ありふれた職業と共に一刀両断!!   作:籠城型・最果丸

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三百年前……

「はっ…はっ…はっ…」

二十三歳の女王は逃げていた。叔父が裏切って彼女を始末しようとしたのだ。

裏路地を逃げていると、前方の民家の壁が破壊される。

「あっ……!!」

女王の前に立つのは、片刃の曲刀を持った黒髪の剣豪だった。その黄金色に輝く瞳が、彼女を捉えていた。

「こ、来ないで……」

剣豪は女王に逃げる隙を与えず、一瞬で間合いを詰めて刀を振るう。


「いやぁぁぁぁあ!!」

まだ月が空に浮かぶ中、女王…否、元女王は目を覚ました。

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」

どうやら、夢だったようだ。

「どうしてあの時を今更夢なんかに……」

悪夢に見る程のトラウマを、元女王は剣豪に植え付けられていたのだった。


第四十七陣 剣士の娘

〝来さん、ミュウちゃんは無事ですか?〟

 

花火が全て打ち上げ終わった後、シアから連絡が入った。

 

〝ああ、無事だよ。合図通り、フリートホーフは壊滅した。現時刻を以て、作戦は終了。十分後、各自ギルド支部前に集合〟

〝うぅ~、良かったぁ~。支部長さんのところですね? 了解です。直ぐに向かいますから早くミュウちゃんに会わせて下さいね?〟

〝はいはい〟

 

ミュウに「もう直ぐお姉ちゃんと会えるよ」と伝えると、ミュウは「お姉ちゃん!」と嬉しそうに頬を綻ばせた。

 

部分龍化を解いて着陸した来の下へ捕まっていた子供達を保安員に引き渡したミレディがやって来た。来に抱っこされるミュウをジーと見つめている。ミュウの方は、そわそわと視線を彷徨わせて、来を見上げた。

 

「この人誰なの?」

「彼女はミレディ。シアと同じく、僕の仲間だ」

「そうなの?」

「そうだよ」

「む~」

 

ミュウはミレディをただぼんやりと見つめていた。ミレディも未だにミュウを見つめている。そして「私も抱っこしていい?」と頼んでミュウを抱き上げると、頬を指でつんつんしてみる。

 

「……ヤバい。この子凄く可愛い」

 

ミレディもミュウを気に入ったようだ。

 

「ミュウちゃん。私はミレディ。今まで一人でよく頑張ったね。偉いぞ君。絶対にママの所に帰してあげるからね」

 

穏やかで温かい眼差しを向けて、ミレディはミュウの頭を撫でる。その優しい手つきと温もりにミュウは自然とホロホロと涙を流し始めた。そしてそのまま声を上げて泣く。今までずっと、辛かった気持ちを我慢してきた。だが、こうして優しさに触れ、母親のことを思い出して我慢してきた気持ちを全て吐き出した。

 

 

 

「建物の倒壊、半壊はなし、死亡が確認されたフリートホーフの構成員百七十名、裏オークションの参加者百名……で? 何か言い訳はあるかい?」

「大勢の子供の人生を狂わせたので、他の裏組織への見せしめも兼ねて相応の報いを受けて貰いました」

「はぁ~~~~~~~~~」

 

冒険者ギルドの応接室で、報告書片手にジト目で来を睨むイルワだったが、反省も後悔もない様子に激しく脱力する。

 

「まさかと思うけど……メアシュタット水族館に謎の魚型の魔物の群れが襲撃してリーマンが空を飛んで逃げたという話……関係ないよね?」

「その魚型の魔物ってこんな姿でしたか?」

 

そう言って八咫に映る喰鰹の姿をイルワに見せる。

 

「本当にそれかどうかはわからないが、まさかこれもとは……」

 

イルワは察した。再び、深い、それはもうとても深い溜息を吐く。片手が自然と胃の辺りを撫でさすり、傍らの秘書長ドットが、さり気なく胃薬を渡した。

 

「まぁ、やりすぎ感は否めないけど、私達も裏組織に関しては手を焼いていたからね……今回の件は正直助かったといえば助かったとも言える。彼等は明確な証拠を残さず、表向きはまっとうな商売をしているし、仮に違法な現場を検挙してもトカゲの尻尾切りでね……はっきりいって彼等の根絶なんて夢物語というのが現状だった……ただ、これで裏世界の均衡が大きく崩れたからね……はぁ、保安局と連携して冒険者も色々大変になりそうだよ」

「まぁ、後は行政の仕事なので僕らの出る幕ではないかと。今回は身内にまで手を出そうとしたので」

「唯の反撃で、フューレンにおける裏世界三大組織の一つを半日で殲滅かい? ホント、洒落にならないね」

 

精神が十年分削れたイルワは苦笑いするしかなかった。そんなイルワに来は提案をする。

 

「先程申した通り、他の裏組織への見せしめも兼ねて行いました。そこで、今後の犯罪の抑止力として、我々の名前を使って頂きたいのです。支部長お抱えの〝金〟ともなれば、相当な抑止力になると思います」

「おや、いいのかい? それは凄く助かるのだけど……君は己の力を誇示することを嫌うタイプだろう?」

 

来の言葉に、意外そうな表情を見せるイルワ。だが、その瞳は「えっ? 本当にいいのか? 是非頼む!」と雄弁に物語っている。目は口ほどにものを言うとはこのこと。

 

「それ以上に、力を隠し過ぎて周りに危険が及ぶのはもう……見たくないので」

「……ふむ。来君、少し変わったかい? 初めて会った時の君は、自分のことをいつも後回しにしているように見えたのだけど……ウルで良い事でもあったのかな?」

「え、えぇ……悪い事ばかりではなかったもので……」

 

流石は大都市のギルド支部長、相手のことをよく見ている。来の微妙な変化も気がついたようだ。その変化はイルワからしても好ましいものだったので、来からの提案を有り難く受け取る。

 

その後、他二つの組織はフリートホーフの崩壊に乗じて勢力を広げようと画策したのだが、大きな混乱が起こることはなかった。この件以降、来には数々の異名が付くことになる。〝フューレン支部長の懐刀〟、〝幼女キラー〟、〝辻斬りの無慈の生まれ変わり(長すぎるのか単に「辻斬りの無慈」と呼ばれることが多い)〟、〝金色の天眼(てんげん)〟などだ。

 

大虐殺をした来達の処遇については、イルワが関係各所を奔走してくれたおかげと、意外にも治安を守るはずの保安局が、正当防衛的な理由で不問としてくれたので特に問題はなかった。保安局としても、一度預かった子供を、保安署を爆破されて奪われたというのが相当頭に来ていた。

 

また、日頃自分達を馬鹿にするように違法行為を続ける裏組織は腹に据えかねていたようで、挨拶に来た還暦を超えているであろう局長は実に男臭い笑みを浮かべて来達にサムズアップして帰っていった。心なし、足取りが軽かったのがその心情を表している。

 

「それで、そのミュウ君についてだけど……」

 

イルワがはむはむとクッキーを両手で持ってリスのように食べているミュウに視線を向ける。ミュウは、その視線にビクッとなると、また来達と引き離されるのではないかと不安そうに来やシア、ミレディ、ティオを見上げた。

 

「こちらで預かって、正規の手続きでエリセンに送還するか、君達に預けて依頼という形で送還してもらうか……二つの方法がある。君達はどっちがいいかな?」

「こ、公的機関に預けなくていいんですか? この子、一応誘拐されたことになってますけど……」

「君なら大丈夫だろう。金ランクだし、この子を保護するためにあの大虐殺をしたんだろう? だからだよ」

「そ……そうですか……じゃあ、僕達でこの子を家まで送り届けます」

 

この決定に、シアとミュウは大いに喜んだ。そうしてイルワとの話し合いを終え、一行は宿に戻った。

 

 

「さて、とりあえず一段落ついたことだし、いよいよ明日、ホルアドに向かう」

「……遂にここまで来たんだね……」

「ようやく来さんの想い人と相見(あいまみ)えることができるんですね!」

「妾はまだ仲間になって日が浅いのでよく分からないのですが…マスターの悲願がもう直叶うこと、心よりお喜び申し上げます」

「ティオ……固いよ君……でも、ありがとう。皆」

 

本当にいい仲間を持ったな、と思いつつ横になる来。その表情は、とても晴れやかなものだった。何せ長く連れ添って来た伴侶と四ヶ月ぶりに会えるのだ。楽しみでしかたなかった。

 

「だかららーちゃん、子供の世話がとても上手だったんだね」

「そうなんですよ。来さんがいう事には、前の世界で子供を設けたこともあるみたいで……」

「みゅ?」

 

その場にいた全員が、ミュウの方を向く。

 

「どうしたのかいミュウ。眠れないのかい?」

 

ミュウはコクッ、と頷く。

 

「じゃあ、お兄ちゃんのところにおいで」

 

来は正座をして膝を軽く叩き、ミュウに来るよう促す。ミュウは真っ直ぐ来の膝に直行する。頭を優しく撫でてやると、ミュウは心地よさそうに目を閉じる。

 

「その様子だと、とても良い父親をしてたみたいだね~」

「今のマスターを見ていると……故郷の親を思い出します」

「来さん。まるで()()みたいですね~」

 

ミュウの世話をしている来を見て、ミレディ、ティオ、シアは和んでいた。しかし、シアの最後の一言がきっかけで、小さな混乱が巻き起ころうとは、この時はまだ誰も思ってもみなかったのだった。

 

「……」

「ど、どうしたんだい? まだ眠れないのかい?」

 

ミュウはしばらく来の眼を見つめると、衝撃の言葉を口にする。

 

「……パパ?」

「……?」

 

来は一瞬思考停止した。周りをきょろきょろ見回した後、ミュウの前で自分を指差してみる。ミュウはコクコクと首を縦に振った。

 

「も、もしかしてミュウ……君のパパは……」

 

ミュウは悲しそうに言う。

 

「……いないの。ミュウが生まれる前に神様のところにいっちゃったの……キーちゃんにもルーちゃんにもミーちゃんにもいるのにミュウにはいないの……」

「……そうか。ごめんね? 嫌な事思い出させて」

「ううん、いいの。お兄ちゃんが一番優しくしてくれたから。だからお兄ちゃんがパパなの」

「そ、そうなんだ………」

(膵花とミュウの母親になんて説明しよう………)

 

ミュウの頑固さを知ってるので、撤回は最初から諦めている。その後、誰がミュウに〝ママ〟と呼ばせるかでちょっとした紛争が勃発したが、全員〝お姉ちゃん〟呼びになった。母親はまだ生きてるからね。仕方ないね。

 

そして夜、ミュウたっての希望で全員で川の字になって眠る事になった。また揉めそうになったので、今日の所は来とシアの間にミュウを寝かせることになった。ちなみに、ミレディは来の隣、ティオはシアの隣で眠ることになった。

 

 

 

そして、来の夢の中。

 

夢の中で彼は、どこかの夜の砂浜に立っていた。波が彼の足に押し寄せて足を海水で濡らす。何故か裸足だ。周りからは波の音しか聞こえなかった。

 

「ここは……」

『ここは、私とレミアが初めて出会った場所だ』

 

来の目の前で、海人族の青年が海の上を歩いてこちらに近づいてきている。

 

「貴方は……?」

『私は……ミュウの父親だ』

 

その青年は、ミュウの父親だった。青年は半透明でぼんやりと光っていて、顔がよく見えなかった。

 

「ミュウの…父親……」

『そう。生きて娘の顔を拝めなかったことを、私はずっと後悔している』

 

ミュウが生まれる前に逝去してしまったのだ。当然、ミュウの母親……レミアはとても悲しんだ。

 

『ミュウはずっと、父親という存在に憧れていたんだ』

「それで僕のことをパパと……」

 

ミュウの父親はある程度来に近づいた所で歩みを止めた。

 

『ところで君』

「は、はい。僕は……」

『君の名前なら既に知っている。私が聞きたいのはそこじゃない』

「と、申しますと?」

『一つ、聞きたいことがある』

 

海の上には、満月が静かに浮かんでいた。

 

『君にとって、親とは何だい?』

「僕にとって……親とは……」

 

来はしばらく悩んだ。その間、満月は徐々に(くだ)っていく。悩んだ末、来が導き出した答えは…

 

「……伴侶に寄り添い支え合い、子供を強く正しく導いていく。それができる人……僕はそう思います。自分が先立てば伴侶も子供も悲しませてしまう。ましてや子供が生まれる前に先立ってしまえば……言うまでもありません。だから、いつも死んだら駄目だって考えてしまうんです」

 

青年は来の答えを聞いてしばらく考えていた。そして、ゆっくりと口を開く。

 

『そうかい。なら、君の考えが正しいとするならば、私は父親失格だね』

 

青年は下を向いて無念そうにそう言った。

 

「そんなことないですよ……貴方だってきっと、良い父親になれたと思います」

『私よりも父親らしいね君』

「前いた世界で長い間父親してましたから」

 

来はそう笑って言ってみせた。

 

『そうか。道理でミュウの世話が上手だったわけだ』

 

青年も笑った。見た目からはとても信じられないことを言っていたのだが、青年はすんなりと信じてくれた。

 

『でもまぁ、これで分かったよ』

「何がですか?」

『君になら、安心してミュウを任せられそうな気がする。すまないね。君を試すような真似をしてしまった。』

 

最初から質問なんてしなければよかった、と青年は苦笑いで言った。

 

「お気になさらずに」

『そうかい、それはどうも。最後に、レミアにこう伝えて欲しい』

 

表情ははっきりと見えないが、震えるような声音でこう告げた。

 

『……私の分まで生きてくれ。と』

 

青年は既に死んだ身。もうこの世で何かできることはない。だからせめて、妻だったレミアに長く生きて欲しいと願った。

 

「……えぇ。必ず」

 

月は沈み、日が昇って、陽光が青年の顔をはっきりと照らした。その顔は、もう未練はないと言わんばかりに晴れやかなものだった。

 

「ミュウのこと、頼んだよ……」

 

青年の姿は日が昇るごとに更に透けていき、完全に水平線から姿を現したころには既に消えてなくなっていた。

 

 

 

また、誰よりも早く目を覚ました。仲間はまだ夢の中だ。朝日が部屋に差し込む。

 

仲間達を起こさないようにゆっくりと起き上がり、彼は朝食の準備をするのだった……




ミュウの父親の人物像は、完全に捏造です。


次回 第四十八閃 相対、魔人と黒髪の剣士

外伝作品はどこまで進めて欲しいですか?

  • アニメ26話まで
  • 無限列車編まで
  • 無限城戦手前
  • 完結後

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