【完結】例え私が幸せになれるとしても、私はそれを選べない   作:曇天紫苑

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本日二度目の更新です


夜明けのごとくひかりふる

 まどかの寝顔と寝息の穏やかさが私の呼吸を整える。今のまどかには何の心配もないんだって、全身で伝えようとしてくれるから。

 色々とあった末に、なし崩し的に泊まってしまった。しかも同じベッドの中なんだから、数時間前の自分は想像すらしていなかっただろう。

 両側からまどかを挟むように眠り、ほとんど密着する距離感で纏まったからこそ、思ったよりも狭くなく、普段の何倍も寝起きの気分がいい。だからか、悪い夢は見なかった。

 着替えは私ではない暁美ほむらの服を借りた。私の普段着より心なしかお洒落で綺麗に整理されているからか、寝ている間の着心地も十分な物だった。

 

 ベッドは私の部屋と同じで一人用。三人で使うなんて想定されていない。ごく当たり前だけど、密着しなければ転げ落ちてしまう。

 まどかは私達の腰を捕まえて眠っている。真ん中にいる彼女が私達を固定し、小さな寝息を傍で立ててくれるから、いつになく安心した夜を過ごす余裕があった。

 

 少し頭を上げてみれば、まどかの先、反対側の暁美ほむらの顔も見えてくる。二人とも安心しきった寝顔だ。こんな怪しい私を、もう少しも警戒していない。

 確かにまどかを害する気は欠片もないし、もう一人の暁美ほむらは好かないけれど排除する気はなかった。自分の存在が脅かされる様な不快感がこみ上げたとしても、客観的に考えれば私が何かを仕掛ける必要はない。自分の感情がどうあれ、不必要にまどかを傷つける様な行動は決して取るべきじゃないんだ。

 

「ん……」

 

 それにしても、なんて穏やかな寝顔だろう。寝息も淀みなく、まどかは目の前に居るんだと教えてくれた。

 寝返りで彼女の顔が目の前に広がる。放っておくとあの優しい色合いの髪が彼女の口元に入ってしまいそうだから、直しておこうと手を伸ばした。

 

「あれー……?」

 

 まどかが眠たげに目を開けた。私の姿をぼんやりと見つめ、ゆっくり身を起こし始める。

 

「ごめんなさい。起こしてしまったわ」

「ううん、いいよぉ。ほむらちゃんこそ、目が覚めちゃったのかな……? まだ、えっと、うーん……夜だね」

 

 声が少しずつ明瞭になっていく。部屋に目をやって私を見て、また部屋に目をやって、最後に私と目を合わせた。

 

「ひょっとして、寝てないとか」

「いいえ、さっき起きた所よ。貴女達の様子を眺めていただけ」

「そっかぁ……」

 

 こちらを見つめたまどかは、人差し指を唇に当てた。ほんわかな吐息が私の顔を僅かにくすぐった。

 

「まどか」

「しー。ほむらちゃんはまだ起きてないから、静かにお喋りしよ?」

「……分かったわ。そうしましょう」

「うん、ありがとう……」

 

 まだ何か言いたそうで、しかし何も聞かれない。私の立ち位置を想えば、幾らでも疑問はあるだろうに。

 多くの言葉を飲み込んでくれている。その配慮に心の奥が穏やかな温かみを帯びるのが分かった。そして同時に、申し訳ない。

 言いたい事があるのなら、聞きたい事があるのなら、何でも答えたかった。まどかにとって気分が悪くならない程度の話であれば、何だって。

 

「どうしたの? 私の事で、何か気になる事があるのかしら」

「え? えっと……」

「答えられる物なら何でも答えるから、貴女の思ったままを聞かせて」

 

 問いかけてみれば、小さな深呼吸の後に答えてくれる。

 

「あのね、もし良かったら一つ聞いても平気かな……?」

「答えられる範囲でなら、幾らでも」

「ありがとう。じゃあ、ちょっとだけ部屋から出て話したいんだけど……いい?」

 

 万が一にも聞かせたくない、という事だろう。了承しつつ静かにベッドから抜け出ると、まどかは私の手を引いた。

 あまりにも慣れた仕草だから戸惑いすら抱かず、気づいた時には彼女に連れられてキッチンで水を飲んでいた。

 

「ここじゃ聞こえちゃうかな……」

 

 呟いた彼女がそっと私を連れて行き、浴室の中に潜り込む。お湯が入っていないから寒々しいけれど、まどかの手から伝わる熱が和らげる。

 さっきも使った通り、ここはあまり広くない。私とまどかが空っぽの浴槽の中で対面するだけで、かなり狭く感じる。灯りもつけていない為に、まどかの顔は薄暗く見えた。

 

「うん、この中なら大丈夫かも。寒くはない?」

「平気よ」

 

 答えた瞬間にまどかとの距離が縮まった。

 

「んんっ……ま、まどか? どうしたの?」

 

 元々ほとんど目の前だったから今はぴったりくっついて、視線も合う。冷えだした身体が熱くなってくる。こんな狭い場所じゃ突き放すのも難しくて、受け止めるしかなかった。

 

「あなたとわたしの間に何があったのか、教えてくれる?」

 

 まどかの声はかなり潜められていた。真剣そのものだった。

 それなのに私は答えを詰まらせた。もしも本当の事を教えたら、悩ませてしまうかもしれないから。

 

「特に、何も起きていないわ」

「あのね」

 

 間髪入れず両手で頬を捕まえられ、顔を覗き込まれた。きらきらした瞳は薄暗がりの中でも柔らかな色を保っていた。

 

「ほむらちゃんとは友達で、最近はずっと一緒にいるの。だから、ほむらちゃんが何かを気にしてるとか、怒ってるとか、寂しいって思っていたらすぐに分かるんだ」

「……」

「だから、ほむらちゃんが凄く、あの……ごめんね、そんなに悲しそうな顔をするまでに、どんな事があったのかを聞きたいの」

「私が? いいえ、悲しんでなんて」

「ウソ。だって凄く辛そうだよ」

 

 自分の顔に触れてしまった。そんなに私の顔は雄弁なのか、あるいは暁美ほむらの内心を細かい態度で察せられるくらい近い仲になったからなのか。

 そう、まどかを見ていると悲しみが抑えきれないのは事実だった。彼女が魔法少女として生きている所も、戦っている姿も、決して見たいものじゃない。

 

「それはきっと、貴女の知っている暁美ほむらと私が違う人間だからでしょう。性格が違うんだもの、表情だって違うわ」

 

 何とか追求を逃れようと答えた瞬間、体中が一気に温かくなった。まどかの頬がすぐ隣にあって、彼女の髪が視界を覆う。抱きしめられた。

 

「えっ?」

「ごまかさなくていいの。分かるよ、分かるから。辛い事も楽しい事も、ほむらちゃんと一緒にしてきたから。ちゃんと受け入れるから、何も隠さなくて良いんだよ?」

「あ、貴女が知っているのは……私じゃない、でしょう」

「うん。だけどね、分かるんだ」

「何、を?」

「ほむらちゃんが分かる」

 

 私の背をさすり、身体をくっつけてくれるから、服越しにも彼女の存在が分かる。迷いが一つもないから、同じ事は前にも有ったんだろう。慈悲ある声が耳元から伝わって、こぼれそうになった涙はまどかが拭って微笑んでくれる。

 ミルク色の柔らかそうな香りがした。

 お風呂場に置かれたシャンプーの香りなのか、まどかの香りなのかはよく分からない。よく考えれば、まどかはこのお風呂に入ったのだから同じ香りがしても不思議じゃないんだった。

 

「ぅ……ひぐっ……ふぅぅ……」

「うん、うん。言えない事があるんだよね。わたしに教えたくない事があるんだよね? いいよ、全部は言わなくていい。ただ、少しだけ教えて欲しいの」

 

 私を見上げる彼女の姿が大きく見えた。でも、顔色はよくない。薄暗いお風呂場の中でも、強化された私の瞳は彼女の不安を確かに読み取ってくれた。

 人生で初めて、自分の瞳に感謝した。

 

「……やっぱり、わたしが魔法少女になったから?」

「っ……貴女は、ひょっとして」

「知ってる。ほむらちゃんが背負ってきた魔法少女の秘密も、ソウルジェムがわたしの魂なのも、ほむらちゃんの魂が、ここにあるのも」

 

 私のソウルジェムに優しく触れるまどかの全部が、悲しみを現していた。

 

「そっ、か。貴女は、知ってるのね」

「ごめんね、ほむらちゃん」

「勘違いはしないで。貴女が魔法少女でいる事は確かに、その、言葉に出来ない気持ちがあるけれど……貴女は何も悪くない。ええ、何一つ悪くない」

 

 彼女を責めるのは違う。怒りたくなるし責めたくもなるけど、それは違う。私が嫌なだけで、彼女が悪いなんて事はありえない。

 だけどまどかの雰囲気は変わらなかった。少しだけ距離を取って、今度は頭と両手で私の胸を押してくる。表情が見えない。

 

「もう一度、言うわ。貴女は、何も悪くない」

 

 せめて彼女の髪を撫でていると、自分の中で荒れ狂っていた感情が整っていく。

 

「……わたしね、あなたを見た時にこう思ったの。どんな辛い思いをしたら、ほむらちゃんがこんなに変わるのかなって」

「元からこういう人間だったとは思わなかったの?」

「うーん、そこは直感かも。あなたは私の知ってるほむらちゃんと同じだけど、どこかで変わった人なんだって、そう思えたの」

 

 思わず強く抱きしめそうになった腕を緩める。気づいてくれて涙が出そうだった。

 ただ、まどかにとってのお友達の暁美ほむらが今の自分ではない確信も、実感となってやってきた。

 

「今の私は貴女にとって望ましくない姿なのかしら」

「そうじゃないよ。そうじゃないけど、似合ってるけど……格好いいけれど……」

 

 しばらく憂いを秘めた吐息を漏らし、まどかは顔を上げた。ひどく心配そうな面持ちがそこにあった。

 

「でもね、ほむらちゃんはさっきから全然笑ってない。わたしの知ってるほむらちゃんはもっと楽しそうだもん」

「彼女がよく笑うだけよ。私は元々から明るくはない」

 

 昔の私はあんなに明るく笑えなかった。比べて彼女ときたら何一つの憂いすらも見られない。

 しかも、まどかとの仲の良さときたら底抜けに良好だ。自分の同一存在なのは全てにおいて理解できる筈なのに、そういう所は全部が違う。

 

「わたしの為に頑張ってくれたんだよね? ほむらちゃんがどんな事を願って魔法少女になったのかは聞いてる。とっても嬉しかったけど、わたしなんかの為に頑張らせて苦しめるのは嫌なの」

「自分を卑下するのはやめなさい。貴女は考えすぎているし、なんか、なんて言わないで」

 

 ためらいを意識の隅へ追いやって、まどかの背中に手を回す。びくんと震えたので気持ち悪いのかと不安になったけれど、幸せそうに潤んだ瞳が否定してくれた。

 たまらず私まで笑顔になりかけたものの、今はそうするべきじゃないと抑え付け、まどかの背を一層撫でる。

 

「私の願いは私の物で、気にする必要なんて貴女にはない。私は……きっと彼女も、そんな事は考えないで欲しいと思うわ。だから、自分なんか、なんて言わないで」

「じゃあ、逆にほむらちゃんだって気にしなくていいんだよ?」

「それは……!」

「わたしはね、叶えたい事があったから魔法少女になったの。色んな事があったけど、希望を持ったのは間違ってないって胸を張れる」

 

 何の反論もできないでいると、まどかの笑顔が輝いた。

 どちらともなく抱きしめ合うのをやめて一歩下がり、浴室の壁に背を当てる。まどかは自分の胸元に手をやり、目を瞑ってどこか遠くを振り返っていた。

 

「それにね、ほむらちゃんとも会えた。友達になれて、一緒に戦えて、だからほむらちゃんが悲しむ事はないの。だってわたしは今がすごく幸せだから」

 

 彼女が身に着けたソウルジェムは、語る所の正しさを証明するかの様に汚れの一つすらない。

 

「まどかは……まどかはこれで本当に幸せなの? 魔法少女になって、こんな生き方で本当に」

「もちろん幸せだよ! 毎日がすっごく楽しくて、明るくって、幸せでしょうがないの!」

 

 きっと嘘じゃない。無理もしていない。魔法少女の末路も戦いの苦難も知って尚、彼女は柔らかだった。

 きらきらした輝きが私を迷わせる。彼女はここに居て魔法少女になっているけれど、それでも今まで見てきた中でも五指に入るくらい幸せそうだった。

 まどかはどれもを受け止めて乗り越えていた。彼女は凄く強い人なんだ。私が助けられなかったまどか達だって、きっとこういう風になれた筈なのに。ワルプルギスの夜さえなければ、本当ならこうなる筈だったんだろうか。

 

「……まどか」

 

 こんな笑顔を見てしまったらもう何も言えない。よほど自分の幸福に自信があるんだろう、僅かな迷いも見せずに胸を張っている。

 私はどうだろう。自信があるだろうか、こうまで幸せそうなまどかを否定できるほど、自分の中にある意思は強固だろうか。心許なく頼りない私の魂は、まどかに撫でられて嬉しそうに光を漏らしていた。

 

「私は」

 

 こちらから何かを言いかけた時、外から眠そうな声が聞こえてきた。

 大きな欠伸をしながらお風呂場の扉を開けた彼女は、眼鏡の位置を直しながら私達を見比べた。

 

「あれぇ……二人とも?」

 

 とろんとした目が私達を捉えると、そのまま浴室に足を踏み入れてくる。

 明らかな寝ぼけ眼で私達を見比べて、今にも眠ってしまいそうなくらい全てにおいてぼんやりしていた。

 

「ふぁぁ……んんっ……どうしたんです、二人でお風呂……あれ、お湯もないのに……?」

「ちょっとしたナイショのお話をしていたの。だから気にしなくていいよ」

「なぁんだ、そうなんですね」

 

 納得してしまった。どう見ても眠りかけで言葉の意味がほとんど理解できていないんだろう。

 

「じゃあ、お話はそこまでで」

 

 まどかを連れて出ようと手を伸ばし、何故か私にも空いている方の手を差し出してきた。眼鏡がないから姿がよく見えていない、という訳でもなさそうだ。

 眠りかけだとしても、無防備にも程がある。

 

「さあ二人とも、ベッドに戻りましょー……もう少し寝たいです……」

「うん。そうしよっか」

「……」

 

 まどかに倣って手を握り返してみると、もう一人の自分はとても温かかった。よほど幸せなんだろう。毎日を幸福に過ごしている内に変わっていったに違いない。

 そう思った時、ぞわりとした感覚が手から伝ってきた。思わず手を離してしまうと、突然の事でまどかが目を丸くする。

 

「二人ともどうかしたの?」

「ん……えっと……なんだろう?」

「……」

 

 何かが繋がるような不快感。それも感じたのは私だけではない。一瞬の事で妙な感覚はもう消えていたけれど、私の指からも何かが確実に伝わった筈だ。

 少しの間だけ己の手のひらを眺めても、特別に変わった所は見られなかった。いつも通りの自分の手、もう一人の私と同じ筈なのに、どこかしら薄汚れて見える。

 

「二人とも大丈夫?」

「う、うん。なんでもないよ」

「ええ、なんでもないわ。早くベッドに戻りましょう」

 

 ひとまずは違和感を忘れる様に務め、まどかに心配をかけない為に笑みを作る。鏡で見たわけでは無いけれど、自分でも驚くくらいに自然な笑顔ができた、と思う。

 三人でベッドに潜り込むと、さっきまでよりもまどかの傍に居やすかった。きっと彼女が私に優しくしてくれたから、そして彼女が幸せそうだから。だから安心して傍に居られる。

 その幸せが魔法少女になって得た物というのが、少し複雑だとしても。

 

 

 

 

 

 魔女の消える音は断末魔の悲鳴に似ていた。

 結界が溶けていく。まどかと私ではない暁美ほむらが揃って、私は少し離れた位置に。

 廃工場はお昼までも薄暗いものの、天井からは微かに光が差し込み、それがスポットライトの様にまどかを照らす。彼女の足下に転がっていた瓦礫には猫の落書きがあった。こんな瓦礫と捨てられた機械の残骸しかない場所にも、私達のような立ち寄る人が居るらしい。

 私達だって魔女退治でなければ近づかないだろう。こんな人気もなくて空気の淀んだ場所にまどかを連れてくるなんて決してしない。

 

「やった!」

「うん!」

 

 二人のハイタッチが良い音を立てた。仲良く半分こでソウルジェムを浄化して、グリーフシードを神妙に見つめている。

 それも少しの間で、二人はふっと息を吐いた。振り返った暁美ほむらがこちらに向かってくる。さっきの戦いで足を引っぱった覚えはないけれど、何か言いたいのだろうか。彼女は私に触れる寸前といった所で足を止めた。

 

「あ、あのっ」

「何かしら。グリーフシードなら、私は別に」

「そうじゃなくて、あのっ、ほら!」

 

 手を軽く挙げて、こちらに見せている。物欲しそうな顔をされたって何をするべきなのかが伝わらない。

 すると、まどかが彼女の背後で手を合わせる仕草を見せた。それでやっと意図が分かり、もう一人の私とハイタッチ。

 

「ありがとうございます!」

「……」

「わたしも!」

「え、ええ」

 

 まどかとも同じ様にすると、今度は綺麗に噛み合ったお陰で良い音が出た。素敵なハイタッチの余韻が走って、自分の手を眺めてしまう。

 戸惑っている自分がはっきり分かった。こんな風に仲間らしく振る舞うのも久しぶり過ぎて落ち着かない。誰かと一緒になって戦いに望むのは、とっくに昔の思い出となっていた。

 

「やっぱりほむらちゃんは強いね。わたし達じゃ全然追いつけなかったよ」

「だけど、貴女とそちらの私の戦いぶりはもっと凄いものだったわ。仮に……私が貴女達のどちらかと組んだとしても、あなた達の様な強さは発揮できないでしょう」

 

 そうは言ってもまどかに褒めて貰うのはやっぱり嬉しい。積み重ねてきた失敗経験の数々が放つ重圧と焦燥が軽やかにすらなった。

 二人は本当に強い。何度も練習したんだろう。息もちゃんと合っていて、まどかと情けない私が見事なコンビネーションを発揮する度に、何かが心からこみ上げた。二人が手を繋いで魔法を重ねてきた時には思わず目を瞑ってしまうくらいだった。

 

「……本当に、凄いものね」

「あなたこそ本当に凄いです……私ってこんなに強くなれるんだ……」

「出来ないなんて事はないわ。身体能力も魔法も同じ程度である以上、あなたが望めば同じ戦い方を習得できる筈よ」

「でも、やっぱり私はそこまで行ける気がしなくて……」

「でしょうね」

 

 思わず同意の声をあげてしまったが、二人とも気に留める素振りはない。

 まどかと揃って戦う姿を見れば分かる。彼女の戦い方からは、一緒に戦う人の隙間を埋めるような振る舞いが染みついていた。まどかの盾となり時に矢となり力を発揮するのだから、一人で戦う技量はまるで育っていない。

 単独では、つまり、まどか抜きでは私に圧倒されてしまう程度の実力だ。よほどチームでの戦いに慣れきっている。私とは全く違う道を歩んだのがよく分かった。

 

「確かに、あなた個人の実力は私に劣る」

「は、はい」

「ええ、自分の身体や技量は知ってる。だから言わせて貰うけれど、あなたはもっと強くなれるんだから、もっと頑張りなさい。集団での戦い方を覚えるのも結構だけれど、単独で戦う時の立ち振る舞いも覚えればより多くの事ができる様になる」

 

 ひょっとしたら、魔法少女のまどかに長く生きて貰えるのだって。可能かもしれない。

 私の視線が通じたのかどうか、暁美ほむらは僅かに俯き、それからゆっくりと目を合わせてきた。

 

「が、頑張ります」

「もし分からないなら私が教えるわ。自分の戦い方はよく分かっているつもりよ」

「はいっ、よろしくお願いします!」

 

 深く頭を下げる姿は、私よりずっと素直だった。

 頷きを返しつつもまどかの顔色を窺うと、やけに嬉しそうな態度で私達の会話を眺めている。彼女はもはや魔法少女になってしまった。だから、後は一分一秒でも長く生き延びて、笑っていられるように頑張るしかない。

 ワルプルギスの夜を越えられるだけの強さ、それがなければここにある幸福は消えて失せ、悲しみしか残らなくなってしまう。

 

「ほむらちゃんが心配なの?」

 

 貴女が心配なの、なんて答えかけてしまった。

 たった一日だけ一緒に過ごしただけなのに本音が漏れかける寸前だ。

 

「彼女がより強くなれば貴女達の戦いはもっと楽になるわ」

「なら、わたしも」

「ごめんなさい、私にはまどかを鍛えた経験がないの。だからまどかの力になれない。その点で言えば、自分がどうすれば強くなれるのかは身を以て経験している分、明確な道筋を教えられるでしょう」

「そう、なの? うーん……ちょっと残念かも」

「もしも貴女が望むなら、多少の助言は可能よ。けれど、貴女の強みは私よりも巴マミ辺りに聞いた方が良いかもしれないわ」

「マミさんからも聞くよ。でもね、わたしはほむらちゃんからのアドバイスも聞きたいな」

「……分かったわ。少しくらいなら」

「うん! お願いね!」

「え、ええ、また今度ね」

 

 まどかが踏み込んで、正面の私へと距離を詰めた。持ち上げられた私の両手が彼女の指に包まれていた。

 見るからに楽しそうな顔が目の前にあるから、私まで笑顔になってしまいそう。顔に出るのを抑えたお陰でぎこちない態度になってしまった。

 

「じゃあ、今日はもうお休みしよっか。疲れちゃった分は息抜きして、明日から特訓しないと」

「そうしよっか。まどかは帰るの?」

「時間はあるからどこかに寄るくらいは大丈夫だよ。ほむらちゃんは何か予定はあるの?」

「私も無いよ。特にしなきゃいけない事もないから」

 

 眼鏡越しにちらりと私を見てから、何事もなくまどかの友達ぶっている。嫌味ではない筈だ。そんな物を飛ばせるような勇気がないのは知っていた。

 

 

 

 そうやって訪れた丘は見滝原の外れにあった。盛り上がりには欠けるものの自然に恵まれていて、見滝原の姿がよく見える。シートにお尻を乗せて三人で並ぶと悪い気がしない。穏やかな風で草が揺れ、私達の髪もまたふわふわと揺れた。

 あっという間に緊張感の残滓も取り払われ、穏やかな時間が支配する。まどかは変わらず楽しそうだけど、時折自分の頭を気にして撫でているのが目に付いた。

 

「これ、やっぱりわたしには似合わないんじゃ……」

「そんな事はないでしょう。とてもかわいらしいから自信を持ちなさい」

「う、うーん」

 

 まどかの頭にウサギの耳を模したカチューシャが乗っていた。真っ白の毛並みが彼女の清らかな頭から伸びて愛らしく揺れている。

 それは、ここへ来る前に貰ったクレーンゲームの景品だった。私達が取ったのではなく、まどかが佐倉杏子から譲られた物だ。私は姿を見られない様に隠れていたが、佐倉杏子は私の知っている通りの、しかし少しだけ柔らかな顔をする人物だった。

 ところで、まどかには可愛らしいカチューシャがよく似合う。彼女はもともとかわいいから、猫やウサギといった可愛い動物の耳が見事に噛み合うのだ。本人はそう思っていないけれど。

 

「次はほむらちゃんが着けてみて?」

「わ、私? それは、えっと、そうだ! この人の方が似合うんじゃないかな」

「私には向かないわ。その耳は可愛すぎるでしょう?」

「そんな事ないと思うけどなぁ」

 

 どっちにしたってまどかの頭に乗っている方が似合うのだから、着けてみようとは思わない。この点についてはこっちの暁美ほむらも同意を示している。

 こんな何てこともない話をしていると、気疲れもすぐに消えていった。まどかと仲良くできるだけで、ソウルジェムすら示さない心の奥に沈殿する淀みが薄くなっていく。

 

「……少し、真面目な話をしましょう」

 

 その一言で二人は緩みきった雰囲気をちょっとだけ整え、耳を傾けてくれた。

 素直でありがたい。感謝を一言だけ伝えつつも、そっと呼吸を深めながら本題に入る。

 

「あなた達は確かに強いわ。昔の私よりはずっとね」

 

 事実だった。かつての私ではまどかの足手まといでしかなく、何の役にも立たない魔法少女だったのだから。せめて補助になればと頑張っても、まどかや巴マミに気遣わせてばかり。やっと戦える様になった時には仲間なんていなかった。

 だというのに、この暁美ほむらはそれなりに戦える。情けない態度とは裏腹に、戦闘となればまどかの補助、あるいはパートナーとして認めざるを得ないくらいに息が合った強みを発揮していた。

 

「私もまどかと組んだ経験はあるけど、ここまで強力な連携はできなかった。あなた達はどうしてそんなに強くなれたのかしら」

 

 二人の姿を見れば、年齢が離れるほどの月日が経っていないのは明らか。それだけの短期間で完全に互いの振る舞いを合わせるのは困難だった筈だ。

 

「うーん、ワルプルギスの夜に向けていっぱい特訓したからかな?」

「そう。あれと戦う為に鍛えているのね」

 

 だからといって、そこまで強くなるものか。記憶を辿っても、かつての私とまどかはそこまで噛み合っていなかった。二人だけでワルプルギスの夜に挑んだ時でさえも。

 あの時は何か問題があっても指摘できる人は居ない上、二人して寂しさと悲しみを誤魔化すので精一杯だった。きっと、この二人は違うんだろう。

 

「え? あ、えっとね、ほむらちゃんと並んで戦うのは慣れてるの。だからマミさんが相手でも、二人でなら結構戦えるよ」

「でも巴さんは凄くって、まだまだ敵いません……」

「そうね。私も巴マミと正面から戦いたくはないわ。勝てる見込みがかなり小さいもの」

 

 戦う者としては見習うべき所が沢山ある人だ。今でも勝機はほとんどない。

 そして、あんなに強い巴マミであってもワルプルギスの夜は越えられなかった。あれは強大な魔女で、まだまだ巴マミに及ばない私では分が悪すぎる。だからと言って諦める訳にもいかない。

 この二人に教える事で、私自身もまた一つ壁を越えられるのだろうか。そうであるといいけれど。

 

「勝てるかもしれないなら、わたし達よりずっと強いんじゃないかな……ワルプルギスの夜を倒した時も、マミさん大活躍だったもん」

「え、けほっ! こほっ、うぐっ!?」

 

 まどかの話を頷きながら聞いていた筈なのに、気づいた時には思いっきりむせていた。

 

「だ、大丈夫!?」

「うっ、だいじょ、っ、平気、だから」

 

 何を言われたのか分からなくなる。私は一体何を聞いたんだろう。ワルプルギスの夜?

 落ちたカップから少し残ったコーヒーがこぼれて、スカートから足に伝って垂れていく。何か拭くものをと鞄を開けたまどかの姿がどこか遠のいて見えた。

 ワルプルギスの夜、倒した、誰が? まどか達が。暁美ほむらと一緒に。今は何日? 転校時期と合わない季節感。やけにのんびりと幸せを謳歌する二人の姿、一ヶ月で育んだとは思えない仲の良さ。部屋の写真。つまり、なんてこと。

 

「……倒したの?」

 

 背筋に氷水が這っていくように、恐怖に似たものがぞわぞわとこみ上げてくる。

 気づけば前のめりになって、まどかの顔がすぐ前にあった。私に圧されて顔を引きながらも視線は逸らさない、強い芯のある瞳が私を迎え入れている。

 

「倒せたの?」

「う、うん、倒せたよ? あの、みんなで協力して戦ったんだ」

「……そう」

 

 倒した。ワルプルギスの夜。倒せた?

 

「どうやって?」

「え、あ、どうやって倒したのか? 色んな人の手を借りて、みんなで力を合わせて倒したんだ。凄く大変だったし、怪我をした人も沢山出ちゃったけど……」

「でも、誰も犠牲にならずに、誰も死ななくて済んだんです」

「……」

「ほむらちゃん?」

「ごめんなさい、少し、席を外すわ」

「な、何か嫌な事を言っちゃった? もしかして、体調が良くないの?」

「ううん、貴女は何も悪くない。ただ少し用事を思い出して、そういう事よ」

 

 私の過敏な反応で、まどかを不安にさせてしまった。取り繕った笑顔の精度は大したものじゃない。

 自分の腕が潰れるくらいに強く握った。これは夢なのか、眠っている私の魂がどこか別の世界に足を踏み入れたのか。ううん、誤魔化して逃避する訳にはいかない。どういった理由があるにしても、目の前の二人は本物だと仮定するべきだった。

 嬉しい。苦しい。喜ばしい。恐ろしい。

 

「あ、あのほむらちゃん」

「……え、ええ、うん、どうしたの」

「だ、大丈夫? なんだか顔が青いよ……?」

「平気……平気よ」

 

 声をかけてくれたのがまどかで良かった。彼女にだから作り笑いが勝手に浮かんだ。暁美ほむらの方だったら、睨んでしまいそうだった。

 

「そう、ワルプルギスの夜をね……」

 

 ようやく、嫌な気持ちの正体が見えた。

 私は、嫉妬してる。

 変わらないままでまどかと一緒に笑っていられる私が羨ましくて、私と同じ願いを抱いたのに、あの苦しみも悲しみも経験せずにまどかと生きられる私の存在が気にくわなくて。そこへ、まどかがワルプルギスの夜を無事に生き残った喜びがぐちゃぐちゃに混ざる。

 嬉しいのに痛い。幸せなのに怖かった。

 

 情けなく弱い私がまどかの救いになれるなら、そうだとしたら、私の魔法少女としての繰り返す人生に価値はなかったんじゃないか。崩れ落ちそうな膝を無理矢理に立たせて歩き続けた全てが、本当は全く的外れな歩みだったとしたら。

 私の戦いの日々は、どれ一つとして実を結ばなかった。全て無駄だった。無駄だったのだ。

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