銀子ちゃんを可愛い可愛い×5するだけの話(+短編集) 作:銀推し
「ちょっと同棲の雰囲気だけでも体験してみようよ」
そんな事を言いながら、八一は。
部屋の隅に置いてある二人掛けソファ、その片側にとすんと腰を下ろして。
「準備なんて整っていなくてもさ、今から同棲の始まりってことで」
「なにそれ、意味分かんないんだけど」
「まぁいいからいいから。ほら銀子ちゃん、こーこ」
もう片側、空いているクッションをぽんぽんと叩いて、こっちおいでのサイン。
「……むぅ」
……今から同棲の始まりですって?
これは……この状況は……誘われている……あ、あからさまに誘われているわね……。
どうしよう。あえて、あえて飛び込んでみてもいいんだけど……しかしこうも分かりやすい誘いに乗るのはうむむむ……。
「銀子ちゃん、おいでおいでー」
「はぁ? 人を子供みたいに扱わないでくれない? 私は小学生じゃないんですけど?」
とか言いつつも、身体はすそそそ……と八一のそばに引き寄せられていって。
そしてぽすん、とソファに腰を下ろす私。
「ほら来たじゃん。やっぱり小学生かな?」
「は? 来てないけど? ちょっと疲れたからソファに座っただけですけど?」
とか言っている間にも八一の手が伸びてきたんだけど。私の肩にするりと回されたんだけど。
なにこれ? とか思っている間にそのままぐいっと引き寄せられたんだけど。なにこれこんなの……あぅ、力強い……八一の腕……。
八一にこういう事されると、私は……仕方がないので、身体をそちらに委ねてみたり。
「……なんなの? 今日は同棲の準備をするんじゃなかったの?」
「まぁまぁ。ちょっと疲れたって今言っていたし、それなら少し休憩しようよ」
「……同棲の準備は二人で一緒にしたいからって、八一がそう言うから今日こうしてわざわざ付き合ってあげたのに。やっぱり目的は別にあったのね、うそつき」
「嘘なんか吐いてないよ。準備は後でするから。あとで」
つーかさぁ、滞りなく準備を進める為にも一度同棲の雰囲気を味わってみる必要があると思うんだよねぇ、などと適当な事をほざく八一。
そして肩まで回されている手がそのまま私の髪を弄り始める。さわさわと指で梳くように。
「……なに?」
「いやぁ、銀子ちゃんの髪ってほんとに銀色だなぁって思って」
なんだそりゃ。今更そんな当たり前のことを……んっ。
八一の指先が、くるくると後ろ髪を弄られて……ふぅ、ん、くすぐったい。
「銀子ちゃんも素直になったなぁ。かわいい」
「……なにそれ。私は生まれた時からずっと素直ですけど?」
「そうだっけ?」
「そうよ。そうに決まってんでしょ?」
「そっか。じゃあそんな素直な銀子ちゃんなら俺のしたいことも分かってくれるはず」
「したいこと? って、あ……」
いつの間にか八一の顔がすぐ近くに迫っていた。肩に手を置かれて逃げ場はない。
というか特に逃げる気も無かったので僅かに顔を上向けた。だって私……素直だから。
「んっ……♡」
触れるような、八一とのキス。
柔らかい……すき。
「ちゅっ……ん♡ ……ねぇ八一、今日の目的はこっちだって正直に白状したら?」
「だから違いますって。今日の目的はあくまで同棲の準備だから」
「うーそ。絶対うそだもん。真っ先にこんなことしているのが何よりの証じゃないの」
「違うんだなぁ。全然違うんだなぁ」
違うの? 私はこっちが目的でもいいよ?
「なんかさ、それって大袈裟だと思わない?」
「大袈裟?」
「うん。目的は~、とかって言い方しちゃうとなんか大袈裟っつーか、物々しい感じがするでしょ? でもそれって変だと思うんだよね」
「そう……かな?」
「そうだよ。だって俺達は既に婚約していて、だから今は婚約者とイチャついているだけ。そんなの普通で当たり前のことだろ?」
ふつう! あたりまえ!
そ、そうなの!? でも、そっか……そう言われてみれば……た、確かに……!!
「プロポーズまでしたんだ。今更銀子ちゃんとキス一つするのにいちいち目的とか、そんな言い訳じみた物言いはしたくないんだよね」
「……ふぅん?」
「したくなったからしただけ。それでいいと思うんだ」
「……ふぅぅ~ん?」
な、中々言うじゃないの……ふ、ふんっ、八一のくせして偉そうに……。
「……それなら百歩譲って言い訳はしなくてもいいけど、私の許可はちゃんと取りなさいよね」
「それはあれだね、沈黙は同意とみなすってことで一つ」
「むぅ……そういうことなら……んっ」
「お?」
ならばと私は沈黙したままで。
餌を待つ小鳥のようにもう一度顔を上向けた。すると、
「そうそう、キスぐらい普通に当たり前にしたいよね……んっ」
「んぅ……♡」
ふにゅっと押し当てるようなキス。きす。きーす。八一とのキス♡
唇に伝わるじっとりとした熱が……すき。またしちゃう。何度でもしちゃう。
「銀子ちゃん……かわいい」
「やいちぃ……」
はぁう……やいちぃ……♡ 好きだよ……♡ すきぃ……♡
考えてみれば……私が復帰してからも色々あってお互い時間が中々取れなくて……だから、こうして八一とイチャイチャするのは久しぶりだったりして……。
八一……やいち♡ プロポーズをしてくれた私の結婚相手、私の旦那様……♡ すき……♡
「ちゅ……やいち……」
「……同棲したらさ、きっと毎日がこんな感じになると思うんだ。だから──」
「やいち。……んっ♡」
「あ、うん。……んっ、…………でさ、その雰囲気をこうして今のうちに──」
「やいち。きーす♡」
「あ、うん。……んぅ、…………でね、つまりこれも準備の一環であって、俺が何を言いたいかっていうと──」
「やいち。もっと♡」
「あ、うん」
私は何度も唇を差し出す。何度でも八一のおかわりがくる。
吐息を感じる距離。この距離とこの熱を独占出来るのは世界でただ一人、私だけなんだから。
キス……きす……何度でもしたい。するの。だって普通のことだって言ってたもんね?
「ちゅっ……ちゅ♡」
「ちゅ……、銀子ちゃん、ちょっと聞いて欲しいんだけど」
「やだ」
「えっ」
八一がきょとんとした顔になる。
は? なんなのその顔は? やだけど?
「あのねぇ、私に聞いて欲しい事があるならその前にキスなんてしないでくれる?」
「ご、ごめん……?」
私の気分を考えてね? もう同棲とかどうでもいいんだけど?
それよりも今はちゅうしたいんだけど? そうなっちゃうのは当然じゃない?
「だから先に目的を済ませちゃおうって言ったじゃないの。八一のばか。ばかー」
「おっと」
寄り掛かるようにしていた八一の側に更に倒れ込む。
そのままごろんと横になって、ぎゅうぎゅうと身体をねじ込んで、八一と二人でソファの上に寝転んだ。
ん、ううむ、ちょっと狭いわねこのソファ……もっと大きなやつを買った方がいいかも。
「八一、じゃま」
「って言われても身体を押し込んできたのはそっちだよね」
「しーらーなーい。せーまーい。でーてーけ」
「ちょっと、落ちる落ちるって、銀子ちゃんが」
私がソファから転がり落ちないようにぎゅっと抱き締めてくれる。
そんな八一の肩付近に私はうりうりと頭をねじ込む。うりうり。
「で、なんなの?」
「あぁうん。要するにさ、同棲を始めたらこんな感じになるのかなーって、その雰囲気を先に味わっておいた方が色々と準備も捗ると思うんだ。この部屋に足りないものとかも見えてくるだろうし」
「そうね。少なくとももっと大きなソファを買った方がいいって事は分かったしね。でも……」
「でも?」
「……同棲をするって、本当にこんな感じになる……のよね?」
「うん。多分」
こんな感じ。八一に抱き付いて。八一とキスをして。
それが目的って程のことでもなく、当たり前のように八一とイチャイチャして。
「なんか……毎日こんなことしてたら……なにも手が付かなくなりそうなんだけど」
「あぁそういうことか。銀子ちゃん、それはね、大いに同歩」
「同歩なんだ。そこは嘘でも否定しとかなきゃ駄目なんじゃないの?」
「でも実際俺だってそう思っちゃうからしょうがないよ。銀子ちゃんがこんな近くにいて──」
八一がぎゅっと私を抱く腕の力を強める。
この圧迫感が心地良い。少し息詰まる感覚の分だけ八一が求めてくれているって感じるから。
「──こうしていられるって思うと……幸せだ」
「……うん」
「それが毎日ってなったら……もうどうなっちゃうのか分からないってのが本音だよ」
勿論嬉しいんだけど、それだけじゃない部分もあるっていうか。と八一が呟く。
そう、その通り。嬉しい。幸せ。それは間違いない。でも危惧する事もある。だってそれだけが全てになるわけにはいかない。私にも八一にも本業というものがある。
「まぁでも大丈夫だと思うよ。幸せ過ぎて将棋が手に付かなくなる……なんて心配は正直取り越し苦労っていうか、俺と銀子ちゃんに限ってそんな事にはならないと思うんだよね」
「……そうかな」
「そうだって。俺達にとって時間が空いたら何をするかってなったらどうせ将棋だろ? それこそ昔みたいに朝から晩まで将棋を指すことになるかも」
まぁ、それは確かに。
実際私も八一と同棲をして何が一番嬉しいかっていうといつでも対局が出来るってことだし。
「俺も銀子ちゃんもプロなんだ、どうせ対局日が近付けば将棋だけに向き合うことになるって。それとも無理やりデートの予定でも入れる?」
「するわけじゃないでしょ。公式戦の直前に遊んでいられるとでも思ってんの?」
「ほらね? 当然そう言うでしょ? 同棲したって言ってもその辺は変わらないよ」
それに、と八一は続けて。
「同棲にだってメリットは色々あるだろうし」
「メリットって例えば?」
「それは勿論、いつでも将棋が指せる!」
「それは分かってる」
「他にも……ほら、お互いのことを良く知れたりとか……パッと思い付くのはそれぐらいだけど、きっと他にも沢山あるって。現に同棲しているカップルは沢山いるんだしね」
「ふむ……」
同棲するメリット、かぁ。確かにそういう視点で考えるのは良いかもしれない。
そのメリットがそれこそ将棋の上達に生かせるとしたら同棲しない理由が無いってもんよね。そう思った私は寝そべったまま身体をもぞもぞと動かして、スマホを取り出して……ぽちぽち。
「なに調べてるの?」
「『同棲して良かったこと。検索』……どれどれ、一位は──『相手をより一層理解出来る』だって」
「そりゃまぁ当然だね。なんせずっと一緒の家で暮らすんだから、お互いの価値観とか性格の違いとかを理解するのに最適ってわけだ」
「けどねぇ、今更私が八一について理解しなきゃいけないことなんて何一つ無いんだけど」
「そんなことはないでしょ! ……っていうのもなんか違う気がしちゃうなぁ、うーむ……」
私も八一もお互いに不本意な表情になる。
このメリットは殆ど価値が無い。なんせあれだけ一緒に同じ時間を過ごしてきた相手だ。この世界で一番九頭竜八一を理解しているのは他ならない私であって、その逆もまた然り……ってやつよね。うんうん。
……こういう事に関して、どっかの小学生やらどっかの性悪女やらが『自分の方こそが』とアホな異議を唱えてきそうだけど……甘い。甘いから。十年間一緒の部屋で生活してから出直しなさいな。八一理解度について私にマウントを取れる女なんてこの世には存在しないのよ。
「よし、俺も調べよーっと。同棲して良かったこと二位は──『一緒にいる時間が増える』か」
「そんなの同棲するんだから当たり前じゃない。当然のこと過ぎてメリットには感じられないわね」
「ふむ……他にはそうだなぁ、『生活費など金銭面で楽になった』とかもあるけど」
「それは確かにメリットだろうけど、そもそも金銭面で苦労したことが無いから微妙よね」
「ぬぬぬ……んじゃあ『将来のことや結婚を意識するようになった』だって。これは?」
「……それ、もうしているようなものじゃない」
「そうだねぇ……」
むぅ……こうなると私達にとって同棲するメリットってのは意外と少ない、のかも?
そんな事を考えた私をよそに、八一はスマホ画面をスクロールし続けて、そして。
「うーん……あっ!『以前よりラブラブになった』だって! これが一番のメリットだよ!!」
「らっ、……らぶらぶ!?」
「そう! ラブラブに!!」
ラブラブだとぅ!?
「ラブラブ……なりたい、の?」
「そりゃなりたいでしょ」
「そ、そっかぁ」
らぶらぶに……なりたいんだ……。
これ以上……ラブラブに……。
「それなら……まぁ、メリット……あるわね」
「うん。あるね」
「……ん」
「銀子ちゃん。そうやってもじもじしてると可愛いよ?」
「……うっさい」
……あった。同棲するメリット一応あった。
なんかラブラブになれるんだって。ラブラブに……なりたいんだって。
八一がそう言うから。それならしょうがないよね。
「良かった良かった。今よりもラブラブになれるのならこの上無いメリットだよね」
「……将棋とは全く関係無いけどね」
「そこはほら、今以上にラブラブになれば夫婦円満ってことで、家庭が安泰なら仕事にもより一層力を注げるってなもんで、全く関係無いって訳ではないでしょ」
「……まぁ」
「つーわけで」
言いながら八一は体勢を変えて少し身体を起こした。
そしてもう一度とばかりにその顔を近付けてきて……わ、わわわっ……!
「ま、待った」
「む……」
そうして唇が触れ合う寸前、私は手のひらを差し込んで押し留めた。
今は一旦ストップ。だってっ、キスしちゃうとすぐ頭の中がそればっかになっちゃうんだもんっ!
「ちょっと銀子ちゃん、棋士に待ったは無しでしょ」
「うるさい。いくら婚約したからっていつでもキスが出来ると思ったら大間違いなんだからね」
「えー、いいじゃん別にキスぐらい」
いいけどっ! でも今はだめなのっ!!
「そ、それよりもっ!」
「なに?」
「さっきの話だけど、同棲にメリットがあるのならデメリットもあるはずよね?」
「デメリット? ってまぁそりゃない事は無いだろうけど……」
「ちょっと調べちゃおっと。えーっと……」
良いことの裏側には悪いことだってある。ならばそっちも気になるというもの。
そう思った私は再びスマホをぽちぽち。なになに、『同棲して悪かったこと』は──
「一番は……『一人の時間が持てない』」
「いらないいらない。一人の時間なんて無くたって平気だから」
「へぇ、言うじゃないの。他には……『相手が隠していた嫌な一面を知ってしまった』」
「ハハハ、ないない。俺と銀子ちゃんの間に限ってそんな……俺は銀子ちゃんが素直じゃなくて嫉妬深くて暴力的だってこととかはとっくに知っているからね。今更隠すようなことなんてないでしょ」
「そうね。私も八一がバカでクズでロリコンなことは知ってるからおあいこよね。あとは……『ケンカが増える』だって」
「それも関係無いな。何事もケンカになる前に将棋で決着を付けるのが俺達のルールだもんね」
「うんうん、開幕右ストレート一発でケリを付ければケンカにはならないもんね」
「てちょっとそれはおかしくない!?」
はて、人を暴力女呼ばわりしておいて一体何がおかしいというのか。
「あとは……『長く一緒にいて関係がマンネリ化する』なんてのもあるみたいだけど」
「それは……うーん、まぁそういう事が無いとは言えないだろうけど……でもそれを気にしていたら結婚なんて出来ないと思うんだよね。むしろ当然のことっていうか」
「確かにそうね。ていうかそもそも現状すでに八一に新鮮味とかって無いし。慣れた味だし」
「な、慣れた味……」
「そうよ。ソースと一緒」
ちなみにこれ、最大級の誉め言葉だからね?
「でも……こうやって見ると同棲する上でのデメリットってのは特に無いのかしら?」
「だね。元々俺達は十年近く一緒に暮らしていたんだからさ、ここに挙げられているデメリットなんてのはすでに味わった後なんじゃないかな」
「あぁうん……一人の時間が無いのなんて今更、相手の嫌な一面を見るのも今更、ケンカもマンネリ化も全部あの頃とっくに経験した今更の話ってことね。納得」
内弟子と同棲。勿論ながら意味合いは全然違うけどその中身は似たようなもので。
どうやら私達はとっくに同棲みたいなものを経験済みだったようだ。今更その雰囲気を味わう必要なんか無かった。あの頃を思い出せばいいだけなのだから。
「では結論! デメリットは無し!」
「っ、」
「となれば! 今以上にラブラブになれるというメリットが一つある以上、同棲するのは必至!!」
「そう、ね……どうやら認めるしかなさそうね……」
むむぅ……簡潔過ぎて異を挟む余地の無いロジック、見事な詰め筋である。
というか、まぁ。たとえデメリットがあったとしても今更やっぱやーめた、とは言わないけど。
「同棲にはメリットがある……ね。分かった、じゃあそろそろ本題に戻りましょう」
私はよいしょと身体を起こしてソファから立ち上がる。
いつまでも八一とイチャついてはいられない。これが当たり前のことだってのは分かったけど、そもそも今日の目的は同棲の為の準備だったはずだ。
「そうだね、じゃあまずは──って、あぁそうだ」
同じように立ち上がった八一は「そういや最初に言うの忘れていたけど……」と続けて。
「ここでの同棲はちゃんとした同棲だからね。そこは譲れませんのでよろしく」
「ちゃんとした? ってどういう意味?」
「いわゆる週末同棲とか半同棲とかは無しだってこと。ここは師匠の家にも近いし銀子ちゃんの実家も通えない距離じゃないけど、だからって行ったり来たりするーとかは駄目だからね。ちゃんとここを自分の家だと思って生活すること」
八一の言う通り、師匠の家は将棋会館がある福島から電車で一駅の野田にあって、私の実家も大阪市内にあるのでそう遠くはない。
なのでいざとなればここから逃げ出して別居生活を送る事も可能なんだけど……それはさせまいと早速釘を刺されてしまったようだ。と言ってもそんなつもりは最初から無かったんだけど。
「それ、どっちかって言うと八一の方こそ厳守しなさいよね」
「俺はそもそも行く場所が無いって。西宮のマンションは売られちゃったしその前に住んでいたアパートも取り壊されちゃったんだから」
「……どーだか」
それで済むのなら私も気が楽なんだけどね、残念ながら現実はそう甘くないのよ。
八一がその気になれば住む場所なんてどうとでもなる。例えばあのアマとか、このアマとか、そのアマとか……転がり込む家なんていくらでも作れるんだから。ムカつく……。
「まぁいいわ、私も八一もちゃんとここに住んで生活するってのは分かった」
そもそも同棲ってそういうもんよね。そんな事は私だって理解している。
ちゃんとこの部屋で……ね。この部屋で……。
「……はぁ」
「銀子ちゃん? なんなのさそんな溜め息吐いちゃって」
「返す返すもこのワンルームの部屋でってのが気になっちゃって……狭いんだもん」
「まぁまぁそう言わないで。それにさ、ここって住む分には結構いい場所だと思うんだよね。少なくとも俺が最初に住んでたアパートよりは……」
言いながら八一は窓を開けてベランダに出た。なので私も続く。
何にも使用していなかったので物干し竿一つしか掛かっていないベランダ。ここで生活するなら洗濯物を掛ける洗濯ハンガーとか買ってこないといけないわね。
「……ほら、大川も見えるし」
ベランダ自体は物が無くて殺風景だけど、そこからはゆったりと流れる大川が一望出来る。
川沿いに面しているマンションなのでこの眺めはここの売りの一つなのだろう。特にこの部屋は八階にあるので眺めはまずまずと言える。
「普段はあんまり気にしないけどこうして見ると大川も綺麗だよね」
「ただの川だけどね」
「ただの川でもなんでもない住宅街の景色よりは断然上だよ。やっぱここ立地はいいよね」
「……そうね。私が選んだんだから当然だけど」
ベランダの手すりに肘を掛けて大川を眺める。すぐ隣にいる八一と一緒に。
今日はいい天気だ。水面を揺らして吹く秋風が前髪を揺らす。……涼しくて心地いい。
こうしていると……こうしているだけで、なんだか。
「大川は紅葉が綺麗だって言うよね」
「川沿いに並ぶのはソメイヨシノだからね。紅葉もそうだし春になったら桜並木も見物だ」
「……うん」
さっきみたいに抱き合ったり、キスしたりするのも勿論ドキドキして嬉しいんだけど。
こうして何気ない会話を交わしているだけでも……八一との繋がりを感じる。ここに八一がいることを自然なこととして感じられる、その感覚が心地良さを引き立てているのかもしれない。
「そういや俺、まだこのマンションの近くに何があるか全然知らなくてさ……銀子ちゃんはこの辺りを歩いてみたりしたことはある?」
「ううん、こっちのマンションは研究用に使っていただけだから……一番近くにあるコンビニの場所ぐらいしか知らないわね」
「そっか。じゃあ今度ご近所探索も兼ねて大川沿いを散歩しようよ。今は良い季節だからきっと良い気分転換になるって」
「散歩ねぇ……まぁいいけど?」
小さく頷いてから八一の右手を誘ってみる。
ちょんちょん、と手の甲を指で突けばすぐ誘いに乗って来た。
「早速デートのお誘いだなんて。あんたも手が早い男になったわねほんとに」
「そりゃ一世一代のプロポーズを経験した後なんだから、デートぐらい簡単に誘わせてくれよ」
「むぅ……なんだか……」
「なんだか?」
「なんだか……生意気」
当たり前のように手を握って。
こうして当たり前のような会話をしていると。
「生意気ってそんな……そこは成長したって言ってくれないと」
「そういうところが生意気だって言ってるんだけどね」
うぅむ、今以上にラブラブになれるってメリットも……な、中々納得かも。と感じた。
(続く)