親愛なるバールへ
ボクがニホンへ行ってから二週間が経つね。ボクが居なくて屋敷はすごく静かになっちゃったんじゃないかな?ローセンセイは元気にしてる?ラウセンセイはキミのこと虐めてない?ハーちんは忙しそう?バールはボクがいなくて寂しくないかい?ボクはバールが居なくてとっても寂しいよ。でもね、なんとか頑張って生きてます。ボクを支えてくれる・・・ううん、ちょっと違うかな。ボクと一緒に生きてくれる『トモダチ』が隣にいるから。
「お前は何も知らない。だから学校へ行き社会勉強をするように」
厳しくて怖いラウセンセイからの通告は残酷なものだった。大好きな『弟』バールと離れるのは嫌、可愛い服を選んでくれたり美味しいごはん作ってくれるハーちんと離れるのも嫌、優しくて綺麗なローセンセイと離れるのも嫌、たまに美味しいお菓子を買ってきてくれるパパと会えなくなるのも嫌。全部、全部嫌!なんて言えばブラジャーがボクの代わりにラウセンセイを説得してくれた。けど無駄だった。既にボクの留学は決まっていたからだ。
「今更取り消しなんて出来やしない、残念だがお前は大嫌いな勉強を他所の学校でするように」
意地悪な笑みを浮かべてそう言ったラウセンセイの背中へ、アッカンベーをしてやった。ボクの出港手続はバールも手伝ってくれたんだよね。「必ず連絡するからね」とバールを抱き締めれば、真面目なキミは「ご健勝とご活躍をお祈りしています」って言ってボクの背にそっと手を添えてくれた。あの時は本当に嬉しかったし、離れたくない、バールも一緒に連れていきたいって思った。けれど、我儘を言わずボクを見送ってくれたバールの努力を無駄にしたくなかったから、ボクは泣く泣く留学を決意したんだ。
「一緒の部屋でいいよ。その、あなたと・・・・・・仲良く、なりたいし」
黒髪が綺麗なオンナノコ:レイレイ。ボクは生まれて此方同い年くらいのオンナノコと仲良くなったことなんて無いってバールも知ってるよね。だって屋敷にはそんなコ一人もいなかったから。同性のローセンセイは歳が離れていたし、ブラジャーなんてアンドロイドでしかも製造歴3年だ。だから方法なんて分からない。どうするの?なんて聞けば隣のメイドっちが色々答えてくれた。一緒に買い物したり、食事したり、お風呂(後でお風呂の意味を教えて貰った。バスルームやシャワーの意味らしい。ニホンゴって面白い!)に入ったり・・・今まで生きてきた中で、どれも有り得ない事だった。
その有り得ない経緯とやら、ボクの出生についてあっさり触れておくね。
窓が高い場所にあって外すら覗けない部屋に閉じ込められてた、幼い頃の『わたし』。今いるおうちに比べたら大したことないけど、ボクはこれでもとある屋敷のお嬢様だったんだ。小さい屋敷だったけど、みんなから慕われていた秀才で優しいパパ。そんなパパは二番目の子どもである『わたし』が邪魔でならなかった。一番目の子どもであるお兄ちゃんを跡継ぎにしたかったからね。誰の目にも入らない離れの塔に『わたし』は閉じ込められちゃった!周囲からの期待も大きかったお兄ちゃんは、すっごく厳しい教育を受けさせられたみたい。嫌だったのか、お兄ちゃんはある日突然いなくなっちゃった。家出ってやつかな。パパは血眼でお兄ちゃんを探した。でも、見つからなかった。今でもお兄ちゃんは行方不明。やがてパパはおかしくなっちゃった。執事が『わたし』を塔から出してくれて、兄の代わりに別のところで教育を受けるよう案内した。(あ、今のパパは知ってるよね?以前よりだいぶ、落ち着いてるでしょ?バールと仲良しのあの眼鏡のオジサン・・・あれ、パパなんだ!)
こうして邪魔者だった『わたし』が預けられた先はパパの知り合いである大豪邸:ラウセンセイとローセンセイのおうち。優しいローセンセイはめったにいないから、ラウセンセイと従者のハーちん、ブラジャーがわたしの世話をしてくれた。でもラウセンセイは気紛れに『わたし』で遊んで飽きたらポイ捨て。ボクもヒトのことどうこう言うるようなモノじゃないけど、ラウセンセイは相当キチガイで、暇さえあれば金で買った囚人どもをなぶり殺したり、殺人鬼を家に放ってリアル鬼ごっこなるものをして大笑い、果てはヒトの内臓を食卓に並べてみたり……バールもよく知ってるでしょ?こうしてラウセンセイに弄ばれて身も心もズタズタになった『わたし』から生まれたのが『ボク』(ちなみにボクの名前『シャーロット』の名付け親もこのラウセンセイ。そこら辺の文房具に名前があるように、そこら辺の草に『葉』『花』『茎』なんて分別されるように付けられた名前。ボクの名前の意味なんてその程度のモノ)狂気から生まれたボクは頭のネジがだいぶ外れているから、どんなにセンセイにいたぶられてもへっちゃら。死なない程度の怪我を負ってもきゃはきゃは笑うボクに愛想を尽かしたのか、最近はボクのことを構いもしない。この時のボクはまだ大事なものなんてなかった。そう、まだ運命の出会いを知らないただの可哀そうなオンナノコ。賢いバールはボクがこの後何を言いたいか、もう分かるでしょ?
ボクが生まれてすぐの事。ハーちんとブラジャーが子どもを一人連れてきた。長くてぼさぼさの髪で顔は見えない。ブラジャーが手紙をラウセンセイに渡す。センセイははじめその子に興味をあまり示さなかったが、手紙を見て掌を返すように態度を変えた。取り敢えずまずはその汚い格好をどうにかするように(本当はもう少し遠回しな言い方)と従者に言い、その子はバスルームの方へ連れていかれた。ハーちんは子どもが女子だろうと配慮してか着替えを用意しに行き、ブラジャーが子どもを洗う…筈だった。ボロボロの服を脱いで初めて、その子がオトコノコである事が分かったようだ。ブラジャーはアンドロイドだから何とも思わないけど、体裁を考え(こんな屋敷の内で体裁も何もあったものじゃないけど)ハーちんにその子の面倒をお任せした。「面倒くせえ」なんて言いつつも、身体を洗ったり衣装を用意したり、髪までばっちり切って…なんだかんだ、子どもが好きみたい。弟が増えたみたいで嬉しそうだなんて言ったら怒られちゃうから黙ってたけど。
準備をばっちりさせてから改めてラウセンセイと顔合わせ。ボクも呼ばれ、部屋の隅で様子を見た。銀色の髪、褐色の肌、翡翠の瞳。さっきのボロボロと違って、髪を整えしっかりした礼服に身を包んだその子は、なんだかとってもキレイだった。周囲をゆっくり見回す子ども。見かねたハーちんがあれやこれやと色んな言語で話し掛けるけど、言葉が通じない。溜息をついた後、最後に話した言葉に反応を示したその子はハーちんに返事をした。ハーちんがその子の言葉を翻訳し、センセイへ話し掛ける。「私より先にそこのお嬢さんへ挨拶したらどうかな?」とボクの方を指すセンセイ。ハーちんがその子の顔をボクの方へ向ける。何を言ったか分からないが、ハーちんがバールへ何か話しかけると、その子はボクへ礼をした。
ハーちんに連れられてその子が退室すると、センセイがボクへ一枚の紙を渡した。さっき読んでた手紙・・・には、一単語しか書かれていなかった。『Bael』、あの少年の・・・キミの名前だ。これがボクとバールの出会いだった。キミは覚えてる?ボクは昨日のことのように思い出せるよ。センセイが言うには、Baelとは最高神であり魔神の名前である。親の顔は知らないが、この少年は何らかの意味を持って生まれたのでしょうと、センセイはバールの名前に関心を持っていた。名前に意味を持たないボクと名前にすら意味があるバール。正反対。だけどキミはボクをまるで本当の姉のように慕ってくれたね。ボクの我儘にもただ微笑み、付き合ってくれて、文句や反抗ひとつ見せないバール。この時ボクはやっと運命の出会いというものを知ったんだ。大事な大事な『おとうと』。血の繋がりはないけど、でもそれがちょうど良い距離を作っている。本当のきょうだいなんて、窮屈なだけ。だからトモダチがいなくても寂しいなんて感じなかった。自分自身を可哀そうなんて思わなくなった。
「シャーロットじゃちょっと長いかな・・・呼び方、決めていい?」
何か考えがあるみたい、レイレイはボクの名前について呼び方を考える。偽りの名前に意味は無い。今更名前がどう変わろうとボクは何とも思わない、筈だった。
「シャル!・・・・・・どうかな?ニックネームで呼び合うっていいなと思って」
キラキラしてると思った。ボクが覚えやすいように付けた適当な名前『レイレイ』に対して、ちゃんと『シャル』と返してくれたレイレイ。それだけじゃない。レイレイはお互いを愛称で呼び合うことに意味を見出している。このコは違う、とボクの中の何かか告げた。
パパは愛娘であるボク・・・正しくは、『わたし』を本名で呼ぶ。でも、これじゃない。
ラウセンセイはボクに名前を付けておいて、呼ぼうともしない。代わりにローセンセイが慈しみを持って呼んでくれる。ボクの気分で本名か今の名前を呼んでくれる、ローセンセイの声が好き。それでもない。
『馬鹿女』ハーちんは人形だ。感情を持つことを許されない・・・だからヒトの名前も、己の名前も呼べない。これはハーちんなりの、不器用な表現。でも、違う。
『お嬢様』ブラジャーはボクのことを心から慕っている。時々見せる愛以上の何か得体の知れない恐怖…これは確実にない。
バールは・・・あれ?ボクのこと、何て呼んでくれていたのかな・・・・・・?
「シャル、改めてよろしくね!」
これがハジメテノトモダチ、レイレイとの出会い。
それからレイレイとはお出掛けをした。メイドっちも連れて、三人で街へ遊びに行った。他愛もない会話をしながら公園を散歩したり、お腹が空けばファミレスでハンバーガーを食べてみたり、ブティックで服を買ったり・・・普通のオンナノコってこういうことするんだなって思ったし、とても楽しかった。家に帰って夕食を一緒に食べてから、レイレイからサプライズがあったんだ。
「シャルに似合うかなと思って!」
そう言ってプレゼントを渡してきたレイレイ。箱の蓋を開けてみれば、白とピンクの花飾りのついたブレスレットが入ってた。誰かからプレゼントを貰うことはよくあったけど、こんなに嬉しいことはなかった。トモダチっていいなって思った。もちろん一番大事なのはバールってことは変わらないけど、大事なものが増えたんだ。
近いうちに、レイレイと一緒に屋敷へ戻りたいな(あっでも、ラウ先生の居ない時にね!)。
それともバールがニホンに来るのが先かな?その時はボクのトモダチ、紹介するね!
シャーロットより
本日の課題を終わらせるべく、机へ向かう。窓から見える真っ青な空を仰ぎ、綺麗だなと感じた。日本へ留学した義姉にもこの空が見えているだろうか、などと物思いに耽る。
「坊主、手紙だ・・・お義姉さまからのな」
従者であるハーメドに音を立てて手紙を置かれ、我に返る。雑ですよ、と注意しておく。この男は料理・裁縫等基本何でも出来るが、ぶっきらぼうなのである。
「屋敷の奴ら全員分に用意してあってな・・・あの馬鹿のどこにそんな気遣いと教養があったんだか」
独り言は聞かなかったことにして手紙を読み進める。お世辞にも上手とは言い難い字だが、あの義姉からは考えられないほどの文の量だと思う。内容も稚拙ではあるが、今の状況がよくわかるものになっている。添付された一枚の写真には、笑顔の義姉と義姉の『トモダチ』らしき人物。暗い過去を持った義姉が、今こうして笑って暮らしているのなら・・・。
感情が欠落した幼子であるわたしに、家族を、感情を教えてくれたのは義姉だった。言語が通じなくとも義姉はわたしを本当の弟のように可愛がってくれた。
嘗て人は共通の言語を話し、主である神に挑むかのように高い塔を建てた。故に神に言語を乱され、混乱し各地へ散らばり現在に至るとのことだ。
しかし、義姉に言語の壁など無かった。義姉は神の罰など物ともしない。宿命の環から外れた義姉と、話をしてみたい。感謝を言い表したい。義姉をもっと知りたい・・・義姉への関心が、今のわたしへ至らせたのである。義姉が居てこそわたしが在るのだ。義姉なくしてわたしという存在は・・・。
わたしの手が止まっていることに気付き、従者が手紙を奪い取る。現実に戻され、わたしが課題に向き合う頃には読破してしまったらしい、「お熱いことだな」と冷めた感想付きで手紙を返す。義姉が楽しそうで何よりです、思ったことを率直に述べると、従者は片眉を上げる。何やらわたしは疑われているらしい。
「本当にそれだけか?」
従者の発言の意図が分からない。義姉が一個人として対等に見てもらえる、そのような環境にいた方がずっと幸せでしょう、と説明する。
「お前だけこの屋敷に残されて、本当はあの馬鹿女のことが羨ましいんじゃないのか?何故自分も連れて行ってもらえなかったのか、理不尽だと思わないのか?」
わたしの説明には反応をせずただ質問をする従者。
「それとも・・・馬鹿女の友人とやらへの嫉妬か?」
違う、そんなことはない。信頼していた従者から疑われ、己が恥ずかしくなる。そんな風に見られていたなんて。義姉が幸せになることに、何ら反対はない。だが・・・本当は、義姉の留学にはあまりいい思いはしなかったのも事実である。従者の指摘通りだ・・・沸き立つ己への怒りと、恥と、後悔により、従者へ何も言い返せなかった。『人形が感情を持つな』、ラウ先生が時折この従者へ譴責している様を見てきた、この台詞を借りることでしかこの場を凌ぐことはできなかった。従者には既に見抜かれていることだろう。鼻で笑われる。
「子どもだな」
そうとも。わたしは一人では何もできない。大人の擁護があってやっと立つことができる。大人の言うがままに従うだけの人形。己の無力さが恥ずかしい。従者の顔を真面に見られなくなり、俯く。
「・・・今は分からなくていい。色々な感情があって矛盾だらけ。理不尽な世界。それが人間だ」
頭をわしゃわしゃと撫でられる。髪が乱れるが、嫌いではない。これがハーメドらしい愛情表現である。
「おっと、あまり言いすぎると怖い先生に咎められるな。ま、お前の複雑な気持ちはさておき・・・これからお前はどうしたいんだ?」
本当によく出来た従者である。わたしの考えを言わずとも・・・わたしよりもわたしを理解しているのだ。わたしの迷いを言葉に出すことでわたしへ理解させ、アフターフォローもする。そして、解決策へ導く。世が世なら彼はきっと教師になれていただろう。彼は故郷にたくさんの弟分・妹分がいたそうだ。天職ではないか。
脱線してしまったがわたしはこの後、課題が終わり次第早速義姉へ返事を書こうと思う。義姉は手紙の内で幾度もわたしを心配してくれていた。屋敷の状況報告も兼ねて、色々知ってほしい事・聞きたい事が沢山ある。それから・・・。
「じゃ、自分これから用があるから」
あれもしたいこれもしたいと己の意欲だけに気が向いてしまって、従者の事を蔑ろにしてしまった。謝罪と、道を拓いてもらったことへの感謝を述べると、照れ臭そうに部屋を去ろうとする。従者の独り言を思い出す。義姉は屋敷の者全員分に手紙を・・・ハーメドは、義姉からどのような内容の手紙を貰ったのだろうか。
しわくちゃの紙飛行機が一枚飛んでくる。
「馬鹿女から仕事を言いつけられたんだよ・・・『トモダチ』にプレゼントを返したいんだと。ああ面倒臭え」
成程。義姉の意図が分かってしまった。この優秀な従者に、『トモダチ』に合う衣装を選んでほしい、といったところだろう。義姉はいつも己の従者であるブラディスラヴァでなく、ハーメドを頼っていた。わたしの従者はとても器用だから。ならば、わたしのやりたいことがもう一つ決まった。