Final Fantasy Vll Rebirth   作:中立主義者

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第一話 既視感の正体

()()()()に気が付いた時───残酷だと、そう思った。舌筆に尽くし難いほどに多彩な気持ちが入り混じった極彩色の感情からでは、もはや何に対してそう感じたのかは自分ですらも分からない。

だだ、これが()()が身命を賭してまで守ろうとした星の答えであるのなら残酷だと、そう漠然と感じた。

 

 

 

 

まるで深淵の奥底に沈んでいたかの如く暗澹としていた意識が、覚醒する。

凍結したように重鈍だった五感が緩慢に研ぎ澄まされていき、開きかけた双眸には赫赫としたネオンの光が瞬く間に入り込む。朧ながらも着実に、遠のいて聞こえていた喧騒が次第に立体を帯びてくると、目を瞬かせた眼前の光景に輪郭が浮き上がった。

 

ズキリと、鈍いとも鋭いとも名状し難い痛みが稲妻のように突として男の頭を走った───瞬間。

 

「───」

 

クラウドは、全てを思い出した。

 

反芻するように一瞬にして記憶が蘇る。

メテオを止めるため、()()が究極魔法であるホーリーを唱えようとしたところでセフィロスに擬態したジェノバによって亡き者とされてしまったこと。

 

その後、自我を失って精神崩壊を起こしていたものの“本当の自分”を取り戻し、仲間と共に宿敵であるセフィロスを打ち破ったこと。

 

しかし既にメテオが回避不可能な距離にまで接近していたため、為す術もなく全員が最期の覚悟を決めたこと。次の瞬間、池中から視界を覆い尽くすほどのライフストリームが噴泉されたとともに光によって包み込まれ、そこで記憶が途切れたということ。

 

「ここ、は?」

 

人々がどこか忙しなく行き交う雑踏の中、クラウドはどちらの流れに乗るわけでもなく人波を掻き分けるようにして1人で佇んでいた。

 

ふと、どこからともなく漂ってきた火煙の匂いが鼻を突く。その刺激臭によって僅かばかりに混濁していた意識が完全に覚醒したのを感じ、改めて周囲を見渡す。そしてクラウドが自身を取り巻くその状況を目にして言葉を失うまでに、そう時間は掛からなかった。

 

各所で損壊している都会的な建造物を背景に、行き場を失ったかのようにその場で蹲る者、恐怖に陥っているのか脱兎のごとく逃げ惑う者、めいめいの悲惨な光景が有無を言わさぬ勢いで目に飛び込んできたのだ。

直後、言い知れぬほどの強烈な既視感がクラウドに刻み込まれる。

 

「……っ!」

 

目の前で繰り広げられている端々の光景にはどれひとつとっても見覚えがった。否、正確には寸分違わぬ同じ状況をクラウドは既にその身をもって体験したことがあったのだ。

 

忌々しげに纏わり付く奇妙な既視感に辟易していると、頭上から緊急事態発生との前置きとともに無機質な音声が轟然と降り注ぐ。クラウドは苦り切った表情で億劫に感じながらも申し訳程度にその音へ意識を傾けた。

無情にも、それが既視感の正体を明かす端緒となることは知る由もなく。

 

『───繰り返します。壱番魔晄炉が何者かの攻撃を受け、爆破されました』

 

その呪言が聞こえた途端、須臾にして心臓が凍りついた。耳を疑う防災無線の内容に思わず血の気が引き、身体が地面に縫い付けられたかのようにその場から離れることを拒む。

 

『現在も断続的な爆発があり、火災が発生しています。壱番街、及び八番街は警戒区域に指定されましたため、速やかに避難して下さい───』

 

───ありえるはずが、ない。

 

胸中で呟いたそれは、嘆きとも怒りともつかない沈痛なものであった。

 

一度失った過去は決して取り戻せない。それはこの世界を構築する上で欠かせない当然の摂理であり、万物共通の原理原則だ。それを知っているからこそ人は過ぎ去った日々を背負い、託された想いを胸に未来へ切り進んでいけるのだ。

 

無論、それはクラウドも例外ではない。一進一退を何度も繰り返しながら漸進してきた彼は、()()の犠牲を無駄にしないためにも途中下車することなく、終着駅のない暗澹としたレールの上をひたすら走り続けてきたのだ。

例えそれが敷かれたレールの上だったのだとしても、星に仇なす諸悪の根源は断たれ、結末はどうあれ全ての因縁や過去に決着を付けたところでようやく幕引きとなる。その、はずだった。

だがそんな万物共通の原理原則とやらも、つい先刻まで絶体絶命の危機に瀕していたはずの記憶とやらも、この未曾有の状況を前にしては蜃気楼のように揺らいでしまった。

 

不意に、クラウドの心臓の鼓動が()()()()を警鐘するように早まる。ひとりでに浮かび上がったその考えを何が何でも認めるわけにはいかないと突き退ける勢いで隅に追いやった。

端無くも、クラウドの脳裏に確かに存在する旅の光景、そして忘れもしない()()の最期の姿が断続的に明滅した。音もなく明滅が途切れたところでかぶりを振る。

 

もし一度たりでも()()()()を認めてしまえば、脳裏に過ぎるそれらの光景が一瞬で泡沫の夢となり消えてしまう。そんな言い知れぬ予感がこれ以上クラウドが既視感の正体に近付くことを阻んでいた。

 

しかしもはや全身全霊で()()()()を拒絶しようにも、有効打となりうる否定材料が皆無に等しいこともまた事実であった。

さらに追い討ちをかけるように、記憶の中に映る仲間たちの想いによって精彩に輝いていた辛苦の結晶に一筋の亀裂が走る。一度走った亀裂はそのまま止まることなく急速に拡散していき、跡形もなく瓦解した───そんな、錯覚に襲われる。

この未曾有の状況を無意識的に現実として受容しつつあるということが端を発して見せた心象なのか、それは分からない。だだ遅効性の毒が確実に回っていくかのように自身の中に存在するかつての現実が、目の前に存在する今の現実によって侵食されつつあることは疑う余地がなかった。

やり場のない気持ちに歯噛みし、クラウドはそのまま表情を翳らせた。

 

だから、であろうか。迫り来るその女性の存在に気が付かなかったのは。

 

いても立ってもいられなくなり覚束ない遅緩な足取りで歩を進めようとした、その時だった。

 

「きゃっ」

 

突として、すれ違いざまの女性と肩を打つけてしまった。衝撃が軽かったため幸い転倒こそさせなかったものの、互いの不注意が原因とはいえこちらにも非があると手短に謝辞を述べようとする。

 

「すまなかった。怪我は───」

 

しかし、クラウドの言葉が最後まで紡がれることはなかった。別段、何者かに口を塞がれたわけでもない。

猜疑心を抱かせるほどに胡乱げで、至って怪訝なものを目の当たりしたことが言い淀んだ原因であった。こんな状況でもなければ悪戯の度を越した何かの冗談かと腸が煮えくり返っていただろう。

 

そう、こんな状況でもなければ、だ。

 

「ううん、大丈夫。こっちこそごめんね! 前、もっと見て歩かなくちゃ駄目だよね」

 

だが、歴とした精彩を放ちながらも微塵の濁りなく澄んだ翡翠の瞳で見つめてくる女性の存在を、冗談のたった一言で片付けることなど到底できなかった。

 

「壱番魔晄炉が爆破したって聞いたから、急いで帰ろうとしてたところだったんだ」

 

絶対に忘れるはずなどない。

 

もう二度と聞くことは叶わないと思っていたその声が耳に入ってくる度、近いようで遠い記憶の映像が今まさに目の前で再現されているかのような感覚に陥る。

ワンピースの上に丈短な赤色のジャケットを羽織り、草花の入った花籠を提げていたのが特徴的だった()()への第一印象は“可憐な女性”であったと、奇しくもそんなことを思い出した。

 

そして、どことなく滲んでいた輪郭の焦点を絞るかのように。件の花籠と可憐な雰囲気を漂わせた目の前の女性と、記憶の中に刻まれたかつての()()の姿が自然と重なり合った───瞬間。

 

自身を締め付けていた強烈な既視感の正体を、クラウドはパズルの最後の欠片が嵌ったかのようにようやく認めた。

 

先刻まで脳裏で明滅していた記憶の光景が精彩を失い、かつての現実が目の前の現実によって急速に侵食されていく。

だがクラウドの様子に愕然とする気配はない。ただ諦観したように、それでいて心の底から何かを懐かしむようにそっと目を閉じるだけだった。

 

永遠にさえ思えた、僅か数瞬の後。意を決したように、閉じた目蓋が鷹揚に持ち上げられた。

覗かせた蒼玉の瞳に、確固たる決意と、目の前で確かに存在する彼女の姿を宿して。

 

「大丈夫? もしかしてどこか痛む?」

 

自分よりも体躯の大きい精悍な顔の青年に異変を感じたのか、彼女が慌てた様子で問い掛ける。

 

「……いや、大丈夫だ。魔晄炉が爆破されたこの状況じゃ、注意力散漫になるのも仕方ない」

 

その返答に安堵したのか彼女は感嘆の声を漏らした。そして何かしらの名案を思い付いのか、はたと手を打つと和やかに目を細めながら花籠の中に手を入れる。

 

「そうだ。お詫びのしるしとして、よかったらお花でもどう?」

 

もちろんタダで、と威勢よく言葉尻を付け加えながら一輪の花がクラウドに差し出された。

 

「ありがとう。綺麗な花、だな」

 

礼を述べ、淡雪のように消えてしまいそうな色白の細長い指先から可憐な花を受け取る。

壊れ物を扱うように花茎をそっと持ち上げると、クラウドは慈愛のこもった蒼玉の瞳を向けながら花弁を優しく撫でた。

 

自ら花を遣ったにも関わらず予想だにしない青年の姿に瞠目する彼女。男性が花を愛でている姿がよほど珍しかったのかと聞かれればもちろんそれもあるのだろう。だが彼女が驚愕した理由は別にあった。

 

青年の頬を伝っていく一筋の雫に、その翡翠の瞳が釘付けとなったのだ。

 

「泣いてる、の?」

 

「泣いてる……俺が?」

 

純粋な憂慮からくる素朴な問い掛けに、自覚のないクラウドは眉を顰めた。まるで時間が止まったかのように2人の間に流れる空気がつかの間の静謐を湛えた、その時。

 

クラウドの持っていた花に一粒の雫が滴り落ちた。

その出処が自分であることに気が付き目を剥いたクラウドだったが、しばらくするとその雫とともに胸のつかえも下りたと言わんばかりに鷹揚と表情を和らげた。

 

「……そうだな。心の底では、ずっと後悔してたから」

 

「後悔?」

 

「純真で華やかだけど、どこか可憐さを感じさせる……そんな世界に一輪だけの大切な花を枯らしてしまったんだ。どれだけ謝ろうと許されることじゃないのは分かってる。ただ、それでもずっと謝りたかった」

 

堰を切ったように、クラウドの中に今まで秘められていた悔恨が言葉となって溢れ出る。

目の前の彼女にそれを言うのは卑怯だと、分かっている。しかしもはや噴泉のように渾々と湧き出る感情を理性で抑え込むことなどできなかった。

気が付いた時、宛先を失ってから長らく胸の中に仕舞い込んでいた言葉が不意にクラウドの口を衝いて出ていた。

 

「守ってあげられなくて、本当にごめん」

 

心の底から絞り出すような悲哀を帯びた懺悔の響き。この光景に居合わせたならば、たかが花に対して随分大袈裟な物言いだと誰もが異口同音に言うだろう。

実際、クラウドも自身がしてしまったことを即座に後悔した。目の前の彼女とは今まさに邂逅を果たしたばかりであり、星の危機を救うという目的のもとで旅を共にしたわけではないのだ。

何も事情を知らない彼女を前に一方的な謝罪を口にして、一体何がしたかったのかと思わず自己嫌悪に駆られる。

 

再び、周囲の喧騒を掻き消すほどの静寂に覆われようとした時だった。

 

「大丈夫だよ」

 

「……え?」

 

思い掛けない返事にクラウドは言葉を失った。大丈夫、という言葉の意図が、そして何より彼女がそれを言うことの意味が分からなかった。

狼狽するクラウドに瞳を真っ直ぐと見合わせると、ずっと複雑に絡み合っていた系を解きほぐすように彼女は力強く言葉を続ける。

 

「そのお花はあなたのこと、きっと恨んでなんかないよ。だって、そこまで想ってくれる人のことを悪く思えるはずなんか、絶対にない」

 

───だからね、自分のことを許してあげて。

 

その言葉を、聞いた瞬間。

心の奥底に深く沈み込んでいた澱みが、少しづつ、薄らと、確実に消えていくのを感じた。

ずっと抱いていた罪の意識が今、ようやく許されたのだということに愁眉を開く。

 

「ありが、とう」

 

衷心より湧き上がった感謝の言葉を漏らした途端、本人ですら驚くほどの笑みが自然とクラウドに溢れた。

やはりいつになっても彼女には敵わないなと、ふとそんなことを思う。

 

「うん! そうやって笑顔になってくれた方が、そのお花も絶対に喜ぶと思うな。ねぇ、そういえばまだお互いの名前、知らないよね?」

 

その懐かしい台詞に全てが相まって感慨深いものを抱く。あの時は差し迫った状況だったことに加え、偽りの人格を演じていたがために無愛想な自己紹介となってしまった記憶がある。

だからせめて今度はそんな淡々としたものではなく、端然とした出会いにしたいとクラウドは考えた。偽りの人格ではなく、彼女が探し、そして許してくれた“本当の自分”を胸を張って紹介するために。

 

「俺はクラウド。あんた……いや、君の名前は?」

 

既視感の正体の答え合わせをするかのように。

青年の投げかけた問いに、彼女は大輪の花のような美しい笑みを湛えながら答えた。

 

「───エアリス。花売りのエアリスよ。よろしくね、クラウド!」

 

「ああ、よろしく。エアリス」

 

純真で華やかだが、目を離せば今にも消えてしまいそうなほど可憐な女性。

そんな彼女───エアリスを今度こそ必ず守ってみせると、クラウドは胸中で静かに、それでいて力強く呟いた。

 

 

 

 

過去に戻ったということ(そのこと)に気が付いた時───残酷だと、そう思った。舌筆に尽くし難いほどに多彩な気持ちが入り混じった極彩色の感情からでは、もはや何に対してそう感じたのかは自分ですらも分からない。

だだ、これがエアリス(彼女)が身命を賭してまで守ろうとした星の答えであるのなら残酷だと、そう漠然と感じた。

 

しかし、それと同時に感謝の念を抱いた。

これが星の答えであるのなら、今度こそエアリスを絶対に守ってみせると───そう、決然と誓った。




お読み頂きありがとうございます。
本作のテーマソングとしては、FF7Rのテーマソングでもある「hollow」をイメージしています。
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