思っていたよりもずっと大きい音にほんの少しだけ、驚いてしまった事が忌々しくて。誤魔化すように舌打ちをしても、気休めにもならない。
真っ暗な部屋の中。目が慣れて、少しずつ見えて来るのは山のように積み上げられた衣類と、そこかしこに点在する化粧品、ゆっくりと動く影…部屋の主ご自慢の大きな三面鏡がダ・サイダーの痩躯を音も無く追いかける。
「ったく、手間取らせやがって。お前ほどオレ様の手をてこずらせる奴なんて、広いドキドキスペースじゅうどこを探しても見付からねぇだろうよ。でもようやく…」
暗がりの中、真っ青なイヤリングが揺れる。その様子にダ・サイダーは満足そうに目を細め、愛しげにくちびるを寄せる。
「もう逃がさねぇ、お前はオレ様の…」
「オレ様の…」
その時だった。
パ!と、明かりが付いて素っ頓狂な声が飛んでくる。
「あ、見付かりました?じゃぁさっそく姐さんに連絡しますね」
おう!と振り向きざまに元気よく親指を立てて答えるダ・サイダー。
…ありゃ?何だかドキドキしちゃう場面じゃ無かったの?おかしいな、もう一度部屋の中をよく観察してみよう。
山のように積み上げられた衣類と、そこかしこに点在する化粧品。さっきの大きな物音はどうやらクローゼットが倒れた時だろう。傾いた扉から雪崩を起こしているドレスを、ご自慢の大きな三面鏡が映し出している。だが肝心の部屋の主は…
ダ・サイダーは振り返って、散乱し切った部屋の中をぐるりと見回し。ポリポリと頭をかきながら特大のため息を漏らしながら、その手に持っていた物を掲げて。
「レスカ、怒るだろうな。おい、お前の主人になんて謝ったらいいと思う?」
手には、レスカのイヤリングが青く、美しく光りを反射していた。
「つーか、どうして扉を開いた瞬間に爆発するほど飛び出してくるんだ?信じられん…そうだ!元仕置きロボがやった事にしよう、そうしよう!はぅっ…オレ様はなんて賢いんだ。感動でふるふる…フルスイングぅ!」
だが部屋にはダ・サイダー一人!フルスイングで空振った所で…
「…コックピット、行こうかな」
丁度、大型モニターにレスカの顔が大写しになっていて、思わず姿勢を正してしまった事は言うまでも無い。
後ろに映るのはブティックの看板と、行き交う買い物客たち。見るからに平和な様子にダ・サイダーもにこやかに、もとい。顔を引きつらせてモニターに向かって手を上げる。
「い、いようレスカ。コイツでいいんだよな?」
「ダーリン会いたかった!ウチがいなくて寂しかったジャン?」
「ハ~イ、ダ・サイダー?サンキュ、助かったわ!も~今朝はアセっちゃってさ、捜してる暇も無くって。で?まさかアタシの部屋を荒らしたり…なんて。ある訳ないわよねぇ?」
言葉の割に、満面の笑みをたたえるレスカ。でも…元仕置きロボになすりつける!と心に決めた、けど。ダ・サイダーの顔色は途端に白黒、冷や汗タラタラ…。
それじゃ、ハイその通りですと言ってるようなモンじゃないか。ホラ、レスカも予想通り夜叉のごとく髪を逆立て…でもない?
「ハァ~多少は覚悟してたけど。まぁいいわ、そのままアタシが帰るまでソレ、預かっててちょうだい。こっちはもう少しかかりそうだからさぁ?」
「でもダーリン、レスカの事だから半日はかかりそうジャン?だから寂しくなったらプライベートルームにウチの写真を置いて来たから、それで我慢してジャン」
「アンタね…押しつけがましいのも大概にしとかないと、捨てられるわよ?」
「そ、そんな事…」
「じゃ、あとヨロシクね!」
ヘビメタコの、まだ何か言いたげな顔を最後にブツと。張り詰めていた緊張の糸も切れてヘナヘナと、取りあえず乗り切った!と思うと。
「今はショッピングに忙しくってアンタの事なん構ってられないの!ってか。オレ様ショッキング」
「…寂しいですね」
「キサマ、せっかく景気付けようと不調ながらも渾身のダジャレを言ってやったと言うに…笑え、笑えぇぇぇぇ!」
「ぎぃぇぇぇぇ~あ、アッシはただ、女性二人がいないとやっぱりって思っただけなのに!」
タイミングが悪かったね。元仕置きロボはそのまま、お手上げ状態でコックピットから飛び出し、またしても一人取り残されたダ・サイダーは肩を上下させて。
「ムナシイ…仕様がねぇ、無くさないようにレスカみたいに耳に付けとくか」
寂しさを紛らわせるように声に出して、イヤリングを耳に付けた所だった。
ビー!ビー!…
突然の警報が耳をつんさぐ。
緊張するよりも、興奮に胸が高鳴った事は言うまでもない。緩む口元を引きしめ、ボタンを操作すると、モニターに船内のシルエットが映し出される。が。
シュン!と、背後でドアが開く。
「はっ。その必要は無ぇってか」
ゆっくりと振り返りながら、両手を上げる。突然の侵入者は銃の照準をダ・サイダーの眉間に合わせ、マントの隙間から目を光らせる。…が?
「動かないで。あなたに恨みは無いけど、この船の航路を変えさせてもらうわ!」
「ちょっと待て!お前…さては貧乏だな?」
ギク!とあからさまな反応をしてくれると…こっちのモンだ!ダ・サイダーは、ハァ~と、これ見よがしなため息をつきながら、憐れみの目を寄越す。
「だってそうだろ?何だそのボロボロのほっかむりは。いや、マントのつもりか?良く見ると、下に着てるモンもボロボロ。ゴミ箱から拾ったってそんな酷い服は落ちてないだろ。そんなんで良く人前に出れるな」
「な、何ですって?言わせておけば!」
「フッ。悪いな、育ちが良いもんで、気になっちまうんだ」
「ってあなた!イヤ味ったらしく髪をかき上げた時にチラ見えたそのイヤリング…」
「スキヤキ(隙あり)!」
ダ・サイダーは身をかがめて踏み込み、その手の銃をを力任せに弾き、反対の手で侵入者、多分女をきつく抱きしめる。
と、当然。
「…違うわ、良かった。って、キャー!な、何すんのよエッチ!」
当然のように飛んで来た平手打ちと、さっき自分で吹っ飛ばした銃がダ・サイダーの脳天にミラクルヒットしたのは、偶然の一致だった。
改めまして。
騒動が終わった頃に駆けつけた、ちゃっかり者の元仕置きロボの入淹れてくれた煎茶を前に、ダ・サイダーは頭にデッカイばんそうこう、タダでさえ悪い人相が凶悪にムスっとご機嫌斜め45度。
となると、侵入少女は恐怖に震え…てもいない?
「変態!」
「な!…んだと?お前みたいなシロウトが下手に扱って暴発でもしたらと思って!」
「初対面で抱き付くなんて、チカン以外の何だって言うのよ」
「身を呈して庇ってやったというに!」
ジットリと、非難がましい目を投げられては…それ以上何も言えなくなるじゃないか。
侵入者、やっぱり女。というか少女がフイ、とそっぽを向くと、さっきは気付かなかったが片耳を、ツギだらけの恰好とは不釣り合いなくらいに美しい宝石が飾っていて、思わず目を奪われてしまう。深いブルー。いや、光りの加減で七色にも見える。
「最初っから入れてないわ、銃弾なんてぜいたく品」
「それじゃこの、オレ様のイヤリングがどうかしたのか」
「私の捜してる物かと思ったのよ、違ったけど」
「それじゃ、お前は何者だ?何故この船を襲った」
それは…と。ここに来て言葉が濁る。何か、訳ありなのだろう事は見れば分かるが。
「どうしよう、ローン家次期当主、つまり私、ローン・カシャとしては聞かれて名乗らない訳には行かないし」
「って!濁した割に随分アッサリ名乗ったな」
「大将。ローン家と言うと、長きにわたる営業不振の末、とうとう倒産に追い込まれて火の車って会社ですよ、新聞に載ってました」
「誰が貧乏人よ!…ってヤダ!初対面の海賊さんにイキナリばらしちゃったわ」
「ちょっと待て。誰が海賊だ?」
あなたたち。と少女、カシャはダ・サイダーと元仕置きロボを指差す。
「あ、もしかしてお嬢さん。船首のドクロマークの事でゲスか?」
「ありゃ、タダの趣味だぞ」
またまた~と、手をパタパタと否定してるが。面白いくらいに真顔のダ・サイダーと、ゴメンナサイと頭を下げる元仕置ロボを見る内に。
「マジ?…うっそ~ん、それじゃ、捨て身のハイジャックは無駄だったの?でもってウワサは本当で、ブルーパールは海賊に取られちゃったって事?」
「…ブルーパール?聞いたことあるぞ。宝石みたいに透けて無くて、真珠みたいに変な光り方をする奴だったか?丁度、お前の耳に付いているソレみたいな」
「良く知ってるわね、あなたやっぱり海賊なんじゃないの?そうよ、隕石の一種で深い青色をした珠。これは片割れよ」
カシャは、耳から外すとダ・サイダーと元仕置きロボの鼻先へ。影に入るとまた…パールのように七色に、船内を映している。
「こりゃ!姐さんのイヤリングと似てますね、パッと見。それでさっき」
「近くで見ると全然違うけどな、レスカのはサファイアだろ」
すっ、と引かれてそのまま、高く掲げて誓いを立てるように。
「でも、もう一つあるって聞いたら、そっちも欲しいって思うじゃない?」
「そりゃまた、欲張りな事で。だったら尚更、どうしてそんな、海賊に狙われるようなお宝をお前みたいな小娘が欲しがる?単身でこんな、他人の船を襲うなんてリスクの高い。とっつかまって殺される事は考えなかったのか」
「でも結局、私はあなたたちに会ったわ。海賊でも無いのに海賊船に乗った、とっても頼りになりそうなちょっぴりイケメンなあなたと、何だか他人とは思えないナリのメカのあなたに。良く言うじゃない、運も実力のうち。違う?」
にぃっと、口端を釣り上げて、海賊なんかよりよっぽど悪い顔を作る。言いたい事は…一つだろうな。
「本当は本職の海賊にお願いしようと思ったんだけど。いいわ、妥協したげる。あなたたち、あたしをブルーパールの所まで送ってってよね」
「人にモノを頼む態度じゃねぇな」
「それはこっちのセリフ。だってあなた…さっきドサクサに紛れて私のオシリ触ったでしょ」
「ば、バカ者!目の前に尻があるのに触らん男がおるか」
「責任取って!私をブルーパールの所まで連れて行ってちょ~うだい」
ネ!と、カワイコぶってはいるがその瞳は燃えるような色。少し…アイツに似てるかな。
だ、だからって!決めた訳じゃないぞ、絶対!
「…いや。おもしれぇじゃねえか、気に入ったぜ。それに、美少女の頼みを断ったとなっちゃぁ、宇宙イチの名がすたるってもんだ。いいぜ、協力してやっても。オレ様は…(小声)おい元仕置きロボ、名乗らない方が良いか?」
「大将…アッシはココで見聞きした浮気現場をどう、姐さんに報告したら良いんでしょ?」
「せんでいい!」
…何だかんだで、冒険のはじまりはじまり~。