Pと青羽とアイドルと   作:パンド

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可奈は少しぽよってしてるくらいが可愛いと思う


『どんな作戦なのかな〜♪ 可奈とっても気になるな〜』

 

 

 

「さて、可奈──いや矢吹君。なぜここに呼ばれたのか、もちろん分かっているね?」

「あのぅ、プロデューサーさん。練習用のマイクを一本ダメにしちゃったことなら、ちゃんと謝ろうって思ってて」

「……それは初耳だが」

「ご、ごめんなさーーい!!!!」

 

 そう言ってぺこりと頭を下げたのは、オレンジの髪から飛び出すアホ毛が眩しい14歳──矢吹可奈である。

 彼女はこの日シアターに来るなり、プロデューサーからの呼び出し(ラブコール)を受け、とりあえず姿勢を正すように言われたので従ったところで、そこから上記の会話に繋がるのだが……自主トレ中に壊してしまったマイクの件でなければ、いったい自分はなんの話をされているのだろう。と、可奈の頭にハテナマークが満ちていく。

 

「……はぁ。いや、マイクのことはいいよ可奈。言っちゃなんだけど消耗品でもあるわけだし、それだけ一生懸命練習したって証拠でもある。可奈が歌の自主トレを頑張っているのは、俺もよく知ってるから」 

「プ、プロデューサーさん……」

 

 矢吹可奈は、自分が音痴であることを誰よりも理解している。

 でもそれと同じくらい、可奈は誰よりも歌を歌うのが好きなのだ。

 だから自分もいつかは、765ASが誇る蒼の歌姫──如月千早にも負けないくらい素敵な歌を歌うのだと、可奈はそれだけの意気込みをもって自主トレに臨んでいた。

 プロデューサーとて、それを分かっているからこそマイクの件については特に触れようとはしなかった。

 プロデューサーからの間接的な信頼の言葉に、可奈は(いた)く感動し。

 

「だがそれとコレとは話が別だ矢吹くん、コレに見覚えがないとは言わせないからな?」 

 

 そんな可奈へ、プロデューサーは一枚の紙を見せつけた。

 A4サイズの紙だ。

 モノクロで、なにやら表と数字が印刷されている紙だった。

 可奈は内容を確かめようと紙に顔を近づけ、一番上の文字を読み上げる。

 

「え〜っと、765プロ定期検──ああぁああああああっ!! な、なんでプロデューサーさんがこれを持ってるんですか?!」

「青羽さんに借りた」

「美咲さーーん?!」

 

 読み上げてる途中で真実に気がついた可奈は、必死な顔でプロデューサーから紙を奪い取ろうとするが、彼女とプロデューサーとでは20cm以上背丈に差があり、彼が手を挙げてしまえばもう届かない。

 

「侵害です、プライバシーの侵害ですよ!!」

「俺の方こそ心外だよ。こっちは心配してるってのに」

「うぅ、プロデューサーさんのいじわる……」

 

 765プロ定期検査。

 と、表の一番上にはそう記されていた。

 早い話が健康診断の結果である。

 月に一度行われているそれは、アイドル達の体調を管理する上でも大事なバロメーターとなってくるのだが。

 

「矢吹くん、先日テレビ局の方からいただいたシュークリームは美味しかったかね?」

「あぅ……ち、違うんです。すごく美味しくて、自分でメーカーさんから取り寄せたりとかなんて絶対してないですっ」

「語るに落ちてるぞ」

「あっ、嵌めましたねプロデューサーさん!! 自業自得だって言いたいんですか?!」

「いいや、自分で掘った穴に埋まっただけの自掘自埋だ」

 

 矢吹可奈は、食べたものが身に付きやすい体質だった。

 付きやすいと言っても、可奈のそれは一般人と比べてそう逸脱したものではなかったけれど、他のアイドル達と比べたときにやや目立つレベルであるのも事実だ。

 しかし例え14歳であっても、まだまだ子供だとしても、可奈だって女の子なのだ。

 いくらHPにプロフィールとして色んな数値を載せているとはいえ、男性であるプロデューサーに紙媒体で見られるのは普通に恥ずかしい。

 

「あのな、俺だって見て見ぬフリを、できることならしたいさ」

 

 プロデューサーだって、好き好んでこんな小芝居をしているわけではない。

 確かに仕事の性質上、彼女達のプロフィールと睨めっこすることもしばしばあるが、こうして本人に直接言うことは極めて稀だ。

 

「来月のライブ、志保とステージに立つって決めたんだろ?」

「……はい」

 

 来月の、ライブ。

 可奈はそのステージに、厳しくも優しい、仲間であると同時に親友でもある北沢志保と一緒に出演する予定だった。

 そのために、お揃いの衣装まで用意してもらったのだ。今からお腹周りを多少緩くしてもらうこともできるだろう、けれど。

 

「じゃあ、どうすればいいかは分かるよな」

「私痩せます!! ダイエット頑張ります!! でも、やれるのかな……」

 

 いつになく自信のない可奈の声に、プロデューサーは腕を組むと。

 

「それについては俺も協力しようと思ってる」

「プロデューサーさんが、ですか? でも──」

「あぁ、前回の褒めて頑張らせよう作戦は失敗だった。それは認めよう」

 

 前回、というのは以前だいたい似たような流れで可奈のダイエットに協力していたプロデューサーによる、少しでもお菓子を我慢したら可奈を褒め倒してモチベーションを維持させようという作戦のことを指していた。

 これに関しては一定の成果を挙げたものの、可奈がプロデューサーの見ているところでしかお菓子を我慢できなくなった辺りで中止となった。

 同じ轍は踏むまいと、今回プロデューサーは新たな策を用意していたのである。

 

「題して『褒めてダメなら引いてみろ作戦』だ!!」

「わ〜、どんな作戦なのかな〜♪ 可奈とっても気になるな〜♪」

「うむ、早い話が前回の逆をいく作戦だ」

 

 前回の逆。 

 つまりダイエットを頑張ったら褒めるのではなく、引いていく。

 痩せられなかった日数に応じて、可奈に対してプロデューサーが他人行儀になっていく。そういう作戦である。

 

「あっ、それで最初あんな話し方だったんですね」

「その通りだ矢吹くん、厳しい作戦になるが着いて来られるかな?」

「イエッサーです、プロデューサーさん!! 矢吹可奈、頑張るぞ〜♪ やる気倍増〜♪」

 

 こうして、可奈とプロデューサーの一ヶ月に及ぶダイエット作戦が始まった。

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

 2週間後。

 

「おはようございまーす。今日はお団子を作ってみたんだけど、よかったら──って、可奈ちゃん?! どうしたの? 大丈夫?」

「春香さぁん、大丈夫じゃないかもです……うぅ、お団子とプロデューサーさん、どっちをとったら……」

 

 頭のリボンがトレードマーク。

 765プロダクションのセンターオブセンター、天海春香は困惑していた。

 彼女はお菓子作りが趣味で、今日もこうして黒糖を使った新作団子を、シアターの子達にも食べてもらおうと持って来たのだ。

 そう、持って来たのはいいのだけれど。

 いつもなら、真っ先に反応して、美味しい美味しいとお菓子を食べて幸せそうな顔をしてくれる矢吹可奈が、今日に限ってひどく悩ましい声を出している。

 というより、机に突っ伏していた。

 すると、横から。

 

「あー、アカンて春香。可奈な、今ダイエット中やねん。次のライブまで頑張るいうてたわ」

「あちゃー、そうなんだ……でも奈緒ちゃん、それとプロデューサーさんと、なにか関係してるの?」

「それなんやけどな」

 

 可奈の隣で台本を読み込んでいた横山奈緒は、春香にことのあらましを、可奈とプロデューサーが行なっているダイエット作戦の内容を伝えると、最後に一言。

 

「ちなみに一昨日やったかな、呼び方が『矢吹さん』になってたわ」

「す、 すごい徹底ぶりなんだね……プロデューサーさんらしいけど」

「見てるこっちも辛いでほんま。なぁ可奈、アメちゃん一個くらいならええんちゃう? 我慢のし過ぎもよくないで」

「私も奈緒ちゃんに賛成かなぁ。要は食べたぶんだけ動けばいいんだよ、シアターの周りで走り込みとか。私でよければ付き合うよ?」

 

 言いながら、アメを差し出す奈緒に、お団子を勧めてくる春香。

 そんな二人の優しい言葉が心に響いたらしく、可奈はヨロヨロと顔を上げると。

 

「あ、ありがとうございます、春香さん、奈緒さん。そうですよね、動けばいいんですもんね!! よーし、じゃあいただき──」

「矢吹さん?」

「ませーん!! すみませーん〜♪」

 

 お団子が口に入る直前、部屋に入って来たプロデューサーの声が可奈の手に突き刺さった。

 

「歌っても誤魔化せないですよ矢吹さん」

「うわ、ついに敬語になってもうた。しかもなんや刺々しい感じまでしとるし」

「元は役者畑の人だからね、プロデューサーさん。ある程度は演技だと思うけど、結構頑固なところあるから……」

 

 奈緒は半ば呆れたような目でプロデューサーに視線をやる。まさかここまで徹底するとは思っていなかった。

 対照的に、春香はなにかを思い出すような目線で二人のやりとりを眺める。

 そして、プロデューサーに敬語で(たしな)められた可奈は、今までで一番距離のある接し方をされてしまった上に、今日までの流れですでにダメージを負っていた矢吹可奈は。

 矢吹可奈の、涙腺は。

 

「うぅ………ひぐっ……ごめんなざい〜〜」

「あっ」

「あー」

「えっ」

 

 呆気なく、決壊してしまった。

 上から順に奈緒、春香、プロデューサーの三者三様の反応である。

 春香は可奈を優しく抱きしめ背中をさすり、奈緒は咎めるような視線をプロデューサーに向けた。

 

「流石にやり過ぎとちゃいます?」 

「……あ、あぁ。いや、まさか可奈がここまでショックを受けるとは」

 

 やや呆然とした表情を見せるプロデューサーに、奈緒はやれやれと言いたげな顔で。

 

「可奈、言うてましたよ。『私の歌を認めてくれたプロデューサーさんの期待に応えたいんです』って、だから他人行儀にされてもめげずに頑張るって」

「…………」

 

 奈緒の言葉に、奈緒が伝えた可奈の言葉に、プロデューサーの脳裏へ可奈との思い出が走馬灯のように過ぎる。

 初めて出会ったときのこと。

 初めて彼女の歌を聞いたときのこと。

 彼女の夢を教えてもらったときのこと。

 可奈の笑顔が、頭の中に現れては消え、また現れては消える。

 その繰り返しの中で、プロデューサーは。

 

「悪い奈緒、それに春香も、世話かけたな」

「ま、今度クレープ奢ってくださいね、それでチャラにしときます」

「ふふ、じゃあ今度4人でお出かけですね、プロデューサーさん?」

「あぁ、約束だ」

 

 そして、春香にしがみ付いていた可奈へとプロデューサーは優しく語りかける。

 

「可奈、俺が悪かった。可奈の気持ちを考えずに、間違ったやり方を選んでしまった。ごめんな」

「プロデューザーざん……私のこと、嫌いになってませんか?」

「なるわけないだろ? 俺は可奈のプロデューサーなんだから」

 

 プロデューサーにそう言われ感極まった可奈は、彼の鳩尾あたりにしがみ付き。

 

「私頑張りますからっ、歌もアイドルもダイエットも。全部、全部頑張りますから〜〜」

「知ってる、知ってるよ。可奈が頑張り屋なのは、俺がよーく知ってる……知っている、はずだったのにな」

「私も、痩せられなくてごめんなざい〜〜」

「俺の方こそ、辛い思いをさせてすまなかった」

「プロデューサーさんっ」

「可奈っ」

 

 互いに呼び合い、抱擁を交わす二人。

 雨降って地固まる。

 気持ちのすれ違いはあったけれど、こうして可奈のダイエット騒動は幕を──

 

 

「それはそうと、ダイエットの時間よ──可奈」

 

 黒髪の少女であった。

 やや癖のある長い黒髪に、意志の強そうな瞳が特徴の、スタイルの良い少女だった。

 彼女は可奈の同僚で、ライバルで、仲間で、親友で、次のライブの共演相手で。

 名前を、北沢志保といった。

 

「し、志保ちゃん……どうして」

「話は美咲さんから聞かせてもらったわ。可奈とプロデューサーさんが最近妙な空気になっていたのは知っていたけど、まさか衣装が入らなくなっていたなんて……ね」

 

 ゾッと、可奈の背筋に冷たい予感が走る。

 志保は笑っていた。

 口に微笑みをたたえ、可奈に向かって笑いかけていた。

 けれど、その目はちっとも笑っておらず。

 

「可奈。私、とても楽しみにしているのよ、あなたとのライブ。だから私にも協力させて、大丈夫絶対衣装が着られるようになるまで絞ってあげるから」

「あわわわっ」

 

 これは不味いやつだ。

 これは本気で人を扱くときの志保だ。

 可奈の頭に警鐘が鳴り響き、彼女は助けを求めるべくプロデューサーへ縋り付くような視線を送る。

 そして、志保もまたプロデューサーへ向き直ると。

 

「プロデューサーさん。可奈のこと、お借りします」

「あぁ、あとは志保に任せるよ。頑張ってこい可奈!!」

「プ、プロデューサーさんの薄情者〜〜!!」

「まずは軽くシアターの周りを5周……いえ10周はしなきゃダメね。それから腹筋運動をして、そのあとは──」

 

 

 2週間後。

 プロデューサーは無事にライブを終えた可奈にお詫びのスイーツを用意し、それを他のアイドルにも見られたせいで財布が寒くなるのだが、これが本当の自業自得であった。

 

 

 

 




気がついたら奈緒が出てる不思議

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