【完結】例え私が幸せになれるとしても、私はそれを選べない   作:曇天紫苑

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エピローグ
ところで明日4月30日はワルプルギスの夜だそうで


例え私が幸せになれるとしても、私はもう失っている

 魔女の結界が消えると同時に、私達三人はその場でへたり込んだ。

 まどかの額に浮かぶ珠の汗が激戦を物語り、さやかが己の口元に残った赤いものを拭い取っているのがひどく痛々しい。

 

「ふへぇー……手強かったぁ」

「大変だったね……」

 

 ストックしていたグリーフシードをさやかのソウルジェムにかざす。彼女は戦闘中に何度も魔法で回復していたから、相応に魔力を使っていた。お陰で私とまどかの消耗は最小限に抑えられたけど、その分だけ彼女に無茶をさせてしまったのは心の重くなる事実だった。

 マミさんも含めた四人で戦ったのに、かなりの苦戦となってしまった。強力な魔女を一度に複数体。お陰で怪我を補って余る程度のグリーフシードは手に入ったけど、あまり達成感はない。頭の中に浮かぶのは、さやかが魔女の攻撃を受けて吹き飛んだ瞬間ばかりだった。

 

「ん、ありがと。まどかもほむらも怪我は治せた?」

「ええ、無事よ」

「うん。でも、さやかちゃんは平気? わたし達を庇ってくれた時、お腹で受け止めたよね?」

「平気へーき、ソウルジェムは避けられる様に受けたし、間に剣を挟んだからね。衝撃は貫通しちゃったからちょっと痛かったけど、心配はいらないよ。意識を一瞬持って行かれただけで、今はこの通り、もうちゃんと治ってる」

 

 話ながらさやかは服を軽くたくし上げ、お腹を露わにした。

 確かに怪我らしき物はなく、血色が良くて健康的な体付きをしている。けど痛くなかった筈が無い。魔法で治っているから痣一つ残らないと分かっていても、ついグリーフシードを押しつける指に力が入る。

 誰にも犠牲になって欲しくはなかった。誰かが自分の代わりに命を落とす事がどんなに辛いか嫌というほど心へ刻みつけた。三度目は経験したくないと強く強く断言できる。

 さやかは強くて頼れる良い友達だけど、自分が傷付くのを厭わない所があった。

 

「あの時、まどかの前に私が居たでしょう。あなたが庇わなくても私が」

「それじゃあんたが怪我をするでしょ。ほむらは柔な身体なんだから、あたしに任せておけば良いの。好んで痛い思いをする気はないけど、この中で一番に回復力を持ってるのはあたしなんだから」

「幾ら再生できるからって、私達を守る為に怪我をする必要はないわ。まどかの盾役は私がやるから、自分に集中しなさい。ただでさえ私達の中で一番前に出て戦う生傷の多い立場なのよ、あなたは」

 

 昔の様な逃げ腰にはならず、きっぱりと自分の考えを伝えられた。この身体になってから物言いも意識して変えたけれど、自分でも驚く程に違和感なく話せた。

 さやかの方が神妙に相槌を打って私の言い分を聞いてくれたから、こんなに強い語気で言い放っても喧嘩にはならなかった。

 嫌われてもいいと覚悟していただけに好意的な反応は意外なのと同じくらいに嬉しくて、危うく顔に出そうになる。

 

「あのね、ほむらちゃんもさやかちゃんもわたしを庇ったりしなくていいよ……? その、一応、魔法の力だけは二人より強いから……ちゃんと防御すればどんなに強くても防げるかなって……」

「分かってるって。まどかにはいつも助けて貰ってばっかりだからさ、危ない時くらいはあたしが守りたいの。さっきだって最後はまどかが倒したでしょ?」

「それは、二人が追い込んでくれたからだよ。わたし一人じゃ倒せなかった」

「いいじゃん。あたし達は一緒に戦う仲間なんだから、助け合っていいの」

「だとしても無理をするのはやめなさい。あなたの心はもちろん、身体だってとても大切な物よ。綺麗で健康な身体なのだから、大切にしなさい。傷付いたと知ったら苦しむ人が居るの」

「う、うん。はっきり言われると、なんか」

 

 さやかは目を逸らした。逸らした先にはマミさんがいる。疲れ切った私達が休んでいる間に、辺りに魔女や使い魔が残っていないか確かめてくれていた。

 特に異常はなかったとマミさんは微笑んだ。

 

「あっ、マミさん。ごめんなさい、わたし達だけ休んじゃって」

「いいのよ。今日は三人とも凄く頑張ったんだもの」

「マミさんも私達を助けながら戦うのは大変でしょう。自分の実力不足が情けないわ」

「ううん、あなた達が居てくれるから私が頑張れるの。本当よ? 今日も一人も欠けずにチームで居られて本当に嬉しいわ」

 

 そう言うと、マミさんがさやかの隣へ座り込む。複数体の魔女の内、半分をほとんど一人で相手取ったというのに傷どころか息一つ乱れていない。

 

「私ね、美樹さんの判断も暁美さんや鹿目さんの気持ちも、正しい物だと思うの」

 

 マミさんがぽつぽつと呟いた。

 よくよく見ると顔色がどこか青い。

 

「美樹さんが吹き飛ばされて動かなくなった時、血の気が引いたわ。あなたが起き上がらなかったらって、怖くて怖くて仕方なかった。ふふっ、本当に無事で良かったわ」

 

 マミさんが言い終えるよりも早く、背後からまどかが抱きしめた。それからさやかと私が正面から抱きついて、四人で固まって一つの生き物みたいに心も体も温め合う。

 魔法少女の真実を知ってからというものの、何か落ち込む事があると私達はこうして身を寄せ合って自分達が生きているのだと確かめ、励まし合った。この温かさがソウルジェムを憩わせてくれる。特に効果があるわけじゃなくても、気持ちが明るくなるだけでも十分な意味があった。

 この身体の持ち主なら、甘いと、それは弱さだと顔をしかめるんだろう。けど、まどかの笑顔もさやかの笑顔もマミさんの笑顔も一つずつ別々に大切だと分かっているから、弱さだと否定する気持ちにはなれなかった。

 

「あ……わたし、汗臭かったりするかな?」

「まどかは普段通りよ……私はどうなのかしら」

「ふふっ、みんな良い香りよ? あら、暁美さんは私のあげたシャンプー……使ってくれたのね」

「はい、使い心地がとても良かったから、しばらく使ってみるつもりよ」

「えー! マミさんから貰ったの? いいなぁ、あたしも使ってみたいなぁ」

 

 こうやって寄り添い合って何でも無い話をするのもお約束。私はこの時間が好きだった。いや、最近もっと好きになった。

 起きた事、見聞きしたもの、お洒落の話にお菓子の話に、それから友達の話。どれも重い口調ではなくて軽快で楽しいお喋りだ。誰かの悪口も嫌な事も言わず、どんなに落ち込んでも終わった時には気持ちが明るくなっている。そこにお菓子とお茶が付いていればもっといい。

 杏子も気が向くと見滝原に来てケーキを片手にこういった話をしてくれる。今日は風見野に居るけれど、明日は来てくれるだろうか。

 私達はもう魔女になる末路について目を逸らしてはいられない。それでも魔法少女として生きられる時間を一秒でも長く、精一杯に全力で、そして笑顔と幸せが溢れるものである様にみんなで力を合わせるんだ。

 

「さて、そろそろ帰りましょっか」

「はーい」

 

 楽しい時間はすぐ過ぎて、マミさんが私達を立たせた。その顔色はさっきまでとは違い、綺麗に色づいている。

 

「それと美樹さん。幾ら周りを守る為だからって、あまり無理をしてはダメよ?」

「はい……でも、同じ事があったら、たぶん、あたしは同じ行動を選ぶと思います」

「そう。なら、あなたが動かなくていい様に私達が頑張るわ。ね、まどか」

「うんっ!」

 

 まどかは一切迷わず何度も頷いてくれた。いつもの優しさや柔らかさだけじゃなく、勇気と決意を露わにした格好いい顔だった。

 

「今回……の事でよく分かった。私達はもっと強くならないといけないわ。まどかも私もさやかも、今まで以上に鍛えるべきよ」

 

 私が一度命を落とした事を知っているのはまどかだけ。でも、さやかもマミさんも同意してくれた。

 マミさんの顔を見る。きょとんとした顔をしているものの、今だって力強さを感じさせる振る舞いが見え隠れしていた。

 

「みんなで支え合って行こうって約束したんだもの。いつまでもマミさんに先生役ばかりやって貰う様では十分とは言えないわ」

 

 あれほど強い魔女を相手にしても問題にすらならない。ほとんど魔力の無駄遣いもなしに切り抜ける。あんな芸当を成せる自信は到底ない。

 けれど、早く彼女と並べる様になりたかった。頼って貰えるくらい強くならなきゃ、この身体の本当の持ち主に顔向けできないからだ。

 

「うん、暁美さんの言う通りね。そうと決まったら明日からまた沢山訓練しないといけないわね。チームで戦うのもそうだけど、一人一人の戦い方ももっと強化していかないと」

「改めてみんなで他の人の弱点を探ってみるのはどうですか? 自分じゃ気づけない所をちゃんと直せば、もっと良い動きが出来る様になるでしょう?」

「いいわね。じゃあ……例えば暁美さんは、私の弱点がどこにあるか分かる?」

 

 分からない。

 

「……意外と寂しがり屋さんなところとか、かしら」

「ふふっ、それを言っちゃうのね?」

「はい。そして私もマミさんと同じで寂しいのは苦手よ……だからまた、泊まりに来てくれると嬉しいわ」

「ええ! それなら、なぎさちゃんも連れて行って良いかしら?」

「構わないわ。当日はチーズ料理にしましょう」

 

 何となく流れでお泊まりをする約束が決まっていた。

 まどかやさやかと違って一人暮らし同士だから話が早く進む。前にマミさんの家へ一人でお泊まりをした時もこういう調子だった。

 次回の予定もその場ですぐに決まった所で、そういえば話が脱線していたとマミさんが笑いながら言う。心なしかさっきまでより声が弾んでいた。

 

「そうそう、頑張らないといけないのは勉強もね? 魔法少女としての活動は大事だけど、だからって学校を疎かにしちゃいけないのよ?」

「が、頑張ろうね、さやかちゃん」

「うっ……は、はーい、頑張ります……」

「はい」

「暁美さんは……最近かなり成績が伸びたのよね。何があったの?」

「色々とあって勉強量を増やしているの」

 

 彼女に恥じない自分で居る為に勉強の時間は増やした。学力が向上した理由の半分はそれだ。けど、それだけじゃない。

 自分ではない自分の記憶に手を貸して貰っているなんて言っても簡単には信じられないだろうし、自分が死んだ事なんて口にするつもりはない。

 私があまり多くを語るつもりがないというのは確かに伝わった様で、まどか以外の二人は不思議そうだったけど、ひとまず追求はしないと決めてくれた。急激な学力向上の理由なんて上手く誤魔化しながら説明できる自信は僅かにもなかったので助かった。

 勉強と特訓の予定を話し合いながら歩くと、すぐに知っている場所へと出た。傍らに小川の流れるこの道を少し行けばマミさんの家があり、ひとまずそこで休憩するのがいつもの流れだ。今日もいつも通りに四人で列を作って同じ道を進んだ。

 さやかの背中がすぐ前にある。私より背が高くて、頼りたくなる後ろ姿。

 

「さやか」

 

 声をかけると彼女は振り返って、首を傾けた。

 

「ん、何?」

「守ってくれてありがとう」

 

 私だって怪我をする訳にはいかなかった。この身体は貰い物だから粗末には使えない。まどかを守る為でも、自分の身体みたいに無理はさせたくないんだ。

 

「あははっ、どういたしまして」

 

 一緒に歩きつつ、私の髪を撫でてくる。

 それに合わせて私もさやかの髪を撫でた。スキンシップとしてこれが自然と出来るようになったのも、つい最近の事だった。

 

「あなたの髪型は短いのが一番だと思っていたけれど、長髪もきっと似合うわ」

 

 最初に出会った頃から伸ばし続けた髪が、彼女の印象を少しずつ変え始めていた。

 良い人なのは僅かばかりも変わっていない。それどころか雰囲気に落ち着きと柔らかさが増して、一緒に過ごす時間が長くなればなるほど安心できた。

 

「別人みたいに変わったと思ってたけど、ほむらはほむらのままなんだね。似合ってるよ、強気な姿がさ」

「ありがとう、さやかは私をよく見てくれているわ」

 

 自分をきちんと知っていてくれる人が居て、そんな人が友達で居てくれる。なんて素敵な経験だろう。まどかの居る輪の中に私は確実に存在し、周りの人が私を友達だと言ってくれる。私は彼女達と友達である事を忘れられない。

 同時に、それは私があの人になれない事も意味していた。

 自分を愛してくれる人、大切に思ってくれる人、仲良くしてくれた人、全部ぜんぶ振り切って一つの願いを叶える為に戦い続ける。こんな様な生き方を私はもう選べない。

 

「グリーフシードを持っておきなさい」

「ありがと、貰っておく。ほむらの使う分は足りてるの?」

「十分な用意があるわ」

「ならいいけど……収納できる魔法持ちは便利だねえ」

 

 今のところストックに不安はない。今回で増えた分とは別に、私が収納していた物の中には覚えの無いグリーフシードが幾つもあった。

 それから、新しい魔法も使える様になった。背中から光る翼が生まれ、覚えの無い弓が現れた時は何が起きたのかと混乱してしまったのをよく覚えている。

 周囲には心当たりはないと説明したけれど、本当は分かっていた。同じ魔法を使う人を知っているから。

 そして、この身体が私の持ち物じゃないからだ。考えれば考えるほど罪深く、申し訳なさで喉を詰まらせ息苦しくなった。

 

 

 

 

 魔女を倒したら今日の活動はいったん終わり。マミさんの家に尋ねてしばらく遊び、帰宅途中までの道を三人で歩き、さやかは帰って今はまどかと二人きり。これも慣れた道筋で迷ったりはしない。

 最近はまどかと手を繋いで歩くのも慣れてきた。最初の頃は何か新しいスキンシップをやる度に散々慌ててまどかを困らせたけど、もう何一つ惑わない。胸を張って彼女達を友達と口に出来る自分がいる。

 今だってそんなに友達は多くないけれど、別に構わなかった。ある日を境に変わり果てた私を見て戸惑う沢山の人達の中で、まどかと、さやかに杏子もマミさんも他の何人かも今の私を受け入れてくれる。それで十分だった。

 

「ほむらちゃん、ほむらちゃん」

「どうしたの」

「あのね、ちょっと後ろを向いて欲しいの」

「後ろ? こう、かしら」

 

 背後でまどかが何かを取り出すのを感じていると、彼女に対して抱いている沢山の気持ちが浮かぶ。

 彼女は率先して今の私を受け入れてくれた。私の身に起きた事情をほとんど知っているから、私が言動を変えてから今まで一度だってその点を追求しては来なかった。

 

 でも、たまに悲しそうな顔をする。私の顔越しに別の、つまり別の暁美ほむらを見て、悲しさに沈んだ表情で俯いてしまう。

 自分で決めた事とはいえ、まどかを悲しませるのは辛かった。この辛さを何度も何度も経験してきたというんだから、あの暁美ほむらは本当に私よりずっと苦しかったんだろう。

 

「うん、こっち向いて」

「もういいの?」

 

 言われるままに振り返ってみると、まどかの頭にウサギの耳が乗っていた。同じ物は前にも見ているから驚きはさほどない。

 

「耳……似合っているわ。とってもかわいい。けど、なぜそんな物を?」

「次はほむらちゃんが着けてみて欲しいの」

 

 この前は自分が着けても可愛くなる気がしなくて断ったけど、今の私なら問題ない気がする。

 手渡されたウサギの耳のカチューシャを言われるがままに乗せたら、まどかは目の前でうんうん頷いた。

 

「……うん、やっぱり。あの子は自分には似合わないって言ってたけど、そんな事ないよね。ほむらちゃんが似合うんだから、似合わないわけないのに」

「そう、だね」

 

 まどかの言う通りだった。

 私とは違って、あの暁美ほむらは凄く頑張ってきた筈なのに、まるで自分を価値のないものみたいに言う。こうやって彼女の真似をしていると分かってしまうんだ。無力感や絶望で壊れてしまわない様に、必死で強がって誤魔化していたんだって。

 それに比べたら、前の私は笑ってしまうくらい脳天気だった。

 

「ね、まどか……前の私の方が良かった?」

「それは……」

「ごめんね。昔に戻ろうとは思えないの。あんな、あんな事になっておいて、今まで通りには、ごめんね」

 

 あの日、もう一人の自分を失った日。まどかと私は目が痛くなるくらい泣いて、二人でベッドに潜り込んで気絶する様に眠った。

 目が覚めた朝には眼鏡を外して三つ編みをほどき、言葉遣いを切り替えた。

 何人かには嘆かれた。可愛げがないとも言われたし、優しそうな感じがなくなったって怖がる人もいる。だけど、まどかは変わらず接してくれた。

 

「あの人は……自分が嫌いだったと思う。まどかも気づいたでしょう? あの人は……きっと沢山頑張って、それでもダメで、何も出来ない自分が凄く嫌いになったんだと思う」

「ほむらちゃん……」

「私ね、あの人が一人で苦しまない様に、同じ願いを胸にした仲間になりたかった……なりたかったのに」

 

 私の前で自分の全てを否定するあの人があんまりにも痛ましくて、後から後から溢れる少しでも助けになりたいという気持ちを我慢できなかった。私達は誰よりもお互いを理解し合えるんだと伝えたかった。

 

 でも、そんな気持ちを伝えてさえいなければ、今頃ここでまどかと話していたのは私じゃなくて、きっとあの人の方だった。

 少なくとも、私が手を伸ばしたあの時までは好意を持たれていないのは明白だった。助けるほど価値のある人間なんて思われていなかっただろう。

 まどかを精一杯慰めて、私のソウルジェムを壊してくれて。おしまい。それで良かった筈なのに、あの人は魂を捧げて私を救っていった。

 

「私ね、助けたいって思った人に、また助けられちゃった」

 

 まどかみたいに、人を助けられる自分でいたかった。だけれど、私は再び助けられた。

 私はただ運と友達に恵まれて幸せになれただけで、もっと苦しみながら頑張ってきたあの人の方がずっと幸せになるべきだったのに。

 

「本当に、なんで私が残ったんだろう」

「ほむらちゃん」

 まどかの両手が私の頬に触れた。

「わたし、ほむらちゃんがここに居てくれて良かったって思ってる」

 

 はっきりした好意が声に乗って私へ届き、引き寄せられた私の顔とまどかの顔が真正面から相対した。その時のまどかが浮かべている表情には明らかに幾つもの感情が含まれて、至近距離から浴びせられる好意は眩しすぎた。

 でも、心の奥底から漏れ出た罪悪感のようなものは消えたりしない。きっとまどかは私の内心を分かった上で、目に涙を浮かべながら訴えかけている。

 

「あのほむらちゃんが、あんな事になって良かったなんて思わないよ。けど……けどね! 今ここにいるほむらちゃんが生きていてくれたのが嬉しいのは変わらない!」

「まどか……」

「だからね、ほむらちゃん。自分が生きていなければ、なんて考えないで……!!」

 

 気づかれてしまった。顔にも態度にも出していないと思っていたけど、ちゃんと見ている人には伝わってしまう。もっときちんと隠しておけば良かった。

 まどかに要らない心配をかけさせてしまった。ああ、私の事を本当によく見て入れくれたんだ。

 

「うん、ごめんね。まどかの言う通りだね」

 

 まどかを思いっきり、でも繊細に優しく抱きしめる。意識の中で彼女の香りと柔らかな感触が広がった。

 

「でも大丈夫だよ。私はちゃんと幸せだから、まどかの心配する様な事は起きない。起こせない」

「本当に?」

「うん。貴女の心配は杞憂よ、安心してね」

 

 だって、私は既に身体を貰ってしまった。返したくても返す相手がもういない。だったら私は、あの人が願った様に、私がそう願った様にまどかを救える自分でいなきゃいけない。

 そして私は幸せにならなければならない。この身体を幸せにする為に、私が幸せになるべきだから。

 

「この身体は私のものじゃない。だから私はこの身体の望みを叶えたいんだ」

 

 たまに分からなくなる。自分がどっちの暁美ほむらなのか。記憶も幾らか混ざっていて、知らない筈の絶望と、知っている筈の幸福がごちゃごちゃに思い返せてしまう。

 まどかの遺体を抱きしめた時にこみ上げた絶望と、まどかと寄り添って眠った日の安堵、ワルプルギスの夜を倒した時の達成感と倒せずに諦めかけた時の苦痛。悲しみ、喜び。

 でも、確かに同じ物がある。大切なものも、大切な人も。見たいものも、見たくないものも。

 そうであるなら、私達暁美ほむらがどう生きるべきかの答えは明らかだった。

 

「だから、そうね……まどか、私はこんな風になるけれど、これからも友達でいててね?」

「……そんなの当たり前じゃない! ほむらちゃんはほむらちゃんだよ!」

「でしょうね。貴女ならきっと、そう答えてくれるって確信していたわ」

 

 思いのほか軽やかになった身体を使い、まどかをもう一回抱きしめる。今度はごく僅かな間だけ、すぐに離れて手を握り合う。

 身体と心で二人分、嬉しいのも楽しいのも二倍だ。魂と身体が別々に笑い泣く。きっと今、泣いているのは私じゃない。

 彼女の身体が味わった苦しみも悲しみも胸にして、私達は一歩一歩と歩むんだ。

 

 ねえ、私の身体。

 だからそろそろ泣き止んで、一緒にめいっぱい笑おうよ。

 

 

 

 

+

 

 

 

「……夢?」

 

 

「夢だったのね。あぁ……貴女の夢を見るの、何度目かしら。自分がもう一人居るなんて、不思議な夢だったけれど……変な気分だね、自分を横から見るのって」

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

「もし」

 

「もしも、私が」

 

 

「もしも私が、貴女との約束を諦めて、ただ貴女と一緒に戦う道を選んでいたのなら……」

 

「こんな風に、貴女を一人で行かせる事なんてなかったのかな」

 

「貴女と私が一緒に並んで、手を取り合って生きていく道もあったのかな」

 

 

「ねえ、世界の全てが見えるなら、貴女はこの答えも知っている筈よ」

 

「もしも私の声を聞いてくれているのなら教えて欲しいの」

 

 

「声を聞きたいの」

 

「ねえ」

 

「教えて」

 

 

 

「まどか――」




※夢落ちではありません

幸せそうな暁美さんの姿を見て少し救われた気持ちになる暁美さんの姿を想像しながら書いたつもりでした。


なんだこの悲しい光景は
幸せの形か? これが……
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