「そっか……
何処かの町から少し離れた所にて、かなり大きな焚火の前に立つ女が一人。
「私も、
そして、彼女は躊躇うことなく炎の中へと飛び込んだ。
ミレディとティオは、商業区に買い出しに来ていた。といっても旅中で消費した分を少し補充する程度のことだが。したがって、それほど食料品関係を買い漁る必要はなく、二人は、商業区をぶらぶらと散策していた。
「ふむ、それにしてもミレディ殿。本当によかったのか?」
「シーちゃんのことかな?」
「うむ。もしかすると今頃、色々進展しているかもしれんよ?」
ブティックで展示品を品定めしているミレディに、ティオがそんな質問をする。声音は少し面白がるような響きが含まれていた。余裕ぶっていていいのか? 先を越されるかもしれないぞ? と。ティオとしては、三人の不思議な関係に興味があった。これから共に旅をする以上、一度腹を割って話してみたかったのだ。
それに対し、ミレディは動揺の欠片もなくティオを見て言う。
「ああ見えてらーちゃんかなり堅物だから。シーちゃんに靡くことは無いと思う」
「し、しかし……そこまで一途になれるものなのかの?」
「君が生きて来たよりも長く連れ添った相手がいるだからね。彼女との絆はそう簡単には千切れないよ」
首を傾げるティオ。そんな彼女にミレディは店を見て回りながら話を続ける。
「初めてシーちゃんを見た時、らーちゃんにベッタリとしてて、色々下心も透けて見えてたから面倒くさそうな子だな~って思ってた。でもさ、最終試練でわかったんだ」
「わかった、とは?」
「あの子は何時も全力で、一生懸命。大切なもののために、好きなもののために。とにかく真っ直ぐな子」
「ふむ。それは見ていてわかる気がするの……」
ティオは、短い付き合いながら今までのシアを脳裏に浮かべて頬を緩めた。亜人族にあるまじき難儀な体質でありながら笑顔が絶えないムードメーカーな少女に自然と頬が綻ぶのだ。
「シーちゃんも私も、そして君も、らーちゃんの〝大切な仲間〟だよ。〝特別な仲間〟にはなれないと思うけどね」
「ならば……ここは己が師の末裔を仲間に持つ者同士、お互い精進しようぞ」
ティオは来達との関係を良好なものにしようとしていた。そんなティオに、ミレディは上手くやっていけそうだと笑うのだった。
と、二人がブティックを出た直後、直ぐ近くの建物から二人出て来た。
「ん? マスターとシア殿。一体ここで何を?」
「あれ? ミレディさんとティオさん? どうしてこんなところに?」
「君達デートに行ってたはずだったよね? どうしたのその恰好」
建物から出て来たのは来とシアだった。出かけた時は平服ともんぺ姿だったはずなのに、今は陣羽織に忍者服を身に纏っている。両者とも刀を手に握っている。刀身からは赤い液体が滴り落ちていた。
「あはは、私もこんなデートは想定していなかったんですが……成り行きで……ちょっと人身売買している組織の関連施設を潰し回っていまして……」
「一体何が遭ったのかな……」
シアは苦笑いするしかなかった。
「丁度合流しようと思ってた所なんだ」
刀を鞘に仕舞う来とシア。二人はミレディとティオに事の顛末を伝える。
「で、指定された場所に行ってみたら、そこにミュウはいなかった。最初から僕を殺してシアを拉致する計画だったようだ。取り敢えず全員の頭の中を覗いてみたけど、隠れ家の場所は知っていたがミュウの居場所までは知らなかった。そして全員殺した後に隠れ家を回っていた所だったわけだ」
「どうも、私だけじゃなくて、ミレディさんとティオさんにも誘拐計画があったみたいですよ。それで、ならば尚更今回関わった組織とその関連組織の全てを潰さなければということになりまして……」
先程来とシアが出て来た建物の中で、説明を聞いたミレディとティオはそのトラブル体質に内心少し驚いていた。
「……それで、そのミュウって子を探せばいいんだね?」
「ああ。相手はかなり大規模な組織みたいだ……関連施設の数もそれなりにあるから、君達と合流しようと思ってた所なんだ」
「ふむ。主様の頼みとあらば、是非もないの」
「本当は解放者としてやりたくは無いんだけど……子供達を見捨てるくらいなら、処刑された方がマシだよ」
ミレディもティオも了承した。来は現在判明している裏組織のアジトの場所を伝え、来とミレディ、シアとティオの二手に分かれてミュウ捜索兼組織壊滅に動き出した。来とシアで別れたのは、ミュウを発見した場合に顔見知りがいた方がいいと考えたからだ。追跡と撲滅、いずれもマッハでやるつもりだ。
商業区の中でも外壁に近く、観光区からも職人区からも離れた場所。公的機関の目が届かない完全な裏世界。大都市の闇。昼間だというのに何故か薄暗く、道行く人々もどこか陰気な雰囲気を放っている。
そんな場所の一角にある七階建ての大きな建物、表向きは人材派遣を商いとしているが、裏では人身売買の総元締をしている裏組織〝フリートホーフ〟の本拠地である。いつもは、静かで不気味な雰囲気を放っているフリートホーフの本拠地だが、今は、騒然とした雰囲気で激しく人が出入りしていた。おそらく伝令などに使われている末端構成員達の表情は、訳のわからない事態に困惑と焦燥、そして恐怖に歪んでいた。
そんな普段の数十倍の激しい出入りの中、どさくさに紛れるように面を被った者が二人、フリートホーフの本拠地に難なく侵入した。バタバタと慌ただしく走り回る人ごみをスイスイと避けながら進み、遂には最上階のとある部屋の前に立つ。その扉からは男の野太い怒鳴り声が廊下まで漏れ出していた。それを聞いて、面を被った者の耳がピコピコと動いている。
「ふざんけてんじゃねぇぞ! アァ!? てめぇ、もう一度言ってみやがれ!」
「ひぃ! で、ですから、潰されたアジトは既に五十軒を超えました。襲ってきてるのは二人組が二組です!」
「じゃあ、何か? たった四人のクソ共にフリートホーフがいいように殺られてるってのか? あぁ?」
「そ、そうなりまッへぶ!?」
室内で、怒鳴り声が止んだかと思うと、ドガッ! と何かがぶつかる音がして一瞬静かになる。どうやら報告していた男が、怒鳴っていた男に殴り倒されでもしたようだ。
「てめぇら、何としてでも、そのクソ共を生きて俺の前に連れて来い。生きてさえいれば状態は問わねぇ。このままじゃあ、フリートホーフのメンツは丸潰れだ。そいつらに生きたまま地獄を見せて、見せしめにする必要がある。連れてきたヤツには、報酬に五百万ルタを即金で出してやる! 一人につき、だ! 全ての構成員に伝えろ!」
男の号令と共に、室内が慌ただしくなる。男の指示通り、組織の構成員全員に伝令するため部屋から出ていこうというのだろう。耳をそばだてていた二人の面を被った者達は顔を見合わせ一つ頷くと、一人が刀を抜き、大きく突き出した。
室内の人間がドアノブに手を掛けた瞬間、男の体を片刃の刀身が貫いた。胸部を貫かれた男はその場に倒れて動かなくなった。
「な、何だぁ!?」
「構成員に伝える必要はありませんよ。本人がここに居ますからね」
「ふむ、外の連中は引き受けよう。手っ取り早く、済ますのじゃぞ?
「ありがとうございます、
今しがた起こった殺人などどこ吹く風という様子で室内に侵入して来たのはシアとティオだ。いきなり部下が目の前で死んだのを見て、フリートホーフの頭、ハンセンは目を見開いたまま硬直していた。しかし、シアとティオの声に我に返ると、素早く武器を取り出し構えながらドスの利いた声で話しだした。これからオークションに向かう所だったらしい。
「……てめぇら、例の襲撃者の一味か……その容姿……チッ、仮面付けてるから顔が分からねぇ。おい、今すぐ投降するなら、命だけは助けてやるぞ? まさか、フリートホーフの本拠地に手を出して生きて帰れるとは思ってねぇだろうなぁ? お前ら! 殺っちまえ!!」
ハンセンの怒号で数名の構成員がシアとティオに襲い掛かる。
「
「うむ。任された!」
ティオは太刀で構成員の手足を斬り落とす。周りに被害を出さない為に魔法は使わず、通常の武器だけで相手にしている。シアは苦無を十三本、ハンセンに投げつけた。十三本の苦無全てが命中し、ハンセンは壁に磔にされた。そして別の苦無で体中を斬り刻まれる。
騒ぎを聞きつけて本拠地にいた構成員達が一斉に駆けつけてくるが、ティオによって四肢切断され無力化される。そして一人ずつ部屋に運び込まれている間、四肢を封じられ、首元に刀を当てられたハンセンは無様に命乞いすることしかできなかった。
「た、たのむ。助けてくれぇ! 金なら好きに持っていっていい! もう、お前らに関わったりもしない! だから助けてくれぇ!」
「ミュウちゃんは何処ですか? 貴方方が誘拐した海人族の子供です」
「ミュウ……? ああ、あの海人族のガキか……」
「早く答えないと、頸と胴が泣き別れになりますよ?」
「
頸に刃が触れ、出血する。
「……今頃、今日の夕方に行われる、オークションの会場の地下に運び込まれているだろうよ」
ちなみに、ハンセンはシアとミュウの関係を知らなかったようで、なぜ、海人族の子にこだわるのか疑問に思ったようだ。おそらく、シア達とミュウのやり取りを見ていたハンセンの部下が咄嗟に思いつきでシアの誘拐計画を練って実行したのだろう。元々、シアはフリートホーフの誘拐リストの上位に載っていたわけであるから、自分で誘拐して組織内での株を上げようと画策したのだろう。
シアは、首のチョーカーに手を触れて念話石を起動すると、来に連絡をとった。
〝こちら
〝こちら
〝ミュウちゃんの居場所が分かりました。今、観光区ですよね? そちらの方が近いので先に向かって下さい〟
〝了解〟
シアは、来に詳しい場所を伝えると念話を切った。既に体中の痛みと出血多量で意識が朦朧とし始めているハンセン。必死にシアに助けを求める。
「た、助け……医者を……」
「いいですよ」
「えっ……?」
シアは何故かハンセンを拘束から解放する。
「出口はあちらです。誰もいないからすんなりと出られますよ」
「……まさか命拾いするとはな……俺の運も捨てたもんじゃねぇな」
ハンセンがドアに向かおうとすると、シアが呼び止めた。
「最後に、屋上で貴方達にショーをお見せしましょう」
ティオとシアに無理矢理屋上まで連れて行かれる構成員達。そして屋上に到着するや否や、シアは苦無を上に投げた。
「さぁ、行きますよ!」
シアはハンセンに苦無を何度も投げつけた。投げられた苦無は全て首元に命中する。そして最後の一本がハンセンの脳天を貫き、ハンセンはその場に倒れた。シアが倒れたハンセンに紙切れを投げ渡すと、上から落ちて来た苦無が紙切れを貫きハンセンの心臓に突き刺さった。紙切れには「
シアは空を向いて両手を広げ、「ありがとうございました」と呟いた。構成員達は恐怖に顔が引き攣った。
「子供の人生を喰い物にしておいて、見逃すわけないじゃないですか。勿論、貴方達もここが墓場になりますけど」
構成員の半分がシアによって斬殺された。苦無で脳天を貫かれた者、刀で袈裟斬りにされた者、喉を苦無あるいは刀で切り裂かれた者、それらの死体は無造作に転がされていた。
「残りは
「S.T.A.R.S....」
残りもティオに頭を踏み潰され地獄へと堕とされた。これにより、本部にいた構成員全員が死亡。
シアとティオが立ち去った後には、無数の屍のみが残った。〝フリートホーフ〟、フューレンにおいて裏世界では三本の指に入る巨大な組織は、この日、たった四人によってあっさりと壊滅したのだった。
シアから情報を伝えられ、来とミレディは現場に急行していた。ミュウがオークションに出される以上、命の心配はないだろうが精神的な負担は相当なもののはずだ。奪還は早いに越したことはない。
目的の場所に到着すると、その入口には二人の黒服に身を包んだ巨漢が待ち構えていた。来は苦無を投げて二人の見張り役の脳天を貫き一撃で葬った。死体は吊るして立っているように見せかけた。
施設に侵入してからは、気配を断ち切りながら素早く移動していく。そして地下へと侵入する。
やがて、地下深くに無数の牢獄を見つけた。入口に監視が一人おり居眠りをしている。その監視の前を素通りして行くと、中には、人間の子供達が十人ほどいて、冷たい石畳の上で身を寄せ合って蹲っていた。十中八九、今日のオークションで売りに出される子供達だろう。
基本的に、人間族のほとんどは聖教教会の信者であることから、そのような人間を奴隷や売り物にすることは禁じられている。人間族でもそのような売買の対象となるのは基本犯罪者。彼等は、神を裏切った者として、奴隷扱いや売り物とすることが許されるのである。そして、眼前で震えている子供達が、そろってそのような境遇に落とされべき犯罪者とは到底思えない。そもそも、正規の手続きで奴隷にされる人間は表のオークションに出されるのだ。ここにいる時点で、違法に捕らえられ、売り物にされていることは確定だろう。
来は、突然入ってきた人影に怯える子供達と鉄格子越しに屈んで視線を合わせると、面を外して静かな声音で尋ねた。
「ここに、海人族の女の子が来なかったかい?」
てっきり、自分達の順番だと怯えていた子供達は、予想外の質問に戸惑ったように顔を見合わせる。牢屋の中にはミュウの姿はなかった。そのため、来は、他にも牢屋があるのか、それとも既に連れ出された後なのか、子供達に尋ねてみたのだ。
しばらく沈黙していた子供達だが、来の隣にミレディがしゃがみ込み優しげな瞳で「……もう大丈夫だよ」と呟くと、少し安心したのか、一人の七、八歳くらいの少年がおずおずと来の質問に答えた。
「えっと、海人族の子なら少し前に連れて行かれたよ……お兄さん達は誰なの?」
「僕は辻風来。君達を助けに来た」
「えっ!? 助け……」
少年はつい大声を出してしまうが、咄嗟に来が手で口を押さえた。だが、時すでに遅し。監視にはばっちり聞こえていたようで「何騒いでんだ!」と目を覚ましてドタドタと地下牢に入ってきた。
そして、来達を見つけて、一瞬硬直するものの「てめぇら何者だ!」と叫びながら短剣を抜いて襲いかかる。それを見て、子供達は、刺されて倒れる来とミレディの姿を幻視し悲鳴を上げた。
「通りすがりの
だが、そうはならなかった。監視は重力魔法で空中に拘束され、腹に刀を突き刺される。更に抉られて横薙ぎに切り裂かれた。当然、それほどの傷を負わされて生きているはずがなく、拘束から解き放たれて床に倒れた後、監視が再び動くことは無かった。
文字通り監視を処刑した来に、子供達は目を丸くして驚いている。その間に、ミレディが重力魔法で鉄格子を破壊する。子供達の目には、一瞬で鉄格子がへしゃげてしまったように見えたため更に驚いて呆然と口を開いたまま硬直してしまった。
「ミレディ、この子達を頼む。僕はまだやることがあるから」
「うん。気をつけてね、らーちゃん」
「おそらく、もうすぐ保安署の職員達も駆けつけるだろう。後のことはイルワ支部長に任せよう」
実は、ここに来る前に、適当に捕まえた冒険者にイルワ宛の念話石を届けてもらい、事の次第をイルワに説明しておいた。ステータスプレートの〝金〟はこういうとき非常に役に立つ。来の色を見た平冒険者は敬礼までして快く頼みを聞いてくれた。
ちなみに、イルワの方から念話石を起動することは出来ないので、彼は一方的に来から、巨大裏組織と対峙しているという報告と事後処理を頼まれ、今頃執務室で真っ白になっているだろう。
来は再び、地下牢から錬成で上階への通路を作ると子供達をミレディに任せてオークション会場へ急ごうとした。と、その時、先ほどの少年が来を呼び止める。
「兄ちゃん! 助けてくれてありがとう! あの子も絶対助けてやってくれよ! すっげー怯えてたんだ。俺、なんも出来なくて……」
この少年は、人間も亜人も関係なく、ミュウを励まそうとしていた。自分も捕まっていたというのに中々根性のある少年だ。自分の無力に悔しそうに俯く少年の胸を来は軽く叩く。
「僕が来るまで、よく堪えた。後は任せろ。次は君が誰かを守る番だ。強く在れ。誰かを守れるくらいに」
それだけ言うと、来は地下牢を後にした。呆然と両手で撫でられた頭を抑えていた少年は、次の瞬間には目をキラキラさせて少し男らしい顔つきでグッと握り拳を握った。ミレディは、そんな少年に微笑ましげな眼差しを向けると、子供達を連れて地上へと向かった。残されたのは、片足が床に陥没し、滅多切りにされた構成員達の死体だけだった。
オークション会場は、一種異様な雰囲気に包まれていた。
会場の客はおよそ百人ほど。その誰もが奇妙な仮面をつけており、物音一つ立てずに、ただ目当ての商品が出てくるたびに番号札を静かに上げるのだ。素性をバラしたくないがために、声を出すことも躊躇われるのだろう。
そんな細心の注意を払っているはずの彼等ですら、その商品が出てきた瞬間、思わず驚愕の声を漏らした。
出てきたのは二メートル四方の水槽に入れられた海人族の幼女ミュウだ。衣服は剥ぎ取られ裸で入れられており、水槽の隅で膝を抱えて縮こまっている。海人族は水中でも呼吸出来るので、本物の海人族であると証明するために入れられているのだろう。一度逃げ出したせいか、今度は手足に金属製の枷を嵌められ、更に口枷まで付けられている。酷く痛々しい光景だ。
多くの視線に晒され怯えるミュウを尻目に競りは進んでいく。ものすごい勢いで値段が上がっていくようだ。一度は人目に付いたというのに、彼等は海人族を買って隠し通せると思っているのだろうか。もしかすると、昼間の騒ぎをまだ知らないのかもしれない。
ざわつく会場に、ますます縮こまるミュウは、その手に持っていた髪留めをギュッと握り締めた。それは、来の髪留めだ。ミュウと別れる際、お守りとして預けておいたものだ。
その髪留めだけが、ミュウの小さな拠り所だった。母親と引き離され、辛く長い旅を強いられ、暗く澱んだ牢屋に入れられて、汚水に身を浸し、必死に逃げて、もうダメだと思ったその時、温かいものに包まれた。何だかいい匂いがすると目を覚ますと、目の前には黄金の瞳をした白髪の青年がいる。驚いてジッと見つめていると、何故か逸らしてなるものかとでも言うように、相手も見つめ返してきた。ミュウも、何だか意地になって同じように見つめ返していると、鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いに気が逸れる。
その後は聞かれるままに名前を答えると、温かいお湯をかけられ、石鹸で体を洗われた。温かなお風呂も優しく洗ってくれる感触もとても気持ちよくて、気づけばその青年のことを〝お兄ちゃん〟と呼び完全に気を許していた。
膝の上に抱っこされ、食べさせてもらった串焼きの美味しさを、ミュウは、きっと一生忘れないだろう。夢中になってあ~んされるままに食べていると、いつの間にかいなくなっていたシアと名乗る兎耳のお姉さんが帰ってきた。少し警戒心が湧き上がったが、可愛らしい服を取り出すと丁寧に着せてくれて、暖かい火のそばで何度も髪を梳かれているうちに気持ちよくなってすっかり警戒心も消えてしまった。
だから、保安署というところに預けられて一旦お別れしなければならないと聞かされた時には、とてもとても悲しかった。母親と引き離され、ずっと孤独と恐怖に耐えてきたミュウにとって、遠く離れた場所で出会った優しいお兄ちゃんとお姉ちゃんと離れ、再び一人になることは耐え難かったのだ。
故に、ミュウは全力で抗議した。来の髪を引っ張ってやったし、頬を何度も叩いたり、髪留めを取ってやったのだ。返して欲しくばミュウと一緒にいるがいい! と。しかし、ミュウが一緒にいたかったお兄ちゃんとお姉ちゃんは、結局、ミュウを置いて行ってしまった。「必ず戻って来る」と言ってたのに、襲撃に遭っても二人は来なかった。
ミュウは、身を縮こまらせながら考えた。やっぱり、痛いことしたから戻って来なかったのだろうか? 髪留めを取ったから怒らせてしまったのだろうか? 自分は、お兄ちゃんとお姉ちゃんに嫌われてしまったのだろうか? そう思うと、悲しくて悲しくて、ホロリと涙が出てくる。もう一度会えたら、痛くしたことをゴメンなさいするから、髪留めも返すから、そうしたら今度こそ……どうか一緒にいて欲しい。
(お兄ちゃん……お姉ちゃん……)
ミュウがそう呟いたとき、不意に大きな音と共に水槽に衝撃が走った。「ひぅ!」と怯えたように眉を八の字にして周囲を見渡すミュウ。すると、すぐ近くにタキシードを着て仮面をつけた男が、しきりに何か怒鳴りつけながら水槽を蹴っているようだと気が付く。どうやら更に値段を釣り上げるために泳ぐ姿でも客に見せたかったらしく、一向に動かないミュウに痺れを切らして水槽を蹴り飛ばしているらしい。
しかし、ますます怯えるミュウは、むしろ更に縮こまり動かなくなる。来の髪留めを握り締めたままギュウと体を縮めて、襲い来る衝撃音と水槽の揺れにひたすら耐える。
フリートホーフの構成員の一人で裏オークションの司会をしているこの男は、余りに動かないミュウに、もしや病気なのではと疑われて値段を下げられるのを恐れて、係りの人間に棒を持ってこさせた。それで直接突いて動かそうというのだろう。ざわつく客に焦りを浮かべて思わず悪態をつく。
「全く、辛気臭いガキですね。人間様の手を煩わせているんじゃありませんよ。半端者の能無しごときが!」
そう言って、司会の男が脚立に登り上から棒をミュウ目掛けて突き降ろそうとした。その光景にミュウはギュウと目を瞑り、衝撃に備える。
が、やってくるはずの衝撃の代わりに届いたのは……聞きたかった人の声だった。
「誰が半端者の能無しだと? 戯けが」
刹那、天井より舞い降りた人影が、司会の男の体を脚立ごと袈裟斬りにした。鮮やかな赤色の鮮血が宙を舞う。
衝撃的な仕方で登場した人影……来は文字通り一刀両断されて絶命した男の死体を蹴り飛ばして水槽を斬った。切り取られた水槽の壁が倒れ、中の水が流れ出す。
「ひゃう!」
流れの勢いで、ミュウも外へと放り出された。思わず悲鳴を上げるミュウだったが、直後ふわりと温かいものに受け止められて、瞑っていた目を恐る恐る開ける。そこには、会いたいと思っていた人が、声が聞こえた瞬間どうしようもなく期待し思い浮かべた人が……確かにいた。自分を抱きとめてくれていた。ミュウは目をパチクリとし、初めて会った時のようにジッーと来を見つめる。
「ごめんよ。すっかり遅くなってしまった」
ミュウは、やはりジーと見つめたまま、ポツリと囁くように尋ねる。
「……お兄ちゃん?」
「そうだよ。君の体を洗ってお風呂に入れてくれたお兄ちゃんだよ」
来が笑顔でそう返すと、ミュウはまん丸の瞳をジワッと潤ませる。そして……
「お兄ちゃん!!」
来の首元にギュッウ~と抱きついてひっぐひっぐと嗚咽を漏らし始めた。来は目を閉じてミュウの背中を優しく擦る。そして、ゆっくり毛布で包んだ。ミュウには何も見えていない。
と、再会した二人に水を差すように、ドタドタと黒服を着た男達が来とミュウを取り囲んだ。客席は、どうせ逃げられるはずがないとでも思っているのか、ざわついてはいるものの、未だ逃げ出す様子はない。
「クソガキ、フリートホーフに手を出すとは相当頭が悪いようだな。その商品を置……」
「判決、斬首刑」
言い終わる前に、男の頸が鮮血と共に飛んだ。この後、更に十一人、動く隙すら与えられず同じように手打ちに処される。
その時になってようやく、目の前の青年を尋常ならざる相手だと悟ったのか、黒服たちは後退り、客達は悲鳴を上げて我先にと出口に殺到し始めた。だが、出口には罠が仕掛けられており、客達は次々と墨で黒く塗りつぶされた挙句、喉を潰され死んでいった。
「お、お前、何者なんだ! 何が、何で……こんなっ!」
混乱し、恐怖に戦きながらも、必死に虚勢を張って声を荒げる黒服の構成員が一人。奥から更に十人ほどやってきたがホールの惨状をみて尻込みしている。
そんな彼らに対し、来は青筋を浮かび上がらせて言う。
「何で? 海人族の娘を奪ったのは貴様らの方だろう? それを奪い返したに過ぎない。なぜ奪う? なぜ子供の人生を踏みつけにする? 何が楽しい? 何が面白い? 子供は貴様らの所有物なのか? それだけでなく、私の仲間にまで手を出そうとは……無様に詫びて地獄に堕ちろ」
来はそう言うと、生き残りの構成員の腹を切り裂いた。切り口から臓腑が零れ出て、構成員達はその場に倒れ伏す。そしてそのまま放置して来はミュウを連れてホールを後にした。
〝ミレディ、ミュウは無事だ。そっちはどうだい?〟
〝こっちは避難完了! 後は誰も出て来てないよ〟
〝そうか。なら最後は派手に締めて、撤収だ〟
〝了解。
来はホールの上に跳び上がり、更に〝部分龍化〟で上空へと昇っていく。
「ほら、ミュウ。綺麗な夕焼けだよ」
毛布から頭を出したミュウは周囲を見渡し……「ふわっ!?」という驚きの声を上げた。
そこに広がっていたのは、夕日に紅く塗られ、燃え上がる空だった。地上は人工の光に彩られ、美しいイルミネーションを為していた。その初めて見る雄大な光景にミュウは瞳を輝かせてワーキャー言いながら来の胸元を掴んではしゃいでいる。
「お兄ちゃん凄いの! お空飛んでるの!」
「な? 凄いだろ? それより、そろそろ花火が打ち上がる頃だ」
「花火?」
「花火っていうのは、夜空に咲く綺麗な花だ」
「夜空の……花……楽しみ~」
花火の簡単な説明を聞いてわくわくしているミュウを片腕で抱えたまま、来は空中で静止し、ミレディに合図を送る。
〝今だ〟
〝打ち上げまで三、二、一、ドーンッ!!〟
既に陥落させたフリートホーフの重要拠点四ヶ所から、四つの火の球が打ち上げられた。打ち上げられた球は遥か上空で炸裂し、赤や緑などの光を放ちながら花が咲く。花火の開花から少し遅れて、ドドーンと音がやって来る。
「わぁぁ……」
「次はこれだ」
次の球が打ち上がる。空中で炸裂し、雪の結晶みたいな形に広がる。そして更に次の球はまるで滝のように火花を下に散らす。
「ここからが本番だよ」
花火玉が五月雨のように打ち上げられる。空のあちこちに青や赤の花が咲き乱れる。
「た~まや~」
「た~まや~?」
その後も、花火は百発ほど打ち上がった。生まれて初めて花火を見たミュウは終始、空に咲く閃光の花に目を奪われていた……
私じゃないかもしれません。
今回はあるオンライン対戦ゲームのネタを入れてみました。
実況動画もかなりたくさん見る程気になってるゲームです。
破壊もいいですけどやっぱり殺戮も楽しいですからね。
↑
何言ってんのコイツ。フツーにやべぇヤツやん。
次回 第四十七閃 剣士の娘
外伝作品はどこまで進めて欲しいですか?
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アニメ26話まで
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無限列車編まで
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無限城戦手前
-
完結後