「ゆ、雪雫さん…生きていて…!?」
「生きていたことはとても嬉しいですが……迅くんの言葉を聞く限り、雪雫ちゃんはそちら側の方のようですね…♡」
「でも蓮桜さんは自殺したんじゃ…!」
次々と他の面々が口走る。皆現実が信じられないようだった。俺だってそうだ。
相模と蓮桜がコロシアイの首謀者?
頭に文字を起こすだけで、頭が痛い。
そんなはずない。
…いや、そうなんだ。
それが事実なんだ。
俺は目の前で笑う相模と俯く蓮桜を見て、そう実感した。
「彼女のことは俺が殺したよ!……うそうそ!仮死薬を投与したのさ。」
相模はいつもよりもっと饒舌に語り出す。銃の話をするように、当たり前の話をするように、ありえない非日常の話を。
「本当ならカルテちゃんと日和が死体を見た時点でアナウンスは鳴るんだ。誰かさんが先に死体を見つけていたせいでさ!それと落ちてた小麦粉は俺がばら撒いた。楼の名前を書いてね。ハハ、ちょっとしたお遊びじゃん!蓮桜雪雫の死体を先に見つけた人物…祇園寺現に消されてしまったけど。」
「つーかさ!早く気づけばよかったのにな!本人以外に鍵をかけられるのはモノアピスか、黒幕しかいないってね。まあ、祇園寺現はバルコニーから空き教室へ移動したみたいだけどさ!気づかないふりをしていたのか知らないけど、ず〜っと黒幕は皆の中に潜んでいたんだよ!」
目の前の人間は本当に俺達と過ごした相模迅なのだろうか。
周りを巻き込む明るさと素直さ。同じ笑い声のはずなのに、全く違う人間みたいだった。
「でもどうして…蓮桜を仮死状態にしたんだ…?蓮桜と相模に一体どんな関係が?お前らは何故コロシアイを始めたんだ!」
「わあ、すっげー質問攻め。なんでって……邪魔だったから!それだけ。この辺の詳しい説明は雪雫ちゃんがしなよ。話したいだろ、君だって。」
「…僕は記憶を度々失う。でも思い出したんだ全部。」
ゆっくりと蓮桜は語り出す。
「僕達は君達と同じ患者でもあるけど、同時に医者側でもあるんだ。つまりはこの薬の開発者側。そして僕の才能は超高校級の医療秘書だ。」
「医療秘書?」
「そう、そのまんまの意味だよ。医療に関するスペシャリスト、とでもいえばいいのかな。」
才能にピンと来なかったのか、繰り返す愛教に蓮桜は頷いた。
「徐々に朽ちていく世界で、僕達は出会い、薬の開発を共にした。それから君達は、いきなり拐われた訳じゃない。“治療プロジェクト”に元々参加してたんだよ。」
ポップコーンをいるように
花火がドカンと打ち上がるように
失われていたはずの記憶が
弾けた!
「どうりであの写真に身に覚えがないと思ったんだ。でも、確かにあの写真はぼく達が過ごした記憶なんだね。」
「ちょっとだけ記憶とモノアピスをいじらせて貰ったよ。そうでもしないとすぐにバレちゃうし、情も生まれちゃうだろ?」
___治療プロジェクト
それは抽選で選ばれた超高校級が、蔓延する病気を完治させるための診療や経過観察。俺達はこの病棟で2ヶ月は共に過ごしていた。
「でも思ったよりずっと、多くの万能な薬の開発は難しくて。途中で僕達の意見は分かれてしまった。」
蓮桜は時間がかかってでも全員分を作るべきだと主張し、相模は投与する人物を選別するべきだと主張したそうだ。
「彼女を正しいと言うか?放っておけばもれなく全員死亡だ、そうなる前に手を打った。公平な方法、それがコロシアイ。」
相模はせせら笑った。
「そんな……。」
俺は思わず声を漏らす。そんな残酷な方法があってたまるか、というような気持ちだった。
「…でも、一理……ありますよね…♡」
しかし、看薬院がぽつりと呟く。愛教と安心院はその言葉に目を逸らした。
「おい、看薬院…。」
「職業柄、でしょうか。生かせたかもしれない人を判断ミスで失うのは、とても辛いことです……♡」
優しい看薬院だからこそだろうか。己の発言に躊躇しながらも看薬院は言った。
「………完治したくない人は大人しく殺されればいい、という訳ですか………。」
「生き残ったおかげで、薬を手に入れて生き延びることができるんだ!生きたくても、生きれなかった奴が沢山いるのにそんなこと言うのか?俺は悲しいぜ?」
重く息を吐き、安心院はとても苦しそうだった。
「病気のせいで彼女の記憶が大きく欠如された時、俺はチャンスだと思った。この時だよ、コロシアイを始めたのは。途中で記憶が甦り、呼び出された時揉めたから、一度眠ってもらうことにしたんだ。」
相模は続ける。
「彼女との出会いは本当にたまたまだったんだよ。人間関係や将来への希望をなくし、トボトボ歩いてた俺は蓮桜雪雫という人間に拾われた。彼女はよく記憶を失う。だからその補助が必要だった。そして俺は復讐の材料が手に入る。まあ、win-winってわけ!」
「復讐…か……?」
「そう!復讐!子は親を選べない。大人の決めたことにも逆らえない。ハズレ人生を引いちゃった俺は世界を恨んだよ…!絶望した。このまま全世界が絶望に染まればいいのに、そしたらあいつらも絶望を味わえるのに、って思ったよ!蓮桜雪雫を裏切るつもりはなかったよ!最初から協力する気なんてなかったんだから!」
「ここから出たとしても、外の世界は相変わらず病が蔓延したまま。オマエラは絶望するしかないんだよ!」
「さあ絶望しろよ!世界に!俺に!全てに!」
暫く俺達は黙ったままだった。相模の声だけが頭の中にこだまする。
『楼さん!』
確かに懐かしい声がした。
めぐり、めぐる。
皆との思い出が、幸せが、託された希望が、フラッシュバックした!
「海みたいにきらきら…“きぼうに”かがいてるろーちゃんやみんなならきっと…ううん、ぜったいぜったいぜーったい!だいじょーぶなのっ!しじみもおーえん、してるの…!」
「もう、僕のような過ちを犯すような人が出ないように…君達が論破してください。
僕は海老塚さんの命を奪ってしまったことを、とても後悔しています。
殺されてしまう人も、僕のような想いをする人も、増えて欲しくないんです。
僕がこんなことを言うのもおこがましいですが、僕は君達を信じています。」
「私ね、皆と沢山思い出が作れて嬉しかった。いつでも光はどこかに必ずあった。私の希望は決して無駄じゃなかったって今でも思うんです。絶対大丈夫です!信じて、あなたの希望を!」
「僕は別に君たちの応援をする訳じゃないけど、こんなクソほどくだらないこと考えた奴に、僕を殺した君らが負ける方が腹ただしいね。これまで死んだヤツらを無駄にするつもり?前を見ろよ」
「貴方なら大丈夫ですよ。」
「貴方が私を変えてくれた。
私に色付く世界を教えてくれたんですよ。
きっと大丈夫。信じて、無駄にしないで、
平気ですよ。私達もついています。」
「僕を当てた貴方ならきっと正解を導けるはずだよ。るうは凄いなって思ってました。憧れてたんですよ。無責任な言葉かもしれないけど、あえて言わせてください。大丈夫。自分を信じて。」
「皆はすごい人だよ、ほんとに。皆なら大丈夫だって、ボクは思ってる。それも希望だよねぇ?」
「…俺がこういうのもなんだけれど。"きっと大丈夫"、だよ。………俺はずっと信じている、きみが、楼くんが必ずその現実の先の未来を、夢を掴み取ってくれると。
……問題無いさ、ここまで現実を見据えてこれた君達なら、撃ち砕けるさ、その悪夢を」
「ここまできたなら、もうわかってるだろ。生きるんだ。僕の分まで生き抜いて、希望を掴んでくれ。僕達はいつでもここで見守っていてやる。」
そんな風に言ってる気がした。
希望のかけらはいつだってそこにある。
「楼くん、きみは一人じゃない。」
愛教が微笑んだ。
目の前の相手を否定することがどんなに辛い事なのか、皆よくわかっていた。
それは今日のことだけじゃない。いつだって、俺達は絶望と隣り合わせに生きていた。
それでも、
「俺は……あいつらから希望を託されたんだ、俺が絶望したら皆を裏切る事になる…………出来るわけねぇだろ。俺は希望を信じるぞ!」
「き、希望を託されたって、きっといつか忘れる。ここでのことも忘れるんだよ…!」
蓮桜は涙を我慢するように、大きな声を出した。
「俺はここで死んだ奴らだけじゃねぇ、今まで見送ってきた人達とその遺族の顔を一日たりとも忘れた事はねぇよ。お前の分まで俺が覚えてる。」
「…そっか。楼くん、君は……。」
「間違いなく希望だ。」
蓮桜は安心したように目を閉じた。
「昔のぼくならきみの誘いに乗っていたかもしれない。でもぼくは、ここで1人じゃないと、手を貸してくれる人がいると、前に進みたかった人がいることを知っているんだ。ぼくは前を向くよ。きっと、笑い合える日が来る!」
「…命は等しく尊いものです。コロシアイは……間違っています。私は自分の気持ちを拾いたい。また、本当の私で生きたい!
絶望で溢れていても、そこにまだ希望があるなら…私は信じてみたい。私は、貴方を否定します!」
「……。」
安心院は黙ったまま。
「…君が信じたいものを信じる、それだけでも良いと思うよ。君が見たい夢を見ればいい。その夢を叶えられるかどうかは、君の気持ち次第でしかない。他人にどうこうできるものでは無い。大丈夫、君ならその夢さえ掴めるよ……現実だって、“信じられる”…ね?日和さん。」
「………現さん……?」
「日和ちゃん!がんばれ……頑張って下さい…!日和ちゃんなら抗える!」
看薬院は安心院に叫んだ。
「悲しい……悔しい………何も…気づけなかった………。」
未だ俯いたままの安心院は、途切れ途切れに言葉を放つ。
「ですが!」
しかし顔を真っ青にして汗を流しても尚、相模の方を向いた。
「曲がりなりにも私は超高校級のカウンセラー、本当は貴方の話もちゃんと聞きたかった…私だけが辛いわけではない、私だけが苦しんでるわけではないのです。死してしまった大切な方々のためにも、貴方には然るべき裁きを受けていただきます!」
前に進む、とそれぞれが口に出す。
「これが俺達の答えだ!」
放たれた希望。
「あーあー、わかったわかった、降参だって!」
相模は手を振りながらめんどくさそうに言った。
「…迅くん、……貴方はもっと優しい人だった…愛も、全部嘘だったんですか?」
「……俺は優しくなんかないけど、愛していたのは嘘なんかじゃない。君は唯一俺に優しくしてくれた大切な人、だったよ。」
相模はその言葉の一瞬だけ、安心院を真っ直ぐに見据えた。
嘘だらけなんかじゃ、きっとなかったんだ。