なんで、こんなところで自分は戦闘をやっているのだろうか?
熱風と土煙に覆われた大地を銃弾が飛び交い、汗や血が運が悪いと命までを溢す場所。そんな戦場でターニャは戦っていた。少女の身体には反動の強すぎるAkを抱え、必死に敵に反撃する。それがターニャの日常だった。最悪な戦場にターニャはいた。
ターニャはこんなことになった経緯を振り返る。
かつて男だった時に自分が駅のホームから突き落とされたこと。神を名乗る存在Xを激昂させたこと。我を失った存在Xに、どこか見知らぬ世界に送り込まれてしまったことを思い出した。
存在Xはターニャを非科学的な世界に、女で、戦争のさなかに追い詰められるようにして送るはずだった。しかしターニャにとってはこの世界が非科学的な世界であるとは思えなかった。
この世界は夜に月が二つ昇るような異世界ではなく、れっきとした地球であるようだ。しかし、集めた情報によると赤い日本と呼ばれるシベリア共和国なる国が存在しているらしく、この世界での歴史はターニャの知るものとは少し異なっているらしい。シベリア共和国製のものが街にはゴロゴロ転がっていたことから、歴史の相違ということは確かな情報だとターニャは認識している。
存在Xが呪ったようにターニャの生活は中々大変だった。母親がロシア系の男とデキてしまい、村を捨て男の下に出奔したのだ。しかし、男が死んでしまい生活は困窮、箱入りのお嬢様だった母は男に頼る以外のことを知らず、村に戻ったそうだ。母が族長の娘だったから村に帰ってくることは許されたものの生活は苦しかったし、村人には白い眼で見られていた。
そんな苦しいが、平穏な生活は突如終わりを迎えた。反政府軍と政府軍の間の内戦が始まったのだ。ターニャは知らなかったが予兆はあったのだろう。そして政府軍の後ろにアメリカの影が見え始め、反政府軍の後ろにはロシアの影が見え始めた時、ついにターニャ自身にまで戦争は影響し始めたのだ。
村の近くに米軍の下請けの民間傭兵会社が基地を作った。そうして、村との友好関係の為、もしくは村に対する抑止力の為に子供を徴用し始めたのだ。思いっきり少年兵である。国際法に違反しているがそれを咎めるものはこの国にはいなかった。
そうして、ターニャは少年兵として、正確には少女兵として戦場に立つことになった。ターニャの母親はターニャを生きる支えとしているところがあった。しかし族長の娘であるジブリールが少女兵になるからにはターニャが母親の下に残れる理由などなかった。
ターニャをはじめとした少年少女が送られたのはキャンプモリソンだった。山頂に存在するそこはレーダーやヘリポートを備えたかなり大きな規模の基地だった。
ターニャ以外の少女はキャンプモリソンを見て、悲痛な表情をしていた。自分の運命がどうなるか、薄々気が付いているようだった。
キャンプで行われたのは軍事訓練だ。銃の撃ち方を覚え、地雷除去の方法を教わった。その後は基地周辺の地図を覚え、輸送路の警戒任務に当たることになった。
訓練期間は短かくターニャにはコストパフォーマンスが悪いように思われたが、少年兵が捨て駒であることを考えるとそれは正しいのかもしれない。ターニャには少年兵を扱ったことが無いので判断がつかなかった。
少年兵というより、ターニャたちはただの武器を持った子供という方が正しいようなありさまだった。ターニャたちに配られたのは右耳に付ける小型の通信機、Iイルミネイターだった。Information Illuminaterそれがこの小さな機器の総称だがIイルミネイターというのが通称になっている。
Iイルミネイターを付けた少年兵を、米軍をはじめとした正規軍の退役軍人だろう人間がIイルミネイターを通してオペレートし、更に基地のオペレーターがそのオペレーターをオペレートするのがこのPMCのやりかたらしい。
基地でオペレーターをオペレートする人間はオペレーターオペレーター、通称ではOOと呼ばれていた。つまりはOOがオペレーターを指揮、そしてオペレーターがターニャを指揮するというやり方になっている。これは非常に洗練された合理的なやり方だとターニャには思えた。自分が使い捨てにされる少年兵でなければだが……
子供たちの中で唯一白い肌を持つターニャはやたらとオペレーターに気にされていた。ターニャの父親の血が強かったのだろう。そのせいでいろいろ不愉快な目に遭ってきたターニャにとっては嫌いはすれど、好きになることは無かった。
そんなこんなで初めての哨戒任務にターニャは付くことになった。耳にはIイルミネーターをしっかりと付けている。哨戒任務が始まり、これから危険地帯に突入するときにターニャたち少年兵と、オペレーターは別れた。
ターニャにとってオペレーターのこの行動は理に叶ったものには思えなかった。なぜだろうかとターニャが思案する時間は無かった。風切り音が聞こえたと思うと、乗車していたトラックが爆発したからだ。
その時、ターニャの脳内に先ほどの謎の答えが湧き出た。このオペレーターは私達を殺そうとしている。そしてOOもそれを黙認しているのだ。
ターニャは少年兵を意図的に囮にしているこのPMCが悪魔のように思えた。先ほどまでのこの合理性を愛する企業に対する少しの尊敬なんてものは吹き飛んだ。
トラックの運転をしていた少年は即死しているし、他の少年たちはやみくもに銃を撃つだけで秩序なんてものは無かった。ターニャの横で床に水溜りを作っていた少女の頭が爆ぜた。おそらく狙撃だろう。
「オペレーターへ、こちらターニャだ。敵の奇襲に会い統率を失っている。指揮を要請する」
「こちらオペレーター。現在こちらも戦闘中だ。戦況を維持しつつ敵を撃退しろ」
ターニャの指揮の要請はすげなく断られた。通話先でも銃声はしていたし確かに戦闘中なのだろう。だが、この答え方は酷いものだ。こちらを殺す気ではないか。
「OOへ、こちらターニャだ指揮を乞う」
今度は通じすらしなかった。確かに後方でオペレーターを指揮するOOに現場の一兵士と話す必要は限りなく薄いだろう。だから通じなかったのかもしれない。しかしターニャにはその対応も憎かった。
「ターニャだ指揮を執る。このまま狙撃兵に対処しつつ、トラックを捨てあの岩場まで移動しろ」
少年少女達はターニャの指揮に素直に従った。ターニャの言葉には年齢不相応の力強さがあったからだ。初陣で見捨てられた形の子供たちにはターニャが救いの神のように見えたのだ。
その後敵は基地に対するハラスメントという目的を達成したのだろう。引き上げて行った。ターニャは生き残ったが全員が生き残った訳では無かった。
「こちらターニャ、敵は撤退した模様。オペレーター指示を」
「こちらも敵を排除した。死体の回収を要請した。貴様らの中で生き残ってる奴もその死体と一緒に回収する。それまで待機しろ」
「ターニャ了解。オーバー」
酷い戦闘だった。一方的に奇襲を受け、それに対して有効な反撃が出来なかったのだ。数人は生きて基地にかえることが出来なくなったし、負傷者も出た。
ターニャと一緒に任務に出てキャンプモリソンに生きて帰れた少年少女は酷い顔で泣いていた。それもそのはずだろう。ついさっきまで話していた友達は無残な肉塊になってしまったのだから。
そんな状況を見て、キャンプモリソンでオペレーターについターニャは意見してしまったのだ。オペレーターが役に立たないのはおかしいだろうと。その時のオペレーターが比較的マシな人間だったことをターニャは幸運だったと思っている。
それでも返ってきた返事は、ターニャの提案を無下にするものだった。
「お前は賢いガキだから教えてやるよ。お前らガキは現地人の弾避けだ。てめえらの村だって敵なんだよ。お前らはお前らの村から切り捨てられたんだよ。連中ガキを人質に取った俺らを容赦なく攻撃しやがる。最悪だぜ、本当によ」
その返答はターニャの未来への希望を蹂躙するものだった。ターニャたちは村から切り捨てられた。そして村はPMCや米軍に対して敵対するロシアがバックに付く反政府側に付いたのだ。
さらにだ、少年兵なんてものをこのPMCが恒久的に運営するとは考えにくい。国際法の観点から非難轟轟だろうし、会社だったそんな面倒なものを持ちたいとは思わないだろう。
きっと、この現地住民から人質を取り、それを兵士にし運用するというのは愚案なのだ。一部の阿保な金持ちが考えそうな案である。最低だ。
暫しの沈黙の後、ターニャは自分が小隊を指揮するという意見を提示した。自分と同じ少年を肉盾にし、生き残るためだ。
奇妙なことにこの提案は承諾された。餓鬼の馬鹿げた提案だと思ったのだろう。しかしターニャは努力した。その結果、仲間を殺しながらなんとか生き延びることが出来た。
地獄に落ちるだろうと、ターニャは思っている。子供を盾にして自分が生き延びたのだ。紛れもなく屑の所業であり、だれがどう見てもそこに正当性の欠片もない。
存在Xを呪おうにも、村の仲間は皆敬虔な神の信者であるし、それに縋ってなんとか生き延びてる状態であった。これが存在Xの狙いだとしたら素晴らしい企画力の持ち主だとターニャをして評価せざるを得ない。
それほどにターニャは追い詰められていた。
続かない。アイデアとしては良さげ