【安価?】掲示板の集合知で来世をエンジョイする【何それ美味しいの?】   作:ちみっコぐらし335号@断捨離中

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 前話のあか……沖矢さんの認識に皆さん総ツッコミでしたけど、別に殺人事件だけが事件じゃないし、当事者だけでなく目撃とかも含んだ奴ですよ……?(小声)
 あと二十数年分が一年足らずに凝縮された時空なんで、二十数年間毎週事件に遭遇するとかいう地獄絵図ではさすがにないです。念のため。




一方その頃 その五

 

 

「亡くなっていたのは安原達吉さん、無職、79歳。趣味はバイク収集。現場となったガレージも被害者が所有していたもの。死亡推定時刻は十二時頃で、死因は頭蓋骨陥没による脳挫傷。遺体と現場の状況から見て、被害者はガレージ内の作業台での作業中に後ろから頭部を殴打されたと思われる。第一発見者は沖矢昴さんとアルトさん。アルトさんのバイクに仕掛けられていた暗号を解いていくと現場のガレージにたどり着き、鍵が開いていることを不審に思った沖矢さんがシャッターを開けたところ遺体を発見した――――――ここまではよろしいですかな?」

「ええ……」

 

 聴取と検視結果をまとめて読み上げたのは、沖矢の通報から十分ほどで現着した目暮警部である。

 この場には警察関係者、及び遺体の第一発見者である有戸と沖矢――――だけではなく、被害者の孫である三人の男性も立ち会っていた。

 長男・安原達哉、次男・安原達幸、三男・安原達郎の三人兄弟。彼らは揃ってガレージに現れたが、警察の連絡を受けてからやってきたわけではなかった。

 彼ら三人は近くのカフェで過ごしていたが、物々しい様子のパトカーに『まさか』と思い、祖父のガレージの様子を見に来たところ、祖父の亡骸と対面した――――というわけだ。

 

「警部、裏が取れました! バイク販売店とスーパー、供述通りの時刻に第一発見者らの目撃証言、及び監視カメラ映像で確認できました!」

「供述通りというと……アルトさんが十二時過ぎまでバイクの購入手続き、その後米花町のスーパーマーケットに移動し十三時頃まで買い物をしていたと。同時刻、同じ店で沖矢さんも買い物をしていた――――失礼ですが、沖矢さんはスーパーまで徒歩で移動を?」

「はい。あの店の駐車場は昼頃に混雑するので、気分転換の散歩がてらに」

「ふむ…………となると例え自宅から車を使ったとしても犯行現場との行き来は困難か……」

 

 そもそも、被害者との面識もなければ犯行動機もない。『上』からの命令でない限り、殺害することはありえないのだが。それでも一つ一つの可能性を排除するためにも、第一発見者となった沖矢らの事情聴取は必要なものだ。

 ともあれ、二人揃ってアリバイが証明されたので、これ以上の余計な詮索は受けないだろう。

 

 さて、第一発見者が容疑者から外れると、この事件の容疑者は誰なのかという問題になる。

 被害者の翁・達吉はそれなりの資産家であり、バイクを保管する巨大なガレージも複数所有していた。このことは近所の住民たちにも知られていたようだ。故に近隣住民いずれかの嫉妬(やっかみ)が犯行動機という線もなくはないのだろうが………。

 

 ――――怪しいのはあの三人だな。

 

 沖矢は視線で兄弟らを射抜いた――――警察が連絡する間もなく、バイクで現場に現れた成人男性三人を。

 例え血縁者であろうと、時に人は人を殺める。むしろ、身内であるからこそ悍ましいほどの憎悪を生む場合もあるのだ。

 

 日本の警察も、今回の事件が身内による犯行である可能性を視野に入れているのだろう。兄弟三人の事情聴取を始めていた。

 

 警察の聞き取りによると、兄弟がカフェテリアで落ち合ったのが十三時頃、そしてパトカーを見かけ、店を出たのが十四時二十分頃。店で合流するまでは、それぞれ近くにある自宅で過ごしていたと言う。

 

 昼食を摂っていたというカフェは徒歩で十分ほどの距離にあるが、彼らが乗っていたバイクなら五分とかからない。細い私道を車で行き来するのは厄介だが、バイクであれば難なくこなせる。つまり、兄弟全員にアリバイがなく、容疑者足り得るということ。

 

 残念ながら、聞き取り中に犯人がうっかり尻尾を出すことはなかったが。

 

 ガレージ内部は広く、かなりの空間がある。だが、ガレージの中のみならず外にまで警察の人員が配置されており、車庫前の私道は塞がれていた。

 凶器となった血の付いた工具は既に発見されているが、犯人に繋がる証拠は未だ見つかっていないらしい。懸命な捜査が続いている。

 

 幸いにも近隣の民家は少なく、ガレージは私道の行き止まりにあるため、通行止めになっても困る人間はいない。もっとも、殺人事件が発生してしまえば周辺住民への影響は少なからずあるだろうが。

 

 そういえば有戸はどうしているだろうか、と沖矢がその姿を探すと、彼女は捜査の邪魔にならない道の隅の方でしょんぼりしていた。ヘルメットを脱いだ時に被った帽子のせいで顔に影ができてはいるが、それを差し引いても顔色が悪い。

 死体を見つけてしまったことに加え、ここまで運転してきたトリシティ125が捜査のために使えなくなってしまったからだろう――――と沖矢は予想を立てた。

 警察側に言えばパトカーか何かで家まで送ってもらえるだろうが、相当に参っている様子だ。もしかしたら帰ろうとする気力すら尽きているのかもしれない。

 沖矢が謎を解く度に見せていた楽しげな笑みと比べると、憐憫を抱かざるを得ないほどの落ち込みっぷりだった。

 

「大丈夫ですか?」

「あ…………はい。大丈夫、大丈夫です……自分はダイジョウブ…………」

 

 ――――いや、絶対に大丈夫ではない。

 

 有戸は今日出会ったばかりの、かつ、例の組織と無関係とはいえ何やらきな臭い人間である。

 だが、暗号を解読してここまで連れてきたのは沖矢だ。さすがにこの状態で放置するのは気が引けた。

 

「怖いですか?」

「怖い…………そう、ですね。人間の死体は何度も見てきましたが、どうやっても慣れないです」

 

 動物の死骸なら慣れてますし、自然の摂理として受け止められるのですが――――などという有戸の若干ズレた発言を沖矢は聞かなかったことにした。

 

 その後も警察側の会話に聞き耳を立てながらカウンセリングの真似事を続けていると、有戸の顔色が若干戻ってきた。気持ちもだいぶ落ち着いたように見える。

 

「例のバイクの前所有者は安原達吉さんでした! 被害者宅から暗号と似た模様の書かれた紙が見つかっています!」

「やはりそうだったか……」

 

 聞こえてくる警官同士のやり取りは、以前沖矢が推理した通りのもの。

 となると被害者が暗号を仕掛けた意図に、殺害に至った何らかの原因があるのでは――――?

 

 沖矢が推理をする隣で、有戸が独り言を呟いていた。

 

「やっぱ…………に相談……でも変なこと言ってくるし…………うーん」

 

 時折首を横に振りながら唸る有戸。もしこれが『上司』への連絡を勘案しているのであれば、ますます『らしく』ない。大部分が隣の人間に聞こえてしまう呟きなど、どのような組織の構成員であれ論外だ。

 

 何度目かの首振りの際に落ちた帽子を拾い上げ、ついでにサッと確認した上で有戸に手渡した。指示を伝えるための小型スピーカーなどが付いていないか確かめたが、何の変哲もない黒キャップだった。

 

「一人じゃわからないし………………でもなぁ」

「どうかされましたか?」

「――ひゃっ!? あ、沖矢さん。その、何か犯行の証拠があればと思って考えていたんですが、全然わからなくて」

「それは仕方ないですよ。探偵でなければこの短時間に犯人を見つけるなんて――――」

 

 『無理だ』と言いかけて、沖矢ははたと止まる。――――『犯行の証拠があれば』と言ったか? 犯人ではなく?

 

「有戸さん、証拠を探しているんですか? 犯人ではなく?」

「はい、だって犯人はもうとっくにわかってて――――――あっ」

 

 有戸は慌てて両手で口を押さえたがもう遅い。

 これまで多数の事件に携わってきた沖矢すらまだ推理の途中なのに、事件と縁遠い生活を送ってきたと思われる彼女が――――?

 沖矢は有戸にずいっと迫った。

 

「どういうことですか?」

「い、いやっ、その……何というか何でもないというか!」

 

 有戸は必死に誤魔化そうとしていたが、沖矢の粘り強い追及を受け、やがて根をあげた。

 

「『何となく犯人がわかる』ですか?」

「ハイ…………」

 

 沖矢は有戸から聞き出した内容を舌の上で転がした。はっきり言って信じがたい。

 有戸と同じ発言をした人間がいなかったわけではない。幾多の事件を解決してきた警察官や探偵がすぐに真相を暴くことはあるが、それは鋭い洞察力と経験則に基づくもの。『何となく』と言っても、その閃きの源泉は脳内に蓄積されたデータベースに他ならない。

 一方の有戸はコナン抜きの少年探偵団(こどもたち)でも解けそうな暗号をまるで理解していなかった。洞察力も経験もない。自己紹介時に述べた『東都大学大学院工学部博士課程の大学院生』という『沖矢昴』の肩書きにやたらと熱く尊敬の眼差しを送っていたことから、『自分の持つ知識を駆使して』というわけでもなさそうだ。

 

 しかし、この一週間の内に何度も犯人を当ててきたと聞き、沖矢の表情が変わる。

 一度なら偶然もあり得るが――――余程の直感の持ち主なのか。

 ――――試してみる価値はありそうだ。

 

「ならば、この殺人事件の犯人は?」

「え、ええ…………今回ピンときたのは――――」

 

 

 

 

 

「――――何ィ!? 犯人がわかっただと!? 本当かね?」

 

 驚愕する目暮警部に沖矢は頷きを以て返す。

 

 有戸から『犯人』の名を聞いた沖矢は、警察側の捜査結果を盗み聞きするだけでなく、自らも容疑者の兄弟から事件前後の詳細な情報を引き出した。

 そして確証を得ると捜査に加わっていた千葉刑事にあることを伝えた――――犯人を追い詰める物証のために。

 

「事件の真相はこうです――――」

 

 まず犯人は一人で被害者のいるガレージを訪れた。そして会話中に激昂し、ガレージ内に転がっていた工具で被害者を撲殺。凶器をその場に捨て、逃げ去った。

 その後、『相談がある』と言って近所のカフェに兄弟たちを呼び出し、ある程度時間を潰した後にガレージを訪問、遺体を発見するつもりだった。パニックを装って現場を荒らすために。

 しかし、ここで誤算が生じた。被害者の作った暗号によって、部外者が先に遺体を発見、通報してしまった。

 だから慌てて兄弟と一緒に駆けつけた。

 そう、犯人は――――

 

「そうですよね――――安原達幸さん?」

 

 三兄弟の次男・達幸だ。

 

「なっ!? まさかお前!?」

「ち、違う!! 俺じゃねえ!! そうだ、凶器から指紋ってのも出てないんだろ!? 証拠は何だ!?」

「ありますよ、証拠なら」

 

 彼はバイクに乗って被害者のガレージにやってきた。そして、彼はグローブをはめたまま凶行に及んだ。

 当然被害者の血がグローブにも付着しただろうが――――。

 

「目暮警部! 彼の言う通りに捜索したところ一部が焦げたグローブを発見しました!」

「なッ――――――!?」

「そ、それは達幸が前に使ってた奴だ!」

 

 これで証拠は全て揃った。

 

 犯人がカフェで時間を潰そうとしたのは証拠が燃え尽きるのを待つため。現場の近くにいたのは煙を確認したかったからだろう。

 犯人の更なる誤算は続く。太陽の位置の変化でレンズを用いたグローブへの着火がうまくいかなかったこと。途中で服に血痕が付着していることに気づき、戻って着替えたためにアリバイ工作に失敗したこと。

 

 つまり――――これにて幕引き(case closed)だ。

 

 

 

 

 

 無事に犯人は逮捕された。犯行動機は『コレクションのバイクを他のバイク好きの奴に譲り渡すと聞いたから』という何とも身勝手なものだった。

 これは、というマニアックなバイクに暗号を仕掛けていくつもりだったらしく、有戸は被害者の思うマニアックなバイクに引っかかり、翁の試験を受けた――――といったところだろうか。

 

「本当にすごかったです。今日はすごく久々に楽しかったし…………」

 

 昔友達と遊んだみたいだったなぁ、と遠い目をする有戸。

 

「今そのご友人はいないんですか?」

「その……………………はい」

 

 彼女はすぐさまシュンとした表情になった。出会った当初はまだ堅い顔も見せていたが、いつの間にかかなり心を開いてくれていたらしい。

 

 ならば、と沖矢は己のスマートフォンを取り出す。無論、これからする提案に打算が含まれていることは否定しないが…………。

 

「良ければですが――――」

 

 ――――願わくば、末永い友誼を。

 

 






有戸「えっ、友達に!? ならニックネームとかで呼んでも!?」
沖矢「ええ、構いませんよ」
有戸「えーっと…………なら沖矢だから『おっきー』で! あ、おっきーの方は何かある? 呼びたいニックネームとか」
沖矢「さすがに……自分で考えるのは少し気恥ずかしいような…………今までに何か渾名はなかったんですか?」
有戸「え、渾名? うーん、名前以外だと……番号…………? いや、何もなかったかな」
沖矢「」





 早まったかな……と自分の選択をちょっぴり後悔している赤い人なんていません。いないったらいない。

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