ありふれた職業と共に一刀両断!!   作:籠城型・最果丸

49 / 51
乳吞(ちちのみ) 垂乳根(たらちね) 今こそ逢着せん』

『対よ 対よ 大地を潤す清流よ』

『対よ 対よ 天上を裂く稲妻よ』

『『水 雷 交らふ』』

『『我ら桃郷が かぞいろは』』

『『いざ 眷属で以て天下を治めん』』


第四十九陣 雌雄逢着

「ヒャッハー! ですぅ!」

 

左側のライセン大峡谷と右側の雄大な草原に挟まれながら、飛脚改二と弩空が太陽を背に西へと疾走する。道に沿って進むホバースキッフと異なり、ホバーバイク…ではなくホバーセイルの方は、峡谷側の荒地や草原を行ったり来たりしながらご機嫌な様子で爆走していた。

 

「……凄くご機嫌な様子だねシア……」

「ちょっとやってみたいかも……」

 

弩空の操縦桿を握りながら、来は苦笑いで呟く。シアは今、飛脚改二に乗っている。

 

シアは飛脚改の風を切る感覚をとても気に入っていた。しかしメンバーが増えて弩空で移動することが増えていたために少し不満であった。弩空の上部はシールドで覆われており、弱い風しか感じることができない。それならば、操縦の仕方を教わって自分で走らせてみたいと頼み込んだのだ。

 

魔力は機体内部のタンクに貯められるので魔力操作せずとも操縦できるのだが、何せ最高速度が地球の乗用車とは比べものにならないために操縦難易度はそこそこに高い。新しく帆を取り付けられてホバーバイクからホバーセイルになって難易度は更に上がった。逆に帆を取り外してバイクに戻すこともできる。最初は投げ出されていたのだが、何度も投げ出されては乗り直すのを繰り返した結果、乗り熟すことに成功した。そしてその魅力に取りつかれてしまった。

 

今もシアは、機体を前後左右上下に回転させてみたり、更に自分も宙返りして再び乗ったりとヨットレーサー顔負けの技を披露している。

 

既に来と同じ位には乗り熟していた。時折来の方にシアの兎耳が向いてくる。どうやらシアは乗り物に乗った瞬間性格が豹変するタイプのようだ。

 

ミレディの隣でシールドから顔をちょこんと出して気持ちよさそうにしていた三、四歳くらいの幼女ミュウが、いそいそとミレディの膝の上によじ登ると、そのまま大きな瞳をキラキラさせる。そして、帆を逆立ちで操作し始めたシアを指差し、来におねだりを始めた。

(※現在の速度:40km/h)

 

「パパ! パパ! ミュウもあれやりたいの!」

「今のミュウにはまだ大分早いから、やるなら大きくなってからね。後で乗せてあげるから、それで我慢だ」

「むぅ~。わかったの」

 

流石に操縦はさせてもらえなかったが、後で一緒に乗ると約束してくれたので渋々了承するミュウ。そして、シアとは絶対に一緒に乗るなと言われた。幼女にとってシアの操縦は凄く危険だからね。仕方ないね。

 

「ミュウを乗せる時は減速しなきゃなぁ。最高速度はミュウには辛いだろうし……」

「あらあら、らーちゃんパパはミュウちゃんが心配だねぇ~。意外に過保護なのかなカナ?」

「ふふっ、マスターは意外に子煩悩であったか。見ていて微笑ましいものじゃな」

 

ミュウの頭を優しく撫でながら、ミレディとティオがミュウの話し相手をする。

 

この後、シアは更にとんでもねぇ操縦をし始めたのでサカ=ダチやブラ=サガリといった危険な操縦の仕方に対する禁止令を出された。罰則一回につき素振り千本。シアは二回やってしまったが、今罰則を科せば遡及処罰になるので今回は素振り二千本を免れた。だが次は無い。

 

 

 

来達は現在、ホルアドにいた。

 

フューレンのギルド支部長イルワから頼まれごとをされただけでなく、愛子から膵花が滞在していると聞いて訪れたのだ。

 

来は、懐かしげに瞼を閉じて町のメインストリートをホルアドのギルドを目指して歩く。そんな来の様子に気づいたのか、肩車をしてもらっているミュウは不思議そうな表情をしながら来のおでこを紅葉のような小さな掌でペシペシと叩く。

 

「パパ? どうしたの?」

「……前に来たことがあってね。まだ四ヶ月程しか経ってないはずなのに、まるでもう何年も前のことのような気がしてさ……」

「らーちゃん、大丈夫?」

 

複雑な表情をしていた来の肩にそっと自らの手を添えて心配そうな眼差しを向けるミレディ。そんな彼女に対し、来は肩を竦めて普段通りの雰囲気に戻す。

 

「あ、ああ。大丈夫。随分と濃密なひと時を過ごしてたなって感慨に耽ってたよ。思えば、ここから始まったんだって……一つの決意のみを抱いて一夜を明かして、次の日迷宮に潜って……深手を負って落ちたよ」

 

運命の分岐点とも言えるあの出来事を思い出し、独白をする彼の言葉を、神妙な雰囲気で聞くミレディ達。シアとミレディは、ジッと来を見つめている。ティオが、興味深げに彼に尋ねた。

 

「主様は……やり直したいとは思わないのですか? 元々の仲間がおられたのでしょう? その中に、仲の良かった者もいたはず」

 

ティオはまだ、来達との付き合いが浅いので、時折彼らの心の内を知るべく普段なら気を遣ってしないような質問をいくつかしてくる。単なる旅の同行者としてではなく、正式な来達の仲間として在りたいと思うが故の彼女なりの努力だった。

 

特にそれを気にすることもなく、素直に来はティオの質問を受け止めた。そして、最愛の妻のことを思い浮かべた。水も滴る艶のある縹色のロングヘアー、宝石のように綺麗な藍色の瞳、いつも隣に添い遂げてくれたあの人、あの時、深手を負った自分を見て悲痛な叫び声を上げたあの人……

 

不意に、一滴零れた。それに気づき、右腕で乱暴に拭う。

 

「パパ? どこかいたいの?」

「大丈夫、どこも痛くないよ」

 

痛いのは体ではなく、心だった。

 

「確かに、あの中には仲の良かった者達もいる。だけど……もしあの日に戻ることが叶っても、僕は何度だって今までと同じ道を辿るよ。唯一後悔していることは……膵花やハジメ達も一緒に連れて行けなかったことかな」

「……何故でしょうか」

 

理由は来の様子を見れば自ずとわかるのだが、ティオは敢えて聞いた。

 

「あの日落ちていなかったら、君達とは出会えなかったかもしれないからね」

「来さん……」

「らーちゃん……」

 

傍で聞いていたシアとミレディの頬が朱く染まる。来にとって彼女達は〝良き仲間〟という認識であり、彼女達もそれを解っていたが、それでも心が躍ってしまう。

 

周りの視線を集めながら、一行はギルドへと一直線に向かう。

 

 

 

ミュウを肩車しながら、来はギルド支部のドアを押した。金属製の扉が重い音を立てて開かれる。

 

近くに迷宮があるからなのか、ブルックとは異なり、中の雰囲気は張り詰めていた。歴戦の冒険者でさえ表情を深刻にさせるような何かが起きているのだろうか。

 

ギルドに足を踏み入れた瞬間、冒険者達の視線が一斉に来達に集まった。その眼光のあまりの鋭さに、ミュウは悲鳴を上げてしまった。そして来の頭にしがみついた。美女・美少女に囲まれて、更に幼女を肩車して入って来た来に対し、冒険者達は殺気を叩きつけ始めた。その気迫は、「巫山戯た野郎をぶちのめす」と言わんばかりだった。

 

その冒険者達のうち一人が、「話ならぶちのめした後で聞いてやる」と正に荒くれ者らしい考えで来の方に踏み出した。

 

「おいテメェ」

「…一体何の用かな?」

「こっちは非常事態が起きてんだ。なのにテメェは何呑気に女とガキ連れ……」

 

男が言い終わる前に、来は口の前で人差し指を立て、威圧を放って黙らせた。先程の冒険者達の殺気がまるで子供の癇癪のようだ。他の冒険者も委縮してしまっている。

 

(なっ……何だ……? この徐々に凍りついていくような感覚は……! 凄まじい程の威圧だ……!)

 

しかし、凍りつくような威圧に反して、来の表情はあまりにも穏やかだった。それが更に恐怖を駆り立てる。後にこの冒険者は、「アイツの背後に翼の生えたヘビみたいな化け物が見えた」と語る。

 

「手を上げる前に、ここで何が起こっているのか、説明してくれないか?」

 

先程まで場の空気を凍りつかせた威圧が徐々に弱まっていく。冒険者達は息切れを起こしていた。

 

「その前に……」

 

来は笑みを浮かべながら頼み事をする。

 

「この子に向かって、微笑んであげてほしい」

 

状況とそぐわない頼みに、冒険者達は戸惑う。

 

「どうした? 腹でも痛くなったか? 君達はただ手を振ってにっこりと笑ってくれるだけでいい。この子はまだ幼いから、トラウマは作りたくないからね」

 

だったら、そもそもこんな場所に幼子を連れてくるなよ! と内心冒険者達は思ったが、それをうっかり口にしてしまえば確実に殺されるので頬を盛大に引き攣らせながらも必死に笑顔を作ろうとする。

 

来は胸元に顔を埋めたままのミュウの耳元にそっと話しかける。

 

「さっき怖い顔してた人達はね、皆悩み事を抱えてるんだよ。だから、ミュウがあの人達に向かって笑ってあげたら皆もう怖い顔しなくなるからね」

 

ミュウはおずおずと顔を上げて、潤んだ瞳で来を見つめる。そして、来の視線と指に誘われてゆっくりと振り向いた。

 

「ひっ!」

 

ところが、ミュウは怯えて再び胸元に顔を埋めてしまった。再びミュウにそっと話しかけた。

 

「大丈夫。皆笑ってくれてるだけだから、ミュウも皆に笑ってあげてね」

 

ミュウは再びおずおずと顔を上げて、冒険者達に振り向いた。しばらく見つめた後、手のひらサイズのかが宜しく「にへらぁ」と可愛らしく笑って小さく手を振り返した。その笑顔と仕草の可愛さに、冒険者達も思わず和んだ。安心した来はミュウを抱っこしたままカウンターへと向かう。

 

「ここの支部長はいますか? フューレン支部長から本人に直接渡せと手紙を預かっているのですが……」

 

来は自分のステータスプレートを受付嬢に差し出す。ハジメと同い年位の受付嬢は、緊張しながらもプロらしく居住まいを正してステータスプレートを受け取った。

 

「は、はい。お預かりします。え、えっと、フューレン支部のギルド支部長様からの依頼……ですか?」

 

通常、一介の冒険者がギルド支部長から依頼を受けることはほとんどないので、少し訝しそうな表情になる受付嬢。しかし、渡されたステータスプレートに表示されている情報を見て思わず目を見開いた。

 

「き〝金〟ランク!?」

「えぇ。つい先日なったばかりでして……」

 

冒険者において〝金〟のランクを持つ者は全体の一割に満たず、新たに〝金〟ランクに認定された者については各ギルド支部職員に対して伝えられるのだが、まさか目の前の青年が金ランクとは思わず、つい驚愕の声を漏らしてしまった。

 

その声でここにいる全員が、驚愕に目を見開いて来に視線を向ける。支部内がまた騒がしくなった。

 

個人情報を大声で晒してしまったことに気づき、青ざめてしまった受付嬢。そして物凄い勢いで頭を下げ始めた。

 

「も、申し訳ありません! 本当に、申し訳ありません!」

「お気になさらずに。取り敢えず、支部長に取り次ぎしていただけますか?」

「は、はい……少々お待ちください……」

 

注目を向けられることに慣れていないミュウを全員であやしながら五分程待っていると、ギルドの奥から音を立ててカウンター横の通路から少年が飛び出した。少年は誰かを探しているように辺りを見回す。

 

その少年に、見覚えがあった。

 

「……浩介」

 

少年……遠藤浩介は、辺りをキョロキョロと見渡し、それでも目当ての人物が見つからないことに苛立ったように大声を出し始めた。

 

「辻風ぇ! いるのか!? お前なのか!? 何処なんだ!? 辻風ぇ! 生きてんなら出てきやがれぇ! 辻風来!!」

「ここ。ここだよ。君の目の前にいる人間がそうさ」

 

来の声に反応して振り向いた浩介。余りにも必死な形相だった。

 

「三回に一回しか自動ドアが開かない程の存在感の薄さが、どうやら役に立ったようだね」

「誰がコンビニの自動ドアすら反応してくれない影が薄いどころか存在自体が薄くて何時か消えそうな影の薄さランキング生涯世界一位の男だ!」

「いやそこまで言ってないよ」

 

目の前の白髪の剣士が死んだはずのクラスメイトであることに気づき、浩介は来の顔を見つめる。

 

「お、お前……お前が……辻風……なのか?」

「ああ。髪の毛白くなったけど、正真正銘辻風来本人だ」

 

上から下まで見たが、それでも記憶の中の来と違うので半信半疑だったが、顔の造形や自分の影の薄さを知っていた事からようやく信じることにした。

 

「お前……生きていたのか。化けて出たとかじゃないよな……?」

「前にも同じようなこと言われたけどちゃんと生きてるよ」

「何か、えらく変わってるんだけど……見た目とか雰囲気……はあんまり変わってないな……」

「何時の間にか変わってたんだ」

「そうか……ホントに生きて……」

 

死んだと思っていたクラスメイトが本当に生きていたと理解し、安堵したように目元を和らげた。

 

「っていうかお前……冒険者してたのか? しかも〝金〟て……」

「まぁね」

 

浩介の表情が変わった。クラスメイトが生きていた事にホッとしたような表情から切羽詰ったような表情に。

 

「……つまり、迷宮の深層から自力で生還できる上に、冒険者の最高ランクを貰えるくらい強いってことだよな? 信じられねぇけど……」

「そうだけど……一体何が遭ったんだ? 凄くぼろぼろだったぞ」

 

浩介の真剣な表情でなされた確認に来が肯定の意を示すと、浩介は来に飛びかからんばかりの勢いで肩をつかみに掛かり、今まで以上に必死さの滲む声音で、表情を悲痛に歪めながら懇願を始めた。

 

「なら頼む! 一緒に迷宮に潜ってくれ! 早くしないと皆死んじまう! 一人でも多くの戦力が必要なんだ! 健太郎も重吾も死んじまうかもしれないんだ! 頼むよ、辻風!」

「死んじまうって…天之河がいれば大抵の事はどうにかなるだろうに。メルド団長がいれば、二度とベヒモスの時みたいな失敗もしないだろうし……」

 

来は浩介のあまりに切羽詰った尋常でない様子に、困惑しながら問い返す。すると、遠藤はメルド団長の名が出た瞬間、ひどく暗い表情になって膝から崩れ落ちた。そして、押し殺したような低く澱んだ声でポツリと呟く。

 

「ど、どうしたんだ…?」

「……たよ」

「えぇ!?」

「殺されたんだよ! メルド団長もアランさんも他の皆も! 迷宮に潜ってた騎士は皆殺された! あの剣士から俺を逃がすために! 俺のせいで! 一刀両断されちまったんだ! 皆死んだんだよぉ!」

 

浩介は七十層で騎士団と共に転移陣の護衛をし、無線機でハジメと連絡を取っていたのだが、そこへ突如謎の剣士が乱入し、騎士団員を悉く屠っていった。浩介は命辛々転移陣で脱出することに成功したが、無線機を落としてしまい、ハジメと連絡が取れなくなってしまったのだ。その剣士が深追いをしなかったこともあり、浩介のみ地上に戻ることができた。

 

「……そうなのかい。詳しく聞かせてはくれないか」

 

他のクラスメイトの観察を任せられるくらい、来はメルドからは信頼されていた。あの日、自分が奈落に落ちた日、最後の場面で自分と〝無能〟呼ばわりのハジメを信じてくれたことも覚えている。そんな彼が殺されたと聞いて、心の中で冥福を祈った。

 

「それは……」

 

浩介は膝を付きうなだれたまま事の次第を話そうとする。と、そこでしわがれた声による制止がかかった。

 

「話の続きは、奥でしてもらおうか。そっちは、俺の客らしいしな」

 

声の主は、六十歳過ぎくらいのガタイのいい左目に大きな傷が入った迫力のある男、ホルアド支部長ロア・バワビスだった。その眼からは、長い年月を経て磨かれたであろう深みが見て取れ、全身から覇気が溢れている。

 

浩介の慟哭じみた叫びに再びギルドに入ってきた時の不穏な雰囲気が満ち始めた事から、この場で話をするのは相応しくないだろうと判断し大人しく従う事にした。先程の雰囲気も、それが原因だった。

 

ロアは浩介の腕を掴んで強引に立たせると有無を言わさずギルドの奥へと連れて行った。浩介は、かなり情緒不安定なようで、今は、ぐったりと力を失っている。

 

来達もロアと浩介の後に続いた。

 

 

 

対面のソファーにホルアド支部の支部長ロア・バワビスと浩介が座っており、浩介の正面に来が、その両サイドにミレディとシアがシアの隣にティオが座っている。ミュウは、シアとティオの膝の上でお菓子を食べている。

 

「成程……魔人族、か」

 

浩介から事の顛末を聞き終えた来の第一声がそれだった。魔人族の襲撃に遭い、勇者パーティーが窮地にあるというその話に浩介もロアも深刻な表情をしており、室内は重苦しい雰囲気で満たされていた。

 

「つぅか! 何なんだよ! その子! 何で……」

「静かに。今はあの子には触れないでほしい」

 

場の雰囲気を壊すようなミュウの存在に、ついに耐え切れなくなった浩介がビシッと指を差しながら怒声を上げるが、来に静止させられた。

 

「さて、来。イルワからの手紙でお前の事は大体分かっている。随分と大暴れしたようだな?」

「えぇ。全部成り行きでしたけど」

 

どの事態も、成り行き程度の心構えで成し遂げられるものではなかったが、来の余裕綽々としている様子に、ロアは面白そうに口元を吊り上げた。

 

「手紙には、お前の〝金〟ランクへの昇格に対する賛同要請と、できる限り便宜を図ってやって欲しいという内容が書かれていた。一応、事の概要くらいは俺も掴んではいるんだがな……たった数人で六万近い魔物の殲滅、半日でフューレンに巣食う裏組織の壊滅……にわかには信じられんことばかりだが、イルワの奴が適当なことをわざわざ手紙まで寄越して伝えるとは思えん……もう、お前が実は魔王だと言われても俺は不思議に思わんぞ」

 

ロアの言葉に、浩介が大きく目を見開いて驚愕をあらわにする。自力で【オルクス大迷宮】の深層(よりも更に深い最下層)から脱出した来のことを、かなり強いとは思っていたが、まさかそこまでの強さを持っているとは思ってもいなかったのだ。

 

元々、浩介が冒険者ギルドにいたのは、高ランク冒険者に光輝達の救援を手伝ってもらうためだった。もちろん、深層まで連れて行くことは出来ないが、せめて転移陣の守護くらいは任せたかったのである。駐屯している騎士団員もいるにはいるが、彼等は王国への報告などやらなければならないことがあるし、何より、レベルが低すぎて精々三十層の転移陣を守護するのが精一杯だった。七十層の転移陣を守護するには、せめて〝銀〟ランク以上の冒険者の力が必要だったのだ。

 

そう考えて冒険者ギルドに飛び込んだ挙句、二階のフロアで自分達の現状を大暴露し、冒険者達に協力を要請したのだが、人間族の希望たる勇者が窮地である上に騎士団の精鋭は全滅、おまけに依頼内容は七十層で転移陣の警備というとんでもないもので、誰もが目を逸らし、同時に人間族はどうなるんだと不安が蔓延した。

 

そして、騒動に気がついたロアが、浩介の首根っこを掴んで奥の部屋に引きずり込み事情聴取をしているところで、来のステータスプレートをもった受付嬢が駆け込んできたというわけである。

 

「名乗るなら『魔王』ではなく『天幽龍』と名乗りますよ。魔王という肩書が格下に思える程の存在に至る予定なのでね」

 

自称『天幽龍』の青年の言葉に、ロアは思わず笑う。ちなみに、青年の妻は『地魂龍』を名乗っている。

 

「ふっ、魔王を格下扱いか? 随分な大言を吐く奴だ……だが、それが本当なら俺からの、冒険者ギルドホルアド支部長からの指名依頼を受けて欲しい」

「……勇者一行の救出、ですね」

 

浩介が救出という言葉を聞いてハッと我を取り戻す。そして、身を乗り出しながら来に捲し立てる。

 

「そ、そうだ! 辻風! 一緒に助けに行こう! お前がそんなに強いなら、きっとみんな助けられる!」

「……一つだけ聞いていいか?」

「どうしたんだよ……」

 

浩介は見えて来た希望に目を輝かせていたが、聞きたいことがあると言われて少し困惑する。

 

「そのメンバーの中に、膵花とハジメはいるのか?」

 

膵花とハジメの名を聞いた瞬間、浩介はまた切迫した表情になった。

 

「いるさ……だが、二人共九十階層に閉じ込められていて連絡が付かないし、滝沢に至っては封印みたいなのを施されて身動きできない状態なんだよ!」

 

現在の膵花とハジメの状況を聞いた瞬間、来は即答で了承した。天之河のことを一応腐れ縁程度には思っていたので取り敢えず行こうとは思っていたが、膵花やハジメが危険に晒されていると聞けばゆっくりしてはいられない。

 

「何!? だったら尚更、行かない理由は無いな」

「本当か……! 一緒に行ってくれるんだな……? お前のことだからな、南雲と滝沢の名前を出せばすぐに了承すると思ってたよ」

 

一緒に行くと言ってくれた来に浩介は安堵して深く息を吐く。

 

「南雲の奴、お前がいなくなってからマジですげぇ強くなったんだぞ。なんと銃まで作っちまったんだ。あの日から体壊すんじゃないかって位訓練に打ち込んでて……雰囲気もガラリと変わったんだ。前までは……何と言うかその、優柔不断っていうか……大人しい性格だったのに、今や真反対になった。一生懸命なのは変わってないけどな」

「変わったな、彼奴」

 

そして、シアが来をじっと見つめる。

 

「来さん……私、貴方となら何処へでも付いていきます」

「シア…」

 

シアは慈しみの眼差しを向けて、来の片手を取って言った。ミレディ、ティオ、ミュウも後に続く。

 

「私も、何処へだって君に付いてくよっ!」

「マスターの下ならば、何処へでも」

「ふぇ、えっと、えっと、ミュウもなの!」

 

何処へでもついて行くと言ってくれた仲間に、来は己が意志を告げる。

 

「ありがとう、皆。君達のような仲間を持てて嬉しいよ。僕はこれから、妻と親友を助けに行く」

 

九十階層に出没した新種の魔物は最も強い個体でも百十層程度なので、最下層のヒュドラをたった一人で討伐した来にとっては何てことない。寧ろ剣士の方が厄介だろう。

 

「ロア支部長。この一件、対外的には依頼という形にしていただけますか?」

「上の連中に無条件で助けてくれると思われたくないからだな?」

「えぇ。それと、ミュウの部屋を一つ用意していただけますか」

「ああ、それくらい構わねぇよ」

 

ミュウは留守番をすることになった。当然、ミュウは抵抗した。

 

「やっ! ミュウも行くの!」

「ミュウ。行きたい気持ちはわかる。だけど、これから行くところはかなり危ないから、ミュウは連れて行けない」

「みゅ……一人はさびしいの……」

「大丈夫。もしもの為に、ティオを置いて行く。何が遭っても、ミュウを守ってくれるから。ティオ。ミュウのこと、頼んだ」

「御意」

 

ミュウとティオをギルドに預け、浩介の案内で出発する。

 

「さて、三時間以内に終わらせよう。浩介、背中に乗れ。君を負ぶって行った方が速いから」

「マジかよ……お前足の速さに自信ありすぎだろ……」

 

浩介もそれなりに敏捷性は高いのだが、それでも来には大きく劣る。だから、浩介を背負って向かった方が速いのだ。

 

浩介は迷宮深層へ案内しながら、親友達の無事を祈った。

 

 

 

「【万翔羽ばたき 天へと至れ 〝天翔閃〟】!」

 

光輝は聖剣を振り下ろし、光の斬撃を放った。

 

リュータは光輝の放つ斬撃を紙一重で躱し、左足を力強く踏み込んだ。

 

「術陣展開」

 

リュータの足元に六角形の陣が浮かび上がる。

 

「撃突黒雷」

 

リュータが剣を横に薙ぐと、黒い雷が光輝の体を穿ち抜いた。

 

「ぐっ……やぁっ!!」

 

光輝の聖剣と、リュータの双剣が激しくぶつかり合い、火花が散る。

 

絶え間なく剣を振るいながら、光輝は〝限界突破〟を発動させる。光輝の動きが急に素早く力強くなり、徐々にではあるがリュータを押し返していた。

 

しかし、リュータもまた、少しずつ力と素早さを上げていく。押していた光輝が今度は押されている。

 

光輝は苦し紛れに聖剣を大きく横に振った。リュータは後ろに飛び退き、不可視の斬撃を複数放つ。この斬撃は目視することはできず、また、魔力によって自在に操作できるので真後ろから切り裂くことも可能である。

 

光輝は不可視の斬撃で迂闊に動けない中、詠唱を開始する。

 

「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ! 神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!――〝神威〟!」

 

そして、聖剣を前に突き出して極光を放った。

 

「これでいけるはず……!!」

 

だが、そんな期待も虚しく、極光を喰らってもなお、リュータは平然と立っていた。だが、立ったままで動く気配がない。光輝はこれを好機と捉え、再び〝神威〟を放った。

 

「……やはり来たか。()()()()()()()()()()が」

 

リュータがそう呟くと、極光は掻き消された。そして次の瞬間、胸部を十字型に切り裂かれた。

 

「終わりにしよう」

 

光輝は上に蹴り飛ばされ、更に追撃で地面に叩きつけられる。そして〝限界突破〟が解除され、激しい脱力感で動けなくなった。

 

「うそ……だろ? 光輝が……負けた?」

「そ、そんな……」

「や、やだ……な、なんで……」

 

クラスメイト達は戦意喪失していた。だが、絶望はまだ終わらない。

 

リュータがクラスメイト達の前にある物を投げた。ごろごろと転がるその物体からは赤い液体が滴っていた。

 

「あっ……」

「あぁぁぁぁぁ!!」

 

その物体とは、()()()()()()()()()だった。

 

「仲間が数人死んだだけで発狂するとは……カトレア。この腑抜け共の相手は任せる。もう興味が失せたからな。魔物はまだ、温存しておけ」

 

そう言って、リュータは下がり、代わりにカトレアが前に出た。

 

「……俺達に何を望む? その気になればいつでも殺せるはずなのに、わざわざ生かしておいて、こんな会話に応じている以上、何かあるんだろ?」

「ああ、やっぱり、あんたが一番状況判断出来るようだね。なに、特別な話じゃない。さっきのあんた達を見て、もう一度だけ勧誘しておこうかと思ってね。ほら、さっきは、勇者君が勝手に全部決めていただろう? 中々、あんたらの中にも優秀な者はいるようだし、だから改めてもう一度ね。で? どうだい?」

 

カトレアの言葉に何人かが反応する。それを尻目に、ハジメに続き今度は雫が臆すことなく疑問をぶつけた。

 

「……光輝はどうするつもり?」

「ふふ、聡いね……悪いが、勇者君は生かしておけない。こちら側に来るとは思えないし、説得も無理だろう? 彼は、自己完結するタイプだろうからね。なら、こんな危険人物、生かしておく理由はない」

「……それは、私達も一緒でしょう?」

「もちろん。後顧の憂いになるってわかっているのに生かしておくわけないだろう?」

「今だけ迎合して、後で裏切るとは思わないのかしら?」

「それも、もちろん思っている。だから、首輪くらいは付けさせてもらうさ。ああ、安心していい。反逆できないようにするだけで、自律性まで奪うものじゃないから」

「自由度の高い、奴隷って感じかしら。自由意思は認められるけど、主人を害することは出来ないっていう」

「そうそう。理解が早くて助かるね。そして、勇者君と違って会話が成立するのがいい」

 

ここで提案を蹴れば、間違いなくここで殺されてしまう。しかし、受け入れてしまえば二度と〝神の使徒〟として戦えなくなる。そうなれば教会から裏切者の烙印を押され、討伐対象となるだろう。

 

どちらの選択肢を選んだところで、結局は余命宣告されているに等しかった。ところが…

 

「わ、私、あの人の誘いに乗るべきだと思う!」

 

なんと、恵里が提案に乗るべきだと言ったのだ。クラスメイト達は全員彼女に目を向ける。当然、龍太郎は反対した。

 

「恵里、てめぇ! 光輝を見捨てる気か!」

「ひっ!?」

「龍太郎、落ち着きなさい! 恵里、どうしてそう思うの?」

 

龍太郎の剣幕に、怯えたように後退る恵里だったが、雫が龍太郎を諌めたことで何とか踏みとどまった。そして、深呼吸するとグッと手を握りしめて心の内を語る。

 

「わ、私は、ただ……みんなに死んで欲しくなくて……光輝君のことは、私には……どうしたらいいか……うぅ、ぐすっ……」

 

ポロポロと涙を零しながらも一生懸命言葉を紡ぐ恵里。そんな彼女を見て他のメンバーが心を揺らす。すると、一人、恵里に賛同する者が現れた。

 

「俺も、中村と同意見だ。もう、俺達の負けは決まったんだ。全滅するか、生き残るか。迷うこともないだろう?」

「檜山……それは、光輝はどうでもいいってことかぁ? あぁ?」

「じゃあ、坂上。お前は、もう戦えない天之河と心中しろっていうのか? 俺達全員?」

「そうじゃねぇ! そうじゃねぇが!」

「代案がないなら黙ってろよ。今は、どうすれば一人でも多く生き残れるかだろ」

 

檜山の発言で、更に誘いに乗るべきだという雰囲気になる。檜山の言う通り、死にたくなければ提案を呑むしかない。

 

しかし、それでも素直にそれを選べないのは、光輝を見殺しにて、自分達だけ生き残っていいのか? という罪悪感が原因だ。まるで、自分達が光輝を差し出して生き残るようで中々踏み切れない。

 

そんなクラスメイト達に、絶妙なタイミングでカトレアから再度、提案がなされた。

 

「ふむ、勇者君のことだけが気がかりというなら……生かしてあげようか? もちろん、あんた達にするものとは比べ物にならないほど強力な首輪を付けさせてもらうけどね。その代わり、全員魔人族側についてもらうけど」

 

ハジメと雫は、その提案を聞いて内心舌打ちする。魔人族の女は、最初からそう提案するつもりだったのだろうと察したからだ。光輝を殺すことが決定事項なら現時点で生きていることが既におかしい。問答無用に殺しておけばよかったのだ。

 

それをせずに今も生かしているのは、まさにこの瞬間のためだ、おそらく、カトレアは先程の戦いを見て、光輝達が有用な人材であることを認めたのだろう。だが、会話すら成立しなかったことから光輝がなびくことはないと確信した。しかし、他の者はわからない。なので、光輝以外の者を魔人族側に引き込むため策を弄したのだ。

 

一つが、光輝を現時点では殺さないことで反感を買わないこと、二つ目が、生きるか死ぬかの瀬戸際まで追い詰めて選択肢を狭めること、そして三つ目が〝それさえなければ〟という思考になるように誘導し、ここぞという時にその問題点を取り除いてやることだ。

 

現に、光輝を生かすといわれて、それなら生き残れるしと、魔人族側に寝返ることをよしとする雰囲気になり始めている。本当に、光輝が生かされるかについては何の保証もないのに。殺された後に後悔しても、もう魔人族側には逆らえないというのに。

 

ハジメと雫は、そのことに気がついていたが、今、この時を生き残るには魔人族側に付くしかないのだと自分に言い聞かせて黙っていることにした。生き残りさえすれば、光輝を救う手立てもあるかもしれないと。

 

カトレアとしても、ここで雫達を手に入れることは大きなメリットがあった。一つは、言うまでもなく、人間族側にもたらすであろう衝撃だ。なにせ人間族の希望たる〝神の使徒〟が、そのまま魔人族側につくのだ。その衝撃……いや、絶望は余りに深いだろう。これは、魔人族側にとって極めて大きなアドバンテージだ。

 

二つ目が、戦力の補充である。カトレアが【オルクス大迷宮】に来た本当の目的、それは迷宮攻略によってもたらされる大きな力…生成魔法だ。ここまでは、手持ちの魔物達で簡単に一掃できるレベルだったが、この先もそうとは限らない。幾分か、魔物の数も光輝達に殺られて減らしてしまったので戦力の補充という意味でも雫達を手に入れるのは都合がよかったということだ。

 

このままいけば、雫達が手に入る。雰囲気でそれを悟ったカトレアが微かな笑みを口元に浮かべた。

 

しかし、それは突然響いた苦しそうな声によって直ぐに消される。

 

「み、みんな……ダメだ……従うな……」

「光輝!」

「光輝くん!」

「天之河!」

 

声の主は、未だに地面に倒れ伏している光輝だった。仲間達の目が一斉に、光輝の方を向く。

 

「……騙されてる……信用……するな……人間と戦わされる……奴隷にされるぞ……逃げるんだ……俺はいい……から……一人でも多く……逃げ……」

 

息も絶え絶えに、取引の危険性を訴え、そんな取引をするくらいなら自分を置いてイチかバチか死に物狂いで逃げろと主張する光輝に、クラスメイト達の心が再び揺れる。

 

「……こんな状況で、一体何人が生き残れると思ってんだ? いい加減、現実をみろよ! 俺達は、もう負けたんだ! 騎士達のことは……殺し合いなんだ! 仕方ないだろ! 一人でも多く生き残りたいなら、従うしかないだろうが!」

 

檜山の怒声が響く。この期に及んでまだ引こうとしない光輝に怒りを含んだ眼差しを向ける。檜山は、とにかく確実に生き残りたいのだ。最悪、ほかの全員が死んでも香織と自分だけは生き残りたかった。イチかバチかの逃走劇では、その可能性は低い。

 

魔人族側についても、本気で自分の有用性を示せば重用してもらえる可能性は十分にあるし、そうなれば、香織を手に入れることだって出来るかもしれない。もちろん、首輪をつけて自由意思を制限した状態で。檜山としては、別に彼女に自由意思がなくても一向に構わなかった。とにかく、香織を自分の所有物に出来れば満足なのだ。

 

檜山の怒声により、より近く確実な未来に心惹かれていく仲間達。

 

「騎士達……? どういうことだ……?」

 

しかし、光輝は知らなかった。騎士達は既に全滅していることを。光輝は、近くに頸が転がっているのに気がついた。そして、その顔を見て、全てを悟った。

 

「……るな」

「は? 何だって? 死にぞこない」

 

カトレアは、光輝の呟きに気がついたようで、どうせまた喚くだけだろうと鼻で笑いながら問い返した。光輝は、俯かせていた顔を上げ、真っ直ぐに魔人族の女をその眼光で射抜く。

 

カトレアは、光輝の眼光を見て思わず息を呑んだ。なぜなら、その瞳が白銀色に変わって輝いていたからだ。得体の知れないプレッシャーに思わず後退りながら、本能が鳴らす警鐘に従って、馬頭の魔物に命令を下す。雫達の取り込みに対する有利不利など、気にしている場合ではないと本能で悟ったのだ。

 

「アハトド! 殺れ!」

「ルゥオオオ!!」

 

馬頭、改めアハトドは、カトレアの命令を忠実に実行し、〝魔衝波〟を発動させた拳二本で宙吊りにしている光輝を両サイドから押しつぶそうとした。

 

が、その瞬間、光輝から凄まじい光が溢れ出し、それが奔流となって天井へと竜巻のごとく巻き上がった。そして、光輝が自分を掴むアハトドの腕に右手の拳を振るうと、ベギャ! という音を響かせて、いとも簡単に粉砕してしまった。

 

「ルゥオオオ!!」

 

先程とは異なる絶叫を上げ、思わず光輝を取り落とすアハトドに、光輝は負傷を感じさせない動きで回し蹴りを叩き込む。

 

そんな大砲のような衝撃音を響かせて直撃した蹴りは、アハトドの巨体をくの字に折り曲げて、後方の壁へと途轍もない勢いで吹き飛ばした。轟音と共に壁を粉砕しながらめり込んだアハトドは、衝撃で体が上手く動かないのか、必死に壁から抜け出ようとするが僅かに身動ぎすることしか出来ない。

 

光輝は、ゆらりと体を揺らして、取り落としていた聖剣を拾い上げると、射殺さんばかりの眼光でカトレアを睨みつけた。同時に、竜巻のごとく巻き上がっていた光の奔流が光輝の体へと収束し始める。

 

〝限界突破〟終の派生技能[+覇潰]。通常の〝限界突破〟は基本ステータスを制限時間内だけ三倍に引き上げるものとすれば、〝覇潰〟はその上位の技能で、基本ステータスを五倍にまで引き上げることが出来る。ただし、唯でさえ限界突破しているのに、更に無理やり力を引きずり出すのだ。今の光輝では持って三十秒だろう。効果が切れたあとの副作用もその分甚大だ。

 

だが、そんな事を意識することもなく、光輝は怒りのままにカトレアに向かって突進する。今、光輝の頭にあるのはメルドの仇を討つことだけ。復讐の念だけだ。

 

カトレアが焦った表情を浮かべ、周囲の魔物を光輝にけしかける。キメラが奇襲をかけ、黒猫が触手を射出し、ブルタールモドキがメイスを振るう。しかし、光輝は、そんな魔物達には目もくれない。聖剣のひと振りでなぎ払い、怒声を上げながら一瞬も立ち止まらず、カトレアのもとへ踏み込んだ。

 

「お前ぇー! よくもメルドさんをぉー!!」

「チィ!」

 

大上段に振りかぶった聖剣を光輝は躊躇いなく振り下ろす。カトレアは舌打ちしながら、咄嗟に、砂塵の密度を高めて盾にするが……光の奔流を纏った聖剣はたやすく砂塵の盾を切り裂き、その奥にいるカトレアを袈裟斬りにした。

 

砂塵の盾を作りながら後ろに下がっていたのが幸いして、両断されることこそなかったが、カトレアの体は深々と斜めに切り裂かれて、血飛沫を撒き散らしながら後方へと吹き飛んだ。

 

背後の壁に背中から激突し、砕けた壁を背にズルズルと崩れ落ちたカトレアの下へ、光輝が聖剣を振り払いながら歩み寄る。

 

「まいったね……あの状況で逆転なんて……まるで、三文芝居でも見てる気分だ」

「ふん。びた一文の価値すら無いわ」

 

ピンチになれば隠された力が覚醒して逆転するというテンプレな展開に、カトレアが諦観を漂わせた瞳で迫り来る光輝を見つめながら、皮肉気に口元を歪めた。それに皮肉で応えるリュータ。

 

傍にいる白鴉が固有魔法を発動するが、傷は深く直ぐには治らないし、光輝もそんな暇は与えないだろう。完全にチェックメイトだと、カトレアは激痛を堪えながら、右手を伸ばし、懐からロケットペンダントを取り出した。

 

それを見た光輝が、まさか自爆でもする気かと表情を険しくして、一気に踏み込んだ。カトレアだけが死ぬならともかく、その自爆が仲間をも巻き込まないとは限らない。なので、発動する前に倒す! と止めの一撃を振りかぶった。

 

だが……

 

「ごめん……先に逝く……愛してるよ、ミハイル……」

 

愛しそうな表情で、手に持つロケットペンダントを見つめながら、そんな呟きを漏らす彼女に、光輝は思わず聖剣を止めてしまった。覚悟した衝撃が訪れないことに訝しそうに顔を上げて、自分の頭上数ミリの場所で停止している聖剣に気がつくカトレア。

 

光輝の表情は愕然としており、目をこれでもかと見開いてカトレアを見下ろしている。その瞳には、何かに気がつき、それに対する恐怖と躊躇いが生まれていた。その光輝の瞳を見たカトレアは、何が光輝の剣を止めたのかを正確に悟り、侮蔑の眼差しを返した。その眼差しに光輝は更に動揺する。

 

「……呆れたね……まさか、今になってようやく気がついたのかい? 〝人〟を殺そうとしていることに」

「ッ!?」

 

光輝にとって、魔人族とはイシュタルに教えられた通り、残忍で卑劣な知恵の回る魔物の上位版、あるいは魔物が進化した存在という認識だったのだ。実際、魔物と共にあり、魔物を使役していることが、その認識に拍車をかけた。自分達と同じように、誰かを愛し、誰かに愛され、何かの為に必死に生きている、そんな戦っている〝人〟だとは思っていなかったのである。あるいは、無意識にそう思わないようにしていたのか……

 

その認識が、カトレアの愛しそうな表情で愛する人の名を呼ぶ声により覆された。否応なく、自分が今、手にかけようとした相手が魔物などでなく、紛れもなく自分達と同じ〝人〟だと気がついてしまった。自分のしようとしていることが〝人殺し〟であると認識してしまったのだ。

 

「まさか、あたし達を〝人〟とすら認めていなかったとは……随分と傲慢なことだね」

「ち、ちが……俺は、知らなくて……」

「ハッ、〝知ろうとしなかった〟の間違いだろ?」

「お、俺は……」

「ほら? どうした? 所詮は戦いですらなく唯の〝狩り〟なのだろ? 目の前に死に体の一匹がいるぞ? さっさと狩ったらどうだい?おまえが今までそうしてきたように……」

「……は、話し合おう……は、話せばきっと……」

 

光輝が、聖剣を下げてそんな事をいう。そんな光輝に、リュータはつまらなそうに言う。

 

「……はぁ。人という字があるのに魔人族を畜生呼ばわりとは……まぁよい。もうじき俺の目的が果たされる」

「目的だと……?」

 

目の前の女と同じではないのか? 光輝はそう思った。

 

「その前に二つ見せてやろう。一つ目はこれだ」

 

リュータは両手を上げて、耳の後ろに持って来た。すると、彼の体に変化が現れる。

 

浅黒い肌は、光輝達人間と同じ色に、尖った耳も丸みを帯びて来た。

 

「なっ、これは……」

「……ちっ、やっぱり片方人間だったのかよ。道理で魔人族にしては魔法を殆ど使わないわけだ。何で人間と魔人が手を組んでいるんだ?」

「敵の敵は味方ということで利害関係が一致したのだ」

 

ハジメは訝しんでいた。なぜ男は魔法をではなく剣を主に使うのか。たった今、その理由が示された。

 

「そしてこれが二つ目だ」

 

リュータが指し示す方向に全員が向く。すると、虚空から結界に囚われた膵花の姿が現れた。

 

「「膵花!!」」

「膵花さん!!」

 

それに光輝、ハジメ、雫が反応した。膵花は七十層で転移陣を守っていたのだが、リュータによって呪印を描かれて体の自由を奪われてしまった。ハジメと香織、雫がいつものように動けなかったのは膵花の封印によって弱体化していたからだ。ちなみにユエはというと、先程から何故か恐怖で怯えていた。

 

「この女に描いたのはこいつの一族()()に対し発動する呪印だ。常人が触れれば、こうだ」

 

リュータは一瞬でクラスメイト達に接近し、檜山を掴み上げる。

 

「大介!!」

 

そしてそのまま膵花の方に投げた。彼女を覆う結界に触れた瞬間、檜山の体に電流が走り、一瞬で絶命してしまった。

 

「大介―――!!!」

 

近藤が叫ぶ。

 

「こいつの一族……貴方、膵花に一体何の恨みがあるの?」

「あぁ、あるさ。この女の一族の所為で、我が一族が滅びかけたからな」

 

リュータは「だが……」と更に続ける。

 

「それよりもあの男に当主の座を奪われたことに腹が立つ」

「当主……お前は一体何者だ?」

 

ハジメが銃口をリュータに向けて尋ねる。リュータは邪悪な笑みを浮かべてそれに応える。

 

「我が名は……辻風琉太。辻風家次期当主になるはずだった者だ」

「辻風……琉太……彼奴と何か関係が……?」

「馬鹿な! 辻風は六十五階層で死んだはずだ! やる前から復讐など終わってるだろう!!」

 

光輝に対し、琉太は鼻で笑う。

 

「あの外れ者がそう簡単に死ぬはずがなかろう。仮に死んだとしていずれ怨霊となってここに来る。この女がいる限り。カトレア、この有象無象は任せる。煮るなり焼くなり好きにしろ」

「あんたら、殺っちまいな!!」

 

カトレアが複数の魔物をクラスメイト達に嗾ける。アハトドがハジメを後ろまで殴り飛ばした。

 

「ハジメさん(くん)!!」

 

光輝も〝破潰〟が切れて倒れてしまった。体が麻痺したように全く動かない。その隙をアハトドは逃がさず、拳を突き出した。

 

「こ、こんなときに!」

「光輝!」

 

倒れた光輝を庇い、雫が斬撃を飛ばす。が、その斬撃はアハトドの皮膚を裂く程度に終わった。そして、今度は雫目掛けて拳が迫り来る。

 

「くっ……!」

 

しかし、足元のスタングレネードが炸裂して辺りが閃光に包まれた。アハトドが怯んでいるうちに雫は光輝を後ろに投げ飛ばす。

 

「殴り飛ばされた時に置いておいて良かったぜ……」

「ハジメ!!」

 

ハジメの傍にユエが駆け寄る。

 

「ユエ。あの魔人族目掛けて、ドデカい一発を頼む」

「ん。わかった」

 

ユエは態々長い詠唱をして魔力を溜める。が、途中で中断してしまった。

 

「どうしたユエ……何をそんなに怯えているんだ……!?」

 

今のユエの表情は、以前北の山脈を向いて怯えていた時と全く同じ表情をしていた。

 

「ユエ! どうした!! 何が遭った!?」

「……来る」

「来るって何がだ?」

「奴がここに……」

 

ハジメが前を見ると、アハトドの拳が香織と雫に迫っていた。

 

「香織!! 雫!!」

 

ハジメの叫びに気づいた香織は雫を抱きかかえながら、ハジメの方に笑顔で振り向いた。彼女の頬を、一筋の涙が通った。

 

「やめろぉぉ!!!!」

 

ハジメがドンナーとシュラークをアハトドに向け、引き金を引こうとした瞬間…

 

「!?」

 

突然アハトドが袈裟斬りにされた。切り口には碧い炎が付いていた。

 

一瞬で絶命したアハトドと、碧い炎に、香織と雫、ハジメはもちろんのこと、光輝達や彼等を襲っていた魔物達、そしてカトレアと琉太までもが硬直する。

 

アハトドを斬った人物、彼は肩越しに振り返り背後で寄り添い合う香織と雫、奥で地面に手をついているハジメを見やった。

 

「……久し振り」

 

黄金の瞳を向けて言う彼に、ハジメと香織、雫の心が歓喜で満たされていく。

 

髪色、瞳の色は違えど、纏う雰囲気と声音は変わらない。

 

「来!!」

「来くん!!」

「来さん!!」

 

辻斬りの無慈が子孫、辻風来の逢着である。




バゼルギウスです。

遂にここまでやって参りました。最近文章を書くのが下手になってきている気がしてます。なので違和感を感じる部分があると思います。ご了承ください。

次回 第五十陣 燼滅の黒刃

外伝作品はどこまで進めて欲しいですか?

  • アニメ26話まで
  • 無限列車編まで
  • 無限城戦手前
  • 完結後
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。