砕蜂から迫られて困っています 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
残火の太刀・北――――天地灰尽。
藍染が卍解するよりも速く、刀を構えた瞬間には元柳斎は己が卍解、その必殺を放っていた。
尸魂界最強最古の炎熱系斬魄刀、それより放たれる決殺の一撃。太陽の如き卍解の炎熱を一閃に放つもの。隊長格の霊圧が十数人集って作られた結界にも亀裂をいれかねないだけの、死神としての次元違いの威力を秘めている。
藍染が卍解を使うよりも早く、何かさせる前に殺す。
そういう意思が込められた故の初手にて放たれる奥義。
だが、それでも遅かった。
『卍解―――――鏡花水月・邯鄲夢枕』
卍解は発動し――――尸魂界すら焼き尽くす一閃が、ただ掲げた斬魄刀で受け止められた。
「―――――」
驚愕は漏れなく三人分。
これで決着がついて万事解決、とは思っていなかったが手傷は受けるはずだった。無傷でただ受け止めるなんてありえない。
山本元柳斎重國という死神はそこまで甘くない。
なのに、藍染は薄く嗤って。
軽い動きで刀を振った。
そして、山本元柳斎重國は縦に体を両断されて即死した。
「先に言っておこう。総隊長殿は死んでいないよ、まだね」
剣圧だけで尸魂界最強の死神をいともたやすく殺した男は、肩をすくめながら言う。
想定外の総隊長の即死に一瞬動きを止めた宵丸と砕蜂へ語り掛ける。
「私の卍解『鏡花水月・邯鄲夢枕』は、聊か特殊な卍解でね。発動には条件がいくつかあるんだ」
次の瞬間、二人が気づいた時には背後に藍染が移動していた。
瞬歩ではない。瞬間移動としか考えられない、宵丸と砕蜂が認識すらできないほどの速度。
「まず、鏡花水月に掛かっていないこと。……ふっ、これがそもそも難題だ。私の鏡花水月に掛からない人間は盲目な者くらいだし、掛かってしまえば誰であろうとどうとでもなる。鏡花水月無しでも私が追い詰められることもそうないしね」
驚愕を押し殺して宵丸が拳を、砕蜂が蹴りを叩き込む。
虚化により高まった霊圧はそれだけでも並みの死神の頭蓋なら容易く消し飛ばすだけの威力がある。
なのにそれを藍染はただ手を添えることだけで受け止めた。
「次に、発動対象者の全能力を把握すること。斬拳走鬼の技量、始解、卍解の能力。隠し持っている奥の手、その全て。これは少々手間だったが旅禍の滅却師の少年が涅隊長を倒してくれたおかげで助かったよ。彼の持つ全斬魄刀の情報を見ることができたし、君たち二人も夜一隊長とギンとの戦いで底は知れたからね」
追撃に砕蜂が超加速を乗せた拳を連続で叩き込み、宵丸が後ろに飛び退きながら環刃を回す。
音を超える速度の拳を全て片手で捌きつつ、
「卍解発動時点で、対象と私へ同時に催眠を掛ける。そう、
顔面に入る軌道だった拳を寸前で、手首を掴むことで止める。そしてそれを重さなど感じさせない軽い動きで振り回し、鬼道を放とうとしていた宵丸へと投げつけた。
藍染の動きからは到底想定できない豪音が発生し、受け止めた宵丸ごと二人が吹っ飛んだ。
「私の卍解の能力。それは――――
地面へ転がって土煙の中に埋もれた二人へ、諭すように藍染は己の卍解を語り掛ける。
「総隊長の卍解を受け止められる私。彼を一閃で殺せる剣圧。瞬間移動、君たちの動きが止まって見え、受け止められるほどの身体能力。そう、想像すればそれが実現する。なにせこれは催眠世界―――夢のようなものだ。夢であれば想像すればその通りになるだろう」
土煙の中から閃光が放たれた。
黄色と紫のそれは死神ではなく虚の力による虚閃。
並みの虚なんぞ比べ物にならないだけの威力があるそれが直撃しても、
「そしてこの夢は、私の卍解解除後に催眠世界で生じたダメージが現実に反映されることで完了する」
虚閃が通じない自分を想像する藍染には効果はまるでない。
「無論、欠点もあってね。隊長格の倍の霊圧を持つ私でさえも消費が極めて激しい。この催眠世界で思い通りにするのは持って数分。それだけあれば私の霊圧が尽きる。そうなれば無防備だ。そして、もしも事前に収集した催眠対象の情報に齟齬があった場合、催眠世界が解除されても現実には反映されない。ただ私が都合のいい夢を見て、霊圧を使いきって終わるだけということさ」
肩をすくめる藍染に、無数の光の矢が突き刺さった。
宵丸が放った破道の九十一・千手皎天汰炮。虚化により威力が高まっているはずのそれも、藍染が想像する己には意味をなさない。
「人選を誤ったね、宵丸君。私に対する切り札として総隊長を選んだんだろうが、彼の強さはよく知っている。私を相手取るならば更木剣八をぶつけるべきだった。相手に応じて霊圧を調整する彼は私としても未知数であり、危険な相手だ。崩玉を手に入れるまでは戦わないつもりでいるくらいにはね」
攻撃は当たる。それは藍染が避けるまでもないと想像したから。
攻撃が当たらない。それは藍染が避けてみようかと思いついたから。
「無駄だよ、と言って諦める君たちではないだろう」
だが、と藍染が息を吐き―――刀を振るった。
あらゆる認識が追い付かない領域で、砕蜂の体が腹を境に切断される。
霊圧が爆破した。
血の涙すら流した宵丸の背と肩から霊圧が弾け、ロングコートがはじけ飛ぶ。
虚化した上での瞬閧。
鬼道の達人である宵丸がそれを使えば、白打の威力は計り知れない。
拳を打ち込み、鬼道を放ち、
「それも知っているよ」
まるで意味をなさず、宵丸の首を藍染が鷲掴む。
「どうだい、宵丸君。私の卍解は」
ただの握力のみで宵丸は呼吸もままならない。
蹴りつけるが藍染は身じろぎ一つすらしない。
「――――――
茶の瞳が琥珀を貫き、彼は吐き捨てた。
「こんなもの、私が想像しうるだけのことしかできない。こんなものは進化ではない。ただの停滞だ。
そういう意味では、してやられたねと藍染は嘆息する。
「だが」
その上で、彼は酷薄に嗤った。
「―――崩玉を手に入れれば、最早この
それこそが藍染の望み。
支配を打ち砕き、境界を崩壊させるもの。
「崩玉には意思が眠っている。それを起し、私と融合すれば今の私には見えない世界が訪れる。この唾棄すべき世界を崩す力を手にし、支配から抜け出し―――私は、天に立つのだ」
ぎりっ、と藍染の手に力が籠る。
「君には楽しませてもらったよ、四楓院宵丸。かつて私の手から逃れ、今この時私の想定を超えた者よ。感謝しよう。君という存在は、私をより高みへと駆け上がらせる。――――さらばだ」
そのまま握る手に力を込める。
ごきりと、首が折れる音。
宵丸の体から力が抜け、手から離れて崩れ落ちた。
縦に両断された元柳斎、横に両断された砕蜂、そして首折られた宵丸。
それをつまらないといわんばかりに周囲を見回し、
「―――――そして、夢は現実となる」
●
「そう、これがお前の現実だ」
現実に帰還すると共に―――――藍染は殴り飛ばされた。
「!?」
驚愕と痛み。
顔面に突き刺さる膨大な霊圧と衝撃に双極の丘を十数メートル吹っ飛んだ。
意味が解らない。
地面を転がり、殴られた頬を押さえ、それを見た。
「――――――なんだ、それは」
そこにいたのは四楓院宵丸だった。
正確に言えば四楓院宵丸の姿を取ったエネルギー体のような何かだった。
虚の仮面と刑戦装束はそのままだが肉体が実体を失い、指先から髪までが黄色い力で構成されている。普段結われていた後ろ髪は紐が切れて肩へと流れ落ち、周囲にはスパークがはじけている。環刃は手から離れ、背中に翼のように自立浮遊していた。
「――――輪道・雷吼炮哮」
その名を告げる。
「っ……なんだ、それは! 瞬閧ではないのか……!?」
「違う」
バチリと、スパークが弾けた。
「瞬閧は自身の白打に鬼道を乗せて、自分の身体を射出機として放出する技だ。鬼道と白打の高等合成技法で、隠密機動の長に大体伝わるものだけど割合的に言えば鬼道4、白打6くらいの割合で構成されている。こいつは、その逆……というか鬼道8、白打2で構成したもんだ」
瞬閧に対する輪道。
隠密機動秘伝の技ではなく、四楓院宵丸が編み出した固有技法。
鬼道を極めた彼だけが辿り着いたそれは、
「―――――
発動、放出する直前状態の鬼道を体に取り込んで、その取り込んだ鬼道の性質に肉体を変質させていた。通常の霊子で構成された肉体ではなく鬼道というより攻撃的、指向性を持ったエネルギー体に変貌することで戦闘能力を飛躍的に高める。さらに卍解の詠唱宣告破棄の性質を応用させることで、不安定なエネルギーを安定維持させることでこの『輪道』は成り立っていた。
今現在宵丸のことを構成するのは破道の六十三・雷吼炮。
それにより今の宵丸は人の形をした稲妻となっていた。
「そんなことが、可能というのか……!」
「現実を見ろよ、藍染。可能だったからお前は今地を這っているんだ」
言って、宵丸は苦笑する。
「いや、それも違うか。本来だったらお前の卍解で俺もやられていた。誰のおかげかって言うなら」
「―――――――ギン……!」
●
「すみません、藍染隊長」
双極から離れた森の中、東仙要の鎖結と魄睡を貫いたギンは笑みと共に呟いた。
「宵さんに負けた理由が虚化と瞬閧は嘘ですわぁ。……まぁ、悪いと思わんでくださいよ、僕だってアレが何なんか解らんかったし。しょうがないでしょ」
ギンの卍解神殺槍による毒を放った瞬間、宵丸が炎になった。そういう風にしか見えなかった。肉体が炎になって、その炎に毒が焼却されたのだ。まるっきり、意味が解らない。
なので、とりあえず適当なことを言っておいた。
そして今、ギンも知らない藍染の卍解が使用され、数分棒立ちになったと思ったら藍染の霊圧が大きく削がれ、宵丸が殴り飛ばしていた。
「頼むで、宵さん。ここで負けたら結婚式だって挙げられんよ?」
●
「裏切るつもりなのは解っていたが……まさか、そんな嘘を……!」
「あいつはよく言ってたぜ、自分は嘘つきだって。怖いよなぁ、いつだって怖いのは目に見えない裏切りなんだろ?」
かつて藍染が平子真二に告げた通りに。
市丸ギンの何気ない些細な嘘が今、藍染に地を這わせる猛毒となっていた。
藍染にとって、今この段階でギンが裏切るとは思っていなかった。彼は藍染の鏡花水月について最も知り、その対処方法も知っているのだから。確実にギンが藍染を殺せると確信するような瞬間でなければ動かないと。
藍染の霊圧は通常よりも大きく削られていた。その状態でも並みの死神よりは多いが、それでも通常時からすれば見る影もない。
「これで終わりだ、藍染惣右介」
宵丸が仮面の口元に手を当て、光を生む。
虚閃が球状に留まり、放出させない。右手の中に収めたままに掌を下に向けて真横に付きだした。
「重奏――――」
「――――共鳴」
パシッと、瞬歩で出現した砕蜂が同じく球状の虚閃を宵丸の虚閃に重ねる。
宵丸は砕蜂が現れることを疑っていなかった。
それが当然であるかのように動き、そして砕蜂も応える。
下から合わさる砕蜂の手と上から覆う宵丸の手の中で二つの虚閃がぶつかり合い―――まじりあって、一つの光となった。
「虚閃の融合……! ……先ほどの痴態はその為の前準備か!?」
「阿呆! あれはただダーリン成分を摂取したかっただけだ!」
五指を絡めるように手を繋ぎ、虚閃を握り潰した。
二人の腕を閃光が駆け巡る。
自身をエネルギーの塊とした宵丸の右手に全ての光が収束し、自身のエネルギーを加速として用いる砕蜂の左手に全ての光が収束する。
漏れ出した余剰の霊圧が逆側に逃げ、それぞれの左と右に放出されることで片翼を背負うかのように。
どちらかだけでは飛べない比翼の鳥。
この100年、そういう風に寄り添って生きてきた。
けれど、二人合わさればどこまでだって征けると信じている。
繋いだ手を共に振りかぶり、
「決めるぜハニー」
「応ともダーリン」
比翼を羽搏かせ、飛翔するかのように飛び出した。
エネルギー体となった宵丸と繋いだ手から直接雀蜂雷公鞭に取り込み推進力とし、噴出した霊子を宵丸が背にする七曜輪廻が回転と共に回収。輪道維持の霊圧として再利用することでさらなるエネルギーを生み出していく。
霊圧が互いを巡り、相乗効果で一瞬のうちにエネルギーが加速度的に上昇していく。
その威力は天地灰尽にさえも劣らない程。
「――――まだだ! まだ、私はこんなところで!」
それでもまだ藍染は刀を双翼にぶつけ、終われないと吼える。
「やかましい! 知ったことか!」
即座に砕蜂も吼える。
「お前がこれからあれやこれや計画があったとしても! 私とダーリンはこれから夜一様と一緒に暮らし、護廷十三隊の総力を挙げた超盛大な結婚式をするのだ! 勿論和式と洋式と両方でやってその後は二人と夜一様とでいちゃこらしながら平和な日々を過ごしダーリンの子を孕む!」
「はっはっは! そういうことだ藍染! 俺たちの平和の為に!」
握り合う拳が―――一際強く光り輝き、二人は同時に叫んだ。
「お前はここで終わっていけ――――!」
双翼が藍染を双極の丘ごと打ち抜く。
そして、ただ二人の未来の為に――――藍染惣右介は敗北した。
『卍解―――――鏡花水月・邯鄲夢枕』
始解が効いていない相手のみ発動可能。
自身と対象を同じ催眠空間へと誘い、その空間内では藍染は自分の想像する限りの力を自由無制限に振るうことができる。
膨大な霊圧を消費するが、解除時に催眠空間でのダメージが現実に反映される。
ただし、催眠対象の保有する能力を全て把握していない場合、現実に反映されるただ霊圧を消費するだけに終わる。
想定された夢の中でただできて当然のことをするだけの卍解。
藍染ポイントー5000兆点。
前話で藍染ホモ疑惑が出てましたが、女相手には自前の顔と話術だけで十分ですよってことです!!
宵丸の輪道は、ようはネギまの闇の魔法。
石破ラブラブ双翼拳でバトル編は終わり。
あとはもーいちゃこらさせるだけですね。
ちなみに山爺は藍染の霊圧が減った時点で卍解を解除して眺めてました。
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