【安価?】掲示板の集合知で来世をエンジョイする【何それ美味しいの?】   作:ちみっコぐらし335号@断捨離中

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その時『彼』は

 ◆

 

 

 

 ――――そう、それは例えるなら、ずっと出来の悪い悪夢を見ているような気分だった。

 

 

 地図にも載っていないような辺鄙な場所で生まれ育った。古い因習の残る土地だ。

 厳しい修練に、抑圧、秘匿――――恐らく、あまりいい環境ではなかったのだろう。幼い頃から何とはなしにそう感じ取っていたが、外の世界を知った今は特にそう思う。

 

 何も考えず、実直にただ言われたことをこなす。それだけが良しとされて。しかし、それすらまともにできず失敗作(出来損ない)と言われ。

 己を殺すには多感がすぎ、されど逃げ出すにはその暮らしに染まり過ぎていた。

 物心ついてから二十年余り。結局、自分の意思では何も決められず。()()まで誰かの言葉で生きるのだろう。そう思っていた。

 

 けれど、日々の終わりは呆気なく、予想外の方向からやってきた。

 

 母親が死に、他のモノも失せ、そこには何もなくなった。

 行く宛もなくダラダラと生き(うごい)ていたら『神』を自称する存在に自らも突然死んだと言われ――――気付けばここまで流されてきた。

 

 平和で安全な暮らしに憧れた。自分の意思で生きられる何者かになりたかった。

 知識のない自分では決められないから、と掲示板(与えられたもの)に頼って――――でも、それは今までと同じ。前世(むかし)の焼き増しをしているだけだった。

 

 神は実在していた。だが、神の言うことなんて信じられない。

 そいつから与えられた掲示板だって、何回も信じて騙された。たどり着いたのは平和とは程遠い場所で、体も女だ。男なのに。

 死体だって、二度と見たくない。その思いは今も変わらない。でも――――

 

 

 出会った子供たちからは子供らしく遊ぶ楽しさを教えてもらった/あの場所では学ぶことのなかった感情だった。

 尊敬できる友も得た/それはかつて得ようとして失った輝きだった。

 損得抜きに子供を助けられるヒーローの姿も垣間見た/…………自分のところには終ぞ誰も来てくれなかったけれど。

 

 

 ああ、認めよう。彼らに出会えたのは、間違いなく掲示板があったからだと。

 

 この世界には物語(ストーリー)がある。故に辿るべき道筋は一つだと。掲示板の声に惑わされていた。

 

 でも、自分は今、ここで生きている。作り物なんかじゃないこの世界に。ここが自分の世界だ。

 

 原作通りに拘る掲示板の声もわからないではない。被害を抑えられるなら、そうすべきだ。話の筋から外れた物語がどうなるか――――それは誰にもわからない。

 

 しかし、本来『未来』とはわからない(そういう)ものだ。未知は怖い。でも、『どう死ぬか』ではなく『どう生きるか』を考えられるのなら――――その恐怖はきっと、無心でレールの上を歩くだけよりもずっと良いものだ。少しずつ、そう思えるようになった。

 

 運命だとか必要な犠牲だとか。そんなもの、クソくらえだ。

 ()()誰かがそんな陳腐な言葉(いいわけ)で切り捨てられるところを見るのはごめんだった。

 

 決められないのは、変わらないのは、結局自分自身を変えようとしなかったからだ。

 周囲の影響ばかりを論えて、変わる努力を放棄していたからだ。

 

 もう流されるだけではダメだ。

 それは誰かが望む未来であっても、自分が望む未来(せかい)ではない。

 

 

 

 だからもう、望まぬものを見せられ続けるのは終いだ。

 

 ここから自分の人生を始めるんだ――――!

 

 

 

 他人に誂えられた客席を飛び出し、舞台へと駆け出した。

 

 さて、クリス・ヴィンヤードと名乗った女に何と言ってきたか。助けに行かねば、といった主旨の言葉を漏らした気がする。無我夢中で詳しくは覚えていないが。

 

 とにかく時間がないのだ、と掲示板(かれら)の声は焦燥感を掻き立てていく。

 

 見上げた闇夜の中空に何かがいる。観覧車に向けて無数の弾丸を吐き出す鉄の鴉が。

 映画(じけん)の最後に軍用ヘリ(オスプレイ)が飛来して水族館で暴れるとは聞いていたが、まさかここまで表立って破壊行動に及ぶとは。

 降り注ぐ破片だけでも危険だが、もし流れ弾の一つでもあれば――――掲示板(かれら)が『原作通り』の進行をやけに強調していたのはそういうわけなのだろう。これだけの規模の戦闘で犠牲者が一人だけというのは相当な奇跡。それはわかる。わかっている。

 

 だが、その一人を許容することはできなかった。

 

 人の流れに逆らって走り続ける。

 

『おい! 今状況はどうなってる!?』

『観覧車はパンジャンドラムった?』

『ヒャッハー! 祭りに間に合ったぜぇー!』

『とにかく詰められるだけ距離を詰めろ!!』

『空中で爆発か花火、どっちかあった!?』

 

 脳内に響く雑多な声。何度やってもこの感覚は己に馴染まない。

 これにも散々振り回されてきたが…………友にラーメンを啜りながら教わった掲示板利用時の心得を思い出す。

 あれは砂場から一本の針を探すようなものだと。稀に有用な情報もあるが、基本的には裏付けの取れない落書きのようなものだと。だから、選別が大切なのだと。

 

 意識を集中。この中で重要な情報は恐らく、

 

「――――さっき花火が上がった!!」

 

 思わず叫んだ言葉は銃声直後に轟いた爆発音にかき消された。

 

 頬に突き刺さる爆風に目を瞑る。

 再び目を開いた時、悲鳴のような音を立てて観覧車の片側が脱輪していた。

 

「――――――ッ!?」

 

 ノースホイールと呼ばれていた車輪がゆっくりと転がっていく。

 

『気を付けろ! 観覧車がパンジャンするぞ!!』

『マズいマズいマズいもう時間がない! とりあえずどうする!? どう動く!?』

『工場現場の重機はまだ先か!?』

『水族館だ! 水族館側に観覧車は転がる! 全員を助け、なおかつキュラソーを救うならタイミングはそこしかない!!』

 

 ここにきて、何度か耳にしていたパンジャンドラムの意味を悟る。観覧車が破壊され、こうして転がっていくことを示していたのか――――いや、わかるかそんなの。

 思わず文句を言いたくなるのをグッと堪える。文句を言えば、それに対する反応が来る。無駄なやり取りは避けるべきだ。

 

 今、時間がないことだけは明らかなのだから。

 

『いいか! 観覧車の動きを止めるためにこれから色々なことが起こるが、お前が気にするのは一つだけでいい! 重機の動きを注視しろ!』

『クレーン車が来る前に観覧車を押し止めるのか?』

『ずっと押し止めるとか無理ゲー、つかやったらやったで目立ちすぎるべ』

『コナンたちが止めようとするけど、重機が観覧車に突っ込まないと止まらないんだよな……』

『キュラソーの怪我はどうすんの? 腹に風穴空けてたはず』

『レスキューしても怪我の処置せんと死んじゃわない?』

 

 言葉の奔流から情報を拾い集めるに、彼女が工場現場にあるクレーン車を動かし、あの観覧車を止めるのか。

 そして腹部にあるという怪我。例え誰かがその役割を代わっても、彼女の死は免れないとでもいうのか――――。

 

『そーゆー時はアヴァロン使え。あれなら傷をソッコー治せる』

『いけ! アヴァロン! 君に決めた!』

『でもそれ接着剤で聖剣の封印に使われてなかったか?』

『そういやイッチあの時割と深めにザックリ切ってたけど、もう怪我治ってない? もしやアヴァロン効果出てた?』

 

 アヴァロン。どこかで聞いた響きだが、接着剤と聖剣の封印という言葉にピンときた。

 三日前のあの時、手を切った物騒な肉切り包丁(エクスカリなんちゃら)を収納した鞘のことか?

 気づいた時には切り傷がなくなっていた。単純にこの肉体(女アーサー)の治癒力が優れているのかと思っていたが、そうではなかったのか?

 

『それで本当にキュラソーを治せるのか? 持ち主にしか効かないとか、そういうトラップあったりしない?』

『ダメならダメで病院に運べばいい。警察や組織に気付かれたら事件がループしそうで怖いけど』

『とにかくキュラソーが生きてると知られないようにしないとですねぇ』

『運ぶ時、インビジブルエアで透明人間やればいけるのでは?』

『現場に死体がなければ遠からず感づかれる。公安経由で情報が抜かれる可能性もあるんだぞ』

『ただ助けるだけじゃいかんのか?』

『助けた後のことを考えろ。原作に逆らった動きをするんだ。せめてバレないようにやれ』

 

 掲示板(かれら)の声にハッとなる。

 とにかく助けることばかりを考えていたが…………そうだ、助けてそこで終わりではない。助けた『その後』がある。

 

 彼女(キュラソー)はヤクザやマフィアよりもなお恐ろしいという『黒の組織』の人間。無計画に助けるだけでは多分ダメだ。新たな火種になる。掲示板(かれら)が言いたいのはそういうことだろう。

 掲示板も一枚岩ではない。今もわずかに諫める声が聞こえる。勝手なことをするな、原作通りに進めろ、と。

 でも多くの声が『これからのこと』も真剣に考えてくれているようで。

 

 ――――絶対に成功させてやる。

 知らず拳を握り締めていた。

 

 巨大な観覧車の周囲にいくつか人影。そのうちの一つは見知った少年のように見えた。

 坂を転がり落ちる観覧車から何か紐のようなものが伸びているが――――勢いは止まらない。

 煌々とライトが彩る水族館の建物へと膨大な質量は突き進む。

 

『燃やす? 燃やして証拠隠滅しちゃう? 死体すら燃え尽きて消えました的な』

『そうだ! 重機潰れた時に爆発するけど、その爆風を風王結界で巻き上げて温度を上げればいけるのでは?』

『ダメだそれじゃ骨の主成分であるリン酸カルシウムの融点には届かん! 骨は鉄の融点よりも温度高いんだぞ。焼け残るべき骨が残っていなければ怪しまれるだけだ』

『って推理ニキは何でそんな知識がパッと出るんですかねぇ?』

『そういや火葬後も骨は残るな』

『なるほど、鉄の塊が蒸発するほどのパワーで工場車両を消し飛ばせ、と? ふむ…………つまりエクスカリバーの出番ということですな?』

『それだ』

 

 観覧車はついに水族館に衝突した。観覧車に引っ付いて、何故か膨れ上がるサッカーボールが見えるが…………あれも少年の仕業なのか。だが、それでもなお、観覧車は建物を破壊していく。

 

 崩壊する建物が奏でる轟音に紛れて、唸るエンジン音が聞こえた――――重機だ。猛スピードで観覧車に向かってくるあれに彼女が乗っているはず――――。

 猶予はない。走る。走る。走る。

 

『いやいや、ないない。第一、エクスカリバーは広範囲攻撃なんですが?』

『つか暗闇の中にドデカい光の柱立ったら隠蔽どころじゃないと思われ』

『範囲と出力を重機一台分まで極限に絞れば……』

『そもそもイッチに真名開放できるの? 大丈夫?』

『つモルガン』

『黒い聖剣の黒い光ならまだ目立ちにくい可能性』

『ぶっつけ本番だぞ!? 出力だの何だの調整できるのか!?』

 

 できるか、ではない。やるんだ。必ず。『絶対にそうしたい』と今ならそう心から思えるから。

 

 即座に車のドアを開け放つ。

 彼女の色違いの目(オッド・アイ)が、信じられないものを見るかの如く見開かれた。その腹部を鉄骨の一部と思しきものが貫いている。

 ハンドルを握る彼女の手には白いイルカのキーホルダーが揺れていた。やはり、彼女は――――。

 

「何故…………あなたが、ここに――――」

「あなたは約束を守るものだ」

「それはどういう…………?」

 

「――――行こう、ヒーロー。自分は未来を切り開くためにここに来た」

 

 

 


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