パチパチと木々の悲鳴を飲み込みながら、火の手が上がっている。
黒々とした煙は天高く昇り、もはや騒ぎを隠すこと叶わない。
否、そもそもそんな必要はないと、一人笑う。
「待て!止まれ!」
「この先には、ぐああ!」
家族は逃がした、使用人も逃がした。
わずかばかりの手勢が駆けつけてくれたのは、嬉しいと同時に申し訳なく思う。
しかし、それで良い。
「――――ッ」
襖が、開け放たれる。
佇んでいたのは、壮年の男。
あまりの怒りにつくろえぬ様を見て、安堵を覚えたので。
「――――お待ちしておりました」
堂々と、勝利宣言を突き付けてやった。
◆ ◆ ◆
特異災害対策機動部二課。
ノイズに対抗し得る、世界で唯一の装備『シンフォギア』を所有する日本政府の組織。
シンフォギアの類稀なる希少性から、存在をひた隠しにされている。
その指令室では、人々の噂の的『侍狐』の画像や映像を前に考察がされていたのだった。
鋭く一閃する姿、荒々しく乱舞する姿。
他にも上空から急襲する姿や、爆速で飛び出す姿も確認されている。
「それにしても、興味深いと言わざるを得ないわね」
それらを眺めて言葉を零したのは、櫻井了子。
「どう見てもただの服に刀なのに、一体どんな絡繰りがあるのかしら」
シンフォギアの開発者でもある身として、歌を介さずノイズへ干渉できる彼は見逃せないらしい。
口元に手を当てて、まじまじと映像を見ていた。
「私としては、彼が人との交戦を徹底的に避けているのが気がかりですな」
次に口を開いたのは、オペレーターの松田庄司。
元々海上自衛隊に所属していたが、二課が設立されるにあたって引き抜かれた大ベテランだ。
定年が近づいている現在は、最近入った新人に才を見出し、後進として教育している。
「特に、うちの『姫様』二人に対しては、察知が早い」
そう、微笑まし気に目をやった先には。
申し訳なさそうに委縮する少女と、むすっとモニターを睨む少女がいた。
「す、すみません。未知のノイズ討伐者の確保は急務、なのに私達は・・・・」
委縮しているのは『風鳴翼』、シンフォギアの基である聖遺物を、歌で最初に起動させた。
むすっとしているもう一人は『天羽奏』、史上二人目のシンフォギア装者であり、翼の相棒を務めている。
「あたしはあいつの態度が気に入らないね。なんで逃げるんだ?何もやましいことがないなら、せめて話を聞いてくれたっていいじゃないか」
納得がいかないとばかりに腕を組み、そう不満を漏らす奏。
どうやら先日の逃げっぷりを根に持っているらしい。
――――一見浅慮に見える意見だが。
彼女はそもそも、『侍狐』の真意を未だ知らないし。
肝心の『侍狐』も、翼や奏を徹底的に避けているという事実もある。
ゆえに、無理からぬ思いを抱いているのだった。
何はともあれ、やっと尻尾を掴んだところという事情もある。
分からなくもないと、大人達は苦笑い。
「とはいえ、彼の正体が気になるのも事実よねぇ。弦十郎君はどう思う?」
了子が話を振った先、組織の司令官である『風鳴弦十郎』は、ふむと一考して。
「難しい、と言う他ないな。せめて敵か味方かがはっきりすればいいのだが・・・・」
「そうねぇ、善人の振りして懐に潜り込んで、首元掻っ捌かれる・・・・なんてのもあり得るわけだし」
やはり、立場がはっきりしないことがネックになっている。
弦十郎共々、悩まし気に額を叩いた了子が、物憂げにため息をついていると。
「あの!お話中の所失礼します!」
「松田さん、頼まれていたもの持ってきましたよ」
「おお、早いな」
二人の若者が入ってきた。
片方は男性で、片方は女性。
どちらも年は同じくらいか。
「松田さん、彼らが?」
「ああ、紹介しておきましょう。俺の後釜についてもらおうと考えている、『藤尭』と『友里』だ」
「は、初めまして!友里あおいです!」
「同じく初めまして、藤尭朔也っす!」
弦十郎の質問に松田が頷けば、緊張気味に自己紹介する二人。
どうやらそうそうたる面々を前に緊張しているようで、若干声が上ずっていた。
「それで、何を持ってきてくれたんだ?」
「あ、はい!松田さんに頼まれて、過去の監視カメラのデータを洗い直していました!」
「主に、『侍狐』の出現が報告された地域を中心に、半年分あります」
『よくやったな』と松田に褒められる横で、弦十郎の質問に答える二人はてきぱき作業して。
モニターに新たな画像を映し出していった。
「おお、こんなに」
「結構意欲的に活動していたのね」
「そりゃ、半年もあればこれだけは――――ッ!?」
それぞれが感心の声を上げる中、弦十郎だけが目を見開いて言葉をなくした。
ただ事ではない雰囲気に、思わず全員が注目してしまう。
弦十郎が注視しているのは、とある画像。
着の身着のままで逃げてきたらしい子どもに、トレードマークの羽織をかけているところだった。
ちょうど向いている背中には、大きく『滅』の白文字が刻まれていて。
「・・・・司令?」
「どうしたんだよ、ダンナ」
翼と奏の声で、やっと我に返ったようだった。
そして注目されていることにも気づいて、ぼんやりしたのを照れくさそうに恥ずかしがってから。
「・・・・そうだなぁ、お前達には話しておくべきだろうなぁ」
顎を撫でながら、呟いた。
「なぁに、弦十郎君?もしかして心当たりがあるの?」
「ああ、いや、彼個人は知らないのだが・・・・縁がある組織には、多少」
「組織?」
依然、モニターの『滅』の字を見据えながら、弦十郎は了子の問いを肯定する。
「特に翼、お前には話しておくべきだろう」
「私、ですか?」
「ああ・・・・『身内の恥』とも呼べる、忌むべき出来事をな」
◆ ◆ ◆
「わっしょい」
うっま・・・・うんまああぁぁ・・・・!
竈門ベーカリーの新作、『ごろっとさつまいもパン』まじうまぁ・・・・。
これは馬になっちゃうウマさ・・・・。
小麦の素朴さと、さつまいものなめらかさの二重の甘みがたまらん・・・・。
ふられた黒ゴマがまたいいアクセントになってて・・・・はあぁ~、うめ・・・・うめ・・・・。
「ふふふ、そう嬉しそうに食べてもらうと、開発した甲斐があったわ」
「
おいしいという気持ちがあんまりにもあふれ出していたのか、話しかけてくる人が。
この人は『竈門琴禰』さん、竈門ベーカリーの現店長で、五人姉弟の一番上でもある。
「いつもごひいきありがとうね、静勇君」
「いえ、ここのパンがおいしいのは事実なので」
そのままもっきゅもっきゅ頬張れば、微笑まし気に見られた。
間もなく店の奥に戻っていった琴禰さん。
頑張ってる背中を見送ってから、俺も食べ終えて帰宅。
「・・・・」
心ばかし厳かな気持で袖に手を通す。
羽織もはおって、日輪刀を差して。
お面もかぶって。
――――さあ、今日も人助けだ。