ある日、冒険者ギルド:ブルック支部の扉が開き、三人の人影が入って来た。来、シア、ミレディの三人はここ数日ですっかり有名人となった。ギルド内のカフェには、何時もの如く何組かの冒険者達が思い思いの時を過ごし、数名ほど来達の姿に気がつくと片手を挙げて挨拶してきた。男達はシアとミレディに見蕩れ、そして来に羨望と嫉妬の視線を向けるも、そこに陰湿なものはなかった。そして女達は来に見蕩れている。彼も勇者天之河光輝と同じく整った顔をしている。
ブルックに滞在してから一週間、シアかミレディを手に入れようと決闘騒ぎを起こした者は数知れず。かつて、〝煙兎〟というちょっと洒落た二つ名を付けられたシアを口説くことは終ぞ叶わなかった。が、外堀を埋めるように来から攻略してやろうという輩がそれなりにいた。
いくら来でもそんな面倒ごとは受けたくなかった。とはいえ、売られた喧嘩は買う主義のようで、七聖刀かつ雌雄双刀の二振りで相手の武器を破壊して戦意を喪失させる、というのが常だった。
そしてミレディは重力魔法で死なない程度に地面に叩きつけるという割と地味な方法で回避していた。
というわけで、この町では、二振りの片刃の曲刀のみを使用し、神的な速度で決闘を終わらせる〝神風の双刃〟たる来、口説こうとしたら煙を発生させその隙に姿を消す〝煙兎〟たるシア、文字通り手も足も出せない〝イミューン〟たるミレディのトリオは有名であり、一目置かれる存在なのである。ギルドでパーティー名の申請をした覚えなどないのに勝手に〝敵知らずの小隊〟というパーティー名を勝手に付けられ、それが浸透していた。
「おや、今日は三人一緒かい?」
来達がカウンターに近づくと、何時ものように受付嬢のキャサリンが声を掛けた。その声音に意外さが含まれるのは、この一週間でギルドへ赴いたのは大抵来一人、若しくはシアとミレディの二人組だったからだ。
「ええ、明日には町を出ますし、色々とお世話になったので挨拶に来ました。ついでに、目的地関連で依頼があれば、と思いまして」
来達はギルドの一室を無償で借りていた。重力魔法を使いこなす練習をするためにそれなりに広い部屋が欲しかった。キャサリンに心当たりを聞いたところ、それならギルドの部屋を使っていいと無償で提供してくれた。
「そうかい。行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。あんた達が戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ~」
「ははは……確かに色々賑やかでしたけどね……」
ここ一週間を思い返して苦笑いが零れる来。この町では色々と苦労したのだった。
ブルックの町には何時の間にか「ユエちゃんに踏まれ隊」、「シアちゃんの奴隷になり隊」、「お姉さまと姉妹になり隊」、「神風に吹かれ隊」というぶっ飛び過ぎたネーミングの四大派閥ができていた。互いに日々凌ぎを削り合っている。ちなみに最初の集団は来達とは一切関係がない。
最初は町中でいきなり土下座するとユエに向かって「踏んで下さい!」などと絶叫する集団で、シアに至ってはどういう思考過程を経てそんな結論に至ったのか全く持って理解不能。その次は女性のみで構成された集団で、ユエ若しくはシアとミレディに付き纏うか、ハジメ若しくは来の排除活動が主だ。一度は、ハジメに向かって「お姉さまに寄生する害虫が! 玉取ったらぁああーー!!」と叫びながらナイフを片手に突っ込んで来た少女もいる。
流石に町中で少女を殺害したとなると色々面倒そうなので、というか来に顔向けできなくなるなので、ハジメはその少女を気絶だけさせて後はそのまま放置した。ちなみに、気絶させられた少女はその後無謀にも来に挑み、そして虚しく敗れた。少女は来の動きの華麗さに見蕩れ、最後の「神風に吹かれ隊」を立ち上げた。
「だけど、何だかんで活気があったのは事実さね」
「ええ、活気でした」
「で、何処に行くんだい?」
「フューレンです」
そんな風に雑談しながらも、仕事はきっちりこなすキャサリン。早速、フューレン関連の依頼がないかを探し始める。
フューレンというのは中立商業都市の名前だ。次の目的地は【グリューエン大砂漠】にある七大迷宮の一つ【グリューエン大火山】。その為、大陸の西に向かわなければならないのだが、その途中に【中立商業都市フューレン】があるので、大陸一の商業都市に一度は寄ってみようという話になった。なお、【グリューエン大火山】の次は、大砂漠を超えた更に西にある海底に沈む大迷宮【メルジーネ海底遺跡】が目的地。
「う~ん、おや。ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。ちょうど空きが後一人分あるよ……どうだい?受けるかい?」
差し出された依頼書を受け取り、内容を確認する来。依頼内容は、商隊の護衛依頼のようだ。中規模な商隊のようで、十五人程の護衛を求めているらしい。シアとミレディは冒険者登録をしていないので、来の分で丁度埋まってしまう。
「連れを同伴するのはよろしいのですか?」
「ああ、問題ないよ。あんまり大人数だと苦情も出るだろうけど、荷物持ちを個人で雇ったり、奴隷を連れている冒険者もいるからね。まして、シアちゃん、ミレディちゃんも結構な実力者だ。一人分の料金でもう二人優秀な冒険者を雇えるようなもんだ。断る理由もないさね」
(フューレンか、中立商業都市とだけあって相当人も集まっていそうだな。もしかしたら膵花もそこにいるかも……)
来は少し逡巡し、意見を求めるかのごとくシアとミレディの方を振り向いた。欲を言えば、配達系の任務があればよかった。来達だけなら〝飛脚改〟で馬車よりも数倍早くフューレンに辿り着ける。護衛任務で他の者と足並みを揃えるのはできるだけ避けたかった。
「……私としてはその街に例の彼女がいることを願うばかりだよ」
「ええ、もしその街にもいなければまた別の場所を当たりましょう。時間はまだ残されてます」
「そうだね、情報集めも兼ねて行くのも悪くない」
シアの言う通り、フューレンに捜している人物がいなくとも、それで終わりではなく、また別の場所で捜せばいいだけの話だ。情報が集まれば見つけ出せる確率も高くなる。
「その依頼、受けさせて頂きます」
「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」
「了解しました」
来が依頼書を受け取るのを確認した後、キャサリンが後ろのシアとミレディに目を向けた。
「あんた達も体に気をつけて元気でおやりよ? この子に泣かされたら何時でも家においで。あたしがぶん殴ってやるからね「止めて下さい」」
「世話になりました。ありがとうございます」
「はい、キャサリンさん。良くしてくれて有難うございました!」
キャサリンの人情味溢れる言葉にシアとミレディの頬も緩む。特にシアは嬉しそうだ。この町に来てからというもの自分が亜人族であるということを忘れそうになる。もちろん全員が全員、シアに対して友好的というわけではないが、それでもキャサリンを筆頭にソーナやクリスタベル、ちょっと引いてしまうがファンだという人達はシアを亜人族という点で差別的扱いをしていない。土地柄かそれともそう言う人達が自然と流れ着く町なのか、それはわからないが、いずれにしろシアにとっては故郷の樹海に近いくらい温かい場所であった。
「あんたも、こんないい子達泣かせんじゃないよ? 精一杯大事にしないと罰が当たるからね?」
「相変わらず世話焼きな人ですね。承知」
苦笑いで言葉を返す来。そんな彼にキャサリンが一通の手紙を差し出す。
「これは一体?」
「あんた達、色々厄介なもの抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」
「……はい、有難く頂きます」
「これから先、色々あるだろうけど、死なないようにね」
謎に包まれた片田舎の町のギルド職員キャサリン。彼女の愛嬌のある魅力的な笑みと共に来達は送り出された。
翌日の早朝、正面門へ到着した来達を迎えたのは商隊のまとめ役と他の護衛依頼を受けた冒険者達だった。どうやら来達が最後のようで、まとめ役らしき人物と十四人の冒険者が、到着した来達を見て一斉にざわついた。
「お、おい、まさか残りの三人って〝敵知らずの小隊〟なのか!?」
「マジかよ! 嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」
「見ろよ、俺の手。さっきから震えが止まらないんだぜ?」
「いや、それはお前がアル中だからだろ?」
シアとミレディの登場に喜びを顕にする者、武器を隠して涙目になる者、手の震えを来達のせいにして仲間にツッコミを入れられる者など様々な反応だ。そして商隊のまとめ役らしき人物が声をかけた。
「君達が最後の護衛かね?」
「はい、これが依頼書です」
来は懐から取り出した依頼書を見せる。それを確認して、まとめ役の男は納得したように頷き、自己紹介を始めた。
「私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」
「はい、期待を裏切るような真似は致しません。辻風と言います。こっちはシアとミレディです」
「それは頼もしいな……ところで、この兎人族……売るつもりはないかね? それなりの値段を付けさせてもらうが」
モットーの視線が値踏みするようにシアへと向けられる。兎人族で青みがかった白髪の超がつく美少女だ。商人の性として、珍しい商品に口を出さずにはいられないのだろう。首輪(チョーカーの上から付けた)から奴隷(身分上)と判断し、即行で所有者である来に売買交渉を持ちかけた。商人として優秀なのは間違いなかった。
その視線を受け、シアは嫌そうに唸り、来の背後に隠れた。ミレディのモットーを見る視線が厳しい。だが、一般的な認識として樹海の外にいる亜人族とは、すなわち奴隷。珍しい奴隷の売買交渉を申し出るのは商人として当たり前。誰もモットーを責める理由がない。
「ほぉ、随分と懐かれていますな…中々、大事にされているようだ。ならば、私の方もそれなりに勉強させてもらいますが、いかがです?」
「奴隷とはいえ、大事な仲間です。手放したくはありません」
シアの様子を興味深そうに見ていたモットーが更に来に交渉を持ちかけるが、あっさりと切り捨てた。モットーも薄々、来がシアを手放さないだろうと感づいていたのだが、それでもシアが生み出すであろう利益は魅力的だったので、何か交渉材料はないかと会話を引き伸ばそうとする。
だが、そんな意図は既に来に筒抜け。揺るぎない意志が宿った言葉を告げる。
「彼女を手放すか自刃…つまり自殺するかを迫られたら僕は迷わず自刃を選びます。例え神が欲しても同じです」
シアとミレディには自刃という言葉の意味が解っていたので思わず涙を流した。来が数週間の命しかないということが判明したあの晩のことを思い出していたのだ。シアを手放すことよりも自刃を選んだ。これは来にとってシアは自分の命よりも大事な仲間であることを意味していた。
後半の発言はかなり危険なものだった。最悪聖教教会から異端の烙印を押されかねない。だが、烙印を押されたとしても彼に敵う相手など、この世界には存在しないだろう。一応、魔人族は違う神を信仰しており、歴史的に最高神たる〝エヒト〟以外にも崇められた神は存在するので、直接、聖教教会に喧嘩を売る言葉ではない。だが、それでも異端擦れ擦れの発言であることに変わりはなく、それ故、シアを手放す気など一切無いことを心底理解させられた。
「…………えぇ、それはもう。仕方ありませんな。ここは引き下がりましょう。ですが、その気になったときは是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ。それと、もう間も無く出発です。護衛の詳細は、そちらのリーダーとお願いします」
「……話聞いてました?」
モットーがすごすごと商隊の方へ戻ると、再び周囲が騒めきだした。
「すげぇ……女一人のために、あそこまで言うか……痺れるぜ!」
「流石、神風の双刃と言ったところか。自分の女に手を出すやつには容赦しない……ふっ、漢だぜ」
「いいわねぇ~、私も一度くらい言われてみたいわ」
「いや、お前、男だろ? 誰が、そんなことッあ、すまん、謝るからっやめっアッーー!!」
「……」
……やはりブルックの町はとんでもねぇ阿呆共ばかりだった。
言葉も出ない来の背中に柔らかいものが押し当てられ、更に腕が背後から回され抱きしめられる。そしてまた更に正面から抱きしめられる。
肩越しに振り返ると、肩に顎を乗せたシアの顔が至近距離に見えた。その顔は真っ赤に染まっており、涙に濡れていた。それは腹部に抱きついたミレディも同様。
「……来さん、自刃するとかそんな事簡単に言わないで下さいよ……」
「らーちゃんが死んだら私達は誰に付いて行けばいいのさッ……!」
まただ、またやってしまった。前世であれ程自分の命を大切にしろと言われたのに。この世界だけでも二回自分の命を粗末にする発言をしてしまった。
僕はつくづく駄目な奴だと自己嫌悪に陥ってしまう剣士。肉体や意志は強くても、心は豆腐も吃驚する程脆い。自分に抱きついている少女二人を両手で包もうとして誰かが咎めた。
ねぇ。君の言ってる一途って、その程度なの?
君には長きにわたって連れ添って来た相手がいたんじゃないの?
彼女一途とかそんな事言って、この様を見なよ。恥ずかしく思わないの?
年下の女の子に自分の過ちを指摘されて、情けないと思わないの?
君の腰に差してある刀は一体何の為にあるの?
魔術師の少女、奴隷である兎人族の少女に抱きつかれている剣士の青年に向かって、商隊の女性陣は生暖かい眼差しで、男性陣は死んだ魚のような眼差しでその光景を見つめる。
だが、彼がその煩わしい視線や言葉を感じることはなかった……
次回
第三十三閃 冒険者らしからぬ剣士
IF編を書くタイミングで迷ってます。何時書いた方がいいですか?(但し書くなという意見は一切受けつけません)
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外伝をある程度進めてから
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今でしょ!
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別途執筆