美しき城へ続く道:「大和姉妹の事情」編   作:Whiplash

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出会うところまで1話に収めよう!と考えて書いたらやたらとかかってしまった…。
もうちょっとすっきりした見た目にしたいので、あとで調整予定です。


「夏の偶像」
顔合わせにて


 

 東京は渋谷、青山通り。世界でも指折りの乗降客数を誇る渋谷駅の、東口からは歩いて5分ほどのところ。その一角を占拠する大きな門と、広大な公園……を思わせる敷地がある。

 そこには、国内屈指の歴史を持ち、かつ現在も国内最大規模を保持しつづけるとある芸能プロダクション、その総本山がそびえ立っている。この公園を思わせる区画も、本堂たるビルを前にしたエントランスに過ぎない。

 夕闇の迫る18時。久しぶりに雨の多かった梅雨が明けて少しばかり経ったこともあり、この時間になっても変わらず太陽の熱が容赦なく襲い掛かっている。一部の人物に向けた帰宅・帰寮時刻であることを知らせる放送が敷地内には響き渡っており、敷地内の道を抜ける社員や所属タレントと思しき面々のほとんどはみな外にある門へ向かって移動していた。それを逆行して、最短距離で抜けようとする男女の姿がそこにあった。

 両者とも同じくらいの背丈、男の方は夏とあってかネクタイもなくワイシャツと黒のスラックスの典型的な「クールビズ」に沿ったビジネスウェアを、女の方はその豊満な身体を見せつけるがごとくの、Tシャツといわゆるチノ素材のショートパンツという出で立ちであった。2人は

「いやあ、アレが流れる前に門を通れて一安心でありましたな!入るための10秒すら煩わしく感じられる季節ですから!」

「全くだよ亜季さんや……」

と、夏特有の会話を繰り広げながら、敷地内でも最も高いビルへと向かっていった。

 

 建物にたどり着き、18時を過ぎて全館制御で大幅に弱められた冷房の、その残り香とでもいうべきものを少しでも味わいつつエレベーター前まで移動する。外にいるうちに滲んだ汗とともに体が冷えてしまわない、そのギリギリのラインを見極めて、18時上がりの面々で多少の混雑を見せるゴンドラの到着を待ちわびていた。

 そこから、換気のみで空調のないエレベーターの中で揺られて1分弱ほど。30階建てであるというこのビルの22階、その一角に、敷地内外での収録やレッスン、あるいはライブといった「アイドルのお仕事」がないときに2人が過ごす部屋が宛がわれていた。正確にはこの2人が属する、主に各種バラエティ系への出演を担うアイドルで構成された「プロジェクト」のメンバーのための部屋、とでも言うべきところであるが。

 この日は先ほど亜季と呼ばれていた女性--名を大和亜季といった--がメインパーソナリティを務める、ウェブラジオでのいわゆる「冠番組」の収録ということで、業務中こそ快適であったものの、いかんせん移動するだけでも太陽が容赦なく体内の水分を奪いに来る季節だ。

「ほい」

と、どこからともなく持ち込んできたペットボトル2本の片割れを、男は亜季に渡していく。亜季はそれを受け取り、

「ありがとうございます!」

と返しながら、蓋を回し開封する。そして中身を口にしていくが、吸収効率を考えてか、一気に飲み切っていくようなことはしない。とはいえ半分ほどは一息でなくなっていた。

 一息つくと、亜季はタブレットを、男の方はノートPCを取り出す。どうやら、この後は打ち合わせがあるらしい。亜季は以前に男から送られていた資料を開き、改めて眺める。

 この資料は以下のように書かれていた。

 

 

「夏の偶像」出演者打ち合わせおよび会場下見会について

 

会場:

ガーデンシティ仙台13階 ホールA+B

仙台市立運動公園総合体育館

 

目的:

出演者同士の顔合わせ、タイムテーブル最終決定、事前・当日段取りの説明、演奏順最終決定、会場設営等案内

 

参加対象者一覧:

ドリームアウェイ

indivisuals

炎陣

Pastel*Palletes

 

 「夏の偶像」。

 それは、青森発祥のよく似た名前を持つとある夏のロックフェスティバルに範を取った、全国各地のアイドルが招へいされるイベントである。こちらは第一回から現在まで、一貫して仙台市のアリーナ級会場で開催されており、土日の2日間で15000人近くを動員する、夏に行われるアイドルフェスの中ではそれなりに大きい部類に入るイベントと言える。両日ともに10時に開演して、18時までに、独自の視点から選抜された20組程度ずつが、来てくれたファンだけでなく、他アイドル目当ての観客に向けて思い思いのパフォーマンスを見せる、というのが主だった流れだ。

 今回、亜季達が所属するプロダクションからは仙台や東北出身のアイドルが所属するindivisualsやドリームアウェイ、最近は盛り上げ隊長としてフェスに的を絞っての出演をこなしている炎陣が出演を予定している。さらに、出演予定のうち数人についてはユニットとしての歌唱だけでなく、ソロ楽曲の歌唱まで予定していたりもする。

 

 閑話休題。

 資料を一通り読みなおし終えた亜季が、ふと、そういえばプロデューサー殿、と切り出す。

「スカウトいただいて少しばかりしたときに、妹のこともスカウトしていいぞ~といった趣旨の話をした覚えがありましたな」

そして、当時既に妹は別のお仕事についていたので、アレは冗談の類でしたが、と亜季は続ける。

「ああ、そういえばそういうのもあったな……それがどうかしたのか?」

プロデューサー、と肩書きで呼ばれた男が、随分立派な妹さんだな、と思いつつ訊き返す。

「実はこの春に、その妹が本当にアイドルとしてスカウトされて、デビューしましてなー。打ち合わせ資料の中に名前がありましたので、報告しておきたくなったのでありますよ」

「資料の中……え、もしかしなくてもPastel*Palletesの大和麻弥か?」

それに対して、そうでありますよ?とあっさりと肯定の意を返され、プロデューサーは少しばかり狼狽しつつも、うーんそうかぁ、と一瞬、言葉を選ぶ素振りを見せて

「あそこの事務所かぁ。麻弥ちゃんも苦労してそうだよな」

と曖昧に返す。とはいえ亜季にもおおよそ、何が言いたいかは伝わっていた様子で、

「まあそうでありますな。麻弥のこともありますのであまり物言いをつけるのはよろしくないと分かってはいますが……ご存じの通り、デビューイベントからしてあの有様でしたからな!立て直しも麻弥を含めた5人の自助努力あってこそだったと聞いておりますよ!」

「ホントにな……あの事務所は前々から一事が万事あんな調子だからなぁ。人が多いわけでもないのに色々行き届いてないというか。なんというか、上と下で統率がちゃんと取れてない印象だよ」

「麻弥から聞いた印象も、だいたいそんな感じだったでありますなー。麻弥の加入自体も、元々サポート役のような立ち位置の予定だったのを、他のメンバーからの推挙もあって急遽正式メンバーとして迎え入れられたという経緯だったそうですし。そんな流れでのデビューでしたから、アイドルとしてのあり方を尋ねられたりすることはありましたが……」

私も断じて正統派とは言えませんからな、いささか困ってしまいましてな、と亜季は続けた。

「うーん、周りにはそういうのもいるんだし、亜季自身のことでなくても、亜季から見た正統派の面々、って趣旨で伝えるとよかったとは思うな」

今思えばそうすべきだったとは思いますな、と苦笑いしつつも、亜季は

「ともあれ麻弥もアイドルとして軌道に乗れている様子で、なによりでありますよ!こうして、今回共演するに至るまでの人気も出ていることですしな!」

と続けた。

 まあそこは白鷺千聖が所属してることが大きいのでは?とは思いつつも、亜季の言葉に、そうだな、と頷きだけをプロデューサーは返した。

 それからは、2日後に迫っていた下見の段取りの確認をしつつ、確認に区切りがついて解散となるまでの間、時折アイドルになる以前の麻弥について話をしていたのであった。

 

------------------

 2日後。仙台駅から数分の位置にある貸オフィス、ガーデンシティ仙台。

 寮から7時20分に渋谷駅へ集合し、その後東京駅からは8時台の「はやぶさ」に乗って1時間半。集合時刻となっている10時ギリギリではあるが、ひとまずは前日泊することもなく移動に成功した、所属アイドル10名と引率者たるプロデューサーは、そのまますぐにやってきた「夏の偶像」主催者側のスタッフに誘導され、顔合わせや口頭での段取り説明等が行われる13階へと移動するのであった。もっとも、演者スタッフ合わせ、2日目の関係者として参加している者は全体で150名を超えるため、狭小な5台のゴンドラではしばしの待ち時間が発生してしまうのであるが。

 20分ほどかけてホール内に全員が移動する。どうしても1ユニットの人数が多いところから我先にと登っていこうとするため、5人以下3組で移動する亜季たちは後回しになってしまった。それゆえに、亜季たちがホールに入るころにはほぼ全員が入室を終えて、メンバーや関係者との雑談なり、あるいはスマートフォンのゲームに興じているという状態であった。

 そんな中、亜季は左側前方にいる5人組を見つけた。一番左側、桃色の髪の子はちょうど、自撮りでもしようというのか、スマートフォンを手に取り顔に向けてかざしだしたところであった。翠がかった髪の子は手持ち無沙汰とばかりに、所在なさげにあちこちに視線を向けている。クリーム色とも言える淡い色の金髪と、すぐそばにいる小柄なキノコ女子のそれよりも大分白みがかった銀髪の2人が顔を見合わせて、これはどうも譜読みをしているのだろうか。そして右端でなにやら考え事をしているのか、明るい茶髪の子が明後日の方向を向いている。

 いや、あれは考え事をしているのではない。17年近く、肉親として接してきているのだから、後ろ姿であっても見間違いようもない。で、あれば、亜季にはそれが「何をしてのものなのか」がすぐさまに推察された。すなわち、「脳内で練習」。この雑然とした状況で、彼女の、スタジオミュージシャンになる以前からの習慣がひっそりと行われているのだ。……結局のところはこちらも翠の子と同様に暇を持て余しているのだろう。近場に触りがいのない機材もないときはいつもこうだよな、と亜季はひとりごちる。

 そう、この5人こそがPastel*Palletesであった。左から、丸山彩、氷川日菜、白鷺千聖、若宮イヴ、と、一番右にいる麻弥から幾度か聞かされてきた名前を亜季は反芻する。もっとも、今から声をかけに行くわけではない。もう10分としないうちに会合は始まるし、会合が終わってからフェスの会場への移動が始まるまでにはそれなりに時間がある。その時にでも話をすればいいし、恐らくはあっちもそのつもりだろう。よって、一瞥だけした後、そのまま11人で、ちょうど横に広がって空いているところがあったのでそこに座ることとした。

 

 ほどなくして、案内をしていた数名とは別の、より年季の入ったスタッフと、その部下と思われるもう少し若い面々、合わせて10名ほどが入室してきて、待機していたアイドル達の前にやってきた。「年季の入った」スタッフが2、3度とマイクチェックをすると、だしぬけに

「はいそれでは、みなさんおはようございます!」

と挨拶を発し、それなりに雑然としていた雰囲気が一瞬で静まり返った。ここに、出演者打ち合わせが始まったのだ。

 

 とはいえこの打ち合わせの自体には、さほど特筆すべきことはなかった。

 まず改めての演者の紹介から入った。これはさすがに150人を超えているということで、主催者側から参加するユニット単位での紹介が行われるにとどまった。ただ、炎陣の名前が呼ばれたとき、他の演者、とくにPastel*Palletesの方から、熱の篭った視線がいくつか向けられていた。どうやら向こうも、亜季と麻弥の関係を多少なりとも聞いているようであった。

 続いて、演奏順の最終決定であった。「夏の偶像」の習慣として、基本的にはアイドル間のいわゆる「格」の違いのようなものは可能な限り一切無視し、すべて抽選で決められることになっていた。ただし、アイドルバンドであるPastel*Palletesと、今回はバックバンドが入ることになっている炎陣およびindividualsについては、楽器セット準備の都合上先んじて調整が行われ、順番が決まっている。Pastel*Palletesがオープニングアクトとなり、そして最後に炎陣、individuals、の順、という形だ。したがって、この3組は抽選をしている30分ほどの間、暇を持て余す形になった。ちなみに、ドリームアウェイは炎陣から遡ること5組ほど、16時からの枠に入った。

 そして、最後に資料がユニット毎に1~3部ずつ配られ、ゲネプロおよび本番当日の段取りについて、30分ほどの説明が行われた(同様の内容は下見の際に改めて話をする、とのことではあったが)。なお、ゲネプロは慣例に沿って逆順、したがって最初にチェックを行うindividualsをはじめとして、亜季たちとPastel*Palletesが出演する2日目の面々から先に行うこととなっている。

 そうして、のべ90分ほどが経過したところで、顔合わせはひと段落となった。

 

 運営スタッフから、会場下見の集合時刻を1時間半後として、それまでを昼休憩に当てる旨の指示が出され、一旦解散となった。

 他の事務所のアイドルとスタッフ達がそそくさと外へ出ていく中、亜季たちは横に広がりすぎたためにまずは集合することに時間を取られる羽目になった。しばらくしてひと固まりになり移動を開始しようとしたとき、今日の引率責任者であり、普段は炎陣に所属するアイドル5人を統括して見ているプロデューサー(亜季の担当とはまた別の、コワモテと言及せざるを得ない容姿の人物である)へ、失礼ですが、と少女の声が向けられた。

「貴方がこちらの3組の?」

「あぁ、そうですけども、Pastel*Palletesのみなさんで大挙して一体--」

と、だしぬけに身分を確かめに来た少女--白鷺千聖へ、統括プロデューサーが不審の目を向けようとしたその時であった。

「亜季姉!」

「おーよしよし、よーく来たなぁ」

とうとう我慢していたものが切れたのか、亜季の許へと麻弥が飛び込んでいったのだ。当然、統括プロデューサーの目が今度は亜季へと向けられることになり、

「……こりゃ一体どういうこったよ」

「はい!大和家長女の亜季であります!」

「次女の麻弥です!」

麻弥の手を引き、こちらの事務所の面々、Pastel*Palletesの面々双方に示すような位置に経つと、そう一言ずつだけ告げた。どうもある程度の事情を知っている様子のPastel*Palletesはさておいて、炎陣の方を見れば、みなみななにやら回心がいった様子で、ドリームアウェイの面々はあっけに取られている感じ。ただし、individualsについては、ごく薄い水色の長袖シャツの上にワンピースという出で立ちの少女--森久保乃々と、日焼け止めのための濃い色の長袖シャツに地方都市ではなじみ深いらしい「デビキャ」のロゴ入った半袖ブルゾンを羽織る少女--早坂美玲が顔を見合わせる中、キノコの絵が描かれたTシャツ姿の銀髪少女--星輝子だけは、ひどく驚き、目を白黒させている様子であった。

「というわけで--」

「ああ、みなまで言われずとも分かりますとも!お昼をご相伴に預かりたいのでありますな!」

「ええ、もう少し詳しくお尋ねしたいこともありますから」

「……みんなはいいのか?」

と、トントン拍子に話が進んでいく様子に、ドリームアウェイの2人は困惑しつつも曖昧に頷き、individualsの面々はまだ混乱気味の輝子以外の2人が再度顔を見合わせつつ、ゆっくりと頷き、その横で--

「いいんじゃないかな。アタシは麻弥さんの方とも知らない仲じゃないしなぁ」

と、リーゼント風の髪型をした少女--木村夏樹が真っ先に賛意を見せた。それに続くのは

「アタシも構わないケド」「いいんじゃねーか?」「おはなし聞きたーい☆」

とは、それぞれ松永涼、向井拓海、藤本里奈の言であった。

 

 そうして、Pastel*Palletes側の引率者がどこかへ行ってしまっているのに気づいた統括プロデューサーがそれに呆れつつも、しゃーねえ、連絡一本だけ向こうに入れといてもらえると助かりますわ、とだけ告げると、16人の大所帯となった面々はホールを出て、この貸し会議室屋が入居しているビルの1階に向けて移動を始めるのであった。




次回更新予定:2020/05/03
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