【安価?】掲示板の集合知で来世をエンジョイする【何それ美味しいの?】   作:ちみっコぐらし335号@断捨離中

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一方その頃 十一

 ◆

 

 

 

 東都水族館のサーバー室でクラッキング用ウイルスを仕掛け終わったベルモットは、素早く移動していた。

 合図を出すタイミングを測るためにも、目標物を一望できる位置を確保しておきたい。電話やパソコンを使用していても違和感を持たれにくい、レストランやカフェの窓際の席を押さえておきたいが――――――今回舞台となる観覧車は二輪式。さて、どちら側を公安は選ぶのか。

 

 そしてベルモットは件の彼女を見かけた。早足で歩き、鋭い眼差しで周囲の景色を下調べをするがごとく観察している。

 水族館の方角に向かっているようだが、何故このタイミングでこの場所に。二度までは偶然でも、三度も続いたとなるとまさか一般人ではなく、どこかの機関のエージェントだったのか。

 時間がなく簡易的なものとはいえベルモットの調査を欺けるほどの相手なのか。だとすれば背後にいるのは一体何者だ?

 

 いいや、まだ判断を下すには早い。もとより彼女についての情報は集め切れてはいない。

 足りないのならその分、本人から直接情報を抜いてやればいい――――。

 

 そうと決まれば。少なくとも戸籍上は『有戸理亜』という名を持つ人間の移動ルートを即座に算出、不自然に見えないように先回りして待つ。

 

「――――失礼、少しいいかしら?」

「うん? 自分に何か用ですか?」

「ええ、少し気になることがあって。この後一緒にお茶でもいかが?」

「……………………お誘いは嬉しいですが、大切な用事が控えているので」

「そんなつれないことを仰らずに」

「暇じゃないんですよ」

 

 なかなか首を縦に振らない有戸。

 

「逆ナンでしたらもう少しこちらの気持ちを酌んでもらいたいものですね」

「強引な女はお嫌い?」

「基本的には、まあ」

 

 不満の色を隠そうともしない。

 

「これでも私、海外で女優もしているのよ」

「海外の女優さん、ですか? ベル――――いや、すみません。何分この界隈には疎いものでお名前をお聞きしても?」

「――――――――」

 

 今、コイツは何を言いかけた。しかし、ベルモットの表情は揺らがない。ここで抱いた疑惑を外に出すのは三流だ。

 表層は美しい女の顔を絶やすことなくベルモットは微笑みかける。

 

「私のお誘いを受けてくれるなら、答えてもいいわ」

「いや、ですから自分は忙し――――」

 

 それでもなお断ろうとする彼女に、ベルモットはカバンの中からある物を取り出す。基本的にはバーボンの時と同じ『交渉』だ。違うとすれば、相手はいつでも逃げられることか。

 故に布に隠れたワルサーPPKの銃口を、まずは本人に。そしてゆっくりと周囲の客にも向けていく。

 有戸が逃げればどうなるかを思い知らせるために。

 

「ゆっくり話をした方がお互いのためになると思うのだけど」

 

 有戸はしばらくの間、無言だった。やがて、ゆるゆると首肯した。

 

「…………少しの間なら」

 

「なら決まりね、早速行きましょうか」

「行くってどこへ?」

「目星を付けていたレストランがあるのよ」

 

 そう言って、ベルモットは観覧車の方を見つめた。

 北側のゴンドラから徐々に客の姿が減っている。

 

 キュラソーが発作を起こした時の状況を再現するしか公安に手はない。恐らくは北側の観覧車(ノースホイール)を丸々貸し切るつもりだろう。

 ならば目指すは、観覧車を一望(かんし)できる北側エリアのレストラン。

 

 幸いにも有戸はベルモットの後ろに大人しくついてきた。

 到着したレストランの席にも余裕があり、上階窓際の席を確保できた。

 自身は紅茶を注文。メニューを有戸に差し出した。

 

「誘ったのだからここは奢るわ」

「…………そうですか、なら――――」

 

 高価な商品をいくつも注文したのは、せめてもの意趣返しのつもりだろうか。

 金銭的には痛くも痒くもない。可愛らしい仕返しに思わず笑みが零れる。

 

 注文の品は次々に届いた。

 ベルモットには紅茶が一つ。

 有戸にはクリームソーダとケーキが複数。意外とお子さま舌なのか。

 

「それで今晩はどうして水族館に来たのかしら?」

 

 挨拶代わりのジャブ。

 ケーキをつついていた有戸は顔を上げた。

 

「ご自分で約束した通り、まずは名を名乗るべきでは?」

 

「あら、ごめんなさい。私はクリスよ。ヴィンヤードと言えば日本でもそれなりに有名だと思っていたけど…………」

「残念ながら初耳ですね」

 

 白々しい。これも知らない振りか。あるいは表の顔には興味がないのか。

 

「自分は有戸と言います」

「珍しいお名前ね。それは本名かしら?」

「…………ええ、不本意ながら。自分で名付けられればどんなによかったか」

 

 ムスッとした表情。演技には見えない、恐らく本心だろう。本名か、そうでなければ勝手に付けられた名前か。

 演技だとすれば大したものだが、ハリウッド映画界の大物たるオスカー女優を欺けるほどの演技力を持つようには見えない。

 キュラソーと行った格闘戦といい、組織の人間に当てはめれば恐らく実働部隊の人間で腹芸は得意なタイプではない。

 情報を抜き取るのは容易かろう。

 

 館内に放送が流れる。ノースホイールが使えなくなるという主旨のものだが、そちらの人払いが終わったということか。

 バッグの中からノートパソコンとスコープを取り出し、ジンに連絡を入れた。

 キュラソーが公安と共にゴンドラに乗り込んでいることが確認できた。つまり、

 

「…………目標をゴンドラに確認。同乗者は公安が一名。頂上に到達するのは約十分ってところかしら」

 

 ジンからの返答を受けてベルモットは一度通信を切った。

 

「ご自分から誘っておいてこんなところで仕事ですか?」

 

 おかわりを頬張る有戸。先程の注文とはまた別のケーキがテーブルの上には置かれていた。

 

「ええ、どうしても外せない用事があって。でもそれはあなたも同じじゃなくって?」

「同じ……ですか?」

「ええ。ところであなたがここに来た目的――――大切な用事って一体何なのかしら?」

「それは…………」

「ほら、言えない。なら同じことでしょう?」

 

 有戸は黙り。言い訳すらできないようでは隠し事があると喧伝しているようなものだ。

 ふと有戸はベルモットの持つスコープに目を移した。

 

「双眼鏡を使うお仕事ですか。()()()というのは変わったお仕事なんですね」

「女は秘密を着飾って美しくなるのよ。女同士、あなたもそうは思わなくって?」

「…………自分には、理解しかねます」

 

 応答は丁寧であったが、凍てつくような視線だった。今すぐにでも殴りかかってきそうなほどの殺気だが、動かないのは拳銃の脅しが効いているからだろう。周囲を人質に取っているから彼女は動けない。しかし女扱いはすべきではない。それだけは気を付けた方がいいだろう。

 

 その後も情報を得るため会話を続ける。

 端々の情報からして、初対面の相手に警戒しているただの一般人(しろうと)の可能性が高いが、ベルモットはその背後にいる何者かの存在を確信した。彼女の行動には、彼女以外の意思が介在している。

 それが何者であれ、こうして彼女をここに釘付けにできている以上、相手の思惑は阻止できたとみていいだろう。それにコナン(クールガイ)の周囲にいる人間を使うなどベルモットからすれば悪趣味極まりないが。

 

「そろそろね」

 

 キュラソーのゴンドラが頂上に来る三分後に決行する。ベルモットはその最終確認をするために、再びジンへと通信を繋げた。

 

 

 






スレ民s「もうこうなったら考え方を変えよう。よくわからないフラグを立てたのではなく、特等席で進行具合を確認できる、と」
有戸(スレ民の反応からしてこの女厄介そうだし個人的にも気にくわねぇ……)モグモグ

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