「潮騒の音聞きながら勉強したら、めっちゃ捗る件について」
水平線に沈む夕日を見ながら黄昏ている双葉は、俺が近づいてきたことを肌で感じ取ったのか、背を向けたままポツリと呟いた。
「従って、海とか、滝の近くで自習部屋を開校したら絶対儲かるよなー。ガッポガッポだよなー。チミもそう思わんかね?」
と、勉強する時は無音派の俺に訊いてくる。
いい発想だとは思う。何かとイヤホンを付けて勉強をしているライバル――もとい受験生をよく見かけるから、一定の需要があるのは確かだ。
しかし、ロケーションの悪さは考慮に入れなくてはならないだろう。海辺はそこかしこにはあるが、付近に学校のある場所等を選ぶ必要がありそうだ。
それに――、
「え? 津波とか来たら一瞬で海に攫われそう? えー……まぁまぁそこはさ、企業努力でカバーってな感じで……ダメ?」
無言のまま、水平線を見つめていると。
はぁー、と、大きなため息が、足元近くから聞こえてくる。
「やっぱダメかー。あーあー、私のあぶく銭がぁ……」
割と本気で肩を落としている双葉。
そもそも、どうしてそんなお金を稼ごうとしているのだろう。
マスターの羽振りが、最近よくないのだろうか。
「じゃなしに。……いや、それはそれとしてあるんだけど」
あるんだ。
「ほら、私たち、沖縄くんだりまで来ちゃったじゃん? 即ちーあれよ、『但し沖縄にご住まいの方は別途発送代を~』ってやつ! ソフィアの通販を気軽に利用できないし? この島にあるスーパーも、離島だから足元見た観光客向けの値段だし……なのに、何かと入用だし」
富士山五合目の自販機かよ……と、ブチブチ文句を言っている双葉は、稀によくあるやさぐれモードに突入していた。
「そもそもここ、割りかし本島から離れた場所にあるのに、割りと秒で宅配の兄ちゃんが駆けつけてくれるの本当意味分からん……ソフィアの情報収集能力がレベチすぎてどうかと思う」
あと、そのレベチさに慣れつつある私もどうかしてきたかも分からん……。と、双葉。
今、スマホはキャンピングカーに預けてしまっていて、その真相をソフィアから聞き出すことはできないけれど。
ともあれ、目的地までのナビだったり、様々な通販サイトを統合した、ソフィアが独自に作った通販アプリもどきのUIの快適さだったり、ソフィアのおかげで上手く回っている部分は枚挙に暇がない。
単なる協力と取引の関係だったのに、今ではすっかり我々怪盗団になくてはならない存在という地位を確実なものにしている。
「私に来るタスクが減って、仕事を下に任せる上司になった気分でイイ思いをしてるのは認める。でんも……イマイチ『頼られてる感』が減って、ここ最近はなんつーか、複雑な気持ちだ。今ならほんのちょびっとだけ、家出しちゃった時のモルガナの気持ちが分かる気がする。ぐぬぬ……」
言って、右手の人差し指で、砂浜に絵を描いている双葉。実に分かりやすいイジけ方だ。
励まさないと。ううむ。
例えば、そうだ。役に立つ立たない以前に、双葉は可愛い。それは紛れもない事実だ。マスコット的な存在として扱われるべきだ。
「当時のモルガナのと同じ理由で宥められた、だと……!?」
違うらしい。……ならば。
例えばご飯を作った際。双葉はとても美味しそうに食べてくれるし、それを言葉にしてくれる。それだけでありがたいことだ。
食べる量も、竜司や祐介に負けないくらい、よく食べてくれる。
「食い意地張ってるだけやないかーい!」
なら。
ジェイルやパレスに潜入する時、双葉の支援や提供してくれる情報は欠かせないモノだ。あれらに助けられたり、命拾いしたことだって、数えきれないある。それは、主に戦闘をこなしてくれるソフィー……ソフィアにはできないことだ。
「……まぁ、それは……うん。分かってる。ちょっとカレシを振り回して、意地悪してみたかっただけ。あと、ちょっとイジけてみたくなっただけ。……反省はしてる。んでも、後悔はしてない」
折り畳んだ細く白い脚を、三角座りの要領で手と胸の間に抱えながら、遠くを見つめている。
そんな双葉に掛けてやれる言葉が見つからない。
――しかし。
砂浜。双葉。そして、水着。
そんな光景に、妙な既視感があって。
その正体を思い出すまでに、そう時間は掛からなかった。
一年前の、ちょうど今のような時期に。
俺は双葉の決意と意志を聞いたのだった。双葉の肉親である、一色若葉さんの死の真相を確かめることを。そのために、怪盗団を利用するつもりであることも。
今ではすっかり、志を共にする、欠かせない怪盗団の一員になってしまったな――と、しみじみ思う。
……。
そういえば。
「んー?」
若葉さんの命日って、そろそろじゃないか。
「おーよく覚えてるな! 流石は私のカレシだ。そっかー、去年の今頃は、冬眠ならぬ夏眠してたんだったなー」
双葉パレスからの期間、まるで内蔵された電池が切れたように寝てしまった双葉は、メジエドが期限を設けたXデーまで、自室ですやすやと寝息を立てていた。
「あれから睡眠はちゃんと取るようにして、あんな時間をムダにすることもなくなったけどな。寝てる間に、カレシに襲われたらと思うと……あれだ、プレイが特殊すぎてアレだし……」
襲うもんか。
「それはそれとして、さ」
それはそれとして、なのか。
俺が変態であるかどうかの判断を、脇に置かれてしまった。
まぁ、話が脱線しすぎてしまった感もある。本題に戻そう。
「うん……うん、そーだな。21日だから……あ。別に、『東京に帰らせられなくてごめん』とか言わなくてもモーマンタイだからな? 皆に付いていくって、私自身で決めたことだから。そ、それに……んぅ、ひ、久しぶりに会えたんだから? できるだけ長く一緒に居たいしな?」
口をモゴモゴとさせながら、そんな可愛らしいことを言ってくれる双葉。
双葉にとっては、どちらも大切なもののはずだ。
一色若葉さんの命日に、ルブランへ集まって、俺を除いた三人分のコーヒーをマスターが淹れているところを、カウンター越しに眺めたいに違いないのに。
でも今は、『過去』より『今』を優先してくれていることが、何よりも嬉しかった。
双葉はもうすっかり、振り切っているのかもしれないな。
時間が解決してくれることもある。悲しい出来事が、トラウマが、時間によって薄れることなんて、よくある話な訳で。
……。
「うん……」
よくある話、なんだけれども。
果たしてそれが、双葉にとって当てはまる常識だろうか?
今もなお、小学校の図書室の本棚にある本の名前を覚えている、ある意味非常識的な記憶力を持つ双葉の抱える問題は、時間の経過ごときで、どうにかなるものなのだろうか。
マスターと、一色さんとを隣に置いて、初詣に出掛けたり、秋葉原へ繰り出したいといった妄想が、双葉の中で渦巻いているとしたら。
やっぱり――寂しいと感じる時も、あるんじゃないか。
「……ん」
俺のデリカシーのない問いかけを、双葉は問い詰めることもせず。
小さく、頷いた。
「まぁ……多少はね?」
一つ言葉を切ってから、双葉は続ける。
「そりゃあ、カレシに中々会えなかったら……夢に、出てくる時もあーる。おイナリだったり、リュージだったり、カナちゃんだったり……に、囲まれてる私は幸せ者だ! だのに……どこかで引きずってる、私も居る。オカシイよね……私のパレスであんなにスッパリ、お別れできたと思ってたのに」
そう語る双葉の表情には、どうしてか。
熱がこもっているような気がした。
「でも、うん。まぁ、そんなもんっしょ。あんなにメンタルレベルカンストしてそうな氷堂も、あんな感じに……なっちゃったんだから。私、ボチボチ頑張る。絶対に『今から』するのは無理ゲーだけど……でも、必ず」
その言葉は、俺に向いているようで実は、自分に向けての発言だったに違いない。
決意を新たにした双葉は、沈んでいく夕陽からの微かな光に照らされて、微笑んでいるように見えた。
「……で、でさー……。まだ、ダイジョブだよな?」
……?
何がだ?
「いやー? 流石にこう、二人っきりだったら……他の皆に怪しまれそーで、さっきからドキがムネムネなのだが」
胸がドキドキしているらしい双葉を横目に、俺は思案する。
たっぷりと時間を取って、そのままの姿勢で、俺は言った。
――まぁ……多少はね?