【完結】ダイ大短編集   作:あきまさ

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竜魔人ダイがバーン達を圧倒する。


Battle of “V”(ダイ・バーン・ミスト・キル)

 雷鳴が轟いた。

 最も強大な魔力を持つ大魔王と、肉体の強さにおいては大魔王をも上回る男。二名は険しい表情で敵を見つめている。大魔王の手には持ち主の魔力を吸って力に換える得物が握られ、霧の名を持つ男は封印を解いた状態で前方に掌を向けている。

 主従が余裕を失くす相手は、かつて魔王を名乗った魔族でも、離反した竜の騎士でもない。

 黒い髪の少年たった一人に全力をもって立ち向かおうとしている。

 少年の髪は逆立ち、巨大化した竜の紋章が額に浮かんでいる。殺気に満ちた眼差しを見て、年相応の笑顔を思い出す者はいないだろう。

 化物が咆哮を上げた。

 声には荒れ狂う感情が込められていた。怒りや敵を滅ぼす意思だけでなく、彼の仲間が聞けば心を痛めるような。

 仲間達は少し離れた場所に倒れている。

 生きているのか死んでいるのかわからない。ピクリとも動かず、青ざめた顔をしている。

 仲間の命が尽きたかもしれない恐怖。これ以上仲間を傷つけられるわけにはいかないという決意。

 それらが引き金となり、魔獣を誕生させた。

 少年が紋章の力を解放するまで、大魔王と側近には傲慢とさえ呼べる余裕が漂っていた。二人が本気を出せば一行を全滅させることなど造作も無い。ほんの少し力を見せるだけで戦いの趨勢は決まる。その計算は覆らないはずだった。

 父が命を落とした際に紋章を受け継いでいなければ。大切な者の危機にそれが目覚めなければ。様々なものを捨てる覚悟で力を解放しなければ。大魔王が勝利して、戦いは終わっただろう。

 

 

 地を蹴り大魔王に肉迫する少年の前に青年が飛び込み、腕で受け止めた。最強の金属すら無造作にねじきる膂力の持ち主でさえ、踏みとどまるだけで精一杯だ。

 じりじりと押される部下に大魔王が鋭い声を飛ばした。

「ミストバーン!」

「はっ!」

 横に跳び、生じた空間を不死鳥が通過する。高温の火炎が直撃しても、化物は揺るぎもしなかった。

 ミストバーンの拳を止め、少年は殴り返す。今のミストバーンには通じないことも関係ないかのように猛然と襲いかかる。

「ダイ……!」

 低い声はどちらのものか。

 封印を解いたミストバーンが近距離で戦い、バーンが後方から援護する。この布陣が通じない相手など、数千年の歳月の中で一人もいなかった。

 それが、全く通用しない。

 ダイはこのままでは埒が明かないと判断し、先に倒す標的をバーンに定めた。ミストバーンは相手にせず大魔王を狙う。

 ミストバーンは阻止すべく動き、主に近づけさせまいと闘う。大魔王もある時は杖を振るい、ある時は魔法を叩きつける。

 数え切れぬ爆裂呪文が、衝撃の壁が、高速で迫る中、ダイは怯まず前進する。

 床が大きく抉れ、壁や柱に亀裂が生じ、天井から破片が降り注ぐ。

 

 

 ダイがバーンに突進する。

 ミストバーンが立ちはだかる。

「誓った……約束した!」

 己を奮い立たせるようにミストバーンが叫んだ。

 主を守り抜くという不変の信念。主の肉体を預かり戦うという誇らしい使命。

 己に誓い、主と約束したものは、あっけなく踏みにじられようとしている。

 主従が敵にしてきたように。

 現実を拒絶するかのように腕を振るい、全力で叩きつける。魔界最強の男の身体を使い、渾身の力で殴打すれば、どんな敵であろうと倒れるはずだった。

 拳が腹部に直撃し、小さな体が壁に叩きつけられた。床に落下した少年に大量の瓦礫が崩れ落ち埋もれてしまっても、油断はできない。

 

 

 ミストバーンは主の判断を窺うように振り返る。

 どれほど攻撃を食らおうと傷つかないが、彼では今のダイを倒すことはできない。拳撃を浴びせる程度では決定打には遠い。

 危険でも、確実にとどめをさすためには、攻撃手段や威力が増した真大魔王が戦った方がよいかもしれない。

 ミストバーンが無傷でも、万一本体である大魔王が倒されてしまっては何の意味も無い。

 たとえ不老の時が減っても、ここでダイを殺しそこねて命を失うよりは良い。

 無論、部下として絶対に大魔王を殺させはしないという意気込みがある。

 しかし、今襲い来るのはそういった意地で済ませることはできない存在だ。

 バーンの目が鋭く光り、小さく頷く。

 それだけで意図を察したミストバーンの両目が開いた。肌が褐色に染まっていく。

 彼が大魔王へと手を伸ばし、身体が一つになろうとした瞬間、金色の風が青年の至近距離に現れた。

 頬に拳がめりこむのと、固い物がぶつかりあった音が響くのと、長身が真横に吹き飛ぶのは、ほぼ同時だった。

 人形のように手足がバラバラの方向を向いたまま宙を舞い、受け身すらとれず無様に運動が止まる。

 怖ろしい速度で壁に激突した男の背から幾筋もの巨大な亀裂が走る。先ほどの少年と同じ状況に陥った彼の面には幾筋も血が流れていた。

「ぐ……!」

 異なる口から同じ呻き声が漏れる。

 光魔の杖で一方的な攻撃を受け流している大魔王の面には焦りがあった。

 オリハルコンでできた剣さえも易々とへし折った刃を、ダイは素手で掴み、力任せに押しのけようとする。

 

 

 すぐに破れることは明白な、ほんの一瞬の均衡。それを狙っていたかのように空間にすっと切れ目が入った。

 覗くのは、鎌の先端。

 今まで姿を隠していた死神が、滑り落りるように穴からするりと身を出した。得物を振りかぶり、振り下ろしたのだ。

 ダイがバーンを滅ぼすことにのみ意識と力を向けている今ならば、暗殺成功の確率も上がると踏んだのだろう。

 本来の任務は名の通りバーンを殺すことだが、この場でダイを始末する方が真の主の益になると判断した。仮に主君の封印が解けたとしても、地上を手に入れようとする際にダイは最大の障害になる。

 ここで手傷を与えてある程度弱らせ、一連の攻防で負傷している主従と潰し合ってくれれば最良だ。

 直後、彼は目論見の甘さを思い知らされた。

 無防備な背中に突き立てられた刃は澄んだ音を立てて折れた。

 噴き上げる竜闘気は最強の武器にも防具にもなることを、忘れていたわけではない。少年の肉体が予想を遥かに上回る強化を果たしていただけだ。

 獣が乱入者に視線を向けた。

 恐怖を知らぬはずの心が凍りつくのを感じ、反射的に身を引こうとした死神の動きが止まる。

 少年が腕を掴んでいる。言葉こそ発さないものの、意思が明確に伝わってくる。

 邪魔するな。

 ダイが無造作に捻ると、黒装束に包まれた腕は音を立てて千切れた。

「返してよ、ボクの――」

 返答の代わりに腕が投げ返され、よろめいたところに手刀による突きが見舞われる。

「貴様……!」

 親友の窮地を見たミストバーンがもどかしげに身を起こし、顔から血を流しながら立ち上がった。

 素手の一撃は容易く胴を貫いた。滑らかに少年の手が動く。

 死神の身体がずれ、大きな断面を生み出した。血液を撒き散らしながら男が崩れ落ちる。

 

 

 死神の乱入によって体を返還する時間が生まれた。

 ミストバーンの体が光を放って消えると同時に、大魔王もまた光に包まれ姿を変える。

 全盛期の力を取り戻した大魔王がかろうじてダイの一撃を捌いた。一方、ミストは黒い手を伸ばし、注意を引くように宣言する。

「魂を砕く!」

 暴走する竜の騎士を乗っ取るなど可能だとは思えないが、わずかでも隙を作り出せば、少しでも動きを鈍らせれば、主が攻撃できる。

 闇で織られた帯が何本も少年に突き刺さり、身体が揺れる。ミストはそのまま中に入り込もうとするが、果たせない。

 生み出せた時間は儚いものだった。

 ダイが腕を振るっただけで霧状の体の大半が消し飛んだ。竜闘気を纏わせた爪で裂くという単純な一撃が、形の無い身をごっそりと削り取っていった。

「ミスト……!」

 体が九割近く消失した状態で、存在の維持などできるはずもない。

 部下の消滅に注意を向ける暇もなく、大魔王は拳を握り攻撃態勢をとった。

 バーンが見据えるのはただ一人。倒れ伏す勇者の仲間達は映っていない。

 ダイが見据えるのもただ一人。『焼き尽くす者』の名を冠する存在は残り一名。

 二人の心境を慮る者はおらず、彼らも内心を吐露することはしない。

 どちらかが息絶えるまで、両者はひたすら拳を振るい続けた。

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