【安価?】掲示板の集合知で来世をエンジョイする【何それ美味しいの?】   作:ちみっコぐらし335号@断捨離中

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 沖矢昴の正体を初登場時に見抜いていたというコナンの中の人ってすごいよね(こなみ)。




一方その頃 その四

 

 ◆

 

 

 

 

 

 その日、沖矢昴は、以前ダメ出しをされてしまったクッキーのリベンジのためにスーパーマーケットを訪れていた。

 彼は元々料理とは縁遠い生活を送っていたが、今では立派な趣味の一つ。先日コナン(ボウヤ)に振る舞った際には微妙な顔をされてしまったが、阿笠邸(お隣さん)へのお裾分けのためにも菓子作りの腕を磨いておきたいところである。

 

 砂糖や小麦粉の他、ドライフルーツ等のクッキーの材料を無事に買い終えた沖矢は、自動ドアから店外に出た。

 その時、一陣の風に煽られ、足下にヒラリと紙片が降りてきた。

 

「おや」

 

 紙が飛んできた方角を見やると、店の駐輪場に停め置かれた三輪バイク。傍らにはスーパーのレジ袋をぶら下げた青いジャージ姿の利用客がいた。

 駐輪場には複数の自転車が停められていたが、周囲に他の利用客の姿はない。

 

 念のため、沖矢は折り目の残る紙の裏表を確かめた。

 名前などは書かれておらず、両面に謎めいた柄が描かれている。暗号かそれに類する何かだろうと、沖矢は瞬時に見抜いた。

 その一部にはペンのインクとは別の塗料が塗られていたが、土埃などの汚れは皆無だった。紙も乾燥している。となれば、風に乗り遠方から遙々飛ばされてきた可能性は排除していいだろう――――恐らくあの人物がこの紙片の落とし主だ。

 そう確信し、沖矢は声を掛けた。

 

「失礼、こちらを落としませんでしたか?」

「はい?」

 

 振り返ったその人物の顔を見て、沖矢は「おや」と思った。思わぬ遭遇だ。

 彼自身が会ったことはない。完全に初対面だが――――その人物の顔は知っていた。

 

 件の人物――――有戸(アルト)理亜(リア)という名の()()は、コナン(ボウヤ)と、ついでに公安の一部を引っ掻き回している謎の異邦人(ストレンジャー)だった。

 

 

 

 

 

「暗号……ですか?」

「ええ、恐らくは」

 

 買い出しを終え、ちょうど帰るところだったのであろう。

 シート下の収納(メットインスペース)からヘルメットを取り出そうとしていた有戸(アルト)に沖矢は話し掛けたが、()()には覚えのない物だったらしく拾った紙を見せても首を傾げていた。

 

 暗号(これ)は彼女の持ち物ではなかったのだろうか。

 一瞬そう思いかけるも、隙間からわずかに見えた違和感を沖矢は見逃さなかった。

 

「少々バイクを見せてもらっても?」

「え、あ、はい。別に大丈夫ですけど……?」

 

 持ち主の許可を得て覗き込んだ座席の裏。

 そこには四角く縁取りするような形で同色の塗料を上塗りした跡があり、先ほど拾った紙を折り目通りに畳むと塗料の位置がピタリと一致した。

 

 どうやら暗号の紙はここから剥がれてきたようだ。

 

「このバイクはいつ頃購入したものですか?」

「実はついさっき買ったばかりのバイクで……」

「中古で?」

「ええ、前の持ち主が買ってすぐ…………それこそ数時間かそこらで売りに来たとかで、バイク自体は新車同然の状態らしいんですが」

「買った店に売りに来た、ですか?」

「ええ、メーターもほぼそのままでした」

 

 店員もおかしいと思ったみたいですが、と有戸は続ける。彼女自身も不思議に思っていることはその表情からも容易に読み取れた。

 確かに、購入したばかりのバイクを売りに出すなど、通常であれば考えられない行為だ。

 

 ――――では一体、前の持ち主の目的は何だ?

 

 まず金銭目的の売却は有り得ない。

 買った店に持ち込んだところで記憶も記録も残っていては、買った金額以上の物は得られない。

 そもそもプレミアが付くような車種ではないため、他の店に持ち込んでも得られる額は高が知れている。転売しようが赤字には変わりなかろう。

 

 購入後に気が変わった、あるいは何らかの理由で買う必要がなくなった――――可能性はゼロではないが、仕掛けられていた暗号を考慮すれば別の可能性が見えてくる。

 

 恐らく、このバイクを最初に購入した人間の目的はバイクの売却そのもの。

 暗号を隠した新車同然のバイクを売ることで、次に購入した人間に暗号を渡そうとしたのだろう。

 その行為の理由までは、謎を全て解いてみなければわからないが――――。

 

「では前のバイクの持ち主がこの……暗号? を仕込んだということですか? バイク店の人間ではなく?」

「確かに店員も暗号を仕掛けることは可能ですが、それよりも不自然な行動をした前の所有者に目を向けるべきでしょう」

 

 なるほどと相槌を打つ有戸に対し、沖矢は暗号が書かれた紙の一部を指差した。

 

「見てください。接着剤を使わず上に塗った塗料だけで貼り付けています。この暗号は紙が剥がれて発見されることが前提の物」

「つまり前の持ち主からその暗号を解いてほしいというメッセージ…………?」

「恐らくは」

 

 ジッと紙を見つめ、唸りながら時折首を横に振る有戸。暗号が解けたようには見えない。

 この暗号自体はさほど難しいものではないのだが…………わからないのは演技か素か。

 

 ――――見極めるにはいい機会か。

 

 彼は『沖矢昴』としての仮面を被り直し、有戸にこう提案した。

 

「よろしければその謎解き、手伝いましょうか?」

 

 

 

 

 

 有戸理亜は端的に言って、米花町にやってくる以前の痕跡のない謎の人物である。

 その名前すら偽名の可能性があるが――――

 

「いやあ、助かりました。自分一人ではどうにもピンとこなくて参ってたので」

「いえいえ、大したことではありませんよ。それよりよくヘルメットを二つ持っていましたね」

「あー、その、何というか…………知り合いから『二つ持っておけ』と言われたので買ったというか」

「ホォー…………」

 

 沖矢は有戸の運転するチョコミント色(ペールシアンパール)にペイントされたトリシティ125の後ろに乗り、街中を移動していた。

 

 沖矢が謎解きの手伝いを申し出た後にまず行ったのは、互いの自己紹介であった。

 自身は仮初めの身分を名乗りつつ、自己紹介で有戸の名前を知った体を装うと、沖矢は暗号の指し示す場所を解き明かした。

 

 この暗号で注目すべきは塗料(ペンキ)の跡ではなく、紙片の四隅周辺だ。小さくだが、何ヶ所かが不自然に切り取られている。

 その切り口に合わせて紙を折ると、表と裏に書かれたそれぞれの柄と合わさって病院の地図記号が現れた。ご丁寧に『川』と書かれた提無津川(ていむずがわ)まで暗号には配置されている。

 二つの位置関係からして、この病院は『杯戸(はいど)中央病院』のことだろう。

 

 沖矢がそのことを伝えると、有戸は二つ目のヘルメットを沖矢に手渡した。目的地まで二人乗り(二ケツ)で行こうということらしい。

 買ったばかりのバイクで二人乗りをしても大丈夫なのかと心配したが、免許証は以前に取得していたものなので法的には大丈夫だという。沖矢は『その免許は合法なのか』という疑問を飲み込んだ。藪蛇は避けるべきだ。

 

 有戸の運転技術はアンバランスと言う他なかった。

 『運転中は話し掛けないでほしい』と沖矢に頼むところや、所々の所作に初心者感が滲み出ている。にも関わらず運転の最中に見せる技能(スキル)は沖矢が舌を巻くほどだった。これを歪と言わずなんと言うのか。

 運転技術が高くなれば、概ね比例するようにその運転態度は慣熟した(落ち着きのある)ものになる。これならば、プロのライダーが初心者の振りをしているのだと言われた方が納得できる。

 

 赤信号での停車中に何度か会話を重ねてきたが、この有戸という人間自体もどこか歪だ。

 本人の服装や言葉遣い、立ち振る舞いからして自分を男だと思わせたがっているのは明らかである。しかし、仲間が調べたところによると戸籍上の性別は女。性別を隠すつもりがあるのだろうか。

 

 そもそも、その戸籍も偽造感丸出しの物である――――技術面ではなく、違和感という意味において。

 例え架空の人間だとしても、その人間が生活していた痕跡も同時に用意しなければ嘘はすぐにバレる。もしこの杜撰な仕事が組織の物だとすれば、とっくに奴らを壊滅させられているだろう。

 

 コナンとの初対面時に『アーサー』と口にしたらしいが…………これは組織のコードネームではなかろう。

 確かに『アーサー』というラム酒ベースのカクテルは存在するが、このタイミングでわざわざ名乗る意味はなく、脅迫目的でもない。非常に紛らわしいが、奴らとは無関係だ。

 

 戸籍の件といい教育といい、有戸という人間を米花町に送り込んだ者は、よほど人の心がわからない奴に違いない。

 そう沖矢は結論づけた。

 

「ここが杯戸中央病院ですか」

 

 どこを探そうか、と悩む有戸に沖矢は内心息を吐く。今までの行動が全て演技だとすれば大したものだが、これは明らかに素の反応である。彼女は本気で悩んでいる。

 

「バイクに暗号を隠したのですから、向こうはバイクでの移動を想定しているはずです。バイクで病院に来た人間がまず訪れるところと言えば――――」

「あっ!? バイク用の駐輪場!!」

「正解」

 

 敷地内の端にある駐輪場にバイクを停め、エンジンを切った有戸はすぐに暗号を探して周りを見回す。

 

 病院の敷地面積は広いが、恐らくそれほど凝ったところには隠していないだろう。

 仕掛けたのは数日以内、その間病院関係者に見咎められることがなく、探しに来た者であれば発見できる隠し方となると――――。

 

「やはり同じ方法か」

 

 駐輪場を覆う屋根の支柱、一部分だけ塗料の塗り方の違う箇所があった。

 沖矢が爪で引っ掻いてみるとペリッと紙が剥がれた。二つ目の暗号だ。

 

 有戸と二人で暗号を覗き込む。一つ目の暗号と同じく、これも場所を示しているはず。

 

「これ、わかりますか?」

「ええ、まあ…………」

 

 塗料で塗り隠すという突飛さに目が行くが、暗号自体は簡単な部類だ。一つ目の時にも感じていたが、この暗号の作成者は()()()()()()()()()()()()

 ゴールに何かがあるのか、はたまた暗号を解く経路そのものに意味を持たせているのか――――今はまだ定かではないが、全ての暗号を解けば自ずと明らかになるはずだ。

 

「次の行き先は――――杯戸公園ですね」

 

 暗号が見つかったとなればこれ以上病院に用はない。

 新たな目的地を目指し、二人が跨がったバイクは疾走する。

 

 有戸の運転にも慣れてきた沖矢は、彼女の挙動とはまた別の少々奇妙な点に気づく。

 バイクに乗っているにも関わらず不思議と風を受けないのだ。有戸の後ろに座っているからかとも思ったが、まるで風そのものがバイクを避けているような感覚に陥る。風圧がないせいでかなり惑わされたが、どうも体感よりかなり速度が出ているようだった。

 この現象は一体――――?

 

 不意にバイクが停車した。

 

「沖矢さん。すみませんがその、一つ寄り道してもいいですか?」

「別に構いませんが…………何か用事でも?」

「実は昨日DVDを借りようとしたんですが、その店で殺人事件が起こってしまって」

「それは災難でしたね」

 

 これは本心からの言葉だった。

 今朝報道されていた殺人事件もそうだが、調査の結果この一週間で他にも複数の事件に巻き込まれているらしい。一般人であればせいぜい一週間に一件見かけるかどうかだろうに――――こうも立て続けに事件に遭遇するとは、彼女もなかなか不運なようだ。

 

 有戸の要望に沿って、通り道にあったレンタル店に立ち寄る。沖矢が見守る中、会員登録を済ませた彼女が借りたDVDは――――

 

「『大怪獣ゴメラvs仮面ヤイバー』ですか」

「これが見たかったんですよ! あ、沖矢さんは知ってますか仮面ヤイバー?」

「知り合いの子供たちが好きな番組なので一応は」

「そうですか! いいですよねヤイバー!」

 

 「必殺! ヤイバー雷神拳!」などとヘルメットを被りながら叫ぶ有戸を見て、沖矢は思った。――――あ、この人相当子供っぽいぞ、と。

 組織がこれほど特徴的な目立つキャラ付けを許すはずがない。

 付き合えば付き合うほど疑惑は晴れるが謎は増える、有戸はそんな不思議な人間だった。

 

 寄り道も終わり、杯戸公園に到着した二人。

 ひとまず入口近くのスペースにバイクを停めたが、病院のような立派な駐輪場があるわけではない。

 

「どこを探しましょう?」

「そうですね…………」

 

 基本的な探し場所は病院の時と同じだ。

 暗号はバイクを運転できる大人を対象にしたものであり、公園を利用する子供たちに先を越されないような場所に隠さなければならない。とはいえ、好奇心旺盛な子供が立ち入らない場所は基本的に存在しないと思っていい。

 となると、重要なのは場所の位置そのものではなく、子供が気付きにくく手の届かない『高さ』。その中でも塗料(ペンキ)が塗られていても違和感のない物は限られる。

 

「街灯か公衆トイレなどの建物の上部ですね」

「街灯か、トイレ……?」

「暗号の仕掛け人が何を重視して隠し場所を選定しているか次第ですが」

「なるほど、とにかく高い場所ですね?」

 

 張り切って駆け出した有戸を見送ると、沖矢自身は近くに(そび)える街灯を一つ一つ調べ始めた。不特定多数が利用するトイレよりも、普段注視することの少ない灯りの方が隠し場所に選ばれる可能性が高いと考えたからだ。

 

 いつ発見されるとも知れぬ暗号を野外に忍ばせるとすれば、まず間違いなく雨対策を講じているだろう。塗料を厚くする、ポリ袋などに包む、耐水ペーパーなど暗号自体を耐水性の高いものにする――――どの方策にしろ先程以上に隠し場所には厚みができるはず。

 

「…………これだな」

 

 杯戸公園内にある街灯の一つ、180cmほどの高さに小さな瘤のような膨らみを発見した。

 沖矢が持っていたボールペンのペン先を叩きつけると塗料はひび割れ、中から第三の暗号が書かれた紙片が出てきた。

 

 有戸を呼び寄せ、暗号を解読するととある住所が浮かび上がった。そして『鍵を探せ』――――先の暗号と少々毛色の異なる内容に、沖矢はこの暗号(ゲーム)の終点を予感する。恐らく、次で最後になるだろう。

 

 オープンエアを感じさせない不思議なバイクの旅も終わりが近くなってきた。

 沖矢がスマホの地図アプリを用いて道案内をしていると、有戸の楽しげな鼻歌が聞こえてきた。

 

「ご機嫌ですね」

「ええ、何だか宝探しみたいで楽しくて――――あっ、すみません。沖矢さんに解読させておいて自分だけこんな……」

「いえ、構いませんよ。それに、本当に暗号(これ)が宝の地図ならゴール地点に宝があるかもしれませんよ?」

「お宝かぁ…………そうだったらいいなぁ…………」

 

 カフェのある交差点を曲がり、少々バイクを走らせる。

 地図の表示に従って細い私道に進入すると、視界の端に一瞬チカッとした光が瞬いた。

 

「今のは――――」

「あっ、もうすぐ行き止まりみたいですよ!」

 

 有戸の言葉に沖矢が正面を向くと、雑木林の陰にひっそりと佇むガレージがあった。ここが暗号に書かれていた住所(ゴール)だ。

 立派なガレージだが、そのシャッターはわずかに開いているように見えた。

 

 ――――既に鍵が開いている?

 

「ええっと、ここで暗号に書いてあった鍵を探せばいいんですよね?」

「いや、その必要はなさそうだ――――」

 

 沖矢は床との隙間に手を差し込み、手の甲側でシャッターを押し上げる。

 

 ぶわりと立ち込めるオイル臭さの向こうにあったのは様々なバイク、そして――――撲殺された老人の死体だった。

 

「なッ――――!?」

「どうやらこの暗号…………」

 

 単なる宝探しには収まらなかったらしい。

 

 






 ということで殺人事件は後編に続きます。

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