喰鰹
全長1.2m
本来は世界各地の海を回遊する魚なのだが、トータスに流れ着いたものの一部は、地中でも活動できるよう適応した。外見は地球の鰹そのものなのだが、非常に凶暴。数十匹集まれば十メートル以上の鯨でさえ喰い尽くしてしまう。
体表は物凄く頑丈。魔力を弾く特殊な成分が含まれている。
鯨はおろか、沖に出た漁船ですら沈めてしまう。そのため、漁師からは大変恐れられている。鰹漁に出た漁船のうち、三隻に二隻は二度と戻ってこない。
「橋の上で重傷を負って、落ちた後はどうしていたんですか?」
「生きるために戦っていました」
「なぜ白髪になっているんですか?」
「過酷な環境下のストレスです」
あながち間違ってはいない。
「その目はどうしたんですか?」
「気が付いたらこうなっていました」
「なぜ、直ぐに戻らなかったのですか?」
「あの時よりも強くなってから戻るつもりでした。同じ過ちを繰り返さぬように……」
VIP席で愛子や園部優花達生徒から怒涛の質問に対し、素直に答えていた来。そしてニルシッシルが三人前テーブルに運ばれる。
「……」
「どうした? 僕らの顔に何か付いてるのか?」
「すまないが、お前らが着ているコートを一旦脱いでみてくれないか?」
デビッドに言われるがままに、シアとミレディはコートを、来は陣羽織を脱ぐ。どうやら陣羽織は袖を無くしたロングコート扱いらしい。露わとなる外套の下の服装を見て、愛子達地球組は驚くのだが、デビッドは来達の服装を見るなり血相を変えて大声を上げた。
「お、お前ら! その服装、さては、竜人族の手先だな!?」
「……竜人族?」
「そうだ! 今お前達が着ているものは、かつてエヒト神を否定し、剰え自分達が世界の頂点であると驕った者達が身に着けていたものと同じだ!」
これは全くの偶然である。三人共竜人族との接点がほとんど、あるいは全くない。シアはそもそも樹海生まれであり、ミレディには竜人族と魔人族の混血の知り合いはいたものの、純血の竜人族の知り合いはいなかった。
そして来にも接点はない。和服以外の共通点など……〝龍化〟の技能を持っていた。
「更に言えばそこの長い耳を生やした女、亜人じゃないか。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう」
侮蔑をたっぷりと含んだ眼で睨まれたシアはビクッと体を震わせた。ブルックの町では、宿屋での第一印象や、キャサリンと親しくしていたこと、来の存在もあって、むしろ友好的な人達が多かった。フューレンでも蔑む目は多かったが、奴隷と認識されていたからか直接的な言葉を浴びせかけられる事はなかった。
つまり、来と旅に出てから初めて、亜人族に対する直接的な差別的言葉の暴力を受けたのである。有象無象の事など気にしないと割り切ったはずだったが、少し、外の世界に慣れてきていたところへの不意打ちだったので、思いの他ダメージがあった。顔を俯かせるシア。
よく見れば、デビッドだけでなく、チェイス達他の騎士達も同じような目でシアを見ている。彼等がいくら愛子達と親しくなろうと、神殿騎士と近衛騎士である。聖教教会や国の中枢に近い人間であり、それは取りも直さず、亜人族に対する差別意識が強いということでもある。何せ、差別的価値観の発信源は、その聖教教会と国なのだから。デビッド達が愛子と関わるようになって、それなりに柔軟な思考が出来るようになったとはいえ、ほんの数ヶ月程度で変わる程、根の浅い価値観ではない。
あまりにも酷い物言いに、思わず愛子が注意をしようとするが、その前に俯くシアの手を握ったミレディが、絶対零度の視線をデビッドに向ける。とある一国のお転婆な王女のような美貌の少女に体の芯まで凍りつきそうな冷ややかな眼を向けられて、デビッドは一瞬たじろぐも、一人の少女に気圧されたことに逆上する。普段ならここまでキレやすい人間ではないのだが、思わず言ってしまった言葉に、愛しい愛子からも非難がましい視線を向けられて軽く我を失っているようだった。
「何だ、その眼は? 無礼だぞ! 神の使徒でもないのに、神殿騎士に逆らうのか!」
思わず立ち上がるデビッドを、副隊長のチェイスは諌めようとするが、それよりも早く、ミレディの言葉が騒然とする場にやけに明瞭に響き渡る。
「神殿騎士って、そんなに器が小さいんだね」
それは、侮蔑の言葉。たかが種族の違いで騒ぎ立て、少女の視線一つに逆上する器の小ささへの呆れを表す言葉だ。唯でさえ、怒りで冷静さを失っていたデビッドは、よりによって愛子の前で男としての器の小ささに呆れられ怒りが頂点に達する。
「……異教徒共め。そこの獣風情も一緒に地獄へ送ってやる」
無表情で静かに呟き、傍らの剣に手をかけるデビッド。突如現れた修羅場に、生徒達はオロオロし、愛子やチェイス達は止めようとする。だが、デビッドが鞘から剣を抜くことはなかった。デビッドは剣を落とし、その場に座り込む。首筋には細い麻酔針が刺さっていた。
デビッドを毒殺したと思い込んだ騎士達が、一斉に剣に手をかけて殺気を放つ。
「安心しろ、気絶しているだけだ」
デビッドの首筋から針を抜き取る。静かではあったが、途轍もない威圧を放っている。立ち上がりかけた騎士たちは慄き、再び座席に座る。愛子達も顔面蒼白で震えている。
「そちらから手を出さなければ僕は何もしない。いや、彼女達が無事なら気にすることはない。だが、もし彼女達に手を出せば、今度は容赦しない」
誰も何も言えなかった。直接、視線を向けられたチェイス達騎士は、かかるプレッシャーに必死に耐えながら、僅かに頷くので精一杯だった。
それだけ言い、威圧を解く。凄まじい圧迫感が消え去り、騎士達がドウッと崩れ落ちて大きく息を吐いた。愛子達も疲れたように椅子に深く座り込む。
来は俯いているシアに声を掛けた。
「辛いと思うけど、〝外〟ではああいう人間もいるんだ。受け入れてくれ」
「はぃ、そうですよね……わかってはいるのですけど……やっぱり、人間の方には、この耳は気持ち悪いのでしょうね」
自嘲気味に、自分のウサミミを手で撫でながら苦笑いをするシア。そんな彼女に、ミレディは真っ直ぐな瞳で慰める。
「そんなことないって! 私は可愛いと思うよ?シーちゃんのウサミミ」
「ミレディさん……そうでしょうか」
シアはそれでも自信なさげにしていた。今度は来がフォローを入れる。
「教会関連の人間が極端なだけで、一般的にはそこまで忌避はされてないんじゃないかな。今までもそうだっただろう?」
「そう……でしょうか……あ、あの、ちなみに来さんは……その……どう思いますか……私のウサミミ」
来の言葉が慰めであると察したシアは、少し嬉しそうにして、頬を染めて上目遣いで来に尋ねる。兎耳はずっと垂れていたが、時々来の方へ耳を向けている。
「………か、可愛いと…思う…な……」
言うのが恥ずかしかったのだろうか、顔を赤く染めながらかなり小さな声で言った。しかし、シアの兎耳はしっかりと捉えていた。
と、ここでミレディより爆弾が投下される。
「そういえばシーちゃんが寝てる時たま~に触ってたような……」
「えっ!? 見られてたのか……いや、別に変な意味はなくて…兎耳があまりに可愛かったものでつい……」
「ら、来さん……私のウサミミお好きだったんですね……えへへ」
「ああぁぁ…膵花に顔向けできない……」
シアが赤く染まった頬を両手で押さえて悶えた。頭上の兎耳も彼女の喜びを表現する様に激しく動く。
つい先程まで下手をすれば皆殺しにされるのではと錯覚しそうな緊迫感が漂っていたのに、今は何故か桃色空間が広がっている不思議に、愛子達も騎士達も目を白黒させた。しばらく、来達のやり取りを見ていると、男子生徒の一人相川昇がポツリとこぼす。
「あれ? 不思議だな。さっきまで辻風のことマジで怖かったんだけど、今は殺意しか湧いてこないや……」
「お前もか。つーか、あの二人、ヤバいくらい可愛いんですけど……どストライクなんですけど……なのに、目の前でいちゃつかれるとか拷問なんですけど……」
「……っていうか辻風が何をしてた何てどうだっていい。だが、異世界の女の子と仲良くなる術だけは……聞き出したい! ……昇!明人!」
「「へっ、地獄に行く時は一緒だぜ、淳史!」」
(全部聞こえてるけど聞かなかったことにしよう)
腹の底で煮えたぎる嫉妬を目に宿し、つい先程まで自分達を震え上がらせた来を睨みながら、一致団結する愛ちゃん護衛隊の男共三人。緊迫した雰囲気がすっかりと消し飛び、女生徒達が本来の調子を取り戻し始めると、男子生徒達を冷え切った目で見ていた。そして来は聞き流していた。
場の雰囲気が落ち着いたのを悟り、チェイスが眠っているデビッドを椅子に座らせる。それと同時に警戒心と敵意を押し殺し、微笑と共に来に問い掛けた。彼にはどうしても聞きたい事があったのだ。
「辻風く…いや、辻風さんでいいでしょうか? 先程は、隊長が失礼しました。何分、我々は愛子さんの護衛を務めておりますから、愛子さんに関することになると少々神経が過敏になってしまうのです。どうか、お許し願いたい」
「そうでしたか。どうかお気になさらずに」
来はやんわりとした態度で水に流す。そして、頭の回転が早いチェイスの見立てでは到底放置できそうにない、腰に差した曲刀らしき武器に目を向けて切り込んだ。
「その腰に差している曲刀……でしょうか。失礼ですが、一度抜いてみてはいただけませんか?」
「…両方ですか?」
「ええ、できれば両方とも…」
言われた通りに刀を二振り鞘から抜く。一方は鎬地が漆黒の刀、もう一方は鎬地が藍鼠色の刀だ。
チェイスは二振りの刀の刀身を隅から隅まで見ると、再び来に問い掛ける。
「その曲刀、もしや七大迷宮に隠されているという『七本の曲刀』ではありませんか? もしそれが本物なら、一体何処で手に入れたのでしょう?」
チェイスは微笑んでいるが、目は笑っていなかった。刀身を見たところ、まるで芸術品のようであったことから相当名の知れた鍛冶師が製作したのだろうと考える。武器の種類が片刃の曲刀ということもあり、チェイスはこの二振りが伝説の『七本の曲刀』ではないかと予想した。そして、もしそれが本物であれば、戦争の行く末すら左右し兼ねない為、自分達が束になっても来には掠り傷一つ付けられないかもしれないと思いつつ、好奇心のままに尋ねる。
「そ、そうだよ、辻風。それ日本刀だろ!? でも南雲から渡されたやつは折れただろ? 何で、そんなもん持ってんだよ! まさかそれ天之河達の間で噂になってる『七本の曲刀』じゃねえよな!?」
淳史が興奮した声で叫ぶ。そしてそれにチェイスが反応する。
「日本刀? 玉井は、あれが何か知ってるのですか?」
「え? ああ、そりゃあ、知ってるよ。俺達がいた世界の中でも、俺達がいた国が誇る武器だからな」
淳史の言葉にチェイスの目が光る。そして、来をゆっくりと見据える。
「ほぅ、つまり、この世界に元々あったアーティファクトではないと……とすると、異世界人によって作成されたもの……残りの五本もまさか……」
「実在する」
あっさりと実在すると断言してしまった来。秘密主義者かと思いきやなんとあっさりと残りの五本の実在を断言してしまったことに意外感を露わにするチェイス。
「あっさりと断言してしまうのですね。辻風さん、そのアーティファクトが持つ意味を理解していますか?」
「この世界の戦争事情を一変させる…でしょう? 勇者組の手に渡れば、間違いなく絶大な力を発揮する……本当に発揮できれば、の話ですが」
「ええ、イシュタル様も『勇者様ならば必ず使いこなせるでしょう』と仰っていましたし、その曲刀が勇者様方の手に渡れば、来る戦争でも多くの者を生かし、勝率も大幅に上がることでしょう。あなたが協力する事で、お友達や先生の助けにもなるのですよ?」
「そうか……要するにこの二振りを譲って欲しい、と」
「……」
チェイスが肯定するかのように黙り込む。
「残念だが、この二振りは譲れない」
「で、ですが……」
「この二振り…黒い方は元々僕の所有物だし、白い方は命よりも大事な人に渡すと決めている。それと、そちらに戻るつもりもない」
来の目には、揺らぐことの無い強い意志が宿っていた。
「チェイスさん。辻風君には辻風君の考えがあります。私の生徒に無理強いはしないで下さい。辻風君は、本当に戻ってこないつもりなんですか?」
「ええ、もうそちらには戻りません。明朝、依頼を達成すれば、そのままここを発ちます」
「どうしてですか……?」
愛子が悲しそうな目で来を見やり、理由を訊ねる。
「もう僕にはあまり時間が残されていない……彼女を早く見つけ出さないと」
「彼女って、滝沢さんのことですか?」
愛子の予想に、来は静かに頷いた。
「滝沢さんなら、今頃ホルアドにいると思いますが……」
膵花の居場所を聞いた瞬間、黄金色の瞳に光が灯る。
「それは…間違いないんですね…?」
「え、ええ…」
来は思わず飛び上がりそうになったが、どうにかそれを鎮める。
「畑山先生、このお礼は何時か必ず。では、これにて失礼」
来とシア、ミレディが席を立つ。食事は三人共済ませており、今三人の手には空の皿などがある。食べ終わった後の皿を返却した後、そのまま二階へと上っていった。
後に残された愛子達の間には、何とも言えない微妙な空気が流れる。死んだと思っていたクラスメイトが生きていたのは嬉しい。その本人も、自分達が無事であったことに少し安堵した様子を見せていた。彼の親友は変わってしまったが、彼自身はあの時のままだった。
彼は膵花と共にハジメを守っていた。なのに自分達は見て見ぬふり。それどころかハジメを蔑んですらいた。そしてあの〝誤爆〟事件。あの時は誰もが皆、彼は死んだと思っていた。〝誤爆〟で吹き飛ばされたとはいえ、彼の体を剣で貫いてしまったハジメも、逃げながら彼に対して謝り続けた。
愛子自身も、怒涛の展開に内心激しく動揺していた。
チェイスは、傍らで座りながら眠っているデビッドの姿を見ながら、何かを深く考えている。
あの時の〝誤爆〟を彼はどう思っているだろうか。たまたま自分の体を貫いたとはいえ、親友であるハジメを恨むとは到底思えない。だが、自分達はどうか。あの時何もしなかった自分達を彼はどう思っているのか……ひょっとしたら、恨んでいるのではないか。そんな考えが脳の果てを巡り、皆一様に沈んだ表情で、その日は解散となった。
夜中。深夜を周り、一日の活動とその後の予想外の展開に精神的にも肉体的にも疲れ果て、誰もが眠りついた頃、しかし、愛子は未だ寝付けずにいた。愛子の部屋は一人部屋で、それほど大きくはない。木製の猫脚ベッドとテーブルセット、それに小さな暖炉があり、その前には革張りのソファーが置かれている。冬場には、きっと揺らめく炎が部屋を照らし、視覚的にも体感的にも宿泊客を暖めてくれるのだろう。
愛子は、今日の出来事に思いを馳せ、ソファーに深く身を預けながら火の入っていない暖炉を何となしに見つめる。愛子の頭の中は整理されていない本棚のように、あらゆる情報が無秩序に並んでいた。
考えねばならないこと、考えたいこと、これからのこと、ぐるぐると回る頭は一向に建設的な意見を出してはくれない。大切な教え子が生きていたと知ったときの事を思い出し頬が緩んだ。だが、前と変わらず友好的な態度を見せていたが、時折具合の悪さを感じていた。
時折彼が見せていた具合の悪さに、体がそのように不調になるまで過酷な生活をしていたのかと、彼が経験したであろう苦難を思い、何の助けにもなれなかったことに溜息を吐く。しかし、その後の二人の少女との掛け合いを思い出し、信頼できる仲間を得ていたのだと思い、再び頬を緩める。
刹那、頭の中から声が響いた。部屋には誰もいない。
(畑山先生、まだ起きていますか?)
思わずドアの方を向く愛子。ドアの鍵は掛かったままだ。鍵を開けてドアを開くと、そこには甚平姿の来が立っていた。
「貴女に話しておきたい事があります」
「……一体、どうしたんですか?」
愛子は来を部屋に入れる。
「今からする話は、貴女が一番冷静に受け止められる事です。その後の判断は、先生にお任せします」
そう言って来は、トータスの真相を語り始める。
これには理由がある。神の意思に従って、勇者である光輝達が盤上で踊ったとしても、彼等の意図した通り神々が元の世界に帰してくれるとは思えなかった。魔人族から人間族を救う、すなわち起こるであろう戦争に勝利したとしても、それはそもそも神々が裏で糸を引いた結果。勇者などと言う面白い駒をそうそう手放す訳が無い。むしろ、勇者達を利用して新たな遊戯を始めると考えた方が妥当である。
その事を光輝達には秘密にしておきたかった。無闇に捜し出して伝えた所であの思い込みの正義感の塊である者が、自分の言葉を信用するとは到底思えなかった。
たった一人の青年の言葉と、大多数の救いを求める声、どちらを信じるかなど言うまでもない。むしろ、大勢の人たちが信じ、崇める〝エヒト様〟を愚弄したとして非難されるのが落ちだ。
だが、偶然の重なり合いで、何かの縁か愛子と再会することとなった。来は知っていた。愛子の行動原理が常に生徒を中心にしていることを。つまり、異世界の事情に関わらず、生徒のために冷静な判断ができるということだ。そして、日本での慕われ具合と、今日のクラスメイト達の態度から、愛子が話したのなら、きっと彼女の言葉は光輝達にも影響を与えるだろう、そう判断した。
その結果が、その結果、彼等の行動にどのような影響が出るのかはわからない。だが、この情報により、光輝達が神々の意図するところとは異なる動きをすれば、それだけ神の光輝達への注意が増すはず。来は大迷宮を攻略する旅中で自分が酷く目立つ存在であるという自覚があった。最終的には神々から何らかの干渉を受ける可能性を考えている。なので、間接的に信頼のある人物から情報を伝えてもらうことで、光輝達の行動を乱し、神から受ける注目を遅らせる、ないし分散させることを意図したのだ。
帰還方法は既に目星がついている。それ故全く異なる帰還方法を探ってくれるという期待は無い。自分はクラスメイト達を元の世界に全員帰した後、この世界に残って神に戦いを挑むつもりであった。
この世界の真実を聞かされ呆然とする愛子。どう受け止めていいか分からないようだ。情報を咀嚼し、自らの考えを持つに至るには、まだ時間が掛かりそうである。
「別に、戯言と切り捨てて頂いても構いません。真実と受け取って行動を起こす事も咎めはしません」
「つ、辻風君は、もしかして、その〝狂った神〟をどうにかしようと……旅を?」
「ええ、この世界を太平に導きたいですし、想い人と親友との暮らしを壊した者は誰であろうと滅んで貰うつもりなので」
彼の物凄い怒りを感じ取った愛子は少し怯えた。無謀なことに首を突っ込むという事には教師として眉をひそめざるを得ない。もっとも、自分もこの世界の事情より生徒達を優先しているので、人のことは言えず、結果、微妙な表情で話題を逸らすことになった。
「アテはあるんですか?」
「はい、七大迷宮が鍵になっています。どの迷宮もかなり危険なので、探索するなら最大限の用心を」
その言葉を聞いて、どれだけ過酷な状況を生き抜いたのかと改めて来に同情やら称賛やら色々なものが詰まった複雑な目差しを向けた。
しばらくの間、静寂が部屋を包み込む。伝えるべき情報は全て伝えたと悟った来は、「話は以上です」と踵を返して扉へと手をかけた。その背中に、オルクス大迷宮という言葉で思い出したある生徒達の事を伝えようと愛子が話しかけた。
「滝沢さんと南雲君、白崎さんと八重樫さんは諦めていませんでしたよ」
「……!」
来の足が止まる。再び愛子に顔を向けた。
「皆は貴方が死んだと言っても、彼らだけは諦めていませんでした。貴方の生存を確信したかのような様子を見せた、滝沢さんを信じて。今も、オルクス大迷宮で共に戦いながら、地上でも貴方を探しています。天之河君達は純粋に実戦訓練として潜っているようですが、彼らだけは貴方を探すことだけが目的のようです」
「良い仲間に恵まれて、僕は幸せ者だなぁ……膵花とハジメ、香織さんや雫さんは無事なんですか?」
一滴零した後、来は愛子に尋ねる。あの時と変わらない、他者を思いやる言葉に、愛子は喜色を浮かべる。
「は、はい。オルクス大迷宮は危険な場所ではありますが、順調に実力を伸ばして、攻略を進めているようです。時々届く手紙にはそうありますよ。やっぱり気になりますか? 貴方と南雲くんは特に仲が良かったですもんね」
「当たり前です…手紙のやり取りがあるなら今直ぐ伝えて下さい。本当に警戒すべきは迷宮の魔物ではなく、仲間の方だと」
「え? それはどういう……」
「畑山先生、今日の玉井達から事情は大体察しました。ハジメが僕の体を剣で貫いた原因はベヒモスとの戦闘中に起きた
「そ、それは……はい。一部の魔法が制御を離れて誤爆したと……辻風君はやはり皆を恨んで……」
「少なくとも彼らではありません。本当にハジメに向かっていったんですね?」
「はい」
「なら、それはきっと誤爆ではありません。その魔法は初めからハジメを狙って誘導されていたのでしょう」
「え? 誘導? 狙って?」
わけがわからないといった表情の愛子。
「直接見ていないので推測になりますが、犯人は恐らく檜山大介。動機はハジメに香織さんが構っていたからハジメを始末しようとした。僕には敵いませんでしたからね。まぁハジメを吹き飛ばして僕を道連れにしようなんてそんな狡猾な事は考えないでしょうし、ハジメだけを始末しようとしたのでしょう。それも伝えておいてください」
そう言い残し、来は部屋を後にした。シンとする部屋に冷気が吹き込んだように錯覚し、愛子は両腕で自らの体を抱きしめた。大切な生徒が仲間を殺そうとしたかもしれない。それも、死の瀬戸際で背中を狙うという卑劣な手段で。生徒が何より大切な愛子には、受け入れ難い話だ。だが、否定できなかった。否定すれば来の言葉も理由もなく否定することになる。生徒を信じたい心がせめぎ合う。
愛子の悩みは深くなり、普段に増して眠れぬ夜を過ごしたのだった……
どうも、この小説では三か月越しの最果丸です。
投稿が遅れてしまい大変申し訳ございませんでした!!
外伝作品の執筆に集中しすぎてしまいました。
いつになったら九十階層での戦いを書けるのだろうか……
次回 第三十八閃 北の山脈へ
IF編を書くタイミングで迷ってます。何時書いた方がいいですか?(但し書くなという意見は一切受けつけません)
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外伝をある程度進めてから
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今でしょ!
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別途執筆