Pと青羽とアイドルと   作:パンド

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名前だけクロス


『そ、そうかな……私、凄い……??』

 

 

 

 その日、箱崎星梨花が事務室のドアを開けると、そこには奇妙な光景が広がっていた。

 彼女はスタンダードな箱入り娘のお嬢様であり、それゆえに世間に疎くシアターで周囲を驚かせたりすることもあったが、流石にこれは光景の方が普通ではないと思った。

 

「えっと……これはジャスミン、隣のがシトロネラで、こっちはアニシード、かな……?」

「お〜、的中ですな〜」

「すげーよ可憐!! オレ1個も分からなかったのに……」

「あ、ありがとう……昴ちゃん、美也さん。これなら頑張れる気がする……!」

 

 ソファーの真ん中に座っていたのは全体的にゴージャスで派手な格好をした人見知りアイドル──篠宮可憐だ。

 彼女はなぜか目隠しをしており、手に取った瓶の匂いを嗅いでは、その元になった物の名前を挙げていく。

 その右隣でウェーブのかかった茶髪に太眉がチャームポイント──宮尾美也が、湯飲みを片手に可憐のことを見守っており。

 左隣ではボーイッシュな外見とは裏腹に声がカワイイと評判の永吉昴がはしゃいでいた。

 

「あの、皆さん。なにをしているんですか?」

 

 星梨花がそう尋ねると、真っ先に反応したのは昴だ。

 

「お、星梨花。なぁ星梨花もこっち来いよ、可憐の利きアロマ凄いんだぜ?」

「ふふふ、昴ちゃんはすっかり可憐ちゃんに魅せられてしまってますね〜」

 

 こぞって自分を持ち上げる2人に可憐は顔を真っ赤に染めて、星梨花へ事情を説明しようとする。

 

「え、えっとね星梨花ちゃん。これは──」

 

 なお、目隠しは付けたままだった。

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

「楓の部屋、ですか……?」

「あぁ。名前は聞いたことあるよな。346プロさんとこの番組だし」

「は、はい。高垣楓さんが司会をされてるトーク番組、ですよね……」

 

 楓の部屋。

 というのは346プロダクションに所属する、ミステリアスなオッドアイが特徴で、お茶目な駄洒落でお茶の間を凍らせるのが特技の歌姫系アイドル──高垣楓の冠番組である。

 毎回ゲストを呼び、語らいながら進む一見和やかな番組であるが、ときおり飛び道具のように楓のしょうもないジョークが炸裂するので注意が必要だ。

 

「それでだな、今回その楓の部屋から可憐をゲストに呼びたいとオファーがあった。喜べ可憐、本人直々の招待ってやつだぞ」

「え……えええぇ?! わ、私がですか……? 翼ちゃんと茜ちゃんじゃなくて?」

「ほら、前にNステで共演したときに、アロマの話をしていたろ? それで興味を持ってくれたらしい」

 

 確かに、以前『りるきゃん』として国民的音楽番組で共演した際、彼女がアロマの話題に反応してくれたことを可憐は覚えていた。

 てっきり緊張していた自分に気を遣ってくれただけなんだと思っていたのに、まさか自分の冠番組に招待してくれるなんて。

 そう思うと、可憐の胸がぽわぽわと暖かくなった。

 

「なんでも、先方のディレクターが利きアロマの企画を考えているらしくてな、いいアピールの機会だと思わないか?」

 

 訂正、可憐はその発言ですっかり肝を冷やしてしまった。

 

「利きアロマ……ば、番組の中で? む、無理ですよプロデューサーさんっ。スタジオでなんて絶対無理ですぅ……」

「そんなことはないと思うが……可憐ならやれるよ、アロマには自信があるんだろ?」

 

 落ち着いた場所でなら兎も角、スタジオでカメラに囲まれてしかもあの高垣楓の目の前で利きアロマ? 無理だ、可憐は本番でNGを連発する自分の姿を想像し、頭がクラクラしてくるのを感じながら、プロデューサーへ訴えかける。

 

「だ、だって……も、もし失敗したら、『口だけアロマスキー』とか『年中鼻詰まり』とか、そんな……へ、変なあだ名がお茶の間に広がるんですよ……っ?!」

「ネガティブ発言だけやけに流暢だな……でも考え過ぎだよ、本番は俺も着いていくし、横で見てるから」

「で、でも……」

 

 それでもやっぱり、可憐は失敗が怖かった。

 失敗して、こいつのアロマへの想いはこんなものなのかと思われることが。

 周りに迷惑をかけてしまうことが。

 そしてなにより、プロデューサーからの期待を裏切ってしまうことが、怖い。

 こんな自分に目をかけてくれた彼の期待に応えられないことが、可憐にとってはなによりも恐ろしい。

 

「うーむ、なら仕方ない。か」 

「プ、プロデューサーさん……?」

 

 やけにあっさりとした、彼らしくもない引き際に、可憐は嫌な予感がした。

 そして大抵の場合、そういう予感は当たる物だ。

 

「よし、あとは頼んだぞ、2人とも」

「はい〜、お任せあれ〜」

「オレたちがコーチングするから、頑張ろうな!! 可憐!!」

 

 プロデューサーの言葉に返事を返す、二つの声。

 いつの間に入ってきたのか、可憐が振り向くとそこには声の主──もとい、美也と昴がアロマの瓶を手に立っていた。

 

「美也さん、昴ちゃん……? あ、あの、プロデューサーさん。これは……」

「いやまぁ、なんだ。可憐がこういうこと言いだすのは正直読めていたからな、事前に助っ人を依頼していたのだ!!」

 

 つまり彼女たちが助っ人で、これからなにが始まるのだろうと可憐は小首を傾げる。

 

「そーいうこと。やろうぜ可憐、利きアロマ」

「安心して下さい〜、可憐ちゃん。可憐ちゃんが自信を持てるようになるまで、私たちがお手伝いしますよ〜」

 

 ニッと男勝りな笑みを浮かべた昴がそう言って、菩薩のように穏やかな笑顔をした美也がそれに続く。

 あぁ、助っ人って、こういうことかと可憐はようやく合点がいった。

 つまり2人と利きアロマの特訓をすることで、可憐に自信を持ってもらおうというのがプロデューサーの策であり。

 ついでに言うならば。

 

(こ、断れない……っ)

 

 こんな笑顔を向けられて、それを無下にできるほど篠宮可憐の心は強くなかった。

 

「じゃあ俺は営業に行ってくるよ、また後でな可憐」

「プ、プロデューサーさん……待ってください、私まだ心の準備が──」

 

 退室するプロデューサーへ手を伸ばそうとした可憐と、そんな彼女の肩をガッチリ抑える2組の手。

 

「ではでは〜、早速始めましょう〜」

「とりあえず可憐は目隠しな?」

「あ、あわわ……っ」

 

 そんなわけで、宮尾美也と永吉昴による、可憐の利きアロマレッスンが始まった。

 

 

 

 ■ □ ■

 

 

 

 で、今現在。

 

「最後の二つは……フランキンセンスと、パルマローザだと思う」

「す、凄いです可憐さん!! また全問正解です、こんなに沢山アロマがあるのに、一回も外さないなんて凄いです!!」

「そ、そうかな……私、凄い……??」

「これならスタジオでやっても大丈夫なんじゃないか? もう50問くらい連続正解してるんだしさ」

 

 星梨花と昴の両名から絶賛され、可憐は満更でもない風に笑う。

 あれから星梨花も交えた4人で利きアロマの続きをしていたのだが、正解に次ぐ正解、ズバリ的中を連発した可憐の心には、プロデューサーの目論見とおり自信が芽生えようとしていた。

 可憐としても、まさか1問も間違えないとは思っておらず、もしかして自分の鼻は凄いんじゃないかという気持ちすらあった。

 

 そんな可憐に。

 

「ふふふ〜、では可憐ちゃん。この匂いがなんだか当ててもらえますか〜?」

「う、うん。いいよ……美也さん、今なら外す気がしません……!!」

「えっ、美也それって……まぁ、可憐がいいなら良いんだけどさ」

 

 フンスと鼻を鳴らす可憐は、側から見ても天狗になり始めていたけれど、元がネガティブなのだしこのくらいが丁度いいのかなと、昴はあえて止めなかった。

 そして、美也はある物(・・・)を可憐の膝に乗せた。

 当然、可憐は困惑した。さっきまでずっとアロマの匂いを嗅いでいて、実際これは利きアロマの練習なのに……感触からして、これは衣服だろうか。

 

「あ、あの……美也さん、これって……」

「今の可憐ちゃんなら、当てられるかと思いまして〜」

 

 この服が誰のものかを当てて欲しいということらしい。

 とはいえ、このシアターに出入りしている人の数は10や20ではきかない、流石にその中から正解を導き出すのは難しい。

 

「……か、可憐さん。頑張ってください!! 可憐さんなら当てられますよね……??」

「せ、星梨花ちゃんまで……」

 

 戸惑う可憐の背中を押したのは、星梨花の声援だった。

 ここまで言われて引き下がれるだろうか、いや無理だ。少なくとも自分には、この純粋無垢な期待を裏切れない。

 可憐は覚悟を決めて、その匂いを嗅いだ。

 

(あれ……なんだろうこの匂い。知ってる、私はこの匂いを知っている……)

 

 例えるのなら、苦味を抑えたコーヒーのような。干し草のベッドのような、自分を大きく包み込んでくれる、そんな匂い。

 スーッと、大きく鼻から匂いを吸い込み、肺へと貯める。

 その匂いが鼻を通るたびに、胸がドキドキしてくるのを可憐は感じた。

 

「……あ、えっと……なんだろう、パッとなんの匂いかは出てこないんだけど……私、好きだな、この匂い」

「…………」

「…………」

「おお〜、流石可憐ちゃんですね〜」

 

 可憐の率直な感想に、昴と星梨花は顔を赤くしてしまった。なにせ、嗅いでるものが物だったから。そんな2人とは対照的に、どこまでもマイペースな美也。

 

「けど、これ誰の──」

 

 服なのかな、と可憐が言おうとしたその時。

 

「ただいまー。お、どうだ可憐、特訓の成果は…………」

 

 営業から帰ってきた彼は、プロデューサーは、シアターを出た時よりもメンバーが増えていることだとか、昴と星梨花が顔を赤く染めていることだとか、美也がいつも通りいい笑顔をしているだとか。

 そんな些細なことより。

 

「なにを、してるんだ……? 可憐?」

「…………え?」  

 

 ハラリと、まるでタイミングを計っていたかの如く、可憐の目隠しが解けて。

 彼女は見た。

 というかさっきまで嗅いでいたそれを。

 思い切り目視してしまった。

 それは、男物の上着で。

 更に言うなら、このシアターに普段から出入りしている男性は1人だけで。

 最悪なことに、その張本人が目の前にいた。

 早い話が、可憐が匂いを嗅いでいたのはプロデューサーのコートだった。

 

「あ、うあ……プ、プロデューサーさん。えと、これ……えぇ?! ちちちちち、違うんです、その……!!」

「おおお落ち着け可憐、なんとなく察したから!! ちょっと驚いただけだから!!」

 

 断片的な情報から正解を導き出すスキルは、アイドルの魅力を引き出す上でも重要になってくる、その点において今日のプロデューサーは最高に冴えていた。

 目隠しをしていた可憐が、昼から気温も上がったしと置いていった自分のコートを嗅いでいる、つまり決して何かに目覚めた可憐が自分の意思で嗅いでいたわけではない!! 証明終了(Q.E.D.)!!

 が、仮にプロデューサーが答えに辿り着いたところで、可憐のパニックが収まるわけでもなく。

 

「──────あぅ」

「か、可憐ーーーーッ!!!!」

 

 篠宮可憐の意識は、プロデューサーに抱き抱えられた辺りで途絶えてしまった。

 せめてもの救いは、彼女が本番での利きアロマに成功したことだろう。

 

 

 本人曰く──あれと比べれば天国です、とのこと。

 

 

 

 




美也は仕掛けられる側ではなく、仕掛ける側だと思います

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