「ひっ……ひっ……ぐぅ」
一旦持ち直したかと思われたが、思い出し泣きが止まらない双葉を宥めつつ、渋谷駅構内を歩く。
一ノ瀬久音との対話が終わり、傍から見れば格好良く怪盗団と別れられたかに思われたが、双葉だけは俺の後ろを付いて来てくれていた。
どうやら、駅のホームまでお見送りをしてくれるようである。
「よがったよなぁ……そふぃあぁ」
まだ気持ちの整理がついていないのか、一ノ瀬と共に離れて行ってしまったソフィアに想いを馳せている双葉。
流石にこのまま人混みの中へ入っていくのはマズいだろうか。途中の喫茶店に寄っていくこともありよりのありだろう。勿論、予め買っていた特急の列車切符が、無駄になってしまうけれど。
「ううん……いい。大分、落ち着いてきた」
構内に併設されてある、コーヒーチェーン店を眺めつつ、かなり本気で悩んでいると、双葉から声が掛けられた。
「帰ったら、また泣ぐと思うけど」
それは、まぁ……うん。
俺も俺で思うところはあるのだ。
意地悪な言い方をすると、一ノ瀬にソフィアを横取りされた構図になる訳で。
笑顔で送り出したい気持ちが殆どだったことは確かだ。しかし、寂しさだったり、悲しさといった負の感情が、俺の中に紛れ込んでいることも、また真実のように思えた。
当たり前だ。たった一度の夏の間だったとは言え、文字通りずっと生活を共にしてきたのだ。別れることで、寂しくならないはずがない。
「一ノ瀬なー」
未だ鼻声のまま、双葉は言う。
「『俺最強!』って思ってる時期って、あるじゃん。井の中の蛙的な」
うん……うん? え、何?
急に何の話?
一ノ瀬の話題じゃなかったのか?
「や、あれは伏線」
伏線か。
なら仕方ないな。
ともあれ。ええと……『俺最強!』と思っている時期だっけ。
あったあった。中二病なんてその最たる例だろう。で、ネットなりなんなりを見て、大海の広さを知って、井戸の中で膨らみまくった自意識を萎めていくという、あの作業。誰もが通った道――だと信じたい。
「うむ。因みに私は、今でも『俺最強!』って思ってる」
まじか。
でも、確かな実力に裏打ちされた自信だから――不思議じゃないのかもしれない。
「でーも、あれには流石にビビったなー。ソフィアのコード。一ノ瀬久音が書いた、コード」
ああ。なるほど。
そこに繋がるのか。
ソフィアを構成するコードを、双葉が初めて覗いた時、『そのコードを書いた人が天才すぎて、一日二日じゃ全然理解できない』とかなんとか言っていた気がする。
「あれを書くのはぶっちゃけ、今の自分じゃ無理ゲーだ」
自分じゃなくて、今の自分と言ったところに、双葉の小さくはないプライドが見え隠れしているが、果たしてそれを自身が気づいているかどうか。
「あれはマジモンの天才だ。少なくとも、パンピーが正しい努力しただけじゃ到達できない場所に行っちゃってる。天才は常に何かを失っている、とはよく言ったものだけんど……それを取り戻す旅になるんだろうなー……ぐすっ」
言って、強かに自身の地雷を踏んだ双葉は、まだぐずり出し――そうになったのを、必死の形相でなんとか堪えている。
偉いぞ双葉。偉すぎて思わず抱きしめたい衝動に駆られてしまったけれど、流石に公衆の面前だからそういうことはしないぞ、双葉。
しかし。『天才は常に何かを失っている』――か。どこかの小説で、そういう一節があったような気がしないでもない。
例えば、それを双葉に当てはめてみるとしたら……。
……うーん……。
視力?
「いやいや、もっとあるじゃろうて。親バカならぬカップルバカか。た、例えば、ほら……コミュ障なこととか? 結構カレシに依存しちゃってることとか? 結構、泣き虫なこととか?」
なるほど?
想像してみる。キョドらずどもらず、ハキハキと喋る双葉。俺に依存せずに、自立している双葉。全然泣き顔を見せない双葉。
……。
「い、今めっちゃ失礼なことを考えられてる気がする件……!」
考えてない考えてない。
『見てみたいけど、見てみたい止まりだなー』なんてそんな失礼なこと、考えてないから。
「ぐぬぬ……見てろぉ……次会った時、魅力がテニプリ並みにインフレしてるのを見て、絶対度肝抜かせちゃる……!」
なんてそんな、双葉の反応を楽しんでいると、あっという間に駅のホームに辿り着く。
でも、そうか……次会った時、か。
今でも月一で会えているとは言え、受験が迫るにつれて、それも厳しくなってくる。
だとしたら。まとまった休みを取って会える時は、いつになるのだろう。冬休みは――流石に受験中だから、厳しいよな。そしたら、春か――。
多くて、半年か。
半年の間に、俺が受験でヒィヒィ言っている間に、双葉は何をしているだろう。本当に魅力的になって、度肝を抜かされるかもしれないし。
一ノ瀬もびっくりな研究を行って、ソフィアのようなAIを開発しているかもしれない。
「ん? んー……正直そっち方面もアリだと思うけど……自分は要らないかな。人のよき友人になれるAIは」
それは……どうして?
と、とうとうホームの目の前に到着してしまった俺は聞くと。
「えっと、それはねー……って、そんな分かりきったこと聞くなし? カレシもイジワルだな?」
なんて言って、首を傾げながら、見たことのない蠱惑的な笑みを見せる双葉に。
思わず見惚れてしまった俺がいて。
「じゃあの。サラダバー」
またいつもの表情に戻ったかと思えば、いつもの別れの言葉を口にした双葉は、何故か目元を隠すような体勢のまま、行ってしまった。
「……なるほど」
誰にも聞かれない程度の声で俺は呟いて。
未だドキドキしている胸を抑えたまま、改札を抜けた。
了
こんな文字数の少ない短編にあとがきを添えてよいものか、と考えはしましたが、自己顕示欲が抑えられなかったため少しだけ。
頭からお尻まで、楽しく書けました。プロットもなく決まったオチもなく、ただ本能の赴くままに行われた双葉との会話によって、モルヒネ注射五本分の多幸感に包まれたことをここに記しておきます。……文字に起こすと、色々な意味でヤバい人ですね、我ながら。ともあれ、佐倉双葉と主軸とした二次創作は楽しいので、皆さん書きましょう。少なくとも、僕は読みます(確信)。
また、佐倉双葉がメインの二次創作を二つほど完結させておりますので、そちらの方もよろしければ(唐突な宣伝)。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。