機動教導大隊第一中隊第三小隊は、ジオン軍の一部隊である。一部隊であるということは、他部隊とも協力し任務に当たることがあるということだ。
そういった合同演習を第三小隊は行っていた。演習内容はムサイ級巡洋艦やコマンド部隊とも連携してのコロニーへの強襲上陸訓練である。
「ボーンフィッシュより第三小隊。コールサインは、テトラを割り当てる」
「テトラ1、了解。作戦を開始する」
サイド3のダークコロニーでこの演習は行われており、演習内容は敵対コロニーへの侵入だ。内通者の手引きによってベイが開かれ、そこに第三小隊のザクが侵入するという手筈である。
慣性航行に切り替えた3機のザクは静かに目標コロニーへと近付いていく。ミノフスキー粒子が散布され、レーダー機器が低調となり、熱探知や光学探知への依存度は必然的に上がっていく状況が生み出される。
その状況下では熱や光を最小限に抑えた慣性航行は非常に効果的な方法だった。
「おーい隊長殿? 緊張してんのか?」
「クラウス曹長、軽口はやめて」
「戦場では、適度に力を抜くことが必要だ。初陣じゃ俺もガチガチだった」
「別に、ボクは緊張してなんかいない!」
クラウスがアネットの緊張をほぐすため、軽口を叩く。接触通信での会話なので、傍受される可能性は薄い。
「アイン軍曹なんて落ち着いたもんだぞ。若いのに大したもんだ」
「ボクはあの子ほど鈍感じゃないんだよ!」
「聞こえてますけど」
「知ってるよ! この鈍感軍曹! ボクより操縦は上手いし落ち着いてるしで、君はおじさんみたいだよ!」
「…………」
アインの中身にはおじさんだった過去がある。アネット少尉の口から出た軽口は真実を突いていた。思わぬ指摘にアインは何も言えなくなった。
「おじさんでなにがわるいんですか?」
「ごめん。言い過ぎた」
多少の退行か混じっていたアインの声色に、アネットは落ち着きを取り戻したようだった。
「気を抜きすぎるなよ。そろそろベイの入口だ」
クラウス機のモノアイが瞬く。光通信でベイのハッチが開くはずだ。
「よう。テトラ。待ってたぜ」
ベイの入口で、整備服姿の男がテトラ小隊へと手をひらひらと振りながら言葉を漏らす。これは演習であり港湾警備隊の妨害のような危険要素は存在しない。男の言葉は単に退屈への不満から出たのだろう。
何の問題もなく、ベイのハッチは開いた。そして、小隊は低重力の港湾区画を滑るように通り過ぎる。
気密の確保された住宅区画に入ると、ザクの外部センサーが気流の流れを感知した。圧力差から吹く風だ。ザクという鋼鉄の棺桶内では、新鮮な空気を実感することは無い。
それどころか、宇宙空間とは違い、気密と温度の確保された住宅区画では、3人の乗機であるMS-05Bのオーバーヒートすら懸念された。もっともA型から改修されているB型はマシになった機体である。
しかし、過去に犯した事故というのは、パイロットには印象に残るものである。パイロットは自身の生存率のために過去の事故を知りたがる生き物なのだ。
そして、それをしないパイロットは、一流とはなれない。
「ロクイチか……重武装なこった」
「なんで!? コロニー守備隊なのになんで戦車なんて持ってるの!」
アネットが若干パニックに陥る中、冷静沈着なアインとクラウスのザクはマシンガンの引き金を引いた。88ミリ弾が、容赦なく61式戦車の装甲を叩く。
模擬弾頭でカラフルになった、数両の61式は撃破判定が為されたようで、ちゃちなザクの敵味方識別モニタから消えた。
「こちら、リベリオンリーダー。地点B6まで前進してくれ」
「テトラ1、了解」
「リベリオンリーダー、テトラ小隊の地点B6までの前進を確認。敵ゲリラに注意しD1までの前進求む」
「テトラ1より。随伴支援求む」
「残念ながらそれは無理だ。それと良いニュースだ。信頼できる回線が入った」
「了解」
演習とはいえ、敵がいるという想定のもとテトラ小隊は動いている。慣れないコロニーでの部隊指揮もあって、アネットの緊張とストレスはピークに達していた。
「MANPADSだ!!」
「リジーナ!!」
アネット機のモノアイを弾頭が直撃した。模擬とはいえ重量のあるソレは、アネットをパニックに叩き込むには十分過ぎるものだった。
「見えない! 敵ッ!? 嫌。いやいやイヤイヤイヤイヤ」
「落ち着け!」
「アネット少尉、落ち着いてください。敵砲手は右前方です」
アインの余計な一言が、被害を拡大させた。アネットのザクは視界が潰れているのだ。擬似的な暗闇の中でパニックになった人間に方向を指示するのは無意味だった。
「うがッ」
「ヨシッ! 敵は混乱した同士討ちしてやがる!」
接触回線が拾った無線から、敵が勢い付いた様子が見て取れる。アインは状況を理解した。アネット機は錯乱、クラウス機はアネットのフレンドリーファイアで沈黙。つまり残ったのは自分ひとりというわけだ。
「こちらリベリオンリーダー。状況説明求む」
「テトラ3より、リベリオンリーダー。テトラ1、2ロスト。本機は撤退を開始する。火力支援、随伴支援求む」
「バカを言うな! なんで歩兵相手にやられてんだ! このデクノボウが! おいッ……き……ザッ………………」
「チッ」
アインは速やかに撤退を開始した。リベリオンとの連絡は途絶したのだ。通信回線がやられたと考えるよりも、リベリオンが壊滅し、作戦が失敗したと考えるべきだろう。
「テトラ3よりボーンフィッシュ。撤退する」
「本管より。不許可だ。撤退は認められない」
「撤退する」
「不許可だ。それ以上は命令不服従とみなす」
「撤退する」
アインは、まだ封鎖されていなかったベイに潜り込む。そして速やかに宇宙に飛び出した。しかし、想定外が宇宙では待っていた。
母艦であるボーンフィッシュがレーダーモニタから消えていたのだ。つまりボーンフィッシュに撃沈判定が出たのである。
「本管より、テトラ3。援護を直掩求む」
「テトラ3、了解」
管制がボーンフィッシュから本管に移っていた時点で、ボーンフィッシュは沈んでいたのだ。揚陸艇と上陸部隊を満載し、本管のあるパプアの命運も風前の灯火である。
「高熱源体多数! ザクです!」
「敵母艦はムサイ3隻!」
「ASM! ciws! 狙いは付けるな! バラ撒け!」
「テトラ3、直掩する」
「あっ。あぁ。本管了解」
ムサイ3隻と、12機のザクに囲まれた単艦のパプアがどうなるかは、火を見るよりも明らかだ。
「テトラ3! 助けてくれ!」
「無理。テトラ3、エンゲージ」
アインの前に、4機のザクが編隊を組んで現れる。相手の練度は高い。アインと同じ教導機動大隊の面々だろう。
「3機目……」
2機のザクを落としたアインだったが、足止め出来たの4機だけだった。残りの8機がパプアを見逃すことはない。
さらに1機を落としたアインだったが、この窮地から脱することは出来そうにない。
「アイン・ルイン軍曹。降伏する」
既に弾切れになっていたマシンガンを投げ出し、ザクの両手を上げる。アインの降伏は受け入れられた。
「各員、状況終了。母艦に帰投」
アインの降伏をもって、演習は終了したらしい。無線で母艦への帰投が伝えられた。ボーンフィッシュも、揚陸隊を満載したパプアも沈み、テトラ小隊は敗北した。コロニーへの侵攻演習は完全に失敗したのだ。
敗北の実感がようやく湧いてきたアインは、口の中一杯に苦さを感じながらボーンフィッシュのハッチへ入った。
激しい機動のせいか、ボロボロになったアイン機。整備員の様々なリアクションをアインは意図的に視界に入れなかった。
アイン・ルイン少尉プロトタイプ。没です。少尉ルートの方が面白いんじゃないか