【完結】例え私が幸せになれるとしても、私はそれを選べない   作:曇天紫苑

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You are not alone

 学校にも行けず、倒すべき魔女の気配は見つからず、超えるべきワルプルギスの夜もなく、虚無の様な時間が過ぎていった。外の空気を吸っていても気分はさほど変わらず、ただ人の姿が視界の中で流れていくのみだ。

 平穏だった。魔女が居ないわけで無くても、タイムリミットがないだけで自分の中に落ち着きという物が生まれている。

 道路の角にあるカーブミラーに私の姿が少しの間だけ映り、すぐに去っていった。着ている服がいつもと違う為に僅かな間だけ別人に見えた。

 ここへ来る時に着込んでいた制服は代えがなかったので、最初に泊まった日にこの世界の暁美ほむらから私服を借りている。まどかが気を遣って選んでくれたらしく、キラキラした目で服を渡されては断れなかった。同じ身体だから大きさもしっかり合って動きやすい。

 どよんと気分が沈む。私の持っていない服を、こちらの私が持っていた。それはつまり、私が超えられなかった後の世界を彼女が生きているという事だから。

 

 まどかが生きているのは嬉しかった。飛び上がるくらいに。魔法少女になっているのに幸せを全身で現してくれて、その度に救われた気持ちになれた。けれど、そんな幸せを渡せたのは私じゃない。

 私は、多くのまどかを死なせてきた。多くの人達を傷つけて苦しめて、それなのに何一つ成し遂げる事もない。

 こちらの暁美ほむらは、どう見たって私より繰り返した回数はずっと少ない。弱くて愚かな自分の姿だ。なのに手にした結果は遙か彼方先にある。私と、あの暁美ほむら。一体何が違ったんだろう。

 

 ぼんやりと考えながら歩いていると、道路の向かい側にあるカフェの中にもう一人の私が座っているのが見えた。

 窓際席を誰かと一緒に使っていて、テーブルに何か飲み物が置かれている。窓越しに見える内装は特にお洒落ではなく、恐らく食べ物の値段も高くないんだろう。

 知らない女の子と自分が喋っている光景というのはなんだか不思議なもので、あそこにいる暁美ほむらが確かに自分と同じ、だけど違う存在なのだと意識させられる。声は聞こえないけれど、両者の顔色を見た限りでは明るく楽しげだ。私にはできない表情だった。

 やっぱりあの暁美ほむらはよく笑う。感情の発露が多彩で、私にだって分かるくらいに機嫌が見て取りやすい。

 どうやら互いにとって良好な時間になっている様で、私が見つかれば邪魔になりそう。とっさに位置を調節して距離を取ったが、それでも彼女達の様子は気になった。

 

 窓の中の暁美ほむらは席を立ち、女の子の後ろに回り込んでいる。何をするつもりかと観察する私の存在にはまだ反応せず、慣れた手つきで女の子の髪を整え、綺麗に纏まった所で髪留めを女の子に付けていた。

 チョコレート色の髪留めを着けられてから手鏡を渡され、女の子は目を見開き、遠目から分かるくらい顔を喜びで満たした。

 前のめりに好感をむき出しにする自分の姿というのはどこかむず痒くて、見ていられずに目を逸らしてしまう。自分で覗き込んでいた筈の光景が眩しすぎて、同じくらいの困惑もあった。

 あんな、まるで私がまどかみたいに笑って、誰かと仲良くしようと積極的に手を伸ばすなんて。自分でも全く想像できない姿がそこに居た。

 気づいた時には唇が痛んだ。流れ込んだ血の味が口の中でうっとうしく自己主張を繰り返して、口元から少し垂れているのが分かるけど、今はそれより視界の先にある物の方がずっと大事だった。

 

 ひとしきり仲良くお喋りを続ける姿が続き、私が立ち止まってからもう一時間以上は経った所で、二人が揃ってお店から出てきた。

 私服姿でポーチを持って、暁美ほむらと見知らぬ少女が正面から見つめ合う。

 聴覚を上手く使えば会話の内容を捉えるくらいはできて、そこから受け取る事の出来る暁美ほむらの印象は、私の知る彼女とは明らかに異なっていた。

 

「それじゃあ、今度はわたしがそちらへ行きますね」

「うん、ほむら……次は、私もプレゼントを用意するから……あんまり良い物じゃないかもしれないけど、貰ってくれる?」

「貰います。それに」

 

 おずおずとした少女の両肩にそっと手を置き、暁美ほむらは首を振って周囲を確認する。それでも私の存在には気づかない。彼女は不自然な咳払いを一つ漏らし、次に口を開けた時には目つきが変わっていた。

 

「そんなに卑下する事はないわ。わたしがあなたからの贈り物を喜ばない筈がないでしょう? あなたは、大切な友達なのだから」

「え、えっ、ほ、ほむら?」

 

 囁くような小さい声だけど、嫌に耳へ響いた。

 人が変わった様な物言いに相手が混乱している中、暁美ほむらの面持ちはふにゃりと崩れた。

 

「……なんてね、驚かせちゃいましたか? えへへ、ちょっと、似合わないかな」

「そ、そんな事ない! 凄くかっこ良くて、素敵だった!」

「本当に、なら良かったです。ちょっとやってみたくて……言った事は全部本心だから気にしないでくださいね。私、楽しみに待ってますから!」

 

 二人は軽く抱きしめ合うと、すぐに離れた。片方は髪留めを大事そうに撫で、片方はそんな姿をよく似合うと褒めながら。

 お店の前で手を振り合ったのを最後に、彼女達は別々の方向へ歩き出した。

 もう一人の自分の背を追いかけ、髪留めをした見知らぬ誰かとすれ違う。何か驚いた様な視線が送られてきたけれど、私の足は止まらない。

 視線は思いのほか簡単に振り切れた。追いかけてくる気配もなく、私と同じひ弱な背中が近づいてくる。

 流石にここまで距離を詰めれば分かる様で、彼女はびくりと震えると同時に振り返り、そして私と目が合った。

 

「あっ……こんにちは」

「……ええ」

 

 顔を合わせるなり頭を下げてくるけれど、漂う空気がどこかしら気まずかった。

 まどか抜きで彼女と顔を付き合わせるのは思いのほか不思議な経験で、最初に会った時の嫌悪感はほとんどなくなっていた。ひたすら羨ましい一方で、かといって自分のような思いはして欲しくない。

 自分ではない暁美ほむらでも、笑顔でまどかと手を繋げる日々を過ごす姿は少しだけ慰めにはなった。それ以上に己の不出来さが呪わしくてもだ。

 

「……」

「……」

「……あの……さっきの、聞いてましたか?」

「……どれの事かしら」

「え、ええっと……ごめんなさい、なんでもないです」

 

 本当にどれの事なんだろうか。誤魔化されると余計に気になるものだけど、あえては触れないくらいの配慮は私にもある。本当はもっと気になる事があったからだけれど。

 

「さっきの人」

「は、はい」

「さっきの人は誰。私は会った事がないわ」

「ああ、そうなんですか? あの子とはワルプルギスの夜を倒した後に会ったから、かもしれないです」

「……そう」

 

 私が知っているわけがない人だ。

 聞く度に、彼女が本当にワルプルギスの夜を越えたのが信じ難い。単独戦闘なら明らかに私の方が積み重ねた物は多い。彼女の方がずっとずっと弱いのに、弱いまま希望をつかみ取っていった。

 ああ、まただ。また引っかかる。よくない感情だと分かっている。私の方が苦しんできたのに、なんて思うべきじゃない。他の誰がどんなに幸せでも気になった事なんてないのに、こと自分自身に関してはどうしても抑えが効かなかった。

 気づかれない程度に心の中で首を振って、そこにある感情も忘れようと試みた。けれど、こちらを窺うような視線を受けていると、どうしても意識してしまう。もう少し自信のある顔をして欲しい、もっと顔を上げなさい。私に出来ない事を成し遂げたくせに、なんでそんなに弱いの。

 

「特訓しましょう」

 

 口に出してしまったからには取り消せない。我慢しきれずに漏れてしまった言葉は、それでも何とか感情を殺した声音にできた。

 あまりに突然の提案だったからか、彼女が目を丸くする。

 

「今からですか? 大丈夫だけど、まどかは来れませんよ?」

「……あなたを鍛えるんだから、まどかが参加する必要はないでしょう」

 

 どうしてそこでまどかが出てくるのかは全く分からない。そもそも参加して貰うつもりは毛頭なかった。単なる八つ当たりに彼女を巻き込むなんて、ありえない。

 そんな事くらい暁美ほむらなら分かるだろうに、と思ってしまったけれど、彼女は私がどういった気持ちで特訓に誘ったのかをまるで気づいていない様子だった。気づいていれば、戸惑いつつも嬉しそうに微笑んだりは絶対にしない筈だ。

 

「ごめんなさい、てっきり、あの……」

「口を噤まれても分からないわ。何が言いたいの」

「えっと……なんでもないです、ごめんなさい。そっ、それより、一緒に特訓してくれるんですよね?」

「いけないかしら」

「全然! どうかよろしくお願いします!」

 

 どうしても冷たい態度を取ってしまうのに、彼女の笑顔からは一つの曇りさえも消え去っていた。

 礼をする姿にも気後れや怯えは見えてこない。よほど察しが悪いのか、言葉も顔も気分良く弾んでいる。こちらの苛立ちにまるで気づかない笑顔を見ていると、不思議な事に気分が自然と軽くなっていった。

 なんて良い子なんだろう。私とは比べ物にならない。

 

 

 

 

 

 特訓を初めてどれほど経っただろう、彼女は既に荒い息で何とか立っている状態だった。ずっと前に巴マミから教えて貰った特訓の場はこの世界でも有効に使えたけど、教える側になるのは初めてだ。

 半ば私の八つ当たりから開始された特訓も、蓋を開けてみると真剣な物となった。私の戦い方や戦闘経験を言葉で伝えるのは難しく、自然と一対一でぶつかって改善点を挙げる物となっていった。

 できれば私の戦い方を見せるだけで覚えて欲しいけれど、そんなに要領の良い人間ではないというのはよく分かっていて、自分に出来ない事を要求するのは慎んだ。代わりに私が教えられる事を詰め込んで伝えたつもりだけど、どれくらい理解してくれたのかは全く不明だ。ただ、彼女がそれなりに真面目な姿勢で取り組んでいるのは私にも分かった。

 

「そろそろ休憩にしましょう」

「は、はひっ、ありがとうございますぅ……」

 

 私が声をかけるのと同時に、彼女はその場へふらふらと座り込んだ。

 ひとまず私は立ったまま、落ち着かない気持ちを胸に髪を撫でる。

 平気な顔を維持するのも大変だ、何の疲労もしていない様な風を装っていても、相応に重いものは襲いかかってくる。

 人に教えるのは想像よりも体力を使う。私やまどかを鍛えてくれた巴マミの苦労を、今更ながらに実感させられた。本当に本当に今更の事だけれど、心の中でだけ深く感謝した。

 

「さっき教えた事を実践し続けて、後は経験を積めば私に並ぶ程度の力は得られるでしょう」

「わっ、分かりました……頑張ります!」

 

 張り切って立ち上がろうとしているが、そんな必要はない。座り直させつつも息を整え、そうしてみると、妙に下から視線を感じた。

 彼女の顔はまだ疲労を浮かべているのに、目だけは私へと向いている。いや、特訓を始めた時から気づいていた、ずっと私の顔を見て、そこから視線が外れない。

 

「なぜ、私の顔をそんなにも見るのかしら。眼鏡がないだけで自分自身の顔でしょう?」

 

 慌てて目を逸らそうとしても遅い。

 答えを待っている間に私の疲労はかなり抜けてきた。彼女がおずおずと口を開いたのは、私が問題なく動ける様になってからだった。

 

「あの……凄いなって、思うんです」

「待ちなさい、一体何の話をしているの?」

「だから、その、私ってこんなにカッコよくなれたんだ、って……」

 

 言葉をかみ砕いて理解すると同時に、視線の中に混じる眩しいまでの好意が分かった。

 

「なんだか堂々として、私と同じ人とは思えないくらい強くって、凄いなぁ」

 

 凄いなぁ。と彼女はもう一度繰り返す。救われているのに、何の救いにもなれない私のどこが凄いというのだろう。

 

「真似してみたんですけど、少しも近付けなくて」

「……確かに違和感が強かったわ」

「ですよね……私も、貴女みたいに格好いい人になれたらいいのに」

 

 私に憧れるなんて冗談じゃない、彼女の肩に手を置き、目をしっかり合わせてから首を振る。

 

「なるものじゃないわ、こんなもの。ちゃんと目的を達成できたあなたなら尚更よ」

「……やっぱり倒せなかったんですか?」

 

 苦い経験をはっきり口にしてくる。無神経とも言えるくらい遠慮のない質問にいっそ笑みすらこみ上げた。

 

「ええ、その通り。こんな顔になっても倒せなかった。それどころか、人との心は離れていって、私は」

 

 この暁美ほむらの様にまどかと仲良くできない。同じ時間を生きる訳にはいかないから、友達としても仲間としても、もはや一緒に居られない。どれも私が選んだ結果。

 必要も無いのにこんな道を選ぶべきじゃない。彼女がまどかを救える暁美ほむらかどうかはともかく、まどかと共に歩ける暁美ほむらではあるんだ。

 

「でも」

「まどかを助けたくて、守りたかったから自分を変えざるを得なかった。冷たい人間にならないと戦えなかったから、こんな風になったの。自慢できるような事じゃないでしょう」

「そんな事はありません!」

 

 手を握られた。

 

「あっ、ごめんなさい。嫌ですよね」

 

 そして慌てて離された。

 驚きはした。もう一人の自分と触れ合って、また何かが繋がるような感覚も走った。けれど、あまり不快じゃない。

 一体何が自分の中で起きていたのか。手のひらばかり見ている私に、思いのほか柔らかな声が向けられる。

 

「そっか。こうしてみると、本当にあなたは私なんだ」

「どういう、意味かしら」

「あ、えっと……私が落ち込んだ時も同じ様な感じなんだろうなって思ったんです。まどかが元気付けてくれるのも、うん、なんだか分かるかも」

 

 私には分からない。考えても理解できずに首を傾けてしまう。

 しかし、あちらは明るく優しい感情を瞳にこめて、私の姿を捉えていた。

 

「あのね、ほむらさん……そう呼んでもいい?」

「構わないわ」

 

 自分自身に名前で呼ばれる違和感は、彼女の顔色から滲む希望の明るさに塗り潰された。

 この明るさを私は知っている。まどかの身から放たれている物だから。

 

「聞いてくれる?」

「……ええ」

「貴女がどう考えていても、私は、貴女が凄い人だって思う」

 

 真剣味のあるはっきりした声で言い放ってくると、私の手をまた握る。

 途端に何かが溶けて混ざり込む感触を味わい、とっさに振りほどくも、彼女から目が離せない。眼鏡越しの希望と思いやりが一体になった両目は私と同じ色合いなのに、どこまでも私にはできない感情を宿している。

 思わず一歩引いてしまった。この子は、この子は本当に暁美ほむらで、私自身なのだろうか。

 

「だって、貴女の全部が、今日までずっと頑張ってきた証拠なんだよ?」

「何をっ」

「私ね、あなたが分かる」

 

 拒絶を示した私の反応にも傷付く顔の一つすら浮かべず、彼女の声はあくまで朗らかで優しかった。

 さっきまでは他人行儀だった筈の距離感がこの一分足らずで詰められ、その態度は家族か親友と見紛うくらいだった。

 

「髪も眼鏡も表情だって全然違って、貴女は私なんかよりずっと悩んで、苦しんだんだって、自分の事だからよく分かる」

「分かる筈がない……!」

 

 再び伸ばされた手をはたき落とし、睨み付けても彼女は柔和な笑顔を崩さなかった

 

「あなたは、私が見てきた物を何も知らないでしょう!」

「うん、知らない。でも分かるよ。救いたかったんですよね? 私達はまどかの為に魔法少女になったんじゃない。きっと、まどかを救える自分になりたくて魔法少女になった。その為になら頑張れると思ったから戦う道を選んだ」

 

 「だけど」と彼女は言葉を繋げた。

 

「私はそんなに変われるまで頑張れる気がしないの。どこかできっと折れちゃう。だのに貴女はこんなに強くて、変われている。私なんかよりずっとずっと、まどかの為に物凄く努力したんだよね? 違う?」

「……違わないわ」

「なら、貴女は私より格好良くて強い人だよ」

 

 両手が私の肩にかけられ、彼女は正面から身を寄せてくる。

 掴む力は弱いから突き飛ばすのは簡単だ。だけど今度は拒みきれなかった。

 

「それに、貴女は一人じゃない」

「何故、私の事情を言い切れるの」

 

 せめてもの抵抗の声を耳にした彼女はくすくすと柔らかに笑った。

 それから、彼女の両手が背中へ回ってきた。腕を使ってしっかりと抱きしめられ、後ろから髪が撫でられる。足が絡みついてきてもほどけず、その場で固定された。

 

「だって、ここに私がいる」

 

 耳元で囁かれる声の甘やかさ。

 自分の声がこんな風になるなんて知らなかった。

 自分の顔にこんな慈しみのある表情を作る機能があるなんて知らなかった。

 

「前にも言った、よね。まどかは私達の大切な友達なんだから、私達は同じものを目指す仲間だよ」

「……」

 

 違う。仲間なんかじゃない。彼女と私では選んだ道が違うのだ。

 声に乗せて反論はしなかった。私と戦って疲労で倒れかけていたのが嘘のように、彼女は力強くはっきりと語りかけてくる。

 

「だから、自分をそこまで卑下しないで。あの、自画自賛みたいで変かもしれないけど……まどかを助けたいって、そう願った気持ちは無駄なんかじゃないって、自分にとって一番の事だったって私は信じてる」

 

 今も、私なら絶対に言わない事を胸を張って主張している。

 口ぶりが違いすぎて戸惑うばかりだ。まどかの様に一歩踏み込んで、人の為に手を伸ばしてくる。

 

「あなたの身に何があったの」

「え?」

「昔の私ならこんなに堂々としていなかったわ。そんな事も言えないまま黙って俯くだけだった筈よ……今の私も、あなたの様な物言いはできない」

「そ、そう? 言われてみれば、そうだったかも……」

 

 見た目はほとんど変わっていない。だから年月もさほど経っていない。その変化が時間によるものだとは思えなかった。

 私の問いに答えられず、彼女は長く考えた。どれほど考えたか、彼女は自分の手元をじっと見つめて微かな笑みを浮かべる。

 

「……まどかのお陰かな」

「まどかの?」

「うん。まどかに、み……さやかに、杏子に、マミさん。それから……」

 

 続けて私の知らない人の名前が幾らか出てきた。両手の指で数えられる人数分の名前を挙げた後、「友達なんです」と付け加えた。

 

「みんなが私と仲良くしてくれるから、昔よりちょっとだけ……自分に胸を張れる気がする」

「……」

「それに、あの、私が落ち込んでいる時はね、まどかが同じ風に手を握ってくれたの。私もそうしたい。まどかみたいに人を助けられるのなら、それはとっても嬉しいなって……思うから」

「貴女は」

 

 私はとんでもない考え違いをしていた。これは、過去の弱い私なんかじゃない。間違いなく私ではあるけれど、同時に私とは違う人間だ。

 ずっと成長している。それも健全で素晴らしい方向に。

 人との関わりで、出会いの数々で、暁美ほむらは少しずつ前に進み出していた。きっと人に愛され、彼女自身も人を愛しているからこそワルプルギスの夜を越えられたんだ。

 比べて私はどうだろう。

 人と深く関わる事を避け、意思を定める為に足を止め、何一つ変わらない。それは戦い続ける為に必要だったのかもしれないけれど、私には彼女の方がずっと立派に見えた。

 

「ごめんなさい」

「どうしたの?」

「あなたを弱い人間だと思っていたけれど……間違いだった」

 

 「あなたの様になれる気がしない」私もまた、そう思った。

 

「私とあなたは、同じ経験をした別人よ。あなたは私よりずっと、そう、ずっと良い子なのね」

「いや、そんな。私なんか」

「なんか、じゃないの。あなたは、なんかじゃない。あなたは胸を張って良いの」

 

 私には決してできないけれど、彼女はそれができる筈。

 

「幸せになってね。魔法少女だから倒れる時も来るでしょう。けれどそれまでは、まどかの傍で笑って生きられる様に……願ってるわ」

「……はい」

「さ、特訓を続けましょう。まどかと一緒に生きられる様に」

 

 自分相手に語りすぎた。忌むべき弱い私に対してこんなに素直な気恥ずかしさを覚えたのが新鮮で、心地良かった。

 

 至極当然の様に手を伸ばせた。彼女の手を握るのに、何ら問題を感じなかった。

 

「うんっ! よろしくね、私!」

 

 何一つの躊躇いもなく手を握り替えされて、途端にあの不快感がやってくる。二人で震えて顔を見合わせ、どちらともなく「変だね」と笑い合った。手は握ったままだ。

 心の距離が狭まった。そんな気がした。

 

 

 

 

 

「うー……すいません……重いですよね……」

「重くないから、気にする程の事でも無いわ」

 

 特訓に熱が入ったのは良かったけれど、熱が入りすぎて想定していたより多く彼女の戦い方に修正を加え、より長い時間を過ごしてしまった。夕方の空はまだ明るさを守っているけど、それでもしばらく経てばもう夜だ。 

 二人とも想定以上に頑張りすぎた。慣れている私はともかく、こちらの暁美ほむらは精神面も体力もまだ不慣れで、我ながら加減を忘れてしまった。

 まさか、へとへとになった自分を抱きかかえて歩く事になるなんて思わなかった。

 

「ご、ごめんなさいぃ……」

「本当にいいから。私が無理をさせてしまったのだから、構わないわ」

「で、でも流石に恥ずかしい、と

「構わないと言っているでしょう」

 

 一日の特訓の中で渡せる物は全て彼女に渡しきったつもりだ。互いの距離感が狭まったお陰で、私の経験や立ち振る舞いを伝えるのは上手く行き、後は実戦で積み重ねていけばいい。今の状況でもまどかの盾としては十分な活躍を望めるだろう。

 順調に育っていけば私よりずっと強く、そして頼もしい魔法少女に成長してくれるに違いない。そこまで考え、彼女に対して悪感情も不快感も何一つ抱いていない自分の変化に気づいた。

 逆に、胸が高鳴る様な期待感で満ち足りて、尊敬にも似た賞賛の想いが心の中で渦を巻く。

 

「……まどかを守れる様に頑張ってね、私」

「は、はい。うん、もっとまどかと一緒に生きられる様に頑張るね、私」

 

 きっと私達は同じ様な表情をしている。目指す道こそ違っても、私達は確かに繋がる物を持ち合わせているから。

 自分の中にあった孤独への慣れがドロドロと溶けていくのは恐ろしく、同じくらい気分が良かった。

 

 ちょうど美樹さやかの家を通り過ぎた所で、帰り道を歩むまどかの背中が見えた。気分の良さそうな軽い足取りで遠くへ行ってしまいそうだから急いで近寄り、驚かせない程度に声をかけた。

 振り返った彼女は私達の姿を見るなり首を傾けた。

 

「あれ? ほむらちゃん達……どうしたの」

「二人で特訓をしていたの」

「あ、あの! もう大丈夫だから、その、下ろして」

 

 まどかと相対するなりもう一人の私が慌てだし、顔を赤くしながら私の腕から下りていった。かなり疲れを残している様子だけど、何とか立ち上がっている。

 人前で見せるにはちょっと恥ずかしい姿だった。

 

「ぇっ、二人で? ……そっか、なんだか二人とも仲良くなったんだね……次はわたしや他のみんなも一緒に参加していい?」

「ええ、まどかさえよければ」

 

 こちらを見るまどかの表情は、前より更に明るくて嬉しげだった。

 

「そうだ! 今日は二人とも、わたしの家に泊まらない? 昨日はほむらちゃんの家だったから、今日は」

「……いいえ、私はいいわ。あなたは行くのでしょう?」

「え? う、うん、まどかが誘ってくれるなら……あなたは行かないの?」

「そうよ。二人で楽しんできて」

 

 後ろ髪を引かれるものはあっても、きっぱり断った。

 

「じゃあ、ほむらちゃんはどこに泊まるの?」

「……何とか元いた世界に戻る方法が無いか調べてみたいの。それにいつまでも迷惑はかけられないわ」

「迷惑なんかじゃないよ! ほむらちゃんが泊まっていった事は何度もあるから大丈夫だよ」

「気遣いは嬉しいけれど、本当に私は平気だから」

 

 ゆるく優しく手を握られた。まどかの手だと思ったけれど、それはもう一人の私の手だった。

 

「気遣ってくれているのなら、そんな事はしなくていいよ」

「……」

 

 図星だった。

 複数の友達と一緒に過ごすのも楽しい。色々な人と笑うのは幸せだ。だけど、大切な友達と二人きりで、一対一で寄り添い合えるのはまた別種の喜びがある。

 私は二人にとって出会ったばかりの知り合いだ。仲間だと思ってくれているかもしれないけど、あくまで二人の善意の現れでしかない。そこに甘えて、楽しい時間の邪魔にはなりたくなかった。

 

「わたしもほむらちゃんも、あなたに来てくれたら凄く嬉しいと思ってるよ?」

「うん、まどかの言う通りだよ。せっかく仲良くなれたんだから、楽しい時間を過ごそう?」

「……ありがとう」

 

 本心からの感謝を述べると、彼女はごく当たり前の事の様に私達へと距離を詰めた。

 すぐ三人で顔を合わせ、同じ様な笑みを浮かべた。この一瞬だけかもしれないけれど、私達は確かに通じ合っている。そう錯覚させられるくらい、良い心地だった。

 

 

 

 

 

 

 小さなあくびを堪えたまどかに微笑みかけると、彼女のぼんやりした瞳が輝きを増した。もう一人の暁美ほむらはさっきまでうつらうつらと船をこいでいたのだが、私達におやすみを言うのも待てずに眠ってしまった。疲れを溜めていたらしい。

 まどかのお部屋は私の知るものと寸分違わず、かわいらしくて明るくて、何より空気が柔らかだった。あまりにも居心地が良すぎて、いっそ場違いに思えてくるほどだった。

 

「ねむーい……こっちのほむらちゃんはもう寝ちゃったねえ」

「私達もそろそろ寝ましょうか」

 

 三人揃ってパジャマ姿でまどかのベッドに潜り込んでいる。枕の傍にあるクマのぬいぐるみに見守られながら私達は温かな布団を三人で分け合い、互いの体温を感じ合った。多少のお喋りの効果もあって、今までよりずっと安心できる夜になった。

 私の部屋よりベッドが大きいから、余裕をもっていられる。お陰で圧迫感もなくて、三人とも僅かに距離を作って寝やすい姿勢を取っていた。

 

「んー……できれば、もっと話したいんだけど……」

「明日で良いでしょう?」

「明日かぁ……そうだ、明日と言えば、ちょっと時間を貰っても大丈夫?」

 

 思い浮かべてみても、絶対に外せない用事はなかった。

 

「構わないけれど、何か予定でもあるのかしら」

「うん。明日さ、みんなにあなたを……ほむらちゃんを紹介しようと思ってるんだ」

「貴女の仲間に? ……彼女達は私を受け入れるのかしら」

「きっと大丈夫だよ。もしも喧嘩しそうになったら、わたしが止めるから」

 

 小さな拳を握って見せる姿に、確かな頼もしさを感じる自分がいる。まどかが望むのなら断る理由はない。どれほどの期間の付き合いになるかはともかくとして、今のまどかを取り巻く人の姿に興味はあった。

 美樹さやかも佐倉杏子も巴マミも、私の知っている彼女達よりきっと幸せな筈だ。あいにくと幾らかの予定が重なりまだ会えていないけれど、まどか曰く、明日には集合できるらしい。

 ならば、とまどかの手を握り返す。

 

「……いいわ、明日は特に予定もないから、いつでも声をかけて」

「えへへへ、ありがとう……これでみんなと仲良く出来るね。うれしいな、うれしいな、えへへ」

 

 心を温かくしていると、自然に眠くもなってきた。時間もそれなりに過ぎており、普段のまどかの就寝時間はもう過ぎている。

 

「さ、予定も決まったのなら、早く寝ないと寝不足になってしまうわ」

「うん。ほむらちゃんも、ね?」

 

 頭を撫でてくれて、落ち着きと安らぎを彼女がくれる。

 

「おやすみなさい」私達がどちらともなく出した言葉が、なんとも気持ちよく耳の中で残る。

 

 しばらくすると、まどかの可愛らしい寝顔がまた見られた。

 時計の針と、微かに聞こえる風の音、それから三人の柔らかな吐息だけが響く。

 もう一人の暁美ほむらの寝顔は見ようと思えばそこにある。以前と違ってひどく穏やかな心地で見ていられる。嫉妬はまるで感じない。羨む心地はあるものの、怒りにも敵意にも繋がらなかった。この位置でなら妙な不快感もない。

 

 二人は安心しきった顔色で手を握っており、睡眠中でありながら慣れた仕草で互いの存在を大切に扱っている。私にとってこの時間はとてつもなく貴重で特別だけれど、彼女達にとっては特別でもなんでもない日常的な触れあいなんだろう。

 ああ、羨ましい。

 

 無心になって彼女達の姿を眺めてしまい、気づげばずいぶんと時間が過ぎていた。これじゃ明日は寝不足に気づかれてしまう。

 もしも疲れが顔に出ていたら、魔法で消してしまおう。

 そろそろ眠ろうと目を瞑った所で、無粋な横やりがやってきた。魔女の気配だ。近くはない、でも見逃せる訳もなし。ゆっくり身を起こし、隣の二人を。

 

「まど……」

 

 はっとして、口を閉ざす。抱き枕と間違っているのか、まどかはあちらの私を抱きしめていた。

 混ざり合うんじゃないかという程に抱き合って、気持ちよく睡眠を取っている。

 起こすのはやめて、一人でこっそりと布団から抜け出した。せっかく揃って気持ち良さそうにしているのだから、いい夢を見たまま朝まで起こさないであげたかった。

 音を立てずに窓を開け、枠に手をかけて振り向いた。どうか、こんな優しい時間が、ずっとずっと長く続いてくれますようにって。

 

 その中に私を含んではいけないのだとしても。

 

 私はこの世界から去るべきだ。何故って、ここは私の戦う場所ではない。

 彼女達が頑張って手に入れた未来は、他でもない彼女達のものだ。私が横から恩恵に預かってしまうのは、そこはかとない罪悪感の味がする。

 この世界の私は十分に努力し、前向きに明るく頑張っている。なら私も同じ様に頑張るべきだろう。私には私の戦いがあるのだから、決してこの優しい空気に浸り続けていてはいけない。

 特別な経験ができた。大切にして貰えた。友達になれた。こんなに沢山の物を貰ったんだから、貰ってばかりではいられない。出口を見つけられなければ。自分の戦いを続けなければ。

 窓から飛び出す私の姿を見る者はいなかった。

 

 

 

 

 

 それから少しの時間が経ち、魔女はすっかり片付いた。けれどすぐには二人の元へ戻らない。見滝原の入り組んだ道を一週し、思いつく限りの大体の場所を見て回った。

 戦闘中に打ち付けてしまった腕がちょっと痛む。多少手こずったものの、一人で戦うのは慣れているから困りはしなかった。少々の怪我くらいなら治すのも楽だし、行動に支障はない。

 

 ここはやっぱり私の知っている見滝原とは少し違う。知っている筈の場所を巡っていると強い実感が沸いてくる。

 この世界から出る手かがりという物は特になく、途中で幾らか使い魔を倒しただけでかなり時間が過ぎてしまった。どうやってここへ来たのかも分からないのだから、どう戻ればいいのかも手探り過ぎる。

 

 外灯の下で立ち止まって空を見上げると、今日は見事な満月だった。もはやこれは夢とは呼べない。私の願望で出来ているとは到底思えない。ただの理想や夢であっても、私はあんな風に優しく振る舞えないだろう。ここは本当に実在の見滝原で、ワルプルギスの夜を乗り越えた後の世界なのだ。

 街の中の景色は夜でも明るく、時間が時間だから人の往来は多くないけど、建物の中はまだまだ明々と光っている。

 前々から知っている通りの光景に、ほんの微かな違和感があった。あの魔女が来たのだから、どれほど頑張って戦ったとしても建物や人に相応の被害は出た筈で、それにしては驚くほどに爪痕を感じない。

 彼女達は一体どこでワルプルギスの夜を倒したのだろう。

 

「……あ」

 

 自ずと足が止まった。そういえば、詳しい話を聞いていなかったのだと気づく。

 大きな川沿いの柵から身を乗り出し、ゆるやかな水の流れを目にしながら考えた。何故、私はそんな重要な話を聞こうとしなかったのか。

 まさか自分がどれほど不出来か思い知らされそうで怖かったんだろうか。だとしたら情けない、話を聞いて実践すれば私も同じ結果を得られるかもしれない。道を切り開く方法が、見えてくるかもしれないのに。

 あの成長した私みたいに、できるかもしれないのに。

 

「……無理かしら」

 

 川に背を向け、溜息が漏れた。ここはワルプルギスの夜が出現する場所で、一番に大きな被害を受ける筈の多くがそのまま残っている。

 彼女達が嘘を吐いているとは思わなかった。あの暁美ほむらが見せてくれた笑顔や意思の強さは、とてもじゃないけど嘘で取り繕える物じゃない。

 ならば本当にワルプルギスの夜は彼女達の前に現れ、最終的に倒されたのだろう。あるいは見滝原の外が戦いの場だったのかもしれない。

 いずれにせよ詳しい事は明日聞けばいい。自然と明日が来るものだと信じられるのは素敵な事だった。

 もうここに用はない。川から離れ、髪を撫でた。手がかりが見つからないのだからそろそろ帰るべきだろう。まどかと、それからもう一人の暁美ほむらが目を覚ました時、私がそこに居なければ心配をかけてしまう。

 

 まどかはともかく、暁美ほむらを心配させたくないとも思った。そんな自分の心境の変化に思わず笑みがこぼれる。

 あの子ならまどかとも上手くやるだろう。これからも沢山の経験を積み、彼女を守れる様に、それから他の人とも仲良く出来るようになる筈だ。未来の希望に満ちた姿はもう嫉妬もできないくらいに眩しく、この幸せな結末を手にしたままで居て欲しかった。

 

 彼女達なら、私よりもずっと強くなれる。そして長生きしてくれる。そうなって欲しい。

 

「ほ む ら ち ゃ ん !」

 

 小さな願望を胸に抱いた時、遙か遠くからまどかの声が聞こえた気がした。それから、ほんの微かな魔女の気配も。私の撃ち漏らし、じゃない。まどかの家の近くに別の魔女がいる。

 耳を澄ませても声は聞こえない。けれど、まどかの気配は確かに存在している。空耳とも取れる声は誰かに助けを求めている様で、足が反射的に全速力で動いていた。線路を踏み越え、ビルの屋上を飛び、道を無視して空を行く。

 良い予感は全くしなかった。嫌に早鐘を打つ胸を押さえつけ、更に加速してまどかの元へ向かった。ようやく辿り着いた時、まどかは人気の無いビルの屋上で座り込み、外界から何かを守る様に抱えてうずくまっていた。

 

「まどか」

 

 声をかけた途端に彼女の身が大きく震える。

 

「良かった、無事だったんだね!?」

「貴女こそ怪我はない様ね。ところでもう一人の私はどこに居るのかしら」

 

 返事をする時間すら惜しいとばかりに私の胸へ飛び込んできた。慌てて抱き留めるも、まどかは握りしめた自分の手を開き、私へと見せてきた。

 

「お願い助けて! ほむらちゃんが……! ほむらちゃんが!!」

 

 彼女の手の中に、よく見知った紫のソウルジェムがあった。絶望を流し込んだ様に濁っていた。

 願ってすぐに、これだった。私も一緒に居ればこんな事にはさせなかったのに。

 

「ほむらちゃんがわたしを庇って、こんな……何か助ける手はない!?」

 

 必死の問いかけに答えられず、哀願のこもった彼女の瞳と目を合わせられない。

 ああ、私なんかよりよほど生きているべき暁美ほむらだったのに。やっぱり魔法少女なんてなる物じゃない。願い事が叶わないのに慣れてしまう。

 動揺は無い。まどかの悲痛な表情がただただ痛ましく、少しでも助けになろうと息を吸って覚悟を決めた。

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