(非)日常編
「やっぱ、中々皆集まんないな!」
相模が足を投げ出して、少し不満げにつぶやいた。
「…相模、品がないぞ。」
劇の件もあり、また人数がもう残り1桁をカウントしていることもあり、なんとなくだが皆で集まる事は少なくなった。
午後3時、お茶をしにやってきたのは、相模、仍仇、愛教、蓮桜、そして俺だ。
看薬院と安心院、祇園寺に片倉は何処かにいるのか、それとも自室にこもっているのか、今日一日姿は見ていない。
「うーん…皆が見てる中で、だったからね。」
愛教も砂切、月陰、御伽の事件のことを言いたいらしい。悲しげに首を振った。
「きっと、皆避けてるとかそんなつもり無いんだろうけど…なんとなく疎遠になっちゃうね…。同じ屋根の下なのになぁ。」
蓮桜も同調するように言う。
「まぁ、何か出来事を起こす様な気にはなれないだろうし、暫くこんな空気感でも別にいいんじゃないか?」
そう言いながら、茶を呑む仍仇の横には分厚い本。
「…お前そんな厚い本読むのか?」
「特にすることもないから暇だろ。本は結構好きだから。」
と、言いながら内容を見せてくれるという意向か、本をこちらに寄越した。
仍仇から本を受け取り、表紙を開きペラペラとめくる。
「いて……っ。」
めくった拍子に紙で指を切ってしまった様だ。
傷口こそ小さいものの、じわりと血が滲む。
「わ、大丈夫?」
蓮桜が横から覗き込む。怪我をしていないのに、痛そうな顔をするものだ。
「大丈夫だ、ほっときゃあいいだろ。」
「ううん、傷口か小さくてもやっぱりバイ菌が入ったら…とか考えたら心配だよ!保健室に行こう?」
蓮桜は首を傾け、いわば上目遣いなるものをする。そういう顔はずるいと思うのは俺だけだろうか。
相模はにやつき、愛教は「いってらっしゃい。」と小さく手を振った。
「さて、俺は日和を探しに行ってこよっかな!」
「それじゃあ、ぼくは片付けておくよ。」
「サンキュ!次は俺がやるから!」
「悪いな愛教。僕は本でも返してくるか。」
食堂はまたがらんとするらしい。
「さっ、行こう楼くん!」
俺は蓮桜に引っ張られるがまま、保健室へと連れられた。
「保健室なんて、久々に入るな。」
最後に世話になったのはいつだったか。此処に来てからの記憶は鮮明なのに、…いや鮮明だからこそ昔の記憶は朧げになる。
「え〜と………あったあった!」
脚立に立ち、棚から救急ボックスを取り出す。その中からピンセットや消毒液、コットンに絆創膏を出した。
「はい、手出してね。」
俺の人差し指をそっと触ると、蓮桜はトントンと消毒をし始めた。
コットンが傷口に触れるたびに染みて少し痛む。でもそれ以上にやけに心臓が痛かった。何かを誤魔化すように、俺は言葉をなんとか口にした。言葉になるなら、なんでも良かった。
「…慣れた手つきだな。」
救急ボックスをしまいながら、蓮桜はどこかかげった表情で言った。
「…確かに、僕はこうやって、血を止めることは出来るかもしれないね。だけど…傷口を塞ぐのは…死を防ぐのは…きっと楼くんの役目だよ。」
「いきなりどうしたんだ?」
「…僕も希望を託してるんだよ。」
も、とは糸針や月陰のことを指しているのだろうか。蓮桜はやけに真面目な顔をして、真っ直ぐに俺を見つめた。
「希望を託すなんてそんな事言うなよ。まるでお前が死ぬみたいじゃねぇか。」
「違くて。…いや違わないのかもしれないけれど。いつ死ぬのか…もう皆分からなくなってきてると思うんだ……だから、手遅れになる前に言っておきたかったんだ。」
まるでそれは遺言の様だった。俺は引き留めていられる言葉をただ考えていた。
「…俺に希望を託しても…糸針みたいにはなれねぇぞ?」
愛教との夢の話を思い出す。愛教とも蓮桜とも皆とも生きたい。だからそんな事…言わないでくれよ。
_______夢は叶わないこそ…?
いや…叶うからこそ?
「ね、美尽くんとひなのちゃんが死んじゃった時の裁判さ、楼くんは初めて自分の意思でそれは違う、って言ったよね。…確実に君は進めてる。緋巴銉くんと同じ姿になる必要なんてないんだよ。」
「何か明るい事を考えるなら任せてよ!また皆が楽しくなれる様に、集まれる様に、考えてみるからさ!」
すぐに元の明るい笑顔を浮かべると、蓮桜は俺の手を握った。
「僕達は君のことを信じているんだよ。だから、君も自分を信じてあげてよ。」
「ね?」
俺はついに声を発する事ができず、勢いに押され頷いた。
「じゃあ、また明日!」
するっと俺の手を離すと、蓮桜は袖にすっぽりと隠れてしまった手を振る。小さな小さな体だった。