【完結】例え私が幸せになれるとしても、私はそれを選べない 作:曇天紫苑
まどかは事情を詳しく説明できるほど落ちついていなかったけれど、状況は察しがついた。とりあえず結論として、あの暁美ほむらは戦闘中に肉体を失ったらしい。どんな経緯かも、同じ人間だから想像はできた。私が一人で戦いに出た為にこんな事を引き起こしてしまったのも。
幾ら魔法少女でも完全に肉体を失ってしまうと復活はかなり難しい。ソウルジェムに残された魂が自分の死を感じているのだろう。一気に濁っていくのをまどかが必死に浄化している。
まどかは、ひどく嘆き混乱しながらも私に助けを求めてくれた。本当に、心の底から助けてあげたかった。求められる所に応えたかった。でも、私に出来る事はあまりにも少なく、ただ、彼女に残酷な結末を突きつける事しかできない。
「死なせてあげなさい。あの子も、貴女に使う分のグリーフシードを無駄遣いされたくないはずよ」
信じられない事を聞いたというまどかの顔に、自分の心が悲鳴をあげたのが分かった。でも無視した。今は自分の気持ちなんてどうでもいいから。
一気に自分の血が冷えるのを感じる。まどかに向かって冷たい顔を見せられて、必要なら彼女を傷つけられる私に戻っていく。
「貴女には処理できないでしょう。私がやるから任せなさい」
「いやっ!」
「いいえ聞きなさい。そのままじゃ、貴女も彼女も苦しむだけよ」
自分が原因でまどかを苦しめるなんて私なら決して望みたくない。しかも今のまどかは魔法少女なのだ、精神面での負荷が死に直結する。
そうである以上、出来もしない期待をさせてまどかを苦しめるなんて真似は決してできなかった。
「残念だけど彼女の事はもう諦めなさい。私が、始末すっ」
ばちん。音が響いて、衝撃と、遅れて頬に痛みがやってきた。
寸前まで考えていた筈の全部が分からない。意識が飛ぶような重みはなかった筈なのに。
ただ、ずきずきと痛む頬を撫でて、呆然とした頭の中でまどかの顔だけが意味のある物として捉えられた。
「ごめんなさい……でも、やめて……ほむらちゃんは、そんな事を言わないで。言わないで欲しいの……」
そう言うと、まどかはまたソウルジェムに声をかけ始めた。
だというのに私は変わらず自分の頬を撫でるだけ撫で、何もしないままそこにいる。情けなさでようやく身体を動かせる様になっても、まだ頭の中は動揺でいっぱいだ。
幾度も彼女と出会って、こんな事ははじめてだった。でも衝撃を受けてばかりじゃいられない。自分がどれくらい嫌われたってやらなきゃいけない事は、やらなきゃいけない。
「もう、やめましょう。その子も貴女が苦しむ事なんて望まないわ」
そんな権利などはないと分かった上で、まどかを背後から抱きしめた。小さく震える肩を撫で、嘆く彼女の耳元で話しかけた。
「私も暁美ほむらだから分かる、こんな結末になって本当にごめんね。だけどお願い……貴女を大切に思える魔法少女である内に死なせてあげて。魔女になんかなりたくないの」
まどかは納得なんてしないだろう。こんな事を言ってしまったらきっと恨まれるし、憎まれる。優しい彼女の目に憎しみなんて似合わない物が乗ると思うと全身が重くなった。
でも、どうやったってあの暁美ほむらは助からないのだから、誰かがやらなきゃいけないんだ。ならばせめて私が手を汚す。
だって私達は同じ暁美ほむら。だから、これは、ただの自害。
ソウルジェムを破壊する為にまどかの手元へ指を這わせ、悪寒と恐怖が全身を走った。
己が己でなくなる様な、身体の奥底から這い出てきたものに何もかもを奪われるような嫌悪感。
「っ」
素早く手を引っ込めても、思い浮かぶ理解は消えない。
ああ、わかった。この世界の暁美ほむらと近づいた時に走る嫌な感覚の正体が。そして、嘆き悲しむまどかを救うために、私にはまだ取れる手があるのだと。
巣くう恐怖を抑え付け、まどかに声を向けた。
「……まどか。まだ、貴女の友達を助ける方法があるわ」
「ほ、本当!?」
反応は劇的だった。こんなに暁美ほむらを想ってくれる姿に、恐怖の感情が消えてくる。
代わりに穏やかな笑みが浮かんで、まどかの頬を撫でる。
「こんな時に嘘なんて言わないよ。だから信じて? 私じゃなくて、貴女が共に過ごした暁美ほむらを信じて欲しいの……私がここに来たのは、きっとこの時の為だったんだね」
「ほむらちゃん……?」
「もしも貴女の友達が身体を取り戻したら、貴女は笑ってくれる? 幸せになれる? ……やくそく、してくれる?」
自分でも様子がおかしいのは分かる。まどかもそう感じただろう。
しかし、まどかはおくびにも出さず、丁寧な態度で頷いてくれた。
「……うん」
「そう。良かった。ああ……良かったね、私」
暁美ほむらが生きていると、まどかが喜んでくれるらしい。それなら、いいか。
「まどか。じゃあ、そのソウルジェムを持っている方の手を、出して貰えるかしら」
「本当に、本当にほむらちゃんを助けられるの?」
「ええ、方法はあるわ。そのソウルジェムは壊したりはしないって約束する。だから、まどか、手を出して?」
少しだけ迷ってから、まどかは小さく頷いてくれた。
暁美ほむらのソウルジェムは私の手のひらへ。まだ何とか生きている。
宝玉に手のひらを覆い被せると、指先から全身がビクと震えた。自分の身体が自分の物で無くなるような不快感が感覚の全てで爆発して気分が悪くなり、足が震えて崩れそうになるけれど、そこは気にしない。
突然の事でまどかは戸惑っている様だけど、安心してねって意味をこめて笑顔を柔らかく作り上げる。
「ありがとう。じゃあ少し、離れていて貰えるかしら」
「え、で、でも」
「私を信じて。約束する、貴女を騙してこのソウルジェムを壊したりはしない。彼女を魔女にもさせないよ」
一分ほど前ならまどかを騙していた。でも今は嘘なんか一つもなく、私の中に確信となった考えがある。
「お願いまどか。私にやらせて欲しいの、きっと私はこの為に来たのだから」
彼女と目を合わせ、出来るだけ誠意が伝わる様にと頭を下げた。
まどかの葛藤が分かる。でも、今だけは信じて貰いたい。私がここに居る理由。この世界のどこにも居てはいけない私が、ここに存在できた理由。
「どうか私に、貴女を救わせてっ……!」
一秒も待たず、答えは返ってきた。強く深い思いのこもった、優しい声が。
「信じる、ほむらちゃんを信じるよ。だからお願い……ほむらちゃんを、わたしの友達を……ううん、わたしを助けて……!」
「……ええ!」
舞い上がる心地のまま、まどかがこの場から離れたのを完全に確認し、託されたソウルジェムを両手でゆるく握って胸に抱く。
形も光も大きさも、私の物と寸分違わないソウルジェムだ。私が握った途端に。穢れの侵攻は即座に止まり、中の紫がゆらゆら光って揺れている。
同時に足がおぼつかなくなって膝から崩れ落ち、へたり込んだまま他人のソウルジェムを胸に押しつけ続けた。絶え間なく襲い来る不快感の嵐で身が震え、視界が歪んでいく。けど、それら一切を構わない。こうなるのは分かっていたから、構わない。
聞きなさい、幸せな暁美ほむら。あなたに私の身体をあげる。
「これが、まどかを救う為に私ができるたった一つの事よ」
この世界の暁美ほむらはとても幸せそうだった。生きるべき子だ。少なくとも、死んでしまったらまどかは苦しむ。
何の事はない。この世界に居るべきじゃない人間が消え、生きるべき人間が生きるだけの話だ。それに、まどかを救う為に必要な物が私の命だというなら、使うしかない。
まだ身体は私の物で意識も持って行かれていない。だけどそれでは困るから、ちらと自分のソウルジェムを見る。生にしがみつこうと不安定に輝き、私の命を繋いでいる。
手のひらから私のソウルジェムを取り出すが、掴む手に力が入らない。代わりに口へ入れて歯を立てた。一気には砕けず軋み、己の身が引き裂かれる錯覚が走る。
そして同時に、腕が勝手に動いた。
ああ、やっぱりぴったり合うらしい。肉体はもちろん使ってる魂すら同じ人間なんだから当たり前だけど、私と彼女の身体には互換性があった。
自分の魂を砕こうとする歯を、片手がやめさせようと掴んでいる。片足も勝手に動き出し、すぐに口が開いた。
「だめぇっ……!! まどか! やめさせて!」
口から零れた私のソウルジェムを、まだ自分の意思で動かせる片手を使って握り潰そうと拾い上げ、なけなしの力で亀裂を広げていった。
言葉を耳にしたまどかが血相を変えて飛び込んでくる。私の両手にある物を見比べてすぐに青ざめ、何か必死になって叫んでいる。聴覚も既に譲ったので言葉は聞き取れないけど、恐らく私を止めようと説得の言葉を並べてくれている。こちらに向かって走ってくる。
心配してくれてありがとう。でもやめない。
肉体の制御権がどんどん移って く中にあっ、気持ち 平常通り冷静を保て てい
思考 頭 渡し
「あなたは! まだ、自分の願いだって叶えていないのに!」
声が 聞こえる 私の声
「こんな終わり方でいいっていうの!? こんな、こんなことのためにあなたが犠牲になるなんて!! それで本当にいいの!?」
気 しない で
私の願い まどかをすくう んだから、身体 ゆずって まどかの救い なら、 喜ん どこへだっ て
それに、あなた 無事を 願 ともだち 居る でしょう わたしに ない あなた 生き
がん ば って
まど また会 よかっ
あ りが とう