってとこだけど……」

 

 最期にして最大の問題、俺はぐっと頭を沈めて思考に没頭する。

 前提として、銀子ちゃんは俺のことが好き。好意を抱いてくれている。だったら結婚しようってプロポーズしてもノーとは言わないだろう……と思いたいところだけど、うーむ。

 好意があるって言ってもなぁ、ノーとは言わないからってイエスと言うかはまた別の話だもんなぁ。交際してまだ一月も経っていない段階でのプロポーズってのはさすがに早すぎてちょっと……みたいに拒否られる可能性は十分にある。

 

「せっかく恋人になったんだ、ここで変にプレッシャーを掛けるのは良くない……つーか、あんまり結婚を大事に捉える必要は無いと思うんだよな。そもそも俺達はまだ婚約しか出来ないわけだし」

 

 とりあえず婚姻届だけでも書いとかない? みたいな軽いノリでいくのはどうか。

 それなら銀子ちゃんも「あ、うん、書くだけなら」みたいな感じで軽く頷いてくれるかもしれない。その後二年経ったら俺が役所に提出してきてハイ完了。これでどうだ。

 

「結婚の仕方としては味気ないけど、そこは重要じゃないからな。むしろあっさり終わった方が良いまである。そんなところで変に波風立てる必要は無い」

 

 結婚したから何かがどうにかなる、ってのは別に俺が求めているものじゃ無かったりする。

 極論言えば俺は結婚という事実が欲しいだけかもしれない。だから結婚して何かが変わらなくても、俺と銀子ちゃんの関係性が一ミリも変化しなかったとしても全然構わない。

 なんたって今の関係性で十分満足だからね。あの子のそばにずっと居られること。それが一番重要なことで、そこさえ確実なものと出来れば他は全て些事と言えよう。

 

「婚約したんだから相応の態度を取って欲しいとかそんなんじゃなくて、全然今まで通りでいいから。……ってのを前面に押し出せば結婚への心理的なハードルも多少は下がるはず」

 

 婚約したって何か変えたりする必要は無い。で必要な手続きは婚姻届にササっと記入するだけ。

 ここまで心理面と手続き面でのハードルを下げてしまえば……さしもの銀子ちゃんと言えどもピョイっと軽く飛び越えてくれるのではなかろうか。

 

「そもそも思うんだけどさぁ、付き合うイコール結婚みたいなもんじゃね? そうだよね? だったらもういっそ付き合ったら自動的に入籍まで確定させてくれるような制度が出来たってよくね?」

 

 付き合ったらその時点で即結婚制度。これでどや。

 だってだって、俺は銀子ちゃん以外の人と一緒になるつもりなんて無いし。んで銀子ちゃんもそう思ってくれているんだったらこりゃもう即結婚したって問題ないじゃん?

 んで仮にそうじゃない場合。もし仮に別れる可能性が片方に、あるいは両方にあるとしたら。それがどうしようもなく回避不可能なものだったらそれこそ付き合っていようが結婚していようが別れることになる。だったら結婚していたって問題はないはずだ。 

 ……以上より、付き合ったらその時点で即結婚制度には何も問題が無い事が証明されたのだ──

 

「……的な感じの説明で、なんとか銀子ちゃんを納得させられないかな?」

 

 さすがにちょっと強引過ぎるか? いやでも間違ったことは言ってなくない?

 それに相手は銀子ちゃんだ。あの子は押しに弱いところがあるし恋愛事への耐性も無い。なんかイイ感じな雰囲気になった時にちょっと強引にでも詰め切ってしまえば……。 

 

「……いける、か? ……うん、いけるかもしれないな」

 

 俺の読みがそう言っている。

 銀子ちゃんとの恋愛ではまるで通用しなかった俺の読みだけど、しかしあの子のポンコツ度具合を図る目的でならまだ使用可能なはずだ。この点において大外しした事はまだ無い。

 あれ? 銀子ちゃん知らなかったの? そっか、三段リーグ戦に集中してて気付かなかったみたいだけど、つい先日ここ大阪府では付き合ったらその時点で即結婚制度が施行されたんだよビックリだよねー、ってことにすりゃいける気がする。

 

「よし。となればあと必要なのは……指輪か」

 

 プロポーズには婚約指輪が必要だ。

 ならばここでの最善手はそう、善は急げあるのみ。

 

 こうして──結論を得た俺は勢い良く立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして。

 

「──有難うございました。お客様とお相手様共々、お幸せがあらん事を祈っております」

 

 店員さんの深々としたお辞儀を背後に感じながら店を出た。

 

「……うーむ」

 

 そんな俺の手元には。

 綺麗な紙袋の中で眠るベルベットの小さな箱。

 

「……買っちゃったよ」

 

 ペアリング。

 ……つーか、婚約指輪。買っちゃった。 

 

「……ははは、よく考えたら指のサイズも計ってねーじゃんっていうね」

 

 婚約指輪はいつでもサイズ直しをしてくれるとの事なので、それならいいかと買っちゃった。

 銀子ちゃんの手に嵌める指輪。白くて繊細でとっても綺麗なあの子の指に似合いそうな指輪。棋士の指に嵌めるものなので宝石類は小さめに、華美な装飾も少ない控えめなデザインの指輪を選んだ。

 これなら対局中でも邪魔になったり相手の迷惑になったりはしないだろう。つってもさすがに対局中は外すかもしれないけど、出来れば嵌めたままでいてほしいなー……なんてことを考えたり。

 

「……はぁぁぁ~」

 

 大きな買い物をした時特有の虚脱感というか、こう……やっちゃった感が胸の奥から全身にまで広がる。

 結構奮発した。棋士の給料は毎月行われる対局の勝敗如何で大きく変動するので俺の給料三か月分ちょうどを計算して買ったってわけじゃないけど、それでも将棋界最高峰のタイトル所持者が恋人にプロポーズするのに相応しいぐらいの代物ではあると思う。

 こんなに小さくて、こんなに軽い箱の中にそんな高額なものが。ヤバいなこれ失くしたらどうしよう。ちょっと震えてきた。

 

「つーか、なんか……ちょっと、先走り過ぎた……ような?」

 

 ジュエリーショップで指輪を選んで待っている間、だんだんなんか頭が冷えてきて……ね。

 冷静になって考えてみると……指輪を買うのもプロポーズするのも、ちょっと早くね? みたいな。

 だってつい先週付き合い始めたばっかりだよ? まだ一ヶ月も経ってないんだよ? それでもう結婚っていくら何でも早くないか? 

 さすがに銀子ちゃんだってまだ気持ちの準備なんか出来てないだろうし困るでしょそんなんプロポーズされたって。つーか付き合ったらその時点で即結婚制度ってなんだ? ふざけてんのか?

 ……みたいな思考が……次から次へと出てきて……早速ちょっと後悔、みたいな……いや後悔はしてないんだけど……ただちょっと急ぎ過ぎたような感が否めないっつーか……。

 

「……勢いだけで買っちゃった感は、ある」

 

 それは大いに認める。

 ……がしかし、こんな高額な代物を買う時には多少なりとも勢いが必要だと思うんだ。

 悩んで悩んでうーんどうしよう……みたいにしてたらいつ買えるか分かったもんじゃないし。それなら勢いだけは味方してくれている間にパッと買っちゃうのも正解だろう。

 

「それに……一応、ほら、単に恋人記念のペアリングってことにしちゃう手もあるわけだし?」

 

 いきなりプロポーズってなると構えちゃうだろうけど、恋人にプレゼントを渡すってんなら至って普通の事だ。それにしてはちょっと金額がぶっ飛んでいるけどそこさえ隠せば問題無い。

 そういえば今年の銀子ちゃんの誕生日はまだプレゼントらしいものをあげてなかった。だからもし現段階での婚約は早急だなと判断したら誕生日プレゼント代わりにしちゃったっていいだろう。

 むしろ最初はそういう事にしておいて、後々にあれは婚約指輪だったんだよーってことにしちゃう手も……それなら銀子ちゃんも一度受け取った手前いらないとは言いにくいだろうし、そうなればもう結婚を受け入れるしか無い訳で……おぉ、これは即結婚制度よりも更に完璧な作戦かも……!

 

「……ま、まぁ、とにかく……準備は出来たな。あとは……きっかけと、タイミングか」

 

 普段から持ち歩くのはちょっと怖いけど……鞄の奥にでも潜ませておいて。

 どこかでいい機会があったら……これを渡そう。

 

 この婚約指輪を──あの子に。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 ──という経緯が。

 

「ねぇ八一。ちょっと気になったんだけど……」

「なに?」

「この指輪ってさ……一体いつ買ったの?」

「──えっ?」

 

 ──という経緯が、ある。

 そんな事を、今、唐突に思い出した。

 

「さっきね、サイズ直しの注文をしている時にお店の人と少し話したんだけど……これを購入したのは去年の事だって言われて」

「あ、あぁ……」

「去年に買ったの?」

 

 不思議そうに首を傾げる銀子ちゃん。

 

「まぁ……そう、だったっけ?」

 

 その視線から逃げるかのように俺は明後日の方を向く。

 

 あの時、勢い任せに購入したペアリングは──

 ──その一年後、婚約指輪という形で無事に役目を果たした。

 

 先日、俺はこの指輪を銀子ちゃんに渡して。プロポーズをして。──婚約をして。

 しかしサイズが全く合っていなかったのでサイズ直しをする為、去年一人で訪れたジュエリーショップに今度は二人で来店して。

 そこでサイズ直しの注文を済ませてお店を出た後、銀子ちゃんにそんな事を聞かれたのだった。

 

「けれど……去年って言ってもいつのこと?」

 

 ……えっと。

 

「だって正式に付き合い始めたのが九月で、そのすぐ十月からは竜王戦が始まるからあんたは忙しかったはずで」

 

 ……ええっと。

 

「それが終わって十二月は……ほら、私が色々あったし。中々買うタイミングなんて無かったんじゃない?」

「ま、まぁそうだね……でも別に竜王戦があるからって指輪一つ買うぐらいの時間的余裕は」

「それとも……その前? もしかしてこれ、私と付き合う以前からたとえ誰に渡す事になっても良いように予め用意していたんじゃないでしょうね」

「ち、違うよそんなっ!! それは正真正銘銀子ちゃんに渡す為に買ったんだってっ!!」

「でもこれ指のサイズが私とは全然合ってなかったし」

「そ、それはその……買う時にサイズが分からなかったから……」

「さては誰に渡しても問題無いようにわざとサイズを適当にして……」

「そんなつもりは無いってっ!!」

 

 銀子ちゃんの疑いの視線を俺は慌てて否定する。

 しまった! つい先走って指のサイズすら調べずに買っちゃった事がこんな疑いに繋がるなんて!

 

「そ、そうだ! 指輪に刻印が入ってるでしょ! ほら、俺と銀子ちゃんのイニシャルがちゃんとさぁ!」

「まぁそうね。だからさすがに今のは冗談だけど」

「だ、だよね……さすがに冗談だよね……」

「でも、それじゃあ結局この指輪はいつ買ったの?」

「そ、れは……」

「なによ、隠すような事じゃないでしょ?」

 

 そう言われると……まぁ、隠す程の事ではない、か。

 ちょっと恥ずかしいけど仕方無い。俺は一度ふぅと息を吐いて。

 

「買ったのは……九月だね。九月の二週目ぐらいだったかな」

「……ん?」

 

 すると銀子ちゃんは。

 きょとんとした顔で「九月? 二週目?」と呟いて。

 

「え、けど私の三段リーグ戦が終わったのってたしか九月の六日とかだったはずじゃ」

「そうだね。だからその五日後ぐらいに買ったような覚えがする」

「……五日後?」

 

 銀子ちゃんは段々と、様子のおかしなものを見るような目になって。

 

「正式に付き合い始めたのが九月六日で? その五日後に? 買いに行ったの?」

「うん。なんか……欲しくなっちゃって」

「……婚約指輪を?」

「……うん。なんか……結婚、したくなっちゃって」

 

 ……改めて考えると、アホやな、俺。

 あまりにも展開が駆け足過ぎる。勢い任せと言っても限度があるだろう。

 

「さ、さすがにちょっと気が早かったかな。はは、はははは……」

 

 乾いた笑いで誤魔化すしかない。マジでどんだけ浮かれていたんだ、当時の俺よ。

 そりゃあもう浮かれていた。あまりにも浮かれていた。銀子ちゃんとお付き合い叶ったことが……うん、ホントに嬉しかったんだろうなぁ。

 一週間も経たずに婚約指輪を買いに走っちゃう程の浮かれっぷりは……一年経った今になって振り返るとさすがにおいおいお前と言うか、いたたまれなさがすごい。

 

「………………」

 

 そんな当時の俺の浮かれポンチっぷりにはさすがに思う所があったのか。

 

「……せっかち」

 

 銀子ちゃんにそう言われた。

 じっとこっちを見つめるその顔はいつもより赤くなっている。かわいい。

 

「なんなの? どんだけせっかちなの? いつからそんな急戦派志向になったの?」

「いやぁ、なんだろ……ほら、何事も早きに越したことはないかと思って……」

「……そんなに私と結婚したかったんだ?」

「あー……まぁ、当時の俺はそういう思考だったらしいね、うん……」

「したかったんだー? へぇー……」

 

 照れながらも顔がにまにましちゃってる銀子ちゃん。あぁもうかわいいなぁ畜生。

 

「そっかぁ、じゃあこれは八一にとって一年前からの念願だったんだ?」

「そ、そうだね……そうとも言えるかもね」

「良かったね。念願叶って♡」

 

 にっこり♡ と括弧書きが付きそうな程の良い笑顔である。

 

「ハハハ……当の本人がそれを言いますか」

「だって私は嬉しいよ? どんな事であろうとも八一の念願が叶ったんだから」

「それを叶えてくれたのは銀子ちゃんだけどね」

「そっか。じゃあ私に感謝しないとね」

 

 ふふーん、と鼻を鳴らす、なんとも機嫌の良さそうな銀子ちゃん。

 駄目だ。一度優位に立たれると簡単には挽回出来ない。暫くはこのネタで擦られそうだな……。

 

「で、でもさぁ! 銀子ちゃんだってそういう事考えたりしなかった!?」

「そういう事って? 結婚したりってこと?」

「そうそう! 付き合い始めたての時なんかつい先走って将来の事考えちゃったりするじゃん!」

「私は別にそんなこと……無い、とまでは……言わないけど」

「ほらやっぱり!」

「でもそれで婚約指輪を買っちゃう程せっかちじゃありませんしー。結婚したがりの八一とは違いますしー」

「ぐぬぬ……」

「ふふっ、せっかち過ぎ。おばか」

 

 バカな弟を諭すように微笑むその顔は、俺が世界で一番好きな表情で。

 ……やっぱり早きに越した事は無い。おかげで久しぶりに銀子ちゃんの笑顔が見られた。

 再会してプロポーズして以降も、まだ銀子ちゃんは浮かない顔をしている事の方が多かったから。

 

「まぁでもこの指輪、センスは良いわね。せっかちなあんたが勢いで選んだにしてはさ」

「そ、そうでしょそうでしょ! 良い指輪でしょ! どれが銀子ちゃんの指に合うかなーってめちゃ悩んだよ、ジュエリーショップを何件も回って」

「さすがにこれは他の女の入れ知恵ってことはないわよね? もしそうだったら怒る、というか引くけど」

「いくらなんでも婚約指輪を選ぶのに他人の力は借りないって! その分大変だったけど……あそうだ、その指輪がどれぐらいしたかって気にならない?」

「む。確かにそれは気になってたけど……私が聞いちゃっていいの?」

「別にいいよ。ちょっと耳貸して。実はね……ごにょごにょ」

「──えっ!? そんなにするの!?」

 

 給料約三か月分。

 こうして銀子ちゃんと明るい話題で盛り上がれる分の価値はあったなと感じた。

 

 

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