【完結】例え私が幸せになれるとしても、私はそれを選べない   作:曇天紫苑

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出会いは必ず何かをもたらす

 これは夢だ。

 なぜそう思うのか? 答えは、目の前に私が居るから。鏡ではなくて、そっくりの他人でもない。同じ魔力に同じ装束、見知ったソウルジェム。どれも私である事を伝えてくる。

 決定的に違う部分は、それが昔の私と同じだったという点だ。眼鏡に三つ編み、それから態度も。

 視界に入れるだけで腹が立つ。こんな経験は今までに一度だってなく、苛立ちのあまり襲いかかり、地面に押さえ付けてしまった。

貧相な腕を掴んだまま背中に体重を乗せると、起き上がろうと暴れる彼女も諦めて力を抜く。このまま手の甲のソウルジェムを潰せる。

 

「あなたは私の夢なの? それとも、偽物?」

「あっ、くぅ……」

「答えなさい」

 

 もっとも、押さえ付けているので相手の声には呻きが混じって聞き取りにくい。

 触れれば触れるほど貧相に感じる体つきで、ちっともかわいげがなかった。もっとも私も同じ体だから、魅力に乏しいのは同じだけれど。

 

「それとも、私の姿を偽って、戦い方まで真似をして、一体何を企んでいるの」

「な、なにもっ、企んでなんか……」

「嘘を言わないで。こんな貧相で非力な姿をしている癖に」

 

 仕草も、戦い方も、昔の私を思い出す。周りに強い魔法少女がいなければ何もできなくて、一人じゃ何も成せない。

 もちろん、どんなに一人で戦える様になってもワルプルギスの夜を倒せなかった時点で何の意味もなくて、結局、あれほど積み重ねても巴さんより強くはなれなかったけれど。

 

「こんな弱いあなたじゃ、何一つ成し遂げられないまま死ぬだけよ」

「あっ……う、あっ……な、なんで……こんな……」

「……嫌いだから」

 

 例え夢だとしても、昔の自分を直視するのは想像以上に気分が悪い。

 本当に、こんな状況は早く終わらせたい。ビルの合間にある人気の無い通路へ追い込んだから月明かりも入らず、辺りは酷く暗い。あまり長く居たい場所ではなかった。

 

「もう一度聞くわ。あなたは誰」

「あ、暁美、ほむら……です」

「嘘を言っているの」

「ほ、ほんとうですっ……! う゛ぁっ!?」

「暁美ほむらは私。嘘は聞き飽きたわ」

「ち、違いますっ! 私が、暁美ほむらなんです……あなたこそ、誰なんですか!?」

「……動かないで、動いたらソウルジェムを砕くわ」

 

 とんとんと手の甲を叩いてみると、よく見知った魂の塊が音を立てた。色も形も寸分違わない。だからか、触れているだけで嫌な気分にさせられる。

 自分の中にある何かが侵略されている様な不愉快さに、もう一度これの魂を叩いた。更にぞわぞわとした嫌悪が立ち上り、たまらなく気分が悪くなる。

 

「ひっ……!」

「その様子だと、ソウルジェムが魔法少女の何なのかは理解している様ね」

 

 手の甲にあるソウルジェムをいつでも破壊できる様に触れておくと、すっかり大人しくなった。

 魔法を使わせない様に注意しながらも、髪を掴んでゆっくり顔を上げさせる。強化されているのか眼鏡は割れていない。瞳が私の姿を、違う、私の後ろに居る誰かを捉えた。

 

「だ、ダメっ! 逃げて!」

「誰の話を……」

 

 叫びが届く方向に顔を傾けると、ビルの屋上から飛び降りてくる姿があった。

 確かな魔法の力と力強い足取りに、勇気と優しさでいっぱいになった声で周囲を照らして、真っ直ぐに落ちてくる。その姿は、声は。

 

「ほむらちゃぁーん!」

 

 まどか。

 

「っ! 危ない!」

 

 その姿と声を捉えた瞬間から私の身が勝手に飛び上がった。そして、他の何もかもを忘れて彼女が落ちるであろう場所に滑り込んだ。

 

「まどか!!」

 

 隣を走ってきた私よりも早く、落下してきたまどかの身を抱き留めた。命の重みが腕に走ったけど、こぼさず彼女の身を腕の中へ収められる。素の私なら腕が折れていただろうけど、魔法少女なら痛いだけで済んだ。

 温かい。彼女が生きて、そこにいる。

 

「怪我はない? こんな危ない事をしてはいけないわ」

「あ……ありがと、ほむらちゃん……あれ?」

 

 よほど慌ててきたらしく、まどかは勢いよく顔を上げてきて、私と目が合う。まどかの目がまあるく開いて瞳に私の顔が写った。

 

「……え? あれ、ほむらちゃんが二人?」

「まどか! その人から離れて!」

 

 叫び声に反応したまどかは私の腕から外れ、一気に距離を取ってきた。

 その身が一瞬だけ光ると魔法少女の姿となって弓を握り、警戒と共に視線を運ぶ。私と対峙する姿はやはり強くて、さりげなく暁美ほむらを気遣う所には慈悲深さすら現れる。

 

「け、怪我は!? あの人に何かされなかった!?」

「うん、わたしは平気。ほむらちゃんは?」

「大丈夫だよ。それより、まどかは早く逃げて……!」

「いったい何があったの? あの人は、知ってる人?」

「ううん、いきなり襲いかかってきたから分からないの。でも、私が目的みたいで」

 

 まどかは情けなく弱った暁美ほむらを抱きしめると、小柄な身体をいっぱいに使って包み込んだ。慈悲の庇護を与えつつも、私に向かって警戒を見せるのは怠らない。

 本当に、深く深く思う。彼女はいつだって私なんか比べられないくらい素晴らしい人で、だから、こうして正面から対峙すると、守られている時とは違う物がある。

 

「どうしてほむらちゃんを襲ったの?」

 

 そう、正面からはっきりと。

 こんなに強くまどかに見つめられるのは、はじめてだった。

 

「っ」

 

 思わず一歩下がってしまう。ショックが顔に出てしまわなかったか。それ以上は何とかして足を止めるも、身体の震えを誤魔化せたかは相当に怪しかった。

 幸いな事にまどかは自分の友達を守る事に必死で、私の挙動までは見ていなかった様だ。何かしら気づいた風ではない。

 

「いいから私を置いていって……! あの人は私を狙ってるの!」

「ううん、ほむらちゃんが助けを呼んで! わたしが時間を稼ぐから!」

「ダメ! まどかが戦うなら、私も一緒に!」

 

 何という茶番だろう。これが夢なら、私の情けない願望の羅列だ。

 二人は何やら私を敵と見なしている様で、強敵に立ち向かう勇気と友情を見せつけてくる。特にまどかの目は力強く輝き、友達の手を握って前を向く様は希望に満ち満ちていた。その魔力の発露さえも私を圧倒しており、本気で戦えばまず勝てないと思い知らされた。

 技量の差とか、そういった事じゃなくて、まどかの希望と勇気をぶつけられたら私は耐えられない。反撃だって出来るか怪しい。

 少なくとも、あそこに居るまどかは偽物じゃない。私の夢の産物かもしれないけど、まどかの姿をして、まどかの心を持つ事に変わりは無かった。

 

 そんなまどかと一緒に居る、昔の私。あの存在自体が気に触って仕方がない。あんな風に手を取り合ってパートナーぶり、あの子を戦わせて平気な顔をしている。

 あそこに居る暁美ほむらは、きっと夢の中の存在か偽物で、傷つけようが殺そうが特に意味はない。しかし、自分の中で認めがたい敵意が沸騰するのは明らかだった。

 きっとまどかは私から漏れる敵意を感じ取っていて、暁美ほむらの盾になろうと前に出てくる。ほら、今まさに私の視線上へ割って入った。

 

「そいつから離れなさい。貴女には関係のない事よ」

「そんな事ない! ほむらちゃんに手を出すなら絶対……絶対に……」

 

 突然、顔色から警戒が消えだした。

 

「絶対に、どうしたの?」

「……」

「ま、まどか? ……あの人に何かされたの!?」

 

 失礼な事を言う昔の私はさておき、まどかは無言で目を丸くしていた。

 私の顔をまじまじと見つめ、何度もまばたきを繰り返す。

 彼女が急に黙り込んだので、私も、多分あっちの暁美ほむらも心配で仕方なくて、けれどまどか自身は首を傾けるだけだ。

 私の顔に何かあるのか。無言でまどかが何かを口にしてくれるのを待っていると、純粋で柔らかな言葉の矢が、私に向かって射られた。

 

「……ひょっとして、本当にほむらちゃんなの?」

 

 胸を張って頷ける筈の質問に、私は即答できなかった。

 

「……ええ」

「あの、どうして……?」

「どうして、って。私が暁美ほむらだからよ」

 

 困惑しているのがよく見て取れる。このまどかにとっては私の方が偽物なんだろう。それはしょうがないし、私がどう感じたとしても、まどかは何も悪くない。

 

「貴女は、魔法少女なのね」

「う、うん?」

 

 彼女は魔法少女になってしまった。

 戦いの日々を過ごしているだろうに、一つの苦しみさえも見て取れなかった。これが命のかかった戦いでなければ、例えばスポーツであるならば、胸を張ってまどかを応援できるのに。

 

「鹿目まどか」

「ど、どうしてわたしの名前を?」

「気にしないで。それより……貴女は、私と戦うつもり?」

 

 敵意をこめて凄もうとしたけど、失敗してしまった。

 まどかと交差する視線に、暁美ほむらが割り込んできて私を睨む。さっきまでより顔が緊張感を帯びていた。

 

「邪魔よ。あなたの様な人間がまどかを守れると思っているの」

「守れない、かもしれないけど。まどかと一緒ならどんなに苦しくたって戦えます」

「……」

 

 嫌に眩しい子だった。

 言葉も顔も希望で満ちている。私がとっくに落としてきた物を、彼女はまだ持ち合わせている。

 たぶん、嫌そうな顔が漏れたのだろう。危機感からか手を繋ぎ、互いの存在を確かめながらも前を向いて、二人は真っ直ぐに私と相対した。

 暁美ほむらの三つ編みは、まどかのよく使うリボンで結ばれていた。

 

「ほむらちゃん」

「うん……!」

 

 私が戦おうとすれば、二人はすぐに応戦するだろう。手に手を取って、絆の力を見せつけてくるに違いない。それを失った私の瞳を焼くように。

 

「仲が、いいのね」

 

 自然と腕を下ろしてしまった。

 戦えば、まどかを傷つけざるを得なくなる。例え夢の中であったとしても絶対にやりたくない。だから選択肢なんてありはしなかった。

 戦意を抱いた二人を無視しながら踵を返す。肩すかしに終わったからか、二人が武器を握る力が弱まった気がする。

 

「た、戦わないんですか?」

「……戦って欲しいの? あなたの友達を傷つける事になってまで?」

 

 顔だけで振り向いてみると、二人は夢でも見ていたように目を丸くして固まっている。

 

「無関係な人を巻き込むつもりはないもの」

 

 仮にも、あれが私の過去なら分かる筈だ。自分の身勝手にまどかを巻き込むなんて決して許されない愚行で、あまつさえ傷つけるなんて話にならない。まどかの命をその手にかけた事があるから、彼女の命の重みはよく知っている。

 私が苦しむだけで彼女が幸せになれるなら心が悲鳴で埋め尽くされても戦えるけれど、この状況には当てはまらない。

 こちらの意思をひとまず飲み込んだ二人は警戒を残していたが、戦意はたちまち抜けていった。私の言葉を信じてくれるのは嬉しい。けれど、少しくらい疑った方が安全なのに。

 

「気を抜くのが早すぎるわね。私が油断を誘うつもりかもしれないでしょう?」

「心配、してくれるの?」

「……これは指摘よ。鹿目まどか、貴女はもう少し人を疑いなさい。貴女を騙し、裏切る人間が居るかもしれない事を忘れないで。そうなった時に苦しむのは貴女だけではないわ」

 

 それも貴女の美点だけれど、あまりに良い人すぎて身を滅ぼしてしまう。こういう子だから私は助けたいと願ったにしても、いい加減にして欲しい。それじゃまどかは幸せになれないから。

 暁美ほむらが私の事を見つめている。小さく頷いた様に見えたのは私が同意を求めたからかもしれない。

 

「う、んっと、やっぱり心配してくれるんだ……よね?」

 

 言葉の一つ一つが私の胸を貫いてくる。少しだけ身を乗り出して私に近づこうとするのも、たまらなく心を揺らされた。

 嘆きながらまどかに縋り付いてしまいそうだった。でもダメだ。そんな自分は許せない。

 

「ええ、心配しているわ。そこの私と同じ様に」

 

 魔法少女の姿をしたまどかは力強く、とても素敵だった。かわいらしい格好も、しっかりとした両足も私にとっては他の誰より輝いている。

 けれど、命がけの戦いと残酷な宿命に彼女が身を投じたと思うだけで身体が重くなる。いっそ魔法少女が明るくて幸せなものだったら良かった。でも、そんな無茶な幻想が通る訳もない。

 その場でうずくまって泣き出したくなった。でも、そうも行かずにまどかと目を合わせた。

 逸らしたのは私が先だった。

 

 幸い、彼女達は逃げる私の背にもう声をかけなかった。代わりに「大丈夫?」とお互いの無事を確認し合う。どれほど一緒に居るのかは知らないけれど、確かな絆を育めている。

 拳を握りしめて歯を食いしばり、私は振り返らずに逃げた。

 

 道を飛び出すと、知っている筈の見滝原市が広がる。右側にある坂はまどかと歩いた道で、左側のケーキ屋さんはまどかが連れて行ってくれた。どれも私が前に見た時とは違って、坂に並ぶ木々の葉は落ち、ケーキ屋さんの看板には季節違いの限定メニューがかけられている。

 服を元の姿に戻せば寒気が走った。さっきまでは薄着でも温かかったのに。街を歩いている人の格好だって厚着が大半で、数時間前の過ごしやすさがウソの様。

 明らかに、数十分ほど前とは時期が違う。これは夢だろうか。これがただの夢で、あそこに居た私もまどかも、私の妄想なら良いのに。

 どうあっても仲の良い二人の姿が頭から離れない。夢なら、早く覚めて欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 夢か現か分からなくても、私の家は知った通りの場所にあり、鍵も無事に使えた。部屋の中にある家具や設備はいつも通り。けど、漂う雰囲気は全く異なっていた。

 

「私の家じゃない」

 

 呟く声がよく響く。

 鍵は同じだけれど、中は明らかに違った。

 確かに家具の位置こそ同じだ。でも、大きなウサギのぬいぐるみがベッドに転がっており、窓際にはアザラシやクマのぬいぐるみが並んで無機質な瞳でこちらを見つめている。

 かわいらしいぬいぐるみ達が空いた場所で過ごしており、部屋の空気を緩めている。もちろん私は買った覚えのない物だ。ついさっきまで居た私の部屋は、こんなに素敵な内装じゃなかった。

 

 写真立てを見てみると、暁美ほむらと色々な人が並んだ写真が収まっていて、知っている人も居れば知らない人も居た。

 肩に抱きつくまどかと、手を握る知らない誰か。顔を見る限り、暁美ほむらは驚きながらも笑顔で二人を受け止めていた。他にも、並べられた写真には暁美ほむらと仲の良さそうにしている人が写っているけど、殆どの顔には全く覚えがない。

 ここまで来ると、夢というには鮮明すぎる。そう認めずにはいられない。

 

 この部屋に住んでいるのは暁美ほむらだろう。棚に収まるカップも、ぬいぐるみや写真の置き場所も私の好みと一致する。

 しかし、私の部屋ではない。その事実だけで妙に居心地が悪くなった。

 

 落ち着かない。夢が覚める気配もなく、落ち着ける所を欲していた私にとって、ここは目当ての場ではなかった。

 あまり長居しては帰ってきてしまう。侵入者と扱われるのも不本意で部屋から出ようとした所、玄関の扉が開く音がした。

 

「お邪魔しまーす」

「うん、どうぞ」

 

 知っている声だった。それどころかついさっきも聞いた声音の二人組だった。

 とっさに隠れようと考えたけれど、部屋の中に隠れやすい場所がないのは知っている。ならいっそ、堂々と出迎えた方がまだ良いかもしれない。まどかに空き巣扱いを受けるのは嫌だった。

 いつも通りの顔色を維持しつつ髪をかき上げ、どこかこみ上げるばつの悪さに蓋をして、玄関にいる彼女達に姿を見せた。

 

 目が合った途端、暁美ほむらは変身した。背後のまどかの盾になろうと、その貧相で役立たずの身体で彼女を覆い隠す。が、貧相なのでまどかの姿がはみ出ている。

 私も、彼女達も黙っていた。視線が私に集中するも、狭い通路での戦闘には至らない。三人とも誰かが言葉を発するのを待っていた。

 暁美ほむらが手に持っている袋の中身は恐らく今日の夕食の材料だ。一人分としては膨らみがやけに大きい。つまり、まどかと二人で食べるのだろうか。

 

「……お帰りなさい」

「あっ、はい。え……えっ!? 泥棒!?」

「失礼な事を言わないで貰えるかしら。自分の家に帰って何が悪いというの」

 

 自分でも盗人猛々しいと言いたくなる。それでも顔には出さず、自分は正しい事を言っているという振る舞いは絶やさない。

 

「私は暁美ほむらよ。他に名乗る名前は持っていない。だから私の部屋に戻ってきただけ」

「でも、ここは私の部屋です」

「分かっているわ。あんなぬいぐるみを揃えた記憶はない」

「まどかに貰いました」

「ああ、そう……」

 

 道理だ。

 

「あなたは本当に、誰なんですか……?」

「何度も言っているでしょう、私は暁美ほむらよ。貴女にとっては私が持っているべき名前でないとしてもね。その証拠に、ほら」

 

 持っていた鍵を手渡すと、暁美ほむらが目を剥いた。

 

「あなたが私の居場所を奪ったのか、私があなたの居場所に侵入したのか、一体どちらなのかしら」

 

 前者なら許さない。今もまどかと寄り添い合う姿が目に焼き付けられていく。

 まどかの盾になりつつも、暁美ほむらは眉を寄せて一歩踏み込んできた。

 

「私が暁美ほむらです……何回も答えたのに、あなたは信じてくれなかったじゃないですか」

「こちらも何度だって教えたわ。私が暁美ほむらよ」

 

 険のある視線を送ってくる方がずっと分かりやすく、腹を立てているのが手に取る様に分かった。自分の気持ちなんだから、いくら鈍くても察するのは容易い。

 私が襲いかかるのを警戒しており、身構えつつも顔はしっかり私を見る。睨んでも視線を逸らそうとせず、ただ前のめりに私を威嚇していた。

 

「証拠はあるんですか?」

「信じられないのなら転校してきたばかりの頃の思い出や気持ちを語ってもいいわ」

「……だとしても、私だって暁美ほむらです。病室に居た頃の思い出を話せば分かってくれますか?」

「つまり、どっちもほむらちゃんという事なの?」

 

 私達が警戒心をぶつけあっていると、まどかは隙をみて私に近づいてきた。

 

「まどかっ」

「平気だよ、相手はほむらちゃんなんだから。そうだよね、ほむらちゃん?」

 

 慌てて制止する暁美ほむらの声に極めて楽観的な顔で返し、まどかはこちらとの距離を詰めてきた。顔をしっかり見つめられ、観察されると落ち着かない。

 彼女に聞かれると自分の方が偽物なんじゃないかという疑いが浮かぶも、言葉にする様な事じゃない。

 

「そうよ、私は暁美ほむら。まどか、あなたなら、こちらの暁美ほむらを本物だと認めるのかもしれないけれど」

「友達だからよく知ってるよ。ほむらちゃんはほむらちゃんだもん……だから、あなたもほむらちゃんなんだって、よく分かるんだ」

「ええ、これが暁美ほむらよ。幻滅しても構わない」

「じゃあ、まだ……わたしの友達を襲うつもりなの?」

「……」

「そっか。あのね、ほむらちゃんが死んじゃったら、わたしは魔女になるからね」

 

 淡々とした声が届いて心に広がった。

 

「……えっ?」

 

 意表を突かれたのが私の声か、あっちの暁美ほむらの声かは分からなかった。

 余りに唐突な発言が消化できず、ただの言葉として心の中で周り、何とか意味を受け取った時にはまどかの静かで清い笑顔がすぐ近くにあった。

 

「ほむらちゃんはね、ずっと一緒に戦ってきた大切な友達なの。だから、ほむらちゃんを守れないなんて……わたしには、耐えられない」

 

 それでも戦うの? まどかの顔が告げている。暁美ほむらに問いかけている。これ以上続けるのなら確実に鹿目まどかを傷つけると分かっていて、それでも続けるのかと。

 

「お願いだから、もうやめて欲しいな。ね?」

 

 顔をそっと近付けてきて、鼻先でニッコリ。昔の記憶を手繰り寄せてもあまり見た覚えのない表情をしている。ひょっとして、親密な友達になれたらこんな態度を取ってくれるのかも。

 

「ずるい」

 

 思わず感想が出た。そこにいる暁美ほむらも、まどかにも。

 

「ずるいよ。そういう風に言われたら私が動けなくなるって……まどかは、分かってるんだね」

「うん、ほむらちゃんはわたしを大切にしてくれるから。あなたがほむらちゃんなら、こう言えば良いって分かるの。狡くてごめん」

「いえ、いいの。それは別に構わない」

 

 構わないどころか嬉しかった。まどかが私の気持ちを分かってくれるのはひどく幸せで、甘美な毒が心に回る。いつだってそう。まどかの優しい声から届けられる柔らかな言葉は、私には強力すぎた。

 抑えていたつもりなのに、まどかの背中を撫でるだけで手が震えてしまう。暁美ほむらの前だから何とか立っていられるけど、そうじゃなかったら今頃はへたり込んでいた。

 

「……もう、しない?」

「ええ、もうしないわ。迷惑をかけてごめんなさい」

「そういう事は、あなたが襲ったほむらちゃんに言って欲しいな」

 

 柔らかいけれど強い語気に、ああ、まどかを凄く怒らせてしまったと実感する。

 友達をここまで痛めつけられて怒りを覚えない訳も無く、罵声を浴びせられないだけでも、頬を打たないだけでも十分過ぎるくらい彼女は優しく甘かった。

 

「……ごめんなさい」

「あ、あの」

 

 深く頭を下げた。相手の存在は今も気に入らない。気に入らないけど、まどかに辛い思いをさせるくらいなら自分の心なんて押し潰すくらい簡単だった。

 相手が本当にもう一人の自分だと仮定して、襲ってきた相手が謝ってきたらどんな対応をするだろう。なし崩しで許してしまうか、それとも怯えてまどかの傍で震えるか。どちらにしても弱々しすぎて溜息が出る。

 実際に、頭の前で感じる暁美ほむらは明らかに動揺していた。ただ、しばらく黙り込むとこちらへ近づき、深呼吸を一回。

 

「……食べませんか?」

 

 買い物袋が差し出されていた。

 受け取って覗いた中には、緑黄色の野菜類がたっぷり詰め込まれている。これがどうしたのか。私の疑問に向き合って、彼女はぎこちなく微笑んだ。

 

「実はその、お野菜を買い過ぎちゃったので、もう一人誰か呼ぶつもりだったんです。あんまり長持ちしないし、置いておくより食べちゃった方が美味しいから……」

「私を家に迎え入れるの」

「はい。それに、今日はまどかが泊まりに来てくれたから、お客さんを迎える準備はしてあったんです。もう一人増えても、大変じゃありません」

「なぜ?」

「だって、その……」

 

 言い淀みつつも、目線がまどかを追っている。

 同じようにまどかの顔を窺っていたら、彼女は首を傾げていた。

 

「あなたも、そうなんですよね? 大切な人がいる」

「ええ」

「だったら私とあなたは、同じ人間なのと同じくらい、気持ちを共有できる仲間になれる……と思うんです。ダメ、ですか?」

 

 自分を狙って襲いかかった相手との食事を望む感性は全く理解できない。昔の私だってここまで無防備ではなかった、多分。

 けれど、他人と共に生きようとしている。他者と交流を深めようと動ける様な積極性のある人間じゃないのは自分自身がよく知っている。仲間を求めない今の私と違い、過去の私はいつだって伸ばされた手を掴む立場だった。

 今だって、私は伸ばされた手を掴んでいる。

 

「……あなた達が、いいのなら」

 

 視界の中で、まどかは何度も頷いていた。とっても似合う満面の笑顔でわたし達の間に入り込んで、ごく自然に私達の腰へ手を回して抱き寄せてきた。

 

「はうっ」

「じゃあ決まりだね!」

 

 さっき出会ったばかりの私すら受け止め、どこから見ても分かるくらいに幸せを放っていた。

 私達の真ん中で、どっちの暁美ほむらにも同じくらい明るく優しい輝きをくれた。それに、何一つ遠慮なく接してくれるので思わず心が弾んでしまう。私を逃がさない為にか引っ張り込む力は見た目よりずっと強いのに、痛みは全くない。

 覗き込むようにちょっとだけ見上げてくる視線には、誰だって感じ取れるくらい明確な好意が滲んでいた。

 

「ほむらちゃ……あ、えっと……あなたの事は、どう呼べばいいかな?」

「ほむらでいいけれど。そうね、二人も居るから分かりにくいかしら。好きにすればいいでしょう」

「なら暁美さ……ううん、やっぱり二人ともほむらちゃんって呼ぶね。分かりにくい時は言ってくれると嬉しいな」

 

 文句なんて出る訳もない。まどかには名前で呼ばれたいから。

 

「でも、本当にどうしてここに来たの?」

「ごめんなさい、私もそれは分からないの。今でも私が見ている夢だという可能性は捨てきれない」

「私達はあなたの夢なんかじゃないです」

 

 実際の所、その言葉は真実の様な気がしていた。現実感がありすぎる。一方で、こうまで都合の良い世界を上手に飲み込めていない自分の感性は、まだまだ認めていない。二人に向けて曖昧に頷くのが精一杯だった。

 こんなどっち付かずの答えでも、まどかに気分を害した様子はない。夕食の材料を眺めて考え込み、見た目も声も楽しげで、少し前まで敵対していた相手に見せる様な好意の在りようではなかった。

 

「今日は何を作ろうかなぁー……ほむらちゃんは何がいい?」

「まどかとなら何を作ってもきっと美味しいよ。でも、そうだね、三人で食べるなら煮込み料理か鍋がいいかな。あなたはどうですか?」

「特に好き嫌いはないわ。手伝いはするから貴女達が決めて」

 

 一気に打ち解けた空気となって接してくれる。調理器具の場所は変わっていないから私にも手伝う余地があった。

 寄り添いながら料理を進める二人の姿が、この位置からはよく見えた。

 

 

 

 

 数時間と少しもあれば、料理は食べ終えて片づけも終わる。三人で作った料理の数々は誤魔化しようもなく美味しかった。特にあのシチューの出来は相当に練習しなければ作れない。

 空になったお皿を前にした衝撃は強い。それなりに一人暮らしが長いから料理は普通にこなせる程度の気分でいたけれど、明らかに私よりずっと手慣れていて手際も良く、しかも楽しそうだった。

 まどかと一緒に食べたから、というだけでは説明できないくらい彼女達の料理の腕は上達していた。私では相当に頑張らないと並び立てないくらいに。

 

「こうして見ると、本当にそっくりだね……同じ人なんだから当たり前かな、えへへ」

「顔は同じかもしれないけれど、私と彼女の雰囲気や表情は全く違うわ」

「そうですよね。似ている所より、似ていない所の方が多い様な」

「仕草とか、色々な所が同じに見えるの。ほむらちゃんが思ってるより、二人とも似ている所が沢山あるんだよ?」

 

 対面席から見比べてみると、そうなるらしい。私にはどれくらい考えても分からないけれど。隣に座っている暁美ほむらだって困惑していた。同じタイミングで私にちらと視線をやる物だから目が合ってしまい、反射的に逸らしてしまう。きっとあちらも同じ様にしただろう。

 

「でもね、確かに違う所もあるかな」

 

 そう言って立ち上がるなり、私達の後ろへ回り込む。素早く元気にかわいらしく、拒否する気にさせない見事な手際で。

 

「ふあっ」

「こっちのほむらちゃんはかわいくて」

 

 あちらの暁美ほむらの手を握り。

 

「……」

「こっちのほむらちゃんはカッコいい」

 

 私の手を握る。

 この腕と手には、残っていないだけで傷跡は沢山あるのだと、もう気づいていた。魔法少女の事を知らなければ親御さんが見たって分からないだろう。戦いの中で沢山の人を助け救ってきた彼女が怪我と無縁の人生を送れる筈もない。

 それでも柔らかな手は綺麗なもので、掴まれていると自分は親しい友達なのだと錯覚してしまいそうだった。

 

「だから、少しだけ違うと思う。でもね、どっちもほむらちゃんだよ。わたしにはよく分かるの」

 

 えへへと笑いつつも私ともう一人を交互に見つめ、優しい言葉で励ましてくれる。

 こういう所に救われる自分が居る一方で、彼女の優しさに甘えている自分の弱さが大嫌いだった。

 

「さてっ、そろそろお風呂へ行こっか……わたしとほむらちゃんは一緒に入るけど、あなたは?」

「え」

 

 すぐには返事ができなかった。一緒に、入る。お風呂へ? それも私の家のお風呂なんて。狭くて使いにくい所を使うなんて。

 

「一緒に、入るの?」

「うん。お泊まりの時はいつも二人で入るんだよ? 良かったら一緒にどうかな?」

「え、い、いえ、私は後でいいわ……それに、貴女は気を許しすぎている。幾ら私が謝罪したからと言って、こんなに無防備な扱いをするなんて」

 

 まどかの手に力がこもった。余計な事を言っているのは分かっている。急にお説教まがいの言い回しをしたものだから首も傾げられてしまった。

 戸惑わざるを得なかった。どこかの温泉ならまだしも、自分の家で友達とお風呂に入るなんて経験はない。ところが、まどかと共に在る彼女の反応からは驚きも戸惑いもなく、ごく慣れた日常の一部として受け止めているのは明らかだった。

 

「私は確かに暁美ほむらよ。けど、そこにいる貴女の友達とは別人である事に変わりはないわ」

「じゃあ、これから友達になればいいと思うの。どうかな?」

「……それは」

「落ちてきたわたしを受け止めてくれた時にね、あなたはほむらちゃんで、仲良くなれるんだって直感で分かったよ。だから、これからでもいい」

「魔法少女ならあれくらいの高さは平気でしょう。私が受け止めたのは単に反射的なものに過ぎないわ」

「うん、知ってる。でもね、わたしが危ない時にすぐ飛び出してくれるあなたは、信じていい人だと思う。仲良くしたいなって思えたの」

 

 まどかの顔には友好の色が溢れ、隣にいる暁美ほむらと手を繋いで私を誘ってくる。

 

「あなたもそれでいいの?」

「私ですか? あの、まどかもこう言っているから、三人でも平気ですよ?」

「ほむらちゃんも良いって。ね? きっと楽しいよ?」

 

 二人の間には隙間がほとんどなく、密着するような距離感で揃って私を見つめていた。このままでは断れなくなる。必要もないのに、まどかの期待のまなざしに耐え続けるのは難しい。

 

「……遠慮しておくわ。お風呂場が窮屈でしょう。それに」

「それに?」

「恥ずかしいもの」

 

 二人の視線が私の頭から足までをなぞった。少なくとも、私には視線の動きがそう感じられた。

 まどかと一緒に入るのは、まだいい。彼女が望んでくれるなら自分の照れなんて拒む理由としては弱い。貧相な体付きは胸を張れるような物じゃないけど、気にされないのは知っている。

 でも、暁美ほむらとは、自分自身と一緒には入りたくなかった。自分に自分の肌を見られるのは抵抗があったから。

 

「そっか。うん、確かにそうかも。今日出会ったばっかりだもん、恥ずかしくない訳ないよね」

「まどか、その」

「ごめんなさい、とかは言わなくて良いんだよ? 二人居たって、格好が違ったって、ほむらちゃんに無理とか我慢はして欲しくない」

 

 繋いだままの指先は私を撫でて離さない。私が彼女に甘えても、きっとその全てを受け止めてくれる。

 

「……ええ、ありがとう。まどかにそうして貰えるのなら本当に嬉しいわ」

 

 涙が出るくらい嬉しくたって、自分自身の前では泣けなかった。

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