「うぉー! すげー! 見てみ見てみ?」
見てる見てる。
仙台駅から歩いて5分も満たない場所にあるAER展望テラスから、俺と双葉は肩を並べて夜景を見下ろしている。
「ほぁー、スカイツリーからのそれは見飽きてるから、正直ビミョーじゃね? って思ってたけど……案外味があって。いいな?」
双葉の言葉に、俺は首肯で返す。
「なーソフィア、あの灯りが沢山ある場所って、どこなんだ?」
「国分町だな。飲食店等が立ち並ぶ、東北有数の栄えた街だ」
「質問した手前アレだけど、こっからでも分かるんだ……スゲー。流石だな、ソフィア」
「褒められた。~♪」
『人の良き友人になること』を目標としているスーパーAIことソフィアは、嬉しそうにいつもの鼻歌を歌っている。
それは紛うことなき、ソフィアの癖だった。
『個人それぞれに7つ癖がある』と偉い人は言う。例えば、驚くとしゃがむ癖のある双葉のように。
褒められると嬉しがるといった反応もそうだ。AIである以上、全てがコード、つまり文字で書かれたモノの上に成り立っているはずなのに。全くそのように感じられない。
「多分、階層化された欲求と、その欲求が満たされた時にすべき反応が書かれてあるんだと思われ。全部のコードに目を通せてないからわ、分かんないけど」
俺の疑問に双葉は早口で答えてくれた。
なるほど。と頷いてみせる。……全く分かっていないけど。
「まーでも結局、人間も外界からの入力に反応して、一定の出力を返すようにプログラムされたイキモノだってそれ、一番言われてるから! マスカラ!」
つまり?
「AIも人間も……ひいてはソフィアもカレシも、本質的には一緒ってこと」
なるほど。
実に分かりやすい結論だった。
双葉が言うのなら、そうなのだろう。
俺とソフィアは同一の存在だ。と、頭に言い聞かせてみる。
でも、心が身体を追い越して――もとい、心がまだ理解できていない様子だ。
でもでも、恐らくきっと。俺がソフィアを受け入れる日はそう遠くない。何か企んでいそうな笑みを向けている双葉を見ながら、そう思った。
……うん? 企む?
「はい濃厚接触ー」
仰々しい言い方で、手と手を絡めてくる双葉。
気まぐれにその手の感触を確かめてみる。揉み揉み。摩々。
「い……!? ぁ、ちょ……」
双葉らしい、小さくて細い手。でも、指の先は、まるでギタリストのように固くゴツゴツしている。日頃キーボードをバコバコやっている成果の賜物。
いやぁ……しかし。久しぶりに双葉と手を繋いだ気がする。
こちら静岡、あちら東京という、弱遠距離恋愛を続けさせてもらっている俺たちは、カジュアルに会えるような関係じゃない。だから専ら、zoom的なアレに頼りがちで。
こちらが受験期真っ只中というのもあり、月一で会えるか会えないか程度の頻度だったのだけれど。
こうして今、仙台で双葉と過ごせているのだから、人生何が起こるか分からないものだ。
……。
…………。
「ひっ……く、くすぐったいが!?」
双葉の手の感触を頻りに調べる作業にひたすら没頭していると。
大きく目を見開きながら、後ろに手を隠しつつ、頬を上気させている双葉が出来上がっていた。
「手を手で犯されたが!? なんだその高等テク……カレシ、恐ろしい子……!」
引かれるレベルの手のつなぎ方をしていたらしい。
自制しないと。いやでもしかし――まぁ――自制、していきたい。
ともあれ。
一度は手を引っ込めた双葉だったが、なんだかんだ右手が寂しいようで、おずおずとそれを差し出してくる。
断る理由はなかった。今度は比較的マイルドな、普通の恋人繋ぎを試みてみる。そしてそのまま、飽きない夜景を見下ろす。
高いところにいて、夜で、東京に比べていくらか北にある仙台にあるこのタワーの気温は、肌寒いとはいかないまでも、薄い長袖のシャツを羽織っても暑く感じない程度だ。
ここから更に北へと足を延ばす予定の今回の旅路は、とても耐えられない夏の暑さを避けるような、理想的なそれになっていた。
もちろん、本来の目的も忘れちゃいけないが。
「ねーねー」
うん?
「プリンスオブナイトメア、読んだ?」
途中までは。
「どう……あ、因みに私はバッチリ読破したけど……どうだった?」
プリンスオブナイトメアの感想を聞きにくる双葉。
……そうだな。ええと。有り体に言えば。
前に双葉に進めてもらったラノベの設定とよく似ていて、主人公が、一年前に双葉に誘われて観に行った映画のそれを彷彿とさせるような人物像で、『今期はやっぱこれ推しかなー』と双葉に推された、深夜アニメに出てくるヒロインと変わらない人が登場していたな。
と、思ったことをありのまま双葉に告げると、小刻みにゆっくりと頷きながら、渋そうな表情を仙台の夜景に向けてみせる。
「まーなー……ほんとそれな。『ありがち』で、『テンプレ』の塊みたいな作品だったなーって、私も思ったし? 多分私の方が、カレシより五倍くらいアニメとかラノベとか読んでるから、五倍同じこと思ったし?」
謎な部分でマウントを取っていることは少々気がかりではあるけれど。
ともあれ、双葉も俺とそう違いのない感想を抱いたようだ。
「でも、よく言えばそれは……『王道』、だよね」
……。
それは……。
「ううん、分かってる。台詞だったり、展開やオチや伏線の張り方だったり、ちょっとグレーな部分までパクってるのがあるのは認める。んでも……好きな作品を、心に残った小説を、大衆に広く認知されてるモノを、リスペクトして、参考にするのって……『悪』、なのかって、思って」
悪か否か。
夏芽が悪事を働いたか否か。
それは分かりきっている。答えは『是』だ。大衆相手に、彼は望まない価値観を押し付けてしまっている。ネガイを奪ってしまっている。それは紛れもない事実としてある。
でも、双葉が言いたいことはそういうことじゃなくって。
『プリンスオブナイトメア』が、作品を作った行為自体が悪であるかを、論じたいのだろう。
「って、思っただなも」
……。
それは間違いなく、パクリだ。
「まぁ、今回のはおイナリに聞いた方が早そうだけどな! ……でも多分、これからもそういうのがいっぱいあるんじゃね? って思う。いいのか悪いのか、分かんなくなっちゃう時が。……私が子供だから。胸を張ってそうだって言えるカチカンが、ないから」
まぁ、カレシはそこんとこ大丈夫そーだけどな。なんてらしくない、自分を下げて相手を立てるような言葉を付け足す双葉。
双葉には申し訳ないけれど、反論の言葉が浮かばなかった。俺が目を通してもチンプンカンプンな、双葉が食い入るように読んでいた学術書にも、当然のように英語で書かれた論文にも、何が正しくて何が間違っているのかなんて書かれていないから。
双葉の周りで参考になるような人は、例えばマスターとか……。
しかし、得てして子と親の価値観は似ないものだ。結局のところ、外界で色んな経験をして、色んな人と出会って、独自に自分にあった価値観を形成していくしかないのだろう。
でも、少なくとも今の双葉には、引きこもり生活が長かった以上、そのような体験は一般人と比べると乏しいと言わざるを得ない。だから、天才の双葉は双葉なりに、思い悩んでいる部分があるのだろう。
ならば俺は。
双葉にとって、肩を並べて、一緒に歩いていける人でありたい。
なんて、俺なりの決意を胸に抱いていると。
いつの間にか、双葉と俺との距離が縮まっていた。
肩と二の腕が密着していて。
上目遣いで、双葉は俺のことを見つめている。
「いっそのこと……一緒だったらいいのにね?」
壁への落書きを終えた、いたずらっ子のような悪い笑みを浮かべる双葉。
「だったらきっと、カレシとケンカすることはないから……ずっとよさげな関係で行けそう、だから。私は、それが……一番、いい、かな」
それから、唐突に。
大人びた表情へと変貌させる双葉。さながら怪人二十面相だ。
心なしか、双葉の目が潤んでいる気がする。
そして、その目を閉じて。
段々と、距離を縮めてくる。
……マジか。こんな公衆の面前で……だと? お子さん連れも居るというのに……いやしかし、双葉の誘いを無下に断ることもできないな……。
ええい……ままよ!
と、俺は覚悟を決めていると。
咄嗟にその身を引いて、双葉は言った。
「……なんつってー、ちょっと前に観たアニメのヒロインが格好つけて言ってたやつだけど……どない? 少しはドキッとしたか?」
……。
…………。
割と。
「……え、そそ、そうか……面と向かって言われると、さ、流石の私も照れるが……?」
なんて、互いに照れていると。
展望台にアナウンスが鳴る。どうやら閉まる時間のようだ。時刻は午後八時。意外と早いような気はするが、ずっと双葉と一緒にいるのも、他のメンバーに不思議がられてしまうだろう。
そろそろ帰ろうか。
「ん、ん。そ、そーだな」
ぎこちない返答に俺は頷いて、きっと、互いに頬の火照りを冷ましつつ、エレベーターで下へと降りて行って。
俺たちの、込み入ったようで、実のありそうでなさそうな会話は終わった。
「なぁ、――」
おもむろに、ソフィアは俺の名前を呼んだ。
「お前と双葉は、どういう関係なんだ?」
……。
これは、かなり。
込み入った話になりそうだぞ。