(非)日常編
俺はまだいまいち糸針や繰生の死が実感できず…いや受け入れられず、中身のないような…空白の日々を過ごしていた。何をしても虚無感が襲う。
まだコロシアイは終わってなんかいない。早く…早く忘れてしまわなくては。
俺も此処に来て少しばかり情があつくなってしまったようだ。糸針のせいだろうか。
…だめだ。また思い出してしまう。
俺は記憶を頭から振り払うように首を振ると、何となくの気持ちで中庭に向かった。
静かで風通りがいい場所だから、少しくらい気分が晴れると思った。
だがしかし、そこには先客がいた。
「愛教?」
「…?…偶然だね。菊地原さん。」
愛教だった。この前の捜査を一緒にしたし、裁判では助かったが、あれ以来言葉は交わしていなかった。そもそも愛教は誰にでも優しかったが、一歩引いた態度で皆を見ているタイプだ。
「…この前はありがとな。」
「え?……あぁ。全然、ぼくの方こそ。」
「……。」
「……。」
暫く沈黙が続く。
これ以上どう声をかけていいか分からなかったし、きっと愛教もそうなのだろう。
なんとなく芝生に腰を下ろしてしまったが、これは失敗だっただろうか。
「どうして此処に?」
長い沈黙を破り、愛教がぽつりと言った。
「…何をしててもあいつらの言葉と死がちらつくんだ。早く忘れなきゃって頭ではわかっているんだけどな。」
「忘れなくてもいいんじゃないかな。」
「え?」
「ぼくはいつでも…海老塚さんや零くん、糸針さん、繰生さんの事を…思い出すよ。」
「…ぼくはね…1番愛されたかった人がいて、でもそれは叶わなくて。ぼくなんて、っていつも何処かで思ってた。だけどね、此処に来て初めて心を許せる人達ができてたんだ。彼らがくれた居場所があって、今のぼくがある。だからきっと忘れることなんて出来ないよ。それに、コロシアイで別れたってぼく達は友達なんだ。友達のことは忘れないでしょ?」
穏やかに愛教は喋る。不思議と幼少期の父親の声を思い出させるような、あたたかくなってしまうような、そんな声だった。
あぁそうか。友達……。そうだよな。
俺はなんて馬鹿だったんだろう。
忘れてたまるか。忘れてなんかやらない。
あいつらが遺したかったものを、生きた証を、友達を忘れるなんて…できっこないんだ。
「繰生さんの言ったことは確かに正しいんだよ。それをぼく達が否定できないのも確かだ。でもね、此処でぼく達が笑い合ったことは決して仲良しこよし…って馬鹿みたいなことじゃないと思うんだ。現にぼくは救われてる。……きみもそんなぼくを馬鹿だと思う?」
愛教は長台詞を述べ、上目遣いで遠慮がちに笑った。
俺は迷わず答える。
「いや、全く。」
俺も救われてる。そう思ったからだ。
「…そういえば糸針さんは夢の話が好きだったよね。きっときみも聞かれたんでしょ?なんて答えたか気になるな。」
そうだ、あの日。
俺が…糸針に言いたかったこと。言うはずだったこと。
それは…
『俺も糸針と同じだ。』
「誰も死なずに病気が治って、また全員でパーティーだのピクニックだのをしてみたい。そして糸針みたいに…明るい未来を信じたい。」
あいつみたいになってみたかった。思いっきり希望を信じてみたかったんだ。…照れくさくていえなかったけど。
結局その言葉は糸針には届かなかった。
“明日に確証なんてない”
痛いほどわかった瞬間だった。
「明るい未来を信じたいなんて性じゃねえよな。夢だからって、ちょっと理想論すぎたか?」
「ううん、そんなことないよ。…ぼくも…また愛してくれる日が来るんじゃないかって。結局儚い希望を願ってしまっているんだよ。」
「…今はそれにすがって生きるのもアリなんじゃねぇの?」
儚い希望でも、それが希望である限り、俺達は少なくとも生きていけてると思う。
「うん、そうだよね。大切なものが無くならないように守っていけたらいいね。」
「一緒に見つけるか。…俺達の未来。」
「…きみとなら進めそうな気がするよ。」
そう言って愛教は目をこすり、手を差し出した。
そして、俺はその手を力強く握り返す。
…沈まぬように。
そうだったよな?
頷くように、花壇のピンクの花が小さく揺れた。