美しき城へ続く道:「大和姉妹の事情」編 作:Whiplash
大和姉妹式サバイバル指南(準備編)
アイドルフェス「夏の偶像」より2日後、新宿。現在の時刻は9時45分。
前日は仙台から戻ってすぐに仕事をこなしていた亜季だったが、この日は1日オフ。久しぶりに趣味の時間……と行きたいところであったが、この日は妹たる麻弥からの要請を受けて、その身柄は「午前10時に待ち合わせ」という約束で新宿駅南口に置かれることとなった。
そもそもの始まりは、フェス終了直後、炎陣・individuals・ドリームアウェイ・Pastel*Paletteの4ユニット合同で行った打ち上げにさかのぼる。打ち上げ開始から2時間を超え宴もたけなわ、もうしばらくすると翌日も仕事がある面々のことを考慮して解散になろうかという頃合いに、再度亜季の席までやってきた麻弥が
「こんな場でお仕事の話っていうのもなんだけど……」
と切り出してきたのだ。
麻弥の説明によれば、「仕事の話」は次の通りであった。
フェス中でも発表していた通り、Pastel*Palettesの新曲と、それに伴う地上波での特番の制作が決まっている。問題はこの「特番」にあると、麻弥の弁だ。
特番の企画が、新曲(こちらはレコーディング済らしい)のタイトルにひっかけて、日本の領海内にあるとある無人島でのサバイバル、というものなのだが、企画の詳細がなかなか伝わってこず、決定事項が届いたのがフェス直前の金曜、ロケ開始となる木曜までちょうど1週間だったという。しかも決まったのは
・飲料等に使用する水のみ、十分な量が供給される
・「サバイバルに当たって必要だと思う物」を1個だけ持ち込むことができる
だけという有様。今回に関しては(そもそも準備期間的に無茶な企画を持ち込んでいるという点を除けば)事務所側の問題ではなく、制作側のスケジュールが破綻気味であることに起因しているようで、千聖に曰く「何もそっちまでこっちみたいな体質にならなくても……」と呆れ顔だという。
さて、ここからが本題になる。持ち込むための「サバイバルに当たって必要だと思う物」について、ある程度見当はつけているものの、島の状況すら分からない現状では、麻弥の知識からくる判断だけではどうしても心許ないのだという。そこで、亜季に助力を願い出ることにしたのだ。趣味の時間に当てたかったのか、亜季は一瞬逡巡したものの、
「こっちの買い物にもついてってもらうことになるけど、それでいいなら」
と、ひとまず応じることにしたのだった。
それから、翌日の仕事の合間に、具体的にどこで購入するか等を打ち合わせて、この日を迎えていたのだ。
「おまたせ!」
集合時刻10分前に、手を振りながら麻弥がやってきた。サスペンダー付きのカーゴパンツに、モノトーンのノースリーブシャツ2枚重ね着、ベージュの帽子。亜季側の、七分丈のTシャツにデニムの短パンという出で立ちと合わせて、この2人の関係はどう思われるのだろうか。ここまで堂々とされて、2人が姉妹であることにはまだしも、アイドルであることに思い至る者などそうはいないのだ--それが2人にとっていいことなのかはともかく。
「って、またそういう格好してる……腕出ちゃうの着るんなら--」
「大丈夫、さすがに日焼け止めは塗ってるってば。亜季姉だって、そのへん無頓着な方だけど大丈夫?」
「さすがに何度も注意されたら覚えもするというものだよ?」
2人して互いの服装を咎めるところから始まったが、それも長続きはしない。今は8月上旬、夏真っただ中。いくら日焼け止めは完備しているといっても、さすがに長い時間外で陽に照らされたままでいるわけにもいかない。2人は早々に会話を打ち切ると、正面の横断歩道を渡り、上階に高速バスターミナルを備えるビルをくぐり抜けて、「新宿タイムズスクエア」という別のビルを目指す。
ここには、日本全国の地方都市に出店している業界最大手のホームセンターが、2階から8階の7フロアにわたる大型テナントとして入居している。2人はそこで、番組から提示された「必要だと思う物」を選び、購入しようという段取りになっている(無論、経費精算のための諸々も持参している)。
開店は10時ということで、早めについた2人は5分ほど待たされる形になってしまったものの、開くと同時にまっすぐホームセンターへと向かっていく。
「さて麻弥、忘れてないとは思うけど復習だ!サバイバルにおける優先順位は?」
「位置伝達手段の確保、水の確保、火の確保!」
「よろしい!今回は救助を待つ必要はなくて、水はあるって話だし、火を起こす手段の確保……のために、取り回しのいい道具が最優先。となると……多分麻弥も同じ結論だよね?」
「うん、十徳ナイフを探すつもりでいたよ」
「やっぱりだねー」
ホームセンターへの道すがら、2人は何を買うつもりか確認し合う。
「さすがにナイフって誰かしら持ってきそうな気もするけど」
「女の子4人、無人島でナイフを振るう場面が思い浮かぶとは思えないかな……」
「食事の時は--」
「サバイバルで自炊しなきゃいけない……ってなったら、可能な限り何も使わずに作れるって発想に行きそう」
「うーむ、確かに」
などと、買い物予定の延長線上として、ナイフを持ち込むことへの意義を討議しているうちに、エスカレーターは目当てのものが置いてあると思われるフロアまで到達していた。
このフロアは主だってアウトドア用品が並ぶところであり、その一角に、いくつか、十徳ナイフ、あるいはアーミーナイフと呼ばれるものが置かれていた。
「ホントに色々ついてるのも置いてあるけど……今回ナイフ以外で使い道ありそうなのってせいぜいルーペ、リーマー*1、ハサミくらいかなあ?あんまり色々ついててもしょうがないし、ルール的に十徳ナイフの一部だから、で通すのも難しくなってくるから……」
「うーん、それならこれは--」
と亜季は、リーマーこそついてないが、ナイフ以外にルーペ、プラスドライバー、ハサミなど6種類の道具が付随しているものを提示してきた。
「ドライバーがついてるから、時間はかかるけどリーマーの代用も一応OK……じゃあこれで決まりで、色々ついてるのはダメって言われたときのために普通のナイフも買っておきたいかな」
「打ち上げでもボソッと言ったけど、「必要だと思う物1個」っていうのもだいぶ解釈の幅がありそうな指定だし、それでいいと思うよ。あ、ナイフはちゃんとしまえるものを選んで、現場移動中に捕まったら説明に一苦労するからね*2」
「経験者は語る、というところ?」
「無駄口はよろしい。あと、レジは私が通しとくから*3」
「はーい」
というやり取りがあったのち、麻弥は買い物かごを亜季に渡して、いわゆるシースナイフ*4が置かれているコーナーを探し始める。10分ほど、これは見つかったら言い訳が効かない、こっちはいくら何でも短すぎる、と見繕ったのち、
「よし、これなら大丈夫だと思う」
と呟いたのちに麻弥が渡してきたのは、刃渡りがギリギリ6cm未満*5で、ブレード部分が3mmを超えていて、置かれている他のナイフと比べて厚めのものであった。お値段は税込みでちょうど1万円。ちなみに先の七徳ナイフは5000円ほどだ。
「なるほど、念には念を入れて、ってところかい?」
「そうそう、ちょっと降りてきてる情報が少ない以上はこうでもしないと」
などと、二言三言確認するように交わすと、亜季はナイフの入ったかごをレジへと持っていくのであった。
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会計が終わると、2人は店を出てエスカレーターを再度降りていく。ナイフ2本は「すぐに取り出して使用できない」という法的な建前を守るために、レジを通した端から、麻弥のザックの中深くに、麻弥が持参した布で巻いて仕舞われていた。シースナイフも鞘に納めたうえで、何かの弾みで音が鳴らないような巻き方をしており、道中で咎められることはないだろう。2人は開店時に利用した入口のある2階に戻り、タイムズスクエアを後にしていった。
5分ほど後、2人は再び南口に戻っていた。
「こっち戻るんなら……アキバの店に?」
「最近は何もかも触る暇全っ然なかったからね、エアガン以外も見ておきたいのさ」
続けて、そんな時は手堅い選択こそ肝要でありますぞー、とおどけてみせる亜季。言葉は必ずしも直接的ではないものの、行先について肯定の意を示していた。
現在の秋葉原がどのような場所かについては語るまでもないところである。その末広町駅側から御徒町駅にかけては、駅間のわずか300mほどの間にサバイバルゲームの専門店やミリタリーショップが10店舗以上立ち並ぶ「ミリタリー界の巡礼路」であることも、その道の人物たちには説明不要の事項だ。エアガン及びその各種備品を販売している専門店から、迷彩服やミリタリーシャツ等の軍装品を中心として取り扱うショップまで、店舗のバリエーションも幅広い。
改札を抜け、黄色の帯の電車に乗り込んで揺られること18分ほど。秋葉原駅から出た2人。
「時間もまだ大分早いし、いくつかはしごして回るつもりだけど」
「大丈夫大丈夫、こっちの用事は思ったよりサクッと済んじゃったし」
はいな、と亜季が返しつつ、2人は電気街口を通る。ラジオ会館やゲー〇ーズを脇に見ながら大通りへ。大通りを、信号待ちも含めて3分ほど歩くと神田明神通りへと入り、すぐさまジャンク通りへ折れていく。通りで最初に突き当たる十字路を渡ってから左に曲がると、最初の目的地付近に到着した。
そこは幅7mほどの、レンガ状の壁面で出来た4階建てのビルがそびえ立っている。このビルの3階にはオーソドックスな(エアガンを含めた)サバイバルゲーム用具の専門店が入居しており、そこが亜季の目的地というわけだ。この店の母体はオンライン販売を主体とした企業であって、実店舗運営に対しては今一つ熱心でないという評判ではあるが、そのようなところをこの辺りでの亜季の行きつけにしているのには、当然訳がある。
実は道路を挟んで向かいには屋内サバイバルゲームフィールド*6があり、買ったそばから試し撃ちに転がり込んだりができるのだ。もっともこれは、全く資本関係もなくほぼ同時期に開店したというだけで、偶然の産物ではあるのだが。
「今日はフリー*7だったはずだし、撃っていくのもありだったけど……」
道路の向かいにできている、50を優に超えているだろう人だかりを見やると、これは無理そうかー、と亜季が呟いた。つぶやきを聞いた麻弥が、
「じゃあ、買っていくだけ?」
と尋ねると、
「か、見ていくだけになるかも」
と返すやり取りがあった。店舗に入ってからはこのやり取りの通りとなって、最終的には「忙しさにかまけて切らしたままにしてた」というバイオBB弾の補充だけは行って、この店を出ることとなった。
店を出ると大通りへ戻り、地下鉄の末広町駅へ向かって進み続ける。そのまま末広町駅の直上まで達したところに2か所目の目的地があった。
「あー、そういえばこの店ってナイフも置いてたような……もしかして二度手間だったり?」
「いや、この手のショップで手に入るヤツは基本的に「見つかると言い訳が利かない*8」ものばかりなんだ」
麻弥の疑問に亜季は、だからオススメはできないしホームセンターを選んだ、とキッパリ返しつつ店へと入っていった。
ここでの亜季は、衣類以外の軍放出品を漁っており、決してミリタリーに明るいとは言えない麻弥から手に取った物の用途を尋ねられるごとに、一つ一つ説明をしたりもしていた。そして、「今後のサバゲーで雰囲気作りに使えそう」という観点から、
・鉄製の弾薬箱(いわゆる「アモカン」と呼称されるもの)
・ガスマスク用バッグ
をその場で購入した。加えて、いわゆる「T字ハンドル」のスコップも注文して、後ほど寮へと届ける算段を整え、バッグを弾薬箱に詰めると、ひとまず店を後にした。
2人は夏の炎天下をさらに前進していく。2人とも暑い中での行動には慣れたものではあるが、限度というものがあるのも事実。道中で購入した水分があるとはいえ、末広町駅からのわずか150mあまりが、さながら「バターンの行進」のごとくだ。
JR側の御徒町駅前を抜けて1分弱、もう少し歩けばいわゆる「アメ横」にたどり着くところに、最後の目的地があった。そこは軍放出品を含めた、迷彩服等のいわゆる「ミリタリーファッション」をメインに取り扱うショップであった。これまで立ち寄った2店舗とは異なり、近くにある「アメ横」の各種店舗同様の店頭で、さらに半ば露店のごとく路地まではみ出して営業をしていた。
ここでは買うものをおおよそ決めていたようで、迷彩色のカーゴパンツ(ショート・ロング1本ずつ)とタクティカルシャツ*9を数枚、ドックタグなど小物を数点、衣類のサイズをざっと確認した程度ですべてさっさとひっつかみ、レジへと持っていく。この店では、麻弥も何か尋ねたりする暇も必要性もなく、亜季の荷物持ちとしてひたすら動き回ることとなるのであった。
こうして亜季の買い物もひと段落し、先の店で購入した衣類等は弾薬箱へと詰め、2人は再び秋葉原へと戻ってきていた。ふと時計を見れば、12時を20分ほど回ったところ。
共に全日オフではあるものの、麻弥についてはこの後事務所のスタジオを借りての自主レッスンを予定しているという。とはいえ時間的にもこのまま解散、というわけにもいかず、2人はひとまず線路沿いにあるラーメン屋に立ち入ることにした。それなりの人気店であり、着席するまでにさらに15分ほどを要することとなった。
この店はトッピングや味の多彩さがウリであるようだ*10。麻弥は並盛だけ野菜のみ増量、亜季はサイズ自体を大盛りにして注文する。
「それにしても」
「なに?」
「いや、私にこうやって手伝いさせに来たり、今回の企画にはだいぶ入れ込んでるね、って思って」
「うーん……ジブンの知識を活かせる仕事だから、ってところかな」
「なるほど、フェスの時に言ってたのはそういうこと?」
「もちろんそれが大きいんだけど……今まではずっと、新しく覚えることばっかりだったからっていうのもあるかも」
「ふむふむ、とにかく目の前の仕事を……ってところから、一歩踏み出すわけだね」
「フヘヘ……そう言われるとちょっとむずがゆいかも」
などと、今日のこと、これからのことについて話していると、ラーメンがやってくる。
--腹ごしらえを終えた2人は、家路に向けて、まずは駅へと歩き出すのだった。
次回投稿予定:6/21 17:00