銀子ちゃんを可愛い可愛い×5するだけの話(+短編集)   作:銀推し

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八一と銀子が同棲を始める話②

 

 

 

 

 大阪府大阪市、福島にある関西将棋会館。

 そこから歩いて十五分程の距離に流れる大川沿いにあるマンション。その801号室。

 

「お邪魔しまーす!」

「………………」

 

 玄関に上がったら八一が元気良く挨拶をした。私はしない。

 

「ちょっとちょっとぉ銀子ちゃん、ここは『今日からはお邪魔しまーすじゃなくてただいまーでしょ?』ってツッコんでくれなきゃ」

「………………」

 

 無視。

 アホは無視して肝心の部屋を、久しぶりに足を踏み入れた室内を見渡してみる。

 

「…………ふぅん」

 

 今日、こうして下見に訪れた訳だけど。

 改めてこの部屋を眺めてみると──

 

「うわぁ! 良い部屋だねぇ!」 

「……そう?」

「もっちろん! こんな素晴らしい部屋に住めるだなんて幸せだなぁ!」

「そこまで言う程の部屋じゃないと思うけど……」

 

 二年程前に私が購入した物件。三段リーグ戦に挑んでいた頃はよく利用していたけど、その後は長期休養を挟んで復帰してからも実家で生活していたので、この部屋を訪れるのは懐かしい感じがする。

 購入した時点では新築だったし普段から誰も住んでいないので部屋自体はほぼ新品と言える。ただちょっと埃っぽいかも、ここの掃除は八一の役目なのに……さてはこいつ、私がいない間すっぽかしていたわね。

 

「ここはあくまで将棋に集中する為の場所で住む為に買ったマンションじゃないってのに……」

 

 埃っぽさは掃除すれば済む話だけども、元々決まっている部屋の間取りだけはどうにもならない。

 この建物はワンルームマンションだ。つまり一部屋しかない。先程言ったように将棋に集中する為に静かな場所が欲しかったから購入したもので、当時はここに住むつもりなんて全く無かった。

 購入用途が異なるのだから仕方がない事なんだけど、こんな事になるって分かっていたなら普通の2LDKマンションとかを選んだのに……。

 

「……はぁ」

 

 今更になってそんな悩みを。

 と後悔してもどうにもならない。今だからこその問題が私の頭を大いに悩ませる──

 

 ──ど、どうせい、なんて。

 

「……はぁぁぁ」

「まぁまぁ、そんな溜め息吐かないで。どんなところでも住めば都って言うじゃないか」

「それ、誉め言葉に聞こえないんだけど」

 

 一応ワンルームとはいえ広めの物件を購入したから……住めない事は無い、と思う。

 それこそ私達が子供の頃一緒に住んでいた師匠の家の二階の子供部屋と比較したら二倍、ううん三倍以上は広い。なので当時の環境を思い出せばこれでも十分快適になったと言えなくもないんだけど……でも、でもねぇ。

 当時と今とでは色々違う。何が違うって私も八一もあの頃とは年齢が違うのよ。子供の頃なら気にならなくても今では気になっちゃう事が沢山あるじゃないの。っていうかそういう事が沢山あったからこそ私も八一もあの部屋を出て二人別々に暮らしていたってのに──

 

「また同じ部屋で一緒に……って、どうしてこんな事になったの? 何かがおかしい気がする」

「何もおかしい事はありません。俺達は結婚するんだから同棲するのも必然なのです」

「うぅ……」

 

 したり顔で答える八一。ムカつく。

 ていうか、その、それね。まだちょっと直視出来ないからあんまり言わないで欲しい、んだけど。

 

 だってっ、ど、どうせい……どうせい……。

 ど、どうせいだって。同棲だ。八一と同棲することになってしまったっ!

 この一部屋しかないマンションで! ここで一緒に住むんだって! 私と! 八一が!

 

「……油断してた」

「え?」

「まさか八一がこんなに手が早い男になっていたなんてね。さすがの私も不覚を取ったわ」

「て、手が早いってなにさ! 別に悪いことしているわけじゃないでしょ!」

「……どーだか」

 

 まったくこのバカときたら……少しばかりこっちが油断していたらすーぐこれなんだから。

 八一がそれまで住んでいた西宮のマンションを出る羽目になったって話は聞いていたけど……それですぐさま標的を私に変えて仕掛けてくるだなんて。なんて抜け目のない男なのかと言う他無い。

 

「確かに銀子ちゃんにとっては急な話になっただろうからそれは悪かったと思ってるけどさ、そうは言っても別に突拍子もない話ってわけじゃなかっただろ?」

「……そうかしら」

「そうだって。なんせプロポーズしたんだ、そしたら同棲だって自然と選択肢に挙がってくるでしょ」

「……むぅ」

「何事も善は急げって言うし、来年のことを考えたら早めに準備しておいた方がいいんだって」

「むむぅ……」

 

 来年、来年……と脳裏で繰り返しながら、自然と私の右手親指が、さすさすと。

 左手の薬指に嵌められている指輪の縁を撫でる。最近これが癖になっちゃっていたりする。さすさす。

 

 ま、まぁそりゃあね? こうして婚約指輪を受け取っているわけですしね? 結婚後の生活のことを考えていなかったわけじゃないのよ? むしろそこに意識がいくのは当然の事だと思うしね?

 だから八一の言う通り突拍子も無い話かって言われると……むむぅ。ていうかさっきのあいつの言い分を聞く限り、私が来年の誕生日を迎えて結婚可能年齢になったらすぐに入籍して一緒に暮らすつもりでいるみたいね……まったくこのバカ……ほんと堪え性が無いって言うか、なんていうか……。

 

「……おバカ。せっかち」

「普通だって。ふつう」

 

 まったくバカ八一ときたら……結婚が決まったと思ったらすぐに同棲だなんて……。

 いくら私のことが好きだからって……そんな、そんなに急かさなくてもいいじゃないの。いきなり有無を言わせず同棲しようだなんて、そんなに私と一緒にいたいのかしらね。まったく……。

 急な話になって悪かったとか言いつつも、あの時の八一の目には私にノーとは言わせない圧があった。あれはフェアな提案のように見えて実際は強制だったのだ。まったく、どうやら八一はとっくに私を自分のものにしたつもりでいるようね……まったく……まったくもう……♡ ばかばか……♡

 

「ばか。ばかばか。こんな狭い部屋に私を押し込めて……一体どうするつもり?」

「別に押し込めるってわけじゃ……それにそこまで言う程に狭くもないって。部屋数にさえ目を瞑れば最初のアパートとそう変わんないよ」

「ふんっ、隠しても無駄よ、八一の狙いはとっくに分かっているんだから。こんな部屋で同棲だなんて……準備だとか善は急げだとかは建前で、本音はどうせえっ、え、えっちな事を考えてるでしょ?」

「い、いやいやそんな別に……そういうのじゃないって、ほんとに」

 

 うそ。うそだもん。私知っているんだから。八一の魂胆なんてお見通しなんだからね。

 だって同棲ってあれでしょ? 同じ家に一緒に住んで二十四時間毎日ずっと一緒ってことでしょ?

 そしたらどうせイチャイチャするんでしょ? 二十四時間ずっとイチャイチャするんでしょ? それが毎日で三百六十五日で一年中ずっとイチャイチャするんでしょ?

 そんなにイチャイチャするなら……え、えええっちなことだって沢山するに決まってるもん。どうせそれが八一の狙いなんだから。絶対そうに決まってるんだからっ!

 

「えっち。すけべ。エロドラゴン」

「違いますって。俺はただ今後のことを考えた時に──」

「……八一が正直に白状するなら、したいこと全部してあげてもいいけど」

「エェェッ!? ほ、ほんとに!!?」

「ほら! その反応が何よりの証拠よ!!」

「てちょっとっ! 今のはさすがにズルいって!!」

 

 ズルくないもん。あやしさ満点の八一が悪いんだもん。

 なんせこの部屋、八一が言うように広さはまだマシだとしても一部屋しかない。広々としたリビング一つでそのスペースを区切るものが何も無い。

 これでは何もかも丸見え、プライベート空間が無いここでは全てが明け透けになってしまう。当然着替えだって見られちゃうし、どうせお風呂だって覗かれちゃうのだ。これで下心無しだなんてとても信じられないわよね。

 

「なんかもうワンルームマンションで一緒に住むってだけで卑猥な感じがする」

「そ、それはちょっと横暴な意見だと思いますが……」

「あんたさ、前に住んでいた家でも小童一号二号共をこういう逃げ場のない環境に置いて有無を言わせず楽しんでいたんじゃないでしょうね?」

「んなことするかい! 前に住んでいた家はどっちもワンルームじゃなかったし、そんな事は銀子ちゃんだって知ってるでしょ!!」

「……そうだっけ?」

「そうだよ!」

 

 声を荒げる八一。うっさい。

 ていうか福島のアパートは元々私が選んであげた物件だからそりゃ知っているけど、西宮のマンションがどうだったかは知らないんだけどね。どうやら後で八一を問い詰める必要がありそうだ。

 

「あい達とは同居! あくまで同居です! きちんと別々の部屋で節度ある暮らしを送っていました! これだけは断固として主張します!!」

「……まぁいいわ。じゃあそういう事にしておいてあげるけど」

 

 ま、今更そこを突いてもしょうがないし。

 ていうか突けば突くほど業腹になりそうだからそれはいいんだけど。

 

「でも、じゃあなんで私はここなわけ?」

「え?」

「小童共にはきちんとした部屋を用意しておいて、どうして私の時にはこんなワンルームでプライベート空間が何もない部屋になるわけ?」

「えぇ? いやだってそりゃあ……」

 

 きょとんとした顔になる八一。

 は? なんなのその顔は?

 

「私だけこんな扱い……差別なの? いじめなの? やっぱり小学生贔屓なの?」

「いやそういう訳じゃないけど……だってきみ、お嫁さんじゃん。俺の」

「ふにゅっ!?」

 

 びっくりして喉の奥から変な声が出た。

 そ、そうだった。私はお嫁さんだった。嫁ですがなにか?

 ていうか八一のやつ……当たり前のことを言うような顔をして……うぅ。

 

「同棲するのは結婚の準備だって言っただろ? 差別じゃなくてむしろ特別扱いって思ってくれよ。ここで一緒に暮らそうってのはプロポーズをした銀子ちゃん相手じゃなきゃ絶対に言えないって」

「ん……ぅ、むぅ……」

 

 そっか、特別扱いかぁ……。

 そう言われると……そりゃ悪い気はしないんだけど……うぅむ。

 

「……さすがの私でもちょっと荷が重いかも、とか言っちゃダメ?」

「駄目です。ワンルームでの同棲なんてカップルならそう珍しい話じゃないって。世間一般では良くあることだよ」

「それは……そうかもしれないけど……」

 

 一般的なカップルが普通にしている事。そう言われると荷が重いとは返答しにくくなる。

 けれど……ど、同棲かぁ。ここで八一と一緒に住むのかぁ。ど、どうしよう、どうしよう……。

 だってさぁ、朝とかどうすればいいの? 普通に起きるのも無理じゃない? 寝起きの顔とか八一に絶対見られたくないんだけど! だって私朝弱いし! 恥ずかしいし! 

 ていうかさぁ! 四六時中こいつと一緒にいるとか一生落ち着ける気がしないんだけどっ!! 一体全体なんでこんな事になったのか……って結婚するからよね……結婚……。

 

「……うぅ、私達ってほんとに結婚するの?」

「ちょっと銀子ちゃんっ! 今さらそれを言うのは駄目でしょ!」

「うぅう……」

 

 怒られてしまった。そりゃ分かってるんだけどぉ……。

 

「……つってもまぁ、正直気持ちは分かるよ。これからの事を考えると俺だって緊張するし」

「八一も……緊張するの?」

「そりゃあね。ここで銀子ちゃんと一緒に住むってんだから……」

 

 八一はきょろきょろとどこか落ち着かない様子で部屋の周囲を見渡す。

 そっか、こいつも緊張してるんだ……私だけじゃないんだね。ちょっと一安心。

 

「内弟子時代と同じような感覚で生活出来ればいいんだけどね……きっとそう簡単にはいかないだろうなとも思ってるよ。でもさ、だからこそ早めに経験して慣れておく必要があると思うんだ」

「それは、まぁ……そうかもね」

 

 確かに。こういうのは無理やりにでも経験して早く慣れてしまった方が楽かもしれない。

 内弟子時代には出来ていた事、ほんの五年程前には当たり前だった事だ。今になって無理だって事はないだろう。

 ……ないはず。たぶん。

 

「でも……」

「なに? まだなんか不満があるの?」

「不満っていうか……こんな事言うのはあれだけど身バレは気にしなくていいの? こんな将棋会館に近い場所で一緒に住んでいたらスクープされるのも時間の問題だと思うけど」

「あ~……その事かぁ」

 

 そう、マスコミ問題もある。どうやら八一も気になってはいたのかぽりぽりと頭をかく。

 自分でこんなこと言いたくはないけど私は結構な世間的知名度がある。将棋もそうだけど、それ以外のプライベートに関する事でもよく記事を書かれる。というかむしろそっちの方が多いかもしれない。

 一介の棋士の範疇を遥かに超えて、本当に不本意なんだけどアイドル扱いのようなものを受けているので、八一と同棲している事が発覚しようものならあれこれ言われて騒ぎになるのは火を見るよりも明らかだ。

 

「いやさぁ、それは俺も考えたんだけど……そうは言ってもいずれは公になる事だろう? 同棲しようがしまいがそもそも婚約を済ませているわけで」

「ん……」

 

 私は右手の親指で婚約指輪の縁を撫でる。さすさす……。

 そうなのよね……事実を隠すって言っても限度がある。例えばこの指輪だって……八一から貰った婚約指輪、ずっと嵌めていたい。日常的に嵌めていたいんだけど……もしバレたらどうしようって思いもあって悩み中なのよね。

 それならいっそ婚約の事実を公表しちゃえば。そうしたら最初は大騒ぎになるだろうけど、その後は堂々と婚約指輪を嵌めて生活出来るわけで。そっちの方が楽なのかなぁ、うーん……。

 

「そりゃ銀子ちゃんはアイドル顔負けの人気があるけどあくまでも棋士。恋愛禁止なんて決まりは無いんだから婚約したってファンを裏切ったとかそういう話にはならない。別に悪いことをしているわけじゃないんだから大丈夫だって」

「それはそうだけど。じゃあ私達の関係を記者に聞かれたら八一はなんて答えるの?」

「そりゃあ勿論『空銀子さんとは結婚を前提にした健全なお付き合いをしています!』って言うよ。つーかそう言うしかないでしょ。事実その通りだし」

「事実ぅ?」

「そうだよ? 事実でしょ?」

 

 八一はえへんと胸を張る。

 しかし……事実とは如何に? 世に言う事実とは異なるものであるような気がしてならない。そんな思いで私は八一をじっと睨む。

 

「ねぇ八一。忘れているようだから一応言っておくけど……私ってまだ高校生だからね」

「うぐっ」

「八一はもう十九歳で成人よね。一方で私は未成年の高校生。これで健全なお付き合いって言えるのかしらね」

「そ、それは……」

 

 一気に言葉に詰まる八一。どうやらそこまで意識していなかったらしい。

 去年までならお互い未成年だし、来年にはお互い成人になるんだけど……今は結構微妙な時期だったりする。だから素直に後一年間待てば良いものを。ほーんと八一ってばせっかちなんだから。

 

「なんか『成人男性が未成年の高校生とワンルームマンションで同棲』って字面にすると一気にアウト感が増すけど大丈夫なの? あんた逮捕されるんじゃない?」

「……い、いや、でもほら言うて二歳差だし……それに『成人男性が未成年の小学生と同居』していてもセーフだったんだからさ。そこはなんとか……なる、よね?」

「知らない。逮捕されなきゃいいけどね」

 

 セーフだったと思っているのはこの地球上でお前一人だけだ、と言ってやりたい。今更言わないけど。

 

「てかちょっと気になったんだけどさ、そもそも銀子ちゃんって高校生続けるの?」

「それは……考え中なのよね。今となっては学生でいる理由も限りなく薄くなったから……」

「あぁやっぱりそうなんだ。実は去年の時点でどうするのかなって気になってはいたんだよ」

 

 八一が指摘した通り、私が高校への進学を選んだ理由は主にスケジュールの都合からだった。

 当時の私は所有していた女流二冠と圧倒的な世間的人気のせいで仕事量が増加傾向にあって、それならば学生でいた方が学生という身分を盾に仕事量を抑えられた。だから高校に進学する事にした。

 しかしその後私はプロになった。奨励会員という修行中の身分でもなくなって、一介のプロになった以上は仕事量を減らしたいとは言えない。そうなると今度は高校生の身分が邪魔になる。

 その上私は一年間の休養をしてしまった。となると当然その期間の単位は落としているわけで……また一年生からやり直すってのも虚しいし、こうなった以上は中退もやむを得ないかなと思っている。ただそれはそれで騒がれそうなのが面倒なんだけど……。

 

「……まぁいいや、高校のことはそのうち考える。めんどくさいし」

「そ、そうだね。身バレやマスコミ対策もそのうち考えよう。めんどくさいし」

 

 臭い物には蓋を。私と八一の意見が一致した。

 

「とにかく……これで不満も疑問も無くなったよね?」

「……まぁ、ひとまずは」

「よしよし。それじゃあ銀子ちゃん、早速同棲生活を始めよっか!」

「て、え……始めるって……今日から?」

 

 さも当然とばかりの同棲開始宣言に私は困惑気味に答える。

 同棲はする。それはもう分かったけど今日から早速というのはちょっと難しいのでは。というのもこの家は一年近く放置していた家なので現状まだ生活の準備がまるで整っていない。

 

「今日は同棲する為の下見をしに来たんでしょ? この前約束した時そう言っていたじゃないの」

「まぁそりゃそうなんだけど」

 

 すると八一は機嫌良さそうに笑って。

 

「でもほら、ちょっと同棲の雰囲気だけでも体験してみようよ」

 

 そう言いながら、部屋にある二人掛けソファの片側に腰を下ろした。

 

(続く)

 

 

 

 

 

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