【完結】ダイ大短編集   作:あきまさ

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バーンから逃げ延び潜伏しているハドラーとアルビナスの話。


Graceful Assassin(ハドラー・アルビナス)

 胸を食い荒らす痛みが喉をせり上がり、黒みがかった血の塊となって男の口から吐き出された。

 彼の全身は焼かれているかのように熱を帯び、激痛が意識を蝕んでいく。

 視界が暗くなる。

「ハドラー様!」

 よろめいた男の体を支えたのは駒の女王アルビナスだった。

 ここ数日で彼――ハドラーの境遇は驚くほど変わっていた。

 竜の騎士親子との戦いで消耗した身に追い打ちをかけるかのように、驚愕の事実が告げられた。彼の胸には大魔王によって恐ろしい爆弾が埋め込まれていたのだ。

 地上を与えるという言葉が嘘だったと知らされ、全てを捨てて臨んだ戦いも汚され、心身ともに打ちのめされているところにとどめが来た。

 引きずり出された黒の核晶を、爆破されたのだ。力を貸してくれた人物の手によって。

 大爆発から生き延びたものの、彼の受難は終わらない。

 かろうじて命をつないだ彼に、長くは生きられないという無慈悲な宣告が下される。

 さらには勇者達を逃したため大魔王から処刑されそうになり、部下の犠牲によって逃げ延びた。

 彼と部下の親衛騎団は、今は洞穴に潜伏している。

 やっと一息つくことができたが、このまま時を過ごすわけにはいかない。身を隠している間にも、ハドラーの命は、時間は、確実に擦り減っている。

 残りわずかな生命ならば成すべきことは一つ。勇者ダイとの全てを賭けた一騎打ちしかない。

 使徒達とともに闘えないことはハドラー自身が一番知っている。彼らの師、アバンを奪ってしまったのだから。

「決着をつけるまでは……死にきれん」

 汗のにじむ、切迫した表情。己に言い聞かせるような声音。どれも見聞きするアルビナスの心を抉るもので、彼女の顔がゆがむ。

 ハドラーは口内に溜まった血を吐き出した。慎重に歩き出そうとするが、力が入らない。アルビナスはふらつく彼の体を横たえ、目を伏せる。

 

 

 ハドラーの唇が動き、かすれた音を吐き出した。

「熱い、な」

 うわ言のように囁かれた言葉を強調するかのように、ハドラーの頬を汗が伝った。呼吸は荒く、脈も速い。両目が力なく閉じられ、面には疲労と苦痛が色濃く漂っている。

 アルビナスは途方に暮れた。

 彼女は駒。戦いの道具。 

 戦う術ならば生まれた時から知っているが、苦しみを和らげる方法はわからない。傷ついた者を癒す役割も機能も持たない。

 何もできない。何をすればいいか分からない。

 敵へ浴びせる閃熱が跳ね返ったかのような焦慮が、アルビナスの精神を焼く。見ていることしかできない我が身が恨めしく、彼女は唇を噛みしめる。

 できることを探し、アルビナスは一つの結論に辿り着いた。

 熱いならば冷ませば良い。

 手足を展開した彼女はハドラーの傍にしゃがみこんだ。

 主の顔を両手ではさみ、ひたいとひたいをそっと触れ合わせる。

 ハドラーの表情が、少し安らかになった。

「よかった……」

 ほっとした彼女が微笑んだ瞬間、ハドラーの目が開いた。

 彼は何が起こっているのか分からず、目を瞬かせる。

「ア……アルビナス?」

 声も呆然としている。完全に虚を突かれたようだ。

 アルビナスは慌てて顔を離した。ハドラーが尋ねる前に口を開き、早口で説明する。

「あ、熱そうでしたので、冷やせればと」

「掌を当てればよかったのではないか?」

 冷静な指摘に反論の余地はない。

 涼しげな表情を保ったまま内心頭を抱えている彼女に、ハドラーは苦笑した。幾らか苦痛が引いたため、身を起こしてフォローする。

「あまり気に病むな。その心が有難い」

 アルビナスは居心地悪そうに視線を彷徨わせるしかなかった。

 

 

 ハドラーは再び身を休めることにした。彼の姿を見つめるアルビナスの眼差しは険しい。

 吐血に発熱、激痛。黒の核晶を引きちぎられた痕は惨たらしく、消え去れという願望を込めて彼女は視線を浴びせ続ける。胸の傷は無くなるどころか、見れば見るほど痛々しさが増すばかりだ。

 無意識のうちに、彼女の口から呟きが漏れる。

「代われるものならば――」

 唱えても虚しいだけだと分かっていながら、口にしてしまう。

 たとえ勇者達に勝ったとしても、ハドラーに残された時間は少ない。

 その先は無い。

 そこまで考え、アルビナスは胸を押さえた。禁呪法で作られた身は痛みを感じないはずなのに、胸の奥に何かが刺さった。

「……そんなはずありませんね」

 駒に感情などない。あるとすれば、生み出した主への忠誠心くらいのものだろう。

 この苦しみはきっと、主君の力になれないことから生じている。

 役に立てず、道具の役割を全うしていないためだ。

「それだけ。ただそれだけのこと」

 繰り返し呟く。言い聞かせればその通りになると信じているかのように。

 

 目を覚ましたハドラーは、アルビナスの表情が暗いことに気づき、口を開いた。

「……すまない」

「何故、謝るのです」

「生まれたばかりで死ぬことになるのだから」

 彼が死ねばアルビナスも生きてはいられないのだから、沈痛な面持ちになるのは当然だ。ハドラーはそう解釈したのだが、アルビナスは首肯しなかった。

「お前は、何故……」

 同じ境遇のヒムやシグマが吹っ切れたような表情をしている中、彼女だけが辛そうな顔をしている理由。

 ヒムにとってのヒュンケル、シグマにとってのポップのようなライバルとなる存在がいないためかとも考えたが、どうも外れているようだ。

 確かなのは、彼の体調を気遣っていることのみ。

 思えば、魔軍司令として六大団長を率いていた頃は身を案じられることなどなかった。彼自身、心には権力欲や保身しかなかったのだから、他者に気遣いを要求できるはずもない。

 今は仲間達がいる。すでに命を落としたブロックやフェンブレン。

 ヒム、シグマ。そして――。

 彼女の憂いを少しでも取り除きたい。

 そう思い、ハドラーはアルビナスに告げた。

「お前はオレの右腕だ」

 おそらく、彼女が悩んでいる原因を解消することはできないだろう。だから、気持ちを素直に伝えた。

 心の全てを表現できたわけではないが、最大限に感情をこめたつもりだった。

 アルビナスは口を開け、しばらくしてから微笑んだ。

「……私は、何を悩んでいたのでしょう」

 ハドラーを守る使命。それだけは絶対に変わらない。

「共に行こう、女王よ。我らは一心同体なのだから」

「ええ」

 正体の分からぬ苦しみも全て刃に換えて、戦い抜く。

 改めて抱いた決意とともに、彼女は頷いた。

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